はねバド!~On Your Mark~   作:STORICKS

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Mark.2

 横浜翔栄を断る──と言ったとき、クラブのコーチたちは、一言目には勿体ないと口をそろえたが、現実問題として、確かにC特待という恵まれない待遇では、せっかくの才能が腐ってしまう可能性もある。

 数日経ってから、波風の立たないように断わっておいた、とコーチから伝えられて、ではどうしよう、と海莉は頭を巡らせる。

 別に、家にお金がなくて、C特待を嫌ったわけではない。

「……ふう」

 中学校からの帰り、いつものバドミントンクラブへ向かうバスの中で、偶然楢嵜と出会う。

「あれ、海莉先輩?」

「おう──珍しいね、バスなんて」

 学生の帰宅時間帯ではあるものの、近隣に学校は少なく、しかも駅とは反対方向に向かう路線では、乗客もまばらだ。

 それでもなんとはなしに立っていた海莉は、楢嵜に促され、彼女とともに一番後ろの広い座席に座る。

「今日ウチ遅いんすよ、親」

「ふーん……」

 相変わらず足の開き具合は危なっかしいものがあるが、スカートが長い落ち着いた制服のおかげで、彼女の下着の色という情報が海莉の脳内にインプットされることはなかった。

 中学から私立のお嬢様学校に通わせるぐらいだから、楢嵜の家は裕福なのだろう。

 クラブでの練習がある日──ほとんど毎日のことだが、楢嵜はいつも、親の車で送り迎えをされている。

 小さな診療所の前で幾人かの乗客が乗り込み、郵便局の前で降りていく。

 海莉たちの通うクラブは、このバス路線の終点に近い停留所が最寄だ。

 学校前のバス停からそこまでの回数券を、海莉は財布から取り出す。

 楢嵜の方はICカードを手にしている。

 回数券のほうが一回分安くなるのだが、そもそもバスに乗ることが珍しい楢嵜のことだ、あまり細かい事は考えないらしい。

「──あ、次だね」

「ういス」

 楢嵜が押したボタンが赤く灯る。

 ほどなくして、バスは背の高い建物が目立つ交差点を左に曲がり、バス停に止まった。

「よいしょ……」

 ラケットを何本も入れた上に、着替えも入っているバッグはそれなりに重い。

 

 

 

「おざース!」

 コーチに大声であいさつをする楢嵜と並んで、海莉は小さく頭を下げた。

「旭、ちょっと」

「……はい?」

 コーチが海莉を呼ぶ。

 別に、楢嵜のように元気よくあいさつしなかったことを咎められるわけでもないだろう。

 玄関にあるロッカーの脇に大きなカバンを立てかけて、旭はコーチのもとに歩いてゆく。

 すると、おばさま連中に人気の若いコーチは、その高い目線を彼女に合わせるようにして背中を丸めて、旭に小さな声で言った。

「──実はな、宇都宮学院の監督が来てるんだ」

「宇都宮学院?」

 よく聞く名前だ。

 ほとんど立ち読みで済ませるが、たまには買っているバドミントン雑誌でも、インターハイ特集などではその学校名はメジャーなもの。

 個人戦ではほとんど常連と言っていいぐらい、シングルスもダブルスも毎年のように出場している。

 他では真岡聖稜とか、小山西、宇都宮城南といったところが県内では有名だが、そのあたりはどちらかといえば団体戦の方が強くて、つまりそれは、宇都宮学院がさほど有望選手の『青田買い』をしていないということだ。

「まあ、見に来てるのは楢嵜のほうなんだが……俺たちコーチが相手だとアレだし、今日は楢嵜と試合をしてもらってもいいか?」

「ああ……いいですよ、別に」

 そりゃそうだよな、と海莉は納得しつつ、重いラケットバッグを持ち上げ、楢嵜を追って更衣室に入る。

 まだ二年生なのに見に来るというのは、それだけ彼女の評価が、こないだのジュニア大会で高まったということなのだろう。

 もちろん、『旭海莉といういい選手もいるぞ』という口添えはしてやる、とコーチは言っていたが、とりたててうれしくもない。

 なにしろあそこは、宇都宮学院は全寮制だ。

 

