「やー、復隊許してくれたしランク戦も途中参加させてくれるとか、忍田本部長はやっぱりいい人だね!」
「本当にそうだよ。あーもー、マジであの人には頭上がんない」
ボーダー本部の休憩室にて、椅子に座りながらどことなく楽しそうに話す2人がいた。
1人は少年。やんわりとした黒髪に、優しげな黒の瞳。背丈は170少々ほどだが、細身な身体つきのせいかもう少し高く見える。中性的な顔立ちの、落ち着いた雰囲気の少年だ。
もう1人は少女。肩まで伸ばし、染めた様子のない綺麗な茶髪。童顔ながらもはっきりとした目鼻立ち。小柄な身体つき。可愛らしい猫目のせいか、醸し出す雰囲気ののせいか、猫を連想させる少女だった。
「まあそれはさておき…。咲耶は利き手複雑骨折したまんまなんだけど、それってトリオン体になるとどーなんの?」
さくや、と呼ばれた少年は負傷して未だ吊ったままの右手を見て答えた。
「あー、ちょっと前に開発室の人から聞いたんだけど、このくらいのケガだったらトリオン体に換装すれば普通に動かすこともできるんだって」
「へー、トリオン体って便利。実戦なら両手使えるってこと?」
「…ま、そうなんだけど、使わずに行こうかなって思ってる」
咲耶がそう言うと、相方の少女は怪訝な顔つきを見せた。
「一応、理由は?」
「大したモンじゃないよ。生身でもトリオン体でも動かすのは俺なんだし、トリオン体の感覚引きずって生身で右手動かして悪化させたら嫌だから」
「…そっか」
その説明を聞いた少女は背もたれにぐぐっと寄りかかる。
「転ぶぞ」
「転ばない」
咲耶は忠告したが、その少女はバランス感覚がいいのか転ぶことはなかった。
「…とか言いつつ、彩笑はどうなの?」
「うん?何が?」
さえみ、と呼ばれた少女は質問の意図が分からず聞き返した。
「7ヶ月も休んで、前と同じように動けるのかって話。彩笑の戦闘スタイルって、案外精密な動き必要じゃん」
「ああ、そんなことね」
「ちなみに神音はそこが不安だから訓練室行ってくるって言ってたけど」
「神音ちゃん、なんだかんだで真面目だねー」
のらりくらりと質問を躱す彩笑に咲耶は再度問い掛けた。
「で、彩笑はどうなの?若干心配なんだけど?」
その問いかけに対し、彩笑はにこりと笑って答えた。
「咲耶はボクを舐めすぎだよ」
と。
そして続けてこう言った。
「そんなに心配なら、今からブース行ってソロランク戦やろーよ。片腕使わないなんて舐めたこと言ってる咲耶には負けないから」
分かりやすい、明らかな挑発。だがその挑発を受けた咲耶は口を綻ばせ笑顔を浮かべた。
「いいね、のった」
そして彩笑に負けず劣らず、挑発するようにそう返した。
勝負が成立したと同時に2人は立ち上がる。ほんの一歩分だけ彩笑が早く動きだした。
先を行く彩笑の後ろをついて行く咲耶は、声をかける。
「…7ヶ月も休んでれば当たり前だけど、やっぱ懐かしいね、地木
普段呼ぶときは下の名前を呼び捨てなのに、どこか皮肉げに呼ばれた彩笑はムッとして、歩きながら反転した。咲耶と目を合わせて、彩笑も皮肉げにこう返した。
「そうだね。こうして
そう言い合う2人の表情は、誰がどう見ても笑顔としか言いようがないほどの笑顔であった。
*** *** ***
(迷った…)
その一方、天音神音は本部内で迷子に陥っていた。方向音痴というわけではないのだが、今回ばかりは仕方なかった。
(地木隊長も、月守先輩も、見つから、ない。休憩室に、いるって、言ってた。けど、どこにもいない)
探すべき2人がどこにも見つからず、途方に暮れていた。
「あれ?もしかして天音ちゃん?」
「はい?」
と、迷子になっていたその天音の背後から、そう声を掛けられた。振り返るとそこには天音の先輩に当たる2人とほぼ同期入隊のメンバーが1人いた。
その3人に天音は声を掛けられたのだから挨拶することにした。以前3人とも会話をした記憶はあった。のだが…、
「(…えっと、名前、うろ覚え、だけど)お久しぶり、です。米原先輩、水出先輩、それと緑くん」
ぺこりと頭を下げる天音だが、
「「「いやいや、皆微妙に間違えて覚えてるから」」」
3人同時に突っ込まれた。
(息、ピッタリ)
最初は間違えていたことに申し訳ない気持ちになった天音だったが、息が合いすぎる突っ込みに感心してしまった。
3人はここで天音にしっかり名前を覚えてもらおうと改めて自己紹介をすることにした。
