玖話の別視点です。
鎮守府の残りのメンバーが正式に判明します。何名かは喋ります。
また、必須タグさん達が本気出す回です。大変長らくお待たせしました。
恒例の鍛錬に、響と長門の姿がない。その事を気にしていたのは、実は北上らだけではなかったようだ。
「ひ、響まで…?そ、そんな…」
間違っても、響は朝のこの鍛錬をサボるような人物では無かった。今でこそ彼女の不在に言及は誰もしないが、やはり変だ。
「本格的に…何かがおかしいのです。私達の知らない何かが…」
もしかしたら、変に感じているのは自分達だけかもしれない。そう思いつつも、やはり気になるものは気になる。
特に…暁も響も、自分らから見ればどちらも姉だ。大切な姉だ。結果的にこんな状況になってしまったとはいえ、それは変わらない。
そして、2人にはもっと気になることがあった。言うまでもなく暁についてである。
「ホント…2人揃ってどうしちゃったのよ。暁は私達のことを明らかに避けてるし…」
「ひ、響ちゃんに至っては…姿すら見せなくなったのです!」
そう言いつつ、チラッと暁の方を見る。彼女は不気味なほど笑顔のまま、上体起こしをする曙の足の上に座っていた。
……前々から気になっていたこと。正確に言えば違和感。雷も電もその正体には気が付いていた。だが自分達に何が出来るかが分からない。
その事に対し、2人は同時に溜息をつく。そして鍛錬終了が赤城から告げられた瞬間、お互いにアイコンタクトを取って頷く。
とはいえ、あまり騒ぎにはしたくない。何故ならそこに、暁本人がいるからだ。
ラッキーな事に、暁はルンルンでスキップをしたままその場をさっさと離れた。
雷と電はそれを確認し、北上らも居なくなったのを確認すると、この場でのんびりしているメンバーから話しかける事にするのだった。
「おや、どうかしましたか?」
「珍しいね、2人が私達に用なんて!」
そう言ってこっちの顔を眺めるのは、戦艦の比叡と霧島だ。この2人は物凄く仲が良く、さっきも手を恋人繋ぎでギュッと握り合っていた。
光の反射でギラッとする霧島の眼鏡にどきりとしつつ、自分らに目線の高さを合わせてくれた2人に対し、雷と電は口を開く。
「じ、実は…聞いて欲しいことがあるのよ。ちょっと良いかしら?」
「もちのろん!私達で良かったら好きなだけ話していって!」
……前々から思っていたが、この鎮守府の戦艦の中では、この比叡が1番話しかけやすい。
霧島と同時に他鎮守府から移って来た、戦艦の中での1番の新人というのもあるだろうが、彼女の人柄が柔らかいのが主な原因だろう。
今も比叡は頼れる姉御オーラを出そうとして、胸をドンと叩いてむせている。
「ほ、他でも無いわ!暁のことよ」
「暁…というと、提督邸に運ばれた方ですね?その方がどうしたのですか?」
比叡の背中をさすりつつ、霧島はそう返す。なるべく笑顔を作ろうとしているのが分かるが、比叡を心配しているのは見たら分かる。
……その後、電が補足を入れつつ、雷が自分らの悩みを口にする。
簡潔にまとめよう。それは暁が自分達のことを名前で呼ばなくなったという話だった。2人の違和感の正体はこれである。
提督邸から帰って以来、暁は他人を名前で呼ばなくなる…どころか、そもそも暁の方から自分らに話しかけて来なくなった。
それに加え、不意に話しかけようとすると、ある時は魂が抜けたかのように何処かを呆然と眺めているし、ある時は不自然に笑っている。
よって、2人はこう結論を出した。あの時に2人で見た「不機嫌な暁」が治っていないと。
……その旨を話し終わった時、比叡も霧島も微妙な表情を作った。
「そっか…。それは大変だね…」
「私達としても何か力になれればと思うのですが…今回は計算の目処が立ちませんね」
要するに、名案は浮かばないという反応だった。これを聞くと雷と電は2人にお辞儀をして、その場を少し走って後にする。
雷と電の顔には、2人揃って不安が浮かんでいた…のは今更の話だろう。
~~~
「あら、ごきげんよう」
相変わらず笑顔が素敵だ。雷と電はそう思いつつ、仲良し3人組こと、重巡洋艦の青葉・高雄・熊野の3人との接触に成功する。
この様子だと、熊野が用意した可愛い服を高雄が試着し、青葉が写真を撮影していたのだろう。そのせいで高雄の顔は赤かった。
「まぁ…うん。あれは置いといて、こんな所に何の用かしら?」
因みに、ここは巡洋艦寮の入り口前だ。駆逐艦があまり出入りするところじゃない。
……熊野は笑顔のまま、雷と電と目線の高さを合わせる。物腰もかなり柔らかい。
2人はやかましい後ろには耳を貸さず、自分らの悩みを打ち明ける。熊野は相槌だけ打って、2人の話に耳を傾ける。
