けどいくつかフラグが立ちます。
昨日はちゃんと布団で寝た。だからか割と気持ちよく眠れたように感じる。
とはいえ相変わらず朝は苦手だ。それにまだ昼夜逆転生活を辞めてから数日しか経っていない。慣れるはずがない。
川内は意識を取り戻した…が、目を開ける気はしなかった。もうこのまま夜まで寝てしまおうと思った。扇風機が回っているし、まだ涼しいからそれも出来るだろう。
そう判断し、川内はもう1度眠りにつこうとした。だがそう簡単に上手くいくはずもない。
……部屋の外から他の仲間達の談笑が聴こえて始めるのと、不意に部屋のドアが開いたのはほぼ同時だった。
「おはよおぉぉぉぉ!こんちはぁぁぁぁ!こんばんはぁぁぁ!おやすみぃぃぃぃ!起きてぇぇぇぇぇえええええ!」
そう叫んで部屋に入って来たのは那珂だ。彼女は布団でごろつく川内を見つけると、勢いよくジャンプし、川内の腹の上に着地した。
思わず「ぐぇぇ」と言ってしまう川内など気にせず、腹の上でぴょんぴょん飛び跳ねる那珂。正直言って苦しいし痛い。あとさっきの叫び声で耳もキーンとしている。
「うるっさいよ!」
なんだよ…といった様子で目を擦りつつ、全力で那珂を蹴飛ばして退かそうとする。
肝心の那珂はそんな妨害など大して気にせず、川内の上に覆い被さる。
「おっはよー!いい朝だね!」
……確かに天気は良い。雲が全く見当たらない真っ青な空で、ほどほどに風も吹いている。しかしその清々しさは那珂の所為で台無しである。
川内は那珂を説得して退かした後、起き上がって軽く伸びをしつつ欠伸をする。そのまま彼女は退室する那珂についていく。
広場は朝食をとる仲間達で大盛況だ。今日の朝食はどうやら大井が作ったらしい。
「おぉっ、和風朝食じゃん!」
ご飯と味噌汁と焼き魚…王道中の王道と呼べる朝食だ。川内は大井からご飯が乗ったお盆を受け取る。そしてふと振り向くと神通が手を振っていたので、彼女の隣に座る。
「いやー美味しそうだね~」
「じ、実際…お、美味しいん…ですよ…」
その机の神通らはもうほぼ食べ終えていた。だから川内も手を合わせて朝食を食べ始めた。
そんな時だ。そう言えば那珂は…と思い、周りをキョロキョロする。すると那珂もまたお盆を持ってやってきたので、川内は少し横にずれる。
……ここで川内は気づく。彼女の分の椅子が無いと。だが自分の真後ろの席が空いているから、それを持って来ようとして…那珂に止められた。
そして。
那珂はある所へ向かった。川内にとって少し想定外の所へ。そして神通が目を逸らすような所へ。彼女は真っ直ぐに向かった。
広場の端の方。4人1組で朝食を食べている状況など気にせず、1人細々とご飯を食べている人物がいた。御察しの通り北上である。
那珂は真っ直ぐに彼女の方に向かったのだ。北上は不満そうに那珂の方を眺めるも、箸を進める手は止めなかった。
そして那珂は…その北上が座っていた場所の隣の椅子を奪い取った。ワザとらしく大きな音を立てて乱暴に。北上は何の反応も示さなかったが。
川内は一部始終を見てしまい、息を飲んでしまった。ああいうのが良しされているのかと驚きが隠せなかった。
バッと振り向く。だが神通らは何も特別なことは話さない。気にせず談笑を続けている。あれが当たり前という風に。
(わ、私が…間違ってるのかな…?)
