ジャック・ザ・ハーレム   作:サイエンティスト

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 ハーレムなジャックくんの一日、その昼。
 恋獄搭トゥルーがもう大変アレだった(ネタバレ配慮)ので似たようなものを書いても二番煎じにしかならないと考えた結果、このシリーズの方針が決定しました。ジャックくんがちょっと可愛そうに思えてくるけどそれは仕方ないね。うん。


ジャックの1日(昼)

 

 早朝からすでに疲労全開のジャックであったが、まだまだ一日は始まったばかり。恋人たちの触れ合いも未だ序の口だった。というかむしろここからが本番と言って差し支えない。

 

「ジャック、あたしと一緒にトレーニングしよう! お姉さんが手取り足取り指導してあげるよ?」

「こんなひ弱な奴に赤姉のトレーニングなんてやらせたらぶっ倒れるわよ? だからまずは私が軽くしごいてやろうじゃない。つーわけで私と一緒に来なさい、ジャック!」

「無理にトレーニングなんてさせるものではないわ。ジャックは疲れているんだもの。ジャック、私の部屋でお茶をしてゆっくり休みましょう?」

「休むなら……一緒に、寝よ……?」

「むっ、ジャックは疲れているのか? よし、ならばワレがマッサージをしてやろう!」

「え、えっと……白雪は、その……うぅ……!」

「ちょ、ちょっと待って!? 前にも言ったけど、僕は一人しかいないからせめて順番にしてくれないかな!? というかいっぺんに話されると何を言ってるのか分からないよ!」

 

 恋人たちに囲まれて大変賑やかで居心地の悪い朝食を摂った後、畳みかけるように皆がこの後の予定をぶつけてくる。しかし六人にいっぺんに喋りかけられたためにジャックには十分の一も内容が聞き取れなかった。実は毎朝こんな調子なので本当に大変である。

 

「おっと、そうだったね。じゃあまずはあたしから。ジャック、一緒に部屋でトレーニングしようよ。お姉さんが手取り足取り、指導してあげるよ?」

 

 一人ずつ、ということでまずは赤ずきんが口を開く。どうやらトレーニングのお誘いらしいが、何故か妙に色っぽい微笑みで口にしていたのでジャックは思わずドキリとしてしまう。

 

「あ、ありがたいんだけど、赤ずきんさんのトレーニングは僕にはきつそうだなぁ……後の方でも、大丈夫?」

「うーん。別にきついことをやるわけじゃないんだけどな。ま、いいや。あたしはそれで構わないよ」

「ありがとう。じゃあえっと、次は親指姫で」

「赤姉のトレーニングなんてする前に、まずは身体を暖めといた方が良いんじゃない? 私が軽くあんたをしばいてウォーミングアップさせてやるから、一緒に来なさい!」

 

 赤ずきんの用事の順番が暫定的に決まったところで、今度は親指姫の用事を聞き出す。表情はにっこり笑顔なのだがちょっと怖いことを口にしていた。

 

「し、しばく……? ま、まあそれなら赤ずきんさんの前にした方が良いかな? それでいい?」

「ちっ、仕方ないわね。でも、後で余計にしばいてやるから覚悟しなさい!」

(本当に一体何をする気なのかな、親指姫は……)

 

 渋々といった表情で頷きを返したかと思えば、今度は頬を赤くして言い放つ。どうしてしばかれるのかはよく分からないが、まあ親指姫には素直ではないところがある。もしかすると本当は別の目的があるものの、それを素直に口にできないだけかもしれない。実際今までに何度かそういうことがあった。

 

「ま、まあいいや! じゃあ次はアリスだね」

「ジャック、私の部屋で一緒にお茶をしてゆっくりしましょう? ジャックは疲れているようだから、休息が必要だと思うわ」

 

 次いで尋ねたのはアリス。最初の二人とは異なり特に躊躇いや怯えを感じてしまうような用事ではなかったため、今回は引き攣っていない笑顔を返すことができた。

 

「それはいいね。でも赤ずきんさんたちの後だとそんな体力が残っていそうにないし、アリスは早めでも大丈夫かな?」

「ええ、もちろん。準備はできているから、今すぐにでも大丈夫よ」

「うん、分かったよ。それじゃあ次はネムだよ」

 

 嬉しそうな笑みを返してくるアリスに頷き、今度は眠り姫に視線を向ける。朝の起こし方がとても効果的なのか、普段と比べるとさほど眠そうには見えなかった。

 

「ジャック……一緒にお昼寝、しよ……?」

「い、一緒に、お昼寝……」

 

 その提案に先ほど浮かべた笑みが引き攣るのを感じるジャック。

 かなりの頻度でベッドに潜り込んでくる眠り姫が、一緒のお昼寝に誘ってくるのだ。言葉が少なくとも同じベッドで眠ろうという提案なのは聞くまでも無かった。というよりこの提案も初めてではないのだから。

 

「えっと……赤ずきんさんの後でも、大丈夫……?」

「ん……待ってる……!」

 

 邪気のない愛らしい笑みを浮かべる眠り姫だが、ジャックにとってはかなり悪辣な提案だ。非常にスタイルの良い眠り姫に抱き着かれながら眠るなど、健康な男には最早拷問である。

 眠り姫の番を赤ずきんの後に回したのは、トレーニングで疲弊しきった身体なら多少はマシになるかもしれないからだ。

 

「そ、そっか。じゃあ、えっと、ハーメルン」

「疲れているのならワレがマッサージをしてやろう! 安心してワレに身体を委ねるが良いぞ!」

 

 答えるハーメルンは満面の笑みであり、そして露出度の低い非常に常識的な恰好をしている。

 正直なところかなり信じがたいものの、別世界の自分の記憶を得たハーメルンは常識も知識も身に着いていた。ただそれが原因でジャックですら疎い恋愛・男女関係方面の知識も身に着けているため、意外と油断ならないのが現状だったりする。

 

「マッサージかぁ……じゃあ、ネムの前にした方が良いかな。そのまま寝ちゃいそうで怖いけど……」

「うむ、ワレは一向に構わんぞ!」

 

 とはいえ当人が浮かべる笑顔に邪気の欠片もありはしないため、どうしても油断してしまうジャックであった。それでもハーメルンはお風呂に突撃してきた前科があるので、完全に油断しているわけではないが。

 

