川内が着任する約1週間前。艦娘達は赤城の呼びかけで1箇所に集められていた。あまり人前に顔を出さない提督の代わりに、全員にプレゼンする為である。
新たに着任するのが軽巡洋艦:川内だと発表されると、その場から色とりどりの歓声が上がる。特に那珂が激しかった。
しかし、その様子を物寂しげに…辛そうに、憎たらしそうに眺める少女の姿があった。
彼女の名は響。
例の『呪い』を信じないと決め込み、仲間達から迫害を受ける身となった「信頼されてない」駆逐艦だ。
「新しい仲間か」
響はそうボソッと呟き、小さくガッツポーズを決めた。何であれ、彼女も新メンバーが増えるのは嬉しいからだ。
しかし言わずもがな、喜ぶのはまだ早い。川内という事は、新人教育は間違いなく神通と那珂に任せられるだろう。
それだけは阻止したかった。あの2人は特に『呪い』に関して色々と過激な方なのだ。折角の新メンバーなのに一瞬で向こう側に回っては欲しくない。
「何とかしないとだね」
そうして響は行動を開始した。
……出来るならあの2人に直談判といきたい。だが内容が内容だし、向こう側からしてもこちら側に回るのは阻止したいだろう。となれば、もう出来る事は1つしか無い。
響はその召集が終わるのを確認すると、さっそく提督邸の執務室まで直行した。
提督は案の定不在だった。慌てて机の上を見ると、他鎮守府からの依頼内容を整理した紙束の中に、1枚のメモ帳が入っていた。
「……司令官はあそこか」
そこには行き先が書かれていた。いつもの優しい文字で、装甲工廠と。
響はあまりあそこには近づかない方だ。いくら自分達の装備を作ってくれてるとは言え、あの特有の金属音は苦手だった。
しかし今はしのごの言ってられない。響はそのメモを机のど真ん中に置き、慌てて装甲工廠へと向かう。
ヒトフタマルマル、響は目的地まで来ていた。だが響が中に入る事は無かった。
そう、入り口が既に開いていたのである。この工廠は、提督が出入りする時と、艦娘が中に居る時しか開きっぱなしなんて有り得ないから。
響は嫌な予感がした。だが希望を捨てるのはまだ早い。今の響にも「信頼できる」仲間がいる。もしかしたら自分より先にその仲間が…。
「いやー。なンとかなったな!」
いるはずもなく。響は絶望の淵に沈みながら、それでも一応中を覗いた。
中にいたのは、息を切らして中腰になっている神通と、ハイタッチを決める那珂と江風だった。
……もう結論を探る必要もない。あの3人も自分と同じ事を考えていたのだ。どうやら自分は間に合わなかったらしい。
江風が満足そうに、提督の印が押された何かの紙を掲げていることからも明らかだ。
響はガックリと地面に座り込む。此処まですっ飛ばしてきたからか、足がガクガクして立ち上がれる気がしない。
「くそっ…」
悔しくて仕方ない。思わず地面を殴ってしまう。涙がポロポロこぼれてしまう。
そんな時だった。響は名前を呼ばれ、反射的にふと顔を上げたのだ。
「よっ、残念だったな!」
江風だ。満面の笑みで悦に浸っているのがよく分かる。江風はさっきから見えていた紙を響の前に突き出した。
そこには堂々と「新人教育を神通と那珂に任せる」と書かれ、提督の印だけでなく直筆サインまで入っていた。
流石にもう言い逃れも抵抗も出来ないだろう。悔しくて仕方ないが響は負けを受け入れる事にした。
受け入れる事にした。だから江風らにはさっさと帰って欲しかった。
「おまえはな、取っ掛かりが遅いンだよ!まぁ江風さンの行動力が凄すぎってのもあンけどな!」
さっさと帰って欲しかった。だが江風の性格から察するに、自分が謝るまで帰らないつもりだろう。もちろんだが、響に謝るつもりなど更々ない。
