ルイスとルイズ   作:胸のルイス

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ながくなったのでぶんかつ


ツンデレはツンがきついほどデレも大きいの。わたしのお尻なんて見てないで、ルイズを見なさいよ。

「あぁ……先生、お願い。ルイスを助けて!」

 

夜、ランプだけの薄暗い医務室のなかで、瀕死のルイスが運び込まれる。彼女のあまりの凄惨さに、医務室の先生と思われる者は体を硬直させて、驚いているようにルイズには見えた。

 

「こ、これはひどい……ライン程度の精神力しかないわたしに……治せるのかしら。」

 

「そんな……!」

 

ルイズの目からは解らないが、ルイスはどうやらかなりの無茶をしていたらしい。

 

「とりあえず、まずは診察から……こ、これは!」

 

水属性の魔法を用いた診察の結果、ルイスの体は骨折、一部の腱の切断、打撲、脱臼、頭部出血、内部出血、裂傷と、とにかく至る所でダメージを、しかも大半の箇所が症状を複合して受けていた。

 

「このままでは……彼女は死んでしまうわ。それに、わたしだけでは無理ね。」

 

「ルイスが……死ぬ?」

 

診断結果が本当ならば、それをくまなく治療するのは医務室の先生(ラインメイジ)には荷が重すぎる。彼女の実力では、激しく傷ついた怪我の部位をひとつかふたつ、たったそれだけを治し終えたらもう、精神力が尽きてしまうだろう。

 

その事実に、ルイズの目の前が真っ暗になりかける。

 

嫌よ、そんなの。逝かないでよ、もっともっと私に、さっきみたいな道を見せてよ。

 

世界が自分の周りから離れていき、残った無の中へと取り残される。そんな、ただ恐ろしいと思える感覚の中で、誰かの温かい手がルイズの肩に触れた。

 

「落ち着きなさい、このままでは……と、言ったのよ。」

 

「せん、せい……?」

 

「あなたが、力を貸してくれるのなら大丈夫。」

 

どういうことだろうと、ルイズはその言葉の意味が理解できなかった。応用の方法を学んだとはいえ、自分のできることはあくまで爆発。破壊しか生み出せない自分に、いったい何ができるのだろうか。

 

それでも、暗闇に落ちかけているルイズにとって彼女の声は、最後にひとつだけのぽつりと残る暖かい光に感じられた。思わずそれにすがるように、肩におかれた手を彼女は気がつくと、きつく両手で握り直していた。

 

「お願いします! 私にできることなら……何でもしますから!!」

 

「ん? 今なんでもするって言ったわよね?」

 

「はい……何でも……えっ?」

 

何だか不謹慎にもにやけているような先生の声が、不穏な空気をかき消して、ルイズの周りの世界を認識させ直す。協力の要請を快諾してくれたルイズを医務室の先生は放っておくと、彼女は医薬品のある棚へと向かい、その高い位置にある、厳重に封されている扉を解錠(アンロック)の呪文で開けてしまった。

 

「助かったわ、ライン()()のわたしじゃどうやっても無理だし……ねぇ。」

 

その後に、小さな箱サイズの脚立を錬金で用意して、棚のある高さまで上ると彼女は中を覗きこんだ。そしてそのまま中から、ガチャガチャとガラスのぶつかるような音と共に何かの薬を取り出していき、それをまたもや錬金した移動式のテーブルの上へ、山のように置いていく。

 

「かといって、こんなにこれを使っちゃったら、いくら貴女でも怒りそうだし……()()()はルイズがそう言ってくれるまで、本当にどうにもできなかったの。」

 

ルイズは違和感に気づいた。

 

医務室の先生って、非常時に素早く使わなくちゃいけなそうな大事な薬を、あんな取りにくいところに置くの?

 

今見えてるシルエット、彼女はここまで背の小さい人だったかしら?

 

こんなにフランクに、いつも爆発で怪我して通う常連の私とはいえ、名前を呼び捨てにするような人だったっけ?

 

何より、水のラインメイジが今、何をしていたですって?

