苦々しいリーダー【艦これ二次創作】   作:シグ&リデ=覚醒

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今回が物語で最も盛り上がる所ですかね。



第拾壱話「追突~悲劇の再来~」

太陽が南中しようとしていた、そんな時間帯。鎮守府中が少しザワッとした後、海沿いの場所に一同が会する…。

 

のだが。案の定来ていない人物がいた。そいつは自分の部屋で腹をポリポリ掻きながら、グッスリと眠りについていた。

 

そんな彼女を起こすため。やはりあの目覚まし時計が部屋にやって来る。いつも通りの元気いっぱいハイテンションで。

 

「あったーらしーいー!あーさが来たっ!!おっはよー!!」

 

彼女はドアを開けると同時にそう叫び、言い終わるより先に布団にダイブしていた。

 

「ぐぇぇ!!」

 

そしてまたしも急所にテクニカルヒット。しかも今回は運悪く那珂の肘がみぞおちに入っため、いつもよりダメージがデカかった。

 

「あ、起きた!?」

 

那珂は目をキラキラさせて川内に話しかける。可愛らしく足をパタパタさせて。

 

……次の瞬間。川内は那珂の顔を鷲掴みにする。川内はブチ切れており、ゴゴゴという効果音を纏っているように感じられた。

 

「ふ、ふふふっ…!艦娘界の夜忍者と呼ばれたこの川内さんの寝込みを狙うとは…!良い度胸だね~。ね、那珂ちゃ~ん?」

 

「ちょちょっ!痛い痛い!!指っ!指が入ってるから!ミシミシいってるからぁ!」

 

必死に抵抗を続ける那珂だったが、川内は怒りが止まらず、そのまま愚痴を言いながら那珂の顔をギュッと握り続けた。

 

その那珂の悲鳴が聞こえたのか。慌てて部屋に神通が駆け込んでくる。そして…事情を察したのか、彼女はため息をついた。

 

「……那珂ちゃん。その…あ、遊んでないで…ほら。ま、また…その…遅れちゃうよ?」

 

「ん?遅れるって何の話?」

 

「そ、そうそう!ちゃんと起こした理由があるから!だ、だから川内さん!そ、そう!お、落ち着いて…手、手を離して…ね?」

 

「あぁうん。それはそうだけどさ、その前に那珂ちゃん。何か私に言うことは~?」

 

「……てへぺろっ!」

 

「ぬん!」ギュッ

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

……などという茶番を見て、微笑みと苦笑いの中間ぐらいの微妙な表情をする神通。

 

その後、何とか神通が川内を説得してことなきことを得る。どうやら仕事の人手が足りないらしく、力を貸して欲しいそうだ。

 

……川内は外を見て、やはり太陽に難色を示す。だが自分が頼りにされて悪い気はしないと、神通の願いを聞き入れる。

 

そして軽く伸びをして、川内は2人と集合場所に向かった。那珂がずっと手で顔を押さえてヨロヨロしていることなど気にせず。

 

~~~

 

3人が到着した時、既に作業は始まっていた。どうやら他鎮守府から補給艦が来たらしく、バケツリレーで物資を詰め込んでいる。

 

「あ、川内さん。来てくれましたか」

 

そんな作業の途中、3人を見つけて呼びかけたのは赤城だった。彼女はバケツリレーには参加せず、総指揮を執っていた。

 

彼女は川内に頭を下げた後、3人に場所を指示してバケツリレーに参加させる。

 

……バケツリレーのチームが2つに分かれていた。仮にそれをA.Bとし、運ぶ順番を1~9番としよう。因みに神通と那珂は各々4番に入る。

 

一方で川内は2人と別れ、Bの7番に入る。どうやら此処はAの7番である江風が、A.Bの両方を担っていたらしい。

 

その為だろう。自分が此処に配属されたと聞くなり、江風は笑顔を零し、馴れ馴れしく川内の肩をバシバシ叩いた。

 

「いやー助かったぜ!次までの距離は短ぇけどよ、2チーム分はやっぱキツくてさ~!」

 

と言いつつも、ドラム缶をひょいと持ち上げる江風。川内はそれに少し驚きつつも、どうやら対抗心が芽生えたようで。

 

江風が置いていった方のドラム缶を抱え上げ、小走りで次の人物の元へ行った。

 

……8番は雷と電だった。彼女らは川内を見て挨拶をする。だが明らかに元気がない。いや、恐らく彼女らは寝不足なのだろう。

 

それでも彼女らは仕事には取り組むようで、黙って彼女らはドラム缶を抱え上げて補給艦の方に向かっていった。

 

「実はあのコンビ、昨日は夜遊びしてたっぽいから寝不足なンだってさ!」

 

そんな2人を心配そうに眺めたのがバレたのか、江風は川内に馴れ馴れしく肩をガシッと組みながらそう言う。

 

「へ、へぇー」

 

川内はふと疑問に思った。というのも昨日もちゃんと見回りをしたからだ。もちろん2人を見かけた記憶は無い。

 

いやしかし、確か寮内に色々あったはずだ。恐らくそれのことを指しているのだろう。

 

それよりも…もっと気になることが1つ、川内にはあった。というのも、持ってきた物資を実際に詰め込む担当者。

 

此処でいう9番である。その担当者がチラッと見えたのだが、それが実は海風と長門だったのだ。

 

恐らく見間違いじゃないだろう。江風が乱暴に自分を引っ張ってスタート地点に引き戻そうとしていることからも間違いない。

 

(うーん。いつも一緒にいるってわけじゃないんだろうね~。2人しかいなかったもんね~)

 

そう、海風と長門がいたというよりかは、海風と長門「しか」居なかったのだ。具体的に言うと、北上と響の姿が無かったのだ。

 

だがそんなことは次のドラム缶が来た時に頭から抜け落ちる。恐らく自分の見えないところで頑張っているだけだろうから。

 

 

 

作業終盤に差し掛かった時。3番にいたコンビ、曙と暁はアイコンタクトを取っていた。

 

というのも、2人にはある作戦があったのだ。北上にとどめを刺すある作戦が。

 

「……ねぇ暁、そろそろ始めるわよ。準備は出来てるかしら?」

 

先に口を開いたのは曙。彼女がそう言うと、暁は黙って頷き、ドラム缶を地面に置いてから軽く準備運動をした。

 

「任せなさい」

 

「……私が何とかしておくから。後は頼んだわ。ヘマするんじゃないわよ?」

 

「分かってるわよ」

 

暁はそう言い、その場を後にする。途中で誰にも姿を見られないように、裏道を通って彼女は提督邸に向かった。

 

一方で曙は2人分のドラム缶を交互に運んでいく。そして2番の扶桑姉妹と4番の神通・那珂に適当な理由を告げて誤魔化しておく。

 

(暁…頼むわよ。期待してるわ)

 

曙はそう考えて、人に表情を見られないようにニヤついた後、仕事に精を出すのだった。

 

