ジャック・ザ・ハーレム   作:サイエンティスト

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 全員の馴れ初めが終わったので、単品の作品がある二人を纏めたお話。赤姉の方はまだ終わって無いけど気にしない方向で。ここを過ぎるとジャックくんが完全にハーレム系主人公と化します。まあ全員攻略可能な辺り、原作の時から素質はあったよね……。




甘えん坊のお姉さん達

「はあっ……本当に、僕はアリスに何をさせてたんだろう……」

 

 アリスに自らの血を捧げた後、ジャックは罪悪感にも似た感情を抱きながらとぼとぼと居住区の廊下を歩いていた。

 別の世界の自分が恋人と大人な触れ合いを交していたこと自体は知っていたが、まさか血を舐めさせる代わりに奉仕してもらうなどという邪な取引をしていたとは思ってもいなかった。どの恋人とも良好な関係を築けていたらしいことに憧れを抱いていたのだが、それがものの見事に裏切られた感じである。一体何故アリスと結ばれたジャックはそんな下種な男になったのだろうか。

 

「まあ、それはそれとして……親指姫はもう部屋に戻ってるかな?」

 

 とはいえ別の世界の自分がやらかした悪事を考えるのも嫌なので、ひとまず思考は打ち切り本来の目的を思い出す。

 ジャックの血を舐めてだいぶすっきりしたらしいアリスは自らの馴れ初めを語るために皆の元へと戻って行ったが、ジャックは戻る前にやらなければいけないことがあるのだ。それはアリスに血を捧げるために自ら傷つけた掌の治療。

 皆の元へ戻れば白雪姫もいるので治してくれるはずだが、その場合はきっと怪我の原因を聞かれてしまうだろう。それを話せば怒られるのは目に見えているし、嘘を吐こうにも今現在あの場には数人の恋人を含めて何人もの血式少女がいる。絶対に誰かしらには見抜かれ、嘘を吐いたことで余計に怒られるのは火を見るよりも明らかだ。

 それなら親指姫一人に怒られて治して貰う方が、ジャック自身も気持ちが遥かに楽というものである。親指姫が見つかるかどうかは別として。

 

「うわっ――えっと、親指姫? 今いるかな?」

 

 やがて親指姫に部屋の前に辿り着き、軽くノックして確かめるジャック。その前に変な声を出してしまったのは、血が滴り落ちそうになっている方の手を使いそうになったせいである。

 とりあえず丸めたティッシュを握っていたのだが、やはり結構深く傷つけてしまったせいでそれなりに出血しているらしく、すでに吸収率はゼロと化していた。むしろこれ以上力を入れるとティッシュに吸収された血がドバドバと溢れそうなので余計に危ない。

 

「ジャック? い、一体何の用よ?」

 

 恋人の部屋の前の廊下をうっかり自らの血で染め上げそうになっていると、扉を僅かに開けて親指姫が顔を覗かせた。顔が赤い上にどこかこちらを警戒しているように見えるのは、やはりディープなキスをして本音をぶちまけた恥ずかしさが尾を引いているのだろう。

 何だかまた逃げられてしまいそうな気もするが、幸いと言っていいのか今のジャックは親指姫も無視して逃げられないモノを抱えている。

 

「実はちょっと君に頼みごとがあるんだ。良かったら手の傷を治してくれないかな? 深く切れちゃったみたいで血が止まらないんだよね……」

「深く切れた!? ってか何よその赤い塊!?」

 

 手を差し出した所、真っ赤になったティッシュの塊に目を剥く親指姫。

 何だかんだで優しい親指姫なら、自分で負った傷とはいえこんな状態のジャックを放って逃げたりはしないだろう。実際逃げるどころか酷く心配そうな顔をして一歩踏み出してきた。

 

「まあ、色々あってちょっと切れちゃったんだ……これは一応ティッシュなんだけど、今これを手に取ると床が血で汚れそうだから、できればゴミ箱に入れさせて欲しいな?」

「あー、もうっ! あんたはどこの世界でも碌なことしないわね! 治してあげるからとっとと部屋入ってそのキモイ塊捨てなさい!」

「う、うん。ありがとう……」

 

 半ば無理やり引き込まれる形で親指姫の部屋へと入るジャック。作戦は成功だが親指姫の様子にちょっと胸が痛んだのは言うまでも無い。何故なら発言から考えて親指姫と恋仲になった世界でも心配をかけてしまっているからだ。

 

(……あれ?)

