ついに全員の馴れ初めを知ったジャックくん。しかしここからが天国、もとい地獄の始まりだった……。
ジャックくんがエロゲのハーレム主人公みたいな感じになっていますがまあ原作からそんな感じでしたし問題ありませんよね?
「ふぅ……何だか今日は凄く疲れたなぁ……」
湯船に首まで浸かりながら、身体を投げ出して羽を休めるジャック。
六人の血式少女と恋人になって一日目。今日は彼女達からそれぞれの世界のジャックとの馴れ初めを聞いただけだが、それだけでも十分に疲れてしまう一日であった。
(みんな積極的というか、何と言うか……可愛すぎて困るよ……)
具体的には恋人達が可愛すぎて、精神的に疲れてしまう。
ジャックとかなり熱烈に愛し合った記憶を持っているせいなのか、ほぼ全員が愛情表現に躊躇いがないのだ。あの天邪鬼な親指姫でさえ膝に乗ってきたりしたし、憧れの赤ずきんでさえ抱きついて甘えたりもしてきた。
向こうからすれば自らが得た記憶をなぞっているだけなのかもしれないが、そんな記憶を持っていないジャックからすれば初めての経験だ。驚愕や羞恥や困惑を覚えず受け入れられるほど、今この世界のジャックは女の子に慣れていない。
(あんなに魅力的な子達と恋人として過ごして行くなんて、僕は自分を抑えられるのかな……?)
今のところ一番心配なのはその点だ。恋人達の魅力と愛情表現に理性が焼き切れ、本当にジャックはケダモノと化してしまうかもしれない。実際眠り姫に対してはちょっとなりかけてしまったのだ。もしも親指姫があの場に現れなかったなら、ジャックはどこまで致していたことか。
「……うん。そういうのは後で考えよう。今はお風呂で疲れを癒す時間だ」
思い出すととても気恥ずかしくなってきたため、ひとまず考えを打ち切るジャック。せっかくお風呂でゆっくりとしているのだから、しっかり休息しなければ損である。
なので改めて湯船の中で手足を投げ出し、目蓋を閉じて暖かさに染み入ろうとしたのだが――
「――フハハハハハハ! 背中を流しにきてやったぞ、ジャックよ! 喜んでワレに身体を差し出すのだ!」
「……えっ!? は、ハーメルン!?」
突如として浴室の戸が開かれ、高笑いと共にハーメルンが入ってきた。しかもバスタオル一枚という無防備な格好で。いや、ハーメルンの場合は裸で入って来なかっただけまだマシかもしれないが。
「うむ、ワレだぞ。何をそんなに面食らっておるのだ、ジャックよ?」
「な、何をって、そりゃあ女の子が突然お風呂に入ってきたら当然だよ! しかもタオル一枚でだなんて!」
「なるほど。つまりタオルが無ければ問題ないのだな?」
「……えっ?」
「他ならぬ我が伴侶の頼みだ。ワレは喜んで従おう。さあ、とくとその目に焼き付けりゅ……焼き付けるが良い!」
そう言って、身体を包むバスタオルに手をかけるハーメルン。まさかやるわけがないと思うジャックだったが、相手はほぼ裸同然の格好で暮らしていたハーメルンだ。絶対に無いとは言い切れなかった。
「えっ、わっ、待っ――!」
バサリと勢い良くバスタオルを剥ぐ音と、ジャックが両目を手で覆い隠すのはほぼ同時だった。まさかとは思ったが本当にやるとは。
ハーメルンは今日から露出度の少ない普通の可愛らしい格好をしていたので、ちょっと油断していたかもしれない。まあ油断しなくてもこの状況を避けられたとは思えないが。
「えぇい! 何故目を隠すのだ、ジャックよ! ワレの艶姿をその目に焼き付けんか! 貴様のためだけの姿にゃの……なのだぞ!」
「わ、わぁ!? ちょ、ちょっと!」
何だか大変嬉しくなることを口にしながら、ハーメルンはジャックが目蓋を覆う手を力づくで退け、無理やり目蓋を開けさせようとしてきた。
そもそも今のジャックは素っ裸なため近づかれると色々見られてしまうので、そのせいもあって頑張って抵抗は試みた。しかし相手は血式少女、それも結構な怪力を持つハーメルン。
結局抵抗は無意味であり、ジャックは無理やり目蓋を開けられてハーメルンの裸体をその目に――
「って……み、水着?」
――焼き付けることはなかった。何故ならハーメルンは一糸纏わぬ姿ではなく、水着姿だったからだ。まあ一糸というか三糸くらい要所要所に巻きつけた程度の姿であり、相変わらず露出度は凄まじかったのだが。
「フハハハハハ! 引っかかりおったな、ジャックよ! 以前までのワレならいざ知らず、今のワレがそう簡単にワレの全てを見せると思ったか!」
(な、何だろう、何か猛烈に悔しい……!)