「ありがとう、ハーメルン。それじゃあ、白雪はどうしたいの?」

「え、えーっと、その……一緒にお散歩なんて、駄目ですか……?」

 

 そう口にして、窺うような上目遣いで見つめてくる白雪姫。恋人たちの中で最も大人しいためジャックとしては安心できる子だが、他の恋人と同じく別の世界でジャックと愛を育んだ記憶を持っている少女だ。

 そのせいか時にはかなり大胆にもなるため、やはり油断はできない。とはいえ他の恋人達と比べれば危険度も雲泥の差なのだが。

 

「それくらいならお安い御用だよ。それじゃあ、えーっと――」

 

 白雪姫に対して頷き、全員から話を聞き終えたジャックは頭の中でこの後の予定を組み立てる。女の子をとっかえひっかえしているようで良い気はしないのだが、ジャックは一人しかいないので全員のお願いや用事に付き合うと結果的にそうなってしまうのである。

 かといって誰かに我慢してもらったり、遠慮してもらうのも間違っている。恋人たちは分け隔てなく平等に愛し、幸せにしてあげなければならないのだから。

 

「――まず白雪との散歩で、その後にアリスとお茶。次が親指姫の所でしば――ウォーミングアップで、その後に赤ずきんさんとトレーニング。それが終わったらハーメルンにマッサージしてもらってから、ネムのところでお昼寝……で、大丈夫かな?」

「はい、白雪はそれで構いません!」

「ええ、私もそれで構わないわ。考えてみると朝食のすぐ後にお茶というのもタイミングが悪いもの」

「仕方ないわね。その分余計にしばいてやるから覚悟しなさい!」

「そうだね。マッサージとお昼寝があるならキツイトレーニングでも大丈夫そうだ。気合入れなよ、ジャック?」

「むぅ、ワレは最後の方か。だが確かに内容を考えると仕方にゃい……仕方ないな」

「ん……楽しみ……!」

 

 幸いなことに今日も皆が納得して頷いてくれたため、ジャックとしては一安心であった。皆本当に仲が良くて何よりである。

 予定が組まれたため、今度は恋人たちの間で時間配分に関しての話し合いが始まる。ジャックはそんな様子を一仕事終えた気分で眺めながら、ほっと一息つくのだった。

 

「毎朝のことながら、凄い光景と会話でしたわね……」

 

 しかしそこで背後から感嘆と呆れが入り混じった複雑な声が上がる。振り返ればそこには声の主であるシンデレラを含め、ジャックの恋人ではない血式少女たちが勢ぞろいしていた。

 先ほどの恋人たちとのやり取りは毎朝の恒例のようなものなので、最早完全に見世物状態である。唯一の救いは血式少女隊の間でのみ、という点くらいだ。

 

「ジャックはいつか後ろから刺されそうですね~。赤ずきんたちではなく、嫉妬に狂った男性たちに」

「うん、僕もそう思う。でも幸せなことばかりじゃないっていうのは、傍から見てるだけじゃ分からないんだろうなぁ……」

 

 かぐや姫のからかいに対して真剣に頷いてしまうジャック。

 魅力的な恋人が六人もいることに対して、優越感や幸せを感じていないと言えば嘘になる。ただそれ以上に苦労がありすぎてまともにその優越感や幸せを享受できないのだ。

 何せ全員を平等に愛さなければならない以上、恋人一人と過ごす時間にも気を付けなければいけない。そして乙女心や恋人としての心を六人分理解し、恋人達が喜びと幸せを覚えてくれるように尽力しなければならない。

 それだけでも大変だというのに、ジャック自身が未だ恋人達への愛や恋といった感情を理解できていないのだ。そんな状態では喜ぶ暇も優越感に浸る暇もあるわけがなかった。

 

「なるほど。ハーレムというのは男性の夢だと聞いたことがあるのだけれど、実際にそれを成し遂げた者が少ないから実情が分からず、羨望だけが一人歩きしているということね」

「そうだね、たぶんそんな感じじゃないかな。実際僕も、ちょっとはそんな風に思ってたよ……」

 

 興味深そうにしているグレーテルに対し、ため息を零しつつ返す。

 きっと傍から見れば恋人が複数いるというだけでもう嫉妬や羨望の対象なのだろう。表面上しか見えていないため、当人の苦労が分かっていないに違いない。

 

「ねーねー、はーれむってなにー?」

「ハーレムっていうのはね、一人の男の人がたくさんの女の人とお付き合いしていて、それをみんなが受け入れている状態のことだよ。今のジャックさんたちのことだね?」

 

 首を傾げて疑問を口にするラプンツェルに答えるのは人魚姫。正直そんなことを教えて良いのかと思ったものの、すでにラプンツェルは男女がエッチなことをすれば子供ができる、ということを眠り姫から教わってしまった。今更ハーレムの定義を教わったところでさして変わりは無いはずだ。

 

「皆は仲が良いから今のところ平穏みたいだけど、全ては君の行動次第で決まると言っても過言ではないんだ。浮かれるなとは言わないけど、ちゃんと彼女たちのことを考えてあげるんだよ、ジャック?」

「分かってるよ、つう。僕だって皆には仲良くしていて欲しいし、幸せでいて欲しいからね」

 

 おつうの言葉に頷き、ジャックは話し合いをしている恋人たちの姿を眺める。

 こんな不誠実極まる状況になってしまった以上、ジャックには恋人たちを幸せにする義務がある。魅力的な恋人達ができて浮かれている場合ではないし、正直そんな余裕もほとんどない。

 何故なら恋人たちの幸せはジャック次第なのだ。皆が皆、ジャックを愛していることは最早疑いようもない純然たる事実。今のところ自分の気持ちが分からないため簡単に応えることができない以上、もうジャックには恋人たちの幸せのために尽力する以外の選択肢などありはしなかった。

 とはいえさすがに自分の気持ちもまだ分かっていないというのに肉体関係を結ぶわけには行かず、積極的な恋人たちの魅力に耐えるしかないため自分の首を自分で締める結果に繋がっているわけだが。

 

「ジャックさん、ジャックさん。ちょっとお話があるんですが、構いませんか?」

 

 思わずため息を零しかけたところで、恋人たちの輪の中から白雪姫が近寄ってきた。傍らにはアリスの姿もあり、ジャックはすぐに表情を微笑みに切り替えて二人を迎えた。

 