思わず自分の常識を疑ってしまう。だがお腹が空いて思考が働かないのと、神通に「ご飯が冷める」という旨を言われたので、取り敢えず朝食を食べることにした。
……大井には申し訳ないが。今日の朝食はなんか苦い味がした。北上の方が気になってチラチラ見ても、那珂が一々妨害してくるし。
その肝心の北上だが。彼女は真っ先に席を立っていた。その際に楽しそうにしている球磨と大井の方をチラッと見たような感じで。
~~~
今日からは普通に「日常」が再開されるらしい。この鎮守府では毎日午前中は鍛錬に明け暮れるので、朝食後は各々の自由に寮の外に出て行く。
「もー川内さん!早く早く!」
そんな中、1人だけノホホンとしているのが川内だ。やはり朝が苦手らしく、那珂が急かしても彼女は急ごうとしない。
一応、いつでも出撃が出来るようにはしているが、あくまで「出撃の準備」なので、こういう修行的なものには気乗りがしない。午前中だから夜戦なんてあり得ないし。
「はいはい…行きますよ…」
ふわわと欠伸をする川内。そんな彼女を見かねたのか、那珂は川内に駆け寄って彼女の後ろに周ると、嫌がる川内の制止も聞かずに彼女の背中を押す。
2人が出て来るのを待つ為にドアを開けっぱなしにしながら様子を眺めていた神通は、そんな那珂らを見てニッコリと微笑んでいた。
今日も日差しが眩しい。思わず腕で視界を遮ってしまうほどに。雲ひとつない空から延々と注ぎ込まれているため、鎮守府全体が干上がってしまいそうな気もする。
そんな空の下。ぴょんぴょんと飛び跳ねるように那珂は歩いていた。どうしたらあのような元気が出るのか…。川内は彼女を呆れたような…羨ましそうな顔で眺めていた。
「ほらっ、2人とも!早く早く~」
振り向いて神通と川内を急かす。神通は「出て来るのが遅かった奴が何を言っとんじゃい」みたいな顔をしたが、何も言わずに歩くスピードを速めた。
……案の定。集合場所に着いたのも彼女らが最後だった。その場所には鎮守府中の艦娘が全員集合しており、3人の到着を確認した雷がこちらに来た。
「おっそーい!何してたのよ!」
ぷりぷり怒る雷。正直言って愛くるしい。川内は軽く謝った後に彼女の頭を撫でた。そして「頭を撫でるんじゃないわよ!」と怒る雷など気にせず、川内は他のメンバーと合流した。
その際、明らかに自分達と距離をとっている4人を見つけてしまい、無意識にそちらの方を見つめてしまうが、事あるたびに那珂に妨害される。
「よしっ、じゃあ始めよー!」
「……遅れて来た奴が仕切るなクマ」
「うっ…」
容赦ない球磨の正論。はしゃいでいた那珂も流石に、それを受けて思わず怯んでしまい、膝から崩れ落ちてしまう。
神通はその様子を見て慌てて駆け寄り、球磨に向かって「それは思ってても言っちゃダメです!」という睨みを利かせ、那珂を擁護した。
……その一連の流れを見て、場には失笑と苦笑いが拡がったのだが。川内は気が付いている。後ろのあの4人はこの事に興味すら持ってなさそうだと。
そして、4人で駄弁るとかそんなことも無く、ただ黙って立ち尽くしていると。その顔に特徴的な感情が何も感じられないと。
……昨日のあの長門の言葉。心の何処かで川内は嘘であってほしいと思っていた。だが今のあの様子を見てしまうと、もう本当としか思えない。
そんな時だ。不意に全員の前にある人物が姿を現した。それは凛とした振る舞いをする赤城だった。
それを見た周りは、まるで電流が走ったかのようにピシッとする。空気をピリッとさせる。
なるほど。これが始まりの合図か。川内はそう納得し、肩を軽く回しつつ神通の直ぐそばについた。
正直言ってまだ眠気はあるが、こんな空気を肌で感じてしまうとなんかもう色々と思い出してしまい、無意識に身体に力が入ってしまう。
