苦々しいリーダー【艦これ二次創作】   作:シグ&リデ=覚醒

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ほのぼの回…ですね。多分。


第参話「歓迎~仲間達の声援~」

 

昨日はお風呂に入らなかった。それを少し気にしたのか、川内は布団を使わなかった。

 

もう太陽は昇りきっている。川内は入り込む陽の光と絶妙な肩と腰の痛みで目が覚めた。彼女が寝転がったまま背伸びをすると、探照灯に手が当たりカランと音を立てる。

 

結局のところ、片付けは進まなかった。自棄になって横になったら、移動の疲れでそのまま眠ってしまったらしい。

 

今日は元から休みの日らしい。しかし外から聞こえる声から察するに、自主的に修行を行なっている艦娘もいるようだ。

 

「寝ちゃったかぁ…」

 

頭をポリポリ掻きつつ、気怠そうに起き上がる。移動する度にズキンと来るこの頭痛は、恐らく2日酔いなのだろう。

 

川内は軽く肩を回し、水を飲む為に部屋を出る。探照灯が足に当たっても気にせず。

 

~~~

 

「あら、おはようございます川内さん」

 

昨日の晩は良く見えなかったが、どうやらこの寮は割と特徴的な作りをしているらしい。

 

玄関から入ると出迎えてくれるこの大広間。ここで食事をとるのか、丸机が大量にズラっと並んでいる。

 

川内は大井に話しかけられたのだが、周りを見渡すばかりで聞こえていないらしい。

 

大井は1度溜息をつき、目を輝かせている川内に近づき、もう1度話しかけた。

 

「川内さん?」

 

「あ、は、はい!おはようございます!」

 

思わずビクッとする。正直言って朝が苦手な川内だが、今ので流石に目が覚めた。

 

「全く…寝坊助さんね?」

 

「も、申し訳ない…へへ」

 

ヘラヘラと笑ってみせる川内だった。この後、大井は「今日はゆっくりしなさい」とだけ言って自室に消えていき、大広間には川内だけが取り残された。

 

そして彼女は思い出した。どうして部屋から出てきたのか、本来の意味を。

 

「あっ…水水!!」

 

そうだ。水を飲みに来たんだった。川内は直感で場所を当てると、急いでキッチンに駆け込んだ。

 

キッチンは割と年季が入っていたが、清潔感はきっちり守られていた。

 

キッチンでは仲睦まじく重巡洋艦の3人が談笑を交わしていたのだが、そんなものには目もくれず川内は水道にがっつき、困惑する3人を横目に直接水を飲んだ。

 

「………………ぷはぁ!!」

 

結果的に顔を洗った事にもなり、目がシャキッと冴えたような気がする。川内は横に置いてあった布で顔を拭き、軽く1回伸びをする。

 

その後、川内はその重巡洋艦の3人に挨拶を済ませた後。張り切ってキッチンを後にした。

 

言わずもがな。その3人の表情は微妙だ。

 

~~~

 

川内がこの鎮守府に初めて来た時。彼女は「倉庫しかない」と思っていた。しかしどうやら、それは外観の話だけらしい。

 

というのも、寮内に色々とあるらしいのだ。川内はウロウロしているうちによく分かる。しかし色々と言っても娯楽施設しか見当たらない。

 

「お、お風呂はないのかぁ」

 

何を隠そう、川内は艦娘のお風呂…入渠場を探していた。彼女は昨日汗だくになったにも関わらず、入浴をしていなかった。

 

この独特のベタベタ感。煩わしくて仕方がない。お風呂に入ってさっぱりしたかった。

 

そんな中、川内は寮の1番奥まで来ていた。そして気づく。ポツンと1つ、それでいてデンと構えた割と大きな扉があったのだ。

 

「おっ!?もしかして!」

 

パーっと目に光を灯し、川内はその扉を開ける。中に脱衣所があると信じて。しかし彼女の希望は打ち砕かれてしまう。

 

