語らぬ者の物語。   作:牛島 青

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はじめに。
第3話に、ちょっと細かい描写を付け足しました。
(2018/12/15)
説明すると、
『第1話の下水道の調査の後、主人公含む先行隊が派遣され、さらに詳細な調査が行われたが、変異種の存在はないものと判断された』
って感じです。

女王鼠(クイーン・ラット)とかも考えてたんですが、それだと初級冒険者たちが下水道に乗り込むのは危険だな、と思いまして。

結局、()()()()大量繁殖しただけ、ってことにしました。

そう。ただ単に。

そして今回は、主人公の過去に加えて、下水道についての話もあります。

それでは、どうぞ。


間章
青年神官


ーーー

 

 

 

自分がまだ小さかったころ。

冬も近づき、木枯らしが冷たい時期。

 

家族揃って、夕食を食べていた時のことだ。

外から、扉を叩く音が聞こえた。

 

こんな時間に誰だろうか。

父はそう言った。

 

もう夜だ。

しかも、ここは田舎の農家。

そもそも来客自体が珍しい。

 

父が扉を開けた。

 

その瞬間。

父が、驚いたような声を上げた。

 

それに気づき、顔を向けると。

父が、仰向けに倒れていた。

体から、血が噴き出ている。

 

何が起きたのか。

それを確認する時間もないまま。

顔に醜い笑みを浮かべた男が数人、入ってきた。

 

盗賊か、山賊か。

今となってはわからない。

どちらにせよ、彼らが父を殺したことは確かだった。

 

柱に自分と母を括り付けて、男たちは家の中を荒らし回った。

ぎゃはぎゃはと、笑い声を上げながら。

 

しばらくして、男たちは食料庫を見つけたようだった。

床に座り込み、食べ散らかす。

家族で冬を越すために、一年かけて蓄えた食料だった。

 

─やめろ。食うな。それをお前らが食うな。

 

たしか、こんなことを叫んだのだ。

子供だった自分は、未だに状況を理解できていなかった。

母は驚き、やめなさいと自分を叱った。

 

すると、男たちの一人がこちらに歩いてきた。

自分の言葉が癇に障ったのだろう。

父を刺したナイフを手に持って。

その顔は、苛立ったように歪んでいた。

 

─ちょっと待った。

 

そんな声が、男たちの中から聞こえた。

母は、目の前の男を(いさ)める声だと思ったのだろう。

期待の目を、そちらへ向けていた。

 

─どうせ黙らせるなら、もっと楽しい方法がある。

 

もう一人の男は、そう言った。

母の顔が、絶望に変わったのを覚えている。

 

二人は、自分の目を布で覆うと、話しはじめた。

 

─おいおい、何するつもりだよ?

 

─いいから、見てろって。

 

へへへ、という笑い。

そんな男たちの会話は、あまり頭に入ってこなかった。

縄で縛られ、身動きもとれず。

何も見えず、ただ声だけが聞こえる。

 

ただひたすらに、怖かった。

 

やめて、やめて、と。

母の、涙交じりの声も聞こえる。

 

そう時間も経たないうちに。

喉の正面に、鋭い痛みが走った。

 

何が起きたのか、わからなかった。

ただ、首が何かドロドロしたもので濡れている事と。

出そうとした叫び声が、声にならないことは確かだった。

 

ごぼり、と口から血が漏れる。

母の声が、また大きくなった。

 

男たちが、また話しはじめる。

 

─おお、すっげぇ。

 

─だろぉ?(のど)のあたりを、こう、うまい具合に刺すとな、途端に喋れなくなるんだよ。おもしれぇだろ?

 

─へぇ、こりゃいいや。…ところでお前、なんでそんなこと知ってんだよ?

 

─この前、隊商を襲った時だよ。数が多かったじゃねぇか。それで遊んだんだよ。コツ掴むまで、大変だったんだぜ?

 

─おめぇ、この野郎。女子供が少ねえと思ったら、んなことやってやがったのか。

 

─いいだろ別に。それよりも、まだいるぜ。

 

─おっ、それもそうか。…って、また遊ぶつもりかよ?

