ジャック・ザ・ハーレム   作:サイエンティスト

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 今回はみんな大好きおつう&人魚姫が登場。ちょっと話の趣向が変わるというのはそういう意味でした。
 ところでおつう&人魚姫の間に入りたいとか言っちゃダメですかね……?


積極的な恋人達(下)

 

 恋人が一気に六人もできて、間違いなく多忙かつ精神的にも参っているであろうジャックの日常。恋人が一度に複数人できるなどという状況は早々あることではないものの、その大変さは誰でも容易に想像がつくだろう。実際おつうもジャックの心労その他を思い浮かべるのは簡単であった。

 しかしジャックは自分の身を犠牲にしても、あるいは自分の身を引き裂いてでも大切な者たちを守ろうとした男だ。きっと自らのハーレムに対する優越感や興奮に負けることなく、全員を守り愛を貫くに違いない。おつうはそう確信していた。

 だからこそさほど心配はしておらず、また気にかける必要があるとも思えない。まあそれでも心配なところがあるとすれば、かなり嫉妬深いというかやきもち焼きな所があるアリスや親指姫あたりか。とはいえジャックもそれくらいは理解しているはずなので、やはり要らぬお節介というものだろう。なのでおつうはジャックたちのことは特に気にせず、愛しい人魚姫との幸せな時間を満喫していた。

 

「あ、もうこんな時間だ。おつうちゃん、そろそろ休もう?」

 

 二人きりの部屋の中で他愛のない話を交わし、気付けば夜もだいぶ更けた頃。あまり眠気を感じさせない明るい面差しで提案してきた人魚姫に対して、おつうはしばし逡巡した後頷いた。

 

「そうだね。明日も今日と同じ賑やかで疲れる日になりそうだし、早めに休んで体力を蓄えておこうか」

「おつうちゃん、今日はそんなに疲れたの? 私は全然疲れてないよ。むしろとっても楽しくて、まだまだ元気が有り余っちゃってるくらいだよ!」

「ふふっ、姫はよほど恋愛の話がお好きなようですね。ハーメルンたちと恋愛の話に花を咲かせる姫の笑顔は、まるで宝石のように美しく輝いていましたよ?」

 

 溢れ出る元気を証明するようにガッツポーズを取る人魚姫の姿に、微笑ましさと愛らしさから思わず頬を緩ませてしまうおつう。

 恐らく人魚姫が異様に元気なのは恋愛話のせいだろう。ジャックの恋人たちによるジャックとの馴れ初めの話を聞いている時も非常に楽しそうだったし、その後も個別に色々と話を聞きに行ったらしい。帰ってきた時にはとても満足気な笑みを浮かべていたくらいである。

 

「女の子なら皆大好きだと思うよ? おつうちゃんもそうじゃないの?」

「ま、まあ確かに興味は無くも無いけど、僕は女の子である前に姫の王子様だからね。あまり露骨に興味を示すのもどうかと思うんだ」

「そんなことは気にしないで良いと思うな。おつうちゃんはもう立派に私の王子様なんだもん。むしろ私もおつうちゃんと恋のお話をしたいな?」

「うっ……」

 

 ちょこんと首を傾け、上目遣いに見上げてくる人魚姫。

 王子様としては他人の恋愛の話を繰り広げるのは若干の抵抗があるのは事実だ。しかし愛しい姫の愛らしい仕草に胸の高鳴りを覚えてしまった時点で、拒否するという選択肢はすでに残されていなかった。

 

「そうですか……ま、まあ、姫が望むのなら構いませんよ?」

「やったぁ! それじゃあベッドに入ってお話しよう、おつうちゃん!」

 

 やはりまだまだ元気が有り余っているらしく、ベッドに飛び込むとご機嫌に両足を揺らしながら満面の笑みで誘ってくる。新鮮かつ身近な恋のお話を耳にしてだいぶ舞い上がっているようだ。

 この分だときっとすぐには眠りにつくことができないだろうし、どのみち付き合ってあげるしかない。

 

「ああっ、はしゃぐ姫の姿はやはり可憐で愛らしいなぁ……」

 

 何よりそんな愛らしい姿を見せられてしまえば、朝までだって付き合いたくなってしまう。なのでおつうは微笑ましさに頬を緩ませながら、誘われるままベッドに入るのであった。

 そうしてそのまま灯りを消し、二人でベッドの中で身を寄せ合う。薄闇に目が慣れてきた頃には、目と鼻の先に人魚姫の愛らしい面差しが広がっていた。

 

「……ふふっ」

 

 向こうも目が慣れたのか、こちらを認識するとじっと目を合わせてから不意に花のように可憐な笑みを零す。とても魅力的な笑顔だが視線を合わせて突然笑われたせいか、何だかちょっと小馬鹿にされているように感じてしまった。

 

「酷いなぁ、姫。僕を見て突然笑うだなんて。もしかして僕の顔に何かついていたかな?」

「あ、ごめんね。そういうことじゃないの。ただおつうちゃん、最近は私と一緒にベッドに入っても赤くならなくなったなぁ、って思って。初めは耳まで真っ赤になって慌ててたのに」

「そ、その話は止めてくれ! というか、そういう姫だって赤くなっていたじゃないか!」

 

 その時の新鮮な恥じらいを思い出してしまい、おつうは自らの顔が熱を持っていくのを感じてしまう。

 この世界ではおつうは元々ナイトメアだったし、人魚姫に至っては幼い頃にその命が終わっていた。都庁の核に願ったことで人魚姫は生き返り、おつうも血式少女としての姿を取り戻すことができたものの、取り戻せていないものがまだあったのだ。それは前の世界で自分たちが住んでいた場所、そして自分たちの部屋である。

