フィナーレ発売まであと少し! だが恋獄搭トゥルーと本編、どっちをやればいいんだ!?
「う、うーん……」
夢心地の柔らかな感触と心地良い温もりに包まれているのを感じて、ジャックの意識は浮上する。
ぼやけた意識でまず感じたのは息苦しさ。そして、心が安らぐような甘い香り。まるで暖かく柔らかい、とてもいい香りのする何かが顔に押し付けられているかのような状態。
これは一体何だろうと、ジャックは半ば無意識で頬を包む何かに手を伸ばした。
「んっ……!」
(……んっ?)
そして触れた瞬間、どこか甘い声が正面のやや上の方から耳に届く。更には何かに触れた手は、指先に至るまで柔らかな感触の中に沈み込んでいく。柔らかさに埋まった指先と掌に感じるのは、大変生々しい温もり。そう、まるで人肌のような温かさであった。
(も、もしかして、これって……これって!?)
それが何かを察した瞬間、意識は完全に覚醒し一瞬で飛び起きる。
ベッドから跳ね起きたジャックが目にした光景は、不幸というか幸運というか、予想通りのものであった。
「すぅ……すぅ……」
目に飛び込んできた光景は、ジャックのベッドの上で安らかな寝息を立てる眠り姫の姿。その身を包むのは露出の多い大胆なデザインのネグリジェだというのに、捲れて胸や太ももが更に露わとなっているため余計に凶悪さが増している。
その癖本人は邪気の欠片も無い大変安らかな笑みを浮かべて眠っており、相反する魅力にジャックの心臓は朝からうるさいほどに高鳴っていた。
「眠り姫――じゃない、ネム。またいつの間にか僕のベッドに……」
未だに慣れない朝からのドッキリに、ジャックは深いため息を零す。
6人の血式少女と恋仲になってから、今では2週間が経過した。彼女たちは意外と早くこの関係に適応していたものの、ジャックは未だにこの恋人関係に慣れておらずドギマギすることばかりである。
まあ例え相手が一人であろうと、2週間程度で慣れることができるかと聞かれれば甚だ疑問だ。恐らく眠り姫たちが素早く適応できたのは、それぞれジャックと愛を育んだ記憶を手にしているからなのだろう。
(さっき触ってたのって、やっぱり眠り姫の胸……だよね。すごく、柔らかかったなぁ……)
思わず半ば以上が晒されている眠り姫の豊かな膨らみと、それに触れてしまった自らの右手に視線を注ぐ。
眠り姫は3日に一度くらいの頻度でベッドに潜り込んでくることがあり、ジャックはそれにも未だ慣れてはいない。こうして不慮の事故で変なところに触れてしまったりすることが多く、毎回驚かされてしまうのだ。
(役得、とか思えたら楽なんだろけど、さすがにそこまで開き直ることはできないなぁ……)
例え不慮の事故で、眠り姫が恋人の一人であろうとも、ジャックの胸の中には確かな罪悪感が渦巻いている。先ほどの出来事を純粋に喜べるほど図太くはないのだ。
かといって先の出来事を眠り姫に謝罪しようと、本人は全く気にした様子を見せないので反応に困ってしまう。むしろどこか嬉しそうに顔を綻ばせるのだから余計に質が悪い。まだまだ恋愛初心者にすら達していないジャックには刺激が強すぎる。
「僕にも皆と過ごした記憶があれば良かったんだけどなぁ……いや、6人分の世界の記憶が流れ込んできたら今度こそ頭が爆発しそうだけど……」
自分で言っておいて何だが、ジャックはすぐに首を振って否定する。前の世界の記憶を取り戻した時だけでも、頭が爆発するかと思うほどの激痛が生じたのだ。それが6倍されたら良くて廃人、悪く即死だ。そう考えるとむしろ今の状況は幸運と言うべきだろう。
「まあそこは悩んでも仕方ないよね。よし、早くみんなを起こしに行かなきゃ」
ぼやくのはそこまでにして気分を入れ替え、ジャックはベッドから立ち上がった。そしてだいぶ肌を露出している眠り姫の姿を極力見ないようにしながら、肩までシーツをかけてあげる。
みんなを起こしに行くと言っておきながらこの行動は矛盾しているようだが、眠り姫を起こすのはあくまでも最後だ。眠るのが好きな眠り姫はできればぐっすりと眠らせてあげたかった。
「んー……ジャック……」
シーツを身体にかけてあげると、その下でジャックの身体を探り当てるように眠り姫の手がもぞもぞと動く。ジャックの温もりが離れたことによる反射的な行動か、それとも寂しさからの無意識的な行動か。
