ジャック・ザ・ハーレム   作:サイエンティスト

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 地上に脱獄(Finale)しておきながらその後地下迷宮(ガレリア)に潜っていたのでだいぶ間が空きました。でも今月は更に魔界(ディスガイア)に行く予定だったりするのでまた同じくらい空くかも……何はともあれジャックにとっては非常に不穏なタイトルのお話。


チーム結成

 

 

 

 シンデレラの部屋で一晩を明かし、何とか尊い休息の時を取ることができたジャック。しかし養った英気は毎朝の日課である恋人達へのモーニングコールで大部分が奪われてしまい、早速早朝から疲労困憊の状態へ逆戻り。

 それでも一日は始まったばかりである以上、弱音を吐いてはいられない。今日も恋人たちの笑顔と幸せのため、精一杯頑張らなければ。

 

「ジャックよ、今日はワレと手を繋いでデートをしようではないか!」

「だ、だから待って! そんないっぺんに話されたら――って、あれ……?」

 

 なので朝食後に恋人たちが畳みかけてくる瞬間を気を強く持って待っていたのだが、何故か今回は簡単に聞き取れてしまった。というかジャックの耳がおかしくなっていなければ、声をかけてきたのはハーメルンただ一人であった。

 一瞬他の恋人たちは出遅れたのかと思い目を向けてみるものの、それもどうやら違うようだ。他の恋人たちはハーメルンに続くことなく、皆どこか複雑そうな表情で押し黙っている。

 

「ど、どうしたの皆? もしかして何か用事でもあったりするのかな?」

「あー、実はそんなところ。だからあたしは良いよ。今朝はちょっと予定があるんだ」

「その、実は私も予定があるの。本当はあなたと一緒に過ごしたいのだけれど……ごめんなさい、ジャック……」

「私も、その……ちょっと、用事よ……全部あんたのせいよ、もうっ!」

「し、白雪もその、一人で考えたいことがありまして……」

「ん……ん……」

「そ、そうなんだ。珍しいね、五人同時になんて……」

 

 赤ずきんに始まり、皆が頷き似たような理由を口にする。

 眠り姫以外の全員が頬を赤く染めており、親指姫が何故かジャックに対して怒りをあらわにしていたものの、もちろんジャックとしては思い当たるような節は一切無かった。

 とはいえ恋人達の世界はジャックのみで閉じているわけではないし、たまには恋人と過ごす以外にも優先すべき予定があるのも仕方のないことだ。何より理性を突き崩されて精神がボロボロのジャックとしては、歓迎こそすれ拒む理由はどこにもない。

 

「ほぅ。つまり、今日はワレがジャックを独占できるということだな!」

「うーん、そうなるのかな?」

 

 ニコニコと嬉しそうに笑うハーメルン。

 確かに他の恋人たちが用事でジャックと過ごせないなら、その間はハーメルンが独り占めできるということだろう。明らかにご機嫌になるのも無理はない。

 

「でも用事が終わって時間が空くこともあるだろうし、その時に僕と過ごしたいって子がいたらちゃんと譲ってあげようね、ハーメルン?」

「当然だ! ワレはできりゅ……できる女だからな! それくらいの気配りは心得ているぞ!」

 

 基本的に良い子なのでその辺りは心配無用だったらしい。尤もできる女でも度々言葉を噛むのはどうにもならないらしいが。

 

「よし! それでは早速デートに行くぞ、ジャックよ!」

「う、うん。それじゃあ僕はハーメルンと一緒に、その……デートに行ってくるね? 皆の用事が終わってからまた話そうか?」

 

 ぎゅっと手を握ったハーメルンに半ば引きずられるように連れていかれながら、他の恋人たちにそう声をかける。

 幾ら何でも五人全員が終日用事でつぶれることは無いだろうし、ジャックと触れ合えないことを良しとするような恋人たちでは無いはずだ。だからジャックはそんな問いを投げかけた。

 

「うーん、どうかな。あたしの用事、どれくらい時間がかかるか分かんないんだよね……」

「ええ。私もどれくらいの時間がかかるかは正直見当もつかないわ……」

「白雪も、そのぉ……ちょっと、分からないです……」

「ふ、ふん! あんたは精々ハーメルンとイチャついてればいいじゃない!」

「んー……」

「あ、そ、そうなんだ……」

 

 しかし五人から返ってきたのは似たり寄ったりの答え。それも捉えようによっては今日は一緒に過ごすことができないかもしれないという答えだ。これにはジャックも驚きを隠せず、気の利いた言葉を返すことができなかった。

 

(親指姫、何か機嫌悪いな……それはともかく、皆一体どうしたんだろう?)

 

 赤ずきんたちが微妙に答えを濁している辺り、少なくともジャックには知られたくないか知られるのが恥ずかしい類の用事なのかもしれない。非常に興味を引かれるがあの積極的で大胆な恋人たちが話すのを躊躇う内容にジャック自身が耐えられるとは思えないし、何より一緒に過ごせないなら理性を削られることも無くそれはそれで助かるのも事実だ。

 

「うん、分かった。何だか良く分からないけど、皆は心置きなく用事に集中すると良いよ。用事が終わったら一緒に過ごせるよう、僕はちゃんと待ってるからね?」

 

 しかし恋人達と一緒に過ごして幸せを感じさせてあげるのはジャックの使命だし、何よりジャック自身恋人達と過ごす時間を心地良いものだと感じている。

 なのでジャックはそんな言葉を恋人たちに残し、半ばハーメルンに引きずられる形でその場を後にした。恋人たちの用事とやらに疑問を抱きつつも、これでしばらくは気が休まるだろうという安堵を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリス、ちょっといい?」

「親指姫……? 私に何か用かしら」

 

