反応は各々だった。その中で川内や赤城のように、納得したような様子を見せた人物もいた。
だが肝心の曙は…提督に呼ばれた1人の駆逐艦は、悔しそうに拳を握っていた。
「もう…良いよね。話しちゃっても」
提督は視線を下げて、少し震えながら俯いている曙を見つめた。これを見て誰もが思った。やはり彼女が深く関わっていたのかなと。
「……ダメって言ったところで、もう逃げられないじゃない。勝手にしなさいよクソ提督」
そう言って、曙は広間の端の方に逃げた。そこには江風が座っていたが、話しかけてきた彼女のことは全力で無視した。
そんな彼女の様子を見てため息をつき、提督は渡された煎茶を飲んで一服する。
「まぁ…そういうわけでね。この話をするには曙さんと…あと北上さんがいるんだけど、そう言えば北上さんは?」
……やっと言及したか。そう思った川内は、彼が机上に置いていた青葉のカメラを手に取り、例の暁と響の写真を表示した。
「北上さんは多分…駆逐艦寮じゃないですかね~?まぁこの写真を見せたんで」
そう言いつつ、川内はその写真を提督に見せた。それを見た提督は…。
例えるならそう…赤色リトマス紙だ。赤みを帯びていた顔が一瞬で青色になったのだ。彼から少し距離を取っていた人でも分かるほど。
「こ、これ…!?どういうこと!?」
「いや、響ちゃんって長期休暇取ってたじゃん?だから暁ちゃんが側にいるんですよ。んで北上さん達が迎えに行ったってわけ」
サラサラっと告げる川内。だが正直言って今のは、淡々と言って欲しいことではない。
……実を言うと、提督は薄々感づいている。
そう言えばこの間、北上と暁は一緒に遠征に行ったはずだ。最終的に2人とも帰ってきたが、襲撃があったのは間違いない。
川内が生々しい写真を撮れているから。ということはあの時に少なからず2人の間に何かが起きたかもしれない。確執か何かが。
そして…北上と響が仲が良いことぐらいは流石に知っているし、暁が長期休暇を提案しに来るほど妹想いであることも知っている。
だがこの写真、響は明らかに手錠に繋がれている。状況から考えて…考えたくはないが、暁が付けたと考えるべきだろう。
……果たして響と仲が良い北上が、この状況を目で見て何と言うのか。
そして提督にトドメを刺したのは、遠くから話を聞いていた曙の一言だった。
「実は空爆が落ちてきた時、北上が庇ってくれたって暁から聞いたわあたし。だから…ちょっとヤバいんじゃないのクソ提督」
曙は不敵な笑みを浮かべていた。それを見た提督は益々焦った。
……北上があの空爆にどれほどの恐怖を持っているか。どれほどの悲しみを背負っているか。提督はよく知っている。
そして…彼女を怒らせたらどうなるか。それもよく分かっている。
もしかしたら必要のない心配かもしれない。だがもし暁が何かしらの形で北上の逆鱗に触れてしまったら…。
「まぁあの暁が、そんなしょうもないヘマをするとは思えないけど?急いだ方が良いんじゃない?知らないけど」
……曙は色々と知っているようだ。だがそれを知らない川内達にとっては、何の話をしているのかもちんぷんかんぷんである。
何より1番理解出来なかったのが、彼が一言謝罪をした後で寮を走って出て行ったことだ。
「ふふっ、間に合うと良いわねクソ提督。まぁあたしには関係ない話だけど。気になるんだったらあんた達も付いて行ったら?」
そう言って曙は寮のキッチンの方に姿を消していき、広間には呆然としている艦娘達だけが残ることとなる。
そんな中…最初に口を開いたのは、意外なことにも扶桑だった。
「……私は付いて行くわよ。川内さん、本当に駆逐艦寮で良いのね?」
「ま、まぁ…そうだけど…」