 この世界の黎明からすればおつうと人魚姫は突然湧いて出てきたようなものであり、もちろん事前に部屋など用意されているわけもなかった。そんなわけでおつうと人魚姫はかろうじて空いてたジャックの部屋の隣をあてがわれたわけである。そう、二人一緒に。

 

(あの頃は正直言って衝撃の連続だったし、心が休まる暇もなかったからなぁ……)

 

 仲睦まじいと自負している夫婦という間柄であったものの、前の世界では部屋は別々であった。にも拘わらずここに来ていきなり同棲。しかも感動の再開を果たし、以前にも増して愛しいと思うようになった相手との同棲だ。寝起きする場所が一緒どころか、ベッドまで一緒だ。

 今でこそ段々と慣れを感じ始めたものの、初めの頃は嬉しいやら恥ずかしいやらで全く気が休まらなかったわけである。無論それは変に意識してしまったおつうだけでなく、人魚姫の方も同じはずだった。

 

「うーん……確かに私もちょっと恥ずかしかったのは認めるけど、おつうちゃんほどは赤くなってなかったと思うよ? それなのにおつうちゃんはどうしてあんなに赤くなってたのかなぁ?」

「そ、それは……」

 

 しかし人魚姫は思い出して顔を赤く染めたりはせず、むしろ問いに答えられないおつうの様子が可愛らしいとでも言いた気に笑っていた。

 実際同棲が始まってからというもの、妙に騒いだり恥じらったりといった大きな反応をしていたのはおつうだけだったのだ。もちろん人魚姫も同じベッドで寝ることには微かに恥じらいを見せていたものの、結局はそれくらいの反応である。

 反応がこうまで違った理由は性格的なものか、あるいは考えてしまったことのせいか。いずれにせよ幻滅されたくはないので、おつうとしては何を考えた結果あそこまで大袈裟な反応を示していたのかは答えられない問いであった。

 

「……もしかして、エッチなことを考えちゃってたの?」

「っ!?」

 

 しかし沈黙を余儀なくされていたおつうに対し、人魚姫は答えをピンポイントで突いてきた。これには一瞬呼吸も忘れ、驚愕に慄いてしまう。

 そう、おつうが色々と大袈裟な反応を示してしまったのは、実際そういった考えを抱いてしまったからである。しかしそれも当然のこと。愛する女性とひとつのベッドに横になる。そんな展開になってその手のことを考えない男はいないだろう。まあおつう自身は王子様として振舞っているだけで、性別は間違いなく女性なのだが。

 

「ま、まさか! 僕はただ、愛しい姫と寝所を共にできることが光栄で、緊張のあまりに顔が火照っていただけさ!」

 

 肯定することもできないため、必死に笑顔を形作って誤魔化す。実際緊張を覚えていたのは事実だし、愛しい姫と寝所を共にできることが光栄だと思ったのも事実ではある。

 

「ふーん……本当にそうなのかな?」

「も、もちろんですよ! 僕を信じてください、姫!」

 

 どこか妖しい微笑みを浮かべてじっと視線を向けてくる人魚姫へ、おつうは必死に希う。

 性的なことを考えて悶々としていたなどと知られてしまえば、最早顔向けができなくなってしまう。ましてそれで軽蔑されようものなら生きる気力を失ってしまうかもしれないのだ。本当のことなど言えるわけがなかった。

 

「……うん、そうだね。じゃあそういうことにしておこっか?」

(信じていないのかな、姫……でも、凄く純粋な笑顔を浮かべているし……)

 

 しばしおつうの瞳をまっすぐ覗き返してきた後、人魚姫は笑って頷いてくれた。しかし口調は納得したというより、今は見逃してくれたような感じである。案外本当は全てを察しているのではないだろうか。

 

「そうだ、おつうちゃん知ってる? 私、あの後ハーちゃんや白雪ちゃんともっと話をしたんだけどね、二人とも毎日何度もジャックさんとキスをしてたみたいなの。もちろんキスだけじゃなくて、手を繋ぎあったり抱き合ったりもだよ?」

 

 半信半疑になってしまうおつうだが、そこで唐突に話題が変わる。願ったり叶ったりの話題転換であるが、変わらず男女の関係を匂わせる話題なのであまり素直には喜べなかった。

 

「だ、抱き合ったり……!」

「あ、それは普通の意味の抱き合うだよ? でも、やっぱりもう一つの意味の抱き合うでも同じみたいだけど……」

 

 勘違いかと思いきやそっちの意味も孕んでいたらしく、頬を赤らめて答える人魚姫。おつうとしてはその答えよりも、恥じらいに頬を赤らめた人魚姫の姿にどきりとしていた。

 

「や、やっぱりジャックはケダモノじゃないか!」

「ジャックさんだって年頃の男の子だもん。両想いの恋人がいたら仕方ないことだと思うな?」

「た、確かにそうかもしれないけど……」

 

 もちろんおつうとしてもジャックを責める気はない。男ならその手の欲求を抱いてしまうのは仕方のないことだろうし、ジャックだって男には違いない。それでも先ほど詰ったのは人魚姫の恥じらう姿に胸を高鳴らせてしまったのを誤魔化すためであった。

 実際それが功を奏したのか、人魚姫からの追及は何もない。なので心の中でジャックに謝罪しつつ安堵するおつうだったが――

 

