少女終末旅行 ワンドロ集   作:チビサイファー

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初夏のとばっちり

 じわじわと早めに鳴き始めたセミたちが鳴いている。まだ6月に入ったばかりだと言うのに、なんでこいつらはこんなに元気なんだとチトはげんなりした。

 

 対するユーリは、夏だ夏だとはしゃぎ回り、与えられた仕事をこなそうとしない。暑さで少しイライラしていたチトは、無言でその背中に歩みより、持っていたデッキブラシでごちんと頭を叩いた。

 

「いたぁい!」

「手を動かせ、手を」

「えー。だって広すぎて中々終わらないよ、もう終わったことにして帰ろうよ」

「こんな藻が残りまくったプールに水突っ込んでも一発でばれるし、死ぬほど怒られるぞ」

「怒られるのが怖くてサボりなんかできないぜ」

 

 どやぁ、といってのけるユーリ、チトはそんなユーリを上から下まで眺めたのち、今度はグーで殴る。ぐえ、とユーリの悲鳴。

 

「もとはといえばお前のせいでこんなことになってるんだぞ」

 

 そう言って、チトは記憶を手繰り寄せる。ことの発端は昨日のこと。ユーリが学校に忘れ物をしてしまい、チトと一緒に取りに来た。しかし学校はしまっており、諦めようとチトが言ったところ、ユーリはたまたま空いていた窓を開けて侵入を試みようとした。

 

 すると警備警報ががなりたて、二人は慌てて逃亡。しかし防犯カメラには窓から侵入するユーリがはっきり写っており、二人は大目玉を食らって罰としてプール掃除を命じられたのだ。

 

「私は完全なとばっちりだよ」

 

 大方の汚れの除去を終え、チトはホースで水を撒きながらぼやく。

 

「まぁまぁ、これも運命だと思いなよ」

「変えられた運命だよな?」

「ちーちゃんの努力が足りなかったんじゃない?」

 

 ぷっちん。チトの堪忍袋が切れる音。チトはホースを繋いだ蛇口を思いきり捻り、ホースの先端を潰してユーリに水をぶちまけた。

 

「っひゃぁ!?」

「お、ま、え、が、言うなぁあーーーー!!」

 

 チト、怒りの放水。ああ悲しいかな、頭を冷やすには水が一番なのだが、その水を握っているのがチトなのだからどうしようもない。ユーリの着ていたTシャツは、あっという間にびしょ濡れになって中のスクール水着が透けてしまった。

 

「ちーちゃん! ちーちゃおぶっ、つめたい、ってかっ、おごごごご、勢いがっ!」

「じっくり味わえ、バカユー!」

「はげしっ、もう味わった、味わったからさ!」

「まだ、まだぁ!!」

 

 ダメだこれは、相当ご立腹だ。ユーリはデッキブラシを放り出して逃走を図る。チトはそれを容赦なく追いかける。なんども放水の被弾を受けてはユーリは悲鳴をあげ、チトは追撃を加えまくる。

 

 ただ、少し熱くなりすぎてしまった。頭が煮えくり返っていたチトは、ホースの長さ限界までユーリを追いかけ、結果ホースが勢いよく延びきってしまう。通常のホースなら蛇口から抜けるだけなのだが、ネジでしっかり固定されているタイプのそれは、逆にチトを引っ張った。

 

 そこから得られた結果。チトはプールに足をとられ、簡単に尻餅をついてしまう羽目になってしまった。しかも。

 

「あがががが!??」

 

 チトの手から解放されたホースが自由になり、チトの顔面に最大パワーの水がぶちまけられた。これが後に、「ホースの逆襲」と呼ばれるようになる。ユーリだけに。

 

「ちーちゃん! ちーちゃん、大丈夫!?」

「っ、うぇえ……鼻に入った」

 

 げほげほと咳き込み、若干涙目になったチトをなだめて、ユーリはクスリと笑ってしまう。

 

「あはは、ちーちゃんも服透け透けだね」

「あー、まぁ……水着着ててよかったよ」

 

 ぴったりと張り付くTシャツ。中が透けてはっきり見える紺色のスクール水着。からだの凹凸が少ないチトのからだにぴったりと張り付くそれは、ユーリの本能をちょっとだけ突く。

 

「二人とも何をしているんだ」

 

 わっと、声をあげそうになって、チトとユーリはプールサイドの方を見る。そこには理科担当のイシイがいて、呆れた目で二人を見下ろしていた。

 