 

ぎゃはぎゃはと、男たちは笑っていた。

 

次第に、体から力が抜けていく。

 

薄れていく意識の中。

布の破れる音や、母のうめく声、男たちの笑いが、耳に入ってきた。

 

朦朧(もうろう)とする頭で、こんなことを思った。

 

 

─声とは。

─音とは。

─こんなにも、醜悪な、ものだったのか。

 

─いやだ。やめてくれ。

─こんなのは、聞きたくない。

─やめてくれ。

 

耳を塞ごうにも、手は縛られていた。

自分の声で、かき消すこともできない。

目から涙が流れ出た。

 

声がこんなにも、醜いのだったのなら。

音がこんなにも、聞くに耐えないのだったのなら。

 

─もう、こんなものはいらない。

 

心の底から、そう思った。

 

─だから、もし、神さまなんてのがいるんだったら。

 

─こいつらを、()()()()()()

 

 

それが自分の、初めての『祈り』だった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

嫌な、夢を見た。

 

朝である。鳥のさえずりが、外から聞こえた。

青年神官は顔をしかめながら、寝台(ベッド)から起き上がる。

 

ここ数年、見ることもなかったんだが。

 

そう思いながら、彼は支度をはじめた。

いつものフード付きの外套(がいとう)

予備を含めた、二本のナイフ。

腰に巻く、小さめのポーチ。

小さな黒い板と、石膏の短い棒。

 

それぞれの点検を終えると、彼は扉を開けた。

 

ここは、ギルドの二階。

駆け出しなど、主に初級の冒険者の宿泊所となっている。

 

先日、等級が昇格したものの。

彼の仕事場は、下水道のまま。

巨大鼠(ジャイアント・ラット)大黒蟲(ジャイアントローチ)では、報酬が高いはずもなく。

 

いい宿を貸りることもできずに。

彼は、未だにここを寝ぐらとしていた。

 

下の階へ降りていく。

ホールは既に、冒険者たちで溢れていた。

 

囁かれる陰口も、最近は少なくなっており。

彼としては、それは嬉しいことだった。

 

「あっ、おはようございます」

 

そんなことを考えていると、後ろから声がした。

 

女魔術師。

例の一件の後、よくパーティを組むようになった。

 

「今日も、行きましょうか」

 

彼は頷く。

だが、いくら今、巨大鼠(ジャイアント・ラット)()()()()獲物だからといって、下水道はそう好んで入る場所ではない。

 

(くさ)い。

汚い。

気持ち悪い。

 

おおよその人が嫌う全てがある場所だ。

今回のような特例を除けば、人気はない。

 

巨大鼠(ジャイアント・ラット)討伐者への、評価点の追加贈呈』

 

先日の発表のあと、下水道に来る冒険者は増えた。

だが、怪物の見た目や、悪臭が嫌になったのだろう。

日に日に、下水道に来る人数は減っていった。

 

巨大鼠(ジャイアント・ラット)の数も落ち着いたようで、今日か明日には評価点も通常どおりに戻るらしい。

 

まぁ、彼女もあと少しで黒曜に昇級すると聞いたし、そうすれば他の一党(パーティ)に移るだろう、と思っていた。

 

術使いは、引く手数多(あまた)である。

彼女ほどであれば、すぐにスカウトされるだろう。

 

…この予想は、のちに裏切られることになるのだが。

その話は、また今度。

 

それはそれとして。

今日も今日とて、下水道である。

 

ーーー

 

日も沈みかけた頃。

ギルドは、夕食を食べに来た者で賑わっている。

その中の一台のテーブルに、彼と女魔術師は座っていた。

 

「おつかれ、さまでした」

 

木製の(ジョッキ)を、互いに当てる。

女魔術師と組むようになってから、こうして食事を共にすることが多くなった。

彼女の提案である。

 

喋らない自分とでは、つまらないのでは。

そう思い、以前尋ねてみたものの。

 

「い、いえ。大丈夫ですよ。楽しいです」

 

そう言われてしまっては、どうとも言えず。

こうして食卓を囲むことが、恒例となっていた。

当然、会話はない。

 

咀嚼(そしゃく)する音だけがあった。

 

すると。

ギィ、と。

扉の開く音がした。

 

入り口には、女神官。

あの一件の後、小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)と組むようになったらしく、よく一緒にいるところを見かける。

どうやら依頼を終えて、帰ってきたようだった。

 