中にあったのは…どこからどう見ても備品の数々だった。色々な工具や寮の蛍光灯などなど。何をどう考えても倉庫だった。

 

川内はガックリと肩を落とし、その部屋を後にしようとしたが、何やら物音がする。

 

彼女はそーっと物陰から奥を覗く。すると奥にあの見覚えのある黒のプリーツスカートがチラッと見えた。

 

……驚かしてやろう。

 

見たところ何かの探し物をしているらしい。ガサゴソと備品の箱を漁りながら「見当たらないよー!」とか言っている。

 

川内はウシシとニヤつき、そーっとそのスカート…那珂に近づいていった。那珂は探し物に集中していて川内には全く気付いていない。

 

那珂は。

 

「こんにちは」

 

「ぎゃわっ!?」

 

油断していた。冷静に考えれば「那珂が居る所に神通あり」というのは割とよくある話なのだが…。川内は自分の後ろにいた神通に気がつかなかった。

 

川内はビックリし過ぎるあまり、後ろをふり向こうとして足を挫き、那珂のお尻に自分の右手をクリティカルさせた後、備品の山に突っ込んだ。

 

備品の山がガラガラと崩れる。と言っても比較的小さい山だったおかげで損害は少なかった。流石の神通もこれには「えぇっ!?」と声を出し、那珂に至ってはお尻を抑えてしゃがみ込んでいた。

 

「せ、川内さん!?大丈夫ですか!?」

 

慌てて神通が駆け寄る。川内は彼女の手を取り「あいたた…」と呟きつつ立ち上がる。そして神通に謝罪した後、自分が崩した山を元に戻す作業に取り掛かる。

 

そんな時だった。神通が気がついた。自分達が探していたものが山の中から見つかったのだ。

 

「あ、那珂ちゃん。あったよこれ」

 

今もお尻を手で抑えている那珂。川内が「ヒヒヒ、サーセンwww」みたいな軽いノリで謝ると軽くムスッとする。

 

それでも那珂は、神通から新品の手ぬぐいを手にすると直ぐに機嫌を直した。

 

「もー!次からは気を付けてね!」

 

そう言って2人は、そのまま倉庫を後にしていった。川内は崩れた山の残りを直して、彼女は入渠場を探しに寮を後にする事にした。

 

後々分かることなのだが、この倉庫は寮外の倉庫と違い、艦娘の私生活に関係するものが多いそうで、寮によって使われる頻度が違うらしい。

 

~~~

 

取り敢えず寮内は回りきった。川内はそう判断し、彼女は寮の外に出た。

 

相変わらず良い天気だが、日差しが鋭く降り注いでおり、真夏の象徴であるミンミンゼミが合唱を奏でていた。

 

暑い。ずっと夜型の生活をしていたから、太陽の光に耐性が無い川内。頑張って外に出たは良いものの、結局振り返って寮に帰って来てしまう。

 

「ってあれ…?軽重巡洋艦寮…?」

 

もしここで振り返っていなければ、自分の寮の名前も知らないままだっただろう…ということを考えると、結果オーライと言えるのでは?

 

なんであれ、自分のいた寮の入り口、少し遠くからでもはっきり見える位置の看板に、はっきり見える文字の大きさで『寮 艦 洋 巡 重 軽』と書かれていたのだ。

 

川内は直ぐに理解した。どうやらこの鎮守府では、艦の種類毎に違う寮に泊まる事になっているらしい。

 

そういえば、さっきまでに寮の中で見かけたのは軽巡洋艦か重巡洋艦のどちらかだったじゃないか。

 

川内は先程の倉庫まで戻り、汗拭き用の手拭いと飲み水とついでに見つけたお風呂セットを手にすると、もう1度外に出かけ…ようとした。

 

入り口付近。川内はある人物を見かけた。それは昨日の歓迎会で自分達と距離を置いていたうちの1人、北上だった。

 

川内は昨日の那珂らの忠告も気に留めず、北上にも挨拶を交わそうとした。のだが、北上は那珂の姿を見ると足早に通り過ぎていった。

 

「ちぇーっ!」

 

挨拶を無視されて少し地団駄を踏む。しかし今は追いかけるつもりもない。何としても早く入渠したかったから。

 

