苦々しいリーダー【艦これ二次創作】   作:シグ&リデ=覚醒

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瑞鳳編、完結です。
誰が何と言おうとこれで完結です。

また、今回から「アンチ・ヘイト」タグが本気を出し始めると思います。
まぁちゃんとタグ付けしてるし…良いよね!?



第漆話「暗闘~無邪気の裏側~」

マルキュウマルマル。相変わらず延々と照りつける太陽の中、提督邸に訪れる影が2つ。

 

そしてその影は…物凄く辛そうな顔を浮かべていた。詳しくいうなら、自責の念に駆られているような、しょぼくれた顔である。

 

提督邸の中に赤城の姿は無かった。今日は珍しく寝坊しているらしい。

 

だが、朝一で駆逐艦寮にやって来た扶桑姉妹にその理由は聞いている。そして…あの赤城が寝坊するほどだ。よほど熱を注いだのだろう。

 

その一方で。提督邸内に入ってからも明るい表情を見せない2人…雷と電は、自分らの姉がこうなったと聞いても、顔を見に行くことしか思いつかなかったのが悔しいようだ。

 

……暁がいる部屋。その入口で扶桑姉妹は待っていた。だが彼女らは何も言わず、黙って部屋のドアを開け、雷と電を部屋の中に入れた。

 

2人はどういう顔をしたら良いのか分からないまま、ただただ黙って部屋に入る。そして…暁の様子を見て息を飲んだ。

 

……適切な処置がなされた、と言えば聞こえは良い。だが全身がラップとガーゼまみれの暁の体からは、重大な症状でないと分かっていても痛ましさしか伝わってこない。

 

「あ、暁…ちゃん…」

 

勇気を出して名前を呼ぶ電。だが暁から返事は無い。と言っても、暁がまだ意識を取り戻していないわけではない。

 

今朝方、暁はいつもと同じ朝を迎えたかのように目を覚ましたらしい。実際に今も垂直に体を起こしてはいる。

 

「え、えっと…暁?だ、大丈夫?」

 

だが暁は、起き上がってからというもの、こうしてピクリとも動かずに一点を見つめている。

 

流石の2人も…暁が普通じゃないことには気付いた。だが、だからといって何か出来るわけでもない。強いて言うなら…。

 

「そ、その…暁ちゃん。き、昨日のことは…ご、ごめんなさい…なのです…」

 

「そ、そうそう。昨日のは流石に言い過ぎたって言うか…その…こっちが…うん…」

 

途切れ途切れでも、しどろもどろでも、こうして暁に謝罪することぐらいだ。

 

だが暁からの返事はない。というか反応すらない。まさに魂の抜けた抜け殻のようと言うのが的を射ている状態だ。

 

……しばらくは2人も暁の返事を待っていたのだが。ついに痺れを切らして雷が立ち上がった。もしここで電が静止しなければ、雷は暁に掴みかかっていたことだろう。

 

「あぁもう!こっちが悪かったって言ってるでしょうが!せめて何か…喋りなさいよ!」

 

「い、雷ちゃん!落ち着くのです!きっと…暁ちゃんは機嫌が悪いだけなのです!」

 

あわあわしながら雷をハグして止める電。だがそんなことがあっても、暁はうんともすんともピクリとも動かない。

 

それにまだ納得がいかないのか、雷は電を振り払おうとするも、最終的には怒号を飛ばしつつ電に抱かれる形でその部屋を後にする。

 