響はゆっくり立ち上がる。そして「おっ、どうした?」と煽り続ける江風に向かって、彼女を真正面から睨みつけ。
「Я убью тебя когда-нибудь」
とだけ言い放ち、その場を立ち去っていった。江風達は勝ち組になれた事を楽しそうに言い合っていた。
~~~
新メンバー歓迎会。響は準備に呼ばれなかった。一見すると「楽が出来てラッキー」と思うかもしれないが、食事処の広さの関係上、間違いなく指定席になる事を考えると、リスクの方が多い。
下手すれば何かしらの仕掛けをされるかもしれない。1回自分の装甲が入渠中に傷だらけにされた事もあるし。
などと危惧しながら、響は傾き始めた陽を海辺で眺めていた。不意打ちで背中を押されて、海に落とされないよう細工して。
「綺麗な太陽だな」
響は特に何もせず、ただジッと太陽と雲の動きを眺めていた。この鎮守府に植物はあまり無かったはずだが、どこからともなくヒグラシの鳴き声が聞こえる。
自分の事を妬み嫌う奴らは嫌いだが、鎮守府のここから眺める風景は好きだった。
いつもなら此処で感慨にふけるのだが…今日は残念ながら、そうはならなかった。
「ダメだよ川内さん!」
突然だった。響は「なんだよ…」と言わんばかりに、それでも体を動かさず、首と視線だけを声の方に向けた。
声の主は那珂だ、それはすぐ分かった。だが流石に視線を向けるまで、その場に3人いる事は分からない。
横にいる神通は分かる。だがもう1人は…恐らくあれが後で歓迎される新メンバー…川内なのだろう。
というか、さっき那珂が思いっきり「川内さん!」と呼んでいたじゃないか。
察するに…まだ何も聞かされておらず、礼儀正しく自分に挨拶するという自殺行為を試みたのだろう。なるほど、那珂が必死に妨害するわけだ。
先程記した通り、響は負けを認めた。悔しさをまだ拭いきれていないが、負けは認めた。
だから潔く…新人は那珂らに譲ってやると、響はそう自分に言い聞かせていた。決め込んでいた。
那珂がわざと自分に聞こえるように、あいつは呪いを信じていない不届き者だから、関わればそれだけで嫌われる…と、大声で言うまでは。
「チッ…」
その後、川内は何かしらむず痒そうな表情を作ってみせたのを響もチラッと見た。
……那珂のやり方は非常に腹立たしいが、言っていることは間違っていない。反論の余地もないし、かと言って自分から嫌われ者を増やしにいくのも控えたい。
悔しい。そして折角の良い景色が台無しだ。非常にイラッとした響は、その場を後にしようと立ち上がった。
その時だ。間違いなく偶然なのだが、神通がチラッと自分の方を向いたのだ。響はパッと目を逸らしつつ、それでもチラッと彼女の方を見た。
神通の瞳はドス黒かった。響を心の底から軽蔑する様に。醜いといったように。
響は無意識に唇を噛み締め、拳を握りしめていた。そしてそのまま、その場を後にした。彼女の瞳は少し滲んでいた。
ヒトナナマルマル。寮の前まで帰ってきていた響は、ある艦娘に抱きしめられていた。
響が玄関前で体育座り(鍵がかかっていて入れなかった)をした時に、彼女が偶然通りかかったようで、よくこうやって慰めている。
「うんうん、大丈夫だよー。辛かったねぇ。まー泣きたい時ぐらいはたんと泣きなー」
いつもの緊張感の無い話し方。今の響に何故か心に刺さる。
……響は「うわぁぁぁ!」と声を上げて泣くタイプではない。こうやって黙ったまま頰を濡らしていくタイプだ。
「まーまー。この『スーパー北上さま』の胸ぐらいならー、いくらでも貸すよー」
優しく響の頭を撫でる。そしてフッと彼女が離れると鼻水が出ていたので、ポケットからティッシュを取り出して響の鼻に当ててやる。
そんな彼女の名は北上。
この『呪い』の最大の被害者。しかし、涙1つ見せずただただ同じ境遇の仲間を大事に思いやる、優しい少女だ。