「じゃあ私は先にお暇するわ、ほらボサッとしないで行くわよ山城」
「あ、はい…分かりました姉様」
そしてその後すぐ、扶桑と山城は寮から姿を消していった。そんな彼女らにつられたのか、続々とメンバーが寮から姿を消していく。
そんな中。最後まで残ったのは雷と電と川内だった。そして川内がどうしようか悩んでいる時、2人は川内を捕まえる。
相変わらず2人は浮かない顔だった。やはり暁と響に関しては、この2人が1番思うところがあるのだろう。
そんな感じで…口をモゴモゴさせる2人を見た川内は微笑み、頭を撫でてやる。すると…不意に電がボソッと呟いた。
「……怖いのです」
「えっ?」
「あ、暁ちゃんも響ちゃんも、私達の大事なお姉ちゃんなのです。でも1回私達は…その…ひ、酷いことをしてしまったのです」
電は辛そうにそう打ち明けた。隣にいた雷も首を縦に振って同意をしている。
「私達は…いや私達が、真っ先にあの2人に会いに行かなきゃいけないのは分かってるわ。でも…一体どんな顔していけば…」
……話を聞いていた川内は、自分の頰をポリポリ掻いて考える素振りを見せる。確かに暁らがこの2人を恨んでいるかもしれないから。
しかし…そんな真面目な悩みに真面目に答えるのがあまり得意でない川内は、そこまで深く考えることを今回もしなかった。
「あのさ2人とも。お姉ちゃんに謝りたいって気持ちはあるんだよね~?」
川内がそう尋ねると、2人はバッと顔を上げて、質問に対して肯定を示す。すると川内は改めてもう1度微笑んで。
「じゃあさ、何も悩む必要ないじゃん。あの2人もちゃんと分かってくれるだろうし、きっちり謝ったらそれで良くない?」
と言い放つ。そして川内もようやく覚悟が決まったのか、駆逐艦寮に向かう。その際、チラッと1度だけ川内は後ろを振り返った。
……見える範囲にあの2人は見当たらず、川内は少し不安になった…が、意志を強く持った彼女が引き返すことは無かった。
~~~
響は泣いていた。こんなことがあって良いものかと心から思っているようだった。
「ふふふ。貴方程の偽者さんなら、きっとそうしてくれると思ってたわよ」
一方の暁は満面の笑みだ。ようやく念願が叶った彼女は、全身で喜びを表現していた。
「そんな…嘘だ…」
ポロポロと涙を流しながら、響は目前で起きた現実の受け入れ拒否をする。
海風や長門も言葉を失って唖然とする。それでも視界に入ったあの鮮明な紅だけは、彼女らの脳内に痕を残して通り過ぎる。
そんな中、北上は嬉しそうだった。今度はちゃんと大切な仲間を護れたのだから。自分を犠牲にして救えたのだから。
……せめてもの報いは、急所が避けられたこと。しかし響は、自分の見える範囲をツーっと垂れていく紅に涙を流すばかりだ。
「あ、あはは…。大丈夫だよー響ちゃん。ほうちょ…包丁1本ぐらいじゃ…北上さんは…」
……大丈夫じゃない。それが見て取れるからこそ、響は泣くしかなかった。
当然ながら、その様子を見た海風と長門も助けに入ろうとした。刺された瞬間に近づこうとした。だが北上がそれを許さなかった。
こんな状況になってもなお…北上は暁との一騎打ちを願ったのだ。
「嬉しい…!やっと…やっとこいつに一矢報いたわ!あははっ!」
そういう風な…奇声に近いものを上げ、偽者の左肩の付け根辺りに刺さっている包丁の柄を掴んで、暁はグリグリと彼女を痛めつける。
「ほらほら…痛いでしょ?だから…ほら…!早く退いてくださいよ…!あははっ…!」
……北上はギュッと響に抱きついており、響と顔を近づけていた。だから響の視点から見ると北上の様子がよくわかる。
痛いのを堪えて歯をギリっと鳴らすのが。
「もう…もうやめてくれ…!」