……その際。暁がボソッと何かを呟いたことに、2人は気が付いていなかった。

 

~~~

 

赤城が寝坊したこともあり、今日の鍛錬は中止になった。よって今日はずっと自由時間となる。

 

と言っても明るい雰囲気は何処にもない。それもそうだろう。瑞鳳の件と違い、暁の件は明らかな事件性があったから。

 

そのため、鍛錬とは別に緊急集会として全員が鍛錬場に集められることとなる。もちろん主催者は赤城だ。

 

……そんな状況なのだが。巡洋艦寮で呑気に睡眠をとっている事件の第1発見者が居るというのは、信じられないことだろう。

 

そいつの部屋。その入口を那珂は容赦なく「おはよー!」と叫びながら開ける。そしてそいつの上に今回も思いっきり飛び乗った。

 

「ぐぇぇっ!だーかーらっ!」

 

「あ、起きたね川内さん!召集がかかってるから急いで起きて!」

 

「え、えっ?召集?」

 

川内は眠たい目をこすり、グイグイと押して那珂をどかし、足をフラつかせながら立ち上がる。

 

……太陽に難色を示す川内。だがそれでも那珂の容赦のなさは衰えない。川内が準備を終えたのを確認するや否や、那珂は乱暴に川内の手を引っ張って寮を出発した。

 

健気にも2人を待っていたというのに、自分より先に行ってしまったのを見た神通は、呆れ顔を作った後で、2人を笑顔で見つめていた。

 

 

 

そして案の定、3人が最後だった。

 

「全く…ジャンプ力は凄いけど、行動力はイマイチみたいだクマ」

 

などと球磨に嫌味を言われるも、ヘラヘラとした態度を改めない川内。これには大井らもため息をつく。

 

その後、赤城が壇上に立った。その瞬間に空気がピシッとする。川内は数日ぶりに感じるこの空気にドキッとしながらも。

 

「それでは…川内さん」

 

赤城の要請に冷静に対応する。どうやらこの緊急集会は、予想通り暁についてらしい。

 

川内は赤城の横に立ち、他の仲間らの姿を一望する。その際に彼女は、興味ないから早く帰りたいという風の響と、何故か腹を立てている雷と、その横でオロオロしている電を視界に入れた。

 

(うーん。あの反応だけでは流石に分からないね~。怪しいとしたらあの辺りなんだけど…やっぱり暁ちゃん本人に聞くしかないかね~)

 

そう思いつつ、川内は1度咳払いをしてから、当時の状況を話し始めた。そして彼女の予想通り、カラスの件で場がざわっとした。

 

「とまぁそんな感じですね~。あ、応急処置は赤城さんが全部やったので」

 

という言葉で話をしめ、川内はそそくさと神通らのところへ帰った。

 

その間、真相について考えていた川内は、神通と那珂に「カレー温めたのに…」みたいな愚痴を言われても、反応出来なかった。

 

そしてその後は、赤城が「何か知っている人がいたら…」みたいな話だけして、その場は流れ解散になった。

 

当選ながら、川内はそそくさと退散して夜まで眠ろうとした。だが残念ながら、扶桑姉妹がそれを許さなかった。

 

「まぁまぁ…川内さん?」

 

「ちょっと宜しいですか?」

 

早く眠りたい川内は抵抗した。だが戦艦2人の力に勝てるはずもなく、仕方なく彼女は2人の自主練に付き合わされる羽目になった。

 

……てっきりお見舞いに行け~みたいな命令かと思っていたから、川内へのダメージがなおさら大きかったのは言うまでもない。

 

~~~

 

「ふんふふ~ん♪」

 

食堂。そこで呑気に鼻歌を歌う者が。

 

提督邸から出発して真っ先にこの店に帰ってきた瑞鳳だ。ようやく体調を回復させた彼女は、数日間手入れをしていなかったこの店の掃除をしていた。

 

本当なら…真っ先に寮に行って報告をするべきなのだろうが、彼女はそれより先にこの食堂の掃除をとった。

 

因みに、彼女が提督邸を出発したのはお昼時。赤城の緊急集会中だ。

 

……自分の看病をしていたあの人には、そのタイミングで提督邸を抜けるとキッチリ伝えてある。そして晩御飯前にスッとサプライズで登場したいとも言ってある。

 

「よーし!掃除はこの辺にして…!」

 

何か差し入れ…及び、迷惑をかけた分のお詫びの料理を作ろう。現在時刻はヒトヨンマルマル。今から作れば余裕だろう。

 

「さてと…張り切って卵焼きを…」

 

彼女がそう意気込んだその時。不意に店の入り口の扉が開く音がした。瑞鳳は慌ててキッチンに向かう足を止め、いつも通り接客をしようとして。

 

「あら、こんにちは」

 

「お邪魔するクマ」

 

来客を見て絶句した。正直言って今は会いたくない人が2人揃ってやって来たのだ。

 

だが…彼女の商売根性だろうか。瑞鳳は少し青ざめながらも、その笑顔を崩さなかった。いつも通りを装って2人を席に座らせようとした。

 