いずれにせよ可愛らしくて微笑ましさに笑みを零し、ジャックは頭を優しく撫でてあげてから部屋を後にした。
「えっと……は、入るよ、アリス?」
そしてやってきたのはアリスの部屋。一応断りを入れたもののそれはあくまでも自分にしか聞こえない呟きであり、ノックも何もしていない。
アリスも恋人の一人とはいえまだ眠っている時に断りもなく女の子の部屋に入るのは正直かなり気が引けるものの、これがアリスの望みなのだから仕方ない。そのためジャックはまだ灯りのついていない部屋の中をどこか億劫な気持ちで歩き、ベッドで眠りについているアリスの元へと向かう。
(うぅ、初めてじゃないのに何回やっても未だに慣れないなぁ……)
ベッドにまで辿り着き、目に入ってくるのは幼馴染の可愛らしい寝顔。牢獄に囚われていた頃にはもっと間近で何度も目にしていたが、あれは一種の極限状態での話だ。
極めて平和な時を過ごしている今、それも幼馴染ではなく恋人に関係が変化したアリスの安らかな寝顔はとても美しく思えて、見る度にドキドキしてしまうジャックであった。
「アリス。起きて、アリス。もう朝だよ?」
「ん……ジャック……」
一旦深呼吸して心臓の鼓動を整えた後、アリスの肩を軽く揺らしながら声をかける。すると実はすでに目覚めていたのかと思える反応の早さで目蓋が開かれ、眠気が抜けきっていないのか若干茫然とした金色の瞳が現れた。
視線はしばらく宙を彷徨った後、ジャックの視線に正面からぶつかり見つめあう。
「おはよう、アリス」
その瞬間、ジャックは会心の笑みを浮かべて朝の挨拶を口にする。途端にアリスは頬をバラ色に染め、至福に酔ったかのような微笑みを浮かべた。
「ええ。おはよう、ジャック……」
そして、アリスも眩い笑顔で挨拶を返してくる。しかもかなり熱のこもった魅力的な笑顔を。寝顔の破壊力もすごかったがこちらもかなりのもので、ジャックは落ち着いたはずの鼓動が騒ぎ出すのを感じていた。
「えっと……それで、その……」
「ふふっ。何度も言っているけれど、無理はしなくてもいいのよ? これはあくまでもできればのお願いなんだから」
次の行動に移ろうとするも毎度の如く緊張と恥じらいからいまいち踏ん切りがつかないジャックに、アリスは優しく笑いかけてくる。
しかしこれは恋人からのお願いなのだ。自分の他に五人も恋人がいるという、不誠実の極みともいうべき状況を許容してくれている恋人からの。ならばジャックには叶えてあげる以外に選択肢など存在しない。それに恥ずかしいだけで、決して嫌ではないのだから。
「んっ――」
しっかり呼吸を整え心を決めたところで、ゆっくりとアリスに顔を寄せお互いの唇を重ね合う。アリスの柔らかな唇の感触に更に胸を高鳴らせながらも、次の瞬間には口付けを終える。
恋人としてアリスがジャックに望んできたのは、とても単純で無欲とも言える願い。朝は起きた時に笑顔でおはようと声をかけて欲しい。そしておはようの口づけをして欲しい。今のところはたったそれだけであり、どちらもできることならの話で強制ではなくただのお願いのレベルだ。
ジャックとしては未だに誰にも想いを抱いていないというか、その辺りの気持ちはまだ良く分かっていないのにキスをするのは正直かなり気が咎めているものの、そこは二週間の間にもう呑み込むべきだと完全に割り切っていた。そもそもジャックと恋人たちの関係を考えるとジャックに拒否権や選択肢があるとも思えない。
「……ふふっ。ありがとう、ジャック。これで今日も最高の一日の始まりを迎えられたわ」
「うん、アリスが喜んでくれたなら僕も嬉しいよ。そ、それじゃあ僕はもう行くね?」
それに、今の状況は決して不快ではないのだ。むしろ幸せすぎて罪悪感を覚えるほどである。
何せ綺麗で可愛い女の子たちと恋人同士の触れ合いができて、それで彼女たちが幸せいっぱいの笑みを浮かべてくれるのだ。ジャック自身が多少複雑な思いを抱いていようが些末なことであった。
「ええ。ジャックは朝が忙しいものね。だけど、大変なら決して無理はしないで? もしもそうなら私を起こしに来なくても構わないから、ジャックはもっと自分の身体を労わって欲しいの」