 

「まさか……。」

 

そうルイズが気づいたとき、薄暗いランプしかなかった医務室に、月の光が入り込んで彼女のシルエットを照らす。

 

「承諾はちゃんと貰ったからね、ル・イ・ズ・♥」

 

「ルイス!?」

 

医務室にいた先生は、どういうことかルイスだった。瓶底眼鏡に三つ編みで纏めた髪、そしてだぼだぼの白衣を着ていたために、慌てていたルイズ達は気づけていなかった様だ。

 

その白衣の中にルイスは、童貞は殺さないが童貞ならドキッとする、谷間のところだけが見える縦セーターを付けている。不思議と胸の所だけ膨らんだそのセーターに、セットでついてきそうなタイトスカートは無い。というより、下半身は何もつけていない。セーターの下からちらちら見えている、見えてしまってはまずい、つるっつるなものが、そこにあるだけだ。

 

羽も尾もなく角だけ生えて、不思議というよりは破廉恥な格好をしていたものの、それは間違いなくルイスだった。

 

「なによその格好、ていうかこれって一体……どういうこと!?」

 

「何よ……毎晩見てるでしょ?」

 

「な……なななっ!?」

 

あっちにもルイス、こっちにもルイスと困惑しかけたルイズを、ルイスが一言で固めた。毎晩見てるというのはどっちのことなのか。このルイスの正体か、それとも先ほどまで下着が乾いてなくて、空でうっすらとルイズが見せていた、今ルイスの着たセーターの下で見えているぷにぷにしたものか。

 

「風の……遍在。」

 

声の出なくなっていたルイズの代わりに、ルイスをここまでレビテーションで運んできてくれた少女、タバサか答えた。

 

「タバサ正解~。でももう力も余裕もなくって……適当で半端な容姿と、ちょびっとの精神力でしか作れなかったの。」

 

冷静に考えて、誰もルイスが倒れる直前を見ていない。それはつまり、何かをしていたかもしれないということだった。

 

ゴーレムの時のような、一部何かのルーンを上乗せしたか、逆に省いたタイプの遍在なのだろうと、本来の遍在よりスペックが劣ることから、タバサは推測する。その魔法の仕組みや内容を聞こうかとも思ったが、何となくある程度の形を予想できること以上に、全く予想できなかった疑問の方が、先に気になってしまった。

 

「遍在を……毎晩?」

 

それは、聞かない方がいいことだったのだが……この時タバサはまだ気づいていない。

 

自身が、ルイスにロックオンされつつあるということに。

 

「あら、そこ気にしちゃうの? そうねぇ、せっかくだし正解者さんに……体験会をプレゼントしちゃおうかしら?」

 

そう言って舌舐めずりをしたルイスに、恐怖とは違う、何やら未知の波動を感じると、タバサは横に首を振った。

 

「いい……いらない。」

 

暗くて解らないが、彼女の頬に汗がひとつ浮かんでいる。フーケの引き渡しや、事情聴取を受けてくれているタバサの親友、キュルケがもしここにいれば、タバサの動揺を声色からも悟っていただろう。

 

「それは残念。でも、何時でも来てくれていいわよ? ()()()()()()()()がある時にでも……ね?」

 

「……。」

 

それは、取引のようにタバサには聞こえた。

 

ルイスに聞きたいことは、確かにある。しかし、それを聞くには体験会とやらを受けろと、ルイスはそう言ってるようにタバサには思えたのだ。

 

命が奪われるかもしれない戦闘中でもないのに、体験会というものは何かそれに匹敵するものを、命と言えるようなものを喪いそうな寒気を覚えて、気がつけばタバサは杖を強く握りしめていた。ルイスによる桃色電波攻撃の初体験は、タバサがそう警戒する程、彼女の生活には縁がなく、知らないものだった。

 

「んなことよりあんた! 早く治さないと本物、あっちのあんたが死んじゃうでしょうが!」

 

日常的に毎晩ねっとり行われている行為、ルイズとルイスの性事情を暴露されかけている……もしくは知り合ったばかりのタバサが、自分と同じように毒牙に掛かりかけているのを見ていられなくなったのか……ルイズは二人の間に入って会話を中断させながら、声を荒げてルイスを引っ張る。ルイズは腕を掴むのではなく、何故か袖掴みで遍在のルイスを連れていった。

