「これで分かっただろ、俺とあんたたちは住む世界が違う。治療してくれたことには感謝する。出ていくから、ここに運び込まれた時に持っていた物を返してくれ。」
幸人は絶句する士郎たちをよそに行動を開始する。そんな様子の幸人に士郎は苦虫をかみつぶしたような顔をする。自分の娘と同じ年の子供が歩んで来た現実の過酷さと、家族のためには幸人をこのままここに置いておくことはできないことに苦悩しているのだろう。そんな士郎の様子に幸人はクスリと笑う。そんな中、またしても予想外の存在がその空気をブチ壊した。
ガチャ
「ねえ、もうお話終わった?お母さん、お昼ご飯はまだ食べないの?もう2時になっちゃうよ?」
ドアを開けて入ってきたのは栗色の髪の女の子、なのはと言われた少女だった。なのはは幸人に目を向けると笑顔になる。
「私、高町なのは。私立聖祥大附属小学校2年生。君は?」
「最上幸人。」
この家族は一人一人に名前を教えないといけないのか、などと考えだす幸人だった。なのはの登場に、絶句しうつむいていた桃子は顔を上げる。
「あら、もうこんな時間ね。すぐに作るわ。幸人君もお昼くらい食べていってね。」
そう言うと桃子は、つらそうな笑顔を見せながらなのはを連れて部屋を出て行った。
二人だけとなった部屋を沈黙が支配する。
「君は人を殺したことがあるかい?」
そんな中、士郎が真剣な表情でそう問いかけてくる。
「いや…、一度も殺しはしていない。その行為自体には非常にそそられるものがあるが殺人はしない。人間は一度しか人を殺せない。人間はみな一度だけ自分を殺す。その一度だけしか人は人を殺せないんだよ。殺人を犯した者、人を殺した者はその時点で人としての死を捨てることになる。それは、人としてすべてを捨てることと同義だと俺は思う。俺はそうはなりたくなかった。だから俺は組織にいたころから一度も殺人だけはしていない。」
「そうか…。(殺人という行為にそそられるとはずいぶんと歪んでしまっているな。だが、殺しだけは絶対にしないだろう。死と殺人ということの概念と罪深さを理解している。そしてその信念を貫く強さも持っているようだ。しかし、こんな子供がこんなことを考えなければならなくなるような世界にいるのか)」
幸人の話を聞いて士郎の表情は若干和らいだようだったが、その中にはつらさや悲しみといった感情も含まれていた。
「さて、行くか…。」
「…いや、昼食ぐらい食べて行ってくれ。」
幸人のつぶやきに士郎はそう返す。幸人は士郎の言葉を聞いていぶかしげな表情になる。
「俺という存在の危険性、俺がここにいることによる危険性、それらはもう十分に話したはずだ。すぐにでもここから追い出すのが最良のはず…。あんたはいったい何を考えている。」
「しいて言うなら罪滅ぼし…かな。君みたいな子供が裏の世界で苦しんでいるというのに何もできず、君をこの家から追い出すしかできない自分の無力さに対するね…。」
「ハッ!いいんだよそれで。あんたには家族がいるんだ、その家族を大切にすることは当然のことだろ。何にも間違っちゃいない。……まあ、それであんたの気が晴れるんなら飯ぐらい付き合ってやるよ。手当てしてもらった借りもあるしな。」
「フフッ、ありがとう。」
そう言って、恥ずかしそうにそっぽを向く幸人と、嬉しそうに笑う士郎は昼食を作っているだろう桃子たちのところへと向かうのだった。
士郎に先導されリビングに入るとそこには既に昼食が準備され、桃子となのは、黒髪の青年と、その青年より若干と下だと思われる黒髪をお下げにした女性が二人を待っていた。
「紹介するね、息子の恭也と美由希だ。この子は最上幸人君だ二人とも。」
「高町恭也だ。」
「高町美由希だよ、よろしくね。」
警戒心を隠そうともせずにぶっきらぼうな恭也とフレンドリーな美由希。
「ああ、ドアの外と窓の下にいた二人か。」
「!!気付いていたのか。」
「それくらいできないと3日と持たない世界に居たんでな。」
幸人の言葉に驚きを隠せない恭也と美由希。
「お兄ちゃんたちの話はよく分からないけど、終わったならご飯食べようよ。なのは、もうお腹ペコペコ~。」
話をよく理解できなかったなのはがしびれを切らしたのか食事を催促する。
「そうだね、それじゃあ食べようか。いただきます。」
「「「「いただきます。」」」」
「…いただきます。」
士郎の号令をきっかけに食事が始まる。幸人も料理をとり口へと運ぶ。
「うまい…。」
それは、幸人の口から思わずこぼれた言葉だった。
「そうだろう!うちの奥さんの料理は世界一なんだ。」
「もうっ、あなたったら!。」
惚気る士郎と照れる桃子
「心して食べるんだな。」
「恭ちゃんったら、そんなこと言わないの。」
勝ち誇ったような恭也と、そんな恭也を苦笑しつつも諌める美由希
「お母さんの料理はとってもおいしいの!」
無邪気に笑うなのは
笑顔にあふれた暖かな食卓。自分が夢見た光景が、あこがれ続けた家族の姿がそこにはあった。
「幸人君、どうかしたの?」
「?」
隣に座っていたなのはが声を掛けてくるが、なのはが何を言っているのか分からない幸人は不思議そうな顔をする。
「幸人君泣いてるの。」
「え…。」
自分のほほに触れる。そこは確かに涙でぬれていた。
「なっ、何でもない。」
「本当に大丈夫?」
荒っぽくその涙をぬぐうが涙は止まらず、俯いて涙をこらえる幸人。そんな幸人を見たなのははオロオロしている。高町家の皆は、そんな幸人たちの姿を温かく見守るのだった。
食事が終わり、幸人は士郎から武装などを返してもらい出立の準備を整え、その姿は高町家の人達とともに高町家の門の前にあった。
「世話になったな。」
「うん、気を付けてね。」
「次に会った時は手合わせしてもらうとしよう。」
「元気でね。」
「また家のご飯でも食べに来てね。」
「ああ。」
一言そう返すと幸人は高町家に背を向け歩き出す。
「幸人君!またね!」
その背中に向かって手を振るなのは。幸人は振り返ることなく背中越しに手を振りかえしながら去って行った。
(すっごく綺麗な子だったの。でも…、とっても寂しそうな眼をしてた…。次に会えた時は友達になれるといいな)
去って行った幸人を思い返し、そう思うなのはだった。
式要素を入れてみました。少し無理やりですがそうなんだと思ってください。
次回より本編突入です。