「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「…………」
なんだ、この光景は。私が仕事を終えて家に帰ってみると、メイドが居たのだ。金髪で、出るとこ引っ込むとこの凹凸が激しい、私の同居人のメイドが。
「…………」
「ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも、わ・た・し?」
ぱちり、とウインクするメイドことユーリ。さて、その身に纏うのは典型的なフリフリのメイド服。過度なミニスカートや、胸元を露出しているようなものではなく、まさに『メイド』と呼ぶにふさわしいスタイルだ。
それでいて、ユーの豊満なバストは少しばかり窮屈そうに締め上げられているのか、やたらと浮いて見える。おーう、これはこれでエロいな。
しかしだ。
私は天井を見上げ、目を閉じて大きくため息を吐いた。
「いくらだ」
「え?」
「その服一式、いくらだったんだ?」
「合計で3万円くらい?」
「このアホ!!」
3万!? 3万だと!? お前どこからそんな金を出したんだ!? 確かにそれなりにお互い給料とか増えて貯金もしやすくなった、だからってこんな高価なものを勝手に買うやつがいるか!? しかも生地見たらわかる、超いい奴じゃないか!
「え。だってちーちゃんが買えって言ったんじゃん」
「私!? おいユー、バカも休み休みに言えよ。私が、いつ、そんなことを、言ったんだ!?」
「はいこれ」
と、ユーは私にスマホを見せる。なんだこれ、いつの動画だよ。
「先週二人でお酒飲んだ時」
「先週……?」
そう言われ、私は画面の中を覗きこむ。なんかスマホが振り回されて画面がグルグルしている。あ、映った。顔を赤くして、甘える猫みたいな顔をした私が映っていた。
『うへへー、わたしのかちー』
『んー、ちーちゃんに負けるなんて思わなかった』
『じゃあ、ゆー。やくそくどおり、メイド服で私にご奉仕しろー。はい、これでいいの買ってね』
『え、ちーちゃんこれ多すぎない?』
『細かいことをきにするおくちはー、こうだぁ!』
『え、ちょ、っちーちゃ、んむっ!』
そこで映像は途切れた。私は顔が一気に熱くなるのを自覚する。酔った私は色々面白いっていわれていたが……こんなの公開処刑だろ。
「思いだした?」
「思いだせるわけないだろ……でも、証拠映像があるってことは、どうしようもないな」
「よし、そういうわけで、今晩はちーちゃんのメイドになることになったのでよろしく!」
よろしくって言っても……何すればいいんだよ。
「んー。メイドって何すればいいの?」
「おい……まぁ、ご飯作ってお風呂の準備したり、他にも雑用をいろいろするんじゃないのか?」
「なるほど。あ、でもご飯の準備もお風呂の準備も終わってるよ」
「用意いいな……」
「メイドなので」
まぁ、準備が整っているのならありがたい。私はさっさと食卓に向かう。ん、いい匂い。今日はハンバーグか。
「デザートにちょっとお高いプリン付きだよ」
本当だ、なんか紙で覆われてるやつ。こういうのにハズレアないからありがたい。
「じゃあありがたくいただくよ。って、箸が無いぞ」
「ここにあるが」
と、ユーの右手には箸がしっかりと握られていた。気が利くな。早くそれくれ。
しかしユーリは私に箸をくれることなく、ハンバーグに箸を差し込み、一口サイズにすると私の口元に差し出した。
「はい、あーん」
「なんで」
「え。メイドさんってご主人様にこうやってご飯食べさせるんでしょ?」
「お前秋葉原のメイドカフェとごちゃまぜにしてるだろ……」
「でも、ご奉仕ってことだったらこっちで合ってるんじゃない?」
「いやいやいや、そういうわけじゃ……いやでも待てよ、昔のメイドさんも場合によってはこんな風にしていたのか?」
「ちーちゃん、冷めちゃうから早くー」
「わかった、わかったから」
私は仕方なくハンバーグを口に入れる。ん、いや美味いな。ユーは料理に凝ると徹底的にこだわるから、この辺に関しては安心だ。
「じゃ、次ご飯ねー」
「え、これ全部やるの?」
「当たり前じゃん」
「まてまてまてまて、これだといつまでたっても食事終わらないだろ。あ、そうだ。主人からの命令だ、自分で食べる。メイドさんは休憩に入れ」
「おお、ちーちゃんそれっぽい。りょうかーい。メイド休みまーす」
と、ユーリは敬礼をして食卓の向かい側に座り、ニコニコと頬づいて食べる私を見つめる。すっごい期待されてるな。いやまあ、普通においしいから安心しろよ。
「おいしそうに食べているちーちゃん、見ておきたいからさ」
「……ま、好きにしろよ」
「わーい」
満面の笑みで答えるユーリ。そんなに嬉しいのかと思いながら、私は箸を進める。ニコニコ、ふんふふんと上機嫌に鼻歌を歌うユーリ。
「ユー、お風呂のしたくって終わってるんだよね。一緒に入るか?」
「いやいや、メイドさんは食後の片づけをするので、ちーちゃんはゆったりと入ってください」
「ふーん」
ちょいちょい本格思考なんだな。ほんと、変なところに凝る奴だ。
「じゃ、ゆったり入るよ。お前も無理はしなくていいからな」
「かしこまりました、ご主人様!」
*
さて。お風呂に入ったら不意打ちでとんでもない露出のメイド水着を着たユーがいつ飛び込んで来るか身構えていたが、意外なことに(?)そう言った乱入は一切なく、脱衣所を出ると綺麗に服が折りたたまれて置かれていた。
いや、本格的とは言えなんかびっくりする。あいつ実は私に何か隠してるのか?