こんな北上はもう見てられない。響はそう思って暁に懇願した。そして響はあることを知っていた。この包丁のとある秘密に。
「なぁ暁…!も、もう気が済んだだろう?だから…だから…!」
だからこそ…可能な限り暁の方を睨んだりして、響は暁に訴える。
「うーん、ゴメンね響。ちょっと無理。私…楽しくなってきちゃったから!」
だが暁は、それをピシャリと閉じてしまった。そして一層激しく包丁をグリグリする。
「がっ…!」
それが痛くてしょうがない北上は思わず声を漏らしてしまうが、それでも響の体から離れようとしなかった。
だが…確実に北上の体は弱っていた。その自覚症状もあった。何か…手足が痺れて息が苦しくなって…そんな感じがしてきたのだ。
それでも…北上は動こうとしなかった。というか、自分の体が言うことを聞かなくなってきているようにも感じていた。
「あぁ…ミスったっ…ぽいなぁ。さては…暁…ちゃん…ほ、包丁に…」
「あぁ成る程。ようやく効いてきたのね?」
暁は1度手を止め、北上の顔を覗き込む。そして彼女が痛みを我慢しているのを確認すると、悦に入ったかのように微笑む。
「えぇそうよ。お察しの通り…包丁に毒を塗らせてもらったわ。誰かさんが持ち込んだのを1つ拝借したのよね」
まるで勝ち組になれたかのような、そんな優越感に浸る暁。そして彼女は…怯えきっている響の頭を優しく撫でる。
「ま、毒が回ってきたのならもう良いわよね。ほら…さっさと退きなさいよ」
今にも死にそうな北上のことなど気にせず、思い切り足で蹴り飛ばそうとする暁。だがそれでも北上は離れようとしない。
……これには流石の暁も、遂に我慢の限界を迎えてしまったようで。
「ちっ、じゃあもう分かったわ。もう2度と喋れないようにしてあげる」
そう言って北上の体に突き刺さっていた包丁を、もう1度体から引き抜こうと手をかけた。
その時だった。
北上は毒のせいで五感が麻痺していたから、何があったかは全く分からなかった。
まぁまぁ衝撃があったはずなのだが、それすらも気が付いていないようだった。
だがそれは…あくまで北上の話。その直ぐそばにいた響は違った。彼女は何が起きたかをしっかりと目で追っていた。
……とは言っても、見ていただけで直ぐに理解したわけではない。
それもそうだ。日常においてこんなことは普通は見かけないのだから。具体的に言えば…人が空を飛んで壁に叩きつけられるのは。
ドゴーンという破壊音が轟き、壁には思い切り叩きつけられた跡が付けられる。そして暁は地面にズレ落ちていた。
……答えを言おう。長門が体当たりで暁を吹き飛ばしたのだ。
彼女や海風は、北上に「こちらに来るな」と言われたが、流石にこうなってしまうと、黙って見ているわけにもいかなかった。
「おい北上!しっかりしろ!」
長門は急いで北上を響から引き剥がす。包丁が抜けたこともあり、傷口から漏れ出す血の量がさっきより増えていた。
それを見た長門は、周りに散らばっていた手拭いをかき集め、腕の付け根を思い切り縛った…のは良いが、効果が薄いことは分かっている。
そこで彼女は、直接傷口から毒を吸い始める。絶対に死なせてたまるかという思いで。
……目の前で親友の救出劇が繰り広げられているにも関わらず、何もすることが出来ないことを響は憂いて悔やんだ。
響はその時もずっと泣いていた。自分のせいで北上がこんな事になったという自責の念に、押し潰されそうになっていた。
……しばらく後。長門はこんな時でもテキパキ動けるようで、部屋の隅にあった怪しげな瓶を横目に北上を抱え上げる。
そして…部屋の入り口の方で狼狽える海風の所まで、北上を抱えたまま近づくと。
