お話はこの「拾参話」で終了となります。
今までありがとうございました。
「海風ちゃん、大丈夫?」
「は、はい!バッチリです!」
口ではそういうものの、彼女は少しバテていた。やはり北上のペースで移動するのは、駆逐艦には少し厳しいようだ。
とはいえ、足を止めるわけにはいかない。何としても執務室に行かなければならない。
その思いは1つだった。だから最後まで止まらずに執務室に到着した時、海風に限らず北上も、ホッとした様子だった。
……執務室に提督は居なかった。やはり今も工廠にいるようで、メモが残っていた。
だが北上はそんなメモには目もくれず、机上の書類から1冊の冊子を手に取る。それは1文字も記されていない紺色の表紙をしていた。
北上はその冊子を無造作に開く。中は表紙と違って、提督の直筆で文字がブワッと記されており、思わず目を細めてしまうほどだ。
しかし提督はマメだった。冊子の最後のページに自作の目次を付けていたのだ。おかげで調べ物に苦労はしなかった。
「えーっと、21ページ…21ページ…」
北上はそれをパラパラとめくりつつ、海風にも中が見えるように腕の位置を調整する。
そしてそのページを見たとき、2人は思わず同時に声を漏らしてしまった。
「こ、これ…!」
「うん、私達を狙ってきたあれだねぇ。しかもこの空爆…」
北上は苦い顔をして口を閉じた。というのも、彼女はこの空爆を少なからず知っていたのだ。見たことがあったのだ。
「私が知ってる奴だよねぇ。いやーやっぱりそういうことだったのかー」
「し、知ってるって!どういうことなんですか北上さん!?」
「まー…うん。後で詳しく話すよー。取り敢えず今は、このことを提督に伝えないとー」
「……そ、そうですね」
北上が言うことは正しい。海風はそう思って自分の探究心を殺すと、彼女が持っていた冊子のそのページをもう1度見た。
そして…見つけてしまった。
「ふぇっ!?」
「あぁ…気付いちゃったー?」
……そのページには端の方に、小さく提督の字でこう記されていたのだ。『恐らく、全ての元凶はこの型番だと思われる』と。
その記述が何を意味するかは、流石の海風も直ぐに理解した。
だから彼女は直ぐに北上の方を見た。一方で北上は苦い顔をしていた。何故なら彼女は、海風の1歩先まで分かっていたからだ。
……型番の中に210という数字があった。それは偶然か否や、多摩の誕生日でもあった。
(まぁ…流石に考え過ぎかな)
北上はその冊子を元の場所に戻して、空爆の破片をポケットに入れた後、海風と共に提督邸を後にする。
……時間が惜しい。テンポよく行かないと直ぐに日が暮れてしまう。
そんな焦りもあってか、北上はかなりの早足だった。よってまたも海風は、ついて行くことだけに必死になっている。
つまり、移動中の2人に会話は無いということだ。だかそれが幸いして、割と直ぐに工廠に辿り着くことが出来た。
……工廠の入り口は開いていた。これはいつもそうであるはずなのに、今日は何故か、入るときに思わず息を飲んでしまう。
それでも歩みを止めることはなかった。2人は中に入って提督の作業部屋に直行し、北上が入り口の扉を3回ノックした。
そして部屋に入った。提督はこちらに気がつくと、手を止めて北上らの方を向いて。
既に北上がポケットから取り出していたそれを見て、顔色が変わったのか、急いで溶接マスクを外して2人に駆け寄った。
「き、北上さん!これどうしたの!?」
「あーうん。川内ちゃんが拾って来たんだー。これって例の奴でしょ?」
提督は、北上から破片を受け取ってそれをジロジロ眺めて、刻まれていた型番を見つけると、彼の表情は曇った。
そのときに北上は、この破片について予め執務室の資料で調べたとも告げ、後ろで構えていた海風と共に提督の判断を待った。