ほっとしたようなむっときたような、複雑な心地になってしまうジャック。まさかあのハーメルンに男心を弄ばれる日が来ようとは。その水着姿にドキリとしてしまっているので余計に悔しい。
「……まあ、貴様がどうしてもと言うのなら、ベッドの上でなら見せても良いぞ? ワレも、その……あれだ。初めては記憶どおりの、ろまんちっくな方が良いからな……」
(……これ、本当にハーメルン? こんな風になるなんて、別の世界の僕はハーメルンに一体何を教え込んだの?)
しかし仁王立ちの高笑いから一転して乙女な恥じらいを見せる姿に、悔しさも吹き飛び見蕩れてしまう。本当にハーメルンは別の世界のジャックからどんな教育を受けたのか。というか教育と称して調教でもされていたのではないだろうか。それくらい今までのハーメルンとはギャップが凄かった。
「まあそれはともかくだ。ワレもお邪魔させてもらうぞ、ジャックよ」
「……ダメって言っても、入ってくる?」
「うむ、当然だ!」
屈託の無い笑顔で言われ、最早抵抗も拒絶も無意味だと悟る。むしろ拒絶すればこの笑顔が陰る事になるだろうし、ジャックは諦めて頷くしかなかった。
「じゃ、じゃあせめて、タオルをくれると嬉しいんだけどな? 君は水着でも僕は裸だからね……」
しかし最後の意地というか羞恥があるため、タオルだけでも要求する。水着のハーメルンは良くてもジャックは今現在素っ裸なのだ。そんな状態で一緒の湯船に入るなど色々とよろしくない。
「む、そういえばそうであったな。よし、ではこれをやろう」
(これさっきまでハーメルンが身体に巻いてた……いや、贅沢は言ってられないよね……)
ハーメルンが差出してきたバスタオルを前に一瞬固まってしまうも、すぐに思いなおして湯船の中で腰に巻く。まあ水着の上から巻いていたしたぶんセーフだろう。その水着も申し訳程度の面積なのでかなり微妙な所だが。
「では邪魔するぞ、ジャック?」
「う、うん……」
一応最低限の準備を終えたところで、ハーメルンが湯船に入ってくる。湯船の中に腰を降ろす形なら、浴槽の大きさも相まって何とかお互いに触れ合わずにいられる広さなのが唯一の救いだ。
「ふぅ、暖かくて気持ちが良いな! ジャックも一緒だから心も暖かいぞ!」
「そ、そうだね……」
しかし当のハーメルンは湯船の中でぴったりと身を寄せてくるため、浴槽の広さなど関係なかった。離れて欲しいと言おうにも、眩いばかりの純真な笑みを目にしては口に出すこともできなかった。
「やはりジャックとの入浴はとても幸せになれるな! 記憶どおりであるぞ!」
「き、記憶どおり? もしかして、僕たちはいつも一緒にお風呂に入ってたの?」
「うむ。大体毎日であったな。お互いに背中を流しあったり、洗いあったりで楽しかったぞ?」
「そ、そうなんだ……」
二の腕に当たる肌の柔らかさにドキドキしながら、ハーメルンが語る別世界の思い出に耳を傾ける。毎日のように一緒に入浴してお互いに身体を洗いあうとは、また随分とイチャイチャしていたようだ。どうやらハーメルンとの仲も極めて良好だったらしい。
(良かった。ハーメルンの反応を見る限り、不純なことはしてなかったみたいだ)
「うむ! まあ、そのままジャックに襲われたりすることも頻繁にあったのだがな……」
(……うん、良くない。不純なことしてたみたいだ)
安堵した途端に気恥ずかしさに襲われ俯くジャック。まあそれも含めて関係は良好だったに違いない。そうでなければここまで幸せそうな笑顔を見せはしないだろうし、同じ展開になる可能性を知っていながら風呂場に突撃してくるとも思えなかった。
「そんなことより、早速ワレらも実践するぞ! さあ、まずはワレが貴様の背中を流してやろう!」
楽しみで仕方ないとでも言いた気に催促してくるハーメルン。こう見ると子供っぽさが先んじて女の子の魅力的なものはさほど感じられないが、ジャックはついさっき男の子の純情を弄ばれたばかりなのだ。いくら子供っぽく見えようとも警戒を緩めるわけには行かなかった。
(どうしよう……背中を流すくらいなら大丈夫かもしれないけど、今のハーメルンならそれだけで済むとは限らないし……ん?)