「あらあら瑞鳳さん?顔色がまだ少し青い気がしますよ?」

 

「本当クマ。これはまだ少しお休みしてたほうが良いんじゃないかクマ?」

 

口ぶりだけ見れば心配をしているように聞こえる。だが面と向かって言われた瑞鳳は気付いている。これは完全なる嫌味だと。

 

「……何しに来たんですか?大井さんも球磨さんも。冷やかしなら帰って…」

 

イラッときた瑞鳳は、強気になって2人にそう言い放…てなかった。最後の方で大井に、俗に言う壁ドンをされたのだ。

 

「えぇ?それが客に対する態度?」

 

大井は少し怒りを込めてそう言った。それを見た球磨は「ほどほどにするクマ~」とふざけた様子で茶々を入れる。だが瑞鳳は引かなかった。

 

瑞鳳は大井を真っ直ぐに見つめた。言葉を口にはしなかったが、抵抗の意思を見せるには十分だった。

 

「……は?何よその顔は?あんたさ…まだ反省してないわけ?」

 

「そうだクマ。あれは瑞鳳ちゃんがドジったせいだクマ。自業自得だクマ」

 

「ぐっ…そ、そう言うんでしたら、お2人がやれば良いじゃないですか!」

 

ハッキリと言い返す瑞鳳。それを聞いて舌打ちをする大井。ため息をつく球磨。

 

しばらくそのまま硬直した…のだが、不意に大井が瑞鳳から離れ、無言のままキッチンに入ろうとする。当然ながら瑞鳳が黙っているはずもない。

 

「ちょっ…何をする気ですか!」

 

「あははっ!きっと大井は瑞鳳ちゃんにお仕置きをするつもりだクマ!あーあ!もうどうなっても球磨は知らないクマ!」

 

満面の笑み…という名のゲス顔を決める球磨。瑞鳳はそんな球磨は気にせず、慌ててキッチンに入る。だがそれは大井の策略だった。

 

死角で待っていた大井。彼女はキッチンに入ってきた瑞鳳の胸ぐらを掴み、そのままの勢いで、入り口と対角線上の流し台に叩きつけた。

 

「あっ…」

 

一瞬何が自分に起きたか理解出来ず、戸惑う瑞鳳だったが、自分が壁にもたれて座り込んでいるのを理解すると、直ぐに立ち上がろうとした。

 

が、瑞鳳が立ち上がることは無かった。大井の手に包丁が握られていたからだ。彼女が持っていたのは、瑞鳳の愛包丁だった。

 

「瑞鳳さん。私は『戦艦の長門を無効化しろ』と言ったはずよ。私達に抵抗しろなんてこれっぽっちも指示してないわ」

 

「そ、それは…わ、私はちゃんとやりましたよ!けど効かなかったんです!ちゃんとそう言ったじゃないですか!」

 

……そう。長門の卵焼きにプラスチック片を混入するように瑞鳳に指示したのは、何を隠そうこの2人だったのだ。

 

確かに瑞鳳は、言われた通りに混入まではした。だが長門は口にする前にそれに気づき、手で取り除いたのだ。

 

かなり細かく…鋭利になるよう切り刻んだのだが、まさかそれを見つけられる上、完璧に取り除かれるとは思っていなかったのだ。

 

「そうね。でも失敗は失敗。あなたが手を抜いたのが原因よ」

 

「なっ…あ、あれは…あなた方にとっても想定外だったくせに何を…」

 

「は?」

 

……大井は、思い切り流し台を叩いた。バンという音がキッチン中に拡がる。瑞鳳を思わず黙らせてしまうほどに。

 

そして大井はナイフの刃先を、勢いよく瑞鳳の方に向けた。瑞鳳も思わず「ひっ」と声を出してしまう。

 

「はぁ…あなた。もう1回提督邸送りにされたいのかしら?」

 

「うぐっ…そ、それは…」

 

「嫌でしょう?だったら私達の言うことをちゃんと聞いてれば良いのよ」

 

不敵に笑う大井。後ろにいた球磨もそんな2人の様子をニヤニヤしながら眺めている。その一方で瑞鳳は顔を益々青くしている。

 