……提督は暫く黙り込んだ。だがあることをふと思い出し、口元を少し綻ばせた。
そもそも、こういうミサイルは深海棲艦に向けて打つはずのもの。しかし最近はあまり使われていないはずであったのだ。
理由は単純。もし深海棲艦と艦娘が近接戦闘をしていたら、艦娘の方に命中してしまう可能性が大きかったからだ。
もちろんそうならないための技術向上も進んでいる。しかし現時点の科学では、まだそんなところまで進んでいないはず。
そして当然ながら、この鎮守府にそんなミサイルは無い。そのことを他の鎮守府は愚か、鎮守府らを束ねる上層部にも知られているはず。
……この破片を提示することによって、上層部に告訴出来るかもしれない。
「うん、分かった。この破片は僕が預かっておくよ。2人ともありがとう」
「いやいやー、お礼ならそれを見つけた川内さんに言ってよー」
「……そうだね」
「で、では!私達は用事があるので、これで失礼します!」
提督に向かってビシッと敬礼して、部屋を足早に退室する海風。今の彼女はとにかく、長門と早く合流したかったようだ。
北上も最後は軽く提督に会釈し、海風を追うようにして部屋を出て行く。
残った提督は、その破片を強く握りしめた後で服のポケットに入れ、作業を再開するためにもう1度溶接マスクを付けるのだった。
~~~
「……来たな」
提督と別れた後、北上と海風は真っ直ぐに駆逐艦寮に来ていた。そこの入り口の前では、長門が壁にもたれて待ち構えていた。
その様子を見てホッとしたのか、先程までの疲れはどこに行ったのか、海風は長門に駆け寄って彼女に思い切り抱きついた。
長門は少し戸惑った後、海風の頭を撫でつつ北上と情報交換をする。
「その他寮も含めてちゃんと覗いたが、何もなかった。駆逐艦寮で間違いないだろうな」
「あの破片は提督に引き渡したよー。手柄もちゃんと川内さんに押し付けといたー」
「……了解した」
そして長門は海風を体から引き剥がし、駆逐艦寮を眺めた。それにつられるように2人も、拳を握ったり唇を結んだりした。
因みに、今の駆逐艦達は花火大会の真っ最中だ。勝手に数本無くなってるのを見つけた雷が怒り散らしていたのを海風は知っていた。
……先頭は北上だった。彼女は扉を開けてゆっくりと倉庫に向かう。その後ろ、横に並んで長門と海風が彼女についていく。
つまり…長門と海風は北上の後ろ姿しか見ていない。にもかかわらず2人は気が付いていた。明らかに北上が怒っている。
それでも2人は言及せず、心配そうな顔で北上を見ながら後をついていく。
……3人の間に会話は無かった。正確に言えば会話をする余力が無かった。次に誰かが口を開いたのは、倉庫の入り口に辿り着いた時だ。
「さて。突入しますかー」
北上がそう告げると、海風が前に出て扉を開けようと試みた。しかし北上が彼女を制止し、2人を後ろに退げると。
「よっと」
そんなやる気の感じられない声を上げて、ドアを思い切り蹴飛ばした。
ドアは頑丈だから傷1つ付かなかった。しかし壁に留めていた金具がバキッと音を立ててしまう。これには2人も唖然としてしまう。
「お、おいおい…大丈夫か北上」
「んー?何がー?」
「あ、いや。それなら良いんだ」
表面上を見れば北上はいつも通りだ。しかし流石に分かる。やはり彼女は怒っていると。
だがそれを咎めるつもりは無かった。彼女は此処に潜んでいる奴に殺されかけた挙句、仲間を拉致られているのだから。
……3人は周りを見渡す。パッと見渡す範囲では2人は見つからない。
だが長門が…川内が写真を撮った場所と思われる小窓を見つけると、そこからあの写真のアングルを思い出し、3人は位置を特定した。
