例に漏れずオリ主×ump9で今回はGLとなります。苦手な方はご注意ください。
瓦礫でいまではボロボロとなった街で、一つの人影がぽつんと立っている。少女は武装しており、ただ虚空を見つめるばかりだ。
「やはり天才だ!」
「ここ数年、いや、今世紀で最高の画家だ!」
高級そうな黒服に身を包んだ男たちが、それが描かれた絵の前に立つ女性に賛辞の言葉を並べ立てる。胸にクロエと描かれた名札をつけた彼女は、作り笑いを顔に貼り付けていた。
しかし、男たちはそれがこの場における緊張によるものではなく、ただ気まずいだけであることに気がつかない。
違うな
クロエは心の中で、後ろにある絵画を破り捨てたい気持ちになる。この絵は彼女にとっての失敗作だった。しかし、男たちは満面の笑みを浮かべながら近寄ってくる。
彼らの目には絵画は入っていない。彼らは、この話題の絵画の良さがわかる自身のことしか目に入っていないのだ。
「それでは仕事がありますので失礼いたします」
クロエは軽く一礼して、バックヤードへと逃げ込むように入っていく。控室に入って男に媚びを売るドレスを脱ぎ捨てて普段着になったころには、心のもやもやが少し晴れた気がした。
「よし、旅に出よう」
誰に向かってでもなく、クロエはそう呟いた。
しかし、その言葉を聞き逃さない者がいた。
「先生、またですか!ダメですよ!」
クロエは彼女のことをディーラーさんと呼んでいる。
「また一か月……いや一年後くらいに連絡するわ」
「ああもう!今度という今度は逃しませんからね!」
ディーラーさんは黒服にサングラスをかけた男たちで扉付近を固めた。
「それじゃあね」
クロエはためらいなく旅行かばんを窓ガラスへと投げる。衝撃に耐えきれず粉砕された窓から、彼女は飛び出していった。
「ちょっと!ここは二階ですよ!?」
ディーラーさんは窓へとかけよる。下の方を見れば、無傷のクロエが服についた土をはらい、人混みへと消えていくところだった。
ディーラーさんは、この日また逃したのかと上司に怒られ、家で一人やけ酒を呑んだ。
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「くーーっ!やっぱり朝の空気はおいしいわ」
テントから出たクロエは朝の澄んだ空気を肺がいっぱいになるまで吸い込む。たき火の跡を片付けて、再び火をつける。
手慣れた手つきで火を起こした彼女は、コーヒーを淹れ始めた。
「まったく、お金に困っていない点だけは感謝しないとね」
クロエは電子マネーの残高を確認する。先日の絵による収入で、もう数年先まで安泰に暮らせそうな資金ができている。
しかし、入金とほぼ同時のタイミングで、その半額以上が出金している。買い物の履歴に残るのは、コーヒー豆などの娯楽品である。
世界秩序の崩壊後、豆の値段は上がる一方で、収入源は減っていく。しかしいつの時代もそれなりに資金を蓄えている人物がいるもので、彼女の絵は飛ぶように売れた。
「今日はどこまで行こうかな」
そう呟きながら彼女は地図を広げた。その地図は、赤と黒の線でエリアが囲まれていた。
「そーれ」
そう言って彼女は小石を地図の上に落とす。小石は落ちた地点から少し転がり、黒の線が赤の線で上からなぞられたエリアで止まった。
「戦闘後の街か、最近は描いてなかったしちょうどいいかも」
手早く荷物をまとめて、リュックサックに詰め込んだ。はたから見ても重いと分かるリュックを、クロエは軽々と背負った。
彼女は一人で歩いていく。風が荒れ果てた街を吹き抜け、この街に似つかわしくない美しい金髪をたなびかせた。
=*=*=*=*=
「おっとこれは……」
クロエは瓦礫の中から何かを見つけた。それは、人間の手に似ていた。
「こんなところに人間の死骸?」
クロエはその手を引いてみることにした。すると、案外簡単に肘までがちぎれた。
クロエはまじまじと手を見つめる。
「造形物……じゃなくて人形か」
彼女の視線はちぎれた肘で止まっている。そこからは、明らかに人間の物ではない内部構造が見えていた。
彼女はリュックにそれを詰め込んだ。その一本の手だけで数種類の絵を描けると思ったからだ。
「さてと、進みますか」
再びリュックを背負い直し、再び歩きはじめようとした、その時だった。
「返して」
瓦礫からそんな声が聞こえた。