川内は覚悟を決めていた。「鍛錬」とは聞いているが内容はサッパリだから。
もしかしたらラジオ体操的な…軍隊行進的な何かかもしれない。もしかしたら赤城にあの甲板でバシバシ叩かれる訓練かもしれない。
だがそれが何であれ。例えどんなものが来ようとも。自分は大丈夫だろうという謎の自信が川内にはあった。
(ま、なるようになるよね~)
そう自分に言い聞かせる。そして前で赤城が朝の挨拶をしているその時、川内は深呼吸をしようと大きく息を吸い込んで…。
「では、2人組を作ってください」
むせた。知っての通り、新たな環境に入れられたばっかりの人がこの指示を受けてしまうと、高確率で1人余り…ボッチになる。そして指導者と組む羽目になる。
何より那珂が神通をサッサと取っていったのが川内を焦らせた。しかし彼女の頭は冷静だ。川内はこの状況でピンチをチャンスに変える術を思いついたのだ。
現在、周りは「今日は〇〇ちゃんと組む~!」みたいな流れになっている。この流れに乗じて、あの4人との接触を試みよう。
当然ながらあそこは「4人」なのだから、川内のペア相手が見つかるはずはないが…敵対するつもりがない事をアピールすることくらいは出来るかもと踏んだのだ。
思い立ったが吉日。川内はさっそく周りを避けるようにあの4人の方を向いて。
……残念だが。彼女は術を思い付けただけでそれを実行にはうつせなかった。4人の方に向かって歩きかけた川内の腕が、誰かにガッと掴まれてしまうのだ。
川内は驚いて慌ててその掴みを振り払う。そして後ろを振り向く。そこには不気味な顔を浮かべ…川内の視線を感じるといつもの笑顔に戻った、江風がいた。
「川内さ~ン、江風と組ンで欲しいンっすけど~、ダメですかね~?」
あははと笑う江風。正直言って彼女の笑顔は少し怖い。川内はビクッとしながらも、仕方なく江風の言葉を了承した。
因みに江風曰く、川内が来るまでは彼女が余りで、いつも赤城と手を組んでいたらしい。また赤城は容赦なく江風を見せしめにするらしく、不快感極まっていたそうだ。
……彼女は嘘をついていない。周りをみるとそう思えた。曙が暁と組んでいることからもそう考えられる。
その後、淡々と鍛錬が続いた。定番の馬跳びから上体起こし。バランス感覚が必要なものだったり、かと思ったら突然走り込んだり。
鍛錬としては別に何ら変な所は無い…のだが。寝不足の上に始めての人には厳しいものがある。川内は最後の方は息切れして中腰になっている。
一方で江風はというと、ずっと「そら空母と駆逐艦がペア組んだら…」とかの愚痴や「提督、マメに墓参りしすぎ」とかを零しながらも、淡々と鍛錬を続けていた。
そして「それじゃあ此処まで!」と赤城が宣言する頃には、川内はもう地面に座り込んでいた。周りからも思い思いに感想を言い合っている。
しかし川内に更なる試練が。どうやらこの赤城は新人いじりが好きらしく、彼女が突然こんな提案をしてきたのだ。
川内の実力が見てみたいと。
「えぇっ!?」
川内はもちろん断ろうとした。夜じゃないと力が出ないとか言い訳をつけて。だがそう口にする前に赤城に遮られてしまう。
結局、思いを言い出せぬまま、川内は要求を了承した…まではまだ良かった。
というのも、赤城が具体的な指示をしなかったのだ。あの壁を走って欲しいとか言ってくれればそれをこなせば良いのだが、彼女は「実力を見せて」しか言わなかったのだ。
川内は思った。宴会とかの時に「何か面白いことやって!」と囃し立てられた時、きっとこんな気持ちになるのだろうと。
どうしようか…。川内は周りを見渡しつつ考える。その際にチラッと、期待の眼差しを向ける電が視界に入る。これは正直…逃げられる空気では…。
(あっ!その手があったか!)
