青い空、白い雲。時々見える上層の天井。久々の青空は飽き飽きするほど好き通っていて、時折吹く風の音が周囲を支配していた。
パァン! その風たちの壁を、音速を超えた鉛玉が突き破る。甲高い銃声が青空に向かって響き、溶けて消える。銃口からは小さく煙が上がり、しかしあっという間に消えてしまう。
「うーん、はずれ」
私の隣でスコープを覗いたユーリがそう言った。ああ分かってるよ、缶に当たった音がしないんだからな。
「これ、本当に当たるのかよ……」
そう言いながら、私はボルトレバーをゆっくりと引く。かちょん、と間抜けな音を立てながら薬きょうがころりと地面に落ちる。
「ちーちゃん、もっと勢い付けた方がいいよ。じゃないと弾詰まりの原因になるし」
「っていっても……ん、あれ、次の弾が入らない……」
ぐいぐいとレバーを押し込もうとするけど、ガチャガチャと音を立てて前に進んでくれない。ユーが操作するときはもっと簡単そうに見えるのに。
そもそも、なぜ銃を扱わない私がこうして射撃の練習をしているのか。それはまあ何気ない会話をしていたとき、万が一何者かに危害を加えられそうになった時、どちらとも銃を扱えないと危険なのでは、と思ったのがきっかけだった。
そんなこんなで、私はユーリに銃の扱いを教えてもらいながら、的の空き缶を狙っているのだが。
「12発中、命中は0だね」
「うっさい」
ガチャンッ。やっとの思いで弾が入った。っていうか銃重い。なんでこんなに重いんだよ。
「そりゃ、頑丈じゃないとすぐ壊れるから?」
「分かるけど……にしたって重いよ」
「おじいさんの話だと、昔のはもっと重かったらしいよ」
「人間が扱うものじゃないよ」
と、ぼやくものの、やっぱり一発くらい当てないとダメだろうと私は思いなおす。缶の距離だって、ユーリがいつも撃っている距離の半分なのだ。それで一発も当てられないとなると、いざというとき私が銃を扱っても、近距離で外す自信がある。
再度銃を構えて、並べられた真ん中の空き缶に照準を合わせ、片目を閉じて集中力を上げる。えっと、前方の照星の突起を、後方の照門の凹みにピッタリ収まるようにして……引き金を引く。
ッパンッ! 再び響く銃声。ぼすっ、と空き缶の手前に積っていた雪が舞い上がる。見なくても分かる、大外れだ。
「……だめだ、もう無理。私には向いて無いよ」
どさり、と私は雪の上に座りこむ。あーあ、こればかりはどうしようもなく上手くいかない。人間向き不向きがあるんだ、銃なんかやっぱり撃てなくてもいいんだよ。
「……あ、そうか。わかったかも」
よいしょ、と後ろで見ていたユーがケッテンクラートから飛び降りる。なんだ、馬鹿にしに来たのか?
「ちがうよ。ちーちゃんの癖が分かったんだよ」
「癖?」
「ちょっと貸して」
そう言ってユーは銃を受け取り、ガチャンとコッキングをして装填する。その一連の動作すら美しく見えるのだから、なんかずるい。
「私の撃ち方、よく見ててね。特に顔」
そう言われて、私はユーリの顔をじっと見る。青い瞳が一点を捉えて、まるで私のことなど眼中にないようだった。あれ、そう言えばこいつ、目を両方開けてる?