というのも、長門の無効化に失敗した罰として、瑞鳳は虐待を受けたのだ。具体的に言うと、これでもかと厚着をさせられ、体を縛られた後、4時間ほど屋外に放置されたのである。

 

確かにあの時は真夜中だった。だが気温が普通に25℃は超えている、文句なしの熱帯夜だった。

 

結局、太陽が昇った頃には熱中症でダウン。球磨と大井によって完璧に証拠も隠されたため、2人もただの第1発見者となった。

 

……大井は包丁の刃先を瑞鳳に向けたまま、ポケットから瓶を取り出す。

 

そこには明らかなドクロマークが描かれており、中身も大体察しがつく。

 

「……瑞鳳さん。これは球磨姉さんが極秘ルートで手に入れたものよ。これの中身を今日の晩、カレーで良いから混ぜて、長門に食べさせなさい」

 

大井はそうスラスラっと言ってのけた。だが冷静に考えずともこれは殺人行為…ならぬ殺艦娘行為。簡単に了承は出来ない。

 

「い、幾ら何でも…それはやりすぎだと思います!お、お2人が幾ら…」

 

「……瑞鳳ちゃん」

 

どうやらこの2人は、人の話を最後まで聞くことを殆どしないようだ。球磨は瑞鳳の言葉を遮り、彼女に目で威圧をかけた。

 

だが瑞鳳は、抵抗の意思を弱めただけで、了承はしなかった。その態度を見て大井はため息をつき、包丁をペン回しの要領で回しながらあれこれ考える様子を見せた。

 

そして…球磨の方を振り向いてボソッとこう呟くのだった。

 

「ねぇ姉さん…。ふと思い出したのだけれど、確かこの鎮守府って…『瑞』ってつく方がもう1人いらっしゃらなかったかしら?」

 

……瑞鳳はこの言葉を聞き、体を大きく震わせた。彼女は無意識に唇を強く結ぶ。

 

「あぁ…そういや居たような気がするクマ~。でも名前をど忘れしちゃったクマ~」

 

「あら、球磨姉さんもでしたか」

 

ふふふと笑う大井。どこからどう見てもわざとらしさが垣間見えている。球磨も直ぐに大井の意を汲んだのか、彼女を助長するように笑う。

 

……事実、この鎮守府にはもう1人、瑞鶴というのがいる。あまり目立とうとするタイプではないが、かなりの戦闘能力を持ち。

 

命を懸けても守りたいと思う、瑞鳳にとってこの世で1番の親友だった。

 

「全く…同じ鎮守府の方の名前も忘れるなんて、私ったら本当に…」

 

「まぁまぁ!気にすることはないクマ!ど忘れなんて誰にもあるクマ!」

 

……自分の親友を無性に馬鹿にされている気がする。だが瑞鳳の中に生まれた感情は怒りではなく、畏怖だった。

 

彼女らはやると言ったらやる。そしてあのわざとらしい口ぶり。彼女らが何を企んでいるかなど、何となくでも想像がついた。

 

そして大井らがチラッと瑞鳳の方を見る。その際の彼女らの瞳はドス黒かった。瑞鳳は確信した。もう逃げられないと。

 

「お、大井…さん…」

 

瑞鳳はフラついた足取りで立ち上がろうとし、そのまま前に倒れこむように、大井の腰回りに抱きついた。

 

「ちょ…な、何を…!?」

 

一瞬困惑する大井。後ろで球磨はニヤニヤとした顔で進展を見守っている。だが大井は瑞鳳の顔を見て冷静を取り戻した。

 

「お、お願いします…ず、瑞鶴ちゃんには…手を出さないで…!お願い…します…!」

 

瑞鳳は半泣きだった。大井はそんな彼女を見てまたもため息をつき、少しニヤついた後で乱暴に彼女の顎を鷲掴みにする。

 

「どうしようかしらね~。確か前もそれ言われて、瑞鳳ちゃんに裏切られたし~」

 

「こ、今度こそ!今度は大丈夫ですから!だ、だから…お願い…します…!」

 

みっともないほどに大井にすがりつく瑞鳳。後ろで球磨が必死に笑いを堪えているのも気にせず、瑞鳳は大井を真っ直ぐに見つめた。

 

