ある時、カルデアに図書館が現れ本が暴れだした。
今回の
ともかく、図書館の司書である紫式部とマスター、マシュとアンデルセンは代理と言うセミラミスの指示で本を回収していった。ちなみに私は今回の騒動は遠巻きで見守ると決めた。理由は紫式部のスキル……“なんか勝手に発動して本音を暴露する”というスキルに危機感を覚えたためだ。何故か分からないがアレに私が巻き込まれると嫌な出来事になる気がした。具体的には結果的に私が爆発四散しそうであったからである。それはともかくとして、こうしてマスター達が右往左往しているのは都合がいい。私は自室に鍵をかけ、数ヵ月前から徐々に拝借(エミヤ投影)してきた道具と、どうにか確保、隠蔽してきたソレを用意する。……火力等は劣るが、それでも作るには充分である。いえ、むしろ私にとっては丁度いいハンデだ。なんのハンデかは分からないけど。
「お湯を用意して、溶かして、ゆっくりと……」
私はソレを溶かして、新たなる形と味にするために調理を開始する。
特殊な原料を淹れる必要も、奇をてらう必要もない。そんなのは他のサーヴァントだけで十分だ。ただ妥協だけは許されない。
私がそれを作るのだ。やると決めたからには
『と、思いつつ嬉しそうなマスターの表情を浮かべさせるのが楽しみなのであった』
……何故かしら。今私とはバレてはいけない情報がマスターに流れた気がする。
◆
「……相談に乗ってくれないか」
ある時、エミヤに深刻そうな表情で相談を持ち掛けられた。
この男がこういう顔をすることは珍し――くないわね。割と頭を痛めている姿は見る気がする。ともかく、この男が私に相談をするのは珍しい。これが円卓の騎士などならば断わっていたかもしれないが(ベディヴィエールは除く)、エミヤは知らない仲ではない。渋々ではあるが、その相談に乗ることとした。
「……妙に記憶に残るサーヴァントが召喚されてくるんだ」
エミヤはこのカルデアでは古株にあたるサーヴァントであり、名も無い者たちの代表の守護者と言う特別な立ち位置のサーヴァントだ。そのため、別の世界での記憶の持ち方が他とは若干違うらしい。
曰く、初めは僅かではあるが記憶にある別世界のサーヴァントと共にいることは複雑ではあったが、そういうものだと納得はしてきた。だが、とあるサーヴァントが彼の古傷を抉るらしい。
曰くお世話になった赤い悪魔。曰く赤い悪魔に似た何処か引っかかる少女。曰く魔術世界とは関りが薄いはずの巻きこまれ体質の少女。曰くそれと同じ顔の見覚えのない筈なのにドンファンと呼ばれるアルターエゴ+ムーンキャンサーの
……この男、女運が無いのだろうか。殆ど女性関係じゃない。しかもほぼ神霊関係者だ。コイツの周りには生前碌なやつが居なかったのだろうか。
「すまない。愚痴を言うつもりは無かったのだが……どうしても誰かにこの感情を吐露したかったんだ」
するとエミヤは今話したことは忘れてくれとでも言わんばかりに会話を打ち切ろうとする。しかしこれでは相談でなく愚痴に付き合っただけなので、私はエミヤを引き留めて真っすぐ顔を見る。その行動にエミヤも戸惑うが、私は構わず相談の解決策を告げた。
「諦めたら?」
「解決策ではないな、それは!」
「どうせ今に自分の若い姿とか出てくるわよ、アルトリアみたいに」
「……やめてくれ、そうなったら私も如何すれば良いか分からない」
解決策。ようは諦めが肝心であり気にした方が負けと言うモノである。……最近のアルトリアもそんな感じだし。
そして何故かは分からないがコイツの若い姿がいずれカルデアに来る、そんな気がした。アルトリアもリリィだと可愛らしくなったのだ。この男も若い姿は可愛らしく……いえ、ギルガメッシュとアレキサンダーを見るとそうとも言えないわね。昔は昔で皮肉屋かもしれない。
――しかしエミヤはこの時知らなかった。
まだ、彼の知る姿をした少女がカルデアに召喚されるという事を。様々な成長をした形で三方向の攻めを行う事を――この時の彼は知らない。