ベッドから身体を起こしたアリスが、ジャックの手を握りながらどこか心配そうな瞳を向けてくる。
恋人になってもそこに含まれるジャックへの想いの強さにさほど変化が見られないのは、やはりアリスが元からジャックのことが好きだったためだろう。本当に何故今まで気が付けなかったのかと自分を責めてしまう反面、当のアリスも自分の気持ちが何なのか分かっていなかったのでおあいこではないかと思ってしまうジャックもいた。
「大丈夫だよ、アリス。これくらいは別に負担じゃないし。それに、今はまだ愛とか恋は良く分からないけど……僕だって、君たちのことを笑顔にしたいって思ってるし、幸せにしたいって思ってるんだ。だからアリスも、他にも僕にして欲しいことがあったら遠慮なく言ってね?」
「ジャック……分かったわ。それじゃあ私も、あなたへのお願いを考えておくことにするわね」
「うん。それじゃあ、朝ごはんの時にまたね、アリス」
「ええ。またね、ジャック」
そう言って、にっこり笑って送り出してくれるアリス。ただし案外焼きもち焼きなところがあるため、内心でどう思っているかは定かではない。何といってもジャックはこれから他の恋人を起こしに行くのだから。
「えーと……赤ずきんさん、入るよ……?」
そして次に訪れたのは赤ずきんの部屋。ただしジャックは部屋に入る時、細心の注意を払って本当に少しずつ扉を開けていった。
何故なら以前に一度、起こしに来る前に赤ずきんが目覚めており、運悪く着替えの場面に遭遇してしまった過去があるからだ。なので何かおかしなものが見えかけたら速攻で回れ右をしようと決めていた。
今回はちゃんと赤ずきんがベッドに横になっているのが見えたので、ジャックとしても一安心だ。胸を撫でおろしながら部屋へと入り、ベッドに近づく。
「赤ずきんさん、起きて。もう朝だよ?」
「うーん……むにゃむにゃ……」
非常に無防備で可愛らしい寝顔を晒す赤ずきんの肩を優しく揺り動かすと、何だか酷くわざとらしい寝言のような声が零れる。どうやら赤ずきんも赤ずきんで幸せな夢を見ているらしい。
「赤ずきんさん、もう朝だよ? 赤ずきんさん!」
「んー……くくっ……」
先ほどよりも僅かに強く揺すった所、揺れが気持ち良いのか小さな笑い声が零れる。更には幸せそうだった寝顔がニマニマと喜びの笑みに変わっていく。
その様子はとても幸せな夢に浸っているというよりも――
「……赤ずきんさん、もしかして狸寝入りしてる?」
「おっと、バレたか」
――狸寝入りを決め込んでいる様子。実際その予想は正しかったようで、ジャックが指摘した途端に赤ずきんはぱっちりと目を開ける。
その瞳には眠気など全く感じられず、ベッドから身体を起こす動きも極めて滑らか。ジャックが起こしにくるだいぶ前から目を覚ましていたことを如実に表していた。
「やっぱり。でも、起きてるならどうしてわざわざ寝たふりなんてしてたの?」
「いや、もしもあたしが起きなかったらジャックが何をするのかがちょっと気になってさ。あたしの着替えを覗いたジャックなら、眠ってるのを良いことにエッチなことでもするんじゃないかなって思ってね?」
「し、しないよそんなこと! というか、アレは本当にただの事故なんだってば!」
ニヤニヤと笑う赤ずきんの言葉にその時目にした光景を思い出してしまい、一気に顔が熱を帯びていくジャック。
普通そういった場合に恥ずかしがるのは女の子のはずなのだが、赤ずきんは着替えを見られた時も多少恥ずかしそうにしていただけであった。その上今では何度も引き合いに出してはジャックをからかって楽しそうに笑うのだ。これは恐らく赤ずきんがジャックと愛を育んだ記憶を持っている故の反応なのだろう。
「本当かなぁ? あたしは別にジャックになら着替えを覗かれたって良いし、エッチなことをされても良いんだけどな? 何なら、今からでも構わないよ?」
「……っ!」
どこか妖艶な笑みを浮かべつつ、赤ずきんはベッドの上で四つん這いになってジャックを見上げてくる。今の赤ずきんは寝間着姿でかなり露出度が高く、ジャックの方を向いて四つん這いになっているせいで胸元が特に凄いことになっていた。
豊かな膨らみが重力に引かれ、しかし決してだらしなく垂れることはなく揺れている。おまけにジャックから見ると胸の谷間がくっきりはっきり見えているのだ。まだまだ恋愛経験が皆無なジャックには刺激的に過ぎる光景であった。