「オレは三輪隊の米屋陽介だ」
「太刀川隊の出水公平」
「草壁隊の緑川駿だよ」
(ヨネヤ先輩、イズミ先輩、ミドリカワくん、よし、覚えた)
今度こそちゃんと名前を覚えた天音はきちんと3人の名前を言いつつ、
「間違えて、覚えてて、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げて謝った。
ありがたいことに皆いい人(天音の心象的には)だったので、笑って許してくれたようだ。
「ところで、天音ちゃんがいるってことは、あの2人ももしかしているのか?」
米屋が聞こうと思ってたことを素直に聞いた。『あの2人』を地木と月守の事だと判断した天音はコクンと頷いて、
「はい。でも、本部の、どこにいるかは、わからない、です。あと、今日付けで、みんな、復隊、です」
と、小声で答えた。
それを聞いた米屋と出水は小さくガッツポーズをした。
「よねやん先輩もいずみん先輩も嬉しそうだね」
頭の後ろに両手を組みながら緑川がそう言った。
「あったり前だろ。あの2人にはソロランク戦で借りがあんだよ。その借りを返せるチャンスがまた来たんだからな!」
そう意気込んで見せる米屋に、出水も同調する。
「別に負けてる訳じゃねーけど、アレじゃ堂々と勝ったとも言えねーからな」
テンションを上げる2人だが、緑川だけはそれに同調しかねていた。それが明らかに態度に出ていたため、米屋がそこを突いた。
「なんだ緑川。不満そうじゃねーか」
ズバッと言われた緑川は年相応に子供らしく拗ねたような口調で答える。
「不満と言われれば不満だよ、よねやん先輩。だってオレは地木先輩には負けっぱなしでポイント取られっぱなしだから、その…」
「せっかくスコーピオンをマスタークラスまで上げたのにまたポイント持ってかれると思うと憂鬱って感じかな?」
緑川の心象を的確に表した声が背後から聞こえてきた。思わず緑川は振り返り、
「そう!まさに、…それ…」
と言いかけて後悔した。
なぜなら緑川の気持ちを代弁した台詞を言ったのは、米屋でも出水でも、ましてや天音でもなく、今話題に上がっている張本人の地木彩笑だったからだ。
彩笑の背後には月守もいたのだが、にっこりと、誰がどの角度から見ても笑顔と言える笑顔を浮かべる彩笑によって存在感を掻き消されかけていた。
一方緑川は「あー、やっちゃったー」と言いたげな表情を見せ、他の男子3人も「緑川やっちまったなー」と言いたげな表情を浮かべていた。天音はいつの間にか月守の後ろに回り、安定の無表情を見せていた。
笑顔のまま、彩笑は言葉を発する。
「そっかー、駿はボクが戻ってくると不満だったのかー。悲しいなー、せっかく7ヶ月ぶりに帰ってきたのにボクは悲しいよー」
わざとらしい事極まりない口調で地木は言い、緑川はなんとか機嫌(?)を直してもらおうと、
「いやいやいや!全然そんなことは思ってないよ、地木先輩!これは、そう!言葉のあやって奴で…」
と必死に取り繕ってみせた。
彩笑は軽く自身の唇をペロッと舐めてから、
「へー、言葉のあや、ねぇ」
と念を押すように言った。
「そう!言葉のあや!本当は戻ってきてくれて嬉しいよ!」
緑川も念を押すように言った。
彩笑はそれをしっかりと聞くと緑川との間合いをジリジリと詰めつつ言葉を続けた。
「そうかそうか、駿はボクが戻ってきてくれて嬉しいんだね?」
「もちろん!」
緑川はこれ以上彩笑の地雷(?)を踏まないよう、素早く肯定する。
「いい子だねー、駿はいい子だなー」
「はい!ありがとうございます!」
ジワジワと緑川を追い詰めた彩笑は止めを刺しにかかる。
「そんないい子な駿は、ボクのリハビリ代わりのちょっっっっっっっっとしたソロランク戦に付き合ってくれるよね?」
と。
緑川は迷った。
返事を「はい!」か「イエス!」、もしくは「喜んで!」のどれで答えるか迷った。
彩笑はその迷った僅かな沈黙を(強引に)イエスと解釈し、一度月守を見た。
「そんなわけで、ちょっと駿と遊んでくるから」
緑川は彩笑と同じ隊のメンバーの月守先輩なら止めてくれるかもと淡い期待をしたが、
「ん、いってらしゃい」
無情にも月守は緑川を見放した。
首根っこを掴まれながらブースへと連行される緑川を見送った後、
「お久しぶりです、米屋先輩に出水先輩」
月守は何事もなかったように2人に挨拶をした。
「おう、久しぶり」
「7ヶ月ぶりだな」