 

「それもそうね……じゃ、ぱっぱと治しちゃいましょうか。また後でねタバサ♥」

 

タバサの方を見ずに言いながら、何かの薬が載ったテーブルについているタイヤを走らせ、ルイスと、彼女の眠るベッドをバンバンと叩いて急かすルイズのもとへと、遍在のルイスが向かっていく。

 

「……。」

 

「ど、どうしたのよ。」

 

するとそこで、またも遍在のルイスの動きが止まってしまう。

 

「ルイズ、やはりあなたの力が必要だわ。今度は許可とかじゃなくって、本当に手伝って貰わないと……。」

 

「え……?」

 

「わたしじゃ無理なのよ……だってわたし――」

 

深刻そうな顔をして、ルイスが額に一筋汗を垂らす。真っ直ぐと見つめる彼女に、思わずルイズはたじろぐ。

 

「胸が邪魔でわたしが見えないわ。」

 

「……横でも向きながらやれば?」

 

真面目に取り繕った事を、ルイズはすぐに後悔した。思わず声に苛立ちを越えて、呆れから来る重たい圧が言葉へと籠められる。

 

「ルイズ……胸の薄いあなたがわたしの代わりに、この薬をわたしへぶっかけてちょうだい。」

 

「いい加減にしないと吹き飛ばすわよ。」

 

ルイスの本体が死の寸前だというのに、それでも冗談をまだ止めない遍在に対し、ルイズは何もかもが冷えてしまった目をしていた。遍在のルイスがその目に射ぬかれると、何故だが股をもじもじと擦り合わせ始めて、熱いまなざしでルイズを見つめ返しだす。

 

「え、やだちょっと……そんな顔出来たのね、わたしって。どうしましょう、されるのも……良いかも。」

 

「れんき――もご。」

 

「あぁ!? ま、待ってよもう!」

 

ルイズが本気で、爆発のお仕置きを叩き込もうとすると、こちらもかなり本気で、遍在のルイスが慌てた。素早く手を伸ばして彼女の杖をつかむと同時に、片方の手で口を塞いで詠唱を止める。どうやら本当にラインレベルの力しかない希薄な遍在のようだ。ルイズの一撃を食らえばそれだけで、宝物庫のあった壁の固定化のように掻き消えてしまうのだろう。

 

「もう……わたしが消えたら、本当にわたしも死んじゃうんだからね?」

 

「だったら、最初から真面目にやりなさい!」

 

ごもっともなルイズの説教に遍在のルイスはようやく観念したのか、真面目にルイスの治療へ入った。

 

「んー、やっぱ一ヶ所にひとつってとこか……しょうがないわよね。」

 

そう言って瓶から液体の薬を取り出すと、まずはもっとも大切な心臓付近にかけ始める。

 

「あぁ……もう! 邪魔よこのおっぱい!  誰よ、こんな風になるまで育てたのは!!」

 

そう言って遍在のルイスがルイスの胸を勢いよくはだけさせると、露になったおっぱいは重力に負けてつぶれ、横に伸びていく。

 

だが、すごく柔らかいのにどうしてなのか、芯のようなところだけが魔法のようにハリの強いルイスの胸は、それでも薬の効果を直接届かせるのには邪魔な位置に、垂れきらずにぷっくりその脂肪を留まってしまった。

 

谷間こそほぼ無いものの、いまだ直接かけたところで内臓まで薬が浸透しない厚さが、ルイスの左右のおっぱいには残っている、終いには遍在のルイスばその爆乳、もといゆさゆさ揺れて暴れっぱなしの暴乳をひん掴むと、こねたパン生地のように乱暴に引っ張りあげて、その隙間へと薬を塗りたくっていった。

 

「よっ……んしょ、ああやっぱり見えないから塗るのって辛いわ。ルイズは手伝ってくれないし……しょうがないわね。」

 

面倒くさそうに遍在のルイスがぼやきながら、胸が邪魔にならない、視界に入らない体勢へと体の位置を変えていく。

 