これには大井もニッコリだ。そのまま彼女は毒瓶を瑞鳳の顔前にかざし、満面の笑みのままで瑞鳳にもう1度質問した。

 

……瑞鳳は1回戸惑う。だが、彼女が嫌がる素振りを見せることはもうなかった。

 

 

 

まだ夕飯作りは間に合う。そんな時間に2人が帰ってくれたのは良かった。

 

2人が店から姿を消したあと、瑞鳳は毒瓶の横で暫く座り込んで考える。確かに「やります」とは言ったが、正直言って恐怖心はある。

 

「はぁ…どうしよう…」

 

彼女らの性格を考えると、もしこれが誰かにバレたとして、全責任は自分が負うことになる。かなりのハイリスクだ。

 

虚ろな眼で瑞鳳は毒瓶を手にする。そして何の躊躇もなしに蓋を開けた。中に入っていたのは、想像に反してジェル状の流動体のようだ。

 

……瑞鳳はこの時点で軽く自暴自棄になっていた。こんな辛い目に遭うぐらいなら、真っ先に自分がコレを口にすれば良いとさえ思った。

 

しかし。彼女がその行動に起こすことはない。そうしようと不意に手を伸ばすと、脳内にとある光景が蘇るのだ。

 

それは…自分が脱水症状で倒れた時。真っ先にお見舞いに駆け付けてくれた親友、瑞鶴のこと。

 

あの時実は、彼女は自分に「何か辛いことがあるなら相談して」と言ってくれたのだ。

 

……相談出来るわけがないのだが。それでも彼女はもう泣きそうな顔までして、瑞鳳に決死の思いでそう告げたのだ。

 

「……はは。此処でもし私が死んだら、瑞鶴ちゃんも流石に怒るよね…?」

 

何でもっと早く相談してくれなかったのか。きっと瑞鶴はそのことを一生根に持つだろう。彼女はそういう人物だ。

 

瑞鳳はそんな彼女を想い。自分のことをあんなに想ってくれる親友のことを想い。毒瓶の蓋を閉め、それを握りしめて立ち上がる。

 

そう、これは殺戮行為じゃない。いつも自分のことを大切に想ってくれる親友への恩返しだ。

 

瑞鳳はそう自分に言い聞かせ、厨房に立つ。そして大井が置いて行った自分の愛包丁を手に持ち、気合いを入れた。

 

……もう彼女の瞳に光は無かった。

 

~~~

 

提督邸。その中の1つの部屋。

 

カーテンがパタパタと風で揺れる音を立てており、その風が髪を撫でて気持ちが良い。

 

……というのは一般論。残念ながら今の暁にそんな感情は存在しない。

 

暁は朝と体の向きを正反対にして、今は窓の外を見つめている。そこでは今の彼女には非情すぎるほど真っ青な空が広がっていた。

 

現在、この部屋…はおろかこの提督邸には誰もいない。今の彼女は1人にしておいた方が良いのでは?という赤城の提案だった。

 

そして…この赤城の判断は、暁にとっては非情に有り難かった。何故なら。

 

「……1人」

 

あの夜。暁は響にハッキリと言われた。君はもうどう頑張っても1人なんだからと。

 

今まではその自覚が無かった。だが今はこうして1人でいる。そして…提督邸の外から楽しそうな声がうっすらと聴こえてくる。

 

そうか、これが1人の寂しさか。だが、これでも断片的でしかないのか?そんな風なことを考える時間が手に入ったから。

 

暁は少し赤城に感謝…?のような感情を持ちつつ、黙って考え込む。

 

……というのも。目を覚ましたあの時から、彼女の中には何かのモヤモヤがあったのだ。だがその詳細が分からなかった。

 

だから暁は決めた。あの夜に響に言われたことを1つ1つ思い返してみようと。

 

そして…その発想は正解だった。逆に何故今までそれをしなかったのか、さっきまでの自分に問い詰めたくなるほどの大正解だった。

 

「……あ」

 

暁は気が付いた。実は彼女が抱えたモヤモヤの詳細は想定外に単純だったのだ。

 

それに気が付いた時。暁の顔にはちょっとした綻びが。というよりかは、口元が少しニヤリとしたように見てとれる。

 

~~~

 

ヒトキュウマルマル。戦艦空母寮でワッと歓声が上がっていた。

 