「海風!私はキッチンに行くから、この倉庫から食酢を探して持ってきてくれ!」
「ほぁっ!?な、何に使うんですか!?」
「説明は後だ!頼んだぞ!」
そう言い残し、長門は足早に倉庫から出て行った。
よって残ったのは…まだ動揺している海風と、凹んでいる響と、戦艦の本気のタックルを食らって気絶している暁だけだった。
「どどど、どうしよう!え、えーっとえーっと!しょ、食酢!そうだ食酢を…って食酢ってなんじゃらほい!?」
……分かりやすくパニクる海風。それを遠目で見たからどうかは知らないが、響に関しては大分落ち着きを取り戻していた。
「海風…ちょっと」
「ふぇっ!?」
急に名前を呼ばれてドキッとする海風。だが此処でようやく…自分がもう響の近くに行っても良い事に気が付き、さっそく実行する。
そして…実を言うと既に気が付いていたと言えばそうなのだが、改めて確認した。響の体が尋常じゃないほど臭い。
思わず顔に出てしまうほど。
「……すまない。何せずっとお風呂に入ってないからな」
「あっ…いや別にそう言うわけじゃ…」
「気を遣わなくて良い。そんな事より…」
響は何時もの様子で海風を真っ直ぐに見つめ、手錠をカチャカチャと少し鳴らした後、ゆっくりハッキリ彼女に告げた。
「……小窓の近くだ」
「え、な、何が…?」
「食酢だよ。前に暁が1本割ってるはずだから、臭いで直ぐに分かると思う」
決死の表情で海風にそう告げる。彼女の瞳には細やかな対抗心が宿っていた。
「……私はもう少し耐えられる。だから…」
今は北上を頼む。響はそう言おうとしたが、言葉の途中で海風に両頬を手で挟まれてしまい、思わず黙り込んでしまう。
一方で海風は…1回肩で呼吸をした後で、ゆっくりと口を開いた。
「……約束する。北上さんを助けたら、響ちゃんも絶対に助けてあげるから。だからもうちょっとだけ…我慢してね」
海風も負けじと響を真っ直ぐに見つめていた。だから響は黙って首を縦に1回振る。そしてその後の2人に会話は無かった。
海風がキッチンに駆け込んだ時、応急処置はもう佳境に入っていた。
「北上…!意識を…!強く…!保て…!」
長門の手には数枚の手拭いが握られており、止血を試みているのか、グッグッと北上を押さえているのが分かる。
そして長門は、海風と…彼女が持っていた食酢を見て少し微笑み、それを受け取ると乱暴にその蓋を開け、傷口に直接塗布した。
「……助かったぞ海風」
「あ、あの…!これは一体…?」
「解毒だ。あの部屋に転がってた毒瓶、あれはハブクラゲの毒を薄めたものでな。たしか…熱と酸に弱かったと思うんだ」
ペラペラと早口で…海風の方は見向きもせずにそう言う長門。そして1度手拭いを傷口から外し、食酢をそこに垂らす。
……実を言うと、長門も相当焦っていた。しかし患部を熱湯で温めてはいたし、使っていた手拭いからも湯気が上がっていた。
要するに…順番はともかく、必死に処置を施していたとは考えて良いだろう。その甲斐あってか、ようやく出血が止まり始める。
「よしっ…もう少しだけ耐えろよ?」
それを確認した長門は、さっき倉庫から持ってきていた包帯を引っ張り出し。
熱湯が染みている綺麗な手拭いを患部に乗せ、それがずり落ちないように包帯で北上の体をぐるぐる巻きにすると。
「……応急処置はこれで良いな」
ゆっくりと北上を抱え上げて飛脚のように持ち替え、提督邸に向かおうとする。
だがもちろん…響のことを忘れたわけではない。なので、さっきからキッチンの入り口に佇んでいる海風を呼び寄せる。
「海風、お前に大事な仕事を任せる。暁と響の元へ戻って2人を入渠場に連れて行くんだ」
「ほぁっ!?あ、暁ちゃんもですか!?」