「これならやり易いわ。あ、白衣は借り物だし汚しちゃ不味いわよね? ん……しょっ。」

 

ラインメイジでは、精密な錬金による再修復の洗濯が出来ない為に、白衣を脱いでから再び遍在のルイスは作業を再開した。

 

まずはルイスの体、そしてさらに体内の治療だけでも先にと、腹、股、背、腰、臀部へと指を回してくまなくその薬で塗り終えると、ルーンを唱え始めた。本体が倒れる前に持っていたルイズの杖を、遍在にて模した杖で治癒魔法を発動させ、ルイスの体を治していく。

 

遍在の杖から光る、水の魔法を示すような青く淡い光が、彼女の体をうっすらと照らし出していった。ライン止りのためか、どこか儚くて、少し頼りない光がムードランプのように灯っている。

 

「ねえ……ミス・タバサ。お願いがあるの。」

 

「解ってる。」

 

そんなルイスの治療を見続けていた、二人の少女のうちのひとり、ルイズが敬称をしっかりつけて何かを懇願する。肩まで震わせて俯くその子を見て、もう片方の少女のタバサは言うまでもなく、相手の気持ちを察してくれたのか、くるりとそっぽを向いた。

 

さて、胸が視界に入らないというのはどういうものか。簡単なものは、見上げた視界ということだが……それではルイスを治療することはできない。

 

ならば、見上げた視線の先にルイスがいる、そんな光景にしてやる必要がある。例えば今のように、遍在のルイスの体を縦向きから、寝てる本体のルイスのような横向きにしてやるのだ。

 

そう、遍在のルイスは本体のルイスへ馬乗りになると、彼女の体の上で寝るようにうつ伏せになって、治療を再開したのだ。

 

……つまりはお尻を、股間をルイズたちの方へと向けているわけである。そこは白衣を脱いだ為に非常に風通しが良くなっているわけで......そんな自分と同じ形をした恥部丸出しの人間なんて、ルイズにとっては誰であろうと、同性相手でも他人になど見られたくないものだった。

 

「ふう、こっち引き継ぎ終わったわよ~って、うっわ……なんか可愛いものがすごいことになってるわね。」

 

「……ぁ、ああああんたも見んじゃないわよぉっ!!」

 

なんとか自分の、大切なところのカタチを知られるのを回避できたというのに、神は無慈悲にルイズを弄んだ。一息つく間もなく、キュルケが部屋へと入ってきたのだから、運命を司る神がいるとすれば、彼は非常にサディスティックだと言える。

 

「の、ノックくらいしなさいよ!」

 

「いやよ面倒くさい。何より今は、そんな必要ないはずじゃない。ところで……ねえ、あれってルイス? どうなってんのよルイズ。」

 

「せ、説明してあげるから……お願いだから後ろを向いてぇ……!」

 

日に二度、ヴァリエール家の三女からお願いを受けるという珍事。そんな自分の血族の中でも、かなりの快挙を成し遂げることに成功したキュルケは、ルイズに免じて言うことを聞いてあげることにした。

 

ルイズの話を聞いて、ルイスの規格外さと、魔法の造詣の深さに感心しながらキュルケは近くの椅子に座る。

 

続いてタバサとルイズも席につくと、ルイズの威圧によって三人は椅子を同じ向きへと変えて、教室で授業を受けるような形で話し合っていた。

 

「彼女は不思議な魔法を使う。」

 

「そうなのよ……良くも悪くもね。何よ、あのふざけたゴーレムは。何で私だったのよ……。」

 

「……羨ましい。」

 

「えっ。」

 

勤勉な優等生ということだけは、知り合う前から知っていたタバサという少女。彼女なら魔法に関しては、自分と同じ意見を述べてくれると思っていたのだが、全く違う答えを返してきてルイズが困惑する。

 

「ああいうことができるのは、ある意味で余裕の表れ。私はフーケ相手にそんな真似、できない……。」

 

「あぁ、何だそういうことか……もう、アタシまでビックリしたじゃない。」

 

タバサの羨んだものはルイスの精神力や技量だったようで、決して自分のねんどろいどが欲しいというわけではない......はずだ。まだ何かを思い浮かべているタバサを、ふたりは一先ず置いておくと、今度はキュルケが語りだした。

