一枚の絵【完結】   作:畑渚

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十枚目 最後の一枚

 「さあ今晩のオークションの大目玉。次はあの伝説の絵描きによる最新作です!」

 

 騒ぎ立てるほど無粋な者はこの場には存在しなかった。皆がみな、息を飲んで備える。中には、周りの者へと牽制とばかりににらみつける者もいた。

 

 司会者がその絵の布を取り去る。

 

 

 会場から声が消えた。誰もがその絵に目を奪われていた。その絵はただ夕焼けの中を帰る二人の男女だった。言葉で書くと味気なく見えるその絵に、誰もが執着した。

 

 プライドなんてものもない。誰もが自分の出せる限界まで出して落札しようと戦った。それは金銭による戦争だった。誰もがその絵に惹かれ、その絵を手に入れようとした。

 

 

 落札額は、絵画においての最高額を塗り替えた。絵を手に入れた彼は、ほぼ全財産を失ったが、その後の人形ビジネスで大成功を収め、大富豪の仲間入りをしたというのはまた別の話である。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「ねえ!この絵って私たちだよね!?」

 

 少女は新聞に載っている絵を指さしながらそういった。

 

 「だろうな……恥ずかしい」

 

 「でももしかするとこれのおかげでお店が儲けるかも」

 

 「さすがにそれはないだろー」

 

 男はそう言って笑った。

 

 

 それから数日後、彼らの店が今まで以上の売上を記録することを、彼らはまだ知らない。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 その絵描きは、珍しくも生前から絵が売れた。しかし、最初からその絵描きに実力があったのかといえば、嘘になる。その絵描きは親の権力を使い、自らの絵をオークションに出したのだ。親に媚を売りたい者がこぞってその絵に金をつぎ込み、まるで人気の絵描きのようになった。

 

 しかしある事件の後、絵の出品がピタリと止まった。突然の失踪を人々は惜しんだ。しかし、すぐに新しい物へと目移りしていき、一度完全にその絵描きは世界から消えた。

 

 数年後、匿名でオークションに出された絵があった。その絵は従軍経験を元に描かれたものらしく、見ただけでも身の毛のよだつほどの戦場が描かれていた。その絵はここ数年の落札価格記録を打ち破り、その絵を手に入れた富豪は新しいビジネスで大成功を収めた。

 

 その絵が件の絵描きのものであることは、一瞬で広まった。世間はその絵描きの絵を求めた。絵描きはその期待に答えようと、数多くの絵を出品した。

 最初にその絵描きがオークション会場からいなくなったとき、出資者たちは気にもとめなかった。彼らには、財の象徴である絵にしか、興味がなかった。

 

 

 絵の雰囲気が変わったことを、誰も気が付かなかった。

 

 

 久々に人前に件の絵描きがでたとき、その顔には不満が浮かんでいた。しかし、出資者たちは気が付かない。絵描きの表情よりも、絵の内容よりも、その絵につく値段だけが彼らの興味をひいた。

 

 

 絵の雰囲気がまた変わった。

 

 

 出資者たちはこぞってその絵を買い求めた。誰もが、その絵を毎日眺めていたいと思った。その絵が、直接訴えてくるようだった。

 

 オークション会場に絵描きが来ることは無くなった。しかし出資者たちは気にすることがなくなった。不定期に送られてくる絵だけが、絵描きの生存を確認する術だった。彼らの興味は絵描きの人物像でも、絵の価値でもない。描かれた絵の内容だけを彼らは求めた。

 

 

  =*=*=*=*=

 

 

 「はぁ、やっぱり█████産のコーヒーは美味しいわね」

 

 クロエはマグカップを傾けながら、眼下に広がる廃虚街に目を向ける。

 

 「よしっ、描くとしますか」

 

 無造作に筆をとると、自由にキャンバスに走らせる。クロエの顔には紛れもない笑顔があった。彼女は絵が描くのが楽しくて楽しくてしょうがないといったようだった。

 

 

 「うん、なかなかの出来栄えね」

 

 数時間後、動き続けていた筆がとまった。目の前には、彼女の感性を満足させる絵が出来上がっていた。

 

 「クロエ、新しい絵ができたの?」

 

 「ええ、どうかしらこれ」

 

 ノエミは目の前のキャンバスへと目を向ける。

 

 廃虚街にポツンと一人の人影が描かれただけのそれは、絵の完成度として素晴らしいの一言で言い表せた。

 

 しかし、ノエミには別に感じることがあった。それは叫びだ。描かれた人物が、ノエミに対して訴えかけてくる。

 

 

 「ノエミ?大丈夫?」

 

 「うん、大丈夫だよ」

 

 ノエミは座っているクロエに後ろから抱きつく。絵の具の匂いが、ノエミの鼻をくすぐる。

 

 「ちょっと、汚れるわよ?」

 

 「えへへ大丈夫だよ」

 

 「まったく。よし、それじゃあ帰りましょうか」

 

 「うん!」

 

 二人は車に乗り込み、家へと帰る。二人だけの家に。

 





 ここまで読んでくださりありがとうございます。無事、この作品でも完結をつけることができました。これも皆さんが応援してくださったおかげです。

 そして、この作品をもって一度、「少女隠線」から続く作品群を閉じさせていただきます。気づけばもう5カ月近く続けていました。初投稿のときを懐かしく感じてしまいます。
 そしてすでに気づいていらっしゃる方がいると幸いですが、新作品を投稿させていただいています。作品の主人公はいつもどおりなのでわかりやすいですかね?

 ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。今後も畑渚を
よろしくおねがいします。それではまた次の作品で会いましょう。

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