ッパンッ! 銃声。刹那、カンッ! と心地よい命中音。一番左側の缶が派手に吹っ飛び、地面に落下した。
「……もしかして、両目で狙ってる?」
「お、一個正解。片目だと遠近感が狂っちゃうから、両目の、それも利き目で狙うんだよ。ちーちゃんは確か利き目右だから、特に難しくないと思うよ」
「一個ってことは……まだあるのか?」
「うん。ちーちゃんは撃つ瞬間、無理矢理息止めてるでしょ。そのせいでブレが強くなってるんだよね」
ガチャコッ、とユーは次の弾を装填し、再び構える。
「銃を撃つ時は、息を止めて狙うんじゃなくて、息を吸い込んで、吐きだす直前の呼吸が一瞬止まるときに撃つのがいいよ。それか、吐きだしてまた息を吸い込む直前の、呼吸が止まったとき」
すぅ、とユーは息を吸い込み、その瞬間引き金を引く。銃声、カンッ! 二発目の命中。はー、とユーは息を吐く。
「こんな感じ。『すーっ、パンッ、はー』みたいな? それか、『はーっ、パンッ、すぅー』だね」
「なるほど……」
「あと最後の一個。ちーちゃん撃つ時、目閉じてるの気づいてないでしょ」
「…………マジで?」
「まじまじ」
全く気づかなかった。なんだよ、それじゃあ全く意味ないじゃないか。
「たぶんまだちょっと怖い、って思ってるのかもね。とりあえずさっき言ったことをまず二つ試してみようか」
「お前から指導されると、なんか負けた気分になるな」
「人はそれぞれ得意不得意があるんだよちーちゃん。ちなみに私は食べるのが得意」
「知ってるよ」
銃を再度受け取り、私は照準を合わせる。えっと、両目でしっかり見て……あれ、ちょっと慣れない。照準が二つに見える。あ、見えてきた。
「じゃあ、次は呼吸のタイミングの練習ね。まだ撃たなくていいから、息吸って」
「すぅー……っ」
「ここで撃つ。で、吐く」
「はー……」
「分かった?」
「何となく」
「あとは目を閉じないように、最後まで見続けること。構えはしっかりしてるから、あとは簡単だと思うよ」
「……うん」
私はタイミングの練習をする。吸って、止めて撃って、吐く。今度は、吐いて、止めて撃って、吸う。あ、こっちの方がやりやすいかも。
「できそう?」
「なんかちょっとわかってきたかも」
「じゃあ行ってみようか」
「おう」
レバーを立ち上げて勢いをつけて引き、薬莢を排出。今度は押し込んで次弾装填。あ、スムーズにできた。
もう一度照準を合わせる。今度は一番右の空き缶だ。吸って、吐いて、止めて……今っ!
パァンッ! 銃声が響き、ズドンと肩に強い反動。あ、本当だ。私目を閉じてる。ほんの一瞬、それこそ瞬き程度でだ。
びしっ! 空き缶のほんの少し右側だった。雪煙が舞い上がる。それこそ弾丸一個分の隣でだ。
「ちーちゃん、そう! その調子!」
「う、うん。また目を閉じちゃったけど……」
「うーん、そうだね。じゃあこうしよう」
そう言ってユーは私の後ろに回り込み、突然お腹のあたりに手を回してきた。思わず体が跳ね上がる。
「ゆ、ユー何を!」
「私がいるから、しっかり目を開けて撃ってみて。大丈夫だよ、ちーちゃんならきっとできる」
大丈夫だよ。その言葉が深く私に突き刺さる。お前が言うと本当にそんな気がしてくるよ。
私は息を吐いて、次弾装填をする。これが弾倉内の最後の一発だな。
照準合わせ、両目を開く。呼吸を整え、もう一度同じ缶を狙う。吸って、吐いて、吸って吐いて……ああ、緊張してきた。
そのとき、ユーの腕がぎゅ、と私を抱きしめる。「大丈夫だよ」そんな声が聞こえた気がした。
「……行くよ」
「うん」
目を開けて。大丈夫、ユーがいるから。怖くない、怖くない。
すー、はー、すー、はー。私はいくつか呼吸を繰り返す。緊張してるんだ。でも、ユーが居てくれるおかげで、徐々に緊張がほぐれていくのが手に取るように分かった。
それに、瞼の筋肉が軽い。これならきっと閉じることはない。そうだ、出来る。
すー、はー……すーっ……はーっ……今!
ッパァン!
ッカーンッ!!
「……ぁ」
青空に向かって、空き缶が宙を舞う。ほんの少しの自由落下の後、
どさ、と雪原に落下する。その空き缶のど真ん中には、穴が開いていた。
「……ゆー、あれって」
私は後ろを振り返る。ユーが嬉しそうな顔で私のことを見て、うんうんと頷く。
「……あ、はは」
「へへ。ちーちゃん」
「ユー……」
『やったぁっ!!』
私たちは飛び跳ねて喜ぶ。ああ、やった。やったよユー。お前すごいな、最高だよ。
思いきりジャンプし、私たちは空中でハイタッチをする。パンッ、と銃声とは程遠いけど、とても気持ちのいい音が空に響いた。
了