結局、途中から青葉と高雄も話に参加することになるのだが…。残念ながら、出た結果は比叡らの時と全く同じだった。
雷と電は肩を落とし、3人に謝罪と励ましを貰いながら、その場を後にした。
その後も鎮守府中をウロついたが、どこも結果は同じだった。
途中の…駆逐艦の朝潮と春雨の時は、同じ駆逐艦という事もあり、少し前に進んだような気がしたが、結局は協力をお願い出来たぐらいだ。
「はぁ…難しいわね…」
「簡単にはいかないのです…」
気が付けばもう日暮れだ。そろそろ晩御飯の準備も始まるし、今日はもう寮に帰ろう。そう2人で確認し合う。
というか、もう既に体は寮に向かっていたし、もう目的地が見えていた。
その時だ。駆逐艦寮の前に人影があるのを2人は見つける。そこにいたのは、まだ2人が相談して無かった3人だった。
「お、2人ともお帰り~」
「……おじゃましてるわ」
「こんばんはクマー」
江風と大井と球磨だった。何処からどう見ても井戸端会議中のようで、3人とも笑顔を見せながら話しかけてきた。
そんな様子を雷と電は少し睨む。何故なら今日の晩ご飯は江風らの担当だからだ。
恐らく今日も、適当な理由をつけて曙に押し付けるつもりなのだろう。
「あー、はいはい!2人が言いたいことはよーく分かるから!そンな睨むなって!」
そんな2人の視線を感じたのか、腕を振ってそう弁解する江風。
雷と電は暫く江風を睨んでいたが、それどころじゃないのを思い出し、本題に入る。
「あ、あの…3人に相談なのです」
「……相談?一体どうしたの?」
無意識に前屈みになる大井。それにつられてか、雷と電を3人で囲む形のフォーメーションになり、2人は少し困惑する。
それでも2人は口を開き、切実な思いを丁寧に打ち明けた。それを聞いた球磨と大井は腕を組み、江風は腰に手を当てる。
「そう…暁さんが…」
「まぁ川内の話を聞く限り、普通じゃないとは思ってたクマ。やっぱり…私達が思ってる以上に、あの子はヤバいんじゃ…クマ?」
そうだ。川内は「暁がカラスに襲われていた」と発言していた。それで無反応らしいのだから、普通じゃないことが起きているのは明らか。
やはり…1日2日で彼女は元に戻らなかったのか?もう少し安静にさせた方が良かったのか?
……落ち着かない表情を浮かべる雷と電。そんな2人を見て何かを思いついたのか、江風が2人の肩を笑顔でポンと叩く。
「じゃあさ、もう後つけちゃえよ」
「あ、後をつけちゃうって…!暁ちゃんのなのです!?」
「ンだよ?そンなに姉貴が心配なら、それが1番手っ取り早いンじゃねぇの?」
平然とした様子でそう言い放つ江風。電はそれを否定するが、大井と球磨はあまりそんな様子を見せないし、雷も乗り気だ。
電は最後まで雷を引き止めようとしたが、最終的には電が力負けしてしまう。
「ふふっ、ありがとう江風!さ、そうと決まったら早速行動よ!」
「はわわっ!きょ、今日はもうダメなのです!ご飯食べて、明日に備えるのです!」
そんなことを言いながら、2人は寮の中に消えていった。江風も暫くした後で2人の後を付いて行き、その場は流れ解散となった。
~~~
翌日の朝。暁は動悸の高まりで目を覚ます。彼女は真っ先に自分の胸に手を当て、何とかして静めようとするのだった。
「……夢ね」
恐ろしい夢を見た気がする。それの詳しい内容は全く思い出せないが、とにかく恐ろしい夢を見た気がする。
そんな暁は、少しでも早く自分を落ち着かせようと頭に大好きなものを浮かべた。
「響…。良い笑顔…」
昨日、自分は響の笑顔を見た。確かにそれは一瞬だけだったが、彼女は間違いなく笑った。
それを鮮明に思い浮かべる。するとすーっと胸が晴れていく。だがその一方で、暁の心には別のモヤモヤも浮かんでいた。
……彼女が笑った時。それは北上の話をした時だ。それで間違いない。
暁は舌打ちをし、布団から起き上がって軽く体を動かした。今日は割と涼しくて快適だ。
「今日は…何も無かったわね?」
冷静に予定を立てる。今日は鍛錬が休みの日だし、仕事もない完全な休日だ。
特に…あの積極的な偽物コンビが、朝から夕暮れまで仕事漬けなのが素晴らしい。付きまとわれずにすむ。
……彼女の瞳から光が消え、そこには北上らへの憎しみがこもる。
とうやら暁は、響が北上に好意を寄せるのが気に食わないらしい。あのチームに戻りたがることが気にくわないらしい。
そして…自分以外の人物にあの笑顔を向けることが気にくわないらしい。
そんな暁が部屋を出ると、寮の中が割と静かなのが分かる。どうやら大体の駆逐艦が不在のようだ。もちろんあの2人も見当たらない。