そこは入り口から覗いただけでは気が付かないところで、3人は足早にそこに向かった。
因みに…音はもう気にしていない。ドアを蹴破った時点でバレているだろうし、さっきも大声で会話してしまったから。
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時刻がヒトハチマルマルになりそうな時間帯。巡洋艦寮では異変が起きていた。
最初に気が付いたのは球磨だった。彼女が玄関のノックに気が付いて扉を開けたのだ。
「クマッ!?て、提督!?」
そこには手を振る提督が居た。前に記したかもしれないが、提督が寮に訪れることなどこの鎮守府では殆どないこと。
ましてやあの提督が広間に上がったのだから、寮内はざわついていた。
これにはあの大井もタジタジで、彼女は黙って提督にお茶と茶菓子を出した。因みに提督は広間の端の方を陣取っている。
「あ、あの…提督。何の御用で?」
「あぁそうだ。じゃあ…悪いんだけど大井さん。川内さんを呼んできてくれないかい?」
「せ、川内さん…ですか?」
提督は和かな笑顔でそう告げる。
そして、彼の声は彼と対角線上にいた他のメンバーにも聞こえていたから、これを聞いた那珂と神通が川内の部屋に向かった。
……川内はやはり爆睡中だった。なんか手をひっきりなしに動かしたり、ちょっと見えているお腹をポリポリ掻いたりしていた。
なので今回もまた那珂がいつも通り起こそうとする。だが今回ばかりは神通が止めた。
今は例の茶番をしている時間はないから。
「せ、川内…さん?あ、あの…せ、川内さん。お、起きて…起きて…く、くださいっ!」
優しく問いかけながら彼女を揺する神通。時間的にそろそろ目覚めて良い時間でもあるから、反応は少なからずあった。
だが彼女は目を覚まさない。
「んもぉー!そんなんじゃ川内さんは目を覚まさないって!変わって変わって!」
「ダ…ダメ…ダメッ!な、那珂ちゃんは…その…ら、乱暴だから…」
那珂は川内の上に乱暴に馬乗りしようとしていた。だが神通が必死に止める。それでも聞かずに那珂は実行に移そうとする。
……此処で2人は、大切な上に根本的なことを忘れていた。誰だって寝ている時に耳元で騒がれると、目を覚ましてしまうことに。
「あーのーさー」
取っ組み合いをしていた神通と那珂の方を向きつつ、川内は目を擦って起き上がった。言わずもがな少し不機嫌そうだ。
「まぁね、いきなり飛び乗られるよりかは数倍マシだよ?でもさ2人とも、寝ている人が居る部屋でわーわー騒ぐかな普通?」
川内の言葉に思わず黙り込んでしまう2人。そして川内に申し訳なさそうに頭を下げる。
そして川内は立ち上がり、彼女らの頭を撫でながら現時刻を見る。そして今回は夜も近いということで、早起きしたもんだと割り切る。
……その後、川内は2人から事情を聞き、直ぐに向かうと告げて2人を部屋から出す。
そして彼女は気が付いた。自分が握っていたはずのあの破片が無くなっていると。
だが彼女は慌てなかった。前向きに考えていた。だから彼女は直ぐに伸びをして、あるものをポケットに入れて提督の所に向かった。
その一方で、海からの帰路に着いているものが数名いた。
そう、花火大会をしていた駆逐艦達である。彼女らは最後の1本まで使い切り、満足したように自分達の寮に向かっていた。
しかし異変に気がつく。明らかに巡洋艦寮が賑わっていたのだ。これに真っ先に気が付いて食いついたのは江風だ。
「おっ?何か賑わってるねぇ!花火大会の次はお祭りかぁ?」
「……ったく江風は。そんなのに一々気を取られたらダメよ」
「えぇーっ!?ボノちゃンはああいうの気にならないのか!?」
「ないわね。ってかボノちゃんって呼ぶな」
そんな2人の会話を聞きながら微笑む他4人だったが、江風の言うことはよく理解出来た。