対応に困るジャックが視線を彷徨わせていると、余計に事態を悪化させかねない光景が見えてしまった。浴室の戸、擦りガラスのその向こうに人影が見えたのだ。
すでにハーメルンが突撃してきた以上、他の子まで入ってこないとは言い切れない。しかしもしかしたらこの状況を解決に導いてくれる人かもしれない。ジャックはそんな希望的観測をしていたのだが――
「ジャックー! お姉さんが背中を流しにきてあげたよ!」
(えぇ……あ、赤ずきんさんまで……)
どうも希望は無意味だったらしい。清々しい笑顔で希望を打ち砕く言葉を口にしながら、黄色のビキニの上に赤いパーカーを羽織った赤ずきんが入ってきた。
まあ最初から水着で入ってきた分、ハーメルンよりはマシかもしれない。尤もそのスタイルは思わず目を剥いてしまうくらい、ハーメルンよりも数段凶悪だったのだが。
「って、ここにも先客がいるじゃん……あたしが言えた義理じゃないけど、皆も積極的だなぁ……」
ジャックがハーメルンと一緒に入浴している光景を目にしながらもほとんど動じず、むしろ感心したような声を零す赤ずきん。
ジャックとしては怒ってジャックかハーメルンを風呂場から叩き出してくれることを期待したのだが、親指姫ならまだしも赤ずきんではダメだったようだ。
「おお、赤ずきんではないか。貴様もジャックと一緒に入浴をしにきたのか?」
「まあね。そういうあんたも、同じこと考えてたんだ」
「うむ。ジャックとの入浴はとても楽しかった記憶があるからな。ワレも体験してみたかったのだ」
「あははっ。分かるよ、その気持ち。あたしも同じ理由で来たからね。せっかくだし、みんな一緒にお風呂を楽しもうか?」
「うむ、男は複数の女を同時に味わうのが好きというからな! ジャックも人数が多い方が嬉しかろう!」
(何かハーメルンが凄いこと言ってる!? いや、確かに悪い気はしないけど――じゃなくて!)
特に怒るでもなくお互い仲良く笑いあう二人に、安堵と焦燥の二つの感情を覚えるジャック。
確かに恋人達の仲が良ければ喧嘩もなくて安心なのだが、この場に限ってはむしろマイナスになる要因であった。隣にハーメルンがいる状態でもいっぱいいっぱいだというのに、この上赤ずきんまでも隣に来たら色々な意味で我慢できない。
「ジャックはケダモノだから間違いないね。さーて、それじゃああたしもお邪魔しようかな?」
「わっ!?」
そんなジャックの危惧にも気付かず、赤ずきんはパーカーを脱いでタオルを頭に載せるとやはり笑顔で湯船に入ってくる。
さすがに三人で湯船に入るには浴槽は狭く、先ほどよりも密着することになってしまう。まあハーメルンの例を考えるに、例えもっと浴槽が広くとも赤ずきんも身を寄せてきたに違いない。
(う、ううっ……右も左も、柔らかい! こんなの耐えられるわけないじゃないか!)