「……それに私も、ジャックさんくらい求めてくれた方が嬉しいかな?」

「……えっ?」

 

 その瞬間、間違っても聞き捨てならない言葉が耳に届いた。一瞬幻聴かと耳を疑ってしまうものの、目の前の人魚姫の面差しはこれまで以上に真っ赤に染まっていた。まるでとても恥ずかしい言葉を口にしてしまったように。

 つまり今の発言は幻聴でも何でもなく、人魚姫が実際に口にした言葉で――

 

「だっておつうちゃん、全然そういうこと求めてくれないんだもん。キスだって数えるくらいしかしたこと無いし、その先のことは、一度も無いし……」

「あ、えっと、その……姫?」

 

 あまりの衝撃に混乱してしまうおつうの前で、人魚姫は顔を赤くしながらも幻聴と勘違いできないほどはっきり続けていく。その上恥じらいの中には微かに不満気な色さえ見えた。それも他でもなくおつうに対しての。

 

「もちろんいつも私のことを第一に考えて、いつも優しく接してくれるのは凄く嬉しいよ? でも私たちは夫婦なんだから、夫婦の営みもあると思うの」

「わっ!? ひ、姫、どこを触って……ひゃぁ!?」

 

 そうして身体を寄せてくると、あろうことかそのたおやかな手で以ておつうの身体を撫でてくる。抱きしめるように背中に回され、腰を通って下へと降りて、お尻を撫でながら太ももへ。

 大きな戸惑いと微かな快感を覚え反射的に逃れようとするも、背中に回された細い腕がそれを許さない。目と鼻の先にある人魚姫のどこか潤みを帯びた美しい瞳も、おつうをその場に釘付けにする。

 

「おつうちゃんは私の王子様なんだから、初めてはリードしてくれると嬉しいな……?」

(うわっ、うわわわわわっ!? ひ、姫が、姫がっ! こ、これはまさか、僕を誘っているのか!?)

 

 さすがに経験のないおつうでも、ここまでされればそれくらいは理解できた。恐らく人魚姫はハーメルンや白雪姫たちとの少し大人な話に触発されてしまったのだ。

 二人だけでなく、ジャックの恋人たちは心も身体も深く愛し合っていたらしい。そんな少女たちから話をしてもらったのなら、それはもう濃厚な男女の絡みを克明かつ鮮烈に聞かせてもらったに違いない。ハーメルンなら実体験を交えて話した可能性も大いにありそうだ。あまりにも刺激の強すぎる話を聞いて、きっと人魚姫は毒されてしまったのだろう。おつうは一瞬そう考えたが――

 

(……いや。それもあるかもしれないけど、僕が王子様として振舞おうとするあまり、姫の男として振舞えていなかったことが理由かもしれないな)

 

 同時に、自分自身にも原因があることを悟る。

 確かにおつうと人魚姫は夫婦だ。それは間違いないことだし、お互いに愛し合っているということも自信を持って言える。愛情を示す行為だって今までたくさん重ねてきた。

 ただし、肉体的な愛情表現に限って言えばそれほど多くはない。何せ今までに重ねたキスの回数も数えられる回数なのだ。おつう自身それで満たされていたので問題はないと感じていたのだが、どうも人魚姫は違ったらしい。

 そして幾ら懸命に姫の王子様として振舞おうと、おつうの性別は男ではない。例え王子様として振舞えていたとしても、夫として、男として振舞うことはできていなかったのだろう。

 

(だとすれば、今僕がすべきことは……)

 

 本来優しくリードしてあげるべきお姫様に誘わせてしまったのだから、ここから先は王子様が引き継ぐべき。おつうもそれくらいは理解できるし、これから人魚姫と重ねるべき触れ合いに対して忌避も嫌悪も覚えない。

 むしろ考えるだけで心臓が今にも破裂しそうな高鳴りを覚えてしまうほど、おつう自身も愛する姫との触れ合いを求めている。肌を重ね、心を重ね、お互いの愛を温もりと共に感じたい。はっきりとそう思っている。

 

(す、すべきことは……)

 

 しかし、そのためにはおつう自身も自らの総てを人魚姫に曝け出さなければならない。愛しい人魚姫の総てを頂くのだから、こちらも総てを捧げるのは当然のこと。しかもおつうは王子様である以上、姫をリードして姫よりも先に総てを曝け出す必要があるだろう。心も、身体も、何もかも。

 果たして自分にそれができるのか。そもそも姫をリードできるほどの知識や経験があるのか。思考を巡らせていくおつうだったが、人魚姫に身体を弄られる羞恥と緊張が頂点に達し――

 

「わ、わっ!? す、すいません、姫っ! 失礼します!」

「あっ……」

 

 ――姫の抱擁を振り切り、無様にもその場から逃げ出してしまった。緊張と羞恥に耐えられず、今にも火が出そうなほど熱い顔を、恥じらいに染まり切っているであろう顔を必死に隠しながら。

 姫である人魚姫は心の準備ができていたはずだというのに、王子様であるおつうはあまりにも情けない姿であった。最早王子様の反応ではなく、純な生娘の反応でしかない。こんな様では姫の王子様として失格だ。そしてそれが分かっていても、今は逃げ出す足を止められなかった。

 

「もうっ、おつうちゃんのいけず……でも、そんな風に純真なところも可愛いよね?」

 

 とはいえ、人魚姫としては幻滅するようなことではなかったらしい。部屋を飛び出す間際に聞こえてきたおつうの反応への感想はびっくりするほど可愛らしく、そして悩ましさに溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……僕は、姫の王子様失格だ……」