 朝食を終え、ひとまず勝負の作戦を考えるために部屋へ戻ろうとしたアリスは、その途中で親指姫に呼び止められた。

 自分と同じくジャックの恋人の一人とはいえ、この勝負の前ではライバルである。そして親指姫は何故か妙に顔を赤くしながらも、決意の漲る不思議な表情をしていた。だからこそ一瞬警戒を示してしまうのも仕方ないことであった。

 

「あんたに話があるのよ。ちょっと顔貸してくんない?」

「それは今ではなくてはいけないの? 私はこれからの行動や作戦を考えなくてはいけないから、一分一秒が惜しいのだけれど」

 

 突き放すような言葉を口にしてしまうが、決して嘘はついていない。何故なら早く作戦や行動を決めなければジャックと触れ合えないのだから。

 かといって早くジャックと触れ合いたいがために荒削りな作戦を考えてしまえば、肝心の勝負には勝てないだろう。なかなかに厳しいジレンマである。

 

「今じゃなきゃダメな話よ。損はさせないから、とりあえず私の話を聞きなさい」

「……分かったわ。少しの間だけなら」

「じゃ、とりあえず場所を変えましょ。ついてきなさい」

 

 自分があまり冷静でないことを自覚しているため、ここは少し頭を冷やすためにも話を聞いてみることにした。

 表面上はどうあれ親指姫もまたジャックを愛しているはずなのだから、作戦を考える必要があるはずだ。にも拘わらずアリスに対して話をすることに時間を使うということは、それだけ大切な話に違いない。そう考えて、アリスは親指姫の後をついていく。

 

「ここでいいわ。それじゃ、前置きは無しにして始めようじゃない」

「いえ、その前に一つだけ聞いても良いかしら? 場所を変える必要があるのは分かるのだけれど、何故こんな狭い場所を選んだの……?」

 

 そうしてアリスたちが辿り着いたのは、居住区の廊下にある行き止まり。それも積まれた資材の裏の非常に狭い空間である。てっきり部屋にでも場所を移すのかと思っていたため、さすがにこれには疑問を覚えてしまう。

 

「な、何でもいいでしょ! と、とにかく、少しの間で良いから私の話を聞きなさい!」

 

 答える気はないようで、親指姫は顔を赤くしながら怒鳴ってくるばかり。アリスとしても時間は惜しいため、それ以上追及するのは止めておいた。

 

「……あんた、赤姉たちに勝てる自信はある?」

「……それはタイミングから考えて、昨日始まった『勝負』についてのことかしら」

「ええ。それで、どう?」

 

 非常に真剣な顔つきで親指姫が口にしたのは、昨夜から始まった勝負に関しての話。アリスの自信のほどを尋ねる問いであった。

 正直なところ、勝率は低いと言わざるを得ない。色々と理由はあるが、やはり一番の理由はアリスがとても貧しい者であるという点であった。ジャックと白雪姫と三人で散歩をした時に味わった屈辱と敗北感は未だ記憶に新しい。

 

「何故あなたに教える必要があるというの? あなたも私にとっては敵の一人よ。無暗に情報を明け渡すほど、私は愚かではないわ」

 

 しかしその気持ちはおくびにも出さないし、答えもしない。何故なら親指姫も勝負の前では敵なのだ。少なくともアリスには敵に塩を送れるほどの余裕は無かった。アリスは富める者ではないのだから。

 

「そう? じゃあ、あんたが考えてることを当ててやろうじゃない。はっきり言って、難しいって思ってんでしょ?」

「……そんなことは、ないわ」

 

 故に、図星を指されても何とか平静を取り繕う。少なくとも親指姫の狙いが分かるまでは弱みを見せるべきではない。

 

「あんたの記憶の中のジャックが相手ならそう言えるんじゃない? 何せ小さい胸が大好きなド変態なんだから、そりゃあ自信はあるでしょうよ?」

「じゃ、ジャックは変態なんかじゃないわ! そ、それは確かに、小さいのが好きなところはあったけれど……」

「やっぱあんたのとこでも同じなのね……」

 

 同情のような共感のような、複雑な感情を表情に浮かべる親指姫。

 間違ってもド変態ではないが、確かにアリスの記憶の中でのジャックはそれはもう小さいのが大好きであった。幾度触れられ、弄らたかなど最早数えきれないほどだ。少なくとも興味がないならあんなに手を触れてくることはない。

 

「ま、まあそこは置いとくとして、問題は今この世界のジャックよ。あいつ、本当に小さい胸が大好きなド変態だと思う?」

「それは……」

 

 親指姫自身も色々と記憶を思い浮かべてしまったようで、真っ赤になりながらも再び問いを投げかけてくる。

 記憶の中のジャックについてなら、大きい方より小さい方が好きだと迷いなく断言できる。何せこんな起伏に乏しい身体を持つアリスでも満足してくれていたし、愛してくれていたのだ。

 しかし今、この世界のジャックについての話ならまた違う。

 

「違うわよね。あいつ、ネムとか赤姉とかに押し付けられてデレデレ鼻の下伸ばしてるしね……!」

「や、やっぱり、ジャックもあった方が好きなのかしら……」

 

 明らかに嫉妬と怒りの混じった声で指摘する親指姫に対し、そんな呟きを零してしまうアリス。

 今この世界のジャックは、残念ながら大きい方に興味があると言わざるを得ない。もしかすると小さい方にも同じくらい興味を抱いているのかもしれないが、昨日のジャックと白雪姫との散歩での出来事を考えるに望みは薄そうだ。何故なら明らかに白雪姫にくっつかれた時の方が、ジャックは明確な反応を示していたから。

 

「たぶんそうなんでしょ。あいつが赤姉たちに胸を押し付けられてデレデレしてるのは確かよ。あんたもそういう光景見たことあるんじゃない?」

「……悔しいけれど、その通りね。確かに私より、白雪姫に押し付けられていた時の方が嬉しそうだったわ……」

「し、白雪もやってんの? あの子も結構やるじゃない……」

 

