少女終末旅行 ワンドロ集   作:チビサイファー

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幸せな日常

 

 雨が降る。街行く人が傘をさす中、私はずぶぬれになりながら走る。どこへ? 宛てはない。でも、そうせずにはいられないのだ。

 

 息が切れそうだ。目がくらくらする。でも、でもでも、それよりももっと大事なことがある。

 

「ユー!」

 

 ユーが……ユーが居ない、今なんて。

 

 全然いらない!!

 

 

 

 

 私は月本チト。日本のごく一般的な家庭に生まれて、普通に学校に通って、普通に友達と過ごしていて、進路も決まってそれなりに満たされた生活をして。

 

 その中で、不思議な夢を見るようになった。

 

 夢の中で、金髪の女の子が私に声をかける夢。『ちーちゃん、ちーちゃん』と。

 

 最初はなんてことのないただの夢だと思っていた。けど、その夢は次第に頻度を増していき、夢の中の女の子はいつもさみしそうだった。

 

 お前は誰だ? なんで私を呼ぶんだ? 何度も、何度も問いかけた。でも、その子は答えてくれない。ただ寂しそうな笑みを浮かべて消えていく。

 

 そんな夢を見た回数が、そろそろ三ケタに行こうとした時だった。

 

 その夢はいつもと違っていた。何か廃れたような街の真ん中に私は居て、そしてやたらと寒かった。

 すると、目の前に緑のコートが落ちていた。フードがモフモフと、温かそうなもので包まれている。これを着よう。そうした瞬間、私の頭の中に電流が走り、目が覚めた。

 

「…………ゆー、り?」

 

 私は目を剥いた。あの夢でコートを着た瞬間、走り抜けた電流を注意深く思いだす。それは記憶の断片。私と、私たちの、大切な生きた証。

 

「ユー!」

 

 私はベッドから飛び起きた。急いで目についた衣服を着て、家を飛び出した。飛び出したところでどこに行けばいいのか分からないのに。

 

 でも、ユーは私を呼んでいる。夢の中で、あんな寂しそうな顔で、私を呼んでいた。

 

 呼ばれたなら、行くしかないだろう。

 

「ユー!!」

 

 雨の中、私は必死に彼女の名前を呼ぶ。なぜだ、なぜ私はこの世界にいる? 私たちは、あの階層都市の一番上で、二人で一緒に眠ったはずだ。

 

 なのに、なんで私だけがここに居る!? ユーは、ユーリはこっちに来ていないのか!?

 

 そもそも、なぜ私は今までユーのことを忘れていたんだ!?

 

「いっ——!?」

 

 私は何かに躓いて転がりこむ。最悪だ、服がびしょぬれだ。いや、もうこれだけ濡れていたら関係ない。それよりもユーを探さないと。この雨だ、もしかしたら一人で寒がっているかもしれない。私が一緒に居て、火を起こして温めないとダメなんだ。

 

「っっはぁ、はぁ……ん、ぐ。かはっ」

 

 でも、体は限界を訴えていた。普段からインドアの私は、急激な運動には向いてない。なんでだ、あの世界だったらもう少しは動けたはずなのに。

 

「ユー、どこ! どこにいるの!?」

 

 ざー、と降る雨の音に、私の叫びは消し飛ばされる。なんで、なんでなんで。どうしてなの? ユーはどこにいるの、なんで私だけ、この充実した世界に飛ばされてしまったんだ!?

 

 なにか、なにか心当たりはないかと私は必死に探す。ユーリが行きそうな場所、待ってそうな場所……そうだ、きっとユーリはお腹を空かしているに違いない。あいつが好きな食べ物……そう、魚だ。

 

「う、海!」

 

 私は立ち上がって走り出す。そうだ、海だ。海に行けばユーリが居るかもしれない。魚が好きなあいつは、海辺でどうやって魚を捕ろうか考えているかもしれない。

 

 そんなわけないのに。でも、私にとってそれは一筋の光だった。それにすがるしかなかった。頭も、体も、何もかもがすべて必死だった。

 

 たとえ見えている光が幻だったとしても、走るしかなかったのだ。

 

 雨が強くなる。まるで、私の行く手を阻むかのように。雷が鳴る。近づくなと怒り狂うように。黙れ、邪魔だ。私は行くんだ。

 

 体の疲れはすさまじかった。でも、止まることはしない。すべての細胞が大騒ぎしている。そうだ、その通りだ。

 

 ユーリが居ない日常なんて、私はいらない!!