でも、ユーは隠すのは下手な方だから、何かあったらすぐにわかる気もするが……今日のあいつの意図は、少し読みづらかった。
「ちーちゃん、湯加減どうだった?」
「私好みのピッタリ温度だよ。ありがとうな、ユー」
「ではではご主人様、こちらにお座り」
そう言ってユーリは、いつの間にか床に敷布団を敷いていた。何だ、何をするんだ?
「お風呂の後のマッサージを」
「へー。お前そんなの出来たんだ」
「ググった」
「チェンジで」
「あいにく他の者が出払ってまして」
「ちっ。あんまり下手するなよ」
「大丈夫! たぶん」
「おい」
まぁ、いいだろう。お手並み拝見だ。布団に座りこむと、ユーリが肩のあたりを軽く揉みはじめる。あ、いい力加減。ちょい右、あ、上……そこ。うん、いいね。
「どうちーちゃん?」
「あぁ~……これ、結構いいな」
「肩こってるね。座り仕事大変?」
「そりゃ、な……」
でも、ユーリの腕前は結構なもので、仕事の疲れもあってか、あっという間に睡魔に襲われてしまう。もみもみトントンと、いいテンポで肩の筋肉がほぐされていく。
「じゃあちーちゃん、次は腰辺りやるからうつぶせになって」
「うーい」
言われるがまま、私は枕に体を埋める。ユーは私の背後に回り込み、指圧で腰をぎゅっと押しこむ。
「んにゃぁあぁ……」
「ちーちゃん、猫になってる」
「いや、これすごいよ……ゆー、あたまがとろけそうだ……」
本当にやばい、デスクワークで凝り固まった体の全てが解放されていくようだ。特に最近腰に負荷を感じるようになったからたまらなく気持ちいい。
その後、ユーは腰、背中、ふくらはぎ、足の裏ととにかくありとあらゆる場所をマッサージしてくれたらしい。私はと言うと、途中からすっかり眠ってしまい、ユーのマッサージが終わるころには熟睡していたらしい。でもまぁ、あれだけ心地よい睡眠も久しぶりだったし、おかげで次の日の休日は清々しい気分で朝を迎えられた。
メイドさんもたまには悪くないかもな。すっかりやせ細った財布を見つめ、私は嘆き半分、期待半分のため息を吐いた。
*
ユーリがメイドをしようと思ったのは、正直チトを見ていられなくなったからだ。最近忙しいのか、夜遅くに帰宅することが多くなり、いつも不機嫌そうな顔をしていた。
それで、ある週末にお酒を飲んで話を聞いたところ。
「ちっくしょー、あのくそじょうしめ、わたしをなんだとおもってるんだぁーー」
「ち、ちーちゃん落ち着いて」
「ゆーもそうおもうだろぉ、もうだめだよ、わたしならなんでも言うこと聞くとかおもいやがってぇ! うわぁああーーん!!」
と、チトはたまりにたまったうっぷんを噴火させたのだ。おかげでなだめるのに苦労した。
マッサージを終え、すっかり眠りについたチトをユーリはベッドに運ぶ。すやすやと心地よい顔で眠っている様だった。
こうしてメイドの真似事をしているのも、今日に限って手厚くチトをもてなしたのも、すべて彼女の嘆きからの物だった。
だから、酔っていたとはいえ、恐らく半分くらいは本心だっただろうから、ユーリはチトの「メイドでご奉仕しろ」という願いをかなえてあげたいと思い、実行したのだ。
「ちーちゃん、いつもお疲れさま。今日はゆっくり休んでね」
ユーリはチトを起こさないように、そっと頬にキスをする。さて、チトが休日何もしなくていいように、もう少し部屋の片づけや掃除を済ませておこうかと、チト専属のメイドさんは再び台所へと向かうのであった。
了