満月が輝く夜の中、先ほどまでの宴会の騒々しさはどこにもなく、霊夢が一人でそのあとを片付けていた。
「はぁ……なんで異変解決一番の功績者がこんな雑用しなきゃならないのよ」
多くの皿、多くの酒の空き瓶、多くの箸……確かに霊夢がじゃんけんで負けたとはいえ、それらを一人で片付けるのはかなり骨が折れることは間違いなく、いくら骨があっても足りないと言っても詐称はないかもしれない。
いくら時間が経っても終わりが見えることはなく、深夜までかかってしまうのではないだろうか……そんな疑問が霊夢の中で出てきてしまう。そうなれば、出てくる結果というのは一つだった。
「あー……適当に明日妖精とか妖怪とか連れてきてやらせたらいいでしょ。そうと決めれば今日はもう寝ようかしらね、一応異変解決で疲れてるわけだし」
霊夢の中で巫女としてどうなのかとも思ってしまう結論が出てしまい、問題を放棄し体を休めるという行動に移そうとしたとき……彼女は現れた。
「異変解決お疲れ様、霊夢」
どこからか現れたその少女は扇子で口元を隠し近くに腰を降ろす。扇子を持たないもう一つの手には徳利が一つと猪口が二つ。少女は徳利から二つの猪口に酒を注ぐと、一つを霊夢へと手渡した。
「お疲れ様ね……本当にそう思うならこの惨状をなんとかしてほしいわね」
そうは言いながらも乾杯を済ませ、一気に口に注ぎ込むと少女……紫の横に座る。味が気に入ったのか、酒がなくなったからというそれだけの理由なのか、自ら徳利を手に取りまた猪口に注いだ。
「そんな急いだらせっかくの味が分からなくなるわよ?」
「良いのよ、旨いか不味いかは分かるわ」
そう言いながら、その二杯目も口に注ぎ込む。既に宴会で何杯も飲んでいるというのに関係無いようだ……猪口が小さいというのもあるかもしれないが。
「そういや、紫。あんた宴会にいなかったわね」
「私は私の用事があったもの、賢者というのは巫女と同じぐらい……いや、それ以上に大変なのよ?」
「ふーん、その『第七紫』って書いてるプレートもその用事に関係あるのかしら」
霊夢は紫の胸元についてあるプレートを指差しそう言う。いつもはつけていないプレート、そこに書かれた『第七紫』という謎の文字。気になってしまうのは当然だろう。
「うーん……そうね、霊夢。もしも私が何人もいるって言ったらどう思うかしら?」
「あんたみたいなのが何人もいたら、幻想郷の終わりよ」
「あら、酷い。とても悲しいことを言うのね」
「そんなこと思ってないのによく言葉が口から出るものだわ」
霊夢と紫の酒を飲みながら続く談笑。かなり続いてるというのに不思議なことに大きいわけでもない徳利の中身はなくなる様子はなく、いまだに二つの猪口へと注がれ続ける。
注がれるのに中身がなくならないなど夢か幻か、それとも勘違いか……全てが正解ではなく、全てが間違いではない。それこそが幻想郷、人々が現実をどう受け止めるかの違いでしかない……現実という徳利から注がれた液体を、どの猪口に注ぎ込むのは一人一人の自由なのだから。
「で、何しに来たの?」
「やってることを見たら分かるでしょうに……感謝よ、異変解決のね」
「感謝?いつもはやってないのに?」
「いつもやってないことはないでしょうに……まあ、今回が特別というのもあるわね」
そう言うと紫は手に持つ扇子を霊夢へと差し出す。
「えっと……何の真似よ?」
「今回の異変はこれにすら影響があったわ。つまり、私のスキマの方にも影響があったってことね」
「そういえばあんたの所に影響が出る異変はこれまで無かったものね」
「それだけじゃないわ。この異変を起こした鬼人正邪……彼女は今の幻想郷を潰そうと異変を起こしたのよ」
「そういえばそんなことを言ってたような気がするわね……こんな異変でできるとは思えないけど」
霊夢は目を自分の持つお払い棒に移すと、お祓い棒をくるくると回す。霊夢にとって、物が勝手に動くというのは異変解決の邪魔になるどころか助けになったのでそう思うことは仕方ないことだらう。
「彼女は幻想郷の秩序を破壊しようとした……既に賞金首にもしておいたわ。それほど今回の異変は不味いものだったのよ」
「へー」
「聞く気が無さすぎないかしら……まあ、そんな異変を早めに解決してくれた霊夢に感謝してるということよ」
「……まあ、報酬をくれるならなんでもいいわよ。そろそろ貯金も切り崩さなきゃだし」
後ろを向き、自分の部屋の方向を見ながらため息わつく霊夢。これまでは、異変が起きる頻度が少ないとはいえ異変解決の収入は高収入ではあり、異変解決以外にも札を売ったり妖怪退治だったりと仕事はあったりと貯金するほどお金が集まっていた。
しかし、最近は平和になってきたのか仕事が減りその分収入も減りと貯金するほどのお金は貯まらなくなってきたのでまず収入を気にするのは当然だ。一応、巫女の立場を使い人里から助けを得られるとはいえそれは巫女としての尊厳を失う諸刃の剣でもあるのだから。