広間に移動して時計を見る。どうやらいつもより長いこと眠っていたようだ。
机の上に自分の朝食が、ラップがけでポツンと残っている。もしかしなくても自分のだろう。そう思い、手を洗いに行こうとして。
「……起きてくんのが遅いのよ」
暁は思わず驚いて1歩後ろに下がる。そこに立っていたのは曙だった。
曙は呆れ顔で暁を眺める。相変わらずの高圧的な態度で。だが暁はそれを無視し、キッチンに向かう。
「ったく…何よあの態度」
暁を横目に、曙は広間の椅子の1つに座った。そして彼女は1冊のノートを広げる。
そのノートには色々なメモ書きがされていた…が、その殆どは料理のレシピだ。彼女はこの寮でも割と料理上手な方だった。
……暫くして。手を洗って帰ってきた暁は、自分の朝食の前に座り、ラップを剥がす。
「ちっ」
そして舌打ちをした。朝食がチキンライスだったからだ。これは間違いなくあいつが作った物だから。北上や響と仲良しのあいつが。
暁は不機嫌そうな顔をしてそれを食べる。得意料理と自負してるだけあって味は確かだが、今はこれを食べたい気分じゃ無かった。
(はぁ…考えないようにしてたのに)
暁は不機嫌なまま、それをペロリと食べ終える。その途中でチラッと偽物の方を見る。
もちろん、こんな時間にあんな場所で1人であんなノートを見て考え事をするのが誰かというのは、暁も気が付いている。
……あいつとは色々あった。あの雷と電の件はまだ許したわけじゃない。だがそれ以上に…もっと憎い者が出来てしまった。
暁はキッチンに行き、ゴミを捨てた後で、食べた後の皿を洗い始めた。
……その時だった。不意に誰かがキッチンに入ってきた…と言っても可能性的に1人だが…暁がそれを気配で察したのだ。
その人物は、食器棚からコップを取り出した。恐らく水を飲みにきたのだろう。
そしてそいつは、皿洗いをしていた暁に割り込み、水道の水をコップに注ぎ、暁の後ろで一気飲みをして、コップを机に置く。
そのまま…2人は会話もなく、元の状況に戻ると思われた。だがしかし暁がそれを破る。
「……あのさ」
振り返ることは無かった。だが暁は、その偽者に聞こえるように水道を止めてそう言った。後ろでそいつが足を止めるのが分かる。
「……何よ」
暁に近づくことはしない。だがそいつは、佇まいで威圧感を演出していた。暁はそれを見て、その偽者の正体を確信する。
「お願いがあるんだけど」
「……だから?」
「私に協力しなさい」
「はぁ?それが人に物を頼む…」
「殺したい奴が居るの」
あーだこーだ言い返すそいつには耳も貸さず、ズバッと自分の要求を口にする暁。
これには流石の曙もタジタジだ。何より…暁の口から出ないであろう単語が出たから。
暁は真っ直ぐにその偽者を睨む。一方で曙は思わず暁の視線に驚いてしまう。だが…その後で直ぐに口元をニヤリとさせる。
「へぇー、あたしにそれを打ち明けるってことは…遂に妹に手を出そうってわけ?」
「……私の妹に手を出したのはあなたじゃない。あれ許したわけじゃないから」
「ふふっ、冗談よ」
不敵な笑みを浮かべる曙に対し、冷めたような…そんな視線で偽者を見る暁。
「……で、誰のことかしら?」
おどけるのをやめない曙。彼女はどうやら暁の殺意に興奮しているように見て取れる。恐らく暁が冷めているのはこれが要因だろう。
「……北上」
暁は少し視線を泳がしたが、お茶を濁すことはせず、彼女ははっきりとその名を口にする。
それを聞いた曙だが、過剰な反応はしなかった。冷静に首を縦に振るだけだ。
「ま、そうよね。あたしに打ち明けるぐらいだもの。そうこなくっちゃ」
それでも曙の瞳にはキラキラした輝きがついていた。暁にはそれが少し理解出来ないようだ。
確かに彼女はあいつを殺したいほど憎んでいるが、殺戮を愉しむつもりはないからだろう。
「……楽しそうね」
「まぁね。あいつを殺したいと思ってんのはあんただけじゃないってことよ」
その偽者は実に楽しそうだ。暁はその様子を見て思わず自分も笑みをこぼしてしまう。
理由はもちろん、偽者とはいえ響の見た目と声をしている人物が、北上を殺すという自分の願いを叶えることに乗り気だからである。
「早い方が良いよね?」
「えぇもちろん。その辺りはあなたに任せるから。お願いするわ」
「何言ってるのよ。一緒に考え…あぁもう分かった。後で私の部屋に来なさい」
「……そう。分かったわ」
頭をポリポリ掻きつつ、諦めたようにする曙。それを嬉しそうに見る暁。ここだけ見ると非常に朗らかなムードに見える。
結局その後は、曙は広間にあのノートを取りに行き、暁はその偽者の部屋に向かうのだった。
