ユーは月が好きだ。夜になって、空が見える場所で寝泊まりするとき、月を見付けるととても嬉しそうな顔になる。特に満月の時とか。いつだったか、月の魔力を感じる、とか言ってたけど、私にはイマイチピンと来ない。
びうを飲んだ時は確かに体がぽわぽわして、少し気持ちよくて、不思議な感じだった。けどその後のことを覚えていなくて、その次の満月になっても、あんな風にはならなかった。だから結局はびうのせいで私はぽわぽわしていた、ということなのだ。月のせいでどうなった、と言う訳ではない。
でも。満月を見るユーは、確かにいつもと違って見える気がした。
「あははっ、ちーちゃーん!」
ユーが満月を見ながら大はしゃぎで雪原を走る。この都市にしては珍しい、真っ平らな土地だった。上の階層もないので、ユーはヘルメットを外して存分に走り回っている。ま、窮屈だし気持ちは分かる。私も自分のヘルメットを外す。
ユーはフードから髪の毛を出し、まるでダンスのようにはしゃぎまわる。それに合わせて、ゆらりゆらりとユーの髪の毛も踊っている。
満月で明るいせいだろうか、ユーの髪の毛が透き通るように輝き、怪しく夜空に舞い上がる。
「…………綺麗だな」
私はぼそりと呟いた。そしてはっとしてユーに聞かれていないかを気にする。相変わらず子供のようにはしゃぎまわっている。よかった、聞かれていたらからかわれるに決まってる。
でも、確かに綺麗だ。私の黒髪では到底実現できないあの美しさ。くるくると踊り、髪の毛が揺れ、きらりと月明りを反射すると、私の胸がどきっとした。
「……ふふっ」
ほんと、嫉妬するくらい綺麗だな。私も、あんな風になれたりしないかな。お月様と同じ色の髪の毛に。
「ちー、っちゃん!」
「わ、びっくりした」
気づくと、ユーリは私の目と鼻の先にいた。なんだよ、楽しんでるんじゃないのかよ。
「えへへ、ほらちーちゃんも一緒にやろう!」
「やるって、何をだよ」
「だーんーすー!」
そう言ってユーは私の手を引っ張って飛び出す。わっとっと、ちょっと危ないだろ。もっとゆっくり……。
ユーがぴたりと止まり、私に向かってくるりと振り返る。月明りに浮かぶ空色の瞳と、月と同じ色の髪の毛が浮かび上がる。どきり、と私の胸が驚く。
ユーは私の両手を握ると、まず小刻みにステップを踏んで回り始める。まだちょっと色々考えが追いつ言えていない私はよろけながらどうにか付いていく。
でも、ユーが私のことを気遣ってゆっくり目のテンポにしてくれていたから、すぐに歩調を合わせられるようになった。
「ふんふんふっふーん、ふーんふん」
「おっとと、おおう」
「お、上手上手。じゃあちょっと早くいくよー」
くるくるとユーリは私の手を軸にして回転する。それに合わせて私もユーから手を離さないようにしながらも、下手なりに動きに色を付けていく。あ、ちょっと楽しい。
「やるねー、ちーちゃん。じゃあもっと早くいくよ!」
「へへっ、よしこい!」
私たちは、もうワンテンポ動きを早める。トテトテ、タンタン、タンタタタン。
月のスポットライトと、星々の視線を浴びながら、私たちはステップを刻む。雪を踏みつけるキュッ、キュッという音さえも、音楽のように聞こえてくる。
「まんまーるな、おっつきさまーと、わたしーと、ちーちゃんでー」
ユーリは楽しくなってきて、即席の歌を歌いだす。まったく、目に入ったものしか歌詞にできて無いじゃないか。でも、私もついつい鼻歌でそれに付いていってしまう。
「ぐるぐるー、おどってー、たのしいよー」
「ふーん、ふふふーん、ふふふんふーん」
ユーリの歌と私の鼻歌。そして、足音と踏まれる雪の音たちがメロディを奏でていく。
トテトテ、タンタタタン、キュ、キュッ、タン。
「……えへへ」
「ふふっ」
「あはは、あははは!」
「へへ、へへへ!」
『あははは! あはははは!』