そして2人も同じく、何事も無かったかのように月守と会話を始めた。
「たった今天音ちゃんに聞いたぜ。今日から復隊なんだって?」
米屋が月守に確認を取るように質問した。
「はい、おかげさまで」
月守は端的に答え、出水が続けて質問する。
「事故に巻き込まれてケガした腕は大丈夫なのか?まだ治ってないっぽいけど……」
「もう片腕での生活に大分慣れましたよ、出水先輩。それに、大げさに吊ってるだけで完治はもうすぐなので心配無用です」
にこりと笑い、月守はそう答えた。月守はそこからさらに、
「あ、そういえばこの前の大規模防衛戦、お疲れ様でした。人型近界民倒して戦功貰ったって聞きましたよ」
と、先日の大規模侵攻の話題を持ち出した。
「まあな。でもあの時は10人がかりだったしな」
当時のことを思い出しながら米屋がそう語る。
「相手はアホみてーな火力だったから10人がかりでも勝てたのは奇跡だったろ槍バカ」
出水も同じくその戦いを思い出して語る。
そして月守は2人の会話を聞いて軽く驚き、
「へぇ、弾バカの出水先輩そこまで言うなんて、よっぽど火力があったんですね」
とコメントした。
「誰が弾バカだ」
「月守だって弾バカ族だろうが」
そして2人同時にツッコミを入れられた。
一本取られたと言わんばかりに、月守は苦笑してみせ、それにつられてか米屋と出水も笑ってしまった。
笑いが収まった後、月守は今度は天音に話題を振った。
「ところで神音。…もしかして、俺らのこと探した?」
と。
天音は頷いて肯定を示し、言葉を紡ぐ。
「月守先輩、達、探して、迷子に、なって、ました」
「ごめんね、神音。それと、探してくれてありがとね」
言葉短く月守は謝り、負傷してない左手で天音の頭を優しくなでた。
天音の無表情が少しだけ崩れ、嬉しそうに口を綻ばせた。
その様子を見て、
「お前は相変わらずなんだな」
呆れつつ出水がそう言った。
「はい?」
「いや、天音ちゃんに対して優しすぎるのが」
「当たり前ですよ出水先輩。だって俺ら地木隊が今こうしていられるのは神音のおかげなんですもん」
天音の頭を撫で続けながら月守は力説する。
出水と米屋はそんな月守を見て、
((休隊前と変わってないな))
と心の中で思った。
「ただいまー」
そしてそれとほぼ同タイミングでソロランク戦に行っていた彩笑と緑川が帰ってきた。
「「「早っ!!?」」」
天音以外の3人が思わず同時に口にした。
ちなみに戻ってくる時も緑川は首根っこを掴まれた状態だった。
彩笑はケロッとした表情で、
「時間かけるのもアレだから3本勝負にしてきたよ。ボクの速攻2本先取勝ち」
と結果を伝えた。
「地木先輩ー、アレのどこがリハビリだったのさ〜。7ヶ月前と遜色ないんだけど」
首根っこ掴まれたままの緑川がぶーぶーと文句を言う。
結果を聞いた月守は天音を撫でる手を止め、にこやかに言った。
「心配して損した」
「だから言ったじゃん」
彩笑はドヤ顔でそう言い返した。
続けて言葉を紡ごうとした月守だが、
「あの、月守先輩、地木隊長、そろそろ、時間……、です、よね……?」
月守の服の裾をちょこんと引きながらの天音の言葉によりそれは叶わなかった。
「時間…?」
彩笑と月守はそれぞれ左腕に巻いたリストバンド型の腕時計を見て時間を確認した。
「やば!あと30分くらいしかないじゃん!」
「油断してたな」
そして2人とも慌てだした。
「これから何かあんの?」
米屋がその慌てぶりを見て尋ねた。
「防衛任務です!」
彩笑が素早く答える。
「服隊してすぐ防衛任務?ハードだな」
出水の呟きに対して、今度は月守が答えた。
「嵐山隊の代理です!嵐山隊は緊急で外向けのお仕事が入ったみたいで、さっき忍田本部長に復隊許可貰うと同時に代理を頼まれました」
そしてそう言うや否や、
「それでは失礼しますっ!」
「また今度お話しましょうねー」
「えっと、お疲れ、さま、でした」
地木隊3人は三者三様にそう言い、防衛任務に就くべく駆け足で行ってしまった。
3人の姿が見えなくなると、米屋、出水、緑川がそれぞれ言った。
「…地木隊、マジで戻ってきたんだな」
「あんだけのことがあったのに、大したチームだよな」
「これから大変になりそうだね、よねやん先輩、いずみん先輩」
そう話す3人の声は、ほんの少しだけ重苦しい声だった。
ここから後書きです。
読み返して思ったことは、
「うるせえ、黙って両手使っとけ」
でした。