ある時、私はエルメロイ2世の弟子の一人として、後輩弟子である藤丸立香と共にロンドンへと赴く列車に乗っていた。
エルメロイ2世。私達より年下でありながら、ロードの名を冠する少女であり、その名に恥じることの無い働きをしながら人間らしさを忘れない尊敬のできる人だ。
そんな人の下で私達が弟子をやれているかと言うと、私は昔、とある施設でマスターと共に世界を救うような
マスター? 私は師匠の事をそのように呼んでいただろうか。
世界を救う? 具体的な内容は思い出せないが、確かそのような任務を行っていたはずだ。
……妙な違和感がある。だがそれがなにかは分からない。
師匠と私は立香を揶揄い、立香は変わらず面白い反応を見せる。偶に師匠は私を揶揄うこともあるが、その際には一緒に師匠と笑う立香を小突いたり適当な
――幸せね。
魔術師の世界に身を置く以上苦労はある。だが、師匠の立ち回りや私達の補佐のお陰で困難は乗り越えることができ、壁を越えた後は確かな充実感と幸福感に包まれている。■■様が傍にいることは叶わないが、二人が傍にいて多くの人と出会い経験を得る事は――私は今、誰を思い浮かべようとしたのだろう?
思い出せない / 思い出してはいけない
……そうだ。思い出してはいけない。そうなのだがらこの思考は放棄しよう。私は壊れていないのだから。
師匠が私達にロンドンに着いたことを知らせ、荷物を持つように告げる。私は多くの荷物を持とうとする立香の荷物を一つ奪い、早くホームに出るように立香の背中を叩いた。それを見て「相変わらずだな、君達は」と師匠は年相応の笑顔で笑い、私達に歩みのスピードを合わせてあまり時間差のない状態で列車から降り立った。
ロンドンは変わらず人が多く、それを見て辟易するが、そんな私を見て師匠は「この程度で嫌な顔をしてはこれから上手く行かないぞ」と今度は意地の悪い笑みを作る。揶揄われるのはあまり好きではないのだが、この師匠相手ならば不思議と嫌な感覚は無い。
嫌な感覚が無い理由は鈍い私でも理解ができる。現状に対する不満はなく、大切な相手と共に同じ目標を目指すのはやはり楽しいと言えるものだからだ。こんな私でも大切な居場所を得て、これから多少は変わっても優しさに満ちた空間で私は
誰とも代え難い、大切な二人と共に。
「違う」
これは、違う。
苦労はあっても苦痛が無く。
不安はあっても不満が無く。
歓喜はあっても悲歎が無い。
思い出したくなくとも、失うことはあってはならないものが今の私には無い。それをようやく分かり始めたのにも関わらず。無くすと今まで積み上げたものも無意味と化すにも関わらず。今の私にはそれが喪われている。
だから私は、壊さなくてはいけない。
「どうかしたか、我が上弟子?」
「どうしたんですが、虞さん?」
例えそれが、悪意の無い幸福な夢だとしても。
◆
ある時の夢の続き。
私は元の記憶をある程度取り戻し、立香……藤丸立香(私と過ごしたマスターではなかった)と師匠……司馬懿ことライネスと、途中合流したグレイや本物のエルメロイ2世などと共に、先の道を開くための手掛かりとなる失われた記憶を取り戻すために奔走していた。……グレイについて少々気になることがある。彼女が万が一カルデアに来た場合、アルトリアに関しての扱いが複雑と言える。どうも本人自身も己の顔に思う所があるらしいので、私では扱いは難しい所である。
ともかく、理由と動機は不明ではあるが、藤丸立香と私の記憶が失われている――もとい改竄されているらしいので、記憶を求め様々な所に行っているのだが……
『虞よ……
『やぁ、見るがいい虞! お前のために花冠を作ったぞ!』
『いくら貴様らが虞を愛していようと、我が
『虞よ。オムライスにはハートを書いてくれ』
今回犯人は絶対許さないと心に決めた。
与えられる記憶。記憶。記憶……そのどれもが「絶対に項羽様はこんなこと言わない」というようなシチュエーションを捩じり込んでくる。項羽様をなんだと思っているのだろうか。
エルメロイ2世曰く、犯人は善意の中で私とマスターに記憶を改竄させようとしている可能性があると言う。つまりは犯人にとって“カルデアで項羽様と共に過ごしている”というのが私にとっての幸せだと認識しているのだろう。……それ自体に間違いはないだろうが、もう少し項羽様らしさはどうにかならなかったのだろうか。いえ、項羽様らしさがある記憶であれば騙されるので良かったのかもしれない。
と、とある記憶を取り戻す(?)と、頭を抱える私に対し藤丸立香が心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか、虞美人さん?」