 明確な貧富の差、そして戦力の差を思い知らされてしまい、思わず肩を落としてしまうアリス。

 一瞬アリスの気力を削ぐのが狙いかと思ったものの、当の親指姫も同じように肩を落としているので違うようだった。

 

「ま、まあ要するに、幾ら押し付けることが禁止されてても赤姉たちが有利なことに変わりはないってことよ。そして、このままだと私たちが圧倒的に不利だってこともね」

「確かにそれは認めざるを得ないわね。けれど、だからと言って諦める気はないわ。この勝負、絶対に私が勝利してみせる。ジャックの、その……初めての、相手になりたいから……」

 

 自分で口にしておきながら、どうしようもなく顔が熱くなってくるアリス。

 しかしそれだけ魅力的なことなのだ。今の様々な体験と知識を得たアリスなら、終始ジャックをリードして思い出に残る素敵な夜にしてあげることだってできるのだから。もちろん、初々しいジャックの様子を存分に楽しみながら。

 なので誰にも負ける気は無かったが、どうも今目の前に立っている親指姫からは戦意が感じられなかった。本当にやる気があるのか、そもそも本当にジャックのことが好きなのかと疑いを抱いてしまうものの、次の瞬間親指姫の口から飛び出してきたのはそんな疑いを吹き飛ばすほど衝撃的な言葉だった。

 

「誰も諦めろなんて言ってないわ。むしろ逆ね。アリス、私と――手を組みましょ?」

「手を、組む……?」

「そうよ。私たちは、その……身体的に、ちょっとだけ不利なところがあるわ。一人じゃ赤姉たちに太刀打ちできないけど、二人がかりならどうよ?」

 

 若干得意げに笑う姿を目にして、アリスは全てを理解する。

 どうやら親指姫は自分たち貧しい者で手を組み、富める者である赤ずきんたちを打ち倒そうと計画しているようだ。勝者は最終的に一人しか残らないため、協力するという発想は完全に盲点であった。確かに一人だと胸が寂しく心もとないが、二人がかりならある程度太刀打ちできるかもしれない――

 

「親指姫、ゼロに何をかけてもゼロにしかならないわ……」

「いや、私たちだってゼロじゃないでしょ!? あんたももうちょっと自信持ちなさいよ!?」

 

 ――と思ったものの、自らの酷く寂しい胸元を見下ろして絶望に浸ってしまう。

 確かにゼロではないが白雪姫や赤ずきんと比べると雲泥の差である。眠り姫とは比べるのも失礼なほどだろう。唯一の救いはその眠り姫がこの勝負には不参加ということか。

 

「……仮にあなたの言葉が正しいとしても、結局この勝負の勝者は一人だけよ。手を組んて万事上手く事が運んだとして、最終的に私とあなたのどちらが勝者になるのかしら?」

「そこは、その……後で考えましょ。そもそもまずは赤姉たちに勝たないと話にならないでしょ?」

「確かに、その通りなのだけれど……」

 

 途中までの協力関係だとしても、相手が非常に強力なので有効と言えば有効だ。正直胸の大きさに関しては二人どころか十人いても太刀打ちできそうにないが、ジャックは別に胸の大きさだけで女の子を判断しているわけではない。純粋に人数と胸以外の魅力として考えれば、赤ずきんたちに差をつけることができるだろう。

 ただ、アリスにはどうしても気になることがあったため、即座に頷くことはできなかった。

 

「何よ、何か気になることでもあるわけ?」

「何故、私にこの提案をしたの? あなたの場合、白雪姫と手を組んだ方が勝率は高くなるはずだし、手を組める確率も高いと思うわ」

 

 気になるのは何故手を組む相手にアリスを選んだのかということ。

 親指姫の場合、妹である白雪姫の方が手を組みやすいはずだし勝率も上がることだろう。何せ白雪姫はアリスとは違って富める者なのだから。にも拘らずアリスを選ぶというのがどうにも理解できなかったのだ。お互いに貧しい者であるために共感を覚えたのかもしれないが、白雪姫と手を組むより勝率が低くなると分かっていてアリスを選ぶとは考え難い。

 だからこそ何か裏があるのではと思って尋ねたのだが、どうもそんなことはなかったらしい。親指姫は別段狼狽える様子もなく答えてくれた。

 

「ああ、そういうこと。確かに白雪と組むのも考えたわ。だけどそれだと私は勝ちをあの子に譲っちゃうかもしれないし、あの子は絶対それを受け入れないでしょ。だからあえて手は組まず、本気で戦うことにしたのよ」

「なるほど、そういうことだったのね。肉親だからこそ手加減はしない、というところかしら」

「そんなとこね。妹たちもジャックの恋人だから、色々複雑なのよ。全く、本当にジャックは節操なしよね……」

 

 不機嫌そうな顔で悪態を零す親指姫だが、その声音はどこか満更でもなさそうだった。

 考えてみればジャックの恋人には親指姫三姉妹という、血縁関係にある血式少女が三人いる。もしかすると自分たちがジャックに一番愛されている、とでも思っているのかもしれない。

 

「それと、あんたを選んだ理由はもう一つあるわ。正直赤姉たちに関してはまだ信じられないところもあるけど、あんたがジャックのことを愛してるのは嫌ってほど知ってるからよ。確かにジャックを横から奪ったような形になったのは認めるけど、あんたにやたら冷たく当たられて大変だった記憶があるわ……」

「それは、その……ごめんなさい……?」

 