 

 自己のアイデンティティを喪失したような虚無的な感情を抱きながら、おつうは居住区の廊下をとぼとぼと歩く。

 積極的かつ妖艶な人魚姫に迫られ、緊張と羞恥に駆られて逃げ出す。これはどう考えても王子様の反応ではなかった。きっと正しい王子様ならあそこで姫を優しく抱きしめ、恭しくエスコートしてあげたに違いない。それができなかったのはおつうが実際には男ではなく、姫と同じ女の子だからなのだろう。

 人魚姫との関係に不自由を感じたことはなく、また今まで性別に不自由を感じたこともなかったが、今回はそこが問題になっているようだ。少なくともおつうが王子様でなくとも本物の男だったなら、あそこで逃げ出すという選択は取らなかったに違いない。

 

「――隠れてないで出てきなさい、ジャックぅ! 私のあんたへの愛の深さを、朝までたっぷりとその身体に教え込んでやるぅ! あはははははははははっ!」

(今、何かこう……とってもジェノサイド的な何かが目の前を通って行ったような……?)

 

 真っ白な髪とピンクに光る瞳を持つ三姉妹の長女が目の前を横切って行ったのを見送り、再び歩き出す。何故そんな状態になっているのかは皆目見当がつかないが、どうやら予想以上にジャックは苦労しているらしい。

 

(まあそれも当たり前か。僕は僕で、姫が積極的になっただけでこの様だからね……)

 

 子供の頃に人魚姫と夫婦になったおつうでさえ、ついさっき部屋から逃げ出してしまったほどなのだ。つい昨日恋人ができたばかり、それも同時に六人もできたジャックの苦労は最早おつうには計り知れない。ましてその恋人たちが全員積極的に迫ってきたのなら、例えジャックでも逃げ出してしまっておかしくない。というかジェノサイド化している親指姫の口ぶりから察するに、実際に逃げ出したのだろう。

 

(まあ、僕は僕自身のことで手一杯だ。頑張ってくれ、ジャック……)

 

 恋人に苦労しているであろうジャックに強い共感を覚えるものの、正直なところ助け船を出せるほどの余裕はない。なのでおつうは一旦ジャックたちのことを頭から締め出し、火照った顔や頭を冷ますために屋上へと足を向けた。

 

「うっ、さすがにちょっと寒いな……」

 

 屋上に出たおつうは寒々しい冷気に襲われ、身震いする。咄嗟に逃げてきてしまったために上着やシーツといったものを持ってくることはできず、寝間着姿でいることの弊害だ。しかしこれくらいの寒さの方が冷静さを取り戻すには打ってつけである。

 なので身を切るような冷気を甘んじて受け止めていたところ――

 

「あれ、その声は――つう? どうしてこんな時間に屋上に?」

 

 おつうの声を耳にしたせいか、物陰から件のジャックが顔を覗かせた。どうやら向こうも屋上を避難場所に選んでいたらしい。

 

「それは僕のセリフだよ、ジャック。どうして親指がジェノサイド化して君を探し回っているんだい?」

「あ、あはは。それはまあ、色々あって……」

 

 乾き切った、それでいてどこか痛々しい笑みを零して答えるジャック。やはり恋人たちの積極的な行動に予想以上に堪えているようだ。尤も人魚姫から逃げてきたおつうも人のことは言えないが。

 

「まあ僕はそういう理由なんだけど、つうはどうしてこんな時間に屋上へ来たの?」

「それは……まあ、ちょっと眠れなくてね……」

「あっ……そう、なんだ……」

 

 逆に問われたおつうは当たり障りのない答えを返したものの、部屋での出来事や人魚姫の様子を思い出してたせいか頬が熱を帯びているのを感じていた。きっと頬は赤く染まっているに違いない。

 肌寒さを感じているにも関わらずそんな風に頬を染めていれば、何らかの理由があることは明白である。頷きながらも全てを理解したような同情の籠った視線を向けてきているあたり、ジャックも何となく察しがついたのだろう。

 

(二人揃って恋人から逃げてきたなんて、僕たちは情けないなぁ……)

 

 その証拠にジャックも同じくふがいない自分自身を嘆いたのか、おつうと全く同じタイミングでため息を零していた。

 尤も嘆いても状況は変わらない。このまま姫の元へ戻ることなどできないし、それはジャックも似たようなものだろう。なのでおつうは少しでも時間を潰すため、情けない負け犬同士で親交でも深めることにした。

 

「……隣、いいかい?」

「うん、大丈夫だよ。あっ、良かったらこれ使う?」

 

 隣に腰かけたおつうへと、ジャックは自分の身を包んでいたシーツを差し出してくる。これが恋人への対応ならかなり高得点のはずだが、生憎とおつうには人魚姫がいるので得点にはならなかった。

 

「それは嬉しいんだけど、僕にそれを渡したら君はどうするんだい?」

「これくらい平気だよ。それに女の子は身体を冷やしちゃいけないって言うしね?」

「君に比べれば僕の方が身体は丈夫なんだけどな。それに僕は姫の王子様で……」

「それでも女の子には変わりないよね? 寒いって言ってたのも聞こえたし」

「うっ……」

 

 言質はすでに取られていたため、おつうは言葉に詰まってしまう。

 何より今のおつうは衝動的に逃げ出してきたため、寝間着姿のままである。そんな姿で屋上にいるものだから寒いのは当然のことであった。

 

「はあっ……分かったよ。だけど借りを作りたくないから、こうすることにしよう」

 