「うん、いいよ。どうしたの、白雪?」

「アリスさんと相談して決めたんですけど、お散歩はジャックさんと白雪とアリスさんの三人で行きませんか?」

「三人で? 僕は構わないけど、白雪はそれでいいの?」

 

 白雪姫の提案はジャックと白雪姫、そしてアリスの三人で散歩に行くというもの。ジャックとしては構わないのだが、そうなると二人きりで過ごすことはできなくなる。白雪姫もアリスも含めて恋人たちはジャックを愛しているので、てっきり二人きりで過ごしたいのだと思っていた。

 

「はい! ジャックさんと二人きりで過ごしたい気持ちもありますが、白雪たちジャックさんの恋人は六人もいますから、あんまり時間を取ってしまうのも他の皆さんに悪いなぁと思ったんです。だから、二人きりでなくても少しでも長くジャックさんと一緒にいたいんです」

「私も同じ気持ちよ、ジャック。だから、散歩の後は白雪姫も混ぜて三人で一緒にお茶をしましょう。そうした方が、少しでも長くあなたと一緒にいられるもの」

 

 どうやら恋人たちは予想以上に仲が良いらしい。ジャックと二人きりで過ごすよりも、長い間一緒にいられるなら二人きりでなくとも構わないようだ。

 実際恋人が六人もいる以上、どうしても一人あたりと過ごす時間は短くなってしまうため、この提案はジャックとしても大助かりだった。

 

「そっか。うん、二人がそれでいいなら僕も構わないよ。それじゃあ二人とも、一緒に散歩に行こうか?」

「はい! それじゃあジャックさんの右手は白雪が頂きますね!」

「それなら、私は左手をもらうわ。いいかしら、ジャック?」

「う、うん。もちろん!」

 

 そして二人は当たり前のようにジャック横に並び、手を握ってくる。それも握るだけではなく、指を絡めて固く繋ぐ。

 右には白雪姫、左にはアリス。端的に言って今のジャックは両手に花の状態であった。

 

「正に両手に花だね、ジャック。いやぁ、実に羨ましいよ」

「か、からかわないでよ、つう。僕はもうわりといっぱいいっぱいなんだから」

 

 そんな分かり切った今の状態をおつうにからかわれ、頬の熱さを感じつつ非難の目を向ける。

 正直な所こうして二人と手を繋いでいるだけでも、恋愛初心者どころか恋愛入門者のジャックには大変荷が重い。何せ今からこの両手に花の状態で外に散歩に行かなければならないのだ。誰かに目撃された時のことを考えると気が気でなかった。

 

「そうかい? 君ならこれくらいは容易く乗り越えられると、僕は信じているよ? それに君も満更でもなさそうだしね」

 

 にも拘わらず、おつうは大変良い笑顔でからかいを続けてくる。その余裕溢れる王子様の笑顔と、確かに満更ではない自分がいることにさすがにジャックも僅かにむっときた。

 

「……人魚姫さん、つうが両手に花な僕が羨ましいって言ってるよ?」

「なっ!? な、何を言うんだジャック!?」

「おつうちゃん、もしかして私以外にもお姫様が欲しいの? もしかして、私なんかじゃ物足りなくなっちゃったのかな……?」

 

 先ほどの発言を伝えると、人魚姫は悲し気な瞳をおつうに向ける。

 これには余裕と自信に溢れていたさすがのおつうも焦りを隠せないようで、慌てて人魚姫をなだめにかかっていた。

 

「そ、そのようなことは決してありません! 先ほどの言葉はジャックをからかうためのただの冗談で、僕は永遠に姫一筋ですから!」

「ふふっ。大丈夫だよ、ちゃんと分かってるから。だけど、あんまりジャックさんをからかっちゃ駄目だからね?」

「はい、姫……」

 

 どうやらジャックの意図を理解していたらしく、人魚姫はくすくすと笑った後におつうを叱る。

 叱られて消沈しているおつうの様子を見て、ジャックは仕返しができたことに満足するのであった。

 

「全く……姫を僕への仕返しに使うだなんて、君は酷い男だな」

「からかってきたそっちが悪いんだから、お返しだよ。それじゃあ僕らは散歩に行ってくるから。またね、つう」

「ああ。ちゃんと彼女たちのご機嫌を取ってあげるんだよ、ジャック?」

 

 お互いに相手を非難する目を向けるが、すぐに微笑みへと変える。おつうのからかいはあくまでもからかいだし、ジャックの反撃だってちょっとしたお返しに過ぎない。どちらもそれを分かっているからこそ、今のは単なるじゃれ合いに過ぎなかった。要するに信頼の裏返しというやつだ。

 

「それじゃあ行こうか。アリス、白雪?」

「……ええ」

「はい……」

(あれ? 何か二人とも元気が無いような……)

 

 他の恋人たちにも一旦別れを告げてから、他の皆に見送られて散歩に向かおうとするジャック。

 しかし気付けば傍らのアリスと白雪姫は何故か幸せそうな微笑みを曇らせていた。頷く声にもどことなく元気が感じられない。

 

「……あなたも同じことを考えているの、白雪姫?」

「はい。たぶん、そうだと思います……」

 

 そして、ジャックを挟んで二人で交わされる謎の会話。ジャックにはさっぱり分からないが二人はしっかりと通じ合っているらしい。確かに二人はジャック自身よりもジャックを知っていると言っても過言ではないので、二人にしか分からないこともあるのだろう。

 

「えっと、二人とも、どうかしたの? もしかして、僕が何か気に障ることをしちゃったかな……?」

「いえ、ジャックさんは悪くありません! で、でも、そのぉ……」

 

 白雪姫はそう断言するが、言いにくそうに言葉を濁して視線を彷徨わせてしまう。それでもジャックの右手を握り指を絡めたままな以上、本人が口にした通り気に障ったとかではないらしい。

 しかしそれなら先ほどの反応は一体何なのか。気になったジャックは左手側に顔を向ける。アリスも視線を避けるように顔を背けたものの、どうやら反射的なものだったようだ。すぐにジャックに視線を返すと、どこか申し訳なさそうな顔で口を開いた。

 

「……ごめんなさい。ジャックとおつうさんの仲がとても良く見えたから、少し焼きもちを焼いてしまったの」

「えっ、そうなの? 白雪も?」

「は、はい……白雪よりもジャックさんと通じ合っているように見えて、羨ましいなぁと思ってしまいました……」

「やっぱりあなたもそうなのね、白雪姫。私も同じ気持ちを抱いてしまったわ。ジャックが未だ私たちとの関係に慣れていないとはいえ、恋人である私よりもおつうさんと通じ合っているように思えてしまって……」

 

 まさかの焼きもち、それもつうに対するものという答え。しかも二人とも同じ気持ちを抱いたらしく、左右からどこか気まずそうな空気が伝わってくる。

 

(うーん……もしかしてアリスと白雪には、恋人の自分たちよりつうと仲良くしているように見えちゃったのかな?)