 酷く遠い目をした親指姫に対して何故か申し訳なく思い、とりあえず謝罪をしておくアリス。

 さすがに記憶にない出来事だが、ジャックを横から奪われた形なら間違いなく親指姫の記憶の中のアリスは穏やかでない気持ちだっただろう。例えジャックへの想いを理解していなくともそれは変わらない。正面切って嫌がらせなどはしていないと思うが、それ以上のことは予想がつかなかった。

 

「まあそれはいいわ。要するに信用できるってこと。だからあんたを選んだの。それでどうすんのよ、アリス? 私と手を組む?」

 

 再び酷く真面目な表情で見つめてくる親指姫。

 元々この勝負には乗り気でない態度を見せていたため、正直なところ本当にジャックのことが好きなのかも怪しいとアリスは思っていた。しかし現に親指姫は勝利を得るために敵と手を組むという作戦を考えていたし、何より気迫は本物だ。下手をするとアリス以上の鬼気迫るものさえ感じるほどである。

 最終的に敵同士に戻るのだとしても、それまで手を組むというのは相手の巨大さ――もとい、強大さからすると賢い判断だ。故にアリスも覚悟を決めた。

 

「……ええ、いいわ。手を組みましょう、親指姫」

「決まりね。とりあえず赤姉たちを打ち破るその時までは、仲良くやりましょ?」

 

 得意げに笑い、握手を求めて右手を差し出してくる親指姫。一見余裕の溢れる笑みを浮かべているように見えたものの、やはり内心ではかなり緊張していたのだろう。良く見れば心底ほっとしているようにも見える笑みであった。

 しかし話の内容を考えるに緊張も安堵も当然のことだ。なのでアリスは特に疑問にも思わず、文字通り手を結ぶために自らも右手を差し出し――

 

「――えーっと、良かったら私も参加していいかな?」

「っ!?」

 

 ――突如として横合いからかけられた声に驚き、思わず引っ込める。これには親指姫も飛び上がって同じように手を引っ込めていた。

 

「に、人魚姫さん……!?」

 

 声が聞こえた方向を見れば、そこには積まれた資材の影からこちらに顔を覗かせる人魚姫の姿。どこかばつが悪そうな顔をしているのは、二人揃って驚き飛び上がったからだろう。

 

「あっ、ごめんね? 盗み聞きするつもりは無かったんだ。だけど、私もちょっと興味のあるお話をしてたから……」

「興味のある……? はっ!? ま、まさか、あんたもジャックのこと……!?」

 

 敵意の滲む瞳を人魚姫に向ける親指姫の傍ら、アリスも似たような心地で目を向けてしまう。

 人魚姫はすでにおつうという恋人がいるが、それを言えばジャックには恋人が六人もいる。おまけにその六人はこの世界でジャックに対して間違いなく友愛以上の好意を抱いていた血式少女たちだ。今更それが一人増えたとしても全く不思議ではなかった。 

 

「ち、違うよ、二人とも! 私の場合はおつうちゃんのことだよ! 私も、できたらおつうちゃんともっと仲良くなりたいなぁ、って思ってて……」

 

 しかし返ってきたのはアリスたちの予想とは異なる答え。

 どうやら人魚姫が欲しいのはジャックの初めてではなく、おつうの初めてなようだ。一瞬二人とも女の子なのにどうすればそれが可能なのかと考えてしまったものの、愛の前では些細な問題である。なのでアリスとしては別段尋ねるようなことではなかった。

 

「なるほど……ってことは、もしかしてあんたらもまだ……?」

「お、お恥ずかしながら、まだです……」

 

 もじもじと恥ずかしがりながらも、親指姫の遠慮ない問いに素直に答える人魚姫。

 やはり狙っているものは同じでも、その対象がアリスたちとは異なるらしい。敵が増えたわけではないことに、アリスはほっと安堵の吐息を零した。

 

「……どうする、アリス? 確かに二人より三人いた方が知恵も出せそうじゃない?」

「そうね。人魚姫さんの相手はおつうさんで私たちと同じではないから、最後まで純粋な協力関係を築けると思うわ。それに――」

 

 言葉を切り、アリスは人魚姫に視線を向ける。正確にはその身体、胸元辺りに。

 そこにあるものを確認して、もっと正確に言えばそこに何もないことを確認して、親指姫へと視線を向ける。どうやら考えていることは同じだったようで、一つ小さな頷きが返ってきた。そう、仲間を見つけた事に対しての極めて満足げな頷きが。

 

「……仲間ね! 歓迎するわ!」

「ええ。一緒に頑張りましょう、人魚姫さん」

 

 もちろんアリスも同意見だったので三人で固い握手を交わし、ここに同盟の結成を祝う。そしてそれぞれが想う王子様と更に深い関係を築くため、協力し合うことをお互いに誓い合うのであった。何故ならアリスたちは仲間だから。

 

「うーん……何だかちょっと、複雑な気分かも……」

 

 ただし、どうやら人魚姫は若干思う所があったらしい。自らの胸元を見下ろしながら、どこか複雑そうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、参ったなぁ。まさか色仕掛けが禁止されちゃうとは思ってなかったよ……」

 

 朝食後、勝負のためにジャックと触れ合う時間すら犠牲にしたにも拘わらず、赤ずきんは自室でうなだれていた。

 

「今のあたしなら正しい色仕掛けができるから、ジャックを落とすくらいわけはないって思ったんだけど……やっぱりそう上手くはいかないかぁ……」

 

 そして肩を落とし、深いため息を零す。

 赤ずきんにはジャックを自分に惚れさせるために色々と頑張った記憶があり、更にその頑張りの大半がどこかズレていたり間違っていたりしたという事も理解できた。故に今なら正しい色仕掛けができるのでこの勝負に対する自信もあったものの、見事にそれを打ち砕かれた感じだ。

