虞美人さんは項羽LOVEに変わりはありません。
私はどうやら、地球が漂白どころか人理が焼却中のカルデアに呼び出されたようだ。
初めは英霊化して初めて呼び出された先がよりにもよってあの男、藤丸立香の元だなんて皮肉にも程があると思ったけれども、あちらは私を知らないのだから愚痴を言っても仕方ない。惚けた面は一言文句を言いたいけれど。
マシュも初めは人間として扮していた頃の芥ヒナコと思ったようだけれども、外見だけが似た人間であると最終的に判断したようだ。
ドクターことロマニ・アーキマンはチラチラと見ては疑っていたが、「変態」と言ったら静かになった。
他にAチームに直接関わったスタッフはおらず、当面は
……ま、バレたところでどうでもいいのだけれど。クリプターや異聞帯とかの説明も面倒だから内緒にはしておこうと思う。言った所で信じてもらえるような話でもないし。
それとこのカルデアには項羽様は居ないらしい。……座に還ろうかしら。
◆
人理修復。
それは私を含め8名のAチームが中心となり、プラス40名がサポートとなって行う予定だった重大な任務。私はライダーを召喚して臨むはずだった。
結局はレフにAチームどころかカルデアの殆どが爆殺・破壊されて、唯一生存したマスター適正者である藤丸立香とその契約したデミサーヴァントのマシュ、残されたカルデアスタッフによって成された紛れもない偉業だ。
私はあまり興味なく書面上の報告に目を通しただけなので、詳細は知らない。そもそも、
あるいは私が召喚されたことによって人理修復の過程になんらかの齟齬が発生するかもしれないし、知識として知っている人理修復は気にかけないほうがいいだろう。それに、もしかしたらこの世界の
でも今になって思う、資料を詳しく見て少しは彼らの道程を想像しておけば良かった、と。
◆
「サーヴァントであろうと食事は摂れ!」
ある時私にそう言ったのは、サーヴァントの癖にキッチンで料理を振舞うエプロンの似合うカルデア1位の男、エミヤだった。
このカルデアでは食材が不足という概念に乏しいらしく、代わりと言うべきなのか魔力を電力として補っているので代替として食事を摂ることで消費電力を抑えたいとのことだ。
正直食事が不要ならば摂らないほうが私はいいと思うのだけれど、
「随分とお人好しね」と嫌味を言ったら心底不思議そうな顔をされた。恐らくアイツは魔力を補うとか関係なく自身が良いと思ったからやっているだけなのだろう。……この男はそういう人間なんだろう、と思う。ちょっとムカついたけれども、今はそれよりも、
「ふ、虞美人よ。どうしても食べないというならば私にも考えがある。毎日のようにいい香りの食事を前に置きそちらから食べるまで続けてやろう!」
よりこのサーヴァントの方が鬱陶しいのでどうにかしたいと思う。
これ以上付きまとわれても嫌なので仕方がなく食べることにした。意外と悪くなかった。あれ、この男って実は料理の英霊だったのだろうか。
そしてなんでこんなテンションの男を普通にカルデアは受け入れているのだ。今は人理修復中なはずなのに。いや、忌々しい妲己と源流が同じであろう存在の、猫だか兎だか狐だが分からない存在がキッチンに居るのも訳が分からないが。何故語尾がワンなの? 犬なの? え、キャット?