そんな彼女の事を、響は1番信頼していた。この鎮守府の誰よりも頼り甲斐のある、良いお姉さんだと思っていた。
響は、北上の服の裾をギュッと握った。そんな響の頭を軽く撫でる北上。そんな時だった。
「あー!やっと見つけました!」
こちらに向かってくる人影が。彼女は「おーい!」と叫びながら、手を振って走っている。2人は彼女の事を知っていた。
「おーどしたの海風ちゃん?」
「どうしたもこうしたも…歓迎会始まりますよ!?一体何して…」
そこまで言って、彼女…駆逐艦:海風は響の様子に気がつき、思わず黙ってしまう。明らかに響の目が真っ赤だったから。
海風は少し戸惑う。だが直ぐにカッと目を見開き、響の頭をナデナデした後、2人の腕を引っ張った。
「わー連れ去られるーぎゃー」
「もう…北上さん!良いから早く行きますよ!響ちゃんもしっかり!」
「あ…はい…」
彼女は昔から面倒見のいい艦娘であり、自分の妹である江風と『呪い』の件について対立してからは、今の仲間と共に行動している。
因みに、この3人の中では鎮守府歴が1番短い。といっても響とはほぼ同期のようなものだが。
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店の中は盛り上がりを見せていた。だが響達3人を歓迎する者は居ない。
3人は流れる様に店の端っこ、明らかに他のメンバーと距離を置かれた席に配置された。流石にこれに関しては想定内の事象だ。
北上は海風を奥に座らせ、自分はその隣に構えた。響は2人と向き合う形だ。
周りの様子を見る限り、まだ肝心のメインが来ていないようだ。だが他のメンバーは…ほぼ全員集まっていた。
3人は他のメンバーを呆然と眺める。お互いで話し合うなどもせず、ただ呆然と。その視線に気付くものは居なかった。
そんな時だ。不意に叫んだのは、北上の姉である軽巡洋艦:球磨だった。
「おーやっと来たクマ!待ってたクマ!」
その声を聞き、全員が店の入り口の方を向いた。そこには那珂と神通に引っ張られて、何が何だか分からないといった様子の新メンバーがいた。
そんな彼女は少し乱暴に店の席に座らされる。明らかに北上達と対角線上の席に。
「あーこれはダメだねー。完全に徹底されてるねぇ。参った参った」
……どうやら北上と海風も響と同じことを考えていたようで。北上は観念したように壁にもたれ、海風は膝の上に乗せた拳を強く握っていた。
「意地でも私達と接触させない気ですね。完全に新人さんの自由を奪ってます」
海風の言う通り、他のメンバー達は、戦艦と重巡洋艦の計7名を巧みに使い、彼女の視界を行動を奪っていた。
この鎮守府で『新しく着任』なんてあまりない…という事実を振りかざして。
そしてその後。赤城の掛け声がかかり、瑞鳳によって数々の料理が運ばれてきた。
テンションアゲアゲの他メンバー。まだお酒は入っていないはずなのに、もう酔っ払っているのかと疑いたくなる。
そして…事件は起こる。
瑞鳳が「料理を運び終わりました!」と叫んだ時。店内に「いただきます」の声が響き渡った時。
北上らの机の上には何も無かった。料理はおろか、お冷でさえも。
海風は自分達に1番近い…金剛型が2人と扶桑姉妹が座っている席を見た。そこには色とりどりの料理が並んでいる。そして半分ぐらいがもう消失している。
「うわー。この発想は無かったねぇ」
あっはっはと笑い飛ばす北上。その一方で2人は浮かない顔だ。何より瑞鳳がもう…こちら側に来るつもりも無さそうだから。
そのまま30分が経とうとしていたその頃。我慢出来ずに海風が立ち上がった。
「も、もう…我慢出来ません!文句を言いに行ってきます!」