 

 そう思って親指姫の横を通り過ぎる時にその表情を盗み見たのだが、どうもそこには予想とはまた別の表情が浮かんでいた。まるでご馳走を前に堪えているかのような、別の意味で辛そうな表情が。そしてその目はジャックの手に握られた赤い塊に注がれていた。

 

(親指姫、キモイ塊とか言ってるわりには何か凄い凝視してる……もしかして……)

 

 その様子には見覚えがあり、ジャックは何となく理由を察する。

 どういった流れでそうなったかは分からないが、ヤキモチ焼きのアリスはジャックの血を直接舐めるような習慣ができていた。それなら同じヤキモチ焼きの親指姫にも、同じ習慣ができていたとしても何ら不思議ではないはずだ。

 

「……親指姫、良かったら傷を治す前に僕の血を舐める?」

「マジ!? って、違う! 何で私がそんなことしなきゃいけないのよ!?」

(今ちょっと本音が出たよね……聞き間違いとかじゃなくて)

 

 何気なく聞いてみた所、一瞬嬉しそうに笑ったかと思うと即座にそれを怒りの表情で誤魔化す親指姫。やはり本人もジャックの血を直接舐めたがっているらしい。直後に誤魔化したのはきっと生来の天邪鬼な所が邪魔をしているのだろう。

 

「このまま血を止めちゃうのも何だか勿体無い気がするし、どうせならって思ったんだけど……やっぱり、親指姫には必要なかったかな?」

「何が悲しくてそんな吸血鬼みたいなことしなきゃなんないのよ! 余計なお世話だっての!」

 

 控えめに勧めてみたものの、ばっさりと拒否されてしまう。

 まあ親指姫から見れば今のジャックは自分の恋人であったジャックとは違う存在と言えるはず。同じくらい心を許すことができなくても仕方ない。

 

「……で、でもまあ、何だか私穢れが溜まってる気がするし、舐めといた方が良いかもしれないわね。治した後にメアリガン使わせるってのも余計身体に悪そうだし?」

(あ、何だかんだ言ってやっぱり舐めたいんだ。素直じゃないなぁ、親指姫は……)

 

 しかし結局は取ってつけたような理由を口にしてジャックの血を舐めようとする。

 さすがにちょっとは素直になっただろうが、ジャックと恋人として過ごした日々も間違いなく天邪鬼だったに違いない。話を聞かずともそれだけは何となく分かってしまい、素直になれない可愛らしさについくすりと笑みを零してしまう。

 

「何ニヤニヤしてんのよ! い、言っとくけど、いつものお返しなんて絶対しないわよ! 変な期待してるならぶっ殺すからね!」

(親指姫にもそういうことさせてたの!? 本当にどこの僕もろくな事しないね!?)

 

 恋人の可愛らしさに穏やかな気持ちになれた直後、親指姫の記憶の中でも自分がケダモノだったことを知り、どうしようもなく恥ずかしい気持ちになってしまうジャックであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、やっぱり皆それぞれ付き合い方が違うのね。まあ当然と言えば当然か」

「そうだね。個人的には赤ずきんさんの話が一番びっくりしたな。まさか赤ずきんさんから告白されたなんて予想もできなかったよ」

 

 たっぷりと血を捧げた後、ジャックは親指姫と二人でベッドに腰かけ皆から聞いた馴れ初めを教えていた。

 本当はその前に親指姫からの馴れ初めを聞きたかったのだが、何故か頑なに話してくれなかった。まあ素直に自分の気持ちを表わすのが苦手なことはすでに知っているので、恥ずかしくて話せないのは容易に想像が付く。

 

「さ、さすがね、赤姉……結局できなかった私とは大違いじゃない……」

 