「お帰りなさい瑞鳳さん。元気そうで良かったです。お体はもう大丈夫ですか?」

 

「あ、はい!み、皆さんにはご迷惑をおかけしました!お詫びと言っては何ですが…」

 

そう言い、瑞鳳はラップがかかった大皿を出した。そこには色とりどりの卵焼きがズラッと並んでいた。

 

……あの後。仲間らが居ないタイミングを見計らってこの寮のキッチンに入り込み、こっそりと置いといたものだ。

 

これも兼ねてからの計画通りだ。入渠場の外にメンバーを外に出すようあの人にお願いしといて良かった。サプライズは成功と見てとれる。

 

「あら、美味しそうね」

 

真っ先に興味津々で食いついたのは扶桑だ。それにつられるように周りでも色々な声が上がる。だが…瑞鳳はそんな仲間らの声に耳は傾けない。

 

全員がカラフルな卵焼きに視線を釘付けられている間。瑞鳳はある1点を見つめた。

 

御察しの通り、広間の端でこちらの様子を伺う長門だ。瑞鳳は彼女がここにいることに安心し、晩御飯にしましょうかと呼びかけて、そのまま晩御飯の配膳をしにキッチンに向かった。

 

とはいえ、彼女は病み上がり。赤城がそんな瑞鳳を無視するはずもなく。赤城が瑞鳳の手伝いを勝手にし始めた。

 

……本音を言うと、邪魔だった。長門に食べさせるようの卵焼きを取り出せないから。

 

「あ、あの…赤城さん。別に気を遣ってくださらなくても大丈夫ですよ?」

 

「いえいえ、私が勝手にやりたいと思っただけですから。気にしないでください」

 

いつもの笑顔で返す赤城。仕方なく瑞鳳は彼女に頼み、カレー鍋を広間に運ぶように指示した。

 

ついでに、その時に様子を見に来た扶桑と山城にカレー皿を広間に運ぶよう指示する。これで数分は時間稼ぎが出来るだろう。

 

「……さてと」

 

瑞鳳はキッチンの棚に隠しておいた完成済みの卵焼きを取り出した。その卵焼きは鮮やかな黄色をしている。

 

普通の卵焼きより多少黄色が強いが、光の加減と言えば誤魔化せるレベルだ。

 

……全員に見せたあのカラフル卵焼きを、小さいお皿に2個ずつランダムに乗せる。そして最後の1つをこの毒入り卵焼きの横に乗せた。

 

偶然にも、最後の1つはあの青色卵焼きだった。見た目が毒々しい卵焼きと実際に毒入りの卵焼きが2つ並ぶという異様な光景だ。

 

そんなものを見てしまったからだろう。瑞鳳は1度冷静になった。本当にこんなことをして良いのかと。だが彼女はそれを直ぐに否定する。

 

これは殺戮行為じゃない。自分が姿を見せた時に、真っ先に抱きついてきて復活を喜んでくれた親友への恩返しだ。

 

さっきそう確認したじゃないか。瑞鳳は自分にそう言い聞かせ、帰ってきた扶桑姉妹と共に、卵焼きの小皿を運び始めた。

 

 

 

カレーは赤城が盛り付けてくれたらしい。扶桑姉妹らが瑞鶴以外に卵焼きを配ってくれている間、瑞鳳は2週目に入る。

 

……試食をし過ぎたから、自分の分はない。周りにはそう告げていた。よって卵焼きの小皿は合計8枚だ。そして1週目で6皿運んだということは。

 

キッチンに残っていたのは、親友への感謝と邪魔者への殺意だけというわけだ。

 

毒入りじゃない方の皿は、瑞鳳が魂をかけて作った卵焼きが乗っていた。他のどの卵焼きよりも美味しそうな逸品が乗っていた。

 

隣にいたそいつのおかげで、尚更その卵焼きが輝いているように感じられた。

 

「ふふっ…」

 

瑞鳳はその2皿を眺めて悦に浸る。しかしその時間は長く続かなかった。痺れを切らした親友がキッチンにやってきたのだ。

 

そして彼女は慌てて毒入りの方を体で隠しつつ、綺麗な方を瑞鶴に差し出した。こうなってしまえば、彼女も目前にしか目がいかない。

 