そしてその時、曰く後輩によく似た顔を持つサーヴァントの
◆
「マスター、殴り合いましょう」
「俺に死ねと言うのですか」
ある時、マスターに提案をしたら身構えられた。失礼ね。
何故急にこのような提案をしたかと言うと、マスターと交流を深めるためだ。もう変な
そのことを蘭陵王に伝えると「え?」と何故か疑問符を持たれた。更には「自覚ないのですね……」と何故か妙な表情をされた。なんだというのだろう。
ともかく、こういった場合どうするべきなのか複数のサーヴァントに訪ねた所、相談先として勧められたのはエミヤであり、エミヤに相談すると先の方法を提案されたのだ。
「安心なさい。私は殴っても死なないし、私の力は抑えるから」
「いや、そういう問題じゃないですって!」
ならなんだと言うのだろう。確か以前渡された本でも仲を深めるのに殴り合いをしている姿を見たことがある。その時は理解できなかったが、あのマスターとも生きた時期が近いだろうエミヤも仲を深める手段として提案してきたのだから、仲を深めるには殴り合うのが一番だと思うのに。
「申し訳ありません、マスター。私も止めたのですが」
蘭陵王までなんだというのよ。発言の本人のエミヤは観念した方が良いとマスターに告げていると言うのに。
結果的には私とマスターがサーヴァントを従えて闘うと言う形になった。私には蘭陵王――ではなく、エミヤとマシュ。マスター側には蘭陵王が付くことになった。ダヴィンチ曰く「こうした方が色々と分かる事があるんじゃないかなー」だそうだ。変態の言うことはよく分からないが、マスターも納得していたし別に構わない。ふふ、カルデアにおける戦闘の種目での最高水準(※偽装)を見せてやろうじゃない――
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「…………」
「あ、あの。機嫌を直されてください」
倉庫の隅で不貞腐れて……いえ、不貞腐れていないわ。倉庫の隅でちょっと気分が優れないので膝を抱えていると、蘭陵王がしどろもどろと言った感じに私の様子を見に来ていた。……なによ。シンの時は私の指揮の項羽様と蘭陵王でも倒せなかったのに、なんで蘭陵王単騎でマシュとエミヤが倒されるのよ。マシュはマスター相手だから多少戦力ダウンとしても、完封は無いでしょ完封は。蘭陵王は指揮官タイプの筈なのに前線タイプの二人を完封できるのよ。シンでは手を抜いていたのかと思うレベルである。
「マ、マスターの指揮の腕がよかったのですよ! ほら、貴女もマスターの指揮で動いているのですから、実力は知っているでしょう?」
マスターの指揮の実力は知っている。初めは拙い箇所もあったが、今では多くの特異点と傍迷惑な
「あ、虞さん。いた」
「……なによマスター。哀れな私を嘲笑いに来たのかしら」
私は倉庫の壁に頭をつけながら、マスターが来た方を見やる。その仕草を見て蘭陵王が「申し訳ありません」などとマスターに謝り、マスターも苦笑いをしている。今の私はネガティブな方向に思考が傾いている。今何をされても御座なりな返事にしかならないだろう。
そんな私の様子を見て、マスターは私の近くに寄り、屈んで私と同じ視線に顔を下げてこちらを見る。手には……ドクターが偶に食べているお茶菓子?
「虞さん、俺と交流を深めたいって聞いて。それなら一緒にお茶しませんか?」
……なんとなくだけど、蘭陵王がマスターと仲を深めたいと言った時に複雑な表情をした理由が分かった気がする。誰にでも優しいマスターなのでこれも誰にでもするような、当たり前の優しさかもしれないが、それはそれでも……少しは嬉しかった。別に殴り合いなどする必要は無かったのだ。後でエミヤには追及するとしよう。
「……ええ、良いわよ」
私がそう返答をすると、マスターはやはり嬉しそうに微笑んだ。
色々と無自覚な虞美人さんです。
そして心は硝子。虐めるの、よくない。