今はまだ朝だから、もしかしたら今日中に実行に移せるかもしれないという希望を持って。
~~~
現在の時刻は…太陽が真上を通過した辺りなのだが。北上らは息を飲んでいた。
「き、北上さん…!あ、あれ…」
キッカケは海風のこの一言だった。彼女が指をさした先、そこには見慣れないセーラー服がズラっと束になって動いていた。
「なっ…あれは!」
側にいた長門も思わず構えてしまう。そこにいたのは間違いなく提督だったから。自分達の知っていない提督だったからだ。
……忘れているかもしれないだろうから補足しておく。あの秘書艦の事件は、今のように他鎮守府の提督がやってくる所から始まった。
「あぁうん、2人ともどうするよー?」
「どうするって…そりゃあ…!」
「……うむ。私が後をつけよう。2人は装甲置き場へ先回りしてくれ。頼むぞ」
海風が口を開く前にそう言った長門は、2人からの返事も聞かずに離脱する。
それを見て少し呆然とする海風の腕を掴み、北上は長門の指示に従う。
「さて…急ぐよー」
「は、はい!行きましょう!」
海風は北上の腕を払い、これまた競歩のスピードを出す北上に必死についていく。途中で仕事中の雷などを見かけたが、それは無視した。
……こういう時。頭で考えるより先に体を動かせる長門や北上は凄いと、海風は感心しきりのようで。彼女は顔をときめかせていた。
しかし、そのトキメキは直ぐに保てなくなる。明らかに北上が速すぎるからだ。どうやら北上は、慌てると周りが見えなくなるらしい。
「よっし。何とか間に合ったねぇ」
「そ、そうですね…てへへ…」
装甲置き場に着いた時には、もう海風はヘロヘロだった。一方で北上は息切れすらしていない。
「……大丈夫ー?」
北上は優しく海風の頭を撫でつつ、励ましの声をかける。そして共に建物の陰に隠れる。
……この置き場は、置き場というよりかは、小屋というのが正しいだろう。見た目はまるで年季の入った学校の更衣室のようである。
また此処には、装着さえすれば直ぐに出撃出来るもののみが置かれ、修理が必要なものはまた別のところに置かれる。
そのため、もしあの提督らが何かを企んでいるなら、ここに来るだろうと判断したのだが…。果たして本当に来るのだろうか?
「ドキドキしますね…」
そう呟く海風だったが。これに対する北上の返事が無かったため、その真剣な空気に彼女も合わせる事にした。
そんな状態が続いた。この辺りはあまり人が来ないから、聞こえるのはお互いの呼吸の音と海から聞こえる波の音だけだ。
そして…恐らく30分ぐらいが経った頃だろう。2人の前に人影が現れた。しかしそれは提督ではなく長門だった。
「……帰ったよ。どうだった?」
「いやー誰1人として来なかったねぇ。まぁ今回は何も起きないって事でー」
「ま、待ってください!」
参ったという風の北上に対し、海風は心配そうな顔を続けていた。
「も、もしかしたら…私達が来る前に既に終わらせて居たのかもしれません!」
海風はそう言い、グッと拳を握る。北上と長門はこの彼女の言葉に質問もせず、黙ったままその小屋に入っていった。
今日は出撃任務に出ている者がいない。だから提督の工廠に移動しているもの以外は、装備が全て揃っているはずだ。
……とは言うものの、誰の装備が向こうにあるのかなんて3人とも知らない。だがその心配は無かった。全員分きっちりあったからだ。
「これさー。他の鎮守府じゃ有り得ないんだろうねー。きっと」
「……だろうな」
そんな会話を交わしつつ、3人は念入りに全員分の装備をチェックし始める。
だが気になる点は無かった。せいぜい途中で海風が「胸部装甲薄っwww」とか言いながら瑞鳳の装備を弄っていたぐらいだ。
「うん。異常はないねー」
「そうだな。本当に今回は何も無かった。これで一息つけるな」
「はぁ…安心したら力が抜けちゃいましたよ…。良かったぁ…」
海風はそう言って地面にしゃがむ。それを見て2人は微笑み、海風を無理やり立たせて、3人揃ってその場を後にした。
……そう。あの提督らは本当に何もしなかったのだ。理由は恐らく、秘書艦が居なかったからだろう。そう考えるのが普通だ。
本当に何もしなかった。提督らは。
「ふ、うふふふふふふふ…」
装甲置き場から3人が出て来るのを、満面の不敵な笑みで見送る人物がいた。
「あははっ!」
暁だ。あの後予想以上に早く曙の作戦が決定して、彼女はそれを実行に移していた。
彼女はその3人の響を見送ると、陰に隠れてニヤケ顔を何とかしようとする。
(凄い…本当に曙の言う通りになってるわ!ちょっと見直しちゃったじゃない!)