~~~

 

「うおー!入渠場だぁー!」

 

もう既に正午は過ぎている。川内は途中ですれ違った黒髪ストレートの駆逐艦と桃髪を片括りにしている駆逐艦の2人に案内され、入渠場に着いていた。

 

川内は2人にお礼を言い、悠々と中に入っていった。入渠場の中は前鎮守府とほぼ相違なかった。彼女は脱衣所でお風呂セットを開け、その中身を袋ごと入浴場に持ち込んだ。

 

中に人はぱっと見では誰も居ない。川内は開いている銭湯椅子を置いて身体を洗い始めた。

 

……そして洗う箇所を身体から頭にシフトした時。不意に川内は後ろに人の気配を感じた。しかし頭を洗っているので目が開けられない。

 

その次の瞬間だった。

 

「ぎゃわっ!」

 

不意に横腹を突っつかれたのだ。しかも指の使い方から察するに2人いるようで。

 

川内は持っていた洗面器をブンと振り回した。しかし見事に空振り。とはいえ下の方からクスクスと笑い声が聞こえるので、まだそこにいるのは分かる。

 

よって彼女は慌てて洗面器にお湯を汲み、思いっきり声がする辺りにばら撒いたのだった。視界に捉えられない敵を攻撃する能力は夜戦で鍛えていた。

 

「ちょちょっ!悪かったわよ!」

 

どうやらお湯がクリティカルヒットしたらしい。川内はその隙にお湯を頭から被り、目を開けた。目の前にいたのは艦娘界で知らない者はいないあの2人だった。

 

「だ、誰かと思ったら…不幸姉妹さんじゃん!全く…やめてくださいよ!」

 

「違っ…扶桑姉妹よ!ねっ、山城?」

 

「そうですね扶桑姉様」

 

戦艦の扶桑と山城。通称:不幸扶桑姉妹だ。何だかんだで戦艦の端くれである2人を信頼していない艦娘はいなかった。

 

因みにこの時点ではまだ川内は知る由も無いのだが、2人は戦艦の中ではこの鎮守府の最古参でもある。

 

……邪魔が入ったものの身体を洗い終わった川内は、そのままお風呂セットとともに浴槽に入った。そうするや否や、扶桑姉妹は川内の両サイドについた。

 

「あ、あのー。そんなべったりだと暑いんですけど、お2人さん?」

 

「まぁまぁー、これから共に苦楽を共にする仲間なのだから。遠慮はいりませんよ」

 

「姉様の言う通りです」

 

「そ、そういうものなのかなぁ」

 

あははと笑う川内。とはいえ暑いものは暑いし、この2人が腕を組んでくるのが煩わしくてしょうがない。

 

そんな時だ。扶桑の後ろに川内は人影を見た。川内は一瞬でその人物が誰かを理解した。そしてその人物を見た瞬間に扶桑姉妹の態度にも納得がいった。

 

そう、自分らと距離をとっていた内の1人…海風だったのだ。海風はこちらをジッと見つめ、不快感を隠していなかった。

 

(あぁ…そういうことかぁ)

 

もしかしなくても、扶桑姉妹は自分と海風が接触しないようにしているのだろう。

 

事実、不快感に負けた海風が浴槽から抜けた後は、2人とも川内に近づく事は無かった。

 

その後、ゆったりと脚を伸ばす川内を横目に2人は上がっていき、本当に川内は1人になった。入渠場も静かになった。

 

そして…昨晩あまりぐっすり寝れて居なかった事もあり、川内は思わず寝てしまいそうになった。あの3人が入ってくるまでは。

 

「おっふろー!!」

 

「たーのもー!!」

 

「はわわっ、雷ちゃんも暁ちゃんも張り切りすぎなのです!」

 