 ジャックからシーツを受け取ったおつうは、苦肉の策としてそのシーツを広げて自分とジャックの身体を包む。微妙なところだがこれで貸しにも借りにもならないだろう。

 

「う、うーん。ちょっと傍から見たらどう見えるかが気になるね、これは……」

 

 若干頬を染めて、戸惑いがちに視線を彷徨わせるジャック。

 まあジャックもおつうも恋人がいる身だ。それなのに二人で一つのシーツに包まって身を寄せ合っているという現状に思うところがあるのだろう。確かに男女でそんな真似をしていたら、関係を邪推はしないまでも良い雰囲気であることくらいは誰だって認めるに違いない。

 

「僕の姫も君の恋人たちも、これくらいで浮気を疑ったりはしないさ。そもそもそんな気はないしね。というか君に風邪をひかせたら僕がみんなに怒られそうだ」

「う、浮気って……まあ、いいや。僕も皆にこれ以上心配をかけたくはないしね」

 

 しかしおつうにそんな気は一切ないため、特に問題はなかった。おつうは人魚姫一筋なのだから間違ってもそんな事態は起こりえない。

 一応男性であるジャックなら多少は考えてしまうかもしれないが、今現在の恋人が六人もいる状態で更に他の女性に懸想できるほど器用な男とは思えなかった。そもそもそこまで器用ならこうして屋上で一人ぽつんとしていることはないはずだ。

 なので特に問題もなく、二人で身を寄せ合い一つのシーツに包まる。尤もさすがに密着しているわけではない。さすがにそこはお互いに線引きしなければいけないところである。まあおつうとしては前の世界での関係もあってか、いまいち距離感が掴みづらいのだが。

 

「それでジャック、今日はどうだったんだい? 記念すべき恋人生活一日目だったんだろう?」

「うーん。正直なところ、ずっと振り回されっぱなしだったね。恋愛のれの字も知らなさそうだったハーメルンも、大人しいって思ってた白雪姫――あっ、白雪も、凄く積極的で……」

 

 とりあえず気になっていたことを尋ねると、ジャックは頬を赤くして視線を彷徨わせてしまう。

 この反応と白雪姫への呼び方が変わったところから、どうやら並々ならぬ何かがあったらしい。とはいえ片や恋愛という概念を知っているかも疑わしかった少女、片や個性的な少女が多い血式少女の中でもかなり大人しめな少女。さすがにこの二人ではどんな出来事があったのか想像できなかった。

 

「あんまり想像できないな。いや、ハーメルンが積極的なのは朝の時点でわかっているけど。具体的にはどんな風に積極的だったんだい?」

「えっ、それは、その……」

「ああ、僕が女だから気にしているのかい? なら僕のことは男友達と思って話せばいいじゃないか。実際僕は姫の王子様だからね」

「それでも話しにくいことなんだけど……まあいいや。実はハーメルンは僕がお風呂に入ってるところにいきなり入ってきて、白雪に至ってはベッドの中に潜り込んでて……」

「それは……随分、積極的だね……」

 

 予想外の答えにおつうは多少面食らってしまう。

 ジャックの恋人たちはジャックと身体を重ねた記憶もあるらしいので、一足飛びに積極的になることはあるかもしれないと思ってはいたものの、まさかそこまで飛躍しているとは思わなかった。というかおつうだって人魚姫にそんな真似をしたことがないのだが。 

 

「うん。二人だけならまだ良かったんだけど、ハーメルンの後に赤ずきんさんまで入ってきたんだ。それでお風呂場から逃げ出してベッドに身体を投げ出したら、白雪と一緒にネムまでそこにいて……」

「うわぁ……」

 

 反応に困って気の利いた言葉を返せず、ただ驚きと呆れの入り混じった声を零すしかない。

 何にしても程度に差はあれ恋愛という概念と知識に乏しそうな二人と、血式少女の中では比較的大人しめな少女二人でさえ大胆に過ぎる行動を取ったらしい。それがジャックへの愛の深さ故の行動なのは分かるものの、愛を育んだ記憶のない当のジャックはかなり参っているようだ。

 

「そ、それで、その後どうなったんだい? まさか君に限ってそのまま気にせず過ごした、なんてことはないだろう?」

「うん。情けない話だけど逃げるように部屋を出て、しばらく廊下で途方に暮れてたよ。そしたら偶然通りかかったアリスが声をかけてきて、事情を説明したら部屋に泊めてくれることになったんだ」

「あ、アリスの部屋……その、君は大丈夫だったのかい……?」

 

 恐ろしい答えを返され、思わずジャックの身体を服の上からつぶさに観察してしまう。少なくとも首筋や頬などの晒されている肌の部分にはキスマークとかそういった類のものは見当たらない。

 そんなおつうの反応を何となく予測していたのだろうか。ジャックは恥ずかしそうにしながらも苦い笑いを零していた。

 

「つうもそんな反応するんだね。やっぱり、皆にとってアリスは危ないって認識なの?」

「危ないというか何というか、まあ君に関することに限っては否定できないかな……」

「だ、大丈夫だよ! 直前でアリスは正気を取り戻してくれたし!」

「いや、正気を失うようなことがあった時点でかなりまずいと思うよ? 君はアリスに何をされかけたんだ……?」

 

 力いっぱいアリスをフォローしていたジャックだったが、おつうがそう尋ねた途端乙女のように頬を真っ赤に染める。それと同時に自らの唇に手を伸ばしたのを、おつうは見逃さなかった。どうやらなかなかに熱く激しいことをされたらしい。