此処に来る前。暁は曙からこう聞かされていた。恐らくあの3人が装甲置き場に入って、全員分の装備に目を通すだろうと。
……ドンピシャだ。こうなった以上、あの3人は流石に油断をしているだろう。
「ふふっ…後はこれだけね…」
そう言い、暁はポケットからある物を取り出す。提督邸からくすねてきた万能ねじ回しだ。
これは先端が取り外せるようになっており、先っぽを付け替える事で、どんなネジでも回せるというもので…提督の自作だ。
「さて…もう行ったわね?」
暁は陰から向こうを確認する。そこにもう3人の響の姿は無かった。それを確認するとそそくさと小屋の中に入る。
……小屋の中の装甲なども、全て人別、及び寮別に分けられている。そのおかげで北上のコーナーも直ぐに見つけられる。
途中で近くの川内のコーナーが目に付いた。それもそうだろう。彼女のコーナーにはやたらと探照灯が入れられていたから。
しかし暁はそれには目もくれず、真っ直ぐに北上の装備を見つめた。そしてネジ回しの先をマイナスのものに付け替える。
「……ふふっ。これで遂に…あはは…!」
暁は満面の笑みだった。瞳はドス黒かったが、気持ちの良いほど満面の笑みだった。
その後、彼女は響への愛と北上の殺意を囁きながら、北上の足部分の装甲と彼女の連装砲のネジを数本外していく。
もしこれが海上で崩壊すれば…なんて妄想に陶酔しつつ、暁は響の装備を手にする。
……響の装備は北上のより一回り小さい。それはもちろんネジも同じ話だ。
暁は北上の装甲から外したネジと同じ部分を、響の方からも取り出し、響の方のネジを、北上の方に同じようにはめ直した。
これで、手で持った時には気付かず…激しい動きをすればネジが緩んで外れてしまう装備の完成だ。そして暁は証拠隠滅を図る。
……足の装甲は片手で持てる。だが問題は響の連装砲だ。これをこっそりあの提督の工廠に持っていかなければならない。
しかし、そっちにも勝算はあった。簡単な話だ。背負っていけば良い。
(響と私の装備は同じもの…!誰かに見られても自主練中と言えば逃れられる!)
暁はそう心で唱えてガッツポーズを決め、早速それを背負ってその小屋を抜けようとする。だが少し魔が差してしまう。
そう、自分が持っているのは響の装備。しかも目の前には一式が綺麗に揃っている。
……誰かが来るかもしれない。急いで抜けなければならない。その危機感がある状況によるドキドキ。暁はそれに逆らえなかった。
それに更に背徳感まで加わるのだ。抵抗が出来るはずもない。
そう自分を納得させた頃には、もう暁の手には響の装甲(背中部分)が握られていた。
……自分でも驚きだった。こんな胸の高まりが何の前兆も無く突然くるのだから。そして暁は、欲望に逆らうことも抗うこともしなかった。
(あっ…あ…ひ、響っ…!)
次の瞬間にはもう、その装甲は既に彼女の顔の全面につけられていた。
……暁は全力で過呼吸気味に深呼吸をする。これをもし誰かに見られたら…ドン引きでは済まないだろう。
暁はその耐えられない背徳感に身を悶えさせ、息が途切れるまでそれを続けようとする。
(はぁ…はぁ…響…響ぃ…!)