しかし…座席の関係上、北上が退かなければ海風は出られない。恐らく北上は、こうなる事は予測していたのだろう。まさか料理が出ないとは思わなかったが。
「まーまー。苛々したら負けだよー。お腹空いてるのは分かるけどさー」
「き、北上さん!貴方は何で…」
そこまで言い、海風は北上に口を塞がれた。そしてそのまま座らされる。
そんな時だった。料理が無くなった皿を片付けようと厨房から出てきた瑞鳳が、ふと自分達の方を向いたのだ。何かを企んでいる顔で。
3人は向こうの出方を探るため、黙り込んでいた。瑞鳳は少し3人の方に近づくと、ポケットから何かを取り出した。
それが何か。3人が確認しようとするよりも早く。瑞鳳はそれを北上に投げ付けた。全力で思いっきり。
それは北上の左こめかみにクリーンヒットを決め、3人の隣の机の下に落ちていった。
思わず患部を抑える北上。慌てて心配の声をかける海風。患部は少し赤くなっただけで、大したダメージは無かった。
その一連の流れの中、瑞鳳が何を投げたのかを響は確認した。隣の机の下を探ると、出て来たのは金属製の鍵束だった。
響は知っていた。これは寮の鍵だと。これを投げ付けられたという事は…。
「帰れ…か」
店から出て行けという事だろう。響は拾ったそれを2人に見せた。そして2人とも響と同じ意見を持ったのだが、これに立腹したのが海風だ。
「……許される事ではありませんね」
海風は今にも瑞鳳に掴みかかろうという気迫だ。しかしまた北上が制止した。そして北上はその鍵を受け取り、黙って立ち上がり。
「帰ろっか、2人とも」
と言った。当然、2人とも否定しなかったし、寧ろ「こんな店出て行ってやる」ぐらいの気持ちだった。
3人は何の躊躇もせず、そそくさと店を後にした。帰り際、北上は瑞鳳に「鍵ありがとねー」と言ったが、瑞鳳は無視を決め込んだ。
彼女らは何故、この様な仕打ちを受ける事になったのだろうか。
それを知るためには、1年ほど時間軸を巻き戻す必要がある。
+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜
「こ、この度…新たにこの鎮守府の提督になりました!宜しくお願いします!」
第1印象は『貧弱』だった。一応、彼は近隣の名高い鎮守府で修行を積んだプロらしいのだが、なんか…オドオドしているし、心配要素しかない。
それは当時、この鎮守府の要とされていた球磨型の4人も同じだった。
「本当に…こんな人で大丈夫なのかしら?北上さんはどう思う?」
「まーうん。そういうのはー、これから考えればー、いいんじゃないー?」
過去に色々とあり、あまりそういうネガティブな発想はしないと決めている北上。一方で球磨・多摩・大井はやはり不安が拭いきれていない。
何より、提督が「秘書艦を取らない」と言い出したのが大きかった。彼を連れてきた他鎮守府の提督曰く、過去に彼の兄が秘書艦と色々あり、トラウマになっている…という旨が話された。
しかしそれでは…仕事にならないだろう。とも継ぎ足した。よって彼の独断により、球磨型の長女、球磨が秘書艦に任命される…はずだった。
しかし球磨がそれを辞退し、次女の多摩に座を譲ったのだ。当時、彼女は「秘書艦は出撃出来ない」という誤った先入観があり、鎮守府のエースという彼女のプライドが許さなかったのだ。
多摩は姉のお願いを聞き入れた。肝心の提督は秘書艦に消極的だったが、その自分を連れてきた彼の威圧に負け、渋々了承した。
その後、彼女ら4人に限らず。鎮守府にいた全員が彼の力量に度肝を抜かれた。
具体的に言うと…前提督の念願だった、扶桑姉妹の建造成功を始め、数々の功績を挙げていった。
「す、凄いにゃ…多摩、あの人の力を正直舐めてたにゃ…」