「……当たり前だ。恐らく…さっきの私のタックルで骨が5、6本折れてるだろうからな」
「ぐっ…そ、そうですか…」
まだ暁を許していない海風は少し戸惑った。だが戦艦の気迫には勝てず、仕方なくといった様子で彼女の要求を飲むことにする。
そして長門は、北上を抱えた状態で提督邸まで走っていった。今から行けば…まだ鍵が開いているはずだから。
「長門さんはああ言ってたけど…やっぱり暁ちゃんは助けたくないなぁ」
なんて言いながら、彼女は倉庫に戻ってきていた。そしてまた響の所まで行き、キッチンで何があったかを端的に伝えた。
そして響が心配そうな顔を見せたのを確認した後、彼女は響の鎖を何とかしようと頑張った。引っ張ったりしてみた。
だが…響がどうにも出来ないものを海風がどうにか出来るはずもなく。
「うゎあぁ…困ったなぁ、どうしよう…?」
うーんと悩むポーズをとる海風。やはり彼女は暁を助けるつもりは無いようだ。響もそのことには気が付いた。
「……海風。君の気持ちは分かる。だが今は暁を入渠場に連れてってくれ」
「ほぁっ!?い、嫌だよ!響ちゃんをこんな目に合わせた奴なんか!」
「海風。私の解放に手間取って、彼奴が目を覚ましたら元も子もない。今は暁と私を引き離すことを優先してくれ」
「う、うぐぐ…で、でも…!」
「……でもじゃない。早くしてくれ」
相変わらずの冷静な口ぶりと判断だった。海風は納得がいってないようだが、響の鋭く真っ直ぐな視線には逆らえる気がしなかった。
最終的に海風が折れた。彼女は横で意識を失っていた暁の元へ近付くと、顔面を蹴りたくなる衝動を抑えて、彼女を器用にもおんぶした。
……ずしっと背中に重みがのしかかる。暁がピクリとも動いていないから尚更だ。
「ぐぬぅ…あ、後で…覚えてなさいよ…!」
ぶつぶつ文句を言いつつも、1歩また1歩と前に進む海風。
一方でその様子を見る響は、心配そうな表情をしていた。彼女に筋力も体力も足りてないことは百も承知だったから。
~~~
提督は常日頃、提督邸と工廠を往復する日常を送っていた。だから、鎮守府内を彷徨くことは言うほど無かった。
だから彼が…駆逐艦寮の前に着いた時。そこにもう何人か仲間がいるのを見かけた時、そこで彼はふと思い出した。
自分が通ってきた道は回り道で、本当はもっと近道があったじゃないかと。
それを提督は少し恥じた後、律儀に自分を待っていた仲間に頭を下げる。
因みに…なるべく人数がまとまってから入った方が良いだろうという扶桑の提案らしい。
そしてこのタイミングで、川内がやってきたのを確認した提督は、全員の方を1度見回した後、先陣を切って中に入った。
……そんな彼が最初に見たもの。それはおびただしい量の血痕だ。倉庫からキッチンに伸びているのが見て取れる。
「これは酷い…。一体誰が…どうして…?」
赤城がふとそう漏らす。流石に提督を含めて全員の足が止まってしまう。
このタイミングで寮に入ってきた雷と電も、血を見て「ひっ!」と声を出してしまう。
そんな中、最初にそれに気が付いたのは江風だった。というか、彼女が発言するまでは誰も気が付けていなかった。
「おっ…?あれって…?」
……見間違えるはずがない。あの銀色の三つ編みを。やたら自分のことを貧乳とバカにしてきそうなあの腹立つ存在感を。
「ちっ…!」
最初に動いたのも江風だった。それを見た他のメンバーも「何だ何だ」みたいな感じで彼女に着いて行って。
ようやく気が付いた。倉庫の入り口辺りで海風がうつ伏せに倒れていたのだ。背中に意識のない暁を背負った状態で。
「暁(ちゃん)!!」
思わず同時に叫んでしまう雷と電。そのまま2人は彼女らの方に駆け寄り、海風の頭を突っつく江風は無視して暁を眺めた。