 

 実際のところ、ジャックにとっておつうは相棒か兄弟のような存在だ。そもそもおつうには人魚姫という恋人がいるし、まかり間違ってもジャックがおつうとそんな関係になることはありえない。

 しかし二人にはそれが分からない可能性があった。何せジャックには恋人が六人もいるという明らかに異常な状況なのだ。二人からすればジャックがこれ以上恋人を増やさないという確信は持てないのかもしれない。実際ラプンツェルとは大きくなっても気持ちが変わらなかったら恋人にしてあげる、という約束を結んでしまったような気もした。

 

「……大丈夫だよ、二人とも。つうは僕にとってはあくまでも相棒だし、つうには人魚姫さんっていう恋人がいるんだから、二人が心配するようなことは何もないよ」

 

 なので、はっきりと口に出して伝えた。少なくともおつうとの間には何も無い、と。

 そしてラプンツェルとのことについては、もう大人になるまでに素敵な出会いがあることを願うしかなかった。そうでなければ本当に恋人が一人増えてしまう。

 

「ほ、本当ですか!」

「もちろん――って言ってあげたいところだけど、恋人が六人もいる僕の言葉に説得力はなさそうだよね……」

 

 輝く笑顔を向けてくる白雪姫に頷きたいところであったが、ハーレム野郎の言葉に信頼は毛ほども感じられないだろう。どうしてもカッコが付かず、情けなさにジャックはため息を零してしまう。

 

「そんなことはないわ、ジャック。あなたは私たち一人ひとりをしっかり尊重して、幸せにしようと懸命に頑張ってくれているもの。そんなあなたの言葉を疑う恋人なんて、私たちの中にはいないわ」

「はい、白雪もそう思います! ジャックさんはいつだって誠実で優しい人です!」

「二人とも……」

 

 しかし二人は全幅の信頼を笑顔として浮かべ、ジャックと繋いだ手にぎゅっと力を込めてくる。

 掛け値なしの信頼と愛情が繋いだ手から感じられて、これにはさすがにジャックも頬がだらしなく緩みそうになってしまう。魅力的な少女たちから全幅の信頼と深い愛情を向けられれば、喜びを感じない方がむしろおかしいというものだ。

 

「あっ、でも……時々、意地悪になることはありましたけど……主にその、夜に……」

「それは、確かにあったわね……いつも優しいジャックだけど、あの時ばかりはケダモノのようで……」

(ど、どういう反応を返せばいいんだろう、これ?)

 

 ジャックが必死に表情を引き締めようとしていると、そんな風に二人が謎の共通認識を口走る。記憶の中でジャックに受けたであろうケダモノなことを思い返しているのか、見れば二人とも頬を染めて俯きがちだ。

 おかげでだらしない笑みはあっさり引いたものの、内容が内容なので気まずいことこの上無かった。二人に左右から手を握られている上、ジャック自身には全く身に覚えがないのでなおさらである。

 

「で、でも、白雪はあんなジャックさんのことも、好きですよ……?」

「えっと……あ、ありがとう?」

 

 返す言葉が見当たらないので口を閉じるしかなかったものの、やがて白雪姫が勇気を振り絞った感じの表情でそう口にする。もちろんあんなジャックがどんなジャックなのかは全く分からなかったので、とりあえずお礼を口にしておいた。

 

「も、もちろん私もよ、ジャック! ジャックのためなら、どんなに恥ずかしいことだって耐えて見せるわ!」

「うわっ!? ちょ、ちょっと、アリス!?」

 

 そして白雪姫の大胆な発言に触発されたのか、アリスも非常に大胆なことを口にする。しかもそれだけでは飽き足らず、繋いだジャックの手を抱くように身を寄せてくるという驚きの行動をとる。

 とはいえ幸運にもジャックの二の腕に柔らかな感触が伝わってくることは無かった。その理由が分かっていても口にしない程度には、ジャックも乙女心というものを理解しているつもりである。

 

「は、はい! 白雪も同じ気持ちです!」

(――っ!?)

 

 だが今度は右腕側でも同様の事態が発生し、なおかつそちらでは左腕に感じられなかった柔らかな感触が襲ってくる。二の腕を挟み込む堪らない柔らかさに、さしものジャックも固まってしまった。

 そうなれば当然その反応を引き起こしている原因である白雪姫はもちろんのこと、ジャックの左腕を抱いているアリスも反応には気が付いてしまうわけで――

 

「………………」

(うわぁ!? アリスが、アリスが無言で胸を押し付けてくるっ!)

 

 実はかなり焼きもち焼きなアリスが、あっさりとジャックの反応を流してくれるわけがなかった。どこか不満げな表情を浮かべつつ、無言で胸に抱くというか胸そのものをジャックの左腕に押し付けてくる。

 さすがにそんなことをされれば幾ら慎ましかろうとゼロではない限り感触も分かる。左右の腕に感じる魅惑的な柔らかさに、ジャックの頭の中は沸騰しそうな心地であった。

 

(うぅっ……そんなくっつかないで、二人とも……!)