 色仕掛けができないのなら赤ずきんの武器はほとんどあって無いようなもの。もちろん記憶の中のジャックにとっては魅力的な部分がたくさんあるということは分かっているものの、それはあくまでも記憶の中のジャックにとっての話。少なくとも今この世界のジャックも同じように感じてくれる保証は無かった。

 というか別世界の自分の記憶の中では、結局どうしてジャックが赤ずきんに惚れてしまったのかはさっぱり分からないのである。自然体な赤ずきんが一番好きだと言われた記憶はあるが自然体を頑張ると言うのもおかしな話だし、そもそも勝負でのんびり自然体でいたらあっというまに負けてしまう。

 

「……となると、やっぱりあいつの力を借りるしかないね」

 

 そのため、やはり赤ずきんは記憶の中の自分と同じ結論に至った。

 色仕掛けもできず、そして自然体でもいられないのなら得られた記憶の大半は役に立たないし使えない。かなりのハンデを背負ってしまったものの、必要とあらばジャックのお風呂に乱入すらできる赤ずきんには大胆さというアドバンテージが存在する。

 その大胆さを上手く活かす作戦を考えてくれる人物の手を借りること。それが赤ずきんが出した結論であった。

 

「ただで力を貸してくれるとは思わないけど、そこは記憶通りに交渉すればきっと大丈夫だよね?」

 

 何だかちょっぴり不安があるものの、他に何かいいアイデアがあるわけでもない。

 そのため赤ずきんは早速行動に移すことに決めると、部屋を出て駆け足で協力してくれるであろう人物の部屋へと向かった。

 

「おーい、グレーテル。いるー?」

「あら、赤ずきん。何かしら」

 

 呼びかけて扉をノックして、中から出てきたのはグレーテル。

 自分でも驚くべきことだが、記憶の中ではジャックに振り向いてもらうためにグレーテルの協力を仰いでいたのだ。尤も感情面のことは期待しておらず、純粋に知識面を期待していたので納得の選択であったが。

 

「実はちょっとあんたに協力して欲しいことがあるんだ。協力してくれたら、あんたの知りたい恋とか愛とかそういう気持ち、色々聞かせてあげるよ?」

「ふふっ。私が惹かれるであろう情報を引き合いに出して協力を求めるだなんて、あなたも随分成長したようね。いいわ、入りなさい」

 

 記憶の中で取引に使っていた情報を提示すると、グレーテルはニヤリと笑って部屋に上げてくれた。

 どちらかといえばこれは成長というよりカンニングに近い感じだが、一応は自分の記憶なのでセーフだろう。なので何も恥じることはなく、赤ずきんは部屋へと上がった。

 

「それで、私に協力して欲しいこととは何かしら?」

「実は今、あたしたちはとある勝負の真っ最中なんだ。その……誰がジャックの初めてを手に入れるか、っていう勝負のね」

「ジャックの、初めて……? 童貞、という意味かしら?」

「ま、まあそうなんだけど、やっぱあんたは全然恥ずかしがらないね。多少濁したあたしが何か馬鹿みたいだ……」

 

 あえて言葉を多少濁したものの、どうやら要らぬ世話だったらしい。顔色どころか眉一つ動かさず童貞という言葉を口にするグレーテルに、さすがに赤ずきんも呆れてしまう。尤も一番呆れるべきなのはそれを競い合い手に入れようとしている自分たちなのかもしれないが。

 

「お褒めに預かり光栄だわ。それで、その勝負に勝つために知恵を貸せということかしら?」

「話が早くて助かるよ。本当は色仕掛けでもすれば楽に勝てたはずなんだけど、それを禁止されちゃったから打つ手が無くなっちゃってさ……」

 

 それさえ禁止されていなければ、赤ずきんにはできることがそれなりにあった。何せ控えめに言っても胸は大きい方だし、正しい色仕掛けの方法は先達である別の世界の赤ずきんが失敗談として示してくれているのだ。

 なので今ならお風呂に突入して背中を流したり頭を洗ってあげるだけでは色仕掛けでは無いことは分かっているし、手だけではなく身体全体を使った方が良いことも分かっている。それが大変効果的なのは失敗をした先達こと別の世界の赤ずきんが後に実践し、ジャックがケダモノになったことによって証明済みである。

 

「なるほど。確かにあなたのスタイルなら色仕掛けはとても有効な方法だわ。それを禁止されたとなると勝率は著しく低くなるわね」

「そうなんだよ。だからあんたに知恵を借りたくてさ。何か良い方法とかないかな?」

「もちろん幾つか思い浮かぶけれど、その前に対価の話をしましょうか」

「えっ? いや、それはさっき言ったじゃん。愛とか恋とか、あたしが味わった色々な気持ちを教えてあげるって……」

 

 思いがけない言葉が返ってきたため、再びそれを口にする。

 記憶の中のグレーテルはこの条件で了承してくれていたし、何より条件にかこつけてジャックに話すことすら躊躇われるほど深いところまで聞いてきた。なので今回もこの条件で満足すると思っていたのだが、あろうことかグレーテルは鼻で笑っていた。

 

「あなたの記憶の中での私はそれで満足したのかもしれないけれど、今ここにいる私はそれで満足できるわけではないわ。勝手に対価を決めないでもらえるかしら」

「う……いや、でも知りたくないの? あんたはそういう自分の知らないことを知りたくなる性質じゃなかったっけ?」

「あら、知りたくないとは言ってないわよ。ただ私はすでに白雪姫や眠り姫からある程度話を聞き出しているし、あなたから聞き出すのならハーメルンから聞き出してもほとんど大差がなさそうだもの。わざわざ対価として求めるほどのことではないわ」

「も、もう聞いてたんだ。手が早いなぁ……」

 