続いて他のメンバーも2人に近付く。海風はそのことに驚きつつも。
「……誰か暁ちゃんを運んでくれませんか?重たいんですよ。あと江風、やめて」
という切実な願いを口にして地面に突っ伏した。そこで提督の命により、飛龍が暁を拾い上げて運んでいくことになる。
「見た感じ…暁ちゃンを運ンでる途中で力尽きたって感じかぁ?ったく…そンなンでへばるなンてだらしねぇな!」
「……うるさい。私はあんたみたいな筋肉バカじゃないのよ」
煽る江風に平然と言い返す海風。それを受けてまた喧嘩になりかけるも、間に提督が割り込んだことで事なきことを得る。
そして…飛龍が暁を運んでいくのを目で追いつつ、心配そうに眺めてくる雷や電に微笑みつつ、海風はゆっくりと立ち上がった。
そして無言のまま倉庫に戻る。江風の制止も聞かずに。よって提督らは、ゾロゾロと彼女の後をついていくことにした。
因みに…雷と電は悩んでいた。飛龍に運ばれていった姉が気になるから。だが2人も結局は、海風についていくことにしたようだ。
そして…その2人の判断は、2人にとっては正しい選択と呼べるものだった。
後ろから付いてきているメンバーなど気にせず、海風は響に駆け寄って、彼女に「お待たせ」とだけ告げる。
……それを聞いた響は。後ろにいた妹2人や提督を見た響は。安堵の気持ちから思わず涙をこぼしてしまう。
「海風、遅かったじゃないか」
それでも彼女は平然を装ってそう口にしたのだが、嬉しそうなのが全く隠せていない。
……その後、提督の命によって比叡と霧島が響の鎖を引きちぎり、赤城が入渠場に運ぶことになる。その際に雷と電も付いていった。
だがこれで終わりというわけにはいかない。そもそもこの場所に来た目的を忘れている。
「そ、そうだ!う、海風さん!北上さんは今何処に!?」
「ほぁっ!?き、北上さんなら…えっと…て、提督邸じゃないですか…?」
……海風からこう聞いた提督は、球磨と大井を総指揮に駆逐艦寮中の掃除をすることをメンバーに言いつけ、足早に去っていった。
これには海風もポカンとする。だが江風の顔が視界に入ったのに嫌気がさし、無言のまま掃除用具を取りに向かった。
そして提督の命令通り…倉庫とキッチンを始め、大掃除が始まるのだった。
因みに…現在時刻はフタマルマルマル辺りで、太陽は完全に沈みきっている。
~~~
懐かしい。自分が始めてこの鎮守府にやって来た時も、こんな感じだった。
まぁあの時は…此処までの重傷では無かったが…。北上はそんなノスタルジーに襲われつつ、外の夜空を眺めていた。
そんな時だった。不意にドアをノックする音が聞こえたかと思うと、部屋に長門が入ってきた。彼女の手にはコップが握られていた。
「……すまん。ウサギに剥こうと思ったんだが失敗してな。ジュースになった」
北上はそのコップを手に取って中身を飲む。中は普通にリンゴジュースだ。
「まーうん。長門さんが不器用なのは、よーく知ってるから大丈夫だよー」
「……人が気にしてることを。まぁいい」
北上が無事に目を覚ましたことに改めて安堵しつつ、長門はベッドの端に座る。その際にミシミシとベッドが地味に嫌な音をたてる。
「取り敢えず。後は海風がちゃんとやってくれたかどうかだ。寧ろ私はそっちの方が心配だ。アイツはプライドが高いからな」
「だねぇ。まぁ響ちゃんが良い娘だし、大丈夫だとは思うけどー」
顔に多少の不安は浮かんでいるものの、2人はふふっと笑い合う…そんな時だった。2人は提督邸に向かってくる影を見る。
と言っても…月明かりにあの真っ白なセーラー服が照らされていたから、あれを影と呼んでいいのか心配になったが。