「いやー此処まで凄いとはねー」
新たに着任した戦艦2人と、提督が連れてきた戦艦:榛名を影から見守りつつ、4人はそう呟き合う。
もしかしたらその内、球磨型最後の1人である木曽も連れて来てくれるのでは…と期待もしていた。
しかし。事件は起こってしまう。
ある日、鎮守府中で物資運搬をしていた。他鎮守府からやってきた補給艦:速吸・神威に、救援物資を詰め込むためだ。
彼女ら曰く、その鎮守府ではヲ級とレ級を始めとした深海棲艦の一行が大量に攻めてきたらしい。
作業自体は順調だった。しかし…救援物資が必要となる量より少し足りなかったのだ。
それに逸早く気づいたのが提督だ。提督はその問題が浮き彫りになる前に、秘書艦の多摩に資源を取ってくるように言いつけた。
この判断が誤りだった。この時慌てずに今ある分だけを届けたら良かったのに、足りないじゃないか!と叱責されるのが怖かった提督は、あろうことか多摩を1人で行かせてしまった。
多摩は提督の命を受け、慌てて海域に走っていった。それが提督の見た多摩の最期だった。
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提督の提案で、鎮守府の端の方にある空き倉庫に、多摩の墓は建てられた。
艦娘の中には「また作ればええやん」みたいに思った者もいたが、多摩が沈没した後の提督のあの落ち込みようを知っているため、それを言い出した者はいなかった。
そして多摩が沈没して数日後。例の補給の件が一段落ついたからか、球磨型の残った3人は提督に呼び出されていた。
「提督。何の御用でしょうか」
「まー何となく予想はつくけどねー」
やはり飄々としている北上。だが多摩の沈没を受け入れられず、無理をしているようにしか見えなかった。
提督は悩んだ。例によってこの3人に頼むのは正直言って気が引けた。しかし彼女ら3人以上の適任者が思いつかなかった。
そして次に提督から発せられた言葉は、北上の予想通りの内容だった。
「……まぁ。言うと思ったクマ。……責任を持って、3人で行ってくるクマ」
本当に提督は困った人だ。そんな風に溜息をつくも、任務を了承した球磨。もちろん2人も辞退する気は無かった。というか、この任務を他の艦娘に回したく無かった。
数時間後。3人はとある海域に来ていた。お察しかもしれないが、多摩が沈没した場所である。
3人は多摩の「秘書艦としての」仕事については知らないが、ちょくちょく彼女から自慢は受けていたから、提督に詳しく説明されずとも、此処に向かっただろう事は知っていた。
「さて、それじゃあ始めましょう」
大井の言葉とともに、3人は任務を遂行し始めた。多摩の遺品探しという途方も無い任務を。
……当然ながら。艦娘が身にまとう装甲などの殆どは海に沈む。だから軽巡洋艦3人では見つかるものも見つからない。
でも仕方がない。この鎮守府に潜水艦が存在しないから。提督もいつか仲間に加えるつもりではいるらしい。
何であれ、最初からこの任務は「成果なし」で終わると3人も踏んでいた。あの様子から察するに提督も同じだろう。
しかし。
「うーん?」
異変に気が付いたのは北上だった。彼女は沈没(推定)箇所から直線距離で5町ほど離れた箇所にいたのだが、何かが海面に浮かんでいるのを見つけたのだ。
最初は藻か何かだろうと思った。だから大して興味も持たず、それでも一応確認のため、北上はそれに近づいた。
「えっ…」
段々と近づくにつれて、彼女の接近スピードは上がっていった。それもそうだろう。
「あ、あれ…連装砲…?」
そこに浮かんでいたのは、本来水に浮かぶ筈のないものなのだから。
