ある時から、私達はえんまちゃんの下で働き始めていた。
レイシフトをした途端に起こる、共に行くサーヴァントと別れなどはもう珍しいことでもないので割愛するが、とかく見覚えのある空間へと今回はレイシフトしていた。
懐かしき空気と懐かしい音から連想できる懐かしい友の姿。私はマスター達に気付かれないよう半ば浮かれつつ、マスター達と閻魔亭へと足を運んでいた。初めは私の姿を見るなり、人と仲良くしていることに驚愕を隠せないえんまちゃんであったが、少し経てば嬉しそうに迎え入れてくれてマスター共々閻魔亭で過ごすこととなった。……その後にフィオナの男二人と、何故か巻き込まれていたドクターが奉納されていた感謝の念を解き放ったことにより、閻魔亭で働くことにはなったけれど。
「でもまさか、一緒に働くとは思いもよらなかったでちよ」
えんまちゃんは私の
そういえば閻魔亭に以前来たときは確か……身体を解しに来た時だっただろうか。記憶が曖昧なので微妙ではあるが、無くなったと思っていた閻魔亭の噂を聞き、コリを解すのとえんまちゃんに会うために私は足を運んだという記憶がある。その際に衛士長――によく似た、一撃で相手を殺すような按摩の達人に酷い目に合いながらも癒されていたはずだ。そう、その際に金髪の英霊にも会って――あれ?
「もしかして……私が
そうだ。確かあの時は名前を聞いていなかったが、あの按摩の達人を連れて来たのは紛れもなく今私達と一緒に働いているフィンであった。その私が按摩を受けた際には、客らしき人物は避けていたため他の状況を把握はしていないが、もしかしたらあの時にマスター達も居たのではなかろうか。時期は違うような気もするが、多少の時間など跳躍するのがレイシフトである。……え、あの姿をマスター達に見られる可能性が? 項羽様にしか聞かせなかったあの声を惜し気もなく発していたあの姿を? あのだらしない表情とセットで?
「……えんまちゃん。この
「あったとして、その部屋でなにをする気なのでちか、ぐっちゃん」
「マスターを縛る」
「え、俺!?」
通りすがりのマスターが私の発言に驚愕していた。どうしよう、対策を立てないと……
……あれ? でもだとしたら、なんであの時より寂れているのかしら、この閻魔亭?
◆
「よし、全力で閻魔亭を立て直すわよ」
「意気込みが強いね、虞さん」
ある時の話を聞いてから、私は闘志に燃えていた。
初めはマスターの手伝いと言えど英霊達を何故私が持て成さないといけないと不満もあったが、現状の閻魔亭の状況――借金を背負わされており閻魔亭を閉める状況に陥りつつあることを知ると、私はやる気が湧いてきていた。えんまちゃんは私にとっても大切なサーヴァントになる前からの友である。その友が困っているならば、今までの感謝の念を返すためにも問題を解決するのも友の務めだ。あとマスターとドクターは後で覚悟しなさい。何も言っていない? 表情が明らかに「デレだね!」って顔をしていたからよ。
ともかく、私は全力でこの閻魔亭を立て直す手伝いをする。……曖昧ではあるが、以前来た時も閻魔亭の状況を思い返せば同じ状況に立たされていたはずなのに、えんまちゃんはその
「ちなみに解決策として竹取の翁さんをどうかしようとか思わないでね」
「安心なさい。
それは最終手段よ。
◆
ある時、料理担当が謎の赤い料理を食べて全滅しかけた。
ある時、マスターとドクターとアイスを調達し温泉で食べた。悪くない。
ある時、マシュが料理教室に参加するとのことだった。……強く生きなさい。
ある時、温泉を男湯、女湯、性別不明湯に分けることになった。蘭陵王が何処に入るか問題となった。
ある時、円卓騎士の一部などが覗きを画策した。全員料理教室へとご案内した。
ある時、仮面を被った男が子供サーヴァントを引き連れていた。……通報した方がいいだろうか。
ある時、くはははと笑う男に宿泊費を要求した。直接宿泊していない? 問答無用よ。
ある時、屋根裏に何故か寝泊まりしていた千代女が改修工事に巻き込まれかけた。
ある時、茶と水が可燃性のモノへと変貌した。
ある時、巴が清姫を増やすと言う謎の暴挙に出た。……え、そんな簡単に増やせるの?