 その考えを裏付けるように、どこか自嘲気味に意味深な呟きを零す親指姫。

 正直なところジャックとしては天邪鬼な親指姫とどんな経緯で恋人になったのか果てしなく気になるものの、無理に聞き出そうとすれば怒られるか逃げられるかの二択であることは目に見えていたため、無理に聞き出すつもりは無かった。

 

「……あ、そうだ。ねえ、親指姫。僕は君の事何て呼べば良い? 白雪姫と眠り姫はそれぞれ愛称で呼んで欲しいってお願いしてきたからそう呼ぶように決めたんだけど、君はどんな呼び方が良いのかな?」

「呼び方? いつも通りで良いわよ、そんなの。あんたに愛称で呼ばれるのは何かイラっと来るしね」

「そ、そうなんだ。じゃあいつも通り親指姫って呼ぶね?」

「それでいいわ。馴れ馴れしい呼び方したらぶっ飛ばすわよ?」

 

 自己申告どおりのイラっとした感じの表情を浮かべる親指姫に、ジャックは呼び方を変えない方が賢明だと理解した。実際呼んでしまうと殴られるかどうかはともかく、本当に怒るに違いない。

 

(うーん……呼び方一つでここまでイラっとした顔を見せるなんて、本当に親指姫は僕と恋人になった記憶があるのかな……?)

 

 非常に疑わしい感じだが、記憶自体は間違いなくあると見ていいはずだ。そうでなければあんなに情熱的な口付けを行ってきたりはしない。咥内を蹂躙してきた小さな舌の感触と味わいを反射的に思い出して変な気持ちになりながら、ジャックはそう考えた。悲しいことだがたぶん記憶はあってもお互いの仲はあんまり良くなかったのかもしれない。

 仲睦まじい関係を築けていなかった別世界の自分に対して、ジャックは失望を覚えながら溜息をついた。そして実際に尋ねてみるべきかと思い、親指姫に視線を向けようとした時――

 

「おーい、親指ー。今部屋にいるー?」

「あっ、赤ずきんさんだ。ひょっとしてもう皆の話は終わっちゃったのかな?」

 

 ノックと共に、扉の向こうから赤ずきんの声が聞こえてきた。どうやら赤ずきんが訪ねて来たらしい。

 何だかんだでジャックは親指姫にたっぷり血を捧げ、その後は皆から聞いた馴れ初めを教えていたのだ。あまり意識していなかったが確かめてみるとすでに結構な時間が経過していた。

 

「ちゃんといるわよ、赤姉。何か用?」

「お、いたいた。まだ戻ってなかったら心配だから探しに行こうと思ってたところだよ」

 

 扉を開けて応対した親指姫を前にして、赤ずきんはどこかほっとしたような顔を浮かべる。

 その反面、親指姫からは刺す様な鋭い視線がこちらに向けられた。言外の詰問を察したジャックはぶんぶんと首を横に振って否定する。皆に話したのは二人で過ごしていたら突如顔を赤くして走り去った、ということくらいでキスに関してのことは口にしていないのだから。

 

「ん? どうしたの、親指――って、あ。何だ、ジャックもいたんだ」

 

 親指姫の視線を辿ってジャックの存在に気がついた赤ずきんは、途端に嬉しそうに顔を綻ばせる。ジャックの姿を見ただけでこんな反応をするとは、赤ずきんも結構記憶に引っ張られているのかもしれない。

 

「うん、僕も親指姫が心配で探しに来たんだよ。そのままちょっと話し込んでたら結構時間が経っちゃってたみたいだ。ごめんね?」

「あははっ。親指だってあんたの恋人なんだから仕方ないよ。むしろないがしろにしてたらあたしが怒ってるところだからね?」

 

 とはいえ基本はやはりジャックの知る赤ずきんのまま。優しくて強くてカッコイイ、頼りになる皆のお姉さんの赤ずきん。色々と恋人達の振る舞いや積極性に振り回されているジャックは、そのいつも通りの様子に心の底から安堵を覚えられた。

 