~~~

 

良かった。誰にも姿を見られなかった。暁はホッと胸を撫で下ろして提督邸に入る。状況が状況だから、中に人影は無かった。

 

そして彼女は、そのまま足を止めずに執務室に直行し、入り口の前で深呼吸をした後、右手で素早く3回ノックする。

 

「し、司令官…?」

 

中に入るとそこには提督が居た…のだが、明らかに不安そうな顔をしていた。

 

当然だろう。他鎮守府の提督が来た後の補給艦がどういう意味であるかというのは、流石の彼も気が付いているのだから。

 

しかも…仕事終わりに報告に来る赤城ではなく、暁が来たのだから尚更だろう。

 

「や、やぁ暁さん。その…お仕事の方はどうしたんだい?」

 

「そ、それが…その…物資がちょっと足りなくなっちゃって…」

 

……提督の眼の色が変わった。彼はガタンと音を立てて立ち上がり、強く歯と唇を噛み締めながら拳を強く握る。

 

そう、此処までは同じなのだ。あの時と。あの3度に及ぶ悲劇と。

 

「そうか、有り難う暁さん。わざわざ此処に教えに来てくれたんだね?」

 

提督はもう1度椅子に座りなおし、背もたれに思い切り体重をかける。

 

……因みに。物資がちょっと足りないというのは嘘だ。3回もこんな目にあった提督が、物資をキッチリ用意しておいた成果だった。

 

そして…提督は決めていた。今回こそは誰にも不足分を取りに行かせないと。

 

そもそも…前回の山風の時は、彼女がどうしても行きたいと自分に懇願したせいで。それを了承したせいであんなことになった。

 

だったら行かせなければ良い。実に簡単な話だ。提督はそれが分かっていた。

 

「だから、私が行って不足分を取ってくるわ!レディの私に任せなさい!」

 

分かっていたからこそ。この暁のお願いには耳を貸そうとしなかった。

 

……だが、此処までは暁の計画通りだった。この偽者は絶対に嫌がると分かっていた。

 

そして…暁は曙からしっかりと聞かされていた。この鎮守府の提督は北上の実力を認めているから、彼女の名を出したら揺らいでくれると。

 

「だったら…司令官、北上を連れてくってのはどう?私あの人とならやり遂げる自信があるわ!良いアイディアだと思わない?」

 

そして曙からこうとも聞かされていた。提督は工廠に篭りっぱなしだから、自分達の交友関係をほぼ把握出来ていないと。

 

……ドンピシャだった。暁は目の前の偽者が本気で悩むのを見て心の中でほくそ笑みつつ、その偽者に猛烈なアピールを続けた。

 

その状態が10分ほど続く。

 

結果は…勝訴だった。その偽者は最後まで嫌そうな顔をしていたが、危険を察知したら即退散と指示して、暁の要求を飲む。

 

暁は目の前の偽者に頭を下げてお礼を言い、執務室を後にする。そして提督邸から出た時、彼女は思わず不敵な笑みをこぼすのだった。

 

 

 

「あ、いた…」

 

此処で少し想定外だったのは、北上らしき偽者を探すまでに時間を有したこと。とは言っても5分程度のロスだ。問題ないだろう。

 

彼女は海沿いの…いつもなら響がいる場所にいた。もちろん1人で。

 

そして暁は、ほぼ間違いないという確証を踏んで、わざわざ大きな足音を立てて近づく。

 

その偽者は…足音に反応してこちらを見て、自分の姿を見て直ぐに立ち去ろうと。

 

するかと思ったが、そんなことはなかった。それどころか自分に話しかけてくるのだった。

 

「……珍しいねぇ。君がお仕事をサボルなんてー。嫌なことでもあったー?」

 