その3人はいきなり扉を勢いよく開けて入ってきた。ウトウトしていた川内は思わずビクッとしてしまう。その時のバシャンという音で、3人の視線は1方向に固定された。

 

「あ、川内さんなのです」

 

「まさかこんな所で会えるとは…正直思ってなかったわよ、川内!」

 

「雷、『さん』をつけなさい?レディーとしての常識よ?」

 

「う、うるさいわね!」

 

……急に騒がしくなった。けど悪い気はしない。川内は少しホッコリしたような気分で3人を眺めていた。

 

その後はいきなり浴槽に飛び込もうとする雷を電が止め、3人は身体を洗い始めた。そろそろのぼせてきた川内はお風呂から出る事にした。

 

そして3人に「お先に」と言おうとして…またまた悪知恵が働いた。その悪知恵の内容はもうお気づきの通りだ。

 

……3人は本当に息がぴったりで。頭を洗い始めたタイミングも同じだった。川内はイシシとニヤけつつ、3人に近づき。

 

「はわぁ!?」

 

「あう!?」

 

「きゃあっ!?」

 

順に横腹を突いた。そしてそのまま声を殺してお風呂から出る。その後は身体を吹きながら1人でクスクス笑っていた。実に満ち足りたような顔をしながら。

 

~~~

 

入渠場を後にし、川内は鎮守府内をうろついていた。途中で川内は仲良く手を繋いで歩く戦艦2人や緑髪の航空母艦とすれ違ったりした。

 

そして川内はふと思った。お腹が空いたと。そう言えば今朝は起きてから水以外口にしていない。

 

寮にキッチンはあったが、そこからは大分遠い所に来てしまったし、正直今のこの状況で料理に着手できる気がしない。

 

よって、足は自然とあの食堂に向いていた。美味しそうな匂いが漏れていたし。

 

そして店に入り口まで行った時。川内はふと名前を呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。

 

「こんにちは川内さん」

 

「あ、赤城さん!ご無沙汰してます!」

 

一航戦の赤城だ。流石の川内も彼女には少し畏まってしまう。とはいえ彼女の様子を見る限り、どうやら自分と同じようだ。

 

「まぁここで立ち話もなんですし…食堂に入りましょうか」

 

相変わらずのにこやかな笑顔だ。まさしく吸い込まれそうになる笑顔。川内も思わず釣られて笑顔になっていた。

 

……2人が店内に入ると、食器がかちゃかちゃと音を立てているのが分かる。お昼時はもう過ぎているから、恐らく夜の分を用意し始めているのだろう。

 

「お邪魔しまーす!」

 

川内は声を張り上げた。そしてそれを聞きつけた店主の瑞鳳が店の奥から出てくる。彼女は「いらっしゃいませ!」と言うものの、少しすまなさそうな顔だった。

 

「ご、ごめんなさい!来客が分かる時と分からない時がありましてね…」

 

ペコリと頭を下げる瑞鳳。どうやら非常に礼儀正しい艦娘のようだ。そして彼女の言葉に嘘偽りはない。

 

川内は気付いていた。奥の厨房の方から水の音がすると。恐らく洗い物を中断して水も止めずに慌ててきたのだろう。

 

なるほど。自分は小さい音を聞きとる能力を夜戦で鍛えていたからあの音が聞こえるが、あれは確かに聞こえにくい。川内はそう納得して首を縦に降る。

 

そんな川内を気にせず、後ろからヒョコッと赤城が顔を出す。

 

「それで瑞鳳さん…」

 

「あ、赤城さん!いつものやつですね!もちろんご用意してます!」

 

「わーい( ^∀^)」

 

赤城は瑞鳳に確認を取ると、スキップ気味に店の壁際の席に座った。瑞鳳曰く、あそこが赤城の指定席だそうだ。

 

そして川内は流れに身をまかせるままに、赤城の隣の机に座る。

 

昨日は密度が高過ぎたせいで気付かなかったが、店内は割と落ち着いた雰囲気で、こういう人が居ない時はゆったりと脚を伸ばせる店だ。

 

そして…瑞鳳が赤城の元へ料理を運んできた。次から次へと。終わりが見えないほどに。

 

「え、ちょ…すっごい量!?」

 

思わず驚いて立ち上がる川内。事実、赤城は割と大きい机のある座席に座っているのだが、もう隙間がないほどみっちり料理が並べられていた。

 

肝心の赤城は…俗に言う「目が椎茸」状態だ。カッコいいヒーローを見た無垢な少年のようにキラキラしていた。

 

「お、美味しそうです!」

 

ヨダレを飲み込んで料理を眺める赤城。一方で嬉しそうにする瑞鳳。

 

その後、瑞鳳の方から説明があった。彼女曰く、これらの料理の具材は全て廃棄処分スレスレの物ばかりで、赤城が処分を手伝っているらしい。

 

また、当然ながらお昼時は店が混雑するため、こうやって人が来ない辺りの時間に赤城がこの店に訪れてるらしい。定期的に。

 

「赤城さん、本当はボーキサイトをお腹いっぱい食べたいのに、提督さんに『他鎮守府に配るようまで食べるからダメ!』って怒られたらしくて…」

 

「あぁーなるほどね~」

 

本命では無いとはいえ、赤城はお腹いっぱい食べられる。瑞鳳も食材を捨てずに済む。まさにウィンウィンの関係だ。そして赤城が食欲旺盛なのは流石に川内も知っていた。

 

そして瑞鳳に確認もとらず、赤城はもう食事を始めていた。本当に嬉しそうな顔で。

 

「あ、川内さん。お昼の余りでしたらありますけど、それにしますか?」

 

「良いんですか!?助かります!」

 

川内は改めてしっかり席に座る。彼女もまたワクワクして料理を待った。そして暫くすると、瑞鳳が美味しそうな卵焼きを持ってきたのだった。

 

「……川内さん。お昼の余りなので冷めちゃってますけど、瑞鳳の卵焼き、食べりゅ?」

 

「い、頂きます!!」

 

「あー…うん。どうぞー」

 

欲しかった返事と違ってちょっと肩を落とす瑞鳳。そして彼女は赤城から「後で教えときます」という励ましを受けつつ、厨房に消えていった。

 