かなりボロボロになったその14cm連装砲を、北上は一目見て多摩のだと確信した。彼女は貰った装備の表面に、爪で猫マークをいれる癖があった。
北上は慌てて駆け寄って拾い上げる。脆くなっているのは見たら分かるから、そーっと。
そして…北上がそれを拾い上げた瞬間。彼女は全身に電流が走るような感覚に襲われた。気付きたくないことに気づいてしまった。
そう、連装砲にしてはめちゃくちゃ軽かったのだ。確かに提督は砲塔の軽量化に挑戦はしていたが、この軽さは常識外すぎる。
「これはー、いくらなんでも…」
手で持ってぐるぐる回す。そうしてるうちに北上はある事に気がつく。連装砲に描かれていたあの猫マークについてだ。
よく見ると、多摩の絵にしては上手すぎる。しかも傷の深さが一定で、明らかに芸術性が高い。
そして何より…いつもの多摩の猫マークとヒゲの本数が違う。
つまりこれは…。そう北上が結論を出そうとした時、不意に通信が入る。球磨からの帰還命令だった。
北上は迷ったが、この連装砲については見なかった事にした。もし自分が今出そうとした結論が広まってしまったら、鎮守府中がパニックに陥ると判断したからだ。
そして北上はこの時に決めた。多摩の死についての真相は、自分1人だけで解明すると。
その後、何食わぬ顔で2人と合流し、猫マークが入った御守りを見つけたとはしゃぐ球磨を横目に、3人は鎮守府に帰った。
~~~
その後、もう同じ土は踏まないと覚悟した提督の意志も虚しく、多摩の次に秘書艦になった戦艦:陸奥も沈んでしまう。
その知らせを聞いた時、北上は疑問点しか無かった。何故なら、陸奥が沈んだのは多摩が沈んだ場所と全く同じだったからだ。
陸奥の死を間近で見た長門・扶桑・山城によると、突然空から一定数の空爆が降ってきて、陸奥は3人を庇ったそうだ。
……おかしい。
陸奥に秘書艦のプライドがあったのは百も承知。しかし…そもそも戦争中でもないのに、あんな鎮守府の近くで空爆…?ましてや他の3人は無傷で、3人とも「陸奥を狙ったように感じた」と発言している。
あの3人が陸奥を沈めた…?いや、扶桑姉妹はともかく、長門と陸奥の仲の良さは鎮守府中に知られている。2人が喧嘩したら鎮守府中に知れ渡る。そんな長門が陸奥を陥れるだろうか?
……陸奥の墓は多摩の隣に建てられた。山城曰く、長門はこの墓に度々訪れては、泣き暮れていたそうだ。
そして…この辺りから、あの『呪い』が顔を出すようになった。
最初は陰謀説だった。こんな連続で秘書艦が不審死するのはおかしいし、提督が秘書艦に消極的なのもあったから。
当然、この陰謀説は賛否両論だった。提督の腕は全員が知っていたから、異を唱える者も一定数いた。球磨型の3人もそうだった。
特に北上に関しては、周りに理由は言わずとも全否定だった。何故なら夜中にこっそり回収していた例の連装砲が、巧妙に作られた偽物で、しかもこの鎮守府に存在しないはずの物質が使われていたからだ。
そして…多摩と陸奥が沈む直前。他鎮守府の提督が交流に訪れていたのも。何故か突然、戦争と銘打って補給艦が訪れたのも。北上は気付いていた。
だが証拠が無かった。
結局、この論争は気がつかぬうちに自然消滅することとなる。3人目の犠牲者が出るまでは。
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陸奥の死を解明したい。あれは変だ。長門がそう考えているのを知った北上は、彼女にこれまでの経緯と調査結果を全て話した。
「なっ…それはつまり!?」
長門はガッツリ食いついて北上の話を聞いた。途中、北上は彼女に分解した連装砲の偽物も見せていた。
そして…この仮説の裏付け探しに、長門も協力する事になった。