その偽者は体を少し揺らしながらそう言った。この瞬間に暁は確信した。こいつが探していた北上だと。あの憎っくき北上だと。

 

「あなたにお願いがあるのよ」

 

ご存知の通り、暁はこの北上の声も響の声に聞こえている。だが響はこんな…語尾を変に伸ばすような話し方はしない。

 

暁はイライラしながらも、なるべくそれを抑えて話を続ける。

 

「ぅあっ?私にー?ちょっとちょっとー、どういう風の吹き回しー?」

 

その偽者はそっと立ち上がり、暁と向き合った。相変わらず体を揺ら揺らさせながら。

 

口調に緊張感が無いが、彼女は明らかに警戒をしていた。当たり前の話だが。

 

「単刀直入に言うわ。資材が足りなくなったのよ。一緒に取りに行きましょう」

 

……偽者の表情が曇った。だがこれも想定内だ。北上も必ず1度は要求を嫌がると曙から聞かされていたから。

 

そしてこれの対処法も聞いていた。彼女は自分らの願いには耳を貸さないが、提督の名前を出されるのに弱い。だからそこを突けと。

 

「……司令官にあなたの同行の許可を貰ってるわ。あなたになら任せられるとあの人も言っていた。だから早く行きましょ?」

 

淡々とそう口にする暁。そして早くしてと言わんばかりに、偽者に背中を向けて歩き出す。

 

それを聞いた北上は、やはり不信感はあるものの、遠回しに提督の指名を受けたと言われ、どうしようか悩む。

 

(うーん。まぁでも暁ちゃん1人も怖いしねぇ。やる気は出ないけど…仕方ないかー)

 

結局、北上は彼女についていくことにする。と言っても渋々だが。

 

……そうして2人は、間に会話も無いまま淡々と足を運ぶのだった。目的地はもちろん装甲置き場である。

 

~~~

 

「いやー疲れた疲れた!」

 

満足げに肩をグルグル回す江風。一方で隣の川内は息切れをして中腰の姿勢だ。

 

どうやらさっき自分らが運んだので最後だったらしい。川内は慣れない仕事でヘトヘトのようで、江風に相槌をうつので精一杯だった。

 

「おいおい…こン程度でへこたれてたらダメだってーの!ったく…しっかりしろ~」

 

江風はあっはっはと笑いながら、馴れ馴れしく江風の背中をバシバシ叩く。正直言ってうざったいが…口には出さない。

 

とにかく。仕事が終わったことにホッとした川内は、早々と寮に帰って寝るつもりだ。

 

だから…江風と別れた後も歩くスピードを緩めるつもりはなかった。後ろから誰かに名前を呼ばれ、止められるまでは。

 

「ま、待って川内!お願い!」

 

川内は足をピタッと止め、後ろを振り向く。そこにいたのは雷と電だった。

 

彼女らは不安そうな顔で川内を眺めていた。それを見た川内は察した。恐らく自分が1人になるタイミングを待っていたのだろうと。

 

「……どうしたの?」

 

川内は2人に近づき、視線の高さを合わせながら2人の頭を優しく撫でる。

 

一方で2人は浮かない顔だった。というよりかは、川内の笑顔から距離を取ろうとしているように感じられた。

 

その反応を見て川内は気が付いた。彼女らは寝不足に加え…何やら少しやつれているように見受けられたのだ。

 

「……ねぇ川内。ちょっとこっちに来て。大事な話があるの」

 

「せ、川内さん…お願いなのです。人に聞かれたくない話なのです」

 

「え、あ、うん…。うん?」

 

川内が反応して言葉を返すのとどちらが早いか。雷が川内の腕を引っ張り、電が周りを確認しながら、3人は移動した。

 

……その様子を遠巻きに眺めている人物がいた。お察しの通り、海風と長門である。

 

同じ寮にいたお陰か、海風はあの2人の異変に真っ先に気が付いており、長門にもそれを既に相談していたのだ。

 

「ふむ。あの様子だと、恐らく川内も気が付いたようだな。あの違和感に」

 

「は、はい…そうですね」

 

そう、あの2人は明らかに弱りすぎていた。確かにあの2人は体力がある方では無いが、一晩の夜更かしでああなるとは考えにくかった。

 

しかも…あの2人は色々とイレギュラーな川内を捕まえた。そして人気のないところに連れ込もうとしている。

 

長門は直感で判断していた。あの2人は何かしらの情報を握ったと。自分達にとっても有益過ぎる何かの情報を。少なからず。

 

「海風、後をつけるぞ。音を立てないようにそっと付いて来い」

 

「は、はい。勿論です!」

 

 

 

川内は2人に率いられるまま、適当な倉庫に2人と入り、適当な位置に座らされる。

 

あまりにも想定外の事態だ。そのせいか、開きっぱなしの扉からひっそりと入ってくる人物には気が付いていないようだ。

 

「……さて、川内。折り入って相談があるのよ。お時間良いかしら?」

 

「そ、それは…連れ去る前に聞いて欲しかったよねー。ま、まぁ…別に良いけどさ…」

 

川内は無意識に正座になる。彼女は地面に座る時は必ずこうすると決めていた。

 

「……本当にごめんなさいなのです。でもこれは川内さんにしかお願い出来ないのです」

 

そう言って俯く電に対し、口をモゴモゴさせる雷。川内は2人の様子を見てただならぬ事件性を察し、真面目な雰囲気を醸し出す。

 

「い、良い?お、落ち着いて聞いて欲しいんだけど…その…」

 

……2人はお互いに協力して、自分らの身に何が起きたかを話した。江風に唆された所から、暁の本音を聞いてしまった所まで全部。

 

加えて、自分らは暁と響の会話を聞いただけで、響の状態は分からないこと。

 

本当なら真っ先に自分らが助けに行くべきなのだろうが、 あの状態の暁に近付いたら…考えたくもない結末になると察したこと。

 

また、暁に不信感を持っているに違いない響に自分らが手を差し伸べたところで、無意味に終わっただろうということを告げた。

 

それらを聞いた川内は、心の底から驚愕した。もちろん最初は信じようとしなかった。

 

だが…あの雷が怯えきっている上、電からも信じて欲しいというオーラが漏れまくっていた。もう疑う余地は無いだろう。

 

「そ、そっかぁ」

 

川内はそれだけ口にして、口ごもってしまう。そして暫くの沈黙の後、雷が泣きそうな顔で川内の肩を持った。

 

「だから…お願い」

 

彼女の手は震えていた。その震えからか、先の言葉を聞き出すことは出来なかった。

 

雷につられるように、電も頭を下げて川内にお願いをした。彼女の足も震えていた。

 

……断る空気じゃなかった。

 

「うん。2人はよく頑張ったよ!えらいえらい!それじゃあ後は私に任せて、2人はゆっくり休んでてよ!」

 

本音を言うと、川内も少しビビっている。だが目前の駆逐艦の悲しそうな顔を見てしまうと、自然と足に力が入ってしまう。

 

川内は2人の頭を優しく撫でてやる。すると2人はようやく笑顔をつくり、川内の両脇に抱きついた。感謝の言葉を述べながら。

 

因みに。川内が自分に抱きついてきた2人をよしよししている間に、長門と海風はその場から退散しており。

 

そして2人は…倉庫から脱出して暫く歩き、周りに誰もいないことを確認した後で情報を整理した。自分らにとって重要な情報を。

 

「つまり…だ。響は暁に囚われているわけで、場所は寮の倉庫」

 

「く、駆逐艦は倉庫なんて殆ど使いませんから…。あそこは盲点でしたね…」

 

「いや、駆逐艦寮の倉庫とは限らないぞ。あの2人は寮の倉庫としか言っていないからな。まぁ何であれ、先ずは北上だ」

 

「は、はい!」

 

話を聞く限り、暁は北上に恨みがあるはずだ。北上の名を叫んでいたらしいから。

 

もちろん、今すぐにでも寮の倉庫を巡りたい。だがそれより先に北上の安全だ。2人はそう考えて、北上の居るだろう場所に向かうのだった。

 