川内は解決策を思い付いた。そしてそれは…悪知恵でもあった。思わずニヤついてしまう。そしてスッと立ち上がり、川内は宣言した。
「えっと…私はスピードと身軽さに自信があって、あれぐらいの建物だったら屋根上まで楽勝だよ!」
そう言って川内は倉庫の1つを指差す。周りからへぇーっと声が上がる。それを確認した川内は、軽くジャンプした後、目にも留まらぬ速さで走り。
暁、雷、電のスカートをまくった後。
宣言通り倉庫の屋根上に登った。その様子はまさしく忍者であった。他のメンバー(3人以外)は屋根に登った様子しか目撃出来ておらず、周りからは拍手が起こった。
言わずもがな、暁らはスカートを抑えて顔を赤くして怒っていた。川内はその様子をイッシッシと言いたげな顔で満面の笑みで眺めた。
そして川内が降りる前に、その場は流れ解散になった。私はただの見世物かい!と突っ込むことも許されなかった。
その後、川内は屋根上から降りようと試みたが、何か言いたげな暁らが下で待ち構えているので、仕方なく屋根をつたってその場を後にしたのだった。
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鍛錬は毎日午前中のみらしい。やはり必要な能力が個々で違う以上、全員が同じメニューでは非効率…というのが提督の意見らしい。
よって午後は各々の自由時間だ。といってもやはり自主鍛錬を嗜むのが普通らしく、川内のように帰って早々に昼寝をしようと試みるのはレアケースらしい。
そして彼女の悪い癖…というか悪い体質。彼女は昼寝をすると、次に起きるのは夜になってしまうのだ。
川内が目を覚まして時計を見ると、その時計はフタヒトマルマルを指していた。外ももう真っ暗だ。
「あー。やっぱり夜になっちゃうよね~」
自分で自分に呆れる。とはいえ悪い気はしない。彼女は直ぐに開き直り、空っぽのお腹をさすりつつご飯を求めて外に出た。
……わざわざ瑞鳳の所を訪ねなくとも、自分でキッチンで作れば良いのだが、面倒くさがりの川内にその発想はなかった。音で誰かを起こすかもしれないし。
それに…屋根上に登った際に気付いてしまった。この寮からあの店まではわざわざ回り道で向かっていたと。建物の上を通って行ったらかなり近いと。
よって彼女は軽く屈伸だけして、壁を蹴って倉庫の真上を通過していった。月明かりと闇と静寂のおかげで、この時の川内はますます忍者に見えた。
お店の電気はついていた。川内は安堵してその店のドアを勢いよく開けようと試みた…のだが。
「相変わらず長門は下戸だね」
という声が聞こえたのだ。川内はドキリとしてドアから1度手を放し、今度は…ほんの数ミリドアをそーっと開けた。中の様子を覗けるように。
中に確認出来たのは2人…だが声から察するに死角にさらに2人だ。間違いなくあの4人だ。川内から見て手前にあの少女が。その奥に長門が座っている。
「酒がダメで悪かったな」
「……バカにしてるわけじゃない」
川内はその様子を見て少し安心した。あの4人にも笑い声が飛び交うのだと。特に1人だけずっと笑いっぱなしの人がいる。おそらく酒が入っているのだろう。
そう言えば…と川内はふと思い出した。彼女らは自分の歓迎会の時に何も食べずに帰ったはずだと。だが今回は良い匂いがする。良かった、今回は料理を出して貰えたんだ。
「でもまぁー。長門さんがいるおかげでー、こんなお酒呑めるんだからー」
「ふぇっ?何でですか?」
そしてかなりお酒も進んでいるようだ。死角にいて見えないが、1人明らかに酔っている。
何より凄いお酒の匂いがする。チラッと見える徳利の形から察するに日本酒だろう。
「そりゃー。長門さん力持ちなんだからー、酔い潰れたとしても運んで…」
「……置いてくぞ」
「えー。長門さんのケチー(ㆀ˘・з・˘)」
「そんな顔するな北上。ダメだ」
「……ちぇっ」
なるほど、どうやら1番酔っているのは北上のようだ。川内は少し驚いた。正直言ってあの北上がお酒をガブ飲みするイメージが無かったのだ。
