ある時、夢を見た。
3度目ともなれば慣れたものだが、今回の夢というべきか特異点ではない妙な空間にいるマスターは私の知る藤丸立香であり、情報共有が楽な分今までよりは楽になりそうであった。……言葉にするとよく分からないわね、これ。
ともかく、今回の夢はあの教授が関与しているようであり、私とマスターは“とある世界において、聖杯戦争の聖遺物を所有する名家において開催される競売で、競売者同士のガス抜き役割を持つ酒飲み場で働くバーテンダー見習いの二人”らしい。
面倒なマフィア共のいざこざや力関係は興味が無いので割愛するが……どう考えても今回の夢においての黒幕は――
「教授を生贄に捧げれば解決する気がするわ」
「分からなくもないですけど、それはやめましょう」
「キミ達、酷くないかネ!?」
後からの話ではあるが、別にこの時の考えはある意味間違えではなかったとだけ言っておく。
というより、私は早くこのよく分からない空間を脱出したい。人の嫌な部分がよく見えると言うのもあるが、何よりもこの空間における女が私だけというせいか、なにかとちょっかいを掛けられる。今では3組織のトップが諫めているのでナリを潜めてはいるが、それでもない訳ではない。
「そりゃ、そんな格好したら誘っていると思われても仕方ないと思うがネ」
だってネクタイとか堅苦しいじゃない。しかしその後マスターにも言われて渋々ではあるがネクタイを締めた。面倒ね。え、こっちの方が似合ってる? そう。マスターが言うならこの格好も悪くないのかしら。
けれどバーテンダー……ね。私には縁の遠い場所だ。項羽様はこういったお酒を好むのだろうか? 万が一好むのであればこれを機会に勉強しておくのも悪くはないが……種類が多すぎて覚えきれない。テキーラ・サンライズとかロングアイランド・アイスティーとかなによ。もっとジンライムみたいに分かりやすい名前にしなさいよ。
「マスターは覚えきれる? このお酒の名前とか」
「生憎と全然ですね」
マスターも私と同じで覚えきれていないらしく曖昧な表情で返答をする。どうせこの場では味の分かる人間も少ないことだろうし、お酒を提供するのはモリアーティに任せて、何故かワイバーン(もどき)もいることだし雑務に勤しんだ方が良いだろうか。しかしそれではつまらないとばかりに、モリアーティがわざとらしく肩をすくめる。
「そうはいかないよ。バーテンダー見習いが一切カクテルを作らないんじゃおかしいと思われるからネ。なに、ある程度基本を押さえればいいものさ。後は適当に混ぜてオリジナルと言っとけばいいんだヨ!」
それはそれでどうかと思うが、モリアーティは私とマスターにもお酒……カクテルを作るように勧めてくる。そして丁度蘭陵王と燕青……もといその二人の姿形をしたギャングと魔術師がやってくる。モリアーティは口八丁で見習いに作らせてみるので味見を頼むなどと言い出した。……面倒だけどやるしかないわね。注文は……蘭陵王がモスコミュールで燕青がアルコール強めのお任せね。……よし、モスコミュールね。モス、コミュール……
「ちょっと待ってなさい、海に行ってくるわ」
「待ちたまえ、どういう発想かネ!?」
「え、モスのコミュ……つまり苔の集団でしょ?」
「マリモじゃないヨ!?」
「がはっ!?」
「燕青君!? マスター、何を飲ませたのかな!」
「あ、えと、強いお酒をとのことだったのでウォッカとウィスキーとあと強そうなこの透明なのを……」
「40度程度二つと96度って正気かネ!?」
その後、私達はジーク(偽)に怒られた。
◆
ある時の夢の続きの話だ。
モリアーティと言う男はその性質上悪として語られ、悪として行動をする。私は詳しく知らないが、
「私はこう思ったのだ――
今回の夢の始末が終わった後、ふとなにかを懐かしむようにモリアーティは遠い目をした。――過去は変えられない。それはこの世を生きる者には平等の出来事。仮に戻れたとしても……それはその者が歩んだ道とは違う、違う世界の出来事だ。決して無かったことにはならない。私が