~~~

 

装甲置き場。2人はそこで一式を身につける。此処で暁はある事に気がつく。

 

自分の隣。響の装備は提督の工廠にあるから、今は置き場が空っぽだ。もしこの置き場を見られたら、怪しまれるのでは?

 

しかしその心配は無かった。北上は相変わらずのんびりだから、自分がそそくさと着替え終わることが出来たのだ。

 

後は適当に、ウザったいほど急かしたら良い。あちらに視線が向かないように。

 

「ほらちょっと、早くして?」

 

「あーもー、分かってるってばー」

 

そして…ウザったいほど急かす事により、装備の違和感について考える暇すら与えない。まさに一石二鳥の作戦だった。

 

この偽者は思ってることがあまり顔に出ないから油断は大敵だが、恐らく気が付いていないだろう。いつもとネジが違う事に。

 

「はいよー、お待たせー」

 

北上は少し顔をしかめた。暁が必要以上に急かすからだ。だがそれを咎めるつもりも責めるつもりもない。純粋に面倒くさいから。

 

暁はさっさとその偽者を小屋から追い出し、入り口の扉をさっさと閉め、少しニヤつく。此処までの計画が上手くいっているから。

 

(ふふっ、後は私が直接手を下して…。あぁ、響の喜ぶ顔が目に浮かぶわ…!)

 

本音を言うなら、この連装砲を今すぐにでも北上に向けて撃ちたい。衝動で全身がムズムズして仕方がない。

 

だが暁はそれを何とか堪え、偽者と共に海に飛び出した。もちろんそいつを先に行かせて。

 

一方で北上は相変わらずのようだ。自分達で装備の安全を確認していたのもあり、自分の死期を全く察していなかった。

 

 

 

数十分後、目的地に着いた時に北上は表情を歪めてしまう。それもそうだろう。此処は多摩達の死地でもあるのだから。

 

そうは言っても此処は今なお豊富に資源が取れるから仕方ない。北上は自分にそう言い聞かせ、溜息をつきつつ作業を始めた。

 

……彼女の背中はガラ空きだった。だが暁は直ぐには行動を起こさなかった。もちろんこれも曙の作戦の内である。

 

暁は曙から聞いていた。ああ見えて北上はかなり強いから、資源集めで少し疲れさせてから実行に移すようにと。

 

俗に言う、備えあれば憂いなしだ。暁はそれを聞いた時は納得したのだが、いざやってみると衝動によるムズムズがヤバい。

 

それでも北上に怪しまれたらアウトだから、暁はなるべく平然を装って資材を集め始める。ニヤケ顔が治せていないが。

 