とはいえ自棄酒をしたい時は誰にもある。況してや彼女らの今の状況を考えれば…。
……何であれ。今のこの場に「ちーっす!」みたいなノリで入店する勇気はない。この4人しか居ないのならともかく、料理が出ている以上は瑞鳳がいるはずだから。
なので諦めて帰ろうとした…その時だ。川内はとてつもない悪寒を感じた。その原因は直ぐに分かるし彼女も分かっている。
あの少女がチラッと…もしかしたら川内の気の所為かもしれないが…確実に今、川内の方を見たのだ。まるで北の海に流れ着いた流氷の破片のように。冷たく。鋭く。
慌てて横に避ける川内。心の底からゾワっと…何かを掻き立てられる感覚を覚えた。こんな時でも音を立てないように動ける自分の身体能力には感謝だ。
大丈夫。この位置ならお互いに姿が見えない。そして向こうの声はまだ聞こえる。
「あれっ、響ちゃん?」
「……ゴメン。虫が飛んでた」
そう言ってその少女…響はまた料理に目を戻した。川内はそのタイミングを見計らって元の体制に戻る。
本気で心臓が…動力源が止まるかと思った。だがあの様子だと、川内がいるのはバレてないだろう…多分。
しかしこれ以上は危険か…。川内はもう流石に撤退しようかと決める。だが…響の一言でそれを考え直す。
「でさ…今日はどうだった?調査」
調査。間違いなく響は「調査」という語を口にした。流石に川内もこれには喰いついた。
そうだ、そもそもこの4人はあの『呪い』の被害者達じゃないか。だから自分達でこれの解明を進めていたとしても何ら変な…というよりむしろ自然な流れだ。
川内は軽くガッツポーズをした。この4人と接触しようと試みるのはやはり間違いでなかったようだ。動悸が早くなっているのが自分でも分かる。
「ほぁっ!?ちょっと響ちゃん!?」
「……失言だったかな」
響はふふっと笑ったようだ。響の発言から察するに、やはり先程の自分の憶測で正しいのだろう。川内はワクワクして次の言葉を待っていた。
「大丈夫だ海風。声を落とせば瑞鳳には聞こえない。だが響、詳しい話は後だ」
……ここに来てようやく最後の1人の名前が出た。川内は4人の顔は頭に入っていたから、その「海風」というのが誰かも分かっていた。
「そ、そう…ですね!」
海風がそういうと、響は少し報われたような…嬉しそうな顔をした。川内は思った。カワイイ。
「と言ってもー。進展はないよー。ホントもどかしいよねぇ」
「……そっか」
……その後も川内は、4人の会話を盗み聞きながら情報収集をした。正直言って欲しかった情報がポロポロだった。今日は大収穫だ。
何より犯人探しがほぼ終わってるというのが分かって良かった。どうやら彼女らは「証拠探し」に重点を置いているらしい。
……川内は正直思った。これ自分の出る幕無いんじゃね?と。だがあの4人の力になりたいという思いは変わらない。
何より前鎮守府で散々「トラブルメーカー」とか言われ続けた悔しさが蘇ったのだ。自分だって人の役に立てる事を川内は証明したかった。
そして4人はスッと立ち上がる。どうやらご馳走さまのようだ。
川内は慌てて少し遠くに逃げ、4人が店から出て来て立ち去るのを見届けた後、彼女らと入れ替わるように店内に入っていった。
そして川内は真っ先に、あの4人が座っていた席を見た。当然ながら店内には彼女らが食べ終えた後の皿が…。
無かった。綺麗さっぱり。
「ええっ!?何で!?」
おかしい。確かにさっきまで机上は見ていなかった。だが匂いはしていた。確実に何かを食べていたはずだ。
まさか瑞鳳があの一瞬で…?だがそんなバカなことがあるはずない。
川内は慌てて周りを見渡した。もしかしたら地面に落としていったのかも…。そう彷徨いているうちに、先程の叫び声を聞きつけた瑞鳳が出て来たのだった。
物凄く不機嫌な顔で。いやむしろ…屈辱を味わったような怒りを込めた顔で。
「……ありませんよ皿なんて」
ボソッとそう呟く瑞鳳。彼女の手には台拭きと洗剤が握られていた。それを見た川内は思わず「な、なんで!?」と質問してしまう。
「あれ…持ち込みですから」