「も、もうっ! からかわないでよ、赤ずきんさん!」
「あはははっ、ごめんごめん。だけど、さっき言ったことは本当だよ? あたしはそれくらいジャックのことが好きだからさ」
「う、うぅっ……何か赤ずきんさん、凄く意地悪になってる気がする……」
ついさっきまでからかっていたかと思えば、すぐに佇まいを正し慈愛に満ちた表情で好意を口にしてくる。
ころころと変わる表情や反応、そして心臓に悪い悪戯ばかり。恋人となった血式少女たちは別世界の自分の記憶を得たことで大なり小なり変化が見られるものの、赤ずきんの場合はそんな変化が見られていた。
「いやぁ、ジャックに対してちゃんとお姉さんらしく振舞えるって最高だね! これでしばらくはあたしの天下だよ!」
そんな風に変わった理由は本人が満面の笑みで口にしている通り、ジャックに対してお姉さんらしく振舞えるから、だそうだ。
どうも赤ずきんの記憶の中ではジャックに対して上手くお姉さんらしく振舞えていなかったようで、そのとばっちりが今この世界のジャックに来ているらしい。恋人になればお互い対等の存在に近づくはずなので、お姉さんらしく振舞えなかったのは仕方がないことかもしれないが。
「はぁ……まあ、赤ずきんさんが楽しそうで何よりだよ。おはよう、赤ずきんさん」
「うん! おはよ、ジャック!」
眩い笑顔で頷き、こちらがする前に向こうからキスしてくる赤ずきん。朝の挨拶だからかほんの一瞬唇が触れ合っただけだが、それでもジャックの胸には簡単には消えない高鳴りが生まれていた。
「さ、早く他の恋人にも挨拶しに行ってあげなよ。全く、お姉さんの他に5人も恋人がいるなんて、ジャックは本当にケダモノだなぁ?」
「それを受け入れた赤ずきんさんたちも大概な気がするんだけど……まあいいや。うん、それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい、ジャック!」
そのまま笑顔で送り出してくれる赤ずきんにこちらも笑みを返し、ジャックはその場を後にする。
早朝からすでに二人の女の子とキスをしているせいでかなりの罪悪感と微かな優越感を覚えているものの、これはまだまだ序の口であった。何せこれから起こしに向かう予定の恋人はあと三人もいるのだ。起きたら隣で寝ていた眠り姫を含めずとも、である。
「白雪、入るよ?」
そして次に訪れたのは白雪姫の部屋。願いの内容もアリスと大体同じであるが、若干異なる点が存在する。というかジャックからすると白雪姫の願いの方が余計に二の足を踏んでしまう内容なのだ。
「ん……ふふ、もう食べられませんよぉ……」
(何か凄い定番な寝言口にしてるなぁ、白雪。幸せそうな夢を見てるみたいだし、本当に起こしちゃっていいのかなぁ? しかもあんな方法で……)
幸せいっぱいの寝顔でお約束染みた寝言を零す白雪姫の姿に、恒例の如く躊躇いを覚えて行動に移せないジャック。しかし当の本人が望んだことだ。幸せな夢から現実に引き戻してしまったことを怒られたのなら、素直に謝るのが賢明だろう。
覚悟を決めたジャックはベッドを軋ませながら身を乗り出すと、眠る白雪姫の唇に自らの唇を重ねる。アリスと同じ柔らかな感触にドキドキしつつすぐに口付けを止めれば、そこには一瞬で目が覚めたらしい白雪姫がどこか恍惚とした表情を晒していた。
「えっと……お、おはよう、白雪?」
「……はい! おはようございます、ジャックさん!」
そして挨拶を口にすると、輝かしい笑顔で以て返してくる白雪姫。
それは幸せな夢から現実に連れ出された不快感や怒りなど欠片も見当たらない。曇りの一切ない、直視することに躊躇いを覚えるほど眩しい笑顔であった。おかげでジャックは心の底から安堵することができた。
「良かった。何だか幸せそうな夢を見てたみたいだから、起こしたら怒られちゃうかもしれないって思ってたよ」
「白雪はそんなことじゃ怒りませんよ、ジャックさん。それに、夢なんかよりも現実でジャックさんと一緒にいる方が幸せですから……」
ベッドから半身を起こした白雪姫は、そんな台詞を口にしながらジャックに寄りかかるように身体を寄せてくる。