◆
ある時に私の力を試したいとのことで戦闘シミュレーションを行うことになった。
相手はマシュとマスター。対して私は単体。補助に軍師か作家系が必要かと問われたけど必要ないと断った。
マシュは戦っても良いのかとしどろもどろになっていたけれども、戦闘開始と同時に私が魔力をぶっ放したため慌ててマスターを庇って戦闘モードに入った。それに呼応しマスターも戦闘態勢に入る。
そうだ、カルデアスタッフとしては私が先輩なのだから、先輩としての威厳を見せてあげようと思う。私の正体については詳しくは語れないのでカルデアの先輩としてではなく、戦闘経験の方で先輩になってみよう。人理修復前の今なら私の方が戦闘経験あるだろうし。決してシンでのことを根に持っているわけではない。ええ、今のマスターに関しては持っていない。本当よ。
マスターから弱体化とか受けた気がするけれど、宝具を連続撃ったりして弱体を解除しマスターとしての役割を無かったことにして完全勝利した。ちょっとスッキリした。
宝具を連続で撃ったせいでドクターが処理に追われて涙目になっていたけど、別に関係はないことだ。私の実力を疑うのが悪いのだ。
関係ないけれど後でエミヤに大福か何か甘いものを多めに作ってもらおう。食べ切れなければ適当に誰かに食べさせればいいだろう。ええ、そう、誰かに。
◆
ある時に妙な出来事が起こった。
人理修復とは関係ない特異点が現れたのだ。場所はマスターの故郷であるヤマト。
先日の戦闘シミュレーションで戦闘力を示したので、私も一緒にその特異点を修復することになった。面倒なうえに人間がその特異点でどうなろうと知ったことではないが、まだ戦闘経験の乏しいマシュとマスターを放っておくと勝手に死なれそうだし、サーヴァントとしては言うことを聞くと言ってしまった以上仕方がないので同行することにした。
結局特異点? は何故かヤマトの武将の名を関したサーヴァントがぐだぐだな感じに進行したよく分からないものだった。本物のノッブとか偽物のノッブとか言われたけれど、面倒くさいので両方に
マシュとマスターとシンセングミの隊士が「ええっ!?」と驚いていたけれど放っておいていいだろう。とりあえず特異点は解決したし。
……もしかしてこんな事でも特異点ができるのなら、今後もこんな作業を繰り返さないといけないのだろうか。そしてかつて私と対峙した方の藤丸立香はそれを解決してきたのだろうか。……うん、少し後輩を労っておこう。先輩としては当然だ。
◆
ある時に疑問を抱いた。
マスターこと藤丸立香は、何故マシュに慕われているのだろう、と。
マシュ・キリエライトはあの男、私をスカウトもしたマリスビリー・アニムスフィアのデミ・サーヴァント実験の被害者だ。
寡黙で不可思議。誰に対しても壁を作り他者の
だがどういう事だろう、藤丸立香には慕っている、というよりは懐いている。
私から見て藤丸立香を評するなら平凡な前向きの男、といった所か。
魔術はカルデアのバックアップと礼装が無ければ基本すらできない。身体能力は文字通り成長過程で悪くはないがとりわけ優れてもいない。
藤丸立香とはどういう存在なのか。……項羽様も未だカルデアに来ないことだし、少し彼に付いて観察しようと思う。
◆
「お願いします、下に何か着てください」
ある時カルデアの廊下にて。私が珍しく観察をすると決めた男こと藤丸立香は、五体投地がするが如しに頭を下げて私にそう言った。
曰く、私が今の服装でカルデアを闊歩することに耐えられなかったとのことだ。随分とくだらないことにこの男は執着するようである。確かにドクターや男性カルデアスタッフからも視線を感じることはある。偶にドリルを持った大男や円卓の騎士勢にも声をかけられることはある。だけど別に私を調べようとか恐怖の視線ではないので無視はしていた。
「別に露出が多いサーヴァントなんて他に沢山いるでしょう」
だからと言え私が
なんでも他のサーヴァントとは違い、ヒラヒラする服な上に下着を身に着けていないのが駄目とのことだ。面倒だからいっそ服を着ないほうが良い? と尋ねたら真っ赤になって首を横に振っていた。