そう言うが早いか、彼女は北上らが座っていた机を拭き始めた。といっても机の上に何か溢れているわけでもなく、ザッと乾拭きだけで良い気はするのだが、瑞鳳は丹念に…執拗に机を拭いていた。
「も、持ち込みって事は…」
「はい。あれ全部自分達で持ってきた料理です。食器も徳利もその中身も」
……どうやら川内は思い違いをしていたらしい。確かに瑞鳳は店に居たが、料理が出ている事と彼女の所在は関連性が無かったらしい。
「ホント…迷惑な客ですよね。完全に営業妨害ですよ。許せません」
彼女は川内に背中を見せたままそう語った。表情を確認は出来ないが、あの台拭きを握る手を見る限り彼女は怒っているのだろう。
だが…川内はピンと来ていた。もしかしたら彼女らはこの間の歓迎会の復讐をしたのではないかと。もしかしたら瑞鳳にも非はあるのではないかと。
……口には出さなかった。瑞鳳が気持ち悪いほど被害者面していたし。
その後は暫くお互いに何も話さなかったのだが…幸か不幸か、川内の腹の虫が静寂を破った。それを聞いた瑞鳳の顔に光が戻る。
瑞鳳はバッと川内の方を向き、目をキラキラさせて尋ねた。自分の料理を食べに来たのかと。当然ながら川内は首を縦に降る。
瑞鳳は台拭きと洗剤をそのままにし、川内をキッチンの近くに座らせた後、ぴょんぴょん飛び跳ねて厨房に向かった。
(何か…本当に嬉しそうだね~)
暫くして瑞鳳は卵焼きを持って来た。15個ほどがフレンチトーストみたいに重なって1つの皿に乗っている。
「こ、これっ!新作の研究品なんです!是非とも毒…味見していってくれませんか!?」
……何か不穏な言葉を口にしなかったか?川内はふと気になったが、お腹が空きすぎて頭が働かない。本当に食欲をそそられるカラフルな卵焼き達だ。
「ただ…この青っぽいのは何ですか…?」
「あ、それは海ふどうを潰して混ぜ込んだものです!」
「う、海ぶどう…?」
川内が箸で取ったその卵焼きは、非常に毒々しい色をしていた。とはいえ鶏卵と海ぶどうは確か相性が良かったはず…。
というかそもそも海ぶどうは濃緑じゃ無かったか?どうしてこんな青っぽいんだ?川内の頭にはそんな疑問がポンポン産まれていた。
~~~
瑞鳳の卵焼きに外れは無かった。強いて言えばあの海ぶどうの卵焼きが箸を戸惑わせたことぐらいだ。
ご飯のおかずにもなった。白飯もたらふく食べて川内は満足だった。そしてそのお腹をさする川内を見て瑞鳳も満足そうだ。
川内が食休憩に入ると瑞鳳は席を立ち、皿を厨房に運んだ。ふと気になった川内は彼女の後に着いて行き、キッチンに入った。
……寮のキッチンよりも設備がしっかりしている。此処を1人で護っていることを考えると瑞鳳ってかなり凄いのでは…と川内は思った。
「……狭いでしょ?でも此処が1番落ち着くんです。嫌なことを考えなくて済むから…」
かちゃかちゃと音を立てて皿を洗う瑞鳳。その横姿にはどこか哀愁が漂っていた。
やはり彼女も彼女なりに思うことがあるらしい。その後は皿を洗いながら色々なことを吐き出していた。そしてその内容は殆どあの4人の愚痴だ。
「ああいうのが秩序を乱すんですよ…。ホント目障り…迷惑…」
……川内は何も言えずに黙り込んでしまう。それでも何か言い返さないとと言葉を選ぶ。しかしそんな川内の隠れた努力も虚しく。
「あいつらみんな沈めばいいのに」
瑞鳳のこの言葉で思考を停止してしまった。そして思わず後ろに下がってしまう。まさか彼女がこんな事を言うとは思っていなかったのだ。
そんな川内の感情に気が付いたのか、瑞鳳は川内の方を振り向いた。そんな彼女の眼は…やはりあの時の那珂の。あの時の江風の様だった。
「あなたもそう思いますよね。川内さん」
同意を求める瑞鳳。川内は直感で分かっていた。これを否定したら自分の身が危ないと。そう自分の中で警告音が鳴り響いている。
偶然か否か、その時の瑞鳳の手には包丁が握られていた。特に何ら変わらない普通の包丁だが、その時の川内には、それが恐ろしい「きょうき」に見えた。
「あ…はい。そうっすね~」
怖い。怖くて仕方がない。夜戦時に敵の不意打ちが飛んできた時よりも、前鎮守府での神通の説教よりも、怖い。