…彼女の血で汚された修道服も、よく見るようになった。

 

今日は既に着替えてきたようで、服は綺麗だった。

 

そんな彼女を見つけた女魔術師が、声をかけた。

あちらも気づいたようで、こちらへ来る。

 

「こ、こんばんは。お疲れ様です」

 

その声には、疲労の色が見え隠れした。

やはり今日も、ゴブリン退治だったのだろう。

だがその姿は、以前よりもたくましく見えた。

 

「お疲れ様。…今日は、なにがあったの?」

 

女魔術師が、(ジョッキ)を渡し、そう尋ねた。

 

「…聞いて、もらえますか?」

 

それを受け取り、ぐいっと一口飲んだあと。

女神官が、愚痴を口にしはじめる。

この光景も、もう見慣れたものになった。

 

曰く、毒気でひどいことになった、とか。

曰く、火の秘薬で洞窟を崩した、とか。

 

彼女が不満を口にするのも、もっともな話ばかりだった。

 

「あの人は、もっと、こう、後の事をですね…」

 

既に酔いはじめたらしい彼女の話は続く。

その姿は、手のかかる子供の話をしているようで。

彼女もまんざらではないのだろう、と彼は思った。

 

「…そう。大変なのね…」

 

「大変なんです…」

 

彼女たちの話に、聞き耳を立てる者も多くいる。

冒険譚というより、苦労話のようなそれは、いい笑いのタネになるのだろう。

実際、聞いている彼も、面白がっている節はあった。

 

「なんで、少し笑ってるんですか」

 

女神官が、ふくれ顔でこちらを睨む。

しまった、と彼は思った。

 

「もう、いいですよ!どうせ、行ったことのない人には、分かるはずもないんです!」

 

こうなると、酔っぱらいは面倒だ。

それに、何か嫌な予感が…

すると、彼女は思いついたように声をあげた。

 

「!、そうです!おふたりも、一緒に来ればいいんですよ!」

 

悪い予感は、的中したらしい。

結局、彼女の熱気に負け、明日の予定は決まってしまった。

明日は我が身、とはこのことだろうか。

 

…ちなみに。

寝てしまった彼女は、女魔術師が背負っていった。

 




間章、おしまいです。

次回は、ゴブリン退治ですね。


ここでちょっと、下水道のお話を。
下水道の管理は、おそらく国やギルドなどの公的機関が取り仕切っていると考えられますが、やっぱり中は汚いでしょうね。
排泄物は、虫や菌の温床になります。
加えて、鼠です。
まぁそんなところに生息しているなら、これもまた不潔でしょう。
こいつらのウ○コとか、死体とかで、更に菌や虫が増えます。
で、その増えた菌がさらに鼠へ。

それに加えて、鼠の怖いところは寄生虫です。
ダニやノミをはじめとした、アイツらです。
鼠の血やフケその他を栄養分にして、脅威的な速さで繁殖します。
人体に移動すると、鼠の持っていた菌を媒介します。
有名どころで例をあげると、ペスト菌とかですかね。

しかも下水道にいるのは巨大鼠(ジャイアント・ラット)です。
そう。ジャイアントなんです。

小さなネズミ一匹に、わんさか寄生虫やらがいるとして。
それが、イノシシ並みに大きかったとしたら。
そんでもってその個体が増えすぎて、街中に出没なんてことになったら。
()()()大量繁殖も、怖いものです。

巨大鼠(ジャイアント・ラット)狩りも、立派な怪物退治で、社会貢献ですよ?』
…受付嬢さんの言葉が思い返されます。

たぶん、下水道に行った冒険者たちは、体の痒みに悩まされていることでしょう。急に具合が悪くなったヤツもいるはずです。 大型のげっ歯類に噛まれるなんてことになったら、目も当てられません。感染症とかがヤバそうです。

ちなみに主人公は、なるべく肌の露出を抑えたり、虫除けを使ったり、仕事が終わったら毎回服を洗うことで、その予防をしています。
もちろん、解毒剤(アンチドーテ)もしっかりと。




楽しみにして下さっている方々には、本当に申し訳ないんですが、これから先は忙しくなりそうで、来年の1月中旬くらいまでは投稿できないと思います。

それでは、また来年。良いお年を。
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