「赤姉、私が部屋に戻ってるかどうかを確かめに来たならもう用は済んだでしょ? じゃあね」

「おっと、待ちなよ。確かにあんたの様子を見に来ただけだけど、ジャックもいるなら話は違うよ。ちょうど良い機会だからあんたに話があるんだ」

 

 閉められようとした扉を無理やり開けて、部屋の中に入ってくる赤ずきん。何故か親指姫は若干嫌そうな顔をしていたものの、相手が相手なせいか特に不満は零さなかった。

 

「何なのよ、話って?」

「いいからいいから、とりあえずあんたも座りなよ。あ、ジャックはそのままで良いからね」

「う、うん?」

 

 そして親指姫を本人のベッドに座らせ、自分も同様に腰かける赤ずきん。座ったままでいたジャックは二人に挟まれる形になっているためか、妙に落ち着かなかった。まあ左に座る親指姫が何やらご機嫌斜めな様子を見せていることも、落ち着かない理由の一つと言える。

 

「一体何なのよ、赤姉? 別に話なら今で無くてもできるでしょ?」

「……親指、あんたジャックと二人きりの時間を邪魔されて不機嫌になってるだろ?」

「は、はぁっ!? べ、別に私は、そんな風に思ってなんてないわよ!」

 

 赤ずきんも不機嫌な様子には気付いていたらしい。どこか面白げにそれを指摘し、あまつさえ理由まで口にする。

 ジャックとしてはいまいち信じ切れない理由だったが、顔を真っ赤にして言い放つ親指姫の様子は如実に真実を物語っていた。まさか本当にジャックと二人きりの時間を邪魔されたのが理由なのだろうか。

 

「もっと自分に正直になりなよ、親指。せっかくジャックと恋人になれたんだ。そうしなきゃ素直に甘えることもできないよ? そう、こんな風にね!」

「うわっ!?」

「はあっ!? ちょっ、赤姉!?」

 

 突如として右側から衝撃を受け、驚きの声を上げるジャック。何事かと思ってそちらに顔を向けてみれば、あろうことかお互いに吐息がかかりそうなほどの至近距離に赤ずきんの端正な面差しがあった。

 しかもその両腕はジャックの身体に回されていて、どう考えても抱きついているとしか思えない状態。突然の事態と二の腕を挟む柔らかな感触に、ジャックは混乱と共に固まってしまう。

 

「え、あ、ぅ、あ、赤ずきん、さん……!?」

「ジャックー? あんた、あたしが話してる時にハーメルンとキスしてたよねー?」

「えっ? あ、あれはハーメルンからで、僕からしたわけじゃなくて……」

 

 そんな状態で頬を膨らませながら責めて来る赤ずきん。それも明らかなヤキモチを滲ませた口調で。

 憧れのお姉さんのあまりにも可愛らしい姿に魅了され、ジャックは戸惑いながらも正直に答えてしまう。あの現場を目撃していた赤ずきんはともかく、知らない間に恋人が他の女の子とキスしていた事実を知った親指姫はいっそう眉を顰めていた。

 

「でも、キスはしたんだよね?」

「それは――いや、うん。何を言ってもただの言い訳だよね。うん。キス、しました……」

「うんうん、正直で良いねジャック。それじゃあ当然あんたの恋人の一人のあたしにもキスしてくれるんだよね?」

「えっ? そ、それはもちろんだけど……もしかして、今? その、親指姫が見てるよ……?」

 

 期待に輝く赤ずきんの眼差しとは裏腹に、こちらを見つめる親指姫の視線は痛いほどに刺々しい。アリスと同じく相当なヤキモチ焼きの親指姫の前でわざわざキスをねだるとは、赤ずきんはこんなにも意地悪だっただろうか。

 

「じゃあ親指にもキスすれば良いじゃん。何なら親指が先でもあたしは構わないよ?」

「はあっ!? べ、別にそんなの興味ないわよ!」

 

 顔を真っ赤にしながら断言する親指姫。しかし普段の様子や今の不機嫌な様子から考えるに、本当は興味があるけど恥ずかしくて本音を口に出せないだけに見えた。

 しかしディープなキスの場面ではその後に逃げ去ったとはいえ本音を口にできていたので、もしかすると今は赤ずきんがいるから余計に素直になれないのではないだろうか。

 