 

 

 

 

 どれくらい走っていたかは分からない。でも、骨や筋肉、血管までもが悲鳴を上げていて、相当体に鞭を打ったのだと理解できた。

 

 でも。まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。ユーが、お腹を空かせて私を待っているかもしれない。

 

「っはぁ、っはぁ、……ぁぐっ」

 

 私は海岸を歩く。ユー、ユー、どこ。どこにいるの? ほら、私がきたよ、チトだよ。夢で私を呼んだじゃないか、だから来たんだぞ。

 

「ユー……」

 

 ざざぁ、と波の音が鼓膜を叩く。ユーの声は聞こえない。私はユーの名前を呼ぶ。ゆー、ゆー。どこにいるの?

 

 雨はいつの間にか止んでいた。ただ、鉛色の空が私をじっと見降ろしている。その空がとても気に食わない。なんだ、なに見てるんだ。お前らがユーリを隠したのか?

 

「ゆー……!」

 

 返せ、返せ、ユーを返せ!

 

「かえして……」

 

「返してよ!!!」

 

 

 

 

 

 まるで体の全てが鉄になったかのように重くなり、私はどさりとコンクリートの上に倒れ込む。

 

「はぁっ、はぁつ……ゆ、ぅ」

 

 だめだ、動かない……何も考えずに飛び出してきたせいで、全身が嗚咽を吐きだすような気分で気持ちが悪い。

 

 酸素が、酸素が全然足りない。目の前が真っ暗だ。寒い、体が冷たい。まるで、あの世界にいるかのようだ。

 

 ここはどこ……ユーはどこ? ねぇ、ユー……待ってよ。

 

 私は海にせり出した桟橋の上にいた。風がごうごうと吹きつけて、体がとても冷たかった。

 

 一体何をしているんだろう。私は薄く開いた目で、灰色の空と海を見つめる。

 

 こんなことしてもユーリが見つからないのは知っていたはずだ。なのに、なんでこんなところに来たんだ。なんでユーを探しに来た。なんであいつはどこにも居ないんだ。

 

 なんで……私は思いだしてしまったんだ……。

 

「ゅぅ……」

 

 蚊が鳴くよりも小さい声だったと思う。私は朦朧とした意識で海を見つめる。

 

 それなりに充実していたはずの世界が、一気につまらなくなった。今まで自分がしてきた事、成し遂げてきた事、生きてきた事。その全てが、何もかもがくだらないものに見えてくる。

 

 だって。ユーリのことを忘れてしまっていたんだぞ……。

 

 ユーリのことを忘れて、今までを生きてきて……そんなの、最低だ。

 

 だからいらない。ユーが、ユーが居ない世界なら。私は、いらない。

 

 だからまってて。今、そっちにいくから。

 

 ずるずると私は体を引きずる。もう少し、もう少し。荒れた波しぶきが私に降り注ぐ。冷たい、冷たい。でも、いいんだ。

 

 ゆー。お前は独りぼっちで、もっと寒いに決まってるよな……。

 

 だから……。

 

 ざぶん。私の耳を、水の音が包む。冷たい……いや、痛い。痛くてたまらない。

 荒れる波が私の体をもみくちゃに揺らす。たまらず、肺の酸素がすべて海中に溶ける。しょっぱい、辛い、つらい、冷たい。

 

 でも、もういいんだ。心臓なんて止まっちゃえ。私はもう、生きることなんてしなくていい。

 

 ユーがいないこの世界に、意味なんてないんだから。

 

 

 

 

—ちーちゃん—

 

 ……ゆー?

 

—ちーちゃん、おいで—

 

 ゆー……ユーなのか!?