 

 

 

 事情を聞いた楢嵜は、その宇都宮学院の指導者らしき男性──細身で背が高く、天然パーマの、まあタレントで言えば大泉洋のような、というのは海莉の過大評価だろうか。

 ともかく、その矢板とか言う指導者に軽く自己紹介をした後、海莉の対面に立つ。

「じゃ、行きますよ海莉先輩!」

「はいよ」

 と、海莉はその矢板監督が、案外自分にも熱い視線を送っていることに気付いた。

 横浜翔栄から特待の誘いがあった、というのは、彼らの学校のアンテナにも引っかかっているのだろう。

 ただ、今日の主役はあくまでも楢嵜だ、と海莉は気持ちを落ち着ける。

 きちんと自分の実力を発揮してやらなければ、楢嵜の実力も正しく見定めてもらえないだろう。

「──ふッ!」

 息を漏らすほど強いロングサービスを、楢嵜は放った。

(……うん)

 彼女との対戦は、その本気度を別にすれば数えきれないほど、たくさんあった。

 小さい子たちの『教材』として、クラブの中で試合をすることだって多いし、今日もひとつかふたつ下ぐらいの少女たちの一団が、たぶん海莉たちの一つ前のコマで練習をしていたのだろう、汗を拭きつつ遠巻きに見つめている。

 もっとも、最近はほとんど楢嵜が勝っていて、最初の頃は彼女も『手、抜かないでくださいよ』なんて冗談交じりに言ってきていたのだが、ここのところは『格付け』が済んでしまったようで、試合後のレビューでもそこここに注文を付けられることも多くなった。

 もちろん海莉にとっては、単純にありがたいことだし、自分の『才能』の天井が見えつつあった中でも、モチベーションを保つのに役立っている。

 それに、今日の海莉は、『勝ちたい』と思ってコートに立っていた。

 ステップバックして深いロブを返しつつ、旭は前をケアする。

 彼女に比べて上背のない楢嵜は、ネット前を得意とするプレイヤーだ。

 まあ、そこを志波姫に見切られて長いショットの応酬に引きずり込まれたのだが。

 流石に精度では勝てず、徐々にポイント差を広げられていったところに、彼女は抜群に『抑え』の利いたドロップで楢嵜の戦意をへし折ったのだという。

(ううん……)

 しかし、今日の相手は海莉だ。

 そこまで上手くはない。

 存外成長が豊かで──特定の部位は除く──、上から叩き下ろすことに拘ればあるいは、まだまだ楢嵜など寄せ付けずに戦っていけるかもしれないというのは海莉自身も理解していたが、早晩彼女だって成長期に入るだろうし、何よりそんなフィジカルに頼った戦い方では、『教材』としてうまくない。

 自分がお腹を痛めて産む日はいつになるやら想像はつかないが、それでも年下、言い方を変えれば子供は好きだし、好かれたい。

 けれども、今日は楢嵜の実力を測るための試合だ。

(……強打で攻めるか)

 海莉が負けた、あの横浜翔栄の高校生みたいに。

 ネット前から大きく『逸らし』を入れて、海莉は距離を置く。

 アジリティに優れる楢嵜と言えど、ネットから剥がすには苦労しない。

 テンポを緩めまいとする強いドライブをいなして、海莉はここのところ練習していた『バック奥』に狙いを定め、左足に体重移動して再びネット前に付こうとする楢嵜の頭上に、ややアーチの低いドリブンクリアを打ち込んだ。

「──っ」

 クロスに飛んでいくシャトルに、楢嵜はなんとかラケットを投げ出す。

 しかしながらコースはともかく、深さは大甘。

 海莉は難なく上からスマッシュを叩き落し、最初のポイントをモノにした。

 

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