「うえぇえ、もうあるきたくないよー!」
白い布を着た、あの頃のユーが大泣きしている。あれなんで小さい頃のユーが居るんだ?
私は周囲を見回してみる。見覚えはないけど、懐かしい感じのする景色だ。上を見上げると空が見える。少し目線を降ろすと、まるで灰色の壁のようにひっそりとたたずむあの階層都市が見えた。
「ゆー、がんばろうよ」
と、後ろから舌ったらずな子供の声が聞こえて、私の横をすり抜ける。フードを被った女の子。その後ろ姿で私は確信する。
「ほら、たって。くらくなっちゃうよ」
女の子がフードを外す。間違いない。今よりもずっと小さい、あの頃の私だ。
ここは、私たちが育った故郷の近く。そして、その夢なんだろうな。
「ひっぐ、えっぐ……おなかすいたよ……あるきたくないー!」
わんわんと泣きじゃくるユーリを、小さい頃の私は頭を撫でてよしよしとしてやる。そうそう、小さい頃のユーは本当に泣き虫だった。わがままばかりで、自分でどうしようもなくなると駄々をこねて困らせてばかり。
でも、私はそんなユーリをすごく気にかけていた。決まっている。大事な家族だからだ。おじいさんが時々いない時とか、私がユーの面倒を見ていた。
『こら! ゆー、かってにごはんたべちゃだめって言われたでしょ!』
『ゆー、ちゃんとおふとんでねて!』
『ゆー、かみのけちゃんとごしごしして!』
……ふふっ。ああ、そうだ。なんやかんや世話焼きしていたな。
「うわあぁあん、おじいさんどこ、おうちかえりたいよー!」
と、ユーは泣きじゃくる。こうなったら手が付けられないことこの上ない。家の近くとか、家の中だったらまだ部屋に連れ戻してなだめたりはできたけど、ここから私たちの住んでいた家までは子供からしてみればけっこうな距離があった。
「ゆー、手をつなご? そうしたらいっしょだから」
「うっぐ……ひっく……むりぃ……」
そうだよな、たくさん歩いてたくさん遊んだから、帰りの電池までなくなっちゃったよね。私は歩みを進めて、幼いころの自分たちの目の前にまで近づく。どうやら子供の私たちには、「私」の姿は見えていないようだ。
小さい私は、動かなくなってしまったユーを見て困った顔をしている。この歳でどうにかしようって考えるのは相当難しいけど、でもなんとかしようって顔で必死に考えていた。
対してユーリは涙と鼻水で顔をぐっしゃぐしゃにしていた。おいおいちゃんと拭かないと凍るぞ。と思っていたら、小さい私がティッシュを取りだして鼻に当ててやる。
「ちーん、して」
しゃっくりを繰り返すユーだったが、少しだけ呼吸を整えてずびびと鼻をかんだ。よしよし、偉いぞ昔の私。
それで…………そうだ。この後私は、我ながら無茶なことを提案するんだ。
「……よし! ゆー、おいで!」
小さい私はユーに背中を向けて座りこむ。ユーは何をしてるの、と言いたそうな顔でじっと見ていた。
「おんぶして、わたしがいえまではこぶ!」
「…………ちーちゃん」
「だいじょうぶ!」
たしか、この時は同じくらいの背丈だったから体重も同じくらいだとは思うけど……ちびっこがちびっこをおんぶするのって、相当大変なはずなんだけどな。
「だから泣かないで!」
「…………うん」
そういって、ユーは私の背中に乗る。うんしょ、うんしょと小さい私は足を持って、どうにか立ち上がろうとする。頑張れ、もうちょっと!
「ん、ん~~~~!」
よし、立てた! 頑張れ、私!
「ちーちゃん……だいじょうぶ?」
「へ、へいき……!」
どうにかユーを持ちあげた私は、よろよろしながらも一歩を踏み出す。さく、さくと雪に二人分の重さで深くなった足跡がついていく。
「んっ、んん」
歯を食いしばって、なんとしてでも私はユーリを言えまで届けようと奮闘している。そんな私の後ろ姿を見て、ユーの表情が少し変わった気がした。
「ちーちゃん……やっぱり、おりる」
「おりなくていい! ゆーは、わたしがつれていくの! おねえさんだから!」
ふふ。どっちかなんて決まってなかったけど、でも私なりのプライドだったんだと思う。ユーが泣いてばかりいたから、私がしっかりしなきゃって、そう思っていた。
すると。
—トトトトトト—
聞き覚えのあるエンジン音が響いてきた。目を向けると、一台の車両がこちらにむかって走ってきていた。言うまでもないだろう。まだおじいさんの物だった、ケッテンクラートだ。
「おじいさんだ! ゆー、おじいさんがきてくれたよ!」
「うん……!」
「おじいさーん!」
小さい私はケッテンクラートに向かって大きく手を振る。おじいさんも気づいてくれて、ライトを照らして手を振り返してくれていた。
「ちーちゃん、あのね……」
ぎゅ、とユーが小さい私の布を掴んだ。
「ありがと……」
*
何者かに意識を引っ張り上げられるような感覚。若干の不快感が脳みそに注ぎ込まれるも、程よい揺れが私の心を落ち着かせる。それに、温かい……。
「んっ……」
「ちーちゃん!」
すぐ近くでユーの声がした。なんだ、やたら近いな。まるで密着しているかのような距離だ。
「ゆー、う……っいった……」
頭を動かそうとして痛みが走る。なんだこれ、頭がずきずきしてたまったものじゃない。まるで何かを押し込まれているような、そんな感覚だ。
「まだ起きない方がいいよ。派手に頭ぶつけちゃったから」
「あたま……?」
「覚えてない? 氷で滑って、頭ぶつけちゃったんだよ」
そう言われて私はどうにか記憶の糸を手繰り寄せる。えーっと、探索