下腹辺りが熱くなるのが分かる。そこから全身が火照っていくのが分かる。出来ることならば、ずっとこのままでいたいとさえ思えるほどに。
しかし、その願いは叶わない。小屋の外から足音が聞こえたのだ。それで一瞬で熱が冷めた暁は、慌てて一式を元に戻す。
そして先手を打とうと、入り口から外に少し出た…のが少し不味かった。お互いがお互い、不意打ちで目の前に人が現れる状態になったからだ。
しかも暁に至っては、それが誰かさえ分からないのだ。彼女は目の前に響が現れ、声に出さずとも軽くパニックになっている。
「ビ、ビックリしたじゃない!」
「ご、ごめんなさい!」
思わず謝ってしまう暁。だが心配は無かった。どうやら目の前の偽者は、自分と共闘してくれてるあの人のようだから。
……帰って来るのが予定より遅かったから、様子を見に来たらしい。
「ったく…で、上手くいった?」
よっこいしょと立ち上がる暁を横目に、相変わらずの上から目線で曙はそう言い放つ。
「ふふっ、もちろん!」
暁はその偽者から1歩距離を置き、周りを確認した後でポケットからネジを取り出した。それを見て偽者は不敵な笑みを浮かべる。
「それで、響の装備は?」
「ま、まだ中よ。今から運び出そうってとこ。協力してくれるかしら?」
「……ちっ。まぁ分かったわ」
その偽者は舌打ちをするも、力は貸してくれるようだ。暁は「良い仲間を持った」という喜びからか、少し微笑みを見せた。
運んでいる途中。暁はずっとニヤケ顔だった。背中に連装砲を背負っていただけだが、響と一体化したという錯覚に陥っていたのだろう。
一方で曙は、そんな暁に対して不穏な空気を感じていたが、それでも計画が予定通り行った喜びの方が優っており、彼女もまた笑顔だった。
そして…無事に誰にも見つからずに提督の工廠に辿り着けた時。連装砲と足の装甲を専用のコーナーに放置出来た時。
2人とも本来はそういうキャラじゃないのだが、思わず勢いでハイタッチをし、2人とも満面の笑みのまま、一緒に寮に帰るのだった。
~~~
晩御飯の担当は暁だったのだが、瑞鳳が真っ青な顔で差し入れを持ってきてくれたので、それが晩御飯となった。
今は夜中で寮の中がシーンとしており、その中で1人キッチンに暁はいた。
「いやー、上手く行ったわね…」
とても上機嫌で作業に取り掛かる暁。手には包丁とサツマイモが握られており、どうやら皮剥きをしているようだ。
……曙ほど上手いわけではないが、割と自信があった。特に芋の皮をあまり好かない響の為だと思うと、尚更気合が入る。
だが暁はある事に気がつき、皮剥きを半分ちょっとまでにして止める。そしてニヤケ顔で別のサツマイモを剥き始めた。
芋は全部で5本。どれも少し小ぶりだが、甘さが凝縮されていてとても美味しかった。
因みに、このサツマイモ達は既に1度焼き芋になっている。時間が経って冷めてしまっているが、味はそれほど落ちてないだろう。
「……よしっ、これぐらいで良いわ。さぁ響の所へ行かなきゃ」
暁はそう言い、各々の元焼き芋の黄色い部分にラップを巻く。そしてそれら5本と水筒を纏めて抱え込み、少し慌てて倉庫に向かう。
途中、他の駆逐艦らの部屋をチェックする。と言っても時間が時間だから、部屋の電気は全て消えている。とはいえ油断は出来ない。
倉庫の入り口に着いた時。いつもの様に周りを入念にチェックし、誰も居ないのを確認すると、音を立てなようにドアを開ける。
「……良い匂いだ。瑞鳳の焼き芋か」
暁の姿を見た時の、響の第一声はそれだった。今日は朝から訪ねてなかったから、お腹が空いて仕方がないのだろう。
「そうよ響」
そう言いつつ響の隣に座って、暁は持っていた物を全て響の横に置いた。その際に優しく響の頭も撫でてやった。
……響はそれが嫌だった。だが顔に出したら暁が怒ると踏んで、無表情を決め込む。
そして食事を暁に要求する。もちろんその前に水が先決だが。
それを聞いた暁は、非常に嬉しそうな顔をしながら水筒を手に持ち、響に水を飲ませる。
……そのあと。淡々と響に焼き芋を皮ごと食べさせる暁だったが、3本目を響が食べ切った時。ふと響が口を開いた。
「なぁ暁、酷いじゃないか。朝も昼もご飯抜きだなんて」
「あ、そ、それは…謝るわよ。朝は私が完璧に寝坊してしまって…」
「……昼は?」
「え、昼…?そうね、確か昼は…」
そこまで口にして、暁はニヤついた。それはもちろん、計画が成功した時のあの感動と達成感をまた思い出したからである。
響はそれを見て少し怯むが、それでも抵抗の意思は弱めない。彼女は衰弱こそしてるものの、暁に屈する気はまだ無かったのだ。