気づけば私たちは大きな声で笑いあっていた。楽しいな。なんでこんなに楽しいんだろう。もしかして、これが月の魔力? だったらすごいな。いつもこんな風に、ユーリと楽しめればいいのに。
「あははは、ちーちゃん!」
「あはは、ユー!」
「飛び込んじゃうぞー!」
「おう!」
くるくる、タン! 私たちはステップを踏み、せーのでジャンプし、雪に飛び込む。ボフン! 何もなかった雪原に二人分の大きな型が出来上がる。私たちは仰向けになって満月と月を見つめ、大笑いする。
「あはははは、あー楽しい!」
「あは、あははは……なんだろ、変な感じ、あはは……」
その時、私はユーリの言う、月の魔力の正体に気がついた。ちらり、と横を見る。満面の笑みで笑うユーリの姿。そうだ、間違いない。
私にとっての月の魔力とは、ユーリのことだったんだ。
「……いいなぁ、ユーは」
「なーに?」
どうしたの急に、といいたそうな横目でユーは私を見た。
「まるで、お月様みたいだよな」
「なんで?」
「なんとなく。髪の毛とか?」
「髪の毛かー」
もさもさとユーは自分の髪の毛に触れてみる。私も無意識のうちにその毛先に触れてみる。つやつやで、すべすべしている。月明りに照らしてみると、透き通るように美しかった。
「ほら。ユーの髪の毛はこんなに綺麗なんだ。月に照らすと、まるで月と一つになったみたいに光るし」
はらり、と指から髪の毛を離す。私は上体を起こして、月を見つめる。
「私の髪の毛は、ユーみたいに綺麗な色じゃないからな。ちょっと嫉妬しちゃうよ」
私も、ユーと同じ色の髪の毛だったら、ユーみたいに可愛くなれたのかな。
普段はそんなことは思わない。けど、私だって女なわけで、もっと可愛くなりたいと思う時だってある。嫉妬してしまうこともある。
滅多に表に出ない本音を出したくなってしまうその瞬間。それこそ、美しくてまたらないユーリの姿を見たときだった。
これが、私にとっての月の魔力なんだろうな。
「…………あは、何言ってるんだろう私。忘れて」
「ちーちゃん」
ユーが体を起こす。馬鹿になったの? とでも言うのだろうか。へへ、今はそう言ってくれた方がいいかもな。
と、思っていたら突然ユーは私の両方のほっぺに手を置き、ぬんと向きを変えた。あっぶね、もうちょいで首から変な音が鳴るとこだったぞ。
「っ!」
抗議の声を上げようとして、しかし私は黙る。視界いっぱいに広がるユーリの瞳が私の瞳を捉えていた。思わず、ドキリとする。
「それは違うよ、ちーちゃん」
そう言って、ユーは私のもみあげ辺りの髪の毛をくしゃりと撫でる。
「私はちーちゃんの髪の毛はとっても綺麗だと思ってるよ。だって、こんなにも真っ黒で、何もかも吸い込みそうで……キラキラしてる」
「キラキラって……どこが」
「よく分かんないけどさ。でも、私は好きだよ。それにさ、ちーちゃんの髪の毛は黒い方がいいよ」
そう言いながら、ユーリは私の髪の毛のゴムを外す。はらりと私の髪の毛が解放された。
「私の髪の毛がお月様ならさ、ちーちゃんの髪の毛は夜空なんだよ。お月様は、夜空と一緒に居た方が綺麗だし、夜もお月様と一緒に居た方が綺麗じゃん?」
…………あぁ。まったく。詩人は偉大だな。
「……そうかな」
「そうだよ」
「……ふふっ、ユーのくせに」
私はくすくすと笑みをこぼし、ユーリもふふふと笑う。次第に私たちの声は大きくなって、大きな口を開けて笑い声を上げる。
「よし、ちーちゃんもう一回踊ろう!」
「またかよ」
「いいじゃんいいじゃん、夜はまだまだこれからだよ!」
「ったく……わかった!」
そうして私たちは再び踊りだす。誰もいない世界で、二人ぼっちになったこの世界で、月の色をした髪の毛のユーリと、夜空の色をした髪の毛の私が踊り狂う。
ようこそ星々のみなさん、終末世界最後の少女たちが繰り広げるダンスショーへ。それではゆっくりとお楽しみくださいませ。
了