自分で過呼吸気味になってるのが分かる。顔が青くなっているのが分かる。特に瑞鳳が此方に来たのが恐怖を加速させる。
「うふふっ♪」
だが瑞鳳は川内の肩に手を乗せて「これからも宜しくね」と言うだけ。その後は元の作業に戻る。
コレをする前に手を拭いたのは見たが、彼女の手は氷水に入れたかの様に冷たかった。
川内は息を飲み、それでも「ご馳走さま」だけ言いそのキッチンを…食堂を後にした。もう口に卵焼きの味は残っていなかった。
「はぁ…」
川内は肩を落としながら帰り道をトボトボ歩いていた。そして「さっき」を思い出して吐き気を催してしまう。
本当にこれからやっていけるのだろうか。彼女はその不安が強かった。そして…やはり那珂に言われた通り、自分もあの4人を迫害しなければならないのか。
(いや…やっぱり私は…)
助けたい。色々な経験をしたとはいえ、やはり彼女の意志は曲がらない。川内はあの4人とも仲良くなれる未来を…理想を描いていた。
……一応言っておく。断じて暁らと共に響にもセクハラしたいとか…彼女に恩を売っといてお返しにグヘヘとかそんな不純な動機ではない。
川内はみんなと…北上らとも仲良くなりたいだけである。それだけの理由である。間違いない。
……そうだ。ここで川内は思い出す。今朝の鍛錬で江風が「墓参り」がどうと言っていたじゃないかと。
なら明日はそれから始めよう。川内はそう胸に決めて寮に入った。
こんな良い夜を寝て過ごすのは気に食わないが、どうせ明日も那珂に起こされるから早めに横になっておこう…という考えである。
~~~
海風はドキリとしていた。忘れ物をした為に彼女1人で寮に1度帰っていたのだが、その道中で川内を見かけたのだ。
風の噂で彼女は夜型生活とは聞いていたが…取り敢えずその情報が正しいのが分かって少しホッとした。それでいて危惧するべきなのだろう。
(これは…本当に川内さんが鍵ですね…)
海風はそう自分に唱え、北上らの待つ場所へ向かう。まぁまぁの小走りで。
……鎮守府の外れ。寮とほぼ対角線上と言っても過言ではない場所。
そのボロい建物の扉を海風はそっと開ける。中には待ってましたとばかりに3人がいた。
「お、遅れてごめんなさい!」
「いやー大丈夫だよー。こんな場所には誰も来ないからねー」
手をヒラヒラと振って言う北上。どうやらお酒が大分抜けたらしい。響や長門も彼女に同調するように首を縦に降る。事実、この場所に他の奴らは来ない。
ここは元船渠。割と最近まで現役だったが、戦艦のサイズに対応していなかったり、老朽化などの理由から使われなくなっていた。
今では歩く度にギシギシ音を立てるし、何か出そうだ。要するにここは不気味なのである。と言っても元々そう言うのに興味ない北上や長門には何の恐怖も無い。
……ここに集まる時、響は長門と手を繋ぐ。海風はやたら北上と引っ付こうとする。
ここには長椅子が2つあり、片方に長門と響(手を繋いでいる)が、もう片方には北上が座っていた。なので海風は北上の隣に座る。
「では始めるぞ」
そして長門がそう言うと、3人は真面目な顔をした。北上は両手を後頭部に当てて少し仰け反り、海風は握った拳を両膝に乗せ、響は帽子を深くかぶる。
「じゃー先ずは私からかなー。と言ってもみんな知ってる通りー」
最初に口を開いたのは北上だ。彼女は軽く伸びをすると、那珂と江風が川内に急接近しているという旨を口にした。
彼女の言う通り、3人ともその事には気がついていた。今朝の鍛錬などまさにその通りだ。
「あ、あそこまで徹底的に邪魔してくるとは思いませんでした!」
そして4人はあのことにも気がついていた。朝の鍛錬時、彼女は自分達と接触を図ったことに。江風がそれを妨害したのも。
まぁ考えてみればそりゃそうだろう。川内の様子を見る限り、彼女は他の人に逆らいたいお年頃のようだから。いきなり他人を…。
「でも油断は出来ない」
「……響の言う通りだ。いつアイツが向こう側につくか分からん」
「うん、そうだねぇ」