 どうやらすでに他のジャックの恋人から話を聞いていたらしく、赤ずきんの手札に価値は無くなっていたようだ。

 ハーメルンと一括りにされるのは若干思うところがあるものの、確かに赤ずきんに尋ねるよりは白雪姫たちの方が幾分分かりやすい答えを返してくれることだろう。残念ながら反論の余地も無ければ、こちらから更に魅力的な対価を提示することはできなかった。

 

「じゃあ対価に何が欲しいのさ? かなり無理がある物でもできる限り用意するから教えてよ」

「そうね。あなたがジャックの童貞を奪った暁には、私もジャックの恋人の一人に加えてもらえるかしら」

「なっ……!?」

 

 そしてグレーテルの口から飛び出した対価の内容とは、予想だにしない物であった。これには驚きのあまり二の句が告げなくなり、固まってしまう赤ずきんであった。

 

「自分で恋や愛といった気持ちを体験できるのならそれに越したことは無いし、何よりジャックにはすでに六人も恋人がいるもの。今更一人増えたところで誤差の範囲でしょう?」

「い、いや、それはさすがに……!」

「あら、不服なの? それじゃあこの話は無かったことにしましょう。あなたが望むものは手に入らないかもしれないけれど」

「う、うぅ……!」

 

 自分が優位な立場にいることを自覚しているらしく、グレーテルはニヤリと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。

 確かにジャックには恋人が六人もいる以上、一人増えたところで誤差の範囲だ。しかしそれはあくまでも数字の上の問題であり、誤差で片付けられるような問題ではない。そもそも赤ずきんが一人で決めて良いことですらないし、最低でもジャックに確認を取って許可を得なければならないことだ。

 

「もう用が無いのなら、私は少し出かけさせてもらうわ。あなた以外にも知恵を必要としている相手がいるかもしれないもの」

「――っ!? ちょ、ちょっと待った! 待ってよ!」

「あら、何かしら?」

 

 しかし別の少女たちへ力を授けに行くという言葉を聞いて、思わず呼び止めてしまう。 

 それをまるで予期していたかのように怪しい笑みを浮かべるあたり、恐らく赤ずきんはすでにグレーテルの掌の上なのだろう。

 

(う、うぅ、どうしよう……)

 

 正直なところ、ジャックの恋人が増えること自体にはさして抵抗は覚えない。勿論見知らぬ女の子だったなら相応の抵抗を覚えるが、大切な仲間たちである血式少女なら話は別だ。むしろ全員ジャックの恋人になってしまえば良いのではないか、と思っている節も無くも無い。

 ただ今回はその相手がグレーテルだ。本人が恋や愛を理解したいと口にしているあたり、ジャックに対する恋愛感情は持っていないのだろう。この勝負で勝利を掴んだ時のみとはいえ、そんな人物を勝手にジャックの恋人に加えて良いものか。

 赤ずきんは未だかつてないくらい悩みに悩み、考え抜いた末に――

 

「……わ、分かったよ。さすがにあたしの一存だけじゃ決められないことだけど、何とかジャックにも皆にも頼み込んでみるからさ……協力、してくれないかな?」

 

 ――悪魔に魂を売るのであった。そして当の悪魔はニヤリと満足げに笑う。

 

「その言葉に二言は無いわね、赤ずきん?」

「う、うん。少なくともあんたを騙して協力だけ取り付けようなんて卑怯な真似はしないよ。その代わり、あんたがあたしを勝たせてくれた時の話だからね!」

「ふふっ。ならこれで交渉成立ね。あなたがジャックの童貞を奪うことができるよう、私が惜しみなく知恵を授けてあげるわ」

 

 交渉成立の印に握手を求めてくるグレーテルに対し、酷い脅迫を受けた赤ずきんは握手に応えながらもわりと力を込めて握り返す。普通の人間なら骨が砕けかねない力を込めたものの、そこはグレーテルも血式少女。顔色一つ変えず、交渉の結果に満足げな笑みを浮かべていた。

 

(まさかこんなことになるとは思わなかったなぁ。これはあたしが勝負に勝ったらジャックや皆に怒られるかも……)

 

 記憶通りにやれば何事も無く協力を取り付けられると思っていたら、待ち受けていたのはまさかの展開。協力自体は取り付けられたものの、結果としては失敗だったかもしれない。何せ赤ずきんが勝負に勝った時は、グレーテルがジャックの恋人として迎えられるようにしなければならないのだ。

 しかし赤ずきんとしては勝負に負けたくないし、何より先ほどのグレーテルの口ぶりから察するに要求を呑まなかったとしても結果は変わらなかっただろう。その時は他のジャックの恋人達の下へ向かい、半ば脅しに近い形で協力を提案するはずなのだから。

 

(でもまあ、確かにグレーテルの言う通りか。ジャックには恋人が六人もいるし、今更一人増えたところで何にも変わらないよね! うん、頑張れジャック!)

 

 だが恋人が一人増えたところで誤差の範囲というグレーテルの言い分は何も間違っていない。それに赤ずきんとしても、どうせなら血式少女全員がジャックの恋人になれば良いのではないかと思っている節もある。大切な仲間たちであり、家族である血式少女たちが全員ジャックの恋人になれば、皆名実ともに家族になれる。それはとても素敵なことで、毎日が楽しく騒がしい日々になるのは容易に想像できることだ。

 ただその場合ジャックの負担がちょっと気になるところではあるが、ジャックだって立派にケダモノな男の子。それを頭でも身体でも知っている赤ずきんからすれば、何の問題も無いと判断するに十分であった。ジャックなら女の子の十人や二十人くらい、幸せにすることができるだろう。

 そんなわけで、は悪魔の契約を交わしたことに対する不安や後悔もすぐに消え失せてしまう。赤ずきんの胸にあるのは絶対に勝負に打ち勝つという闘志、そして初心なジャックを存分に楽しめるという期待だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 朝食後、自室に戻った白雪姫は一つため息を零すとそのままベッドに身を投げた。柔らかなベッドが優しく受け止めてくれるものの、やはり恋人の腕に抱かれ感じる温もりと優しさには敵わない。