そんな時だった。この鎮守府に新たに3人…山風、海風、江風が着任したのだった。そしてもう秘書艦がトラウマになりつつある提督の、悲壮感溢れる抵抗も虚しく、連れてきた提督の命により、山風が秘書艦に任命された。
……もう御察しの通り。
山風は沈んだ。多摩や陸奥と同じ場所で。同じ経緯で。彼女らの場合は提督の命令もあり、直ぐに撤退しようとしたが、山風の装備だけ不調で、彼女だけ逃げ遅れたらしい。
そして、山風が沈む数日前。いつものような交流会も、いつものような補給艦もあった。もう北上も長門も、これで確信した。
だが…やはり証拠が無い。そして最悪な事に、とある艦の発言により『呪い』が鎮守府中で信じられることとなる。
……秘書艦になれば死を迎える。提督の手によって殺される。
この『呪い』を特に強く信じたのが江風だった。姉である海風は彼女に救いの手を差し伸べようとしたが、彼女は拒否する。
その後は直接の被害にあった球磨と大井を始め、この『呪い』がぶわーっと一気に満面していった。当然ながら北上と長門はそれの妨害を図った。
しかし江風の先手に打たれてしまい、彼女の巧みな話術のため、北上らは迫害を受けることとなる。
北上らの言葉に唯一耳を貸した響と、江風を最後まで止めようとした海風と共に。
+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜
「流石にお腹空いたねー」
外はもう真っ暗だ。この鎮守府は街灯が1本も無い代わりに月明かりはあるので、割と苦労はない。
3人は結局、何も口に出来ずに寮に向かっていた。北上はいつも通りだったが、やはり先程受けた仕打ちが響いたのか、海風と響は浮かない顔だ。
そんな時だった。3人は正面からやってくる影を見た。と言っても、艦娘達は自分達を除いて全員があの店にいるはずだし、提督にしては背が高すぎるから、可能性は1人だ。
「むっ…?どうして此処に?」
「な、長門さん!長門さんこそ何処に行ってたんですか!?」
戦艦:長門。現状における北上の頼れる相方で、海風と響からすれば頼れる姉御だ。彼女はお腹が空いたと言わんばかりにお腹をさすっていた。
「何処って…普通に仕事だが?」
長門はポカンとして、とぼけたようにそう答えた。3人は何も言及しなかった。
というのも、今日は川内の歓迎会の準備のため、艦娘全員が休暇をとったはずなのだ。なのに彼女は仕事だと言った。
そして時間が時間だ。恐らく他の艦娘達がやるはずだった仕事までやり切ったのだろう。事実、体力がゴリラぐらいあるので有名な長門が、完全に意気消沈していた。
因みに、北上ら3人は元から非番だ。
「もー長門さーん。言ってくれたらさー、手伝ったのにさー」
「そ、そうですよ!何も長門さん1人で請け負うなんて…」
3人は長門に駆け寄っていた。暗いせいで近くまで気付かなかったが、彼女の左手親指には絆創膏が貼られていた。
長門は海風と響の頭を優しく撫で、北上に事情を聞いた。北上は此処までの経緯を丁寧に説明し、長門と情報交換をした。
長門はうんうんと頷くだけで、特に質問もしなかった。
「……よしっ、寮に帰るぞ。確か比叡カレーの残りがあったはずだ」
そう言い、長門は振り返って歩き始めた。この鎮守府にいる比叡のカレーは戦艦:比叡の料理にしては珍しく思考の一品であるため、鎮守府の人気料理の1つだった。
凹み気味だった響にここで笑顔が戻る。漸く海風から手を離し、自分で歩き始めた。
……自分達以外の人が誰も居ない。彼女らの周りは物寂しい、それでいて少し温かい静寂に包まれていた。
その空気を肌で感じながら、改めて北上らは心に決めた。この『呪い』をいつか自分達の手で吹き飛ばしてやると。
あいつらをいつか見返してやると。
改めて一致団結したのだった。
続く