ジャックとしてもその所作と、恥じらいつつも穏やかな笑みを浮かべる白雪姫の姿に感じるものはあったのだが、いかんせん先ほどの寝言が完璧すぎて胸の中の微笑ましさを打ち消すことはできなかった。
「ありがとう、白雪。だけど、その割にはかなり幸せそうな寝言を口走ってたよ?」
「えっ!? ね、寝言ですか!? し、白雪、どんな寝言を言っていましたか?」
「うーん。何ていうか、凄く食いしん坊さんな寝言かな?」
「ち、ちちちち違いますよ、ジャックさん! それはあくまでも寝言で、白雪は食いしん坊さんじゃありません!」
顔を真っ赤にして必死に否定する白雪姫。しかし食いしん坊でないならあんなお約束のような寝言を零すとは到底思えない。
必死になって隠そうとする白雪姫の姿が無性に可愛らしく、ジャックはついついくすりと笑った。
「あはははっ。大丈夫だよ、白雪。僕は白雪が食いしん坊でも気にしないから」
「ううぅ、ジャックさんが白雪を信じてくれません……!」
どことなく傷ついたような顔をしている白雪姫であったが、その頭を優しく撫でて上げると徐々に表情は和らいでいった。こんな簡単に誤魔化されてしまうとは本当に純粋な子である。
何せジャックに恋人として願ったことは、朝はキスで起こして欲しいというとても可愛らしい願いなのだ。ただそれにしては自分でも何故そんな願いをしたのか分かっていなさそうな反応をしていたあたり、もしかすると血式リビドーに関わる理由なのかもしれない。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ、白雪。まだ起こさなきゃいけない子たちがいるからね」
「ご苦労様です、ジャックさん。それじゃあ白雪は朝ごはんの席で待っていますね?」
去り際には完全に誤魔化されてニコニコ笑っていた白雪姫と一旦別れ、ジャックは次の恋人の部屋へと向かう。
本当はごく一部の恋人を除いて無理なら起こしに来なくて良いと言われているものの、ジャックは貧血でダウンしがちなのだからできる時にやっておいた方が賢明である。それにジャックとしても朝から恋人たちの幸せそうな笑顔を見られるのだから、歓迎こそすれ拒む理由などどこにもなかった。
「さて、次は本当なら親指姫なんだけど……」
本来なら次は白雪姫の部屋の隣にある親指姫の部屋に行くのが近い。しかしジャックはあえてそこを通り過ぎると、そのままハーメルンの部屋へ向かった。別に親指姫を意図的に省いたわけではなく、ある意味できるだけ本人の願いを反映した形である。
「ハーメルン? 起きて――ないね。うん」
ハーメルンの部屋の中を覗き込めば、ベッドの上にはちょっと女の子らしくない寝相で高いびきをかくハーメルンの姿。ある意味安心感のある姿を目にして、ジャックは苦笑を零してしまう。
別世界の自分の記憶を得たことで衣服にまで気を遣い始めたハーメルンであるが、こういった所は残念ながら抜けていないようだ。とはいえ寝相はともかく裸やぼろ布を巻きつけた姿ではなくしっかり寝間着を身に着けているので、ハーメルンにしては素晴らしい変化だと言えるだろう。
「ほら、ハーメルン。起きて?」
「む、むぅ……誰だ、ワレの眠りを妨げりゅ命知らずは――おぉっ、ジャックではないか!」
身体を軽く揺さぶって呼びかけたところ、目を覚ましたハーメルンは不機嫌極まりない表情で睨みつけた。しかしジャックの姿をその瞳に移した途端、ぱっと笑顔を輝かせる。
ハーメルンも恋人の一人なのだが、どうにも子供っぽい反応が目立つためかジャックとしては比較的安心できる相手であった。尤も積極性はかなりものなので完全に油断はできないのが曲者である。
「おはよう、ハーメルン。相変わらず寝癖が凄いね?」
「むぅ。ワレは特に何もしておらんというのに、何故このような爆発した髪型になるのだ……?」
盛大に重力に逆らっている毛髪を弄びつつ、ハーメルンは首を傾げる。寝相も要因の一つだろうが、一番の問題は寝る時に髪を結んでいないことが原因だろう。それなりに長い髪をしているにも拘わらず、そのままベッドに横になって眠れば乱れてしまうのも無理はない。
「そんなに気になるなら寝る時に髪を結んだり、赤ずきんさんみたいにナイトキャップを被ってみるといいと思うよ?」