 

「しっかし、まるで勇者みたいな頼もしい使い魔だけど、生憎とルイズはお姫様じゃないのが辛いわね。」

 

「また……あんたってば、どうしてそう回りくどい言い方をするのかしら。私に喧嘩売ってるのなら、買うわよ。」

 

素直にちんちくりんだと、恐れ多くも幼馴染みで、見目麗しいこの国の姫様とはまるで違うと言ってみろと、ルイズはキュルケに視線を飛ばした。ただし、その瞬間に錬金を叩き込むわよという、杖を強く握りしめる仕草も重ねてだ。

 

勿論、キュルケはそんな挑発には乗らない。

 

「ああ、そうね。撤回するわ……女の子と乳の好きな貴女ですものね。むしろお似合いかもしれないわ。」

 

「だから違うって言ってるじゃないっ!」

 

「そう? 向こうも満更ではないからチャンス、あると思うけれど……?」

 

「な、無くて良いわよ! 本当にさっきの事といい、あああんたは私に喧嘩を売りたいようね!!」

 

チャンスどころか毎晩迫られて、それをルイズも悔しくも受け入れてしまっているのだが、これだけはキュルケには絶対知られてはいけない。なので、話題を戻して隠そうとするルイズだが、そもそもキュルケの話したかった内容は昼同様、ルイズの考えたような事ではなかった。

 

「違うわよ……ったく、ゼロのルイズがやっと少しは出来る子になったと思ったのに、そこは変わんないんだから。てっきり、アタシは今回のはあなたでも解ると思ったのだけれど……もしかしてルイズ、気づいていないの?」

 

「……何がよ、もったいぶらずに言いなさいよ。」

 

何だか今日は、ルイスとキュルケのこんな連想ゲームに乗せられてばかりで、いい加減うんざりしてきたルイズは、顎を手に、手を膝に乗せながら先を促した。

 

「じゃあ言うけれど……あなた、しばらく平民の食事しかできなさそうね。」

 

「……は?」

 

やはりルイズにはわからない、不思議な答えが帰ってきた。

 

「ああ……やっぱり気づいてないじゃない。まぁ少し位なら恵んであげてるから、強く生きなさいな。」

 

誰がツェルプストーからの施しなんかと思うルイズだが、そもそも自分がそうなる答えがわからない。その同情の眼差しをやめてほしくて、ルイズはとうとう、また叫んでしまう。

 

「だから、何の事よツェルプストー!」

 

「……水の秘薬。」

 

答えが出ずにしびれを切らしたルイズに、いつのまにか今度は下を見ているタバサか答えた。暗いのもお構いなしに、背後のルイスの光と、窓からの明りを頼りに、本を読んでいたようだ。

 

「水の……。」

 

直ぐにそれがどれの事を指すか......ルイズにも心当たりがついた。

 

恐る恐る、軋んだ機械のように、ぎぎぎと首を回しながら、ルイズは振り返る。

 

ルイズは聞きそびれていた事だが、ラインメイジな遍在のルイスが、重篤患者である本体のルイスを治すには、何らかの形で治癒魔法を増幅してやる必要がある。

 

今彼女は、医務室に厳重に保管されている何かを用いて、本体の治療を可能にしている。ラインメイジが死の淵の人間を救うための薬など、そんな秘宝のようなものの答えなど、直ぐに解る事だった。なのに、ルイズはふざける遍在のルイスのせいで、気づくことができないままにここ迄来ていた。

 

水の秘薬。重傷の患者を治す際に使われる、いわば至高の一品。それを狭いテーブルに載せると、動かすだけでぶつかり合って音を立てる程の数を使う。怪我一箇所につきひとつとかも言っていたっけ......と、ルイズは先程とは別の目眩を起こしながら思い返していた。

 

ゆっくりと……彼女たちの言ったことの意味を理解しながらルイズが振り返りきると、ベッドの周りにあるのは十数本の空の瓶の山。そして昇り始めた太陽の光が作る薄暗な世界に、仕事を終えて汗を袖でぬぐいながら深く息を吐く、遍在のルイスの姿があった。