 

—ちーちゃん、ほら。—

 

 真っ暗だった視界に光が飛び込む。ああ、なんて温かいんだ。それにこのぬくもり……ユーだ。ユーが居るんだ。

 

「ユー……」

 

 私はその光に追いつこうともがく。進め、すすめ、私の体。届け、届け、私の手。

 

 ユーリが居た。来てくれた。その事実が私の体を目覚めさせる。なら、なら行くしかない。ユーリ、ユーリ!!

 

 手を伸ばす。足をばたつかせる。光の中から手が伸びる。知っている、私はこの手を知っているんだ!

 

「ユーリ!!」

 

 声を張り上げる。その手を掴む。次の瞬間、私の目に飛び込んだのは――――

 

 自分が、さっきまで歩いていた海岸だった。

 

「…………ぇ」

 

 なんで。私は、確かに海に飛び込んで、死を認識したのになぜ。

 

 なぜ……

 

 なぜ……

 

 なぜ生かされた!?

 

「……ぁ、ぁあああ……」

 

「悪魔めぇぇええ!!!」

 

 私の絶叫は、空へと消える。

 

「なんでだっ……なんで、なんで!!」

 

「なんで死なせてくれなかった! ユーのいない世界で生きろって言うのか!!」

 

 それは、私に取って死よりも残酷なことだ。死への誘いに等しいことをして、なぜ生かした。この世の神は、髪の皮をかぶった悪魔なのか。

 

「殺してよ!! なんで、ユーのところに逝かせてくれないの!!?」

 

—いいや、それはだめだよ—

 

 刹那、私の世界が真っ白に染まる。冷え切っていたはずの体が温かい。まるで、誰か、抱かれているような……

 

『ちーちゃん、こんなに冷たくなっちゃったね』

「…………ゆー?」

『ごめんね、ちーちゃん。私のわがままのせいで、こんなことになって』

「何言ってるんだ……わがままだなんて、そんなことないだろ! 一緒に行こう、私と一緒に今の世界に!」

『ごめんね。それはできないんだ。神様にお願いしちゃったから』

「なにを!」

『ちーちゃんを、もっと別の世界で生かせてくださいって』

 

 そんな……じゃあ、私が、私だけ今この世界にいるのは、お前の願いだったとでも言うのか?

 

「そんなの、私は望んでいない! それならユーと、ユーと一緒に死んだ方が……それに、お前もこの結末を望んでいないから、私を呼んだんだろう!」

『うん。だから、ちーちゃんは私のことを思いだして、こんなことになっちゃった。だからね、もうしないって決めたから』

 

 ユーリが私の目を両手で塞ぐ。なんで、せめて、せめて顔だけでも見せてくれないのか!?

 

『だめなんだ……見たら、ツラくなっちゃうよ』

「まって……そんな、まって!」

『もう一度神様にお願いしたからさ。ちーちゃんは安心して元の世界に戻ってね』

「やだっ、やだっ!! ユー、ユー!!」

『バイバイ、ちーちゃん。元気でね』

「ユーリぃーーーーっ!!」

 

 

 

 

「……っ」

 

 睡眠から引っ張り上げられる不愉快。私は目を覚ますと、自分の部屋の中に居た。

 

「…………?」

 

 なにか、とてつもなく長い夢を見ていた気がする。おかげで少し頭が疲れている感覚だ。

 

 でも、なんの夢だったかは思いだせない。なんだろう、すごい、なんていうか……。

 

「ま、いっか」

 

 私はベッドから起き上がり、身支度をして家を出る。今日は楽しみにしていた本の発売日だ。上機嫌で街に繰り出し、適当に店を見て回って本屋に向かう。

 

「……ん?」

 

 ふと、私の目に洋服屋さんが目に入った。冬用のコートを着た、金髪のマネキンだ。そのコートは緑色の少しミリタリーチックな雰囲気で、フードや襟の周りが白いもモコモコで覆われていて、とても温かそうだった。

 

「へー。温かそう」

 

 私は値札を確認してみる。げ、割と高い。いやまぁそうだな、こんな暖かそうな服なら、これくらいの値段は余裕でするだろうな。

 

「……ま、私には似合わないか」

 

 服への興味を無くし、私は本へと急ぐ。今日はたっぷり読書の日に当てよう。こんな何の変哲のない日常も、幸せなものだなと、上機嫌で私は歩みを進めていった。

 

 

 了

 

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