「返して、返してよ!」
悲痛な叫びが、先程の瓦礫の山の中から聞こえてくる。
「……まさかまだ動けるとはね」
クロエは声の聞こえる方へと近づいていく。
そこには、身体の半分以上を瓦礫でつぶされた少女がいた。ボロボロの右手をクロエのほうへと伸ばし、傷ついた右目に狂気を宿しながら、一心不乱にクロエへと訴えてくる。
クロエは少し悩むそぶりを見せて、リュックからあるものを取り出した。
「……ちょっと動かないでね」
「返し……えっ?」
クロエはリュックから取り出したクロッキー帳に、彼女の姿を描き始めた。
ものすごい速さで線を描いていく。やがて線の集合は形を成していき、数分後には、なにかを渇望する少女の姿がクロッキー帳に出来上がっていた。
少女はクロエの言葉に従い、動かない。いや、動けない。彼女は命令を最優先でこなすように設計されているからだ。
「うーん、ダメね」
クロエは自分の描いた絵を見てそう呟く。そしてためらいなくその絵を切り取り、丸めて捨てた。ただのゴミとなったそれは、風に吹かれて何処かへと飛んでいった。
後日、たまたまそれを拾った人形がちょっとした小金持ちとなることを、彼女は知らない。
=*=*=*=*=
「ね〜そろそろ返してよ〜」
あれから数時間が経過していた。クロエは折りたたみ式の椅子を取り出し、多種多様な方法で少女のことを描き続けていた。しかし、納得のいくものは一枚もなく、そのほとんどがたき火の燃料となった。
「ねえ?聞こえてるんだよね?」
左腕を取られたままの少女は、若干涙をうかべながらそう言う。
クロエはしばらく固まる。そして手に持った筆を置いた。
「あの……ごめんなさいね?」
完全に少女がまだ動いていることを忘れて絵に没頭していた。再び少女に近づき、上に乗ってる瓦礫に手をかけた。
華奢な女性なら持ち上げることは不可能であろう瓦礫が、簡単に押しのけられる。数分もせずに少女を押しつぶす瓦礫は取り除かれた。
「ふう、久しぶりにこんなに力を使ったわ。あなた、運が良かったわね」
全くもってその通りだと少女は思った。この女性に見つからなければバッテリー切れまで延々と続く痛みを感じ続けなければいけなかっただろうと考えたからだ。
「あ、あなたは?」
「あら、名前を聞くときは自分からというのをご存じでない?」
「えっと……私はump9-3。戦術人形だよ」
「よろしい。私はクロエ、しがない旅の絵描きよ」
満足そうに頷くと、クロエはそう言った。ump9-3と名乗った少女は首をかしげる。
「一般人ではないよね?人形……ではないとすれば義手?」
「何を考えているのか知らないけど私はただの一般人よ。正真正銘の純度100%のね」
「そんな……でもあんな怪力まるでゴリ——」
「おっとその先は気をつけて言いなさいよ?でなきゃまた瓦礫を上に乗っけて去ることになるわ」
「ひい!ごめんなさい!」
「……いやそんなに怖がらなくてもいいじゃない。それより、ump9-3って言ったわよね?ump9はどこ?置いていかれたの?」
クロエは画材の手入れをしながら尋ねる。少女はしばらく俯いたあと、口を開いた。
「知らない」
「知らない?ダミー人形であるあなたが?ということは死亡という訳でもないでしょうし……通信の途絶ってとこかしら?」
「……やっぱり一般人じゃないよね?」
「なんでよ」
「どうしてダミーリンクシステムについて詳しいの?」
クロエの作業の手が止まる。顔にはわかりやすくしまったという表情が出ていた。
「あーえっと、そのね?以前軍にいたりしたこともあったけどね?今は本当にただの一般人だから?」
「どうして疑問形なの……。それより、これからどうするつもりなの?」
「どうってまた次の場所に行くけど?」
「えっと……その……」
「どうしたの?」
「わ、私も連れて行ってくれないかな?」
「ええ、良いわよ」
「そうだよね、やっぱ無理だよね……えっ?」
「別に良いわよ?着いて来たいなら」
そういってクロエは画材をリュックにしまうと、それを背負った。
「じゃあ二人旅に変更ね、行くわよ!」
「いや、あの……私、足つぶれてるんだよ!?置いてかないで〜!」
クロエが少女の叫びに気づくのは、数分後だった。
ump9-3:ump9の二体目のダミー人形。彼女は正常に作動するシステムを持っているが、ボディの方でいくつもの損傷がある。