本を読んでいる時のちーちゃんは、私に構ってくれない。読めない本でも、目は真剣で中に書いている文字や絵を見て必死に覚えようとしている。
その時のちーちゃんは、私とじゃれ合っているときとはまた違う顔をしている。私の知らないちーちゃん。本にしか向けられない、ちーちゃんの顔。
いいな、ずるいな。本って。私も本になって、ちーちゃんに見てもらいたい。
「ねぇ、どうやったら本になれるんだろう」
気づいたら、私は口を開いていた。そして自分でも分かる。なんだろう、このよく分からない質問は。
「……ついに頭がおかしくなったか」
ちーちゃんは本から目を離さないで答えた。ぶー、こっち見てくれてもいいじゃんか。
「いんや、私は普通だよ」
「異常が普通のお前の普通は異常だよ」
「なるほどー。あれ、それって異常なの、普通なの?」
「頑張って考えろよ」
と、ちーちゃんはいつもより冷たい返事をする。分かってるよ、本を読むことはちーちゃんにとって何よりも大事なことだって。
でもさ。なんかさ、悔しいんだよね。世界に二人しかいないのに、それでもちーちゃんを取っちゃう物があるのって。
本音を言うなら、今すぐにでも本とちーちゃんの間に割り込んで構ってもらいたい。それで「なにするんだ」って怒ってほしい。そうしたら、ちーちゃんは私のことを見てくれる。
でも、本に向けている目は、私には向かないんだって知ってる。何だよ本、お前何なんだよ。私のちーちゃんを独占して、ずるいぞ。
じっと私はちーちゃんの顔を見る。焚火で照らされる白い顔は、いつもより生き生きしていて本当に綺麗だった。どこまでも吸い込むように見つめる目が、私に向けられないのが悔しい。
私のことも、あんな風に見てほしい。どうやったらそんな風に見てもらえるんだろう。私も本を書けばいいのかな? でも私文字書けないし、書く紙もペンももったいないからあまり使えない。使いすぎたらちーちゃんが日記を書けなくなっちゃうから。
あーあ。私、本にだけは勝てないんだな。
ちょっとだけ目が熱くなって、私はくるりと体の向きを変えて見られないように誤魔化す。このまま寝ちゃおうかな。ちーちゃんの邪魔するわけにもいかないし。
…………本当は、やきもちしちゃってるんだけどさ。
ぱたん、と本を閉じる音。その次にちーちゃんが息を吐いて、体を伸ばしているような服が擦れる音がする。
「…………ユー、寝てる?」
ちーちゃんが私を呼ぶ。もう寝てるよ。私は寝てるから、もっと本と仲良くすればいいじゃん。今日はおとなしくしているからさ。
「ユー?」
ちーちゃんが近づいてくる。知らない、知らない。私は寝てる。本と結婚しちゃえばいいんだよ。
ちーちゃんの気配がすぐそこにある。私の事見てるんだろうな。どんな目で見てるんだろう。でも、いいんだ。今日はもういい。構わなくていいから。
「…………ユー」
す、と目元にちーちゃんの指が触れた。それと同時に湿った感覚がなくなる。あぁ……私、もしかして泣いていたのかな。どうしよう、起きてるのばれたのかな。
でも、ちーちゃんは何も言わずに立ち上がったようだ。音だけだけど、たぶん本をリュックの中に入れたんだと思う。
そうしてヘルメットを外して、毛布をかけて私の横に入る。胸のもやもやはまだちょっと収まらない。今日は少しだけ離れて眠ってほしい気もした。
「……なに妬いてるんだよ」
っ! 耳元で、ちーちゃんが囁いた。その優しく触れるような声を聞いて、私の体が跳ね上がる。なんで、どうして分かったの? ああ、だめだ。誤魔化せない。でも恥ずかしい、顔が熱い。ちーちゃんの顔が見れない。私は寝たふりを無理矢理続ける。
「ふふ。おやすみ、ユーリ」
そういってちーちゃんは私の頭をそっと撫でてくれて、向かい合う形で横になった。まるで私を包み込むように、ちーちゃんは自分の胸で私の頭を包んでくれた。
とくん、とくん。心臓の音が聞こえる。ちーちゃんの音。私しか聞けない、ちーちゃんのいのち。
そうだね。この音は私にしか聞こえない。本なんかには絶対渡さない、それどころか渡せもしない私だけの物。
そう思ったら、ちょっとだけ元気が出た。へっへー、ざまぁみろ本。このちーちゃんの音は私だけの物だぞ。
悔しかったら耳を付けてみろ。
なんてことを考えながら、私はあっという間に心地よい眠気に包まれていく。もう寝ちゃうな、夢の中でもちーちゃんと一緒だといいね。
あー、でも。
やっぱり、本を見るちーちゃんの目も、私の物にしたいな。
どうしようもない欲張りな自分をちょっとだけ笑って、私はゆっくりと夢の世界へと沈んでいった。
了