 

「ふう~、おしまい……これで傷ひとつ残さず元通りよ。」

 

「あ……あ……。」

 

「それじゃ、私は限界だし消えるわね。」

 

何か言いたくても、あまりの積み上がる借金を予想して、ルイズの喉はひくつくことしかできない。ルイズが声が出せずにいると、遍在のルイスは彼女の事などお構いなしに霞がかっていく。

 

「待ちなさっ……!」

 

怒りのあまりに一発どつこうかと思い、大慌てでルイズが遍在のルイスへと駆け寄るが、遍在のセーターを掴もうとしたルイズの手は、ただ空を切るのみだった。

 

「今日は、色々とありがとうねルイズ。貴女のお陰でわたしはまだまだ、素敵な日々を過ごせそう……。」

 

人知れずひっそりと夜に咲く花のような笑顔で、最後にそう言ってから遍在のルイスは、透けていた自らの体を完全に消し去っていった。

 

「……。」

 

ずるい。そう思いながらルイズは、やり場のなくした手をきゅっと握りこむと胸元へと引き寄せていた。

 

最後にそんなことを言われたら、もう代わりに本体をおしおきする訳にもいかないじゃない。もともとは、庇われた自分の代わりに受けた傷ということを今更ながらに思い出し、ルイズは礼を言い返さなければならなかったのは、むしろ自分の方だったと気づいた。

 

ルイスを使い魔として扱おうと、人として扱おうと、そこにはお返しの気持ちがルイズにはあったはずなのに。自分がそのことを忘れていたのを恥じていると、ノックの音もせずにまた、扉の開く音が聞こえてきた。

 

「あー……失礼するよ。」

 

聞こえてきたのは低い声。つまりは異性の声がそんな後悔も、遍在の笑顔を思い返す余韻も、何もかもルイズの頭から吹き飛ばした。

 

「み、ミスタ・コルベール!? だ……だめぇっ!!」

 

男の乱入に、上にあった瓶は全てベッドの周りへと消えた、偏在が錬金で作り出したテーブルへと、ルイズは大慌てで杖を振るった。あっという間に錬金を唱え、テーブルが光に包まれる。

 

一瞬の光の後に爆発が起きて風と煤煙が舞う中で、ルイズはルイスの寝てるベッドへと慌ててかけていく。おおよその場所まで来てからは手探りで彼女を探し、体のどこかに触れるとそのほぼ全裸になった体と、服やマントでは隠しきれないほど大きい胸を、なんとか自分のもとへ抱き寄せた。

 

ぎゅっと一度、完治したルイスの身体を確かめるように優しく抱いて、それから隣のベッドがあった場所へと手を伸ばす。

 

隣のベッドからシーツをはぎとり、ルイスの肢体を覆い隠すと、今度はルイズが庇うかのように、無意識にルイスを隠して抱いていた。

 

「......。」

 

ルイスを抱きしめる腕に、力が籠り、より体を寄せてくっついて、ルイスをルイズが隠していく。

 

ルイズは、男に今のルイスを見られるのが何だか嫌だった。もちろん、ほくろの位置まで自分と同じ位置にあって、同じ形をしている大切な部分を、誰かに見られたくないから......そんな理由もある。しかし、ルイズがこの時見られたくないと思ったのは、あくまでルイスだった。

 

自分を助けてくれた人間の、無防備で恥ずかしい姿をどうしてか、ルイズは人に見られたくなかったのだ。

 

「うわ……っ、いきなり何をするんだね、ミス・ヴァリエール!!」

 

そんな事情を知らず突然の出来事に、教師としてコルベールはルイズを叱責した。だが、ルイスを抱いたままにルイズの返事はなく、代わりにキュルケが、煤煙の視界が塞がれた世界で声を返す。

 

「あら、それはこちらの台詞でしてよ先生。乙女の診療中だというのに、ノックもせずに扉を開けるなんて……殿方として最低ではないかしら?」

 

自分のことは同性だったからと言いたげな、棚にあげながらキュルケがフォローを入れる。するとしばらくして意味を察したのか、コルベールの声が見えない世界に聞こえてきた。