それは慌てて自分達のいる建物に入ってきた。そして明らかにこの部屋に向かっていた。
「……どうやら『みんなの頼れるお兄さん』のご登場みたいだよー?」
「ふっ、そのようだな」
北上がそんな冗談を言った時。部屋に慌てて彼は入ってきた。彼の表情は誰が見ても焦燥と取れるものが浮かんでいた。
「き、北上さん!大丈夫!?」
「あーうん。おかげさまでねぇ」
「心配ないぞ提督。取れるだけの処置は取ったからな」
「そ、そっかぁ…」
はーっと長い息を吐き、安心したかのように地面に座り込む提督。それを見てやれやれといった様子を見せる長門と北上。
……その後は情報交換の時間になった。そして提督は真実を話すつもりだとも告げた。
北上らはそれを拒まなかった。それどころか自分らも駆逐艦寮に行くと告げる。どうやら傷は完全に塞がっているらしい。
「そうだ提督。実はさっき勝手に高速修復材を少し使わせてもらったぞ。北上の体に直接塗りつけようと思ってな」
「い、いいよいいよ別にそれぐらい!」
そして提督は安心したように駆逐艦寮に戻っていった。もちろんその際に「慌てなくて良い」とも2人に告げるのだった。
その裏、入渠場では。
「よしっ、取り敢えず骨は繋がったかな!良いんじゃない?」
未だに意識が戻らない暁を、付きっ切りで面倒を見る飛龍がいた。彼女は暁を抱えてそのまま一緒に入渠している。
「いやーさすが駆逐艦だね!空母だったらこんな簡単に治らないよー?」
そんなことを言いながら、膝の上に暁を乗せて浴槽に浸かる。高速修復材を使ったからか、暁の傷は骨折を含めて全て治っている。
そんな時だった。不意に入り口の扉が開き、中に赤城らが入ってきたのだ。彼女は響の手を握りしめている。
そして後ろから雷と電が付いてきた。飛龍はそれを見て手を振った。暁の。
……遠目でも暁がグッタリしているのは分かる。雷と電はそれを心配そうに眺め、響はそれを見て見ぬ振りを決め込んだ。
「さて響さん。体は自分で洗えますか?」
「……多分大丈夫だ」
その言葉通り、響は淡々と体を洗う。だがやはり筋力が弱っているのか、彼女はお湯が入った洗面器を持てなかった。
だがすかさず妹2人がフォローする。電がお湯をかけて響の体の泡を落とすと、雷が響の頭を洗い始めたのだ。
「……すまないな」
「良いのよ、もーっと私達を頼ってくれて良いんだから」
すまなさそうにする響など気にせず、笑顔を見せて作業を続ける。赤城は側からその様子を見て微笑みをこぼしていた。
~~~
「も、もうこんな時間…!?」
いつもならもう入渠場の時間だ。しかしまだ晩御飯すら食べられていない。唯一の救いは、掃除は何とか終わったということだ。
メンバーはお腹がぺこぺこの状態で、続々と大広間に集まっていた。どうやら瑞鳳が全員分の食事を用意してくれたようだ。
「おぉっ、美味しそうだね~!」
川内が嬉しそうに飛び跳ねながらそう言い、適当な席に座る。それを見た球磨は微妙な表情をするも、怒ることはしない。
そして…自分の掃除担当を終わらせたものから、各々が席に座っていき、気が付けばその場にいた全員が座り終えていた。
……江風と海風を除いて。
周りは無言で2人を心配そうに眺めていた。というのも、大井の策略によって2人は同じ担当にされてしまったのだ。
言わずもがな、2人の間に会話は無い。黙ったまま地面の血痕を濡れ手拭いで拭いている。
……こっちが気まずい。お互いが明らかに距離を置いているのが目で見て分かるから。
その為か、周りが「おい誰か話しかけろよ」という雰囲気になる。しかし我こそはと名乗りあげる者は現れなかった。
その時までは。
不意に玄関のドアが開く。その音に反応して全員がガッとそっちを見る。そこには暁型4人組と赤城、飛龍が立っていた。