「なるほど。うむ、今夜からは色々と試してみるとしよう」
「そうだね、それがいいよ。じゃあ、えっと……っ」
「んっ――」
しばし逡巡した後、やはり躊躇うのも今更だと思い直してハーメルンと口付けを交わすジャック。
先ほど本当に女の子なのかと疑うくらい大股開けっぴろげで大いびきをかいていたハーメルンだが、唇はちゃんと女の子のもので大変柔らかい。そのせいで余計に女の子とキスしているという実感が沸き、どうしようもなく胸を高鳴らせてしまうジャックであった。
「お、おはよう、ハーメルン」
「うむ! ワレからもおはようだ、ジャック! やはりこれが無いと一日が始まった気がしないな!」
「本当に皆おはようのキスが大好きだよね……まあ、いいんだけどさ……」
皆揃いも揃って起きぬけにキスを求めてくるあたり、最早記憶に染み付いた習慣なのだろう。色々と思うところはあるものの、ジャックも恋人たちとのキスは嫌ではないのでさほど問題はなかった。問題があるとすれば親指姫の時くらいだろう。
「とりあえず変な癖になって残らないよう、シャワーでも浴びてきたらどうかな? 朝ご飯まではもうちょっと時間もあるし」
「そうだな。ではジャック、ワレと一緒にシャワーを浴びようではないか!」
「え、えーっと……ごめん、僕はまだ他の子たちを起こしに行かないといけないから……」
「む、そうか。それでは仕方ないな……」
当たり前のようにシャワーに誘ってくるハーメルンに対し、若干引き攣った笑みを返しながらやんわり断りを入れるジャック。
かなり大胆で積極的なハーメルンであるが、聞き分けが良く素直なので何とか助かっているところがある。今も残念そうに肩を落としてはいるものの、ジャックの言葉に素直に頷いてくれた。
「まあ良い! ワレらはこれからもずっと一緒だ! 機会など幾らでもあるであろう!」
(あ、幾らでもあるんだ。いつまで断れるのかな、これ……)
しかしすぐに元気を取り戻したハーメルンの笑顔に、ジャックは避けようのない未来を思い描いて戦慄を覚えるのであった。恋人と一緒にシャワーを浴びるなど、未だキス止まりな上に自身の恋心というものも分かっていないジャックには明らかに荷が重すぎだ。
それでもハーメルンがご機嫌になったのでひとまず良しとして、ジャックは次の恋人の部屋へと向かう。自室のベッドに放置している眠り姫を除けば、これで恋人は最後の一人である。
「……親指姫、朝だよ?」
最後の一人は親指姫。部屋の位置から考えると白雪姫の後に向かうのが最も効率が良いものの、訳あって意図的に最後に回したのだ。まあ眠り姫を起こさなければいけないので厳密には最後ではないが、その辺りは誤差の範囲だろう。
部屋に足を踏み入れベッドに近づけば、普段の激しさからは考えられないような大人しく可愛らしい寝顔で寝息を立てているのが見て取れる。このまま眺めていたい気持ちもあるが後で怒られそうなので、ジャックはやむなく起こすことに決めた。
「起きて、親指姫。もう朝だよ?」
「ん……んぅ……ジャック……?」
できるだけ優しく身体を揺すって呼びかけると、ゆっくり目蓋を開き寝ぼけ眼で見つめてくる親指姫。ジャックの姿を目にしただけでぼうっとした表情に至福の笑みが広がっていくものの、次の瞬間にははっとして表情を引き締めていた。
素直に喜べないのは生来の性格のためか、それとも別の世界の自分の記憶をまだ完全には受け入れられていないのか。一応は素直になる場面もあったとはいえ、親指姫のことなのでたぶん前者に違いない。
「お、おはよ、ジャック」
「うん。おはよう、親指姫」
一瞬とはいえジャックの顔を見て幸せいっぱいの笑顔を浮かべてしまったせいなのか、身体を起こした親指姫の顔はどことなく赤い。
ジャックに愛の告白もしあまつさえ初めてのディープキスも奪ってきたとはいえ、やはり大本は天邪鬼なままなのだろう。赤ずきんやハーメルンのように別世界の自分の記憶を糧にし、身に着けている器用な子たちとは違うようだ。
「……で? 今日は何人?」
「えっと……4人、だね。ネムはまた僕のベッドにいたから、そのまま寝かせてあげてるし……」
最早慣れた確認に対して、ジャックは素直に答える。同時に自分も顔が熱を帯びていくのを感じなら。