 

「あ。い、いやぁ……ははは、すまなかった。何分研究しかしていないものでね、女性との付き合いのいろはには疎くて。」

 

「それは言い訳でしてよ。男以前に、貴族としてのマナーですわ。」

 

そして更に返すキュルケは今度こそ、完全に己を棚にあげていた。だがその事を他の二人、タバサは何も言わないし、今のルイズにはそんなことを気にしている余裕はなかった。

 

抱き寄せる事で見えるルイスの顔を、ルイズは見つめていた。もうルイスに苦悶の表情はなく、脂汗も冷や汗も残っていない。頭から流れていた血の痕すら消え失せ、命を取り留めた使い魔の姿に、思わず笑みがこぼれる。

 

毎朝鏡で見る自分のと同じその顔は、回数では一番見たことのある顔。同時に、他人の顔と比べればそれは僅かで、時間では一番見ていない顔。

 

そして目の前にあるのは、写真というものが無いこの世界では、普通に過ごしていては絶対に見ることのできない、己の寝顔だ。

 

自分は起きている時は、こんな安らいだ顔はしない。いつもイライラかピリピリしてばかりだとルイズは思う。

 

だからなのか......助けてくれたルイスのそんな顔が、とても新鮮なものに見えていた。それこそまるで、別人のように。

 

見つめたままに思い返してみると、ルイスは普段は、使い魔としての仕事で先に起きている。夜に不本意だがにゃんにゃんと鳴かされて、派手に達した後は先に果てて寝るのも、いつも自分だ。本当にルイズは彼女のこの顔を見たことが無いことに、気付かされた。

 

そんないつも目を開けて横に居た使い魔が、今は自分のために疲れ果てて眠っている。普段見せない顔を晒してまで、自分を守ってくれたルイスに、ルイズは何だか胸がぽかぽかしてきた。

 

今のルイスをそう思うのは、ルイズの深読み、考え過ぎなだけかもしれない。しかし、こう考えてからルイスの顔を見ていると、どうしてか......ルイズの鼓動はどんどん高まり、落ち着きがなくなっていく。

 

ルイズの胸が暖かいから熱いへと変わり始め、流石におかしいと自分でも気がついたが、胸のどきどきは早くなるばかりで止まらない。

 

これじゃまるで......と、ルイズが胸の高鳴る理由を考えたが、即座にそれを自分で否定した。

 

これはそういうものでは無く、彼女に命で命を助けてもらえたのが、自分にそこまでの価値をもってくれる人に出会えたのが、嬉しかった反動に違いないと、自分に言い聞かせていた。

 

「後は、雰囲気に酔ってるだけだもん......。」

 

他に理由があるとしても、キュルケの言う姫と勇者のような関係のせいだと、逃げるように口にして結論を出した()()()()()ルイズだが、胸の高鳴りは消えることなくそのままだった。

 

それから自分の耳で鼓動の音を聞きながら、ルイスを見つめているだけの時間に耐えることができなくなると、ルイズは周りをキョロキョロと見回し始める。

 

爆発の煙と煤の目くらましは、まだ晴れていない。

 

「......。」

 

それはルイズにとって幸せなことだったのか、それとも不幸なことだったのか。周りの状況をを確認し終えると、もう一度ルイスを見た彼女の体は、何も考えていないのに勝手に動き始めてしまった。

 

「つ、使い魔の忠誠には......応えてやるのが、あ、主の務めよねっ。」

 

突然私は何をしようとしているのと、自分にそう聞いても熱で浮かされている体は、動くのを止めてくれない。抱き寄せていたルイスのより近く、近くへと自分の顔と体をくっつけていく。

 

「これも......よ、酔ってる、だけよ......。」

 

ルイズは体のリードをそう決めつけて、雰囲気に流されてるだけよと、物語の姫になりきったせいで、大胆になっているだけなのよと、そういうことにして、助けられた姫が物語で勇者へするお約束。そんなお礼をすることにした。

 

これくらいなら、軽くなら自分から今日はしてもいいと、そう思えてしまっていたのだ。

 

「......それだけなんだから。」

 