ある時、項羽様を作り出せないか試そうとしてえんまちゃんに止められた。
ある時、恋はドラクルwith黄金劇場in閻魔亭。全サーヴァントが止めに入り閻魔亭は救われた。
ある時、屋根裏にいた小太郎と段蔵が改修工事に巻き込まれかけた。流行っているのだろうか。
ある時、悪竜が紛れ込んだが皇女の石in雪玉一発で瀕死となった。……すごいわね。
ある時、私がやって来た。声を聴かれる前に宝具で声をかき消した。あちらの私は気づいていない。……気持ちよさそうね。アイツ。
ある時、アルトリアが来た。アルトリアが来た。アルトリアが来た。……いずれ来るアルトリアを見た。
ある時、ジャンヌ三姉妹が現れた。温泉でイルカは止めなさい! あと私は姉じゃない! マスターも弟じゃない! 5
ある時、閻魔亭を支配しそうな尼が現れたので童話作家をぶつけた。逃げた。
ある時、閻魔亭を支配しそうなラスボス系後輩が現れた――が、えんまちゃんの料理教室前には無力であった。……すごいわね、えんまちゃん。
ある時、ふと気づいた。
「気のせいよね?」
「割と気のせいじゃないと思う」
……そうよね。
◆
ある時から起きていた閻魔亭の危機は、結論を言うならば悪性に塗れた策略であり、善性によって解決することができた。そして今はえんまちゃんの厚意により、客としてこの閻魔亭の最後の夜を過ごしている。
「……ふぅ」
英霊達も多くが去り、従業員であった私達を除けば誰も居なくなった閻魔亭の温泉の湯に浸かりながら、小さく息を吐いた。
今回のレイシフトは大変であった。今までなかった相手を持て成すという作業をこなしつつ、裏では宝を探したり改修作業を行ったりと休みも少ないどこかルルハワとも似た仕事の数々。良い経験であったのかもしれないが、もうこんなことは懲り懲りである。
「でも、私が人を持て成す……ねぇ」
項羽様と共に居た頃はそう珍しいことでもなかったが、逆に言えばそれ以降は特に起こりえなかった行動だ。えんまちゃんにも「ぐっちゃんが人を自分から持て成すなんて、思いもよらなかったでち」などと直球で言われるくらいには珍しいこととである。
だが、満足しながら閻魔亭を去る英霊達にお礼を言われると、それまでの苦労が報われたかと言うような笑顔になるマスターやマシュ、そしてドクター。問題を起こしつつも私と同じでえんまちゃんに報いたいと思う巴、清姫、玉藻。働くことになった元凶であったが、料理をえんまちゃんのために解禁したフィンや、狩りを行い食材を豊かにしようと尽力したディルムッド。
皆が皆、えんまちゃんのために目的を一つにして共に働いた。大変であったことには変わりはないけれど、かといって楽しくなかったかと問われれば、否である。……閻魔亭で働いたこの期間は不思議と辛いものではなかった。むしろあの客として訪れていた私に自慢したいくらいだ。
……いえ、あの私と今の私は別だ。この記憶は、私だけのものであり、私の中だけに記憶しておきたい代物だ。――失いたくない、心に刻んだ思い出だ。
そんなことを考えつつ、私は温泉を上がろうとして……
「ぶふっ!?」
「……マスター?」
あ、そういえばここ日ごとに入れ替わり式で、今は男湯であった。
マスターは私を直視して動揺したのか、足を滑らせて後頭部を扉にぶつけ、そのまま意識を失っていた。慌てて駆け寄ったが、外傷も特になく呼吸などにも問題は無い。恐らくは不意の衝撃によるただの気絶だろう。今回はカルデアのバックアップもなく、温泉だから礼装も外しているだろうし。
…………よし、何もなかったことにしよう。それが多分マスターのためだ。この記憶は私だけのものに留めておこう。
湯船にタオルはマナー違反です。
マナー以前に虞美人さんはタオルを隠す要素にまず使いません。
マスターは夢だと思っていますが、また寝れない日がありました。
募集(期間:この後書きに終了しましたと書かれるか、消えるまで)
※募集は現在終了しました
そろそろイベントも追いつきかけて最終回も近いです。
お気に入りもまさかの2500件超えであるので、感謝と共に遅ればせながら7話前書きで少し言っていた、なにかしようかなを実行したいと思います。
簡単に言えば、リクエスト話的なものを募集したいです。
前提として
・虞美人さんが関わる
・極端なキャラ崩壊、R18系統は禁止
でお願いします。
※感想だと怒られますので、メッセージでお願いします。
※次回や次々回になにもなかったように振舞っていたら察してください。