だいぶ省略されているが親指姫が尋ねてきているのは、自分を起こすまでに何人の女の子とキスをしたか、である。頑張って素直になった親指姫が口にした『誰かにキスなどの恋人らしいことをしたら、その三倍は自分にも同じことをしろ』という願いを叶えるために必要な確認だ。そしてもちろん、おはようのキスもこの願いに適用される。
「だから……12人、分……だよね……?」
つまりこれからジャックは四人分の三倍である、十二人分のキスを親指姫にしなければならないのだ。最早息苦しくなりそうなレベルである。
当初はそれを懸念して最初に親指姫を起こしていたのだが、本人からダメ出しを貰って最後の方に起こせと言われてしまったのである。正直なところ、こんな願いを口にしておいて未だ素直でないところのある親指姫がよく分からなかった。
「そ、そうよ。じゃあ、ほ、ほら……」
頷き、親指姫は顔を微かに上向けたまま目を閉じる。
キス自体は嫌ではないが、必要な回数に完全に気が引けてしまうジャック。しかしここでその反応を返すと親指姫がショックを受けてしまうのを経験で理解しているため、やむなくジャックは半ば自棄になって親指姫の唇を奪った。
「んっ……っ……あ……」
無論回数が十二回なので、ただ唇を重ねるだけではない。啄むように、甘く噛むように、変化をつけて合計十二回唇を重ねていく。
その間にお互いの唇の隙間から零れる、親指姫の幸せそうな喘ぎ。そのぞくりとするほど艶めかしい喘ぎが、柔らかくて暖かい唇が、早朝からジャックの精神と理性をガリガリと削っていた。これが二週間近く続いているのだから、もう襲ってしまいたいと思ったことも最早一度や二度ではない。
「――ぁ……」
(た、耐えきった……! 朝からこれは、本当につらい……!)
なけなしの理性を振り絞り、今日も何とか堪え切ったジャック。あまり生きた心地のしなかったジャックとは異なり、親指姫の方は余韻に浸っているのか恍惚とした表情で虚空を見つめていた。
正直なところ早朝から理性と欲望の綱引きになるのでこのお願いは勘弁してもらいたいところだが、ジャックは恋人が六人もいるのだ。そんな状況を許容してもらっていて、なおかつそれを悪くないと感じてしまっている自分がいる以上、恋人たちの願いを無下にすることなどできなかった。
「……おはよ、ジャック」
「……うん。おはよう」
嬉しそうに微笑んでくる親指姫に対して、内心の動揺や興奮を押し隠して必死に笑顔を取り繕う。しかし掛け値なしに可愛らしい笑顔を零す親指姫が非常に魅力的であり、ますます邪な気持ちが刺激されてしまうジャックであった。
「それじゃあ、僕はもう行くね? ほら、まだネムを起こしてないし」
「あ、そ、そうね……あんた、ネムにまた変なことしてないでしょうね?」
「し、してないよ! あれは、その……一時の気の迷いっていうか、何ていうか……」
一瞬残念そうな顔をした後、訝し気な目を向けてくる親指姫。
これまでにジャックの理性が焼き切れてしまったのは、眠り姫に襲いかかってしまったあの一度きりだ。一度やらかしかけたからこそ、そこからは強く意思を持とうと努めているため理性を手放したことはない。とはいえ正にその現場に遭遇した親指姫からすれば信じられないのも無理はないだろう。
「じゃあ、まだ誰とも、その……そういうこと、してないってこと? 嘘でしょ?」
「信じてもらえないのも分かるけど、本当だよ。仮にそういうことするなら、僕だってちゃんと自分の想いを伝えてからじゃないと不誠実だよ。でも僕はまだ、そういう気持ちが分からないから……」
自分が相手のことを愛しているかどうかも分からないというのに、身体の関係を得ようとする。それはどう考えても不誠実極まりないことだ。だから恋人たちがほぼ間違いなく受け入れてくれると分かっていても、ジャックには自らそういった行為をするつもりなどなかった。
信じられなくともその気持ちは理解してくれたのか、親指姫はジャックの答えに心底ほっとしたような顔をしていた。
「ふーん、そう……ま、あんたにはそんな度胸も無いし当然よね。精々自分の気持ちに気が付けるように頑張んなさい、ジャック?」
(何かいつも以上にご機嫌だなぁ、親指姫。妹が寝てる間に襲われたりしないって分かったせいかな?)