~~~

 

「いやー満足満足!」

 

あの後、あれもあるこれもあるといった風に料理が出て来た為に、川内は満腹感に溢れていた。今は赤城と共に歩いている。

 

「やはり瑞鳳さんの料理は最高です。毎日通い詰めたくなるほどには」

 

料理の感想の駄弁りに花を咲かせつつ、足並み揃えて歩みを進める2人。

 

食後直ぐに川内が寮の話をすると、川内の寝泊まりする「軽重巡洋艦寮」以外の寮も教えてくれると赤城が言ってくれたため、今はそこに向かっている。

 

いや、向かっていたと言うべきか。赤城がふと川内を引き止め、ある建物を指差したのだ。その建物にも看板がついており、堂々とした字で『寮 母 空 艦 戦』と書かれている。

 

「川内さん、私や瑞鳳さんは此処で寝泊まりしていますので、もし何かあれば…」

 

「おぉー!戦艦と空母は寮が同じなんですね~!へぇー!」

 

(き、聞いてないし…(´;Д;`))

 

その後、内装はどの寮も同じと聞いた川内は、戦艦空母寮に入りたいとは言わなかった。そして彼女はそのまま赤城に連れられ、また歩き始める。

 

その道中だった。川内はふと気になる事があった。というのも、寮同士が離れている件についてだ。

 

種類で寮を分けるのはまだ理解出来るとして、あまりにも距離が離れすぎてはないだろうか。いくら徒歩圏内とはいえ。

 

川内はこの質問を赤城にぶつけた。しかし赤城は軽く受け流す。と言っても、自分もよく知らないというものだ。おそらく立地条件だろうとも言われた。

 