嫌がる曙は無理やり江風に引っ張ってもらって、揃って巡洋艦寮に向かった。
そしてそこでの反応は、巡洋艦達と全く同じだった。あの真っ白なセーラー服が寮の中にいること自体に驚きが隠せなかった。
彼女らは寮の中に入り、同じように提督を眺めていた人達と合流して事情を聞いた。
丁度その時だった。部屋から川内が出て来て他のメンバーに手を振った後、提督のいる広間に向かって行ったのだ。
……この事に最も嫌な予感を感じていたのは曙だった。彼女は自分の大切な何かを壊されそうな恐怖に襲われていた。
よって曙は、後ろの「花火大会いいわね」「いいでしょー」みたいな会話を全部無視して、誰よりも提督の方を眺めた。
「……そんなつもりは無かったんだけど、ギャラリーが賑わってきちゃったね」
「そうですね~。あはは」
川内は提督と向かい合う形で椅子に座った。その時に彼女は、提督があの破片を手にしているというのを確認する。
彼女はホッと胸を撫で下ろした。どうやら自分の想定通りに事が進んでくれたようだ。
そして案の定、提督の話はその事に対する感謝から始まった。川内は「別に気にしてない」を繰り返しつつ、笑顔を見せる。
因みに…提督はきっちり姿勢を正してお茶を飲んでおり、一方の川内は、大きく仰け反ってヘラヘラとした態度をとっている。
……実を言うと彼女には秘策があった。何としてもみんなと仲良くなりたいと心から願っていた彼女は、その秘策を繰り出す。
ここで1度整理しておこう。
この鎮守府のメンバーは、一部を除いて「提督自ら秘書艦を殺した」というのを信じている。これが『呪い』の根本だ。
それを信じなかったのがあの4人だ。そして彼女らは真犯人まで突き止めていた。しかし犯人を問い詰めるための証拠が無かった。
だから川内はこっそり暗躍し、証拠を見つけて彼女らに寄付した。雷と電も利用して。
そして今、川内は確信している。その証拠を提督に渡したということは、少なからず彼も真相を知っているのだと。
というか…彼は濡れ衣を着せられているのだから、それを取っ払うために調査を進めていたと考えるべきであろう。
そして彼は証拠を手にした事に対して川内に感謝した。ということは、彼もまたあの4人と同じところまで進んでいたという事だろう。
つまり川内が今からやることはただ1つ。提督自ら『呪い』の真相をみんなに伝えてもらうために、彼を誘導することだ。
……本当なら川内が全員に伝えるべきなのだろうが。他のメンバーに「あの4人に毒された」と勘違いされたら元も子もない。
何より川内は、他鎮守府らの「犯行動機」に関しての情報を握っていなかったのだ。こればっかりは提督しか知らないと考えていた。
となれば、彼女が用意していた秘策というのが何か、ピンと来る人もいるかもしれない。
そもそも、ほぼ全員が犯人だと思っている人物から、自分は犯人じゃないという言葉と真相を話されたところで誰も信じないだろう。
だから彼女は『呪い』の真相を…他鎮守府からの攻撃だということを裏付けるため、わざわざあんな回りくどいことをしたのだ。
「さて、提督。実は見せたいものがあるんだよね~。ちょっと待っててもらえますか?」
そう言って川内は自分の部屋に戻ろうとした。だが途中で足を止める。
というのも、雷と電の2人と目が合ったのだ。そう言えば2人を見かけたのは、間違えて雷の絵をクチャッとして以来だった。
「あ、あの…さ。その…川内」
「えっと…い、言いたいことがあるのです」
2人はもじもじしていた。恐らく感謝の言葉だろうと踏んだ川内は、彼女らの頭を撫でて「気にしてない」と言いながら、2人にお願いをした。
「ねぇ2人とも。今から私の部屋に行って、あるものを取ってきてほしいんだ」