……2人の間に会話は無かった。2人とも元からペラペラ話すタイプでは無いのもあり、波の音しか聞こえないほど静かだった。

 

(はぁ…早く帰りたいねぇ)

 

北上は作業中にふと気が付いた。そう言えば資材の不足分がどの程度かを知らないと。だが彼女はそれを聞くことはしなかった。

 

というのも、暁が明らかに機嫌が悪い…というかは、何かを堪えているように見えたのだ。

 

北上はこう憶測を立てていた。恐らく自分を引き連れる様に指示したのは提督だと。彼女は渋々了承しただけだろうと。

 

彼女は正義感がある方だから、きっとこの仕事を買ったのも、この間の休暇分を取り返そうと考えたからだろうと。

 

(ま、暁ちゃんは真面目だからねー。嫌なら嫌って言えば良かったのになー)

 

なんて考えながら作業を続ける。北上はふと暁の方を見たが、彼女は黙って作業を続けているだけのようだった。

 

よって…そんな暁に対抗するかの様に、北上もいつも以上に精を出すのだった。

 

 

 

流石の安定力だ。物の二十分でそれなりの量の資材が集まった。暁も北上もその束を見て思わず少し笑顔をこぼす。

 

暁はその際に気が付いた。偽者が少し息切れしていると。よって暁は更に疲れさせようと思い立ち、こんな提案をする。

 

「じゃ、後はこれを運ぶだけよね!後は宜しく頼むわよ!」

 

「え、えぇー。暁ちゃんもちょっとは手伝ってよー、ぶーぶー」

 

「……は?」

 

「あぁ…うん。冗談だってばー」

 

その偽者は参ったという様子で手をブラブラさせた。暁はその資材の束を無理に押し付け、自分は後ろに立って知らん顔だ。

 

因みに…補足しておくと、彼女の背負った資材の量は推定120kgで、別に対して苦になる重さではない。仕事を始める前だったら。

 

そして、暁はその偽者を数歩だけ歩かせた後、音が聞こえないように満面の笑みで連装砲の弾のチェックをした。

 

(あはは…!こいつがどれぐらいの実力者かは知らないけど、最初の1発ぐらいは流石に当たってくれるわよね…!)

 

……今からこの憎き者を自分の手で沈める。そのことに対する背徳感と興奮で、暁は照準が定められずにモタモタする。

 

なので暁は1回構えるのをやめ、大きく深呼吸をする。そして次こそは必ず撃つと覚悟を決めて、適当に彼女の後ろにつきながらもう一度構えた。

 

その時だった。

 

……先に動いたのは北上だった。彼女は折角集めた資材を海に放り捨て、バッと振り向いて暁に思い切り飛びついた。

 

余りにも一瞬の出来事だった。暁は何が起こったか分からず、暫く呆然とする。だが…偽者が何をしたかったかは分かった。

 

彼女は身を呈して自分を庇ったのだ。突然空から降って来た爆弾から。

 

庇った…というよりかは、突き飛ばしたというのが正解だろう。何であれ、不意打ちの空爆は北上にも暁にも当たらなかった。

 

「……あぁもうっ!」

 

北上は急いで暁を立たせて、そのままの勢いで乱暴に彼女の腕を引っ張る。その隙にも空爆は1つまた1つと降り注いでくる。

 

暫くして…ようやくハッとした暁が自分の力で歩き始めると、より一層空爆の勢いが増していく。殺意を増していく。

 

この時から北上は、2人揃って生きて帰る事を目標にする。今回は装備に細工をされていないはずだからきっと大丈夫という思いで。

 

その一方で暁は冷静で、空爆の様子を眺めながら淡々とそれを避けていた。

 

……この差が。この2人の捉え方の差が、後の鍵になった。暁は冷静に眺めていく内に、ある事に気が付いたのだ。

 

(こ、これ…!もしかして…!)

 

時間が経つ事に自分と偽者の距離が離れていく事で、暁は気が付いてしまった。あの空爆は間違いなくそこの偽者狙いだと。

 

……流石にこの空爆については曙から何も聞いていない。だがもしかしたらこれも彼女が用意してくれたものなのかもしれない。

 

だったら…自分が偽者に言うべきセリフは決まっていた。ついさっきも自分を庇ってくれた、あの偽者に言うべき言葉は。

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

暁は慌てて叫び、その偽者の視線をこちらに向けた。そして彼女は、その偽者にしっかり聞こえるように大声でこう叫ぶ。

 

「私が…!私が時間稼ぎをするから、あんたは早く逃げなさい!」

 

「えっ…!?」

 

この言葉を聞いた北上は、思わず少し足を止めてしまう。

 

……もう1度言う。北上は2人揃って生きて帰る事を目標にしていた。当然ながら自分だけが助かるつもりは更々ない。

 

そして…脳裏に浮かぶのは多摩のこと。そして暁の妹達のこと。

 

北上は誰よりも知っているつもりだった。大事な姉を失った時の哀しみを。もう2度と味わいたくないと心から思ったあの辛苦を。

 

それが1度に頭に押し寄せて来て。北上は思い切り唇を噛み締めていた。

 

「……それは許可出来ないねぇ」

 

そう言うが早いか、北上は暁の元に駆け寄っていた。そしてこの時に気が付いた。

 

そうだ。もし暁が1度倒れた事を他提督らが知っていたら、ゴミ処理とか何とか適当な事を言って彼女を標的にするかもと。

 