そんなとめどない話をしながら歩く。そしてようやく2人は目的地に到着した。そこにはまたしても堂々とした字で『寮 艦 逐 駆』と書かれた看板が飾られていた。

 

やはりか。川内にとっては予想通りだ。この業界では駆逐艦だけ種類が豊富で、どの鎮守府も駆逐艦が1番多くなる傾向が…と聞いた事があった。

 

「やっぱり駆逐艦は特別なんですねー」

 

「そうですね。まぁこの鎮守府は言うほど多くないのですが…。あ、他にも『その他寮』というのがありますが、そこには誰も住んでないです」

 

「へ、へぇー」

 

まさかの『その他』というざっくりした括りもあるのか。しかも戦艦:空母:軽巡:重巡:駆逐艦以外はこの鎮守府にいないのか。そう思いつつ、川内は駆逐艦寮を見上げていた。

 

赤城は1人で立ち去ろうとした。ふと用事を思い出したらしい。彼女は川内にそう伝え、その場を後にしようとして。

 

限りない悪寒を感じた。

 

その事に川内も気がついた。

 

「え、あ、赤城…さん?大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ…大丈夫よ大丈夫」

 

赤城は少しよろけたのだが直ぐに立て直し、川内を置いてそそくさと退散していった。川内はそんな彼女を追いかけようとした。明らかに様子がおかしかったから。

 

しかし、それを2人は許さなかった。

 

「やっほー川内さン!ご無沙汰!」

 

「はぁ…こんにちは」

 

忘れていた。ここは駆逐艦寮の前だ。そしてもう日が傾き始めている。こんな所で突っ立ってたら駆逐艦に会うに決まってるじゃないか。

 

……ということに赤城は気付いた。しかし川内は違う。川内はまだこの2人がどういう艦娘なのかを知らなかったのだ。全ての元凶と呼べるこの2人についてを。

 

「ったく江風は…めんどくさい」

 

そう言ったのは駆逐艦の曙。この様子を見る限り、川内に話しかけようとしたのは隣の江風だけのようだった。その肝心の江風はヘラヘラしている。

 

「まぁまぁ良いじゃンか!」

 

川内は思った。この2人に抵抗感はあまり無いと。あと曙よりかは江風の方が話が合いそうだ。なんか夜戦好きそうな気がするし。

 

しかし…川内の脳内には先程の赤城が残っていた。あの何かに怯えたかのような様子。川内はあれを気の所為だとは思えなかった。

 

よって川内はこう結論付けた。今日はもう自分の寮に帰ろうと。しかし…やはり2人はこれも良しとしなかった。

 

「まぁまぁまぁまぁ!折角ここまで来たンだからさっ!ちょっとよっていきなって!」

 

そう言い、大分乱暴に川内の腕を掴む江風。川内は思わず後退りしてしまう。何より今の彼女は…あの時の那珂と同じ眼をしていた。

 

流石にこうなってしまうと、川内も黄色信号を感じ取った。川内は何としても離れようとした。江風を振り解こうとした。しかし乱暴にひっぺがすのは…。

 

そんな時、川内に予想外の助け舟が。

 

「あぁーっ!!いたぁぁぁ!!」

 

いきなり大きな声が聞こえ、3人はパッと声の方を見た。

 

そこにいたのは…割と立腹している暁、雷、電だ。この様子を見た時に川内はチャンスだと思った。

 

そう、例のお風呂の件だ。状況から察せば犯人が自分だというのはバレているだろう。あの3人は何かしらの仕返しをしようと自分を探していたのだろう。

 

そして、ここは駆逐艦寮前であの3人は駆逐艦。ここに来ても何ら変な話ではない。

 

何であれ。川内は江風を乱暴にひっぺがし、暁らと反対方向に走り始めたのだった。

 

「あっ!ちょっと待ちなさいよ!」

 

後ろから3人が追いかけてくるのが分かる。川内は軽く振り向いて差が縮まらないのを確認すると、ふと立ち止まり。

 