「んー、ジャックは正直だけどやっぱりあんたは正直じゃないなー。せっかく恋人になれてもそんなんじゃジャックに甘えらんないよ?」

「べ、別に私はジャックに甘えたいなんて思って無いわよ!」

「本当にー? 本当はジャックとこういうこと、したいんじゃないかなー?」

「わ、わわっ!?」

「なぁっ……!?」

 

 元々密着していたのに更にその度合いを深めてくる赤ずきん。二の腕を挟んでいた柔らかさがより深く感じられると共に、その奥の心臓の鼓動さえ感じ取れてしまう。

 それがやたらに早く感じられる辺り、本当は赤ずきんも結構恥ずかしいのかもしれない。というか何故二人きりの時ではなく、わざわざ親指姫の前でこんな真似をしているのか。ジャックは未だにその真意が分からなかった。

 

「あんたには難しいことだろうけど、素直になればこんな風にジャックに甘えられるんだよ? 恥ずかしいのは分かるけど、ちょっとくらい素直になってみなよ?」

「だ、だから私は、別にジャックに甘えたいなんて思って……」

 

 答える親指姫の声音に先ほどまでの激しさは無かった。もしかすると赤ずきんが目の前でジャックに甘えていることで、心の方が揺れ動いているのかもしれない。自分も同じように甘えたい、という風に。

 

「少なくとも、あたしは甘えたいって思ってるよ。皆のお姉さんをやってるせいか、あたしだって時々は甘えたい気分になることはあるんだ。それは白雪とネムのお姉さんのあんたも同じじゃないかな?」

「……あ、赤姉も、そういう気分になるの?」

 

 どこか半信半疑と言う感じの口調と声音で尋ねる親指姫。

 捉え様によっては失礼な質問かもしれないが、ジャック自身も同様に半信半疑であった。確かに赤ずきんにも普通の女の子らしい所があるのは知っているが、それ以上に優しくてカッコよくて頼りになることを知っている。そんなお姉さんがこんなにベタベタ甘えてくるとはどうしても信じられないのだ。

 

「……まあ、あたしだって女の子だからね。そういう気分になったって仕方ないじゃんか。あんたたちにはそういう部分を見せなかっただけだよ」

 

 それに対する赤ずきんの答えは、隠していただけで自分もそう感じることはある、というもの。赤ずきんが頬同士をくっつける形に密着しているためどんな表情で口にしたのかは不明だが、親指姫の表情を見る限り嘘や冗談を滲ませたものでないことだけは確かだった。

 

「大丈夫だよ、親指。あたしだってこうなんだ。あんたが甘えたって何もおかしくないし、ジャックが笑ったり馬鹿にしないってことはあんたも分かってるんだろ?」

「で、でも……」

「一人で甘えるのが恥ずかしいなら、あたしも付き合ってあげるよ。慣れて無いせいか何だかんだであたしも結構恥ずかしいしね……」

(……もしかして赤ずきんさん、親指姫がちゃんと僕に甘えられるか心配だったからこんなことを?)

 

 親指姫の性格から考えると、ジャックと恋人になってもなかなか素直になれなかったはずだ。というかむしろよく恋人になれたものだと疑問に思ってしまうほどだ。それくらい親指姫は自分の本音を素直に口にするのが難しい性格である。

 そしてジャックの恋人の一人になったとはいえ、赤ずきんは面倒見の良い皆のお姉さん。きっと素直に恋人として触れ合えそうに無い親指姫が心配でこんなことをしているのだろう。

 一応親指姫は二人きりの時に本音を口にしてくれたものの、二人きりの時以外にも素直になれるならそれに越したことはない。何と言ってもジャックには恋人が六人もいるのだから。

 

「ほら、親指も来なよ? じゃないと、先にあたしがジャックとキスしちゃうよ?」

「わっ!?」

 