 まあ相手がアリスなら唇を奪われるだけで済んでまだマシというところだろう。下手をするとジャックは食べられていたかもしれないのだから。

 

「そ、それは置いといて! 危ないところでアリスも自分を取り戻して、自分とは一緒にいない方が良いって言って僕を解放してくれたんだ。だから僕はもう最後の望みとして親指姫の部屋に行ってみたんだよ。一応親指姫も表面上はともかく僕を歓迎してくれてたし、途中までは何事もなかったんだけど……何か、その、怒らせちゃったみたいで……」

「はあっ。ジャック、君という奴は……」

 

 大方何か親指姫の気に障ることを口にしてしまったのだろう。先ほど廊下を走っていたジェノサイド化した親指姫の発言の内容を総合して考えるに、恐らくはジャックへの好意を疑ったか何かしたに違いない。よりにもよって天邪鬼な親指姫にそんな言葉をかけるとは乙女心への理解があまりにも足りない。

 加えて危機意識がほぼ皆無で無防備すぎる。途中でアリスが正気に戻ったから良かったものの、一歩間違えばジャックは今夜大人の階段を登っていても不思議ではなかったのだ。たぶんジャックとしてはアリスが幼馴染だから余計に油断し、安心しきっていたのだろう。

 

(いや、これは仕方ないことだろうな。そもそも恋人ができたばかり、それも六人もの恋人が同時にできて余裕の無いジャックに乙女心を理解しろ、というのはあまりも酷な話じゃないか。それに僕自身、ジャックをとやかく言える立場じゃない)

 

 六人の恋人に翻弄され、途方に暮れて屋上で黄昏るジャック。姫の積極的な態度に緊張と羞恥を抑えきれず、屋上に逃げたおつう。どちらも無様で情けないことこの上ない姿だ。むしろジャックはまだ恋人ができたばかりという事実を考慮すれば、おつうの方がより情けないと言えるはずだ。

 

(ジャックは乙女心が、僕は姫の心が――いや、正確には振舞うべき王子様の、男の心が分かっていなかったってところか)

 

 繊細で複雑な乙女心を六人分も理解しなければいけないジャックにしても、人魚姫が望んでいる更に進んだ王子様としての振る舞いにしても、明らかに自分たちには荷が重い。ジャックはまだ伸びしろが十分ありそうだが、長い間王子様として振舞っておきながら言われるまで気が付かなかったおつうはかなり絶望的だ。そもそも姫の方からあんな行為に走らせてしまった時点でもうアウトだろう。

 

「はあっ……」

 

 故におつうは自分の不甲斐なさにため息を零す。ジャックも色々思うところがあるらしく、おつうと同時に重苦しいため息を零していた。

 男と女が一つのシーツに包まり身を寄せ合いながら、かなり深いため息を零して落ち込んでいる姿は傍から見ればある種異様な光景に違いない。普通ならちょっといい雰囲気の男女に見えるのかもしれないが、想いを寄せたり寄せられたりしているのは隣にはいない少女たちである。

 

(……ん? 待った。僕とジャックで、男と女?)

 

 深いため息を零して若干心が楽になったのか、それとも仲間がいることで安心したのか、不意におつうの頭にとある考えが浮かぶ。

 ジャックが分からないのは乙女心と女の子のこと。優しさと気遣いは素晴らしいのだが鈍感なところもあるようで、アリスの毒牙にかかりそうになったり親指姫を怒らせたりしてしまった。

 そしておつうが分からないのは女の子に対する男の心だ。姫が望む通りの王子様として振舞ってきたと思っていたものの、どうやら恋人同士の触れ合いや男女としての触れ合いについては上手く行っていなかったようだ。だからこそ人魚姫はあんな風に自ら積極的に動こうとしたのだ。

 要するにおつうもジャックも、異性の心と行動が分かっていない。そしてお互いにその知りたい心を持った異性だ。まあおつうもジャックもその性別の中では多少一般的ではないかもしれないが、それでもお互いに知りたい心を持っている存在には違いない。

 

(そうだ! 僕とジャックで互いに教えあえばいいじゃないか!)

 

 つまりお互いにその心を教えあうことができれば、お互いの悩みが解決するというわけである。それに気が付いた時、おつうは天啓を授かったような気分になった。

 

「……ジャック。一つ提案があるんだ」

「うん? どうしたの、つう?」

「はっきり言おう。君は乙女心が分かっていない。それに恋する乙女がどんなに積極的で凄まじい存在かということも、君は知らないだろう?」

「それは、まあ……うん。今日一日で知った気になると、絶対痛い目を見そうだね……」

 

 乙女心が分からないという言葉に対して、かなり苦い顔をして頷くジャック。ただジャックの状況を考えると痛い目で済むならまだマシというものだろう。

 

「そして僕は逆に男の心が分からない。さっきはちょっと眠れなくてここに来たと言ったけど、実は僕も君と似たような理由で逃げてきたんだよ。姫が、その……もっと、男女らしい関係や行為を、求めてきてね……」

「えっと……そ、それって僕に教えていい話なの?」

 

 意を決して事情を明かすと、ジャックは顔を真っ赤にして当然の問いを投げかけてくる。

 もちろん愛する姫とのやりとり、それも非常に深い話をするなど本来なら到底許されることではない。しかしジャックにだけ深い話をさせてしまっては対等ではなくなってしまう。これはあくまでも対等な取引なのだからそれではいけない。