巫女という仕事、幻想郷で大事な役割を果たすため最低限の生活は必ず与えられるが、そんな最低限にすがりたいと思う者はいない。それも一人の少女ならなおさらだろう。さらに独り暮らしでもあるのだから。
「霊夢……貴女貯金があったのね」
「退治されたいのかしら?」
だか、そんなことを知らない紫にとって巫女の生活は「せっかくの高収入もすぐパーっと使って与えられてる最低限で暮らしてるんでしょうね……」としか思っておらず、貯金があったというのは衝撃の真実ではあるのだ……賢者が巫女をどう思っているんだという話にはなるが。
「酒が回ってるのかしら、怒ると酒の味が分からなくなるわよ?」
「煽られると当然怒るでしょ……酒はあんたを退治してこの怒りを収めてからね」
「あら、怖い。怖いからそろそろ終わりとしましょうかね」
「あっ、待ちなさい!」
お祓い棒を持ち、紫へと振るうが時すでに遅し。紫は徳利と猪口と共にまるでそこに誰もいなかったかのように消え去っていた。
「……逃げられたわね。次あったら許さな……ん?封筒かしら?」
いつの間にかお祓い棒の先端に封筒がつけられてることに気づき、それを手に取りすぐに中身を見る。
「しばらくは貯金を切り崩さなくて大丈夫そうね」
そんな言葉が夜の神社に溶けていき、霊夢は神社へと帰っていく。宴会の後片付けは……当然終わってなどいなかった。
「かなりしでかしたわね……鬼人正邪の情報は他の幻想郷貰ってたのに特に対策も講じないまま異変を起こらせてしまったわ。その鬼人正邪もまだ捕まってないようだし、これは厄介ね」
星空が輝く夜の中、神社も人里も紅い館も竹林もない場所で第七紫は一人今回の異変の反省をしていた。情報を聞いていたとはいえ、その人物の性格や能力などしかないので対策のしようもないとは思うが、分かっていながら起こってしまった今、そう楽観するわけにもいかない。
「賞金首にはしたものの、それで捕まるかどうかは分からないし、今も更なる計画を企ててると考えると早めに捕らえる必要があるのよね……でも、どうしたものかしら」
初めての悪意ある敵。これまで幻想郷を利用しようと、我が物にしようとする人物は少なくはない……それどこらか今でもいるぐらいだ。だが、その幻想郷をぶち壊し新たに作り替えようとする敵は第七紫にとって初めて相手する敵だった。
幻想郷は力だけで支配できるような世界ではない。幻想郷は頭脳だけで支配できる世界ではない。幻想郷の実質の支配者と呼ばれる八雲紫でさえ、完全に幻想郷を操れるわけではないのだ。
幻想郷を我が物にする方法は単純だ。幻想郷の偉い立ち位置になれさえすればいい。だが、しかしそのためには自らの行動に枷がかかる。その立ち位置にいるためにはその立ち位置にそぐう振る舞いが求められる。
枷がかかった者など、八雲紫にとって油断さえしなければ負けることのない敵でしかない。だからこそ、第七紫は実質の支配者と呼ばれるのだ。
だが、しばらくそんな敵しか相手にしてこなかった第七紫にとって、鬼人正邪というテロリストのような敵は厄介であり、目障りすぎる敵だ。
正邪が幻想郷を支配できるとは誰も思ってはいないだろう。幻想郷には一人だけではなんとかできないほどの実力者が何人もいる。それに正邪が勝つなど無理な話だと。人里の人間でも分かる簡単なことだ。
だが、一人じゃなければ?正邪が仲間をつけてしまえば?実際、今回の異変も正邪は一寸法師を騙して仲間にして起こしたものだ。そしてその異変の影響は第七紫のスキマまで来ている。
今回は仲間が一人だけだったから早期解決に至れたかもしれない。だが、さらに人数が増えれば?軍団ができてしまえば?霊夢や第七紫の力だけでは解決できなくなるかもしれない。そんなとき得をするのは誰か……そう、幻想郷を我が物にしようと企む者たちだ。
あの八雲紫に恩を売り、テロの鎮圧に手伝ったという功績を手にいれることができる。そうなれば更なる権力を手にいれ、幻想郷を我が物にする計画が進んでしまう。結局のところ、恐ろしいのは正邪ではない。その正邪から来るかもしれない余波なのだ。
正邪を賞金首にしてる今でさえも、異変を起こした元凶を捕らえるという功績をその者たちに取られる可能性がある。それだけ、今回の件は第七紫にとって重要なことなのだ。
巫女が取り逃がした異変の元凶……それを捕らえたという功績さえ大きすぎる。しかも、正邪が逃げ続けるほど、多くの人物が捕らえるのに失敗するほど、捕らえたときの功績は更に大きくなる。早期発見、早期捕獲。それこそが第七紫に残された唯一とも言ってもいい安全な道だった。
「とりあえず、暫くは藍に捜索を任せましょう。はあ……これから先、忙しくなりそうね」
第七紫はそう言い残し、スキマへと戻っていく。とても悲しいことに、彼女の苦悩はまだまだ始まったばかりなのでであった。
第七幻想郷設定
特に大きな違いはない