 

 どう考えても二人は分かっていてやっている。それでも二人なら頼めば止めてくれるだろうが、そんなことを口にできるほどジャックには勇気がなかった。

 右を見れば白雪姫の幸せそうな笑顔が目に入るし、左を見ればどことなく満足げなアリスの表情が目に入る。ご機嫌な二人の笑顔が陰ると分かっていて拒絶の言葉を口にできるほど、ジャックは二人に対して無関心ではないのだ。

 なので結局止めてとも離れてとも言えず、ジャックは歩きにくさと柔らかさに苦悩しながら散歩を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はぁ……お茶はそうでもなかったけど、散歩はどっと疲れたなぁ……)

 

 アリスと白雪姫との約束を終え、次に約束を交わした親指姫の下へと向かうジャック。まだ一日の半分も消化していないというのに、もうどっと疲れてすぐにでもベッドに身体を投げ出したい気分であった。

 しかしそれも当然のこと。三人でテーブルを囲むことになったお茶はともかく、散歩は終始アリスと白雪姫が腕にくっついていたので大変だったのだ。二の腕に伝わる感触は勿論のこと、一番堪えたのは偶然すれ違った人の目だ。

 別段魅力的でもない男が、魅力的な女の子二人に抱き着かれながら歩いている。そんな様子を目にすれば誰でも人を殺せそうな視線を向けてくるのは至極当たり前のことであった。むしろ因縁を付けられ喧嘩を売られなかっただけジャックは運が良かったに違いない。というかそう思わないとやっていられなかった。

 

「親指姫、僕だよ。入っても大丈夫?」

 

 しかしそんな疲れやら何やらを顔に出して心配させるのもいけないので、表情を引き締めてから親指姫の部屋の扉を叩く。少なくとも恋人と部屋で過ごすなら人目は気にしなくて良いので先ほどよりも気持ちは楽だった。

 

「いいよー、ジャック! 入ってきな!」

(あれ? 今の親指姫じゃなくて、赤ずきんさんだよね?)

 

 扉の向こうから返ってきた快活な声に疑問を抱くが、もしかしたらジャックが来るまで仲良く話でもしていたのかもしれない。そう考えたジャックは特に気にせず、扉を開けて親指姫の部屋へと足を踏み入れた。

 

「やっほー、ジャック! アリスと白雪たちとの散歩はどうだった?」

 

 するとやはり、部屋の中には赤ずきんの姿があった。親指姫と共にベッドに腰かけて会話をしていたらしく、ジャックの姿を目にするなり嬉しそうに笑って手を振ってくる。

 反面親指姫はどこか落ち着かない顔をしていたが、まあそれはいつものことなので特に不思議には思わなかった。

 

「うん、楽しかったよ。ただ、人の目が凄く痛かったけど……」

「あははっ。そりゃあ両手に花の状態で歩いてたら嫉妬もされるよね。心配しなくても誰かに後ろから刺されそうになったらあたしが守ってあげるよ、ジャック?」

「あ、ありがとう……やっぱり僕、いつか刺されるのかな……?」

「そりゃあ恋人六人も作ってるような奴、他の男から見たら羨ましくて堪んないでしょうしね。精々気を付けなさいよ、ジャック?」

 

 やはりジャックはいつか刺されるらしい。からかいも皮肉もなく純粋に心配そうな目を向けてくる親指姫の表情に、ジャックはそれを確信するのであった。

 

「う、うん。そうするよ……それはそうと、どうして親指姫の部屋に赤ずきんさんがいるの? まずは親指姫の所が先のはずだよね?」

「本当はそうだったんだけど、話を聞いてみると親指の望みが本当はアレだったからね。だからついでにあたしも一緒しようかなって思ったんだ」

「アレって……ああ、アレだよね?」

 

 赤ずきんの意味深な笑いに内容を察し、ジャックは思わず苦笑してしまう。 

 素直なのか素直じゃないのか良く分からない歪な状態となっている親指姫は、実際の用事と表向きの用事が全く違うことがある。恐らく今回もそういうことなのだろう。そんな親指姫が願うことと言えば、ジャックには一つしか思い浮かばなかった。

 

「そう、アレだよ。もう本当に素直じゃないよね、親指は」

「う、うっさいわね! 私からすれば赤姉たちみたいに振る舞える方がわけわかんないわよ!」

「そんなこと言われてもなぁ。ま、恥ずかしくてできないなら親指は無理しなくていいよ。その間、ジャックはあたしが独り占めだ!」

「うわっ!?」

 

 満面の笑みで言い放った赤ずきんはぴょんと立ち上がって近寄ってくると、あろうことかジャックの腕に抱き着いてくる。そうなれば当然、赤ずきんの豊かな胸の膨らみに二の腕が埋まるわけで――

 

(またこの状態なの!? もう僕の精神はだいぶ参ってるんだけど!?)

 

 奇しくも再び散歩の時と同じ状況が再現され、じわじわと理性を嬲ってくる柔らかな感触に恐怖と至福が混ざりあった複雑な感情を抱くジャック。

 今回は腕一本なので散歩の時よりも幾分マシに思えたが、なにぶん赤ずきんの胸の膨らみの大きさが大変凶悪なので非常に辛いものがあった。

 

「ほらほら、早くこっちに座ろうよ。あたしそろそろジャック成分を補給しないと大変なことになっちゃうよ」

(僕の成分って何!? というか大変なことになりそうなのは僕の方だよ!)

 

 固まった身体を無理やり引っ張られ、そのまま親指姫のベッドに座らされてしまうジャック。

 隣に座っている親指姫はジャックが鼻の下を伸ばしていることに気付いているらしく軽蔑のこもった視線を向けてくるが、そこにはやはり赤ずきんに対する羨望が滲んでいた。

 

「えへへっ、ジャックー……!」

(せ、背中に! 背中に何が柔らかいものが当たってるよ、赤ずきんさん!?)

 

 そして腕を離したかと思えば、今度は背後から抱き着いてくる赤ずきん。押し付けられて背中でむにゅりと形を変えている柔らかな物体の凶悪さに、最早ジャックは生きた心地がしなかった。

 かといってここで背中にとんでもないものが当たっていることを指摘しても全く意味は無さそうだ。大人しい白雪姫でさえ理解してやっている節があったのだから、ここまでベタベタくっついてくる赤ずきんが分かっていないはずがない。

 

「ほらほら、早く来ないとジャックを独り占めにしちゃうよ? 親指は良いのかなー?」

「うひゃぁ!? ちょ、ちょっと赤ずきんさん!?」

 

 しかも微妙に素直ではない親指姫を焚きつけるためか、普段以上に大胆で積極的であった。具体的にはジャックの首筋の匂いをくんくん嗅いだかと思えば、あろうことかペロリと一舐めしてきた。とんでもなくこそばゆい感覚と肌を舐められた羞恥に思わず飛び上がりかけてしまうが、わりとがっちり抱き着かれているために逃れることはできなかった。

 

「あーっ、もうっ! 人の部屋で見せつけてんじゃないわよ、赤姉!」

 

 おまけに焚きつけられた親指姫が膝の上に乗ってきたため、最早動くこともままならなくなる。

 せっかく親指姫が勇気を出して素直に触れ合おうとしているというのに、ここで逃げ出してしまえばその頑張りが無駄になってしまう。故にジャックは逃れることも許されず、ただただ固まるしかなかった。

 

(うぅ……後ろが柔らかいのは分かってたけど、膝の上も結構柔らかい……!)