 それにおつうは一応女だが王子様なのだし、男同士なら多少は突っ込んだ恋愛話をするのは何もおかしくはないはずだ。何よりこれは愛する姫のための取引。姫の望みを叶え、姫を喜ばせてあげるられるようになるためのものだ。そのためなら姫も多少は大目に見てくれるに違いない。

 

「君にだけ話をさせてしまった以上は、僕も話さないと借りを作ったようで嫌だからね。それにこの提案を君が受け入れたなら、僕も君もお互いに腹を割って話をしないといけないんだ。そう、かなり赤裸々な話をね」

「赤裸々な話……」

 

 一体何を思い浮かべたのか、ジャックは更に頬を赤く染める。とはいえ思い浮かべた内容はたぶん間違っていないので、おつうは特に否定しなかった。

 

「ジャック、僕は君に乙女心を教えてあげるよ。代わりに君は僕に男の心を教えてくれ。これが提案だ。悪くない取引だと思わないかい?」

「確かに悪くない取引なんだけど、話の流れからするとかなり深いところまでお互いに教えあわないといけないんだよね……?」

「そ、そうだね。だけどその価値は十分にあると思うよ。僕はこのままではいけないと思っているし、それは君だって同じだろう?」

「それは確かに、そうなんだけど……」

 

 どこか気乗りしない様子を見せるジャックだが、まあ当然と言えば当然の反応だ。何せジャックはつい昨日に恋人ができたばかりなのだから。しかも唐突な上に六人も同時に。そんな状況では恋人ができたという実感もあまりないのかもしれないし、おつうが求めるような話をできるかも不安なのだろう。

 

「お互いに腹を割って話し合うだけで、愛する人の幸せを掴むことができるんだ。決して悪くない話のはずだ。君だって恋人たちを――アリスたちを幸せにしてあげたいだろう?」

「そう……だね。分かったよ、つう。僕はあんまり男らしくないって言われるし、正直話せることがあるのかどうかも分からないけど、それでもいいならよろしくお願いするよ」

「こちらこそだよ、ジャック。お互いに愛する人たちのために頑張ろう」

 

 微かな逡巡を見せながらも頷いたジャックに対して、おつうは手を差し伸べる。取引成立の握手を交わし、今ここに恋人たちを幸せにするための情報交換が為されるのであった。

 ただジャックは自分でも口にしている通り、一般的な男性に比べると若干男らしくないので得られる情報にも多少影響は出るだろう。とはいえそれは悪いことではないし、何よりおつうも今まで王子様として振舞ってきた以上、一般的な女性とは言い難いはず。なのでそのあたりはお互い様というところだ。

 

「……だけど、さすがに今夜はもう遅いからやめておこうか。つうは早く人魚姫さんのところに戻った方がいいよ?」

「そうだね。だけど君はどうするんだい? まさか屋上で一夜を明かす気じゃないだろうね?」

「幾ら高いところが好きでもさすがにそれはちょっとね。ここは寒いし、中に戻ってどこか目立たないところで過ごすよ。親指姫に見つかりたくないしね……」

 

 そこまで口にして親指姫の現在の状況を思い出したのか、顔を青くしてしまうジャック。まあ確かにアレに見つかってしまえば朝まで眠らせて貰えないことは確かだろう。そのあたりの経験が皆無なおつうにもそれくらいは分かっていた。

 しかしこのままではジャックは部屋に戻ることもできず、その上親指姫に見つからないように怯えながら夜を過ごさなければならない。精神的にも肉体的にもだいぶ参っているというのにそこに追い打ちをかけられては、血式少女と違い身体が丈夫ではないジャックは間違いなく体調を崩してしまうだろう。

 

「……良かったら、僕の部屋に来るかい?」

 

 放ってはおけず、ついついそんな言葉をかける。これにはもちろんジャックも目を丸くしていた。 

 

「えっ? いや、でもつうの部屋は人魚姫さんがいるよね?」

「ああ。だからもちろん君には床で寝てもらうことになる。そこは死んでも譲れないよ。まあ僕と君だけだったらベッドで良かったかもしれないけどね」

「いや、それもちょっとどうかと思うけど……本当にいいの?」

 

 どこか不安げな表情で尋ねてくるジャック。おつうと人魚姫という夫婦の部屋にお邪魔するべきではないと考えているからこその感情なのだろう。

 実際自分たちの部屋、それも就寝時に男を招き入れるなど言語道断だ。しかし相手は他ならぬジャック。相棒とも言える存在で、人格的にも非の打ちどころはない。部屋に招いても間違いを起こすことはないと確信しているからこそ、おつうもこんな提案をしたのだ。まあ知能の低下したナイトメア姿での付き合いが長かったため、距離感をいまいち図れないのも理由の一つかもしれないが。

 

「ああ。僕は構わない――いや、腹を割って話すべきだね。むしろ君に来て欲しい。さすがに姫も君が同じ部屋にいれば、色々と積極的にはならないだろうからね……」

 

 とはいえ大きな理由はこちらの方だ。さすがに同じ部屋にジャックという男がいれば、再びおつうが襲われかけることはないはずだ。つまり人魚姫に対する抑止力になって欲しかったわけである。

 そんな本音を聞いて安堵したのか、ジャックは不安げな表情を微笑みへと変えていた。

 

「そういうことなんだ。じゃあ遠慮なくお邪魔させてもらおうかな。正直もう疲れて眠くて……」

「ははは、君は本当に大変な一日だったみたいだからね。それじゃあ早く行こうか」

 