「あ、あるもの…なのです?」
「うん。実はね~」
青葉のカメラを…と言おうとした時に気が付いた。本人がすぐそばにいると。今はちょっと余計ないざこざを避けたかった。
「まぁ…うん。じゃあね~。私が提督に見せたいと思ってるものをお願いするよ」
「はわわっ!そ、それって具体的にどういうことなのです!?」
「……お願い」
最後に一瞬だけ。本当に一瞬だけ、川内は真面目な顔をした。そして彼女は提督の元へ戻っていった。その際に彼女は少し細工を施す。
……彼女は予め探照灯をポケットに入れていた。それを握って一旦外に出て、スイッチを入れた探照灯を玄関直ぐの道に立てて置いた。
すると巡洋艦寮の前に1本の光の柱が立つ。まだ太陽は出ているが…時間を考えると、これからこの柱は目立ち始めるだろう。
狙いはもちろん、此処から少し遠い戦艦空母寮のメンバーの好奇心を刺激することだ。
「……よしっ」
風で倒れてしまわないよう工夫した後、川内は寮の中に戻っていった。不思議そうにする提督の質問は適当に流した。
丁度そのタイミングだった。雷と電が川内の部屋から戻ってきた…のだろう。青葉の渾身の叫び声が聞こえてきたのだ。
「せ、川内!こ、これ…よね?」
「そうそうそれそれ!ありがとう!」
川内はカメラを受け取り、2人を軽く抱擁した後、チラッと青葉の方を見た。
……般若のような顔をしていた。
流石の川内も少しドキッとして、つい彼女に「ごめんちゃい」みたいな態度で会釈してしまう。当然ながら…彼女の機嫌は直らない。
「それ…青葉さんのカメラだよね?それがどうしたの?」
提督も思わず川内の方に近づいていた。川内はそのカメラをそっと提督に渡し、彼に写真を見るように指示した。
……途中、提督は1度ふふっと笑った。恐らく青葉の寝顔を見たのだろう。だがその次の写真から、彼は表情を曇らせる。
その写真に釘付けになった後、無言のまま彼は川内の方を見た。その返事をするように川内は、1度だけ首を縦に振った。
そして川内は決めた。そろそろ核心を突いて良いだろうと。だから彼女はこう言った。
「提督。これで無実を証明出来ますよね~?」
……この言葉を放った時、周りはシンとなった。特に曙の表情がハッキリと変わった。
無実。証明。この2単語を聞いた提督は、この時にようやく川内の狙いに気が付き、参ったといった様子を分かりやすく見せた。
そして1度近くのテーブルにもたれかかり、天井を見ながらふーっと長い息を吐いた。そんな提督を川内は畳み掛ける。
「……その内、戦艦達もこの寮にやってくるからさ、もう終わらせちゃおうよ。綺麗にさ」
そう川内が言った瞬間だった。素晴らしくベストなタイミングで入り口の扉が開いた。
そこには探照灯を手に持った赤城を先頭に、戦艦空母がズラッと並んでいた。そして彼女らはギャラリーを見て騒然とする。
それもそうだろう。鎮守府のほぼ全員が1箇所に集い、しかも中心に提督がいるのだから。
これを見た赤城はほぼ全てを察し、探照灯を川内に渡した後、瑞鶴に瑞鳳を呼ぶように言いつけて行かせた後、寮の中に入った。
そして思い思いの場所を陣取る。それにつられるように巡洋艦や駆逐艦達も椅子に座る。そしてその2、3分後に瑞鳳と瑞鶴も合流する。
「よし、これで揃ったね~。じゃあ始めよっか」
「……はぁ。本当に川内さんには参ったよ」
提督はやれやれといった様子だ。しかし彼は川内の「こうい」を無駄にするつもりはない。正直言って彼も嫌気がさしていたから。
だが彼が話し始めることはなかった。何故なら彼は最初にある人物を呼びよせたからだ。
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響は笑顔を見せてくれた。その一方で「来るのが遅いよ」と不満気な顔もしていた。