そう言ってキスを、ルイスのほっぺにひとつ。

 

目を細めて顔を真っ赤にしながらも、とても自然にルイズがお礼をし終えると、そのまま息がかかって髪が揺れるほどの距離にある、ルイスの耳へと頬から離した唇で囁いた。

 

「普段、あんたから嫌でもしてくるし……し、舌も入れるし……ほっぺくらいじゃ嬉しくないかもしれないけれど......。」

 

ぽそぽそと、他の誰にも聞こえない声でルイズが話しかける。酔っているだけとか、使い魔への感謝の言葉だという割には、とても愛が籠められているように思える声色で、ルイズは言葉を紡いでいく。

 

「わ、わたしなりの精一杯で、あんたが一番喜びそうな贈り物をしてあげたんだから……感謝、してよね......。」

 

「......。」

 

答えるはずのないルイスヘそう言い終えてから、これは単なる今日の礼で深い意味はないと、ルイズは最後にもう一度、しつこくても自分に言い聞かせると、なんとか体の自由を取り戻してようやく顔を離すことが出来た。

 

「か、勘違いはしないでよね。あくまでお礼なんだから......っ。」

 

そう付け足すかのように後から言うルイズだが、さっきの口から漏れた言葉に、そんな思いはひと言も入ってなかった事を、彼女は気づいていない。そして心と比べて、体はどこまでも勝手だった。

 

「ん......。」

 

ルイスに触れて火傷したかのように熱い、そんな錯覚にとりつかれているままな、ルイズの唇。そのまとわりつく熱さが、ルイスの温もりであるかのようで、それを求めるように指が自然と、自分の唇へ動いていく。

 

そして思わず指先をちゅっと、熱で指を包み込むように気がつけば咥えてしまうと、目を閉じてその熱を楽しんでいく。少ししてルイズが我に返ると、自分のしたことが信じられず、慌てて指を離した。

 

「は⁉ 私ったら何をしているのよ! こ、これは......違う、違うの、違うんだから......!!」

 

誰も見ていないのに、ひとり小声で己の行為を否定する。

 

「いいいいつまで私は酔ってんのよ。いい加減覚まさなきゃダメよこんなの......しっかりしなさい、ルイズ!」

 

そう言って平静を保とうと決心するルイズだが、今の彼女はルイスを見れば、その決心が抵抗力を全く持たないまま、あっという間に崩れてしまいそうな顔をしていた。

 

それを本人も解っているのか、また体が勝手に動かれてはたまらないと、ルイスからルイズも視線を外す。だが虚空を見つめても、ルイズの脳裏にはルイスの顔がちらついて離れない。性の時間以外の素顔を見せた昼のルイスと、頼もしい勇者のように自分を護った夜のルイスの姿が、ありありと浮かんだままだ。

 

「もう、何よこれ......。」

 

体も心臓も、頭までもが一部勝手に動いて、何だか自分がおかしくなってしまったような感覚が、ルイズを包む。

 

ルイスは女なのに......助けてくれたせいで素敵に思えてしまう。

 

自分なのに......寝ていた顔が新鮮で、他人に見えてしまう。

 

使い魔なのに......もうそう思えそうにない。

 

「私、本当にどうしちゃったのよ。」

 

認められない感情を否定し続けていると頭がおかしくなりそうで、思わずルイズは使い魔を抱きしめ直した。もうこの際、最悪だけどベッドの上でもいいから早く、今すぐいつもの笑顔をルイスに見せて欲しいとルイズが思い始める。彼女との日常へと帰ることで、この気持ちを忘れてしまいたいのだ。

 

煙幕はまだ消えない。

 

唇の熱も、まだ消えてくれない。

 

寝ているルイスにもう一度、繰り返して触れることだって出来てしまう。

 

この世界には二人しかいないような錯覚に、囚われてしまいそう。

 

自ら作り出した世界と時の流れの遅さを呪いたくなる中で、主が変になりそうなんだから、早く起きて助けなさいよと願いつつ、ルイズは大切そうにルイスを優しく、壊れないように抱きしめていた。




恋心とかの描写難しい(´・ω・`)

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