 赤ずきんがそう口にした瞬間、ジャックは一瞬右の頬に柔らかな感触が押し当てられたのを感じて驚きの声を上げる。

 すでに何度か他の恋人と味わったことにより、先の感触が何なのかなど最早考えなくとも分かってしまった。その感触が放っておくと唇の方に移ってしまうであろうことも。

 

「……あー、もうっ!」

 

 そして間近で見ていた親指姫は余計にそれを意識してしまったのだろう。ついに怒りの限界を迎えた感じの声を上げ、一つ鋭い視線を投げかけてくると――

 

「お、親指姫……!?」

 

 ――そのまま身を寄せてきて、ジャックの膝の上にポスンと腰を降ろした。恥じらいに真っ赤に染まった顔がちょうど左側に来る、右半身をこちらに向ける座り方で。

 親指姫が膝の上に座ってきたこと、そして幾つもの布地越しに伝わってくる小さなお尻の柔らかさに、ジャックは微かな興奮を覚えながらもやはり戸惑いの比率の方が多かった。

 

「ジャック、笑ったらぶっ殺すわよ!」

「は、はい……!」

 

 今にも顔から火が出そうなくらい赤い顔をしながら、必死に睨みつけてくる親指姫。膝の上に腰を降ろしているせいで迫力はあまり感じられなかったものの、混乱気味のジャックは一も二も無く素直に頷く。

 

「うんうん! やっぱり素直が一番だね。あんたもそう思うだろ、ジャック?」

「え、えっと、その……」

 

 膝の上には親指姫が座り、横合いからは赤ずきんに抱き付かれている。これがまだアリスや白雪姫あたりならまだしも、片やとても恥ずかしがりで天邪鬼、片や憧れのカッコイイお姉さんだ。やはり状況についていくことができず、ジャックはただただ顔の熱さを感じていた。

 

「あはははっ! 親指はともかくジャックも真っ赤だ! あー、でも当然かな? ジャックには恋人として過ごした記憶が無いんだし。だったらこういう状況も初めてなのかな?」

(あるわけないよ! 女の子二人にこんなにくっつかれるなんて! いや、一人でも無いけどさ!?)

 

 それぞれの記憶の中にあるジャックならともかく、今ここにいるジャックは恋人が出来て一日目の恋愛初心者である。当然男女関係のアレコレも全く知らない。

 

「良かったね、親指。つまりあんたの方が経験も知識も豊富ってことだよ。その気になればジャックを手玉に取ることもできるんじゃないかな?」

「ふーん……それは結構、悪く無いわね……」

 

 まだだいぶ顔は赤いものの、膝の上の親指姫はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。恐らくその頭の中では文字通りジャックを手玉に取る想像を膨らませているのだろう。

 実際親指姫に限らず、ジャックの恋人たちにとってはそれくらい容易いことに違いない。何と言ってもジャックと愛し合った日々の記憶を持っているのだ。自分自身すら気付かない好みやら性癖やら何やらを把握されていてもおかしくない。そう考えると自分が変な性癖を持っていないか心配になってくるジャックであった。

 

「だよね? だからほら、あんたのキスでジャックをメロメロにしちゃいなよ、親指? どうせまだキスしてないんだろ?」

「あー……いや、それが実はしたのよね、私……それも、かなり深めなやつ……」

「へー、やるじゃん親指! あんたのこと見直したよ! 素直になれないかと思ってたけど、やればできるじゃんか!」

「ま、まあね! こう見えても私は大人の女だし、当然よ!」

 

 そう言い放ち胸を張る親指姫だが、顔は見事に真っ赤だった。恐らくは自分がまだ体験していない、ジャックと色々なことをした記憶を思い出しているに違いない。

 

「……あれ? ちょっと待った。ねぇ、ジャック。もしかしてあんたとキスしてないの、あたしだけだったりしない?」

「え? えっと、それは……」

 

 笑っていた赤ずきんが不意に真面目な顔でそんなことを尋ねてきたので、少し考えてみる。

 眠り姫には昨日の内に唇を奪われ、親指姫には唇だけでなく舌も奪われ、ハーメルンには不意打ち気味にキスされた。そしてここまでされてジャック自身ちょっと擦れてしまったのか、白雪姫とアリスには自ら口付けをした。