「お、暁ちゃん無事に目を覚ましたんだね~。良かったじゃん」
相変わらずの調子でそう言う川内に対し、暁は黙ってペコリと頭を下げる。そしてそのまま6人もそれぞれ椅子に座…ろうとした。
響が座らなかったのだ。それにつられて彼女の姉妹は響の様子を眺める。
彼女の視線の先には、明らかに不機嫌な海風がいた。さっきの川内のセリフを聞いて、暁の無事に腹を立てているのだろう。
……響はため息をつき、そろそろ拭き掃除を終えようとしていた海風に近付く。
「海風。気持ちは分かるが、意地を張ってばかりはダメだと思うんだ」
呆れたような顔を作る響。一方で海風はピタリと手を止めて、響の方を見た。
「……さっき暁と話し合ってな。もう2度とこんなことはしないと約束させた。だからもう…海風が怒る必要はない」
響は微笑んでそう言うも…海風は苦い顔だ。それもそうだろう。彼女はまだ暁を許したわけではないから。
でも…笑顔を作って無言のまま自分を見つめてくる響には勝てなかった。だから彼女は、言葉だけでも暁を許す発言をするのだった。
まだ少し気になる所はあるが、血痕が目立たないほどにはなった。よって2人は作業を切り上げ、ご飯を食べることにする。
晩御飯は…例の青色卵焼きだった。しかも今日はきっちり1人1個行き渡る量があった。
「いやあのだから…見た目をどうにかしてほしいんすけど!」
川内はきっちり瑞鳳に抗議を入れた…が、あっさりと受け流されてしまう。
そんな時だった。不意に玄関のドアが開き、その音に全員が反応する。
そして…ドアの前に立っていた人影を見て、響と海風が目を輝かせた。そこにいたのが長門と北上だったのだ。
よく見ると、提督が後ろから心配そうに眺めているのも分かった。どうやら2人をサポートしようとしていたらしい。
海風は料理の乗ったお盆を机に起き、北上に駆け寄って彼女の腰回りに抱きつく。
北上は長門に肩を貸してもらってたし、傷も塞がってたから大してダメージは無かったが、急に抱きつかれて戸惑う様子を見せる。
「ったくもー。そんな心配しなくても良かったんだよー?」
あははーと笑いながら海風の頭を優しく撫でる。そしてチラッと広間の方を見て、自分からバッと目を逸らした暁に気がつく。
北上は海風も長門も振り払い、ゆっくりと暁の方に近づく。流石に暁もそれには気が付き、警戒しているという態度を見せる。
そして北上は…笑顔のまましゃがみ、暁と視線を合わせると。
「痛っ!?」
思いっきり…デコピンをした。暁は思わず1歩下がって患部を押さえてしゃがみこむ。そして北上を思い切り睨みつける。
だが北上は澄まし顔だった。そしてしっかりと地に足をつけて立つと。
「……取り敢えず私を殺しかけたこととー、あと響ちゃんに酷いことしたーってのは、これで許したげるよー。私は大人だからねぇ」
そう言って彼女は食器を手に取り、自分の晩御飯を配膳する。長門はそのサポートに周り、場は元の空気に戻る。
「……か、かっこいい」
不意にそう漏らしたのは海風だった。それを聞き逃さなかった響は、さっきから少し不快そうな暁に告げ口する。
「暁。やっぱり私は、北上の様な『1人前のレディ』の方が好きだな。お前なんかより」
「なっ…!?う、うぐぐ…!」
「悔しかったら、お前も早くвзрослыхになるんだな。それこそ北上の様な…な」
勝った。響はそう思って、顔に優越感を浮かべている…ことが暁にも伝わると、暁は益々悔しそうな顔をして北上を眺める。
結局何も言い返せないまま、暁は不機嫌そうに晩御飯を配膳しにいく。彼女の妹達はそれを見て、安心した様子で彼女についていくのだった。
続く