……暁は少し考えた。本当は黙っているつもりだったが…このまま話を続けても良いかもしれないと思ったのだ。
因みに、曙は響の所在を知らないようであったので、このことを響に話すな的なことは何も言葉にしていなかった。
「……昼は。これを…ね?」
暁はそう言い、ポケットにしまっておいたネジを、わざとらしく地面にパラパラと落とした。響の視線が食いつくように。
それを見た響の顔は真っ青だ。それが何のネジかは分からないが、それが駆逐艦の装備には使われないはずの長さをしていたから。
「そ、それ…!?」
思わず手錠をカチャカチャと鳴らして体を揺らしてしまう。頭の中に警告音が鳴っているのが分かる。
「……何だと思う?」
暁は床に落ちたネジのうち、1本を指で拾って響の目前に掲げる。不敵な笑みで。
一方の響は軽いパニックだ。今までの自分と暁の会話を整理して、このネジが駆逐艦の所有物じゃないと理解したのだから。
「あ、暁…お前…まさか…」
「……ふふっ。ねぇ響」
暁は…何を思ったのか、響の上に馬乗りをする。これに関してはもう何回もされているはずなのに、響はまだ慣れないようだ。
そして何時ものように、暁は響の顔に手を這わせて顔を近づける。いつもの恍惚の表情で。怯えている響など気にせず。
「私のこと、好き?」
「それは…今後の君の態度次第だ」
「……そっか。じゃあこうしよ?」
そう言うと暁は、体を起こして焼き芋と水筒を手に持った。因みに…馬乗りはやめておらず、表情も変わっていない。
「響がさ、もし私のことを好きになったら、その手錠を外してあげるわ」
「……は?」
「私ね、響と一緒に色んなところに行きたいの。勿論2人っきりでね。そう思ったのよ。響だって、こんな所にずっとは嫌でしょ?」
……響は黙って首を縦に降る。それを見た暁は、水筒を響のお腹の上に置き、空いた方の手で響の頭を優しく撫でる。
一応補足しておく。響は嘘をついた。もし此処から脱出を出来たとして、姉と一緒に行動する気が彼女には更々ない。
響はまだ反抗の意思があった。軽くパニックにはなったが、それは捨てていなかった。
「それに…時間が無いわよ?」
だからこそ。暁が不敵な笑みを浮かべた状態で放ったこの言葉を聞いた時。響の中には激しい憎悪の感情が溢れていた。
……こいつは自分にこう言い放ったのだ。言うことを聞かないと自分の仲間を殺すと。
それが誰かは分からない。昨日までにした話の流れから察するに、暁の目的は北上だろうが、明確には分からない。
響は思った。もし雷だったらここで「そ、それってどう言うことよ!」とか言って無駄に会話を長引かせるのだろうと。
勿論、響にそんなつもりはない。彼女の目的が分かっているのなら、結論をさっさと出して帰らせたかった。
「……ふざけるな」
「え?」
「分かっているのか?君は自分のжеланиеの為に人を殺そうとしているんだぞ?」
……肝心の部分がロシア語で分からなかった。だが響が明らかに怒りの視線でこちらを見つめているのは分かる。
暁は当然ながら、そんな響を宥めようとする。頭を撫でたり顔に手を這わせたり。もちろんその全てが逆効果なのだが。
だから暁は、暫くほっておいて、響が満足するまで彼女に喋らせ続けようと決める。
あの言葉を叫ばれるまでは。
「もう…君みたいな奴なんて、大っ嫌いだ!!いっそ君が死んでしまえ!!」
……暁は一瞬フリーズした後で思い出す。自分があそこで倒れた時、胸に抱えていたのは純粋な悲しみだったと。今と違って。
一方で響は過呼吸気味になっていた。胸に詰まっていたものを全て吐き出した反動か、気管のあたりがムカムカする感覚に襲われる。
そして…響がふーっと長い息を吐き、そっと彼女は暁の方を見た。どうだ言ってやったぞみたいな少し得意げな顔で。
……暁の顔に光は無かった。
それを見て響が思わず「ひっ」と口に出すのとどちらが早いか。暁は持っていたサツマイモを容赦なく響の口に突っ込む。
「嫌い…ね…」
暁は自分が言われた言葉を1つ1つ咀嚼しながら、サツマイモをグリグリと、苦しそうにする響の口に乱暴に押し込む。
「うふふ…もう響ったら。相変わらず素直じゃないのね。そこが可愛いんだけど」
そう言いつつ、暁は最後の1本を手にする。そしてまた響の口に突っ込もうとする。
「……はっ、面白い冗談だね。私は正直に話しただけさ。文句あるかい?」
響はそう吐き捨てる。もう暁を怒らせないように…とか考えるつもりもない。ただただこの目の前にいる人物が許せなかった。