「ええ、大丈夫よ。項羽様はオムライスには“我愛你”って書かせるわ。偽物の記憶になんて騙されないわ」
「エルメロイ2世さん、師匠! 多分ですけど虞美人さんの精神が混濁しています!」
この後しばらくの安静を命じられた。……振り返るとなにを言っているのだろう、私。と頭を抱える破目になった。
◆
「なに、嬉しかったんだよ。弟子を二人も得る、なんて今までになかったからね」
ある時の夢の終わりに。だからこそまたいずれ会おうとライネス……師匠はそう言った。
私やマスター、エルメロイ2世を揶揄う時は小悪魔的に。だが時折見せる表情は少女らしさも存在していた。エルメロイ2世は「いつもより棘が取れて楽しそうだった」と、どこか昔を懐かしむような曖昧な表情でその時の事を評していた。
彼女と過ごした日々は短くはあった。だが、未だ記憶の混同があり、不思議と師匠と弟子として過ごしたという感覚が私の中に残っているため、彼女のことを師匠として慕っている感情が何処かにある。ムネーモシュネーとやらは随分厄介な
しかし、善意による記憶とは言えこのままでは困る。なにしろあの時の藤丸立香とここにいるマスターは別人……つまりは私の事情など知らない。あの特異点やムネーモシュネー自体がこのカルデアでは観測されていないのだ。
このままでは、
「ねぇ、後輩弟子。師匠は見なかった?」
「え、師匠ってスカサハさんですか? それと後輩弟子って……?」
「なにを言っているの、ライネス師匠よ。師匠が居なければヒロインXが増殖して私達に襲い掛かってきた時も助からなかったし、第七特異点の弁慶の増殖も助からなかったじゃない」
「虞さんがシュメル熱再発した!?」
などという訳の分からない会話が為されてしまう。というより若干あの特異点の記憶と現実が混濁してどれが正しい記憶か危うい所が僅かではあるが、残っている。……ガウェインって夜に戦ったから3倍の強さじゃなかったのは本物だったかしら。……いえ、これは只の願望ね。落ち着くのよ、私。落ち着けば偽物の記憶は違うと分かるから、落ち着いて記憶を整理するのよ……
と、今後に対する対策を考えていると、自室の扉がノックされた。……誰かしら。今は誰とも会いたくないのだが、自室に籠る私に誰かが心配しに来たかもしれないと思うと、対応しない訳にもいかない。とりあえず暫く放っておいてほしいと伝えようと、扉を開ける。そこには……
「ふふ、と言うわけで召喚された司馬仲達こと、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテの擬似サーヴァントだ。安心したまえ、マスターには誤魔化しているが、キミはあの時のキミだろう? 私は記憶は引き継いだ状態だ。これからよろしく頼むぞ、我が上弟子?」
……こういう時はどういう表情になればいいのだろう。
師匠……もとい心の底から楽しそうなライネスを見て私は頭を痛めた。
ついでに唐突に表れた義妹に、事情をまったく知らないエルメロイ2世はしばらく倒れる破目となったとだけ言っておく。
おまけ
~もしバルバトス戦の時読んだ記憶が人類悪のモノだったら~
「ようく思い出してくれ! 私の宝具のために、魔術で記憶を抽出す――」
『おい、いい素材を落とすぞ!』『狩れ!』『絆の力で蹂躙するぞ!』『一撃必殺を心掛けろ!』『どうせ一撃なんだから体力なんて関係ない!』『おお、生きていてくれて嬉しい。まだ殺せる』『ああ――無論、無論、無論、無論、最ッッ高に楽しいとも!』『あの朝日がお前の最後に見る太陽だ』『悲しみの力で復活? ――よし』『お前もっと悲しめ』『もっと林檎を……無ければ虹の林檎を……』
『全柱終わってしまったか……殺したかっただけで死んでほしくはなかったのに……』
「………………」
「師匠? どうしたんですか師匠?」
「……弟子。この戦いが終わったら……私はキミに戦いを挑もう。それが師匠としての最後の務めだ」
「師匠!?」
さすがにこのイベントは人理修復前マスターでは記憶が無いので人理修復後マスターに。ちなみに虞美人さん=芥ヒナコは結び付かないです。
そして虞美人さん自身は今回の師匠と弟子の関係は案外楽しい経験だったと思っているかと。嫌々とは言いますが、それなりに仲良くやってます。
エルメロイ2世にとっては唐突に表れた義妹。しかも色々な意味で天敵と言える存在と
ついでに書かれていませんが唐突に顔が苦手な弟子も来ているという。
おそらく今後他の弟子が来るのではないかと頭を悩ませます。