とはいえ、ああいうのはどう出るか予測が出来ないのも事実。取り敢えず注視…いや危険視をしよう。4人はそう確認しあった。
この際、海風の方から川内をさっき見かけたという旨も出た。よって彼女が夜型というのも情報として共有される。そしてそのまま海風が発言を続ける。
「あ、あの。私達の寮で気になるのが…曙ちゃんがですね」
「うん。最近あいつ、雷や電と仲良い。前はあんな事無かった」
「ふむ…」
どうやら曙の動向が変わったらしい。もしかしたら新たにあの2人に目をつけたのかもしれない。
とはいえ、あの2人は割とこの『呪い』を信じている方だ。もしかしたら特に他意はないのかもしれないが…。
「もしかしたら。強化かも」
「まー。あの子が考えそうな事はそれかなー。響ちゃんと関わり深かったもんねぇ」
そう、あの2人は元々響の味方。何かしらの気の迷いから響と接触を図るかもしれない。曙からしたらそれは止めたいはず。
「厄介だな。あそこの寮には江風もいる。悪い方へ進まなければ良いのだが…」
長門がそう言うと、海風は自分の拳をまた強く握った。やはり彼女が1番色々と思いがあるらしい。
「あ、あと補足。暁なんだけど」
「えっ…暁ちゃん何かありましたっけ?」
そう。響はある事に気がついていた。海風と違いずっと一緒にいた事のある響は気がついていた。暁の様子もおかしいと。
「断言は出来ない。けど…」
「あの子の中で何かが変わったー?」
北上がそう言うと、響はコクンと軽く頷く。これを聞いた長門と海風は考える仕草を取ったが、この件に関しては取り敢えず保留という事になった。
「さて、最後は私だ」
そして長門の方からも情報が。
……ここで1つ補足を。彼女の暮らしている戦艦空母が集うあの寮だが、何というか…近寄りがたい雰囲気が漂っている。
よって、用がない時に彼処に近づく巡洋艦や駆逐艦はほぼいない。それは北上らも同じだ。だからアソコの調査は長門に頼りっきりである。
そのため長門の情報は貴重だ。
「実は瑞鳳についてなんだが」
瑞鳳。北上は普通の反応だが、海風と響は割と反応した。やはり歓迎会の件はまだ許していないようだ。
因みに瑞鳳は、お店の運営があるにもかかわらず、戦艦空母寮のご飯も良く作る。彼女の卵焼きと比叡カレーが至極の一品なのは前に記した通りだ。
長門はそれを再び確認したあと、つい最近に自分の身に起こったことを話した。
……結論を先に出そう。長門の分の料理に異物が混入されていたのだ。そしてその時の料理は瑞鳳が1人で作っていたし、比叡カレーと違って瑞鳳の料理は個々人に配膳される。
「あいつ、明らかに私の分の配膳だけ力を入れていたんだ。だから嫌な予感がしてな」
神経をすり減らして食事をした結果。卵焼きに何かの破片が入っているのを見つけたのだ。
恐らく丸呑みできるサイズに砕かれたノコギリの刃だろう。しかも錆びている。
もしこれを口に入れていたら…。幾ら自分らが普通の人間より丈夫な身体をしているとはいえ、それを飲み込んでいたとしたら…。
「何とか箸で取り除ききれたから良かったが…考えただけでも恐ろしいな」
苦笑いをする長門。他の3人が息を飲んでいるのも気にせず。
因みに長門は、この後ちゃんと瑞鳳に抗議しようとして…彼女の殺気を感じて中止したそうだ。
「ホント…何なんですかねあいつ」
堂々と舌打ちする海風。とはいえ確かに彼女のセリフにも一理はある。
というのも、此処まで瑞鳳が干渉してくるのは今まで無かったのだ。最近になって…何か…血眼になって自分達を妨害している気がする。
「うーん。まー気をつけてー。長門さんに限らずーみんなもー」
「あぁ。分かっているつもりだ」
「も、もちろんです!」
「хорошо」
……その後はそこまで会話が弾むことも無く、そして大して議論が進むことも無く、4人は解散をした。
のだが。響が長門を引き止めた。長門の手をずっと握っていたのを謝罪するためだ。
だが響はあることをふと思い出し、北上の姿が見えなくなったのを確認すると、長門に告げ口をしたのだった。
……舞台の幕開けはもう、そう遠くない。
続く