「そう。あれが本心なのね?」
暁は一旦、手に持っていた焼き芋を床に散らばったラップの上に置き、水も少し離す。
そして…響が次に何かを口にする前に。暁はバッと響に飛びつき。
……両手で首を絞めた。
「がっ…」
ぎゅーっという効果音が聞こえるようだ。親指を使ってないとは言え、響が暁の殺意を体で感じるのには十分な力だった。
その上、両手が縛られているせいで抵抗が出来ない。響は体をくねらせるも、死への恐怖を誤魔化せるはずがない。
「……ダメじゃない響。お姉さんを怒らせるようなことを言っちゃ」
一方で暁は笑っていた。しかし彼女の瞳には怒りがしっかりと刻まれている。
「ば、馬鹿な真似は…!」
響は必死に抵抗を試みる。だが両手を縛られて馬乗りをされている以上、抵抗手段なんて無いに等しいだろう。
「馬鹿な真似?そうね、馬鹿な真似よ。私も本当はこんなことしたくないわ」
そして暁は1回響の首から手を離す。そして響がゴホゴホと咳き込むのをしばらく眺めたあと、笑顔を作るのをやめた。
彼女の新しい表情。それは憤怒だ。
「ねぇ響、あなたこそ分かってるの?響はもう私を愛する以外に道は無いのよ?」
怒りのあまり、もう響に手加減が出来なくなっている暁。彼女は響の頰を乱暴に手で挟むと、グイッと彼女の顔を引き寄せる。
「どうして?どうしてなの?私はこんなに響を愛してるのに、どうして響は振り向いてくれないの?ねぇどうして?教えなさいよ、ねぇ」
響は思った。マズい。もしかしたら自分の思っている以上にマズい状況なのでは?
「私の何が嫌なの?何がダメなの?何が気に入らないの?何が足りないの?どうしたらいいの?ねぇ何なの?教えてよ響!」
暁は段々と語尾を強めていく。段々と狂気の色に染まっていくのが見てとれる。
響はこの時に思った。もしかしたら暁の持っていたネジは、彼女の頭から外れ落ちたものなんじゃないかと。それが具現化されたのだと。
「何でなのよ!あんたはいつも北上北上って!私の方があんな奴よりずっとずーっとお互いのことを知ってるのに!通じ合ってるのに!」
……怖い。怖くて仕方がない。この手錠さえなければ今すぐにでも逃げ出すのに。
「この世で1番響の事を愛してるのは私なのに!あんな奴に…あんな奴なんかに、私の響は絶対に渡さないんだから!」
……暁の魂の叫びは此処で止まる。彼女が響に抱きついたからだ。
しかし、この状態でも止まらなかったのが2つある。そのうちの1つは、響に対する暁の愛情だ。だがそれよりも大事なのは2つ目の方。
そう、響の涙である。
正確に言えば、響の身体の震えを入れて3つだが…。それはどうでも良い。
何であれ、響は泣いていた。理由はもちろん諸に直で恐怖を受けきったからで、彼女は大粒の涙をポロポロと流していた。
暁もそれを見て少し正気になったのか、響の頭を「ごめんね」を繰り返しながら撫でじゃくる。もちろん表情は笑顔に戻っている。
そして暁はもう1度響に抱きつき、背中の装甲じゃ味わえなかった本物の匂いと温もりを堪能しながら、大好きを繰り返した。
……響はもう何も言い返さなかった。
「さて…もうそろそろ行かなきゃ。響、本当にごめんね。変なことしちゃって」
そう言い、暁はネジを全てポケットに流し入れ、残った1本のサツマイモと水筒を手に持ち、軽く伸びをした。
そして最後に彼女は、響に聞こえるか聞こえないかの音量で「大好き」と1度繰り返し、足早に倉庫を去っていくのだった。
……言わずもがな。響の口から挨拶の言葉は発せられなかったようだ。
続く
……実に静かだ。
日付は既に変わっている。それはあの時計が示していた。カチカチと音を立てて。
この倉庫は本当に静かだ。聞こえる音といったら、あの時計の針の音ぐらい。
それ以外は何の音もない。
響ももう泣き疲れたのか、暁が帰った後は直ぐに眠りについてしまった。
直接ではないが…差し込む月の明かりは、そんな響を寂しげに照らしていた。
まるで…此処に居てはいけないと示唆するように。不気味な光で爛々と照らす。
だからだろう。その時の月は不気味に見えた。希望を放ってるようには思えなかった。
少なくとも…彼女らには。
……後に彼女らはこう思う。本当にこれで良かったのかと。
本当に…後をつけて良かったのかと。
もしかしたら気付いた人がいるかもしれないので、後書きのコーナーに記しておきます。
既に登場はしているのに、1人だけ名前もセリフも出てこなかった方が居ましたよね?
その人はまた出番が個別に…というか次々回にあります。なのでご安心を。
……以上です。