右腕のモーションからラービットが殴りつける攻撃を仕掛けようとしてると瞬時に判断した天音はあえてそこから動かず、カウンターを狙った。
(ここ)
ラービットの叩きつけるような殴りつけを天音はタイミングよく難なく身を引いて回避し、殴りつけによって生じた隙目がけて左手に構えた孤月をその太い腕に向けて振るった。
攻撃は当たったものの、切れた感触は無かった。ラービットの腕は硬く、孤月の刃は薄っすらと傷を入れるに留まっていた。
「硬い」
ポツリと天音は呟くが、そう言うや否や後方へ大きく跳躍した。その直後、ラービットはその腕を振るって更なる殴りつけへと繋げたが、天音の跳躍はその攻撃を回避するためのものであったようでラービットの腕は虚しく宙を切った。
着地と同時に天音は孤月を構え直し、切っ先と視線をラービットへと向ける。
(腕、硬い。攻撃手段、主に腕。まずは、腕、斬り落とす)
天音がラービットの腕を斬り落とすと決めたのとほぼ同時にラービットが再び突進してきた。左右の違いはあれどもモーションはさっきの殴りつけと同じなため、タイミングも同じだろうと予想した。
そしてやはりラービットはその硬い腕をふんだんに活かした殴りつけを再び繰り出してきた。
天音は先程と同じ、いや、それ以上にタイミング良くその一撃を回避する。ただし今度は身を引くのではなく、ラービットの懐に身を屈めて潜り込む形だ。
再び殴りつけによって生じた隙に、天音は孤月を突き出した。ラービットの腕と本体を繋ぐ肩の部分にヒットしたその一撃は先程とは違い、ずぷっ、とした感触と共にラービットを貫いた。
本来、ラービットの装甲は腕が最も強固なのだが、天音は予想を立てた。
(関節、硬かったら、腕回せない……、よね?)
天音の目論見通り、その腕を振るうための関節部分は腕の装甲ほどには硬くなかった。
天音はその刺突から更に攻撃を繋げる。
ほんの一瞬だけ脱力した後、ギリっ、と奥歯を噛み締め、逆のVの字を描くように鋭くキレのある斬撃でラービットの腕を切り落とした。
「まず、一本」
ここで天音はまたラービットから大きく距離を取るように後方へ跳躍した。
(一本、とったけど、見たことない、トリオン兵。だから、もう少し、パターン、見よう)
着地までに天音は
着地と同時に、今度は天音から攻撃にでた。剣先をラービットから外し地面に向けた状態で一気に距離を埋める。
トリオン兵の動きは一見動物的だが、実際はプログラムに沿った理にかなうものである。
天音に腕を切り落とされプログラムが変化したのか、下段からの切り上げを放つ天音に対してラービットは殴りつけではなく頭突きでそれを相殺した。
(一撃、やっぱり重い。でも、頭は、腕ほど、硬くない)
ラービットは続けて腕による横薙ぎの一撃を放つが、天音は柔軟な身体を活かして思いっきり体勢を低くして回避する。
横薙ぎによってラービットにはガラ空きと言っても良いほどの隙が生まれたことを天音は見逃さずラービットの両脚を真一文字を引くように孤月を振り抜いた。
だが、
(目測、緩い。浅い)
その斬撃は浅く、ラービットの装甲を薄く切るに留まり切断までは至らなかった。
そこから追撃をかけた天音だったがそれは叶わなかった。
天音が振り抜いた孤月を次の一撃へと繋げるとほぼ同時に、ラービットも振り抜いたその拳を天音に向かって再び向けた。ラービットの一撃に孤月による斬撃を軌道修正して合わせた天音だったが、こればかりは悪手であった。
「っ!」
莫大なトリオンをつぎ込んでいるトリオン兵ラービットの膂力は並大抵のものではなく、その拳と天音の剣撃では単純にパワー勝負となり天音は押し負け、とんでもない速度で訓練室の壁まで吹き飛ばされた。
ゴッッ!