つまり、この襲撃は暁を狙っているという事だ。しかもこの鎮守府は暁型駆逐艦が全員揃っている。仲を引き裂くにはもってこい。

 

「暁ちゃん。君みたいな立派なレディが囮になるよりもー、鎮守府中の嫌われ者である私が囮をやるべきだと思うんだよねぇ」

 

そう言うが早いか、北上は暁の前に躍り出ていた。暁はその偽者に何回か言い返すも、偽者は耳を全く貸さなかった。

 

「ちっ…あぁもう分かったわ!勝手にしなさいよこの不孝者!」

 

「ははっ…不孝者かぁ…。悪くないねぇその響き、私は好きだよー」

 

こんな時にも緊張感のない口調で話す偽者に対し、暁は少しムスッとする。だが空爆が降って来たのをキッカケに、2人は別れた。

 

そして…暁が帰ろうとしているのを察したのか、少し落ち着いていた空爆が激しくなる。だが北上はそれ全てに弾を的中させる。

 

「ふふーん、暁ちゃんは沈ませないよー!このスーパー北上様が相手だー!」

 

そう言いながら北上は飛んでくる空爆全ての軌道を変え続ける。その途中、暁がほぼ安全地域まで逃げ切った事を確認する。

 

(さて…正念場だねー)

 

北上は1回構えるのをやめ、装備を整えて再始動した。彼女の瞳は真っ直ぐだった。

 

 

 

……補足しておこう。

 

全て暁の計画通りである。

 

自分が囮を買って出たら、あの優しい優しい偽者さんは、きっと自分がやると言い出してくれるに違いないと踏んでいた。

 

そして…あの装備はそのうち壊れるから、彼女は間違いなく空爆の餌食になるだろう。

 

「ふっ…うふふっ」

 

……完璧だ。実に完璧だ。そう思うと笑いが止まらない。顔もニヤケてしまう。

 

今はもう鎮守府の敷地内と言っても良い場所だ。あの優しい優しい偽者さんの囮のお陰で、自分は無傷で帰ってこれた。

 

「あはっ…あははっ!」

 

さらに言えば…自分が手を汚さずに済んだ。結果はまだ出ていないが…誰かがあいつを殺してくれたに違いない。

 

「やった…!遂に…!い、いやまぁ…よ、喜ぶのは後にしてさっさと着替えないと…。あぁそうだわ!司令官への報告内容も考えないと…!」

 