 

 しかも膝に乗っている親指姫のお尻の柔らかさが太ももに伝わってくるため、今回も柔らかさのダブルパンチに晒されてしまう。

 それに人の目が無いので散歩の時よりは気分も楽だと思っていたものの、実際は余計状況が悪化していた。何故なら今ここにはジャックと赤ずきん、そして親指姫の三人しかいないからだ。極論ジャックが理性を失くして二人に襲い掛かった場合、二人に受け入れられてしまえばそれでもう行くところまで行ってしまう。何せ人目は無いのだからここで何をしても誰かに見られる心配はないのだ。そのせいでジャックの理性も散歩の時よりはだいぶ緩くなっていた。

 

「ジャック、すっごく顔赤いよー? 一体何がそんなに恥ずかしいのかなぁ?」

「う、うぅ……!」

 

 おまけに赤ずきんはジャックの顔を後ろから覗き込み、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。その笑顔がどう見ても悪い笑顔なあたり、やはり全て分かっていて聞いているのだろう。どうもジャックの初々し反応とやらを見るのが大好きななようで、最近の赤ずきんは妙に意地悪だった。

 

「……ふん! 胸が大きいから何だってのよ! 私にだってそれくらいできるんだから!」

「ちょっ、親指姫ぇ!?」

 

 そして再び焚きつけられた親指姫が、あろうことか正面から抱き着いてくる。膝に座ったまま正面からジャックの背中に両腕を回し、決して離さないとでも言うように固く。

 前後から柔らかな感触に挟まれるのかと戦慄したジャックだったが、幸運なことにそんな悲劇は起こらなかった。

 

(……あっ、柔らかくない。助かった)

 

 親指姫が身に着けている黎明の制服の上着が思いのほか生地が厚かったようで、覚悟したような柔らかさは全く感じられなかった。原因は間違いなく生地の厚みで、決して親指姫の胸が小さいわけではないだろう。決して。

 

「残念だったね、親指姫。あんたの胸じゃジャックは何の反応もしないみたいだよ?」

「う、ぐぐぐっ……!」

 

 だが安堵を抱いてしまったことは、密着している二人には丸わかりだったのだろう。苦笑する赤ずきんに対し、親指姫は酷く悔しそうに唸り声を上げていた。

 勇気を出して行動した結果がこれでは、さすがに親指姫が不憫に過ぎる。かといって本当は柔らかかったという嘘を口にしてもバレるだろうし、何よりそんな言葉を躊躇いなく口にできるほどジャックには勇気がなかった。

 

「ど、どういうことよ!? あんた小さな胸が大好きなロリコンのド変態じゃなかったわけ!?」

「え、ええっ!? いや、そんなこと、僕に聞かれても……!」

 

 鬼気迫る表情をした親指姫に、お前は人間の屑のはずだと罵倒されて困惑を返すしかないジャック。

 別段ジャックはそういった好みが非常に偏っているということはなく、小さいのも好きだし大きいのも好きだ。たぶん親指姫的には自分とくっついたジャックはそういった性癖の持ち主だと思っていたのだろう。

 

「それはあんたの世界のジャックの話だろ、親指? 残念だけど、ここのジャックは大きい方が良いんだよ。そうだよね、ジャックー?」

「ひえっ……!?」

 

 親指姫の言葉に微妙に的外れなことを口にする赤ずきんだが、ジャックはそれを指摘することはできなかった。何故なら赤ずきんがその大きな胸を更に押し付けるように動いたことで、その感触におかしな声を零してしまったから。

 どちらも同じくらい好きとはいえ、やはり大きい方が気になってしまうのは確かだった。押し付けられているなら余計にだ。

 

「それこそ赤姉の世界の話じゃない! ここのジャックも救いようのないロリコンのド変態だって決まってんのよ! そうよね、ジャック!?」

「そうかなぁ? だとしてもあたしは無いよりはあった方が良いと思うよ。だよね、ジャックー?」

(だ、誰か! 誰か助けて!)

 

 ジャックが顔を赤くしてしまうような話題を口にしながら、大小差のある胸を押し付けてくる二人のお姉さん。

 この状況を役得と思えるほど擦れ切っていなければ経験があるわけでもないジャックは、ただひたすらにこの時間が終わることを願うのであった。未だかつてないほど、切実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つ、疲れた……!)

 

 恋人六人の内の四名との約束を消化したジャックは、今にもその場に崩れ落ちそうなほどの精神的疲労を抱えながら歩いていた。

 膝の上に乗った親指姫のお尻の柔らかさを感じながら、背中に押し付けられる赤ずきんの胸の膨らみの柔らかさを感じる拷問に等しい時間。あまつさえ二人はジャックの性癖を聞き出そうとしてくるのだから堪らない。見事二人分の時間を乗り切った自分を褒め称えてやりたいジャックであった。

 とはいえ二人のお姉さんはなかなかジャックを解放してくれることはなく、昼食の時間になってようやく勘弁してくれたほどだ。尤も昼食の時には二人を含む恋人たち全員に絡まれたので、気が休まる暇はどこにもなかったが。

 

「次はハーメルンの所か。絶対これマッサージの途中で眠っちゃいそうだな……」

 

 ハーメルンの部屋へ向かう道すがら、そんな未来が容易に思い浮かんでしまう。

 尤もそれはマッサージが上手だった場合の話だ。かなりの力持ちであるハーメルンのことなので、気を付けないと骨がバキバキへし折れるかもしれない。さすがにそれは考えすぎだと信じたいが、血式少女は基本的に力持ちなのでありえないことではなかった。

 

「ハーメルン、いる? 僕だよ」

「おおっ、ジャックか! 待っておったぞ、入ってくるがよい!」

 

 部屋の扉をノックして声をかけると、元気いっぱいな声が返ってくる。弾けんばかりの活力が感じられる声音に少しばかり元気を貰いながら、ジャックは扉を開けて部屋へと足を踏み入れた。

 

「よく来たな、ジャックよ! 貴様が来るのを今か今かと待ちわびていたところだぞ!」

「ん……ジャック、来た……!」

 

