「暑い」
ユーリがそうつぶやく。
「暑い」
またつぶやく。あと二回くらいは言うだろうな。
「暑い」
「…………」
「あーつーいー」
「……やっぱりな」
「なにが?」
「四回くらい暑いっていうんだろうなって思ってた」
「ちーちゃんエスパーだね」
「お前私を超能力者にするの好きすぎるだろ」
「そのほうが便利そうだし」
まぁ、そうだな。瞬間移動とか透視とかできたら、どれだけ便利なことだろうか。
「ねぇユー。エスパーって、暑さもどうにかできるのかな」
「…………サイコキネシスでどうにかなるんじゃないかな」
ああ。こりゃだめだ。ただでさえ中空構造で中身が少ないユーの頭の中は、暑さで溶けきっているようだった。
「ゴーストタイプには効果抜群だな……」
かくいう私も全然思考は回らなかった。当り前だ、温度計を見たら現在の室温は32度。湿度80%。窓の外ではミンミンジージーとセミの声。
本日猛暑日。エアコン故障から数時間。熱帯は私たちの脳みそを完全に殺しにかかっていた。
一体なぜこんな状況になったのか。それはまずユーリが私の家に転がりこみ、そうめんを食べようという話なった。
まぁ、ユーとしてはエアコンで涼みたくてこっちに来た、って感じなんだと思う。あいつの家のエアコン、相当古い型だから対して涼しくないし、電気代アホみたいに高い。なので、新しいエアコンが備え付けられている私の部屋に来る。
もちろんタダで使うと言う訳でもなく、電気代替わりで食材と調理を請け負ってくれるから助かる。
のだが。
「ちーちゃん……エアコンって、私のこと嫌いなのかな」
「……そうかもな。責任取れよ」
ユーが家に来た直後、エアコンは突如として故障。何度も動かないか試してみたけど、全く反応なし。修理業者を呼ぼうにも、来るのは三日後と来た。
そして、無慈悲に流れる猛暑日の天気予報。
おえぇ、とユーは机に突っ伏す。あまりの暑さで下着姿を惜しみもなく晒しているのだから、ぶら下がる脂肪の塊が目に刺さる。なんだそのナイスバストは、作る谷間は目に毒だ、エロの塊だ。シャツくらい着ろ。
「ちーちゃんも下着姿じゃん。隙間から見えるぺったんおっぱいエロいんだけど」
「私はキャミソールだから……セーフ」
「キャミって下着じゃん……?」
「服だろ」私は反論する。
「下着だよ」ユーがまたまた反論。
「下着か」私はそんな気がしてくる。
「服だよ」ユーリが言う。お前さっきと言ってること変わってるじゃないか。
「なつのー、ひかりー」
ぐっでりどユーは床に転がる。ちょっと水っぽい音がして、汗だくなんだなと言うのがよく分かった。いっそすべてぶちまけてしまいたい思考をどうにかまとめ上げて、私は提案する。
「……ユー。お風呂入りたくない?」
「あー……いいかもね」
「水風呂と普通のお風呂、どっちがいい?」
「どっちも……」
「じゃあ、ぬるまゆ」
「いえー」
のらりくらりと、私たちはゾンビのように起き上がって風呂場へ向かう。着替え? あー、めんどい。私はタンスの中から自分とユーリのTシャツを脱衣所に放り込み、シャワーの蛇口をひねった。
*
「んあぁー……気持ちいい」
ざばー、と私とユーリは狭い浴槽に肩まで沈む。とりあえず温度は適当に人肌程度にしてはいるから熱過ぎず、ぬる過ぎない。とりあえずはだくだくと流れた汗は洗い流せたので助かった。
「やっぱりお風呂っていいよね」
「ああ。生きてるって感じがする」
汗のせいで体を覆っていた不快感は消える。けど、暑さのせいか、風呂のせいか、頭の中はまだぽわぽわしていて、思考がまとまりにくかった。
「まだちょっとだけ、汗臭いね」
「石鹸でまだからだ洗ってないしな」
「暑すぎたもんね」
「まったくだ。でもまぁ、いいだろ」
「気持ちいいしね」
私は体の力を抜いてユーリにもたれ掛かる。二つのふくらみがぽよん、と私を受け止めた。本当にでかいなオイ。
「谷間と裏側に汗がたまって大変だよ。ちーちゃんは涼しそうで羨ましいや」
「聞き方によっては煽りだけど……今回ばかりは、そう思うよ」
「あーあー、私もぺったんこだったらよかったのかなー」
ふにふに、とユーは私の胸を軽く触る。いつもなら拒否するなりなんなりするのだが、今日は何かどうでもいい気がした。
「私は今のやつも好きだよ。触ってて面白いし、抱きしめられるとちょうどいい位置にあるし」
「じゃあ、抱きしめてあげる」
なにも今しなくてもいいのに。でも、ちょっとしてほしいかも。私はくるりと体の向きを変えて、ユーリの胸に顔を埋める。
「あー……ほんと、良い肉付きだよ」
「ちーちゃん専用だよー」
「おう……」
すんすんと鼻で呼吸する。ちょっとだけ酸っぱい匂いと、ユーリの匂いが混ざりあって頭が一層溶けていくようだ。
好き。この匂いが、たまらなく。
「私もちーちゃんの匂い好きだよ」
と、ユーリは私の頭に鼻を押し付けて、くんくんとする。おい、恥ずかしいぞ
「……なぁんかさ……もう、ずっとこのままでいい気がしてきた」
「そうだね……」
「一緒にお風呂に入って抱きしめてると……なんか、ちーちゃんと一つになれるような気がする」
「なんだそれ。変なの」
でも、嫌じゃないな。
「えへへ……二人でひとつー」
そういって、ユーリは私をぎゅぅ、と抱きしめる。それに負けないように私もユーの腰に手を回して、ぎゅう、と抱きしめる。
ぴちゃん。天井に溜まった水滴が、浴槽に落ちる。ミンミンジージーと鳴いていたセミの声が遠くなり、浴室の窓がオレンジ色になっている。そろそろ上がったほうがいいのかもしれないな。
でも。
「……もう少し入っていようか」
「……そだね」
夏の暑さで溶けきった私の思考は、いつの間にかユーリの思考と混ざりあっていたようで。
しばらくの間、元の形に戻ることはなさそうだった。
了