彼女はルンルン気分で…見つからないようにひっそり、かつ足早に装甲置き場に向かった。途中で誰かにすれ違う事は無かった。

 

~~~

 

「あれー?何か空爆の量増えてないー?うわマジかーこりゃ厳しいなー」

 

そう独り言を口にした北上。突然ながらもう帰路についている…のだが、敵もかなりのやり手のようで、道を上手く塞がれるのだ。

 

「……先回り空爆ってどういう技術なのさー?やんなっちゃうよもー!」

 

それでも北上には勝算があった。それもそのはず、直ぐ其処にさっき自分が集めた資材がたんまりあるのだから。

 

それに…今日の彼女はやる気だった。何としても家に帰るという思いがあった。

 

……もう帰れないのはゴメンだった。

 

「ふぃーっ、流石に疲れて来たねぇ。けど私は負けないよー!」

 

自分を鼓舞するように北上はそう言う。だが此処で連装砲が弾切れ。なので北上は海に浮かんでいる資材から銃弾を拾う。

 

その一瞬の隙だった。空爆が狙いすましたように北上に降り注いできたのだ。

 

だが北上もこれは予想通り。間一髪のところでそれを避け、多少の無理な体勢は取ってしまうも、直ぐに立て直した…。

 

そう、無理な体勢を取った。

 

……来てしまった。あの瞬間が。遂に。

 

「あ、あれ…?」

 

流石の北上も一瞬パニックになる。それもそうだろう。連装砲のネジが数本吹き飛んで、本体がバラバラになったのだから。

 

それを見た瞬間。北上は全てを察した。最初から敵の目的は自分だったのだと。

 

北上は暫く呆然として立ち尽くす。顔には絶望感とも…吹っ切れたともとれる表情が浮かんでいた。

 

「……そっか」

 

敵の慈悲か何かは知らないが、自分の装備が壊れてから少しの間、空爆が止む。

 

北上は空を眺めて息を整える。と言っても、彼女はまだ諦めたわけじゃない。

 

(……大丈夫。私はまだやれるよー)

 

またも自分を鼓舞し、北上はその場からの撤収を目論む。完全なる逃げの姿勢を決め込むと、彼女は覚悟を決めた。

 

だが…行動に移した瞬間。彼女の希望は完全に打ち砕かれる。足の装甲がパキッというネジが折れたような音を立てて、半壊したのだ。

 

北上は確信した。逃げ切れない。

 

彼女はこの空爆だらけの地で、移動手段と攻撃手段を失っていた。それがどういう意味であるかは彼女も分かっていた。

 

……ふと脳裏によぎったのは、多摩のことだった。彼女はとても優しかった。

 

「は、はは…。多摩姉…」

 

そうか、これが走馬灯か。北上はフッと笑って空を見上げた。敵が万歳しているのか知らないが、空爆は止み始めていた。

 

そして彼女は海上に仰向けに寝転がる。今日も雲ひとつない綺麗な青空で、太陽が痛々しく…それでいて静かに北上を照らしていた。

 

そして目を閉じる。すると北上はハッと気が付いた。自分が自惚れていたことに。

 

「……そうじゃん。病気から回復した駆逐艦と、秩序を乱す嫌われ者、どっちが鎮守府のゴミかなんて、決まってんじゃん」

 

あぁそっかという感じで、右腕を顔の上に乗せる。北上はもう覚悟を決めていた。

 

「ごめん…多摩姉、今そっちに行くよ」

 

彼女がそう言うが早いか。北上は起き上がり、俗に言う女の子座りで海上に座る。

 

すると、ご都合主義ともとれる完璧なタイミングで、空爆が1本だけ飛んできた。北上はそれを見て微笑む。あれは完璧に当たるから。

 

北上は手をギュッと握りしめて足を閉じ、こうべを垂れて目を閉じ、唇をギュッと結んだ。

 

 

 

……辺りに轟音が鳴り響く。

 

 

 

もっと色んなことをしてみたかった。

 

自分は料理が出来る方では無かった。だからそれが得意な長門に教わりたかった。

 

自分は駆逐艦をウザがっていた。けど海風の体力強化をもっと手伝いたかったし、響ともっと仲睦まじく談笑したかった。

 

けどそれらはもう叶わない。北上はそう思い、自らの死を受け入れようとした。

 

その時までは。

 

「………………………北上」

 

幻聴だと思った。もうこんな自分の名前を呼んでくれる人なんて居ないと思ったから。

 

しかし…勇気を出して目を開いた時、北上は思わず呆然とした。自分はまだ太陽の光を浴びていたのだから。

 

……目の前に人がいたのだから。

 

女の子座りのまま、北上はその人物を見上げた。ギュッと目を閉じていたから暫くは焦点が合わなかったが、誰かは直ぐに分かった。

 

直ぐに分かったからこそ…北上は呆然としたのだろう。こんな所に居るはずも無い人物なのだから。だから北上は幻覚を疑った。

 

しかし、時間が経つにつれて幻覚でないのを理解していく。その人物は少し体が黒くなっていた。火薬か何かを浴びたように。

 

そして…その人物はゆっくりと振り向き、安心したような笑顔を作った。

 

「……間に合ったな」

 

北上はまだパニックになっていた。その様子を見た彼女…長門は溜息をつき、北上の頭をワシワシと乱暴に撫でた。

 

丁度その時だった。2人の名を呼びながらこちらに走ってくる影があった。

 

「北上さーん!!長門さーん!!ご無事ですかー!!ふへぇ…」

 

海風だった。全速力の長門に置いてかれていたのか、彼女は息切れをしていた。

 

そして彼女は…長門が間に合ったことよりも先に、北上の装備の様子に気が付いた。

 

近くに行って破片を拾い上げなくても分かる。彼女の連装砲と足の装甲は明らかに人為的な壊れ方をしていたから。

 

そして空を見る。形成逆転を察したのか、空爆がまた降り始めていた。海風はその空爆を見て、思わず拳を握りしめた。

 

それもそうだろう。彼女はこの空爆で、実の妹である山風を失ったのだから。

 

そのまま海風は空爆に対抗しようとした。妹を奪った宿敵に一矢報いるために。彼女の瞳には明らかな敵対心が宿っていた。

 

……その事に長門も気が付いた。彼女は急いで海風の襟を掴み、乱暴に引き止めた。

 

「海風。気持ちは分かるが…目的を誤るな。今は北上の救出が先決だ。分かるな?」

 

「……はい」

 

海風はハッとなり、シュンと肩を落とした。長門はそれを見て少し微笑んだあと、海風の頭をポンポンと軽く叩く。

 

「よし、海風。北上は私が運ぶから、お前は援護を頼むぞ」

 

「あ、はい!お任せください!」

 

そう言うと、間髪入れずに長門は北上を軽々と持ち上げて右腕で抱えた。

 

……巡洋艦をヒョイッと苦なく持ち上げたことに、海風は驚きが隠せない様子だった。

 

そして、長門は北上を抱えたままその場を出発した。海風も、北上の装備の破片をいくつか拾い上げてから後に続いた。

 

この瞬間からまた空爆が激しくなる。だが長門達に命中することは、海風の援護もあって全く無い。よって3人は無事に帰還出来た。

 

~~~

 

沿岸に着いて一息ついた後、長門と海風は響の件を話そうと目論んだ。

 

だが、2人はそれを躊躇った。未だに生き残った自覚が湧かないのか、北上がずっと茫然自失のままなのだ。

 

「き、北上さん…」

 

流石の海風らも、こんな北上を見たのは初めてだった。今の彼女の瞳が示すのは…何故生き延びてしまったのだろうということだった。

 

そんな…ポケーッと自分の両手を見る北上に嫌気がさしたのか、不意に長門はため息をついて、徐に北上に近付いた。

 

因みに、今の北上は相変わらずの女の子座りで座り込んでいる。よって、長門が北上の前で片膝をついたのも納得がいくだろう。

 

そして長門はまたも微笑み、北上の頭の上に手をポンと乗せて、優しく撫で始める。

 

「……死ねなかったのが、不満か?」

 

長門が不意にそう呟く。するとこうべを垂れていた北上が、パッと頭をあげた。そして直ぐに何も言わずに首を横に降る。

 