 そしてジャックを迎えてくれたのは、露出度が低くも可愛らしい衣装に身を包み得意げな笑みで仁王立ちになっているハーメルン。そして嬉しそうに微笑む眠り姫だ。もしかするとこの二人も二人きりで過ごすことより、長く一緒にいることを選んだのかもしれない。

 

「眠り姫もいるんだ。もしかして、二人で僕にマッサージしてくれたりするの?」

「うむ! ワレらの絶妙なテクニッキュ……テキュ…………ぎじゅちゅ……えぇい!」

(すっごく噛んだ上に言い直した方も噛んだ……)

 

 笑顔で頷いたハーメルンだが、キメ台詞的なものを連続で噛んだことがよほど腹に耐えかねたらしい。完全に言い直すことを諦めて謎の掛け声で誤魔化していた。

 

「ボクらの、絶妙なテクニックで……ジャックを、気持ち良くしてあげる……」

「そう! ワレはそれが言いたかったのだ!」

(き、気持ち良く……)

 

 自分が口にできなかったことを代わりに口にしてくれた眠り姫に、ハーメルンは眩しい笑みで力強い頷きを返す。

 とはいえジャックはその笑顔の眩しさを堪能することはできなかった。何故なら眠り姫の『気持ち良くしてあげる』という発言にドキリと胸を高鳴らせていたから。あんな言葉で胸を高鳴らせてしまうあたり、やはりジャックは相当疲れているようだ。

 

「というわけでジャックよ、ベッドに横になるのだ! ワレらが貴様を気持ち良くしてやろう! 安心して身を任せるが良いぞ!」

「ん……任せる……!」

「……それじゃあ、お言葉に甘えようかな?」

 

 主に精神面の問題とは言え今のジャックは疲労困憊なので、癒しを得られるなら願ったり叶ったりだ。

 そのため二人の優しさに甘えて、ハーメルンのベッドにうつ伏せになる。持ち主の匂いが染み付いていたためちょっと気後れしかけたが、胸を押し付けられるよりは極めてマイルドで刺激も少ない。とはいえ気になるのは確かなのでジャックはできるだけ口呼吸に切り替えることにした。

 

「よし、ワレはジャックの背中を担当するぞ!」

「じゃあ、ボクは……両足……」

 

 そう口にして、二人はベッドに上がってくる。ベッドが軋む音にすらドキリとしてしまうあたり、もしかするとジャックは疲れているというよりも欲求不満に陥っているのかもしれない。

 こんなに魅力的な恋人が六人もいて欲求不満など、傍目から見れば喧嘩を売っていると取られてもおかしくない。しかしジャックは未だ恋人達と清い関係のままなのだから、欲求不満に陥るのも仕方ないことだ。かといって欲望のまま手を出すつもりはさらさらないが。

 

「うあっ……!」

 

 そうして色々なことを考えていると、足の裏をぎゅっと刺激されて堪らず変な声を零してしまう。

 個人差もあるとはいえ血式少女は人間に比べると遥かに力持ちなので、眠り姫による足先のマッサージも適度に力がこもっていて非常に気持ちが良いものだった。ぐっと力を入れられる度、痺れにも似た快感が駆け上がってくるほどだ。

 

「う、くぅぅ……!」

 

 更にハーメルンによる背中のマッサージも始まり、こちらも想像以上の快感を覚えて声を漏らしてしまう。

 ハーメルンのことなので上手く力を抑えられずかなり手痛い結果になるかと思いきや、予想外に上手かったためジャックも思わず舌を巻いたほどだ。むしろ背中を刺激していく指の動きは眠り姫のそれよりも手馴れているように思えた。

 

「ジャック……気持ち良い……?」

「うん、すごく気持ち良いよ。二人とも、マッサージ上手なんだね」

 

 尋ねてくる眠り姫に頷きを返し、心地良さから一つ安堵の吐息を零す。

 溜まっているのは精神的な疲労だけかと思いきや、どうやら肉体にも溜まっていたらしい。凝り固まっていた身体が解されていく気持ちの良い感覚に、ジャックは今にも眠りに落ちてしまいそうなほどだった。

 

「当然だ! ワレはジャック相手に幾度も練習を積んだからな! まあ、初めての時は上手くいかなかったがな……」

「……ちなみに、初めての時は僕、どうなったの?」

「その、アレだ……ギリギリ骨は折れてなかったぞ!」

(なるほどね。ハーメルンのこの技術は別の世界の僕っていう尊い犠牲があったからこそのものなんだ)

 

 別の世界のジャックがハーメルンによる初めてのマッサージで一体どのような末路を辿ったのかは分からない。しかしそれは今この世界のジャックにとってはどうでも良いことだった。

 元々そういった他の世界のジャックのせいで、今この世界のジャックに恋人が六人もいるというおかしな状況になっているのだ。正直なところ大変なことばかりで気が休まる暇もほとんどないし、これくらいの役得は得られて然るべきだろう。尤も骨折手前あたりまで追い込まれたらしいハーメルンの世界のジャックを不憫には思っているが。

 

「ぎゅっ……ぎゅっ……」

「折らないように、力を抜いて……ぬぅ、やはり加減が難しいな……」

 

 そして続いていく、二人の恋人によるマッサージ。可愛らしい掛け声を口にする眠り姫とは異なりハーメルンが口にする言葉はちょっと恐ろしいが、細心の注意を払ってくれている優しさはそれこそ痛いほどに伝わってくる。

 そのためジャックは珍しく邪な気持ちのない純粋に幸せな心地で過ごすことができたのだった。

 

「ありがとう、二人とも。もうマッサージは良いよ。これ以上続けられたらこのまま眠っちゃいそうなくらい気持ち良かったよ」

「ん……どういたしまして……!」

 

 あまりの気持ち良さに何度も舟を漕ぎ始めたところで、ジャックは二人にお礼を伝える。

 久しぶりに雑念無しの純粋に幸せなだけの時間を過ごせたため、精神的にもだいぶ回復できていた。そこに眠り姫の柔らかな微笑みによる癒しが加わるのだから、まるで生まれ変わったような気分であった。

 

「そうだろうそうだろう! ワレが別世界で培ったぎじゅ……ワレのおかげだな!」

(あっ、言うのを諦めた……)

 

 もちろんハーメルンの眩しい笑顔でも癒しは得られたが、そこよりも台詞が気になってしまったのは仕方ないところだろう。結局言えそうにないので口にするのは諦めたらしい。

 

「それじゃあ……みんなで、お昼寝……」

「そうだね。皆でお昼寝……って、お昼寝?」

「ん……約束……!」

 

 ジャックの疑問に嬉しそうに答える眠り姫。

 もちろんジャックとて約束を忘れていたわけではない。結果的に最後に回したとはいえ、眠り姫との一緒にお昼寝するという約束は覚えている。忘れていた、というより思いつかなったのはもっと別のことだ。

 

(し、しまった! あのまま眠っていればきっと幸せだったのに!)