 そんな愛する恋人であるジャックと過ごす時間を棒に振ってまで自室に戻ったのは、当然昨夜始まった勝負への作戦を考えるためだ。何せ勝負に勝つためにはいかにしてジャックをケダモノにさせ、向こうから襲ってもらうかという大変恥ずかしくも難しい問題をクリアしなければならない。一人でじっくり作戦を練る時間は必要不可欠だ。

 

「うぅ……頑張って参加はしてみたけど、白雪はもう駄目ですぅ……!」

 

 しかし、すでに白雪姫はほとんど戦意喪失状態であった。

 とはいえそれも仕方ない。白雪姫の唯一の武器である、そこそこ大きな胸。それを押し付けたりすることが禁止されてしまったのだ。これで一体どうやって戦えば良いと言うのか。

 

(お、押し付けたりするのが禁止されてしまった今、白雪に残っているのはこのおでぶな身体だけ……!)

 

 そんな絶望に更に拍車をかけるのが、自身の悪い意味で肉付きの良い身体。

 もちろんジャックが白雪姫の身体を太っていると言ったことは無いし、別に気にしないであろうことも分かっている。何せ記憶の中のジャックはこんな白雪姫の身体をそれはもうケダモノの如く貪っていたのだから。

 むしろジャックはこの体系の方が好きなのかもしれない。そう思ったことも一度や二度ではなかった。 

 

(それに、白雪以外のジャックさんの恋人は、皆とってもスレンダーで……!)

 

 だがそれは記憶の中での話。ジャックの恋人が六人いるこの世界では、その考えを改めざるを得なかった。何故なら白雪姫以外のジャックの恋人たちは、皆揃いも揃ってスレンダーだったから。

 アリスや親指姫、ハーメルンはもちろんのこと、スレンダーであるにも拘わらず出るところは白雪姫以上に出ている赤ずきんや眠り姫。そんな中でただ一人おでぶな自分。それは記憶の中で得たささやかな安堵を打ち砕くには十分すぎる状況であった。

 

「ううっ……白雪、ジャックさんに捨てられちゃうかも……」

 

 だからこそ、戦意が喪失するばかりか今後のことまで不安になってしまう。他の恋人達の姿を見る限り、間違いなくジャックには太っている子が好きという特殊な性癖は存在しないのだから。

 もちろんジャックが恋人を捨てるなどという非道な真似をするわけがないと信じているが、この世界のジャックからすれば白雪姫に限らず恋人との関係は突然降って沸いたような物。想いを重ねて愛を深め合った記憶が無い以上、可能性がゼロとは言い切れなかった。

 

「はぁっ……」

 

 そのため、余計に気落ちして枕に顔を埋める白雪姫。一応勝負は頑張るつもりであるが、捨てられたりはしないという安心感を得られるのなら負けても良いと思えるほどだ。むしろそのために勝負に参加した節もある。

 しかし始まりからしてハンデを背負った状態であり、満足な作戦も思い浮かばなくてはため息を零してしまうのも仕方がなかった。これならジャックと触れ合っていた方が良かったかもしれないが、勝負に参加している以上はある程度接触を控えるのもルールの一つなのだ。そして満足の行く触れ合いを行いたいのなら勝負を降りるしかない。八方塞がりのこの状況、最早白雪姫にはどうしようもなかった。

 そんな時――コンコン、と部屋の扉がノックされる。

 

「――っ!? ちょ、ちょっと待って下さい! 今行きます!」

 

 自分でもかなり情けなく恥ずかしい姿を晒していることは分かっていたので、白雪姫は慌てて跳ね起き身だしなみを整えてから扉を開けに向かった。

 

「あっ、ネムちゃん。どうしたの?」

 

 扉の向こうにいたのは可愛い妹である眠り姫。相変わらず眠そうな目をしているように見えるが、ジャックとの関係が始まってからは比較的それも和らいで見える。きっとジャックのおかげなのだろう。

 

「ん……白雪姉様に、お話……」

「白雪とお話? 良いよ、入ってネムちゃん」

 

 正直なところ未だ心は落ち込んでいるが、だからといって妹を追い返す理由にはならない。何より気分がずっと沈んでいるので気分転換が必要そうだ。なので白雪姫は眠り姫を快く部屋の中へと迎え入れた。

 

「そういえばネムちゃん、今朝はジャックさんと予定を約束しなかったよね? もしかして、白雪とお話するため?」

 

 そして二人でベッドに腰かけたところで、こちらから話を切り出す。眠り姫はあまり喋るのが得意ではないからだ。

 尤も勝負に参加していないはずの眠り姫が、参加している白雪姫たちと同じようにジャックとの触れ合いよりも優先した事柄が気になったからという理由もあるが。

 

「ん……ボク、心配だったから……」

「心配?」

「白雪姉様……ずっと、落ち込んでる……」

「あ、ははは……そ、そんなことないよ?」

 

 気遣うような瞳を向けてくる眠り姫に対し、その視線を直視できずに目を逸らしてしまう。昨夜から勝負の行く末と勝敗に関してずっと不安を抱いてる以上、落ち込んで見えるのは当然のことであった。むしろ白雪姫としては他の皆が何故あんなに自信満々でいられるのか分からないほどだ。

 

「白雪姉様……自信、無い……?」

 

 勿論素直で可愛い妹も誤魔化されることはなく、ずばり確信を突いてくる。さすがにここまでバレていては誤魔化すだけ無駄だろう。やむなく白雪姫は諦めて頷いた。

 

「う、うん。白雪はおでぶで、他の皆はとってもスマートだから……」

「大丈夫……白雪姉様も、太ってない……!」

「そ、そんなことないよぉ。だって白雪だけお腹とか二の腕とか、プニプニしてるもん……」

 

