※この話は本作品とは別時空の虞美人さんのお話です。「バレンタインの裏でこのようなことがあったかも?」という妄想のモノですのでご了承ください。
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別に私は、マスターのことを好いてもいなければ嫌ってもいない。
ある時からカルデアの人間と英霊が妙な騒つきを見せ初めていた。
空気を作っていたのは主に女や子供であり、曰く“バレンタイン”とやらが迫っているからとのことだ。ここ最近のカルデアでは、うろつくだけで嫌と言う程にその単語を耳にする。
……バレンタインとはなんだっただろうか。
いや、確か芥ヒナコとしてカルデア職員に扮していた頃に聞いたことはある。世界各地における愛を誓う聖人由来の記念日――ではなく、ヤマトにおいての好意を抱く者にチョコレートを渡す日、だったはずだ。当然前者の意味合いも含むだろうが、この場合におけるバレンタインとやらは後者の意味合いを持つだろう。
そしてこのカルデアでは、世話になっている者やLIKEとしての好き、忠義としての証としても渡し合うようだ。前回のバレンタインでも多くのサーヴァントがマスターや職員に渡すこともあれば、逆にサーヴァントに渡すこともあり、サーヴァント同士で渡し合うこともあるという。仔細は不明であるが、私の居なかった前回のバレンタインはチョコレートがカルデア中に溢れて全員が全員にチョコを渡す事態になったとのことだ。
……チョコレートって、なにかしら。
芥ヒナコ時代にダストンが疲れた時に糖分補給の甘いものとして食したい、と言っていたような気がするので、おそらくはこのカルデア中に溢れている甘ったるい香りを放つ食べ物であるという事は理解できる。チョコレートを食す人間を見ていた気がするが……どういったものかは覚えていない。
私は食に関して興味を持とうとしない。
芥ヒナコ時代はやむえない場合がある時に、人間の真似で食していたことはあるが、栄養補給としての食は基本必要ではなかったので、興味を持とうとしなかった。だけど、興味がないわけではない。ようは必要最低限として留めておいた。――必要以上に興味を持つと、良いことがあった試しが無いからだ。
くっ、だけどここに来て弊害が起きるなんて……!
ええ、過去は過去。今は今だ。
私は今、長い時を生きた虞美人ではなく、藤丸立香というマスターに仕えているサーヴァントとしての存在だ。サーヴァントとしてこの場にいる以上は、義理を果たさなければいけない。そのためにはチョコレートとやらをマスターに渡す必要があるのだが――私はチョコレートを知らない。
だが、知らなければ知ればいい。ええ、長い時を生きて来た私に不可能などない。そして完璧に作ったチョコレートを見て、初めは敬っていた気もするが、最近は何故かマシュも含めて気安くなりつつあるマスターは私を見直すだろう。
まずは甘い。これは確定事項のようだ。
そして黒い……食べ物らしい。
――つまり、黒胡麻餡子ね!
なによ、チョコレートなんて名前が付いているけど、ようは餡子の西洋用語とやらなのね。
餡子は餡子でも、私が作る以上は私があげたという意味を持たせるためにも工夫が必要だ。ならば贈り物として相応しい月餅がいいだろう。だがあげるチョコレートは黒く、甘くないといけないため、使用する餡子はより黒さを放つ黒胡麻を使用した黒胡麻餡子が良いだろう。そしてこの場合皮が黒さを邪魔してしまうため、皮も黒胡麻餡子がいいだろう。
……む、そう考えると面倒ね。だけど私が作る以上は妥協は許されない。妥協せずに作り、極上の味わいをマスターに提供した暁には今まで以上にマスターも敬うだろう。その姿が目に浮かぶようね。
さて、方針が決まった以上問題はどう作るかだ。
材料は基本的に和洋中と何故か揃っているカルデアキッチンの食糧保管庫から使用すればいいが(※後で使った分はちゃんと補充する)、調理場所をどうするか。キッチンは多くのサーヴァントや職員が居て邪魔であるし、自室だと調理器具は無い。調理器具類はキッチンを使用している者が使って余りが無い。となれば……エミヤに投影で新しく調理器具を作らせて、自室で作ることにしよう。普段業物を見て恍惚としていることが多いし、適当に言えば勝手に作る気もする。エミヤには口を封じなければならないが、それはそれとしてさっそく取り掛かろう。エミヤを索敵&捕獲だ。ついでに材料確保にも取り掛かろう。
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――駄目ね、黒ゴマの比率が多い。
――く、水気が多い。また上物の水を確保しないと
――うん、上手く固まった
――そういえば型がないわね。……自分で模様を掘れば良いのね
――形を整えて、そーっと……
――切り込みがズレたわね。やり直し
――チョコレートだけでは寂しいかもしれないわね
――そう言えば最近工芸茶とかいうモノがあったわね
――よし、作りましょう
――む、もう
――贈り物である以上包みも完璧にしないと
――そうね……自作すればいいのね
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別に私は、マスターのことを好いてもいなければ嫌ってもいない。
だけど私にとってそれは特別なことだ。
人の姿の人非ざる者に安息の場所など無いと思って幾星霜。その想いはサーヴァントになってから否定され、嫌悪が必要ない安らぎを得ている現在は、項羽様と居た時とは違う幸福に確かに包まれていた。
私がどういう存在なのかを知った上で、マスターは私を受け入れている。
私はどういう存在なのかを知った上で、私はマスターを受け入れている。
だから、こうして私が作ったチョコレートを食べる姿を眺めながら、マスターと共に過ごせる時間は掛け替えのないものだ。そこは好き嫌いで測れるものではないと、心の何処かで願っている。
ああ、そう言えば。これを言うのを忘れていたわ。
「ハッピーバレンタイン、マスター」