「捕まらないよーだ!」

 

と、おどけてみせて、さっきよりスピードを落として再び走り始めた。それでも差は縮まらないのだが。

 

「もうっ!悪戯は嫌いなのです!」

 

それでも懸命に走る3人。江風と曙はそれをボーっと立ち尽くして見ていた。そして先に口を開いたのは曙だった。

 

「だから言ったのに…」

 

「いやいやぁ!これは流石のボノちゃンも想定外だよな!?まぁ良いけど!」

 

「……ボノちゃんって呼ぶな」

 

そんな会話をしながら、諦めたように2人は駆逐艦寮に入っていく。2人は何故か吹っ切れたようにも見えるが、先程から近くで聞こえるひぐらしの鳴き声のお陰で、物寂しげな背中に見える。

 

~~~

 

「いや~久しぶりに走ったよね~」

 

3人を振り切り悦に浸る川内。此処に来るまでは夜戦漬けで海上を走る事が殆どだったため、陸上を走ったのは久しぶりだった。

 

そして川内の足は無意識に提督邸に向かっていた。当然ながら用事は無いが、ふと好奇心が起こったのだ。

 

(そういや、提督って見たこと…)

 

あるにはある。とはいえ…確かに神通と那珂の2人と挨拶に行ったが、あの時はハッキリと顔を見ることは出来ていない。防護マスクを被りっぱなしだったから。

 

提供者は神通だったか…川内は情報として「提督は工廠に大体いる」というのは握っていた。とはいえ提督邸に折角来たのだから、本来の姿を拝めるという僅かな可能性を信じて…。

 

「し、失礼しまーす」

 

電気は付いている。赤レンガ造りの建物は壁の隙間から光が漏れまくるという先入観が川内にはあったが、それは此処で否定される。

 

とはいえ人の気配は無い。ついでに言うと、今は丁度外から西日が当たる時間帯だから、照明が仕事をしているとも思えない。

 

こんな時でも川内はいつも通りだ。彼女はこういう時は『誰かに見つかったら負け』とかいう自分ルールを発動する癖がある。

 

そう、彼女は俗に言う…横断歩道の白い部分だけを踏んで渡るのが好きな人物だった。

 

川内は壁の材質を確認する。貼り付けるかどうか。しがみついても剥がれないかどうか。結果は…乱暴にしなければOKだろうというものだ。

 

「うっし!じゃあさっそく…」

 

川内は壁に張り付く為に高く飛び上がろうとする。その刹那。川内は殺気に近い…怖いオーラを感じ取ったのだ。川内は思わずポーズを取り直し、1個前の角まで下がって隠れた。

 

そしてオーラのする方を向く。提督の執務室がある方を。そして川内は目撃する。

 

(あ、あれ…あれって…)

 

あの隠せない凛としたオーラ。全体的にモノトーンな色で纏められた装備。川内は当然ながらあの人物の名前も知っていた。

 

というか、艦娘界で彼女の名を知らないものは居ない。何せ世界のビッグ7に入るほどの実力者で、何処の鎮守府に行っても頼れる姉御ポジだから。

 

川内は彼女の方に慌てて走って行った。もちろん挨拶をする為である。そしてその彼女…長門の方も、その足音に気が付いて振り向き…。

 

非常に気まずそうな顔をした。理由はご存知の…御察しの通りである。そして川内はその事に気付こうとも考えようともしていない。

 

「な、長門さん!長門さんじゃん!こ、こんな所で会えるなんて…」

 

興奮が止まらない川内。興奮が止まらないから大声で叫ぶ川内。しかしこれは当然ながら、自分の首を絞めるのと同じ自殺行為。

 

時間が時間だから近くに誰も居なかったし、慌てて長門が川内の口をガバッと掴んだから事なき事を得た。

 

え、なに?といった風な川内。長門はパッと手を離し、ゲホゲホと咳き込む川内の左肩を左手で掴み。

 

「残念だが…私は『向こう』側だ」

 

とだけ告げ、未だ立とうとしない川内の方を見向きもせずにその場を後にした。

 

川内は長門の背中を呆然と眺めた。背中だけを呆然と眺めていた。背中だけしか見ていないから、彼女が拳と唇を強く握ったのには気付かなかった。

 