 となると今現在ジャックとキスしていない子が確定するわけで――

 

「……親指、さっきはああ言ったけどあたしが先で良いよね?」

「へ!? あ、あー、うん。赤姉が先で良いわよ……?」

 

 ジャックの表情から何となく察したのか、妙に据わった目をした赤ずきんが半ば脅すような言い方で尋ねる。さすがにこれには親指姫もちょっと青くなり、後で自分もキスすることを匂わせる言葉を素直に口にしていた。

 

「やったね! というわけでジャック、キスしてくれるよね? あたしはまだキスしたことないから、できればあんたの方からして欲しいな?」

「えぇっ? も、もしかして今、この状況で……?」

 

 ジャックとしてはもうキスすることにさほど抵抗は無い。というか赤ずきんにだけキスしていない、という状況の方がむしろ不誠実で抵抗がある。

 問題なのは赤ずきんがべったりくっついてきていること、そして半目で睨んでくる親指姫が膝にいることの二点だ。こんな状況で遠慮なくキスできるほどジャックはまだ擦れていない。

 

「……あたしにだけキスしてくれない、なんてことないよね? ジャック……」

「うっ……」

 

 悩んでいた所、おずおずと不安そうな瞳で見上げてくる赤ずきん。

 普段の赤ずきんとはまるで違う、明確な弱さを感じさせるその表情。強い赤ずきんが見せるその弱々しさのギャップにやられ、ジャックは激しく胸が高鳴るのを感じた。それと同時に守ってあげたいという、身の丈に合わない強い庇護欲も。

 

「えっと……いい、かな? 親指姫?」

「べ、別に好きにすればいいじゃない! あんたが誰とキスしてようが私は全然興味無いし!」

 

 だいぶ天邪鬼な返答に思えるが、一応許可は出たようだ。まだ何か言いた気にちらちらと視線を向けてくる親指姫の赤い顔をちょっとだけ眺めてから、ジャックは赤ずきんへと視線を戻す。

 そこにあったのは期待に輝く瞳と、うっすらと朱色に染まった頬を見せる妙に子供っぽい赤ずきんの表情であった。しかしむしろこのギャップが良いのかもしれない。

 

「えっと、じゃあ……キス、するね?」

「う、うん。優しく、お願い……」

 

 目蓋を閉じた赤ずきんの頬へと、ジャックは優しく手を添える。柔らかくてなかなか気持ちよい感触だが、手の平に伝わってくる熱は想像以上に暖かった。やはりいかな赤ずきんでも緊張と恥じらいは捨てきれないのだろう。

 赤ずきんも普通の女の子なのだということに改めて思い至り、何となく安心したジャックであった。

 

「んっ――」

 

 そして、そんな普通の女の子な赤ずきんと口付けを交わす。唇を重ねるだけのキスで、なるべく優しくがっつかずに。

 本当はもうちょっとロマンチックにしてあげたい所だったものの、ジャックはまだまだ経験が不足している上、膝の上に他の女の子が座っているという論外な状況なのでそれは早い段階で諦めていた。

 

「――ふあぁ……何だか凄く胸が暖かくて、幸せな気持ちだよ……ジャックぅ!」

「う、うわっ!?」

 

 口付けを終え、恍惚とした表情で呟いたかと思うと、満面の笑みを浮かべて抱きついてくる赤ずきん。

 憧れの存在である赤ずきんがこんな風に甘えてくること、そして二の腕を挟むように密着している柔らかな感触のせいで、ジャックは全く気が休まらなかった。

 

「本当にこんな甘えん坊な感じになるのね、赤姉……正直、かなり意外だわ」

 

 逆に親指姫はまるで子供に戻ったかのように甘えに甘える皆のお姉さんの姿を見て、それなりに平静を取り戻していた。ジャックよりも赤ずきんと共に過ごした時間が長い親指姫としては、それだけこの様子が意外だったのだろう。

 