勢いよく壁に叩きつけられた天音だが、
(パワー、すごくある)
痛みを気にすることなく、冷静に自身の頭にインプットした。
天音はトリオン体に設定できる痛覚設定を限りなく低く設定しているためダメージらしいダメージは感じてはいないが、こうして叩きつけられると大きな隙には繋がるから気をつけよう……、と思う程度にはラービットのパワーを認識した。
(脚は、そんなに硬く、ない。あと、分からないのは、背中、と、お腹、と、…耳?)
天音は遅れながらも、ラービットの頭の両サイドに付いているレーダーの役割を果たす部分に気が付いた。大規模侵攻時にラービットと戦闘した風間はその部分を『耳』としたが、天音は耳とするか触角と判断するか迷い、とりあえず耳だと判断した。
態勢を立て直さない天音を見て追撃のチャンスと判断したのかラービットは猛然と突進し距離を埋める。
(これは、頭突き。躱して、そこから、残りの、強度、調べる)
ラービットを睨み付けた天音は一層集中して構え直した。
*** *** ***
玉狛支部のリビングにて、烏丸は三雲に対して地木隊についての説明を続けていた。
「地木隊はお前がボーダーに入隊する少し前…、それでいて荒船さんが攻撃手から狙撃手にポジション変えをした少し後の頃の時期までボーダーにいたんだ」
「えっと、僕がボーダーに入ったのは半年ほど前で、荒船さんのポジション変えがあったのは確か8ヶ月前でしたよね?となると、だいたい7ヶ月くらい前までってことですか?」
「そうなるな」
烏丸は休憩用にと言って出した紅茶を一口飲み、話を続ける。
「どんなチームだったかを一言では説明できないが、まあ、悪くはないチームだな。最高でB級2位、最後のランク戦も3位で終わってたはずだ」
「えっ、2位!?ですか!?」
2位という順位に三雲は素直に驚いた。
現在三雲率いる玉狛第二はランク戦の途中ながらも順位は8位。最終順位では無いが、現時点で自分達よりも強いということになる。
「ああ、2位だ。しかもその時点でまだチームとしても各個人としても成長途中で、周囲は末恐ろしい奴らだと口を揃えて言っていたよ」
「…成長途中」
そう言われた三雲は改めて地木隊の集合写真を見る。
「…なんか、その、すごく若いチームですもんね」
「…。確かみんな今15、16だったはずだから、まあ、若いな。というか、見た目の年でいったらお前らの方がよっぽど幼く見えるからな」
写真を見たまま冷や汗を流して固まった三雲に対し、とりあえず紅茶飲めと小さく烏丸は促した。
紅茶を一口飲んだ三雲は、疑問に感じていたことを烏丸に尋ねた。
「…地木隊は、なぜ今いないんですか?」
あまりにもストレートな言葉に烏丸はどう答えるか迷った。何故なら烏丸自身も地木隊が休隊している本当の理由を知っている訳ではないからだ。
烏丸は迷った末に自分が見聞きした中でも有力な噂を三雲に伝えることにした。
「…あらかじめ言っておくが、俺もその本当の理由は知らない。だから、俺が今から言うことはあくまで『そうらしい』話だってことだからな」
「…はい!」
三雲は姿勢を正して、烏丸の言葉を聞いた。
「…彼らが休隊した理由。それは…」
*** *** ***
「…ん?」
訓練室に到着した空閑と林藤支部長が目にしたのは、立ち尽くす茶野隊の2人、続いてラービットとソロ戦を繰り広げている黒髪の正隊員の姿だった。
「…君ら、茶野隊だよな?」
訓練室に入ってきた空閑と林藤支部長に気付かない茶野隊2人に向かって、林藤がそう声をかけた。
「そうです…、って、あ!林藤玉狛支部支部長!お疲れ様です!」
2人は振り向くなり林藤に挨拶をして頭を下げた。
それに対して林藤は手を振りながら、
「あー、そういう固い挨拶はいいから。楽にしていいぞ」
と言い、それに続けて、
「んで、今のこれはどんな状況な訳だ?」
林藤と空閑としては茶野隊がラービットと戦っているものだと思っていたため、それと異なる現状に対して説明を2人に求めた。
2人の説明によれば、先客であるあの黒髪の隊員が先にラービットとの戦闘を始めてしまったらしい。
すみませんと頭を下げる2人に、「別に気にするな」と林藤はなだめる。
「……………」
一方空閑はというと、ラービットと戦う正隊員の姿をじっと見つめていた。
「…お、どうした、遊真?」
林藤が声をかける。
「…いや。あいつの動き、なんか変だなって思って見てた」
「変?」
遊真は自分が感じている違和感をできるだけ上手く伝えようと言葉を選び考えた。
「…ラービットの動き出しと、回避動作が、どこかちぐはぐしてる。…攻撃が来てから避けるんじゃなくて、攻撃が来る前に回避が始まってるようにみえるよ」
(回避動作がいい意味でズレる?)