だが笑顔だったのは彼女だけだった。長門と海風は信じられないといった風で、一方で北上は無表情を極めていた。
……写真で見た時は全く気がつかなかったが、響はやつれていた。光加減によって頬骨が少し浮かんで見えるほどだ。
「やっぱり…こうなるのね」
そんな中、最初に口を開いたのは暁だった。彼女は北上らに背中を見せて響の方を見ながら、不満を淡々と告げる。
「そうやって貴方達は、私の幸せを邪魔してきた。これまでずっと」
「うーん。幸せ…ねぇ」
「あのね、貴方は知らないだろうけど、姉にとって妹は大事なものよ。特に…後ろの2人は、それがよく分かってるはずよ」
……まだ暁は振り向かない。ずっと響の表情を眺めている。
「私は確かに…1度は響を見捨てたし、そのことで響に凄く怒られた。でもそれはもうお終いにしたのよ。もうずーっと側にいるって、寂しい思いをさせないって決めたのよ」
「……まぁうん。それは立派な試みだと思うよー。確かに一理あるなー」
「そうでしょ?だから…」
暁は此処で立ち上がり、響の頭を撫でた後で初めて振り返った。顔には明らかな敵対心が浮かんでおり、海風が思わず怯んでしまう。
「私の前から消えて。そして2度と顔を見せないで。邪魔なのよあんた達」
「まー、そう言うと思ってたけれどぉ。それ聞いて私達が引き返すとでもー?」
「……そうよね。もしそうだったら、こんな所に来るはずがないわね」
暁はうふふと不敵に笑う。そしてこのタイミングで長門が北上の表情を見たのだが。
彼女の表情は1ミリも変わっていなかった。しかし勘の鋭い長門は気が付いていた。北上は尋常じゃないぐらい怒っている。
長門は北上に安全確認をしようと試みたが、それは直ぐに中断せざるを得なかった。暁がとんでもない行動を始めたからだ。
「だから…私にはもう、こうすることしか道が残ってないのよ」
彼女の手に握られていたのは、寮のキッチンに常備してある包丁だった。そして有ろう事か、暁はその刃を妹の首に近づけたのだ。
響は思わず少し声を出してしまう。震えてしまう。切れる部分はまだ触れていないが、金属の冷たさが分かるところまで近づいていた。
「お、おい!バカな真似はやめろ!」
これには流石の長門も叫んだ。すると暁はその包丁の刃先をバッと長門らの方に向けて、彼女らを静止させると。
「じゃあどうしろって言うのよ!?此処で追っ払ってもまた邪魔しに来るくせに!だったらもう…こうするしかないじゃない!」
「いやーだからってさ、今から人が殺されるのを黙って見てろっての?あのさー暁ちゃん、ふざけないでくれるー?」
逆ギレした暁。これには流石の北上も語調を強めるしか無かった。そして暁に近づいて響を助けようとする北上だったが。
「来ないで!それ以上近づいたら響を刺すわよ!そして…私も死ぬのよ。そしたらこれからもずーっと響の側に居られる…!」
あははと笑って恍惚の表情を漏らし始める暁。これには4人ともドン引きするしかない。そして足を止めるしかない。
どうしようか。どうしたらいいのか。何が正解なのか。長門や海風はそれを必死に考え、心配そうに響を見ていた。
だからかどうかは分からないが、北上は2人に、暁にとっても少し想定外のお願いをする。
……後ろに下がっててほしいと。
「ほぁっ!?き、北上さん!?何をするつもりなんですか?」
「そ、そうだぞ北上!今の暁はどう見ても正気じゃないんだぞ!?大丈夫か!?」
「……良いから下がってて」
当然、2人は逆らおうとした。3人でかかれば何とかなると考えていたからだ。しかし北上はそれを断じて許さなかった。
最終的に2人は折れて、北上に言われた通り後ろに数歩下がる。一方で北上は同じところから1歩も動かない。