「ですけど、次は失敗しませんから」
だからと言うつもりはないだろうが、マスターはモリアーティに対してそう言った。過去は変えられず、こうしておけば良かったと思う事も多い。私がシンで相対した藤丸立香もおそらくは過去の出来事に後悔していたのだと思う。だけどあの藤丸立香も、人理漂白を経験していない今のマスターも次に希望を託している。後悔はしても、
「次は間違えないわよ、教授。スクリュードライバーにはドライバーは使わないわ」
「語源で言えば合っているのだけど、そこは間違えないで欲しかったんだがネ!」
「俺も間違えません、次は決してカクテルを燃えないものにします!」
「うん、キミ達の前向きさは買うけど、カルデアでは決してやらないで欲しいナ!」
つまり、バーテンダー見習いとしての
味見役には……味の分かりそうなドクターかダストン辺りに任せようか。千代女や巴辺りも過去を見るにお酒は嗜んでいただろうから、その辺りにも……いえ、巴は駄目ね、確か味が分からない時があると言っていたし。……それなら感触の良いカクテルを作ってみようかしら。
後日の話ではあるが、興味を抱いた海賊たちが潰れたとだけ記載しておく。
◆
「え、今までもあったんですか、あの時みたいな夢が?」
「ええ」
ある時、私はマスターに過去の
マスターが「大変でしたね」と労ってきたので、私があの経験は初めてではないと言うと、興味を持たれたのだ。
なので私はマスターにお茶を用意させて過去に見た夢の話をした。その際にマスターとは違う藤丸立香も居たことを話す(色々と面倒な部分は省略した)。
「へぇ、虞さんを知らない俺や、女性としての俺ですか……想像つかないな」
それはそういうものだろう。私だってシンに居た頃はこんな風にマスターとお茶を飲むとは思わなかったし、私が男である所なんて益々想像がつかない……が、何処か御伽話めいた感覚であり、未体験のモノなんてその程度の認識だろう。
「大変だったわ……女性であるけれど男役だから男湯に堂々と入ったマスターに、リソースが美味しいからと嬉々として100万体のサーヴァントを狩るマスターだったもの」
「待ってください」
「女のマスターは最終的に“どうせ男認識だもんね!”っていって男物の水着で泳いだり」
「色々と待ってください」
「“今なら男同士のスキンシップ扱いで男に迫れる……!?”とか言って実行したり」
「待って」
「男の方はケイローンに指導されて最終的に片腕でサーヴァントを屠るようになってたわね」
「待ってください! 俺の事じゃなくてもなんか変な感じがします!」
ちなみに今話したのは適当に言っているだけなので事実ではない。……がマスターの反応が面白いので適当な事を言っているだけだ。初めは嘘だと思っていたマスターだが、私が「そう思いたいわよね」と言うとかなり不安そうな顔をする。ようは「俺もそうなる可能性が……!?」と不安そうな表情になっているのだろう。
「大丈夫よ、マスター。……どうなっても私は見捨てないから」
「ごめんなさい、お願いですから嘘だと言ってください」
あ、マスターがちょっと涙を浮かべて謝ってきてしまった。……さすがにやりすぎたかしら。こんな状況を誰かに見られても厄介だし、今までのは嘘であるとマスターに言おうとして――
「あ、マスター。こんなところにい、て……」
「どうしたんですか巴さん、先輩がいたん、です、か……?」
巴、マシュが現れた。そしてその後ろには蘭陵王を始めとして数基のサーヴァントが。
……あ、面倒になる。と、この時の私は何処か他者の気分になった。
「マスターが泣いて謝ってる!」「マスターが泣いて謝っ」「マスターが泣いて」「マスターが泣いて謝っている!」「が泣いて」「謝って!」「マスターが泣いて謝って」「マスターが虞さんに泣かされた――!」
その後、マスターの説明で事なきは得た。
私はこういった方面で弄るのは出来るだけよそうと心に決めた。
お酒は二十歳になってから。
アルコール96度は二十歳になってからでも注意が必要。というか非常に危険です。