むにむにと左右から密着してくる太股や胸の膨らみの柔らかさ。湯船の熱さも相まって頭が沸騰しそうなほど刺激的な感覚だ。ついでにその感覚が頭だけでなくもっと身体の下の方にも行っているあたり、完璧に危険信号であった。
「ご、ごめん! 僕、もう上がるよ!」
これ以上ここにいると何かをやらかすか、何かを見られて気恥ずかしい思いをするかの二択である。ジャックとしてもあの感触は実に名残惜しかったが、やむなく湯船から上がり逃げ出した。
「むー……ジャックの奴、逃げたな?」
「うぅむ。ジャックには刺激が強すぎたのか?」
「かもしれないね。あたしたちはかなり刺激が強い記憶を手に入れちゃったし、そのせいで感覚がマヒしてるんじゃないかな?」
「むぅ……ワレはジャックとお風呂を楽しみたかったのだが……」
「今日のところは諦めなって。代わりにあたしとお風呂を楽しもうよ。せっかくだしジャックのことでも話しながら、裸の付き合いってやつをさ」
「うむ、そうするか。これから機会は幾らでもあるからな!」
(待って!? 僕にはもうお風呂っていう平穏の時間も無いの!?)
脱衣所に戻って手早く身体を拭く最中。浴室の方から聞こえてきたもう自分には心休まるお風呂の時間が無いことを表わす会話に、ジャックは戦慄を覚ながらも着替えをするのであった。
「はぁ……何だかどっと疲れた……」
お風呂で呟いたのと同じような独り言を零しながら、ジャックは脱衣所から部屋へと戻る。
幸いハーメルンと赤ずきんは二人でお風呂を楽しむことにしたようで、ジャックが身体を拭いて服を着ている間に上がってくることはなかった。まあそれでも背後から聞こえてきた二人の楽し気な声と、ジャックがケダモノであるという所以の会話のせいで心は休まらなかったが。
「今夜はもう早く寝ようかな。でもまだお風呂場に赤ずきんさんたちがいるし、しばらく横になってよう……ふあぁ……」
だいぶ精神的な疲れが溜まっているらしく、一つ大きな欠伸を零してしまう。目蓋の端に滲んだ涙を拭いつつ、ジャックはベッドに身を投げた。柔らかなベッドが優しく包んで癒してくれると信じて。
「きゃっ!?」
「ん……!」
「うわっ!? な、なななに!?」
しかしジャックの身体を迎えてくれた柔らかさは、予想とは異なるものだった。具体的にはさっきお風呂場で感じたような生々しい柔らかさ。ついでに言えばシーツの下からはっきりと女の子の声が聞こえた。
(そういえば赤ずきんさん、さっきここにも先客がって言ってたような……!?)
先ほどはいっぱいいっぱいの状況であったために気が付かなかったが、よく考えてみればその台詞は他の場所にも先客がいることを知っていなければ出てこない。となれば先客とはこのシーツの下の子達に違いない。
「あ……ど、どうも、ジャックさん……」
「んー……おはよー……」
シーツを剥がすと下から現れたのは、三姉妹の内の二人。ぽっと頬を染めている白雪姫と、眠たげに瞳を細めた眠り姫。まあこんな二人がシーツの下にいたなら、ジャックを受け止めてくれた柔らかさが生々しいのも納得である。
「あ、うん。おはよう……じゃなくて! 何で二人とも僕のベッドにいるの!?」
「えーっと、その……白雪はただジャックさんとお話をしたくてお部屋に来たんですけど、ネムちゃんがベッドで横になっているのを見て羨ましくなってしまって……」
「ジャックの、ベッド……抗えなかった……」
「ああ、うん。そっか……」
大体予想通りだった眠り姫はともかく、白雪姫も眠り姫に引かれる形でベッドに潜り込んでいたようだ。
というかベッドでジャックを待っていたと言われたらむしろどう反応すればいいのか困ったところだ。まあ大人しい白雪姫がハーメルンたちのようなことをするとはさすがに考えられないが。
「その……ご迷惑、でしたか?」
「め、迷惑じゃないよ。ただ、その……ベッドにいられると色々変なことを考えちゃうから、できればやめて欲しいかな……?」
「へ、変なことっていうのは、やっぱり、その……エッチなこと、ですか?」
「まあ、君たちは僕がケダモノだって知ってるんだし、できればそういう状況になりそうなことは止めておいた方が良いと思うよ……?」
頷くのもちょっと恥ずかしいので言及はせず、別の方向からそれとなく諭す。
二人だってジャックがケダモノだという認識は他の恋人達と同じはずなので、細かく言わずとも分かってくれるはずだ。朝に襲われかけたのに何事もなかったような顔で今もベッドにいる眠り姫だけは、かなり心配になってしまうが。
「し、白雪は、その……いい、ですよ……?」
(何が良いの、白雪姫!? ていうか意味ありげなことを言ってベッドに横にならないで!?)