~~~

 

結局、提督にも会えなかった。今はトボトボと自分の寮に帰っている途中だ。

 

そして川内は提督に会えなかった事よりも、長門のあの態度の方が心にきていた。あれにも慣れなきゃいけないのかという先行き不安が消せなかった。

 

(はぁ…これ結構辛いね~)

 

毎日楽しみにしている夜が折角やって来たというのに、気分が乗らない。

 

そんな状態のまま、川内はたどり着いた軽重巡洋艦寮の入り口の扉を開く。そんな彼女の気持ちを汲んでくれたのか、ドアがギギーっと物寂しげな音を立てた。

 

しかし建物は違った。入った瞬間に分かる。この食欲そそる出汁の匂い。どうやら今日の晩御飯は和食のようだ。

 

川内はおぼつかない足のままキッチンに向かい、部屋に入る。すると中には呑気に鼻唄を歌いながら料理を作る人の姿が。

 

机の上には既に完成された「茶碗蒸し」が人数分並べられている。非常にプルプルして美味しそうだ。川内は無意識にヨダレを飲んでいた。

 

「あっ、勝手に食べちゃ駄目クマ!」

 

茶碗蒸しをガン見していたのがバレたのか、その料理をしていた…球磨が川内の前に割って入る。川内は思わず前に出かけていた手を引っ込める。

 

「ヤダナー。ワタシガソンナコトスルヒトニミエマスカー?」

 

そして片言になる。そんな川内に呆れたのか、球磨はアホ毛をぴょこぴょこ動かしつつ、川内をキッチンから追い出した。今日の晩御飯のメニューだけ伝えて。

 

……その後、川内は凹み気味に広間の机の前に座っていたが、割と直ぐに晩御飯が来た。その頃には川内と同じく匂いに釣られて寮の住人全員が一堂に会した。

 

そして仲睦まじく晩御飯の時を過ごしたようだ。1人を除いて。

 

余談だが、晩御飯は「豆腐と椎茸のお吸い物」と「梅干し茶漬け」と「茄子の味噌漬け」である。何というか…球磨らしい料理と言えるだろう。

 

~~~

 

その後は特に面白い事も起きなかった。神通と那珂に入渠場に連れてかれて2回目のお風呂に入れられたり、そこであの3人からくすぐりの仕返しを喰らったぐらいだ。

 

もう完全に日は落ちている。何時もならテンションアゲアゲで「夜戦だぁー!」とか言いながら外出するところなのだが、今日はそんな気分じゃない。

 

脳裏に浮かぶのはやはり長門のこと。あんな…なんというか色々と抱えていそうな長門は、今まで見たことも聞いたことも無かった。

 

そして…彼女をああしたものの正体も知っている。今日も散々その頭角を現したあの『呪い』だ。

 

……あの時、那珂は告げた。秘書艦になれば死を迎える。提督によって殺されると。そして秘書艦達は同じ時、同じ場所で死を迎えたと。

 

川内の中で色々な思いが交錯した。やはり那珂らの言うことに従うべきなのか。しかし他の皆のように彼女らを差別すること…なんて。

 

彼女はベッドに入って上を見上げる。そして目をつぶり、自分がしたいことを考えた。この自問自答に回答をつける為に。

 

しかし、思ったより回答を出すのは難儀しなかった。やはり元から自分の思いは微塵も変わっていないらしい。彼女のこの行為は、彼女自身の思いを改めて確認するに相違なかった。

 

「……ま、何とかなるよ」

 

そう呟き。細やかな扇風機の風に当たりつつ、彼女は眠りについた。

 

『呪い』の解明に尽力すると覚悟して。

 

 

 

続く

 


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