 だいぶ限界が近そうなジャックの姿に軽く笑みを零し、おつうは二人で屋上を後にした。もちろんジェノサイド化した姿でジャックを血眼になって探し回っている親指姫と鉢合わせ無いよう、十分に二人で周囲を警戒しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はあっ。これでやっと、安心して眠れる……)

 

 親指姫と遭遇することなく無事おつうの部屋に辿り着き、人魚姫にも快く迎えられたジャックは床を寝床に今日一番の安堵の吐息を零していた。

 夫婦であるおつうと人魚姫、しかも夫婦でありながら二人の少女と同じ部屋で眠るというのは抵抗がなかったわけではない。二人の邪魔をしたくないという思いがあったので、本当なら厚意に甘えるつもりはなかった。

 ただおつうにジャックの存在を抑止力として使いたいという考えがあったことと、ジャック自身相当疲労が溜まっていたのでついつい甘えてしまったわけである。まあ人魚姫には断られるかもしれないと思っていたのであまり期待はしていなかったのだが、実際にはあっさり了承されて快く迎えられてしまった。幾ら何でも一応は男であるジャックを同じ部屋に泊めてしまうとは、人魚姫はちょっと無防備ではないだろうか。

 

(うーん、つうの話は本当なのかなぁ? もし人魚姫さんがつうに積極的に迫ったっていうなら、二人きりの部屋に僕を歓迎してくれるとは思えないんだけど……)

 

 おつうの話が本当なら、ジャックを部屋に上げても人魚姫にとってはお邪魔虫でしかないはずだ。それなのに笑顔で迎えてくれたあたり、案外襲われかけたというのはおつうの勘違いや脚色によるものなのかもしれない。実際人魚姫がそんな風に大胆に動くところは、ジャックにはあまり想像できなかった。

 

(つうに男の心を教えるっていうのがかなり不安っていうか、恥ずかしいけど……まあ、仕方ないよね。それで女の子のことを教えてもらえるんだから)

 

 話の流れからすると男の心というのは気構えとかそういう類のものだけではなく、もっと下世話なものも含めた意味だ。つまりは欲望なども含めたもの。たぶん胸の大きい女の子に対してどう思うかとか、そんな子に対して何をしたいかとか色々と突っ込んだ話をしなければいけないはず。

 正直それは死ぬほど恥ずかしいことだが、その代償を支払ってでも女の子の心というものを理解しなければいけない。何せジャックの恋人たちは別の世界の恋愛経験豊富な記憶を得てしまっているのだ。たぶんジャック自身も知らないジャックの性的な好みやら何やらも知っているに違いないし、きっと黙っていても向こうから色々とリードしてくれるに違いない。

 しかしそれではいけない。不可抗力とはいえ恋人を六人も作ってしまった以上、ジャックには恋人たちを幸せにする義務がある。幾ら何でも向こうから関係をリードさせるわけにはいかない。ジャックが女の子の心を理解して、しっかりと幸せを感じさせてあげなければいけないのだ。そのためなら多少恥ずかしい思いをするくらいは必要な犠牲と割り切るべきだろう。

 

(うん、明日から頑張ろう――うん?)

 

 そう心に決めたジャックがようやく眠りにつこうとしたところ、暗い部屋の中で微かな物音と小さな声が耳に届いてきた。恐らく二人でベッドに入っているおつうと人魚姫がおしゃべりでもしているのだろう。

 

「ひゃあっ!? ひ、ひひひ姫!?」

(――っ!?)

 

 相変わらず仲良しで微笑ましいと思ったのも束の間、何やらおつうの焦った声が聞こえてくる。それと同時にベッドが軋む怪しい物音も。

 

「うん? どうしたの、おつうちゃん?」

「じゃ、ジャックがそこにいるんだよ!? なのにどうしてこんな――ひゃぅ!?」

「ジャックさんを連れてくれば私に何もされないって思ったの? もうっ、おつうちゃんはずるいこと考えるんだから。そんな悪い子にはおしおきだよ?」

「んっ、やぁ――!」

 

 どうやら人魚姫が大胆な行動に出たというのは嘘ではなかったらしい。むしろジャックが部屋にいるというのにおつうに何かをしているあたり、話に聞いていた以上に大胆である。普段の人魚姫の様子からするとジャックにとってはかなり意外なことだった。

 しかし冷静に考えてみれば、ジャックの恋人たちも信じられないほど積極的かつ大胆な行動をしていた。きっと女の子というのはジャックが想像している以上に強い生き物なのだろう。これはちょっと認識を改める必要がありそうだった。

 

(き、聞こえない! うん! 何も聞こえないからね、つう! おやすみ!)

 

 しかしそれが分かっても今この状況下で役立つわけでもなかった。逃げ出せば今のやりとりを耳にしていたと自白しているようなもの。故にジャックはベッドの方から聞こえてくるおつうの嬌声と妖しい物音を極力聞かないようにしながら、全力で眠りにつくのであった。

 

 




 王子様二人の間で同盟が結ばれました。この二人かなり純情な方ですよね……。
 これで色々な話を書ける下準備は整った感じですが、実はこの先の展開はあんまり決めてなかったり……でもこう、ジャックの恋人たちによるジャックの初めて争奪戦とか楽しそうですよね。もうファーストキスはネムちゃんが奪ってるけど……。
 あるいは恋人となった血式少女たちそれぞれの回想という形で個別のイチャラブ話も書けるから自由度が高いなぁ。とにかく色々妄想してみます。
 あ、ちなみに最後の場面のおつうちゃんは食われたわけではなく、純粋に悪戯されてるだけです。さすがにジャックがいる部屋で食べたりはしないはず……しないよね……?

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