意味深な台詞を口にすると、そのまま再びベッドに横になってしまう白雪姫。一体何がいいというのか。そして何故顔を真っ赤にしているのか。ちょっと考えれば分かりそうだが考えたくないジャックであった。
「姉妹丼……する……?」
(し、姉妹丼!? 何を言ってるの、眠り姫!?)
しかし隣で最初から横になったまま不動の眠り姫が、否応なく結論を出させる台詞を口にしてくる。しかも堪らなく魅力的な提案で以って。
反射的に心の中で否定をしたものの、ジャックだって健全な男の子。思わずその場面を想像して唾を飲んだことを、一体誰が責められようか。
「は、初めてなのに、三人……でも、ネムちゃんならいいかな……?」
「ん……ボクも、白雪姉様となら……いいよ……」
(何だろう、これ。皆で僕の理性を試してるのかな? これが夢なら良かったんだけど、現実なんだよね……)
両手を合わせる形で手を繋ぐ二人を前に、一週回って逆に落ち着きを取り戻しそうになるジャック。
ここまで来ると皆がジャックの理性を試しているか、あるいは都合の良い夢でも見ているのかと疑ってしまうくらいであった。しかし目の前の二人はそんなことをするとは思えない子達であるし、これが夢ならあんなに生々しい柔らかさを感じるはずもない。間違いなくこれは現実で、誰もジャックを試してなどいないのだ。
「ジャックさん……」
「ジャック……」
もう難しいことは何も考えず、欲望に任せてしまった方がきっと楽になれるはず。だからなのか、ジャックは自然と二人に覆い被さるように身体を寄せ始めていた。ふらふらと、熱に浮かされたように。
「――っ!?」
しかしそんなジャックを冷静に戻したのは、不意に頭を掠めた二人のお姉さんの表情だ。朝方目にした、あの身体の芯から凍りつきそうな冷めた瞳。
あの時は眠り姫へのヤキモチもあったせいで本気で怒ってはいなかったようだが、ここで妹二人に何かをやらかせば今度は本気で怒るだろう。それはさすがに怖くて堪らないし、親指姫も恋人の一人。できる限り機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
「ご、ごめん、二人とも!」
理性を取り戻したジャックは二人に覆い被さろうとしていた動きを中断すると、身体を跳ね上げ部屋の入り口へと走り出す。お風呂場も危険でベッドも危険ならもうこの部屋にはいられない。自分の部屋だがこの場所はあまりにも危険すぎた。
「あっ……ジャックさん……」
「んー……ジャックの、ヘタレ……」
(いや、逆にあそこで襲っちゃう方がマズイよ、眠り姫!? 赤ずきんさんとハーメルンがお風呂場にいるんだけど!?)
逃げ出す最中、どこか残念そうな白雪姫の声と罵倒にも似た眠り姫の言葉が耳に届く。しかしジャックとしては自分は極めて賢明な判断をしたと確信していた。むしろあの場でやらかす方が確実にダメな奴だろう。
あの大人しい白雪姫までも積極的になるのだということを胸に深く刻みながら、ジャックは自分の部屋を後にした。決して逃げたのではない、決して。
「はぁ、疲れた……これからどうしよう……」
かれこれ三度目の弱音を吐き、ただただ途方に暮れるジャック。
部屋から逃げ出したジャックはどうすればいいのか分からず、居住区の廊下の隅に座り込んでいた。仮にも恋人が六人もいるとは思えない情けない姿だが、その恋人達をジャック自身が口説いたりしたわけではないのだから仕方ない。
「もう休みたいけど、白雪姫はともかく眠り姫は僕のベッドであのまま寝ちゃいそうだし……そうすると僕はどこで寝れば良いんだろう?」
眠り姫の部屋のベッドを借りるという考えも浮かんできたが、即座にその考えは切り捨てる。眠り姫が普段から使っているベッドなら、当然眠り姫の匂いがたっぷりとしみこんでいるはずだ。そんなベッドで安眠などできるはずがない。
そもそも恋人とはいえ女の子の部屋。勝手にお邪魔することなどできるわけがなかった。
「……あら? ジャック、こんな所に座り込んで何をしているの?」
「あっ、アリス……」
結局何も考えが浮かばず途方に暮れていると、偶然通りかかったらしいアリスに声をかけられた。