「……何してるの。良いから2人と一緒にさっさと帰ってよ」
暁は不満そうな顔を浮かべつつ、響に寄り添う形で寝そべろうとしていた。
北上は1度大きく…わざとらしく深呼吸をして、いつものようにのらりくらりとしながら暁の方を見つめる。
……瞳には覚悟が宿っていた。
「あのねぇ。実は響ちゃんがどうこう言う前に、北上さんはね、君に殺されかけたーってことにご立腹なんだよー。分かる?」
「あぁ…あったわねそんなこと。一体それがどうしたって言うのよ?」
「……私はねぇ、後ろの2人に助けられたんだ。うん、さてここで問題。君の悪巧みを2人が知るキッカケになってくれたのは、一体だーれだ?」
あぁそっか…と、後ろにいた長門と海風は此処でようやく思い出した。私達以上に響と暁のことをもっと心配していたのがいたじゃないか。
一方で暁と響は…まさかとは思いつつも、答えが分からないフリをした。特に暁に関しては…あの2人に嫌われたと思っていたから。
「……残念だけど、私を助けてくれたのはー。元を辿れば君達の妹2人なんだよねぇ」
「そ、そんな…や、やっぱり奴らが…」
「んでね、もうこの際だからハッキリ言わせてもらうけれど、君達を助けて欲しいと願ったのもその2人なんだよ!」
畳み掛ける北上。後ろの2人は「そうだもっと言ってやれ」と言わんばかりだ。
その後…北上の口から2人に向かって、雷と電が川内に協力を要請したこと、暁を心配してこの倉庫に侵入したことも全て話した。
海風と長門は後ろで頷きながら話を聞き、響は嬉しさで少し泣きそうになっていた。暁はまた別の意味で泣きそうになっていた。
「姉にとって妹は大事?確かにそれはそうかも知れない。球磨姉も多摩姉も私のことを大事にしてくれたからねー」
段々と語尾を強めていく北上。暁は段々と何か言いたげな顔になっていく。
「でもさー。いやまぁ今の響ちゃんがどうかは知らないけどぉ。北上さん個人の意見…というか、経験則を1つ言うならー」
「……言うなら?」
「君達が死んだらー、あの2人は悲しむんじゃないかなー?ってことだよー」
語尾の所為で分かりにくいが、北上は決死の表情で暁に訴えた。そしてそれでも反応がない暁に対し、更に畳み掛ける。
「それにね…というか此処からが本題なんだけどぉ、君は1つ、それはそれは大ーきな勘違いをしてるんだよねぇ」
「……はぁ?」
北上はそう言った後、ふふふと笑った。一方の暁や響はポカンとしている。
「……さっきも言ったけど、北上さんは暁ちゃんに殺されかけたんだよー。だからねぇ、まぁ長門さんと海風ちゃんは違うと思うけどぉ」
そう言いつつ、肩や足首をぐるぐる回す北上。それを見た長門は察した。北上は今から暁の元へ突っ込むつもりだと。
「正直言って…響ちゃんはどうでもいい。駆逐艦は正直ウザいし」
「なっ…えっ!?」
「私はねぇ暁ちゃん。君に歯向いに来たんだよ、君に対抗しに来たんだよ。だから…」
そして…ゆっくりと前に出る。1歩ずつのらりくらりと。
「君がそこから動くなと言うのならば、私は動かざるを得ない」
他の4人は驚いた。あの北上がなんか…子供みたいな事を言ったから。だが暁は、その北上を見て直ぐに行動に移すことにした。
そして…暁は「それがあなたの答えなんですね?」と小声で呟いた後、もう1度深く包丁を握りしめて、響の方を見つめた。
「……ゴメンね響。後で迎えにいくから」
「い、いや…!ま、待って…待ってくれ…!」
渾身の抵抗を見せる響。だがしかし…今の彼女は…暁が振り上げた包丁を、自分に向かって振り下ろされた金属の輝きを。
ただ呆然と眺めることしか出来なかった。
ザクッという…音が、その場に弱々しく響いた。鮮やかな暁色の毒々しい輝きを纏って。
続く