 

 ハーメルンと眠り姫が一緒に待っていたことからも判断できるように、恐らく二人ともマッサージを終えたらジャックとお昼寝するつもりだったのだ。

 ならばマッサージの最中にジャックが眠りに落ちてしまっても何も問題は無かっただろう。眠り姫もハーメルンも嬉々として隣に寄り添い眠る姿が容易に想像できるし、何よりその場合は二人の身体の温もりや柔らかさを気にする必要がない。何故ならその時点でジャックはもう眠りについているのだから。

 どうやら何も考えず至福と癒しに浸っていたのが裏目に出てしまったらしい。今更もう一度マッサージをしてほしいとも言えず、完全に後の祭りであった。

 

「では三人で川の字になって昼寝だな! もちろんジャックが真ん中だぞ!」

「ん……ん……!」

 

 しかしそんなジャックの動揺を知らないハーメルンはすでにベッドの奥に横になってご機嫌で待機しているし、眠り姫はさり気なく背中を押してベッドに誘導してくる。

 もちろんベッドは一人用なので、三人で一緒に眠るには出来る限りお互いにくっつくしかない。そして控えめなハーメルンはともかく、眠り姫のスタイルは非常に凶悪だ。恐らくどこもかしこも赤ずきん以上。そんな身体で抱き着かれてはとても平静でいられる自信が無かった。

 

(だ、大丈夫だ。僕は妙に積極的な恋人たちの猛攻に二週間も耐えたんだ……だから今回もきっと大丈夫……!)

 

 自分を鼓舞し、走って逃げ出したい気持ちを必死に抑え込むジャック。気分は完全にメルヒェンに拷問部屋に連行される道すがらであった。むしろ世間体とか社会的な死を意識しなくて済む分、あっちの方がまだマシかもしれない。

 生きた心地がしないまま眠り姫に促され、ジャックはベッドに上がりハーメルンの方へと僅かに距離を詰めた。

 

「何をしておる、ジャックよ。これではベッドに三人入れんだろう。もっとこっちへ来るがよい」

「う、うわっ!?」

 

 しかしある種の怯えを抱いていたせいで不十分だったのだろう。ぐいっとハーメルンに身体ごと引き寄せられ、ほとんど正面から抱き合っている状態になってしまう。

 とはいえ心配したような感触はさほど感じられなかった。ハーメルン自身のスタイルが控えめなこと、そしてボロボロの布切れを巻いただけの危ない姿ではないことの二点が合わさった結果に違いない。

 

「ちょ、ちょっとハーメルン! さすがにこれは近すぎるよ!」

 

 尤も女の子と正面から抱き合っているという事実に変わりはない。なので羞恥から体勢を変え、ジャックはハーメルンに背を向け――

 

「――っ!?」

 

 ――眼前で揺れる大質量の膨らみに度肝を抜かれた。もちろんそれは眠り姫の豊かに過ぎる胸の膨らみだ。

 冷静に考えてみればまだハーメルンと正面から抱き合っていた方がマシだっただろう。少なくともハーメルンと抱き合っていれば、こんな窒息しかねないものが顔を覆い尽くさんばかりに近づいてくることはない。

 なのでジャックは再びハーメルンの方を向こうとしたのだが――

 

「ん……ジャック……」

「っ!!?」

 

 僅かばかり対応が遅く、眠り姫にぎゅっと抱かれて身体の向きを変えられなくなってしまう。

 そして眠り姫の腕に抱かれる距離にいるということは、当然身体はほとんど密着状態。ならば豊かに過ぎる胸の膨らみがどうなるかは自明の理であり――

 

(い、息が! 息ができない! 柔らかい――じゃなくて苦しい!)

 

 正にジャックの顔を覆い尽くす形で、眠り姫の胸の膨らみが押し付けられていた。逃れようにも正面からは眠り姫に、背後からはハーメルンにしっかりと両腕で抱きしめられており、碌に身動きが取れなかった。

 幾ら大人しく見えても眠り姫もやはり血式少女。到底ジャックが太刀打ちできる力ではなかった。

 

「こうして皆で一緒に寝るのも良いものだな! 暖かくてとても心地良いぞ!」

「ん……幸せ、いっぱい……!」

 

 ジャックに抱き着き嬉しそうな声を上げるハーメルンと、ジャックを胸に抱きながら幸せに満ちた声を零す眠り姫。

 しかし眠り姫の胸に顔を埋めさせられ呼吸困難なジャックには嬉しさや幸せを感じる暇は欠片も無い。

 

(あぁ、ダメだ。意識が、遠のいてく……)

 

 やがて意識に霞がかかっていき、自分の身体を前後から抱きしめる温もりや顔面を覆う柔らかさも曖昧になっていく。

 しかし案外これはこれで良かったのかもしれない。もしも眠り姫の手で絶息させられていなかった場合、それこそジャックは身体に押し付けられる柔らかさに気が狂ってケダモノに変貌していたかもしれないのだから。

 

(ハーレムって、本当に大変だなぁ……)

 

 そんな今日の苦労を纏めるような思考を最後に、ジャックの意識は闇に落ちるのであった。

 それが酸欠で意識が落ちただけなのか、それとも尋常でない柔らかさにケダモノになる前に理性が意識そのものを落としたのかは不明だが、いずれにせよまともに眠りに落ちたわけではないのは確かだった。

 

 

 

 




 みんな大変積極的で心底参ってるジャックくん。こんな感じで二週間過ごしてるとか地獄かな? そろそろ力ずくでジャックくんを襲いそうな子も出てきそうですがまだ大丈夫……のはず……。
 それはともかくFinaleをクリアして、終わったことが嬉しい反面どこか寂しい気持ちが胸に……何だか、とっても虚しい……。

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