彼女はその卵焼きを受け取り、軽くスキップをしながら広間に戻っていった。瑞鳳はそんな彼女を見て笑みをこぼす。

 

そして…その殺意を手にして、瑞鳳も親友の後を追う形でキッチンから離れるのだった。

 

~~~

 

いただきますの号令は赤城が行う。これはこの寮での通例だ。今日もそうだった。

 

瑞鳳はサプライズを手伝ってくれたお礼を告げ、その人と親友と赤城と同じテーブルで食事をする。だが今日は少し落ち着けない。

 

……取り敢えず、ここまでは上手くいっている。長門は多少疑いの目をこちらに向けたが、あの殺意を受け取ってくれたのだ。

 

とはいえ、口にして嚥下してくれなければ話にならない。あの毒は無味無臭薄色透明ではあるが、長門の勘の良さは鎮守府でも有名だ。

 

(長門さん…食べてくれるかなぁ?)

 

チラチラと横を見ながら、カレーを口に運ぶ。大井らにはカレーに毒を…と言われたが、確実に彼女を倒すために卵焼きに変更したのが、吉と出るか凶と出るか。

 

……だが。肝心なことを瑞鳳は忘れていた。同じテーブルで食事をとる人物が、もし別の方向をチラチラ見ていたとしたら、周りはそれについて絶対に言及することに。

 

「……瑞鳳さん?どうかしましたか?」

 

不意に名前を呼ばれ、ドキっとする瑞鳳。幸い、自分と長門の間に扶桑姉妹らのテーブルがあるから、長門を見ていたことはバレないだろう。

 

「い、いえ!美味しいのかなぁって?」

 

「……卵焼きですか?美味しいですよ。特にこの…真っ青なもの」

 

声を渋る赤城。というのも、実は瑞鳳がキッチンで悦に浸っている時、広間ではこの真っ青な卵焼きについて議論が起きていたのだ。

 

もちろん、この卵焼きは川内が毒味を済ませたもの。お墨付きをしたもの。とはいえそんなことを知らない人からすれば。

 

「何ですか…これ?」

 

ただのダークマター…ならぬブルーマターだ。食欲を削られる『きょうい』でしかない。

 

そんな赤城の疑問が聞こえたのか、隣のテーブルからも同様の質問が上がった。真っ青な卵焼きは山城の皿にも乗っていた。

 

「えっとですね…海ぶどう入りです。川内さんは美味しいって言ってましたよ?」

 

「う、海ぶどう?ってあの緑色の?」

 

……赤城は驚愕したようだ。やはり誰しもが川内と同じ反応をするようだ。

 

「大丈夫ですよ。変なものは入ってませんから!グイッと行ってください!」

 

……そう。青色の卵焼きには変なものは入っていない。海ぶどう卵黄乗せ丼とかあるほどだ。美味しいに決まっている。

 

変なものが入っているのは…。

 

瑞鳳はどさくさ紛れに長門の方をチラッと見た。こちらの話が聞こえたのか、青色の卵焼きは半分ほど無くなっていた。

 

……見た目に似つかわしくない(失礼)のだが、長門は物凄く丁寧に食事をとる。

 

彼女は勢い任せに口に放り込んだりせず、箸で1つまみずつゆっくりと…それこそ食材に感謝を述べるように食べる。そのことを瑞鳳は知っていた。

 

だからこそ。料理を作るのを生き甲斐の1つとする彼女としては、長門の好感度は割と高い。この間の迷惑行為の件は絶許だが。

 

……もしかしたら、彼女を手にかけるのに抵抗があるのは、これを一因としてあるのかもしれない。

 

だが自分が間違っていることをしているとも思えない。繰り返すようだが、これは殺戮行為ではなく恩返しなのだから。

 

自分の横で、満面の笑みで卵焼きを食べてくれている親友への恩返しなのだから。

 

瑞鳳はニヤリとし、自分の食事に戻った。そのニヤリ顔を見たのかどうかは分からないが、赤城は少し瑞鳳を気にしているようだ。

 

 

 

(海ぶどう…か)

 

長門は知っていた。海ぶどうはこの近海では取れないと。だから恐らく他の地域から購入したのだろう。

 

割と値打ちが高い食材のはずだが、今は夏で旬の時期では無いから、多少お値打ち価格で購入出来ているのだろう。

 