「まあ、あたしとしても意外だよ。まさか恋人ができたら自分がこんな風になるなんてさ。正直、全然いつものあたしらしくないって思ってるよ。でも――」

「ひゃあっ!?」

 

 一旦言葉を切った赤ずきんに首筋に軽く口付けられ、ジャックは思わず裏返った声を上げてしまう。その声がおかしかったにしてはあまりにも純粋で幸せそうな笑みを浮かべて、赤ずきんは続けた。

 

「あたしがだってこんな風になるんだから、あんたがどんな風になったって何もおかしくなんかないよ、親指。だから自分の気持ちに嘘をつくのは止めて、素直になりなよ。それが難しいんなら、あたしが一緒にジャックに甘えてあげるからさ?」

「う、ううっ……!」

 

 そう言って、今度はぎゅっと頬に頬を押し付けてくる。天邪鬼な親指姫を自分の気持ちに素直にさせてあげようとしているのは理解できるのだが、ジャックの方は今のところ恋人中最多の肉体的接触にそれどころではなかった。恥ずかしいやら嬉しいやらで頭が爆発しそうである。

 

「……それって、赤姉も一人じゃ恥ずかしいから体良く私を利用してるだけじゃない?」

「あははっ。まあ、違うとは言い切れないのが痛いところだね?」

 

 半目で睨む親指姫に対し、否定はせずに答える赤ずきん。どうやら赤ずきん自身も記憶の日々のように甘えることはまだ多少の抵抗があるらしい。まあ眠り姫やハーメルン並みに即座に順応されても困るのだが。

 

「……し、仕方ないわね! まあ赤姉がどうしても一人じゃ恥ずかしいっていうなら、特別に付き合ってあげても良いわよ?」

 

 親指姫はしばらくむすっとした顔で睨み続けていたものの、やがてさも赤ずきんのためとでも言いた気な態度で頷く。

 さすがにここまでの流れでジャックもこれが本音ではないということだけは理解できた。そして親指姫の天邪鬼加減は心底根が深いものだということも。

 

「んー、まだまだ素直じゃないけど今はこれが限界みたいだね……あとはあんたがどれだけ親指を夢中にさせられるかにかかってるよ、ジャック! 頑張って親指をメロメロにしてやりな!」

「ごめん、赤ずきんさん。僕、正直いっぱいいっぱいで全然自信無いよ……」

 

 赤ずきんが耳元で応援の言葉を囁いてくるものの、残念ながらジャックにはそんな余裕はどこにもなかった。何故なら今現在自分にくっついて甘えている女の子たちに、逆にメロメロにされそうになっているのだから。

 天邪鬼なりに頑張ってジャックと触れ合おうとしている親指姫も、子供のようにべたべたくっついてくる赤ずきんも、とても可愛らしくて思わず抱きしめたくなってしまうほどに。

 

「……忘れんじゃないわよ。後で三倍だからね?」

 

 親指姫にこっそりと、かつ物騒に耳元で囁かれる。どうやら他の恋人にしたことの三倍、自分に同じ事をしろという命令は生きているらしい。他の恋人にしたキスの回数の三倍ということなら、こんなに恐ろしいことはない。

 

(僕、一体いつまで理性を保っていられるんだろう……?)

 

 ただ可愛いだけならまだしも、皆が皆積極的に触れ合おうとしてくるので余計に気が気でない。毎日こんな調子で過ごさなければならないなら、間違いなくジャックは近い内に我を忘れてしまうだろう。ちょうど眠り姫にやらかしそうになった時のように。

 昨日から感じている恐ろしさを改めて思い浮かべ、ジャックはこれからの日々に何度目かの戦慄を覚えるのだった。

 

 

 

 

 




 赤姉と親指姉様にぴったりくっつかれてたじたじのジャックくん。これで恋人全員とキスしました。順調に擦れてきています。あー、早くジャックくんをケダモノにしてあげたい……。
 前座的な話がやっと終わるので、次回からはハーレムジャックくんの日常的なお話になる予定。一体誰がジャックの初めて(唇ではない)を奪うのか……時間さえあればアリス単品とかも書きたかったんだけどなぁ……。
 
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