「あ、イシイ」

「先生と呼べ。ったく、様子を見に来てみればまたじゃれついていたか。まぁ、いくぶんか進んでいる分ましかもしれないが」

「超頑張ったよ」

「チトが、だろ」

「えー、私も作業頑張ったのに」

「ユーリをそこまで動かすには相当な苦労だったに違いないからな」

「うん、めっちゃ苦労した」

「だろうな」

 

 ふむ、と鼻をならしてイシイは辺りを見回す。何だかんだでしっかり水が張れるレベルになっていたからイシイはご褒美でもあげようと決める。

 

「いいだろう。綺麗になったし、水をいれよう。水が貯まったら二人で自由に入ってていいぞ」

「マジで!?」

「マジだ。今まで鞭だったから、今度は飴ちゃんをやろう」

「やったねちーちゃん、貸しきりだ!」

「あー、まぁ、体冷やすにはいいか」

 

そうと決まれば早いと、ユーリは掃除道具を片付けてイシイを急かす。こんな時の行動はすこぶる早いんだからとチトはあきれるが、実際頑張ってたし良いだろうと思う。減らず口はまだ少し根に持つが。

 

 そうしてしばらくして水が溜まり、今年度初のプールが完成した。イシイは夕方になっても居るようなら声をかけると言って職員室に戻り、チトとユーリの二人だけ。

 

「よし、入ろう!」

 

 ずばばとシャツを脱ぎ、ユーリはその暴力的な肢体を惜しげもなく晒す。フェンスは覆われているけどもう少し恥じらいをもったらどうだと思いつつ、チトもシャツを脱いで準備体操をする。

 

「なんで授業じゃないのに体操してんの?」

「そりゃ、水の中に入るときは必ずするだろ」

 

 いちにー、いちにーとチトは体を捻る。延びる筋肉、体を曲げてぴったりと延びる水着のライン、それで浮かび上がる貧相だが女性を主張する体の曲線。

 

 少しだけ溢れているお尻は、チトの健康を証明する肉付きで、それを指でもとに戻す。その仕草がたまらなく色艶やかで、ユーリは喉が乾いた。

 

 屈伸運動。延びる白い足が眩しい。浮き上がる骨と筋肉。艶かしく動くこの足は他の人には見せたくない。ああ、ここが目隠しで覆われていて本当によかったとユーリは設置した学校に感謝する。

 

「ほら、お前も少し位動かせよ」

 

 ぎゅっぎゅと腕を伸ばすチト。ほっそりとした腕が空に延びて、脇が遠慮なく晒される。紺と肌色のツートンカラー。そしてこちらを見る黒い瞳。

 

 ああ、なんて儚いんだろう。なんて色っぽいんだろう。私の中はあっという間に欲望で満たされてしまっているのに、この子はなにも気づいていないのだ。

 

 ほしい。今すぐ。

 

 それが、あなたが。

 

「ちーちゃん」

 

 ユーリはチトの手を握る。かと思えば一気に飛び込み台まで引っ張る。

 

「ちょ、ユーなにするんだよ!」

 

 抗議をするチトのことは無視して、ユーリはチトに抱きつく。ひゃ、と小さい、甘い声。かわいいよ、ちーちゃん。ユーリは止められそうにないことを心のなかで謝りながら、そのまま二人でプールに飛び込んだ。

 

 ざぶん、ぶくぶく。耳の中を水たちが支配する。水中で目が開けられないチトはたまったものではない。だが、ユーリがしっかり抱き止めてくれていたから、パニックにはならなかった。

 

ーちーちゃんー

 

 そんな声が聞こえた気がした。チトは無意識のうちに目を開く、目の前にはユーリの青い瞳があって、その中の自分が自分を見ていた。

 

(……ああ。きれい)

 

 チトはその一瞬で、ユーリになにもかも奪われた。

 

 心も、

 

 唇も、

 

 すべて。

 

 冷たい冷たい水のなかで感じる、その人の温もりがとても暖かくて、気持ちよくて、背中を強く抱き締める。

 

 水の音で回りのことはなにもわからない。ユーリがいることしかわからない。でも、それこそが幸せなことだ。

 

 ユーリしか見えない。それは、ユーリと自分しか、ここにはいないのと同義だったから。

 

 水の中と言う部屋の中に、少女は二人きりで。

 

 体が浮かび上がるまでのその瞬間は永遠に等しくて。

 

 永遠は自由で、そして終わらない恐怖でもあって。

 

 その永遠の中を、チトとユーリは泳ぎ続けた。

 

 

 

 了

 


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