すると小さく「ネロと同じ……?」と呟いていた。あの自称男装皇帝と同じにされるのは癪なので、仕様がなくこの後に人間のふりをしていた頃の服を着用すると伝えると、マスターは安堵したかのような表情になっていた。
人間というのは実に面倒である。
◆
ある時、誉れ高き騎士王の別側面がサンタとなった。正直意味が分からない。
しかもトナカイはマスターだという。ますます意味が分からない。
聞いた話によればアルトリア・オルタが自身のイメージを払拭するために良い子にプレゼントを配るサンタになったのだという。聞いても意味が分からない。え、ジェット? 剣で切るより袋で殴った方が威力が高い? なによそれ。
クリスマスが終わった後、マシュと共に仕方なくマスターを労ったら割と楽しかったと言い出した。もしやこの男はM属性なのだろうか。だからどんな時も折れずに人理修復を成しえたのだろうか。だとしたら負けた私達はとても複雑である。
だが理由を聞くと、サーヴァントと共に何かを成して達成の手伝いをできることが嬉しいとのことだ。人理修復を手伝って貰っているのだから、自分にできることならばやれるだけやりたい。それで喜んでもらえるならば、自分も嬉しい、とマスターは笑った。
……クリスマスだからと言ってサーヴァントに休暇を与えていた時点で察しはついていたけれど、藤丸立香という人間は、やはり随分とお人好しのようだ。
私はその夜、以前エミヤから教わった疲労回復のある飲み物をマイルームで寝ているマスターの近くに置いておいた。気配遮断はしたから気づかれていないだろう。
◆
ある時、いずれ来たる項羽様のため料理の勉強をしていると、ドクターが毒味役に現れた。
私が料理していることを確認した途端、愛想笑いをして逃げようとしたので炬燵って壊れると面倒よね、と呟いたら何故かドクターは大人しく椅子に座っていた。何故かしらね。
どうもドクターは私が料理をすることが意外だったことと、以前とあるサーヴァントの赤一色の料理を味見させられて気絶したこともあり咄嗟に逃げようとしたらしい。ごめんと謝られたけど、元よりドクターが情けないことは知っているので今更どうという事はない。
何故料理をするのかと尋ねられたけれど、項羽様のためと一言伝えたら何故か少し悲しそうな表情をとられた。同情や哀れみでもない、私があまり見たことの無い表情。これは……自己嫌悪と哀愁?
何故こんな表情をドクターがするのだろうか。疑問ではあるが、今の彼にとって私はただの一サーヴァントに過ぎない存在だ。あまり詮索するのも関係ない私が何故と問われるだろうし、そもそもドクターは私と同じで、
……そう言えば、ドクターは人理修復の過程で死んだと聞いている。
レフの爆弾を逃れ、人理修復に関与したカルデアスタッフで唯一の犠牲者、ロマニ・アーキマン。資料では【人理修復の際事故による死亡】とはなっていた。疑いのないほどにその過程は仔細に書かれてはいたけれど……あの資料通りならドクターは今年中に死ぬ。
そうすると恐らくだけど、いえ、確実にマスターとマシュは悲しむだろう。だからと言え私がドクターを生かそうとしたところで結果が変わるとは思えない。場合によっては人理修復すら危うくなる可能性もある。私にできることは――
「あ、美味しい! これ、とても美味しいよ!」
私にできることは、精々栄養剤などで必死に足掻こうとしているこの男に、ちゃんとした料理を食べさせることくらいだろう。普段はエミヤかブーディカ辺りの料理で良いだろうけど。そしてキャットに食べさせて貰えばいい。
◆
ある時、マスターがリボンを巻いた
曰く私はチョコでプレゼントで愛! して! まーす! とのことである。さすが狂化EX、会話が成立しない。やはり狂化はA+が最適である。
最近カルデア中がチョコの香りで支配されてイライラしていたので、運動とストレス解消もかねてマスターを助けておいた。ありがとう、と言われたついでに包み紙に包まれたチョコを渡された。……確かこれって女性から男性に渡す日本の文化だと思ったけれど。