空閑の言葉を聞き林藤は、もしやと思い当たる節があった。
林藤はラービットと戦う正隊員の顔を、よくよく眺めた。
その顔に林藤は覚えがあった。髪型が7ヶ月前と変わっているためすぐには気付かなかったが、彼女は紛れもなく、
「天音、だな」
林藤はもとより、本当にごく最近入隊した者を除けばボーダーのほとんどの隊員が知っているであろう地木隊のメンバーだった。
林藤が呟いたその名前を空閑は反芻する。
「アマネ?」
「ああ。あの子は、天音神音」
「アマネ、シオン」
鸚鵡返しで呟く空閑に向かって、いや、やはりただただ呟くように林藤は言った。
「…そうか。やっぱり君らは戻ってくることを選んだんだな」
そしてそうこうしてるうちに、ラービットと天音の戦闘は最終局面を迎えた。
*** *** ***
(一番、硬いの、腕。次に頭と、背中。足と、耳、硬くない。お腹、一番脆い。もう、十分)
殴りつけ回避のために崩された態勢を立て直し、孤月を逆手に構え直し、再びラービット目がけて距離を詰める。
(決める)
ただし、その速度は今までよりも早い。
天音はもう決めにかかる気でいたし、その戦闘を見ていた者はなんとなくでもその事を察した。
だが幾ら素早くとも、そのルートはラービット目がけて直線である。これまでの戦闘から天音はラービットは迎撃(カウンター)を選択すると踏んだが、その予想は正しくラービットの腕が殴りつけのモーションに入る。
しかし、そんなのお構い無しと言わんばりに天音はその速度を緩めず、防御も回避の素振りも見せない。
そしてラービットの拳が天音に直撃するその瞬間、
「ここ」
小さく呟き、その姿が消えた。
ラービットの拳は止まらず、地面を強く殴りつけた。
それとほぼ同時、ラービットの背中にある隙間に天音の孤月が差し込まれた。
天音はこれまでの戦闘で、一定時間近距離にいた場合と背後を取った場合にラービットが高電圧による反撃を出す事を看破していた。だから天音は間合いを詰める前から、決めるならその技は速攻のモノにすると決めていた。
ラービットの背中に孤月を差し込むのと並行して、孤月のみに許された専用のオプショントリガーを発動させた。
「『旋空孤月』」
鍔のない日本刀を模したトリガー『孤月』。その孤月にはリーチ拡張のためのオプショントリガー『旋空』がある。
ラービットに突き刺さった天音の孤月は施空より、ラービットの内部を抉りながら拡張した。
だが天音の攻撃はここで終わらない。その突き刺した背中の隙間に沿い、刃の向きへと孤月を振るった。
ザシュン!