確かにアリスも恋人の一人であるが、他の子たちに比べてさほど行動に変化が無いので安心できる。なので色々と少女達の積極性に振り回された今、ジャックは心から安堵を覚えていた。
「何だかとても疲れた表情をしているわよ? 動けないのなら私が肩を貸すから、早く部屋に戻って休んだ方が良いと思うわ」
酷く疲れた心に、アリスの暖かい優しさが染み渡る。悲しいわけでもないのに何だか泣きたい気分だった。やはり恋人になってもアリスはアリスらしい。
「別に動けないわけじゃないんだ。ただちょっと、部屋に戻れない事情がね……」
「事情? 何かあったの?」
「うん。実は――」
誰かに聞いてもらうと少しは楽になるかもしれないので、ジャックは隣に腰掛けたアリスに事情を話した。お風呂にハーメルンが突入してきた所から、眠り姫のヘタレ発言のところまで。
アリスは相槌を打ちつつ時に質問を投げかけてきたものの、別段おかしな反応は見せなかった。まあヤキモチ焼きなので多少の反応は見られたが、それだけである。
「そ、そう……それは、大変だったわね……」
全てを語り終えると、どこか困惑した様子を湛えながら慰めてくれるアリス。ジャックとしてはその一言だけで疲れが全て吹き飛ぶような心地であった。
「うん。それで疲れたから僕ももう休みたいんだけど、今夜はどうしようか悩んでて……」
ただし、そこで結局最初の問題に行き着く。今夜はどこで休めば良いのかという問題に。
そんな酷いことはしないが仮にベッドから眠り姫を追い出したとしても、きっとジャックが寝ている内に潜り込んでくることだろう。お風呂でのことを考えるに、赤ずきんやハーメルンが潜り込んでくる可能性が無くも無い。
良い考えは思い浮かず、ジャックはただただ重い溜息を零すしかなかった。
「……それなら、私の部屋に泊まるというのはどうかしら?」
「えっ、アリスの部屋に?」
しかしそこでアリスがそんな提案をしてきた。それは予想外の提案で考え付かなかったため、ジャックとしては目から鱗が落ちた気分であった。
恋人の部屋に泊まるというのは、彼女達の積極性から考えて終始無事に済むとは思えない。必ず何がしかのハプニングかアプローチが待っていると考えて差し支えないはずだ。しかし相手は恋人であると同時に幼馴染のアリス。きっとアリスならそういった心配は無用のはずだ。
「ええ。もちろん、ジャックが私と一緒でも構わないのならだけれど……」
「もちろん大丈夫だよ。でも、アリスの方こそ僕と一緒でも良いの?」
「ええ。ジャックと一緒なのだから、嬉しさはあっても拒む理由はどこにもないわ。何より困っているジャックを放っておくことなんてできないもの」
「アリス……」
優しく笑いかけてくるアリスに、またしても泣きそうになってしまうジャック。こんな子が恋人ならどんなに幸せかと反射的に思ってしまうも、冷静に考えるとすでに恋人だったので何だかとても気恥ずかしかった。
「それじゃあ行きましょう、ジャック。ずっとこんな所にいたら風邪を引いてしまうわ」
「うん。ありがとう、アリス……」
立ち上がり、アリスは手を差し伸べてくる。その手を取ってジャックが立ち上がると、アリスはそのまま手を握って指を絡め、ぎゅっと繋いできた。少しドキリとしたが、ジャックにはこれくらいがちょうど良い。いきなり一緒にお風呂などは、経験値がゼロのジャックには早すぎるのだ。
何だかとても穏やかな心地のまま、ジャックはアリスと肩を寄せ合いながら歩き出した。これで今夜はゆっくり休めると、確信にも似た考えを抱きながら。
アリス「計画通り」
実はアリスは一番危ない子なのに気付いていないジャックくん。それなのにアリスのホームである部屋へと招かれホイホイついていってしまう……とりあえず紅茶が出てきても絶対呑んだらいけないぞ。絶対だぞ!
あ、でも眠っているジャックくんをアリスが逆に襲うというのも、それはそれで趣があるなぁ……。
それはともかく、神獄塔メアリスケルターFinaleが発売決定! 三作目であり最終作、これは買うしかないですね……