「……そうか。じゃあ別に良いじゃないか。何をそんな考え込む必要がある?」

 

長門は北上の頭から手を離してスッと立ち上がり、北上からの返事を待った。

 

肝心の北上は黙り込む…というよりかは、口をモゴモゴさせる。長門にはそれが、まるで何かを隠しているように見えた。

 

……本音を言うなら。北上は助けて貰った事に恐れ多さを感じていた。

 

あの走馬灯を見た時。彼女は自分で自分に「鎮守府中の嫌われ者」というレッテルを貼った。それがまだ剥がせずにいたのだ。

 

北上はまた下を見て俯いてしまう。これには流石の長門も少しイラっとしたのか、次の瞬間にはもう、北上は長門の腕の中にいた。

 

「えっ…!」

 

北上は思わず声を出してしまう。自分の顔を不意に襲った柔らかさと温もりが、彼女を戸惑わせた…後に、彼女の表情を綻ばせた。

 

彼女の抱擁は、簡単に言うなら野生的だった。それでいて優しい母親らしさも感じた。

 

……北上の体は冷たい。長門はそう感じた。もちろんこんな炎天下なのだから、気の所為なのだろうが…。彼女はそう感じた。

 

因みに、長門のパワーは凄まじくて北上は離れることが出来ない。また、その激しい抱擁を見た海風は少し照れていた。

 

その状態での沈黙が数分続く。そしてその沈黙を破ったのもやはり長門だった。

 

「……なるほど。どうやら私は…北上にお説教をしなければならないらしい」

 

長門は抱擁をやめ、北上の両肩を掴む状態になる。一方の北上は、頭上から聞こえたその言葉に疑問符を浮かべていた。

 

そして…何のお説教か聞こうとしたが、質問をする前に長門に遮られる。

 

「いつだったかな。4人で夜にいつもの場所に集まった帰りに、響に呼び止められてな」

 

長門はフッと笑った。そして話を続ける。彼女の口からはとある事実が話された。

 

……川内がこの鎮守府にやってきた日。響は北上に泣き顔を見られ、彼女に慰められた。長門はその事を響から聞いたらしい。

 

響はそれを話す時、自分が何と言われたかも長門に全て伝えていた。それを言われて心から嬉しかったとも付け足していた。

 

「とまぁそういう話を聞いたんだ。それで…だ。私が何を言いたいかというとな」

 

……北上は黙って話を聞いていた。後ろの海風も含めて2人は、そんなこともあったなぁとその時のことを思い出していた。

 

しかし北上は、再び頭が真っ白になった。あの激しい抱擁をもう1度されたからだ。

 

だが2回目は少し違った。さっきは顔を胸に押し付けられたが、今度は背中の後ろに腕を回され、優しくさば折りされたのだ。

 

「……北上。1度しか言わないぞ」

 

そんな状況に突然身を置いたわけだから、北上は少し戸惑った。だから長門は暫く間を置いて、顔だけ離して北上と面と向かう。

 

そして此処で漸く北上が落ち着く。彼女が「1度しか言わないとは?」みたいな顔をしたのを確認すると、長門が口を開いた。

 

「……お前はな、1人で背追い込みすぎなんだ。もっと仲間を信頼してくれて良かったのに」

 

長門は腕を伸ばし、少し北上と距離を離す。だが相変わらず腕は北上の肩の上にあった。

 

「お前の勇気と努力を私達は知っている。仲間想いな所も知っている。だから私達は、お前のことを信頼しているんだ。少なくとも私達はな」

 

長門は諭すように淡々と言葉を口にする。手は北上の顔に這わせていた。

 

「だから…そんな1度や2度弱味を見せられたぐらいで、お前を嫌いになんてならない」

 

そんな長門の言葉に対し、北上はただただ唖然としていた。それでも彼女は長門の温もりに触れ、彼女の中で何かが湧き上がっていた。

 

「……再三繰り返すが、1度しか言わないぞ」

 

長門はそう告げ、再び北上の頭に自分の手をポンと乗せて優しく撫でた。

 

「北上…辛かっただろう?怖かっただろう?だったら泣くんだ。泣きたい時は泣け。遠慮も我慢も要らない。この戦艦長門の胸で良かったら、いくらでも貸すから」

 

……そう言った長門は笑顔を浮かべ、北上の顔から手を離して半歩下がり、軽く腕を広げた。

 

そして…この時の北上は、彼女の笑顔に対抗する術なんて、もう身につけていなかった。

 

ほんの数秒。それでも北上はほんの数秒だけ耐えた。だがダメだった。彼女は直ぐに長門のあの大きい胸に飛び込んで。

 

「っ……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

これ以上無いほど大きな声で泣き始めた。長門はそんな彼女を抱きしめ、涙で濡れる自分の胸など気にせずに、北上の頭を優しく撫でた。

 

……そんな2人に対し、後ろで一部始終を見ていた海風も、北上につられたのか、彼女も少し涙を浮かべて2人を眺めるのだった。

 

 

 

夕暮れ時に浜辺で起こった美しい友情の物語。これを遠くから覗き見する影があった。

 

その影は、その様子を眺めた後で、3人に気付かれないようにその場を退散する。そんな彼女の顔には、憎悪と焦燥が浮かんでいた。

 

 

 

続く

 

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