と、どこか小気味好いとも取れる音と共に孤月が振り抜かれ、ラービットの首部分が斬られて取れかかった状態になった。そこから孤月の柄を器用に、それでいて素早く回し刃と峰の部分を180度入れ替えた。その状態で天音はその前の自身の刃の軌道をなぞるように孤月を振るい、今度は完璧にラービットの首を斬り落とした。
ゴトン、と音を立ててラービットの首が落ち、それに続いてラービットの身体が前のめりに倒れ落ちた。その鮮やかと言ってもいい切り口からは大量のトリオンが漏れ出ており、もう勝敗は明らかである。
倒れたラービットの背中から下りた天音は施空を解除し、何かを確かめるように3度ほど孤月を振るい、それから右腰の鞘に収めた。
まるでそれを待っていたかのようなタイミングで、無機質なアナウンスが流れる。
『ラービット撃破。所要時間2分54秒』
天音の勝利が、このアナウンスによって確定した。
設定していたのは一戦のみであったので、仮想訓練モードがこれによって解除されていった。
その効果音に紛れ、誰の耳にも届いてないであろう小声で天音は言った。
「…おしまい」
と。
戦闘中からその最後の一言を言うまで、天音は終始無表情であった。
*** *** ***
「テレポーターで背後取ってからの施空孤月か。相変わらず鮮やかなモンだな」
「…テレポーター?」
林藤が天音の戦闘を見終えてから言った簡易な解説に含まれた1単語に空閑が疑問を示した。
「ん?ああ、遊真は直接見るのは初めてだったか。天音がラービットの背後取るのに使った瞬間移動したトリガーの事だ。便利だが制約も多くて上級者向けのトリガーだな」
「ほうほう、なるほど。いつか使ってみたいものですな」
「あ、それから、遊真が感じ取った違和感の正体、分かったか?」
「いや、分からないままだよ。ボスは知ってるの?」
「まあ、そりゃな」
「ふむ。なら、もう少し考えるよ」
「そうか」
そうして林藤が説明してるうちに、仮想訓練を終えた天音が彼らがいる方へと上がってきた。
小さな歩幅で近づいてきた彼女は林藤と目が合うなり、
「…お久しぶり、です。林藤支部長、さん」
林藤にそう挨拶をして頭をぺこりと下げた。
「おう、確かに久しぶりだな。天音神音ちゃん。君らの隊が休隊して以来だから7ヶ月ぶりくらいかな?」
「(名前、呼ばれるの、なんか、恥ずかしい)…、そう、ですね。その節、は、ご迷惑を、お掛けしました」
一度顔を上げたが天音はそこで再び頭を下げる。そしてやはりと言うべきか、この会話の中でも天音の表情は変わる事なく無表情だった。
林藤は小さく片手を振りながら、
「過ぎた事だしあんま気にすんな。それよりどうだった?さっき君が戦ったラービット」
そう問いかけられ、天音はたっぷり5秒は止まった後、
「私が、さっきまで戦ってた、トリオン兵、の、名前、ですか?」
と確認してきた。
「そうそう」
「…初めて、戦いましたけど、強かった、です。手こずりました、けど、私じゃなく、て、地木隊長と、月守先輩なら、もっとうまく、対処できます」
林藤は天音の言葉に出てきた地木と月守の事を頭に思い浮かべる。
(ああ、あの2人ならそうかもな)
そんな事を考えつつ天音の言葉に対し、
「そうか」
と短く返した。
ここで天音が、チラッと右手首に巻いたリストバンド型の腕時計を見た。
その姿を見た林藤が問いかける。
「誰かと待ち合わせかい?」
「…はい」
少し間を空けて、天音は答える。
「今日、やっと皆、正式に、復隊して、この後集まるんです」
と。
そしてそう言った天音の表情はさっきまでの無表情とは違い、ほんの少しだけ嬉しそうなものだと、林藤にはそう見えた。
そりと同時に林藤は、
(やっぱり復隊するのか)
と、心の中でなんとも言えない複雑な気持ちに見舞われた。
「では、失礼します」
小さな声でそう言った天音は、テテテテテと効果音が付きそうな足取りで訓練室を後にした。
立ち去る後ろ姿を、林藤、空閑、茶野隊の2人は声も掛けずに黙って見送った。
ここから後書きです。
ASTERsの方でもラービット改造して出してくるあたり、私は多分ラービット好きなんだろうなって思います。