背中を押してくれる親指姫のご機嫌な笑みに見送られ、ジャックは部屋を後にした。
これで恋人たちへのモーニングコールは終了、と言いたいところであったが眠り姫がまだだ。一応は眠り姫もモーニングコールを希望しているものの、やはりできるだけ長く眠っていたいのか起こす順番は最後で構わないと言っていたのだ。
そんなわけで恋人の最後の一人、眠り姫の下へとジャックは向かう。まあ厳密には自分の部屋へ向かっているのだが。
「ネムは……うん、まだ寝てるね……」
自分の部屋に戻ってみれば、そこには部屋を出た時と変わらずジャックのベッドで眠りこける眠り姫の姿。この光景が何だか当たり前のように感じてしまうのは、二日に一回くらいのペースでいつのまにかベッドに忍び込んできているからなのだろう。本人は無意識にやっているらしいが。
「さて、と……ネムを起こさなきゃいけないんだけど、やっぱりこれは慣れないなぁ……」
どうしても引け目を感じてしまうが、本人の望みなので仕方ない。なのでジャックはベッドに上がり、無防備な寝顔を晒す眠り姫に覆いかぶさるようにして唇を奪った。できればキスで起こして欲しいという、白雪姫と同じ願いを口にしてきたから。
柔らかな唇の感触に浸ること数秒、口付けを終えて身を起こせばそこにはぱっちりと目を開けた眠り姫の姿がそこにあった。
「ん……おはよう、ジャック……」
「う、うん。おはよう、ネム。今朝の目覚めはどう?」
「ん……ばっちり……!」
にっこりと微笑む眠り姫は寝起きであるにも拘わらず、それを感じさせない爽快な雰囲気を醸し出している。いつも眠そうにしているというのにキスで起こしてあげるようになったらこの変わりようだ。ハーメルンなどの極端な例は脇に置いても、やはり恋は人を変えるに違いない。
「そっか、良かった。ネムは起こしてもそのまま二度寝しちゃいそうだって思ってたから、すっきり起きれたなら何よりだよ」
「王子様が、起こしてくれたから……大丈夫……」
「あははっ。さすがに僕はつうみたいにはなれないけどね?」
どこか熱い視線を向けてくる眠り姫に気恥ずかしさを覚え、僅かに視線を逸らして答える。
小さな頃から一途に人魚姫の王子様として振舞っているおつうと比べれば、ジャックは王子様とは呼べないくらい情けない存在だ。戦う力が無く弱いどころか、肝心のお姫様たちがとても強いのだから。しかもそれを置いても恋人が六人もいる時点でまともな王子様ではないだろう。
「ジャックは、ジャック……そのままが、好き……」
「……うん。ありがとう、ネム」
にっこり微笑みそのままのジャックを受け入れてくれる眠り姫にお礼を言って、頭を優しく撫でてあげる。
眠り姫はしばらくジャックの手の感触を楽しんでから、一言断りを入れて自分の部屋へと戻って行った。その歩調もはっきりとしたもので、途中どころか部屋に戻っても二度寝をするとは思えないほどだ。やはり眠り姫にはおはようのキスは効果抜群らしい。
「はぁ……まだ朝なのに、どっと疲れた……」
そうしてようやく恋人たちへのモーニングコールを終えたジャックは、一仕事終えた気分でベッドに身体を投げ出す。
まだ朝食すら摂っていないというのに、肉体的にはともかく精神的にはもう疲労困憊であった。恋人達が皆魅力的過ぎるため、欲望を抑えるのに神経を傾けた結果である。
しかもこんな朝がかれこれ二週間続いている上、昼も夜も密度は朝と遜色ないのだ。最早一種の拷問に等しい日々に、ジャックもそろそろ限界が近かった。たぶんその内精神的な疲労で倒れるか、あるいは理性が焼き切れて過ちを犯すかの二択に違いない。
「うぅ……眠り姫の匂いがする……!」
少しでも休息を取って精神の安定化を図ろうとするも、ベッドからはついさっきまでここに寝ていた眠り姫の残り香が漂ってくる。
決して不快ではなく、それ故に更に精神を乱す甘い残り香に、最早ジャックは泣きそうな心地で耐えるのであった。今はまだ始まりに過ぎず、ジャックの一日はこれからなのだから。
血式少女たちにおはようのキスをして回るとか、マジ爆発しろジャックくん。いや、ていうかジェノサイド化した血式少女たちに性的に食べられちゃえ!
ちなみに起こしに行く順番は親指姫と眠り姫以外は部屋の順番です。ジャックくんの部屋から近い順に、アリス→赤姉→親指姉様を飛ばして白雪姫→眠り姫はジャック君の部屋にいるのでこれも飛ばす→ここで反対側に行ってハーメルン、という順。
フィナーレではパーティ分断されている以上、みんなでの和気あいあいとしたやりとりは見られないんだろうなぁ……見られるとしてもかなり後半かなぁ……?