 優しい妹はフォローしてくれるものの、残念ながら白雪姫の心は晴れない。ジャックの恋人の中で自分だけぽっちゃりしているのだから当然だ。そしてそれを抜きにしても今まで体型が気になっていたのだから、今更コンプレックスを拭いさることなど不可能である。

  

「じゃあ……それを武器にすればいい……」

「えっ? ぶ、武器?」 

「ん……ジャックは、女の子の柔らかい所が大好きだから……白雪姉様のそういう所も、きっと好き……」

「な、なるほど……!」

 

 しかし妹のそんなアドバイスを受け、目から鱗が落ちたような気分になる白雪姫。

 何故ならそれは白雪姫に最も適した作戦だからだ。もちろん胸の大きさは赤ずきんや眠り姫に劣るものの、そもそも今回の勝負ではジャックに胸を押し付けたりすることは禁止されている。しかし他の部分、例えば太ももやお腹に関しては言及されていない。

 どうせ身体中がプニプニしているのだから、いっそ利用しなければ損というものだろう。それでジャックが喜んでくれれば白雪姫としても嬉しい事だし、何よりコンプレックスも少しは晴れるというものだ。

 なおジャックは女の子の柔らかい部分が大好きという事実は、白雪姫も大変濃厚かつ恥ずかしい記憶の数々を持っているので身に沁みて理解していることである。

 

「……ありがとう、ネムちゃん。ネムちゃんのおかげで、少しは自信が出てきたよ」

「ん……良かった……」

 

 その答えに心から嬉しそうな笑顔を見せてくれる眠り姫。

 実際のところは作戦があっても未だ他の少女たちに劣っているものの、それでも先ほどの無力感に打ちひしがれている頃よりはマシであった。ほんの少しとはいえ希望が見えてきた分、やる気も徐々に湧いてきた感じだ。魅力的でスタイルの良い他の少女たちには敵わないかもしれないが、少なくともそれで諦めたりはしない程度には。

 

「だけど、ネムちゃんはいいの? ネムちゃんだって興味があるんじゃないかな。その、ジャックさんの……は、初めて……」

 

 心の余裕が生まれたことで、疑問を抱くことができるようになった白雪姫。

 眠り姫がこの勝負に参加していれば、まず間違いなく白雪姫は太刀打ちできない。姉としての贔屓目もあるかもしれないが、それを抜きにしても可愛い妹は非常に魅力的な女の子なのだ。何よりその胸元に存在するのは他に見たことがないほど大きな膨らみである。これ一つとっても白雪姫が敵う理由はどこにもない。

 だからこそ、眠り姫が勝負に参加しないというのはとても不思議なことであった。しかしそんな疑問に対して、眠り姫は一点の曇りもない純真な笑みを返してくる。

 

「興味、ないことも無いけど……ボクはジャックと一緒にいられれば、それで幸せ…………それに、皆のことも大好きだから……ボクは、不参加……」

「ね、ネムちゃん……何て良い子……!」

 

 可愛い妹のあまりの純真さに胸を打たれ、感動すら抱きながらその眩しい笑顔に釘付けになる。

 とても豊かなスタイルを誇っている上、こんな天使のような綺麗な心を持つ眠り姫。やはり眠り姫が勝負に参加していれば確実に優勝候補であろう。何だかジャックの初めてを狙って必死に争っている自分たちが酷く浅ましく、穢れているように思えてならない白雪姫だった。 

 

「だけど、白雪姉様……他の皆と違って、自信無さそう……だからボク、お手伝いする……」

「ネムちゃん……ありがとう……!」

 

 その極大の優しさに感極まった白雪姫は、心のままに眠り姫に抱き着く。自分とは次元が違う柔らかさが顔をすっぽり包み込み、圧倒的な質量で以て受け入れてくれる。普通なら敗北感を覚える感触かもしれないが、今はただただ心地良く幸せな感情しか沸いて来なかった。

 

「ん……頑張って、白雪姉様……」

 

 こちらが姉だというのにあまつさえ頭を撫でられてしまうが、微塵も悔しさや違和感を抱くことはない。むしろこんなに綺麗で美しい心を持ち、優しさも女性としての魅力も兼ね備えた完璧な妹が誇らしい気持ちでいっぱいだ。別の世界でジャックと恋仲になるのも至極当然というものだろう。

 

(うん! ネムちゃんが応援とお手伝いをしてくれるんだから、せめてその優しさに恥じないくらいには頑張ろう!)

 

 眠り姫からの後押しを受け、自信を持てない白雪姫も何とか自分を奮い立たせるのであった。実際に勝負に臨む前から諦めていては、眠り姫にもジャックにも申し訳ないから。

 

「えへへ、ネムちゃぁん……」

「よしよし……」

 

 しかし優しく包み込み受け入れてくれる妹の柔らかな胸からは少々離れ難く、しばらくの間そのまま甘えてしまう白雪姫だった。

 

 

 

 

 

 





 あろうことかチーム結成。チームは以下のようになっております。わりとバランスはとれているかもしれないが、チーム2が何か非常に不安なんだよなぁ……。

チーム1:貧乳トリオ
 ・アリス
 ・親指姫
 ・人魚姫
チーム2:ワンコとサイコパス
 ・赤ずきん
 ・グレーテル
チーム3:次女と三女のコンビ
 ・白雪姫
 ・眠り姫
不参加:覇道を行く
 ・ハーメルン
獲物:ヘタレ王子様コンビ
 ・ジャック
 ・おつう

 余談ですが親指姫が協力を提案した理由は作中で語った理由の他に「自分が素直になれない時は相方が頑張ってくれる」という、狡猾で姑息な期待があったりもする。

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