そんなことを考えながら、青色の卵焼きを口に運ぶ。物凄く不安感を煽る色をしているが、かなり味は良い。完成度も高い。

 

……瑞鳳の卵焼きにかける熱情。この鎮守府では非常に有名なものだ。恐らくこの青色の卵焼きも、試作品なのだろう。

 

長門はチラッと瑞鳳を見た。彼女は親友と談笑を楽しんでいるようだった。

 

(何であれ、瑞鳳の復活は喜ぶべきだな。この間の件は気になるが…)

 

この間の件。それはもちろん異物混入の件だ。そして北上らとの会議で、彼女が積極的になっていることにも言及がされている。

 

警戒はするべきだろう。長門はそう考えていた。そう考えていたからこそ。

 

(……むっ?)

 

黄色い方の卵焼きの違和感に気付いたのだ。だがしかし、今回は破片が見当たらない。これは自分の考え過ぎなのだろうか。

 

いや、明らかに色が濃い。光の加減と言われればそうかもしれないが…とはいえ、卵焼きの白い部分の色が濃い気がする。

 

(まさか…な)

 

長門はそう思い、1回瑞鳳の方を見た。というよりかは、何の感情もなくただ首がそっちを向いただけなのだが。

 

……瑞鳳と目があった。彼女はその事に気が付いたらしく、バッと自分から目を逸らしたのだが。それだけで十分な情報量だった。

 

この時、長門は気付いた。彼女の目に宿っていたのは、光ではなく殺意だと。

 

瑞鳳はその変な動きを赤城に言及されて軽く戸惑っていたが、長門はそんなことは気にせず。黄色い卵焼きをもう1度見た。

 

……もう毒入りにしか見えなかった。

 

「はぁ…そうかそうか。やはり警戒レベルを引き上げなければならないようだな」

 

長門は小さい声でそう独り言を呟き、軽く周りを見渡した。すると、隣のテーブルに台を拭くようの手拭いが置いてあるのを発見する。

 

 

 

瑞鳳はエヘヘと笑って誤魔化した。赤城はそんな瑞鳳を心配そうに眺めていた。

 

(うぐぐ…目が合っちゃった…)

 

さっき、間違いなく長門はこちらを見ていた。あの戦艦特有の厳つい視線で。

 

ビックリしてしまい、思わずバッと目を逸らしてしまったが、流石にバレてしまっている気がする。瑞鳳はドキドキしていた。

 

それでも平然を装ってカレーを口に運ぶ。そして赤城が落ち着いたのを確認し、また隙をついて長門の方を眺める瑞鳳。

 

……見てしまった。何故か席を立っていた長門が、よいしょという風にもう1度椅子に座ったのを。そしてそのままカレーを1口ずつ食べるのを。

 

皿の上から卵焼きが消えていたのを。

 

(えっ…?)

 

瑞鳳は思わずスプーンを落としかけた。何が起きたのが理解が出来なかった。

 

息を飲む瑞鳳。毒に気が付いたとしても、ゴミ箱はキッチンにしか無いし、地面に落とした痕跡も見当たらない。

 

まさか…食べたのか?確かに飲み水はあるから水で流し込んだとも…。だが仮にそうだったとしても、毒は身体中に周るはずだ。

 

となれば。

 

(まさか…毒が効かない…?そ、そんなことがあるわけ…!)

 

瑞鳳はむやみにカレーを食べながら、考え詰めた。彼女は軽くパニックになっていた。だからこそ…彼女は寸前まで気が付かなかった。

 

そう、誰よりも真っ先に食べ終わった長門が、瑞鳳の近くにやって来たのだ。長門の手には使用した食器が全て握られていた。

 

そして長門は…瑞鳳がこちらに気が付き、カレーを食べる手を止めたのを確認すると。

 

何も言わず、瑞鳳を睨み付けた。確かに速度は緩めたが、長門は足を止めずにそのままキッチンに向かう。

 

そして…長門が広間から姿を消した時。

 

そこには…満足そうにお腹をさする親友を、ハッキリと顔を青くして眺める、瑞鳳の姿があった。

 

 

 

 

続く

 

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