しかも相手がいる私に渡すとはいい度胸である。その旨を伝えるとマスターは慌てて弁明の言葉を絞り出しながら日頃の感謝がどうとか言っていた。もっと嫌味を言おうとしたけれど、その仕草と表情が面白かったので勘弁してあげることにした。
「ま、来月のお返しに期待はしないことね」
と、言って私はその場を後にした。
帰って包みを開けると、感謝の言葉が書かれたメッセージカードが入っており、追伸で中国のお茶に合うようにしたという言葉が添えられていた。……別に中国茶が取り分け好きと言うわけではないのだけれど、マスターなりの気遣いなのだろう。
しかしせっかくなので、新しい料理道具をマスターにあげたと上機嫌なエミヤに中国茶を入れてもらいチョコを食べることにした。中国茶にチョコはどうかと思ったけれども、本当に考えて作ったのか意外と合うようであった。偶にはこういった時間も悪くはない。
◆
ある時に、私と同じアサシンクラスのサーヴァントが迷ったように呟いていた。
確かあれはアサシン・パライソ……もとい、望月千代女と言う名のヤマトの忍。以前ヤマトの鬼がちょっかいを出していたので名は覚えていた。
察するにマスターのことで悩んでいる様子であり、予定されていたシミュレーションが中止になり時間を持て余していたので話を聞いてみた。初めは遠慮していたようだが、
「……最近、お館様に避けられているような気がするのでござる」
まとめると、ある時マスターと共に望月が自身の源流とも呼べる一つのヤマを越えた戦闘があったのだが、それ以来避けられている……というより、マスターが顔を逸らされている気がするとのこと。あくまで気のせいの範疇なので気にしないで欲しいと念は押された。無視した。
その後にマスターにそれとなく聞いてみると、マスターもはぐらかそうとしたので、
……心配なんてしていないけれど、気を使って失敗だった。死ぬまで面倒は見てやると言った以上、不都合があるなら見てやるつもりだったけれど、気を遣いすぎるのもよくないらしい。やはり人間は面倒だ。
しかし忠義と思慮は別物、寡婦になりとて忘却せず相手に尽くす……ね。ちょっとあの子と話をしてみようと思う。
◆
……ある時、マスターが目覚めなくなった。
今までサーヴァントと意識下で繋がり、夢でサーヴァントと共に過ごしたためバイタルが安定しなかったことは何度もあった。だけど今回はそれとは違い、前回の特異点で会合した魔術王が原因であると推測された。
外からの解呪はできず、内部への潜り込みも不可能。私たちにできることは文字通り見守るだけだった。
「……安らげる場所、ね」
マスターが緊急時なため誰もいない食堂で、私は独りで呟いた。
人の形をしていながら、人ならざる者。そのような存在は地球に安息の場所なんてないと思っていた。……けど、“このカルデア”に来てからは、その思いに否定の兆しが見えてきていた。
悲壮はある。困難はある。問題は常に立ちはだかる。
だけどカルデアにいるマスター、マシュ、ドクター。そしてカルデアの生き残ったスタッフ。全員が天才と評せるものを何も持ち合わせていない。あるもので勝負し、挑み続けている。
諦めない。サーヴァントを使い捨てと見ない。問題を起こしたサーヴァントが居ても追い出そうとしない。かつての敵でも恨みを残さない。それが当たり前かの様に振舞われ、私のことも疑問を持たずに受け入れている。
「……ええ、そうね」
初めは事故のような出会いが発端だとしても。訳の分からないことが起き続けても。
受け入れてもらったこの場所で、まだ過ごしでみたいという気持ちに嘘はない。そんなことを、今になって気付いた。
「死ぬまで面倒は見てやるって言ったんだから、簡単に終わらせるんじゃないわよ、マスター」
だけど、まだ完全には失っていない。
私に居たいと思わせたのだ、このまま終わっては困る。そのためにもマスターには目覚めてもらわないと困る。
私は4日ほど過ぎたお返しの物を手にして、マスターの部屋へと向かっていった。
マスターが目を覚ましたらとりあえず嫌味を言った模様。
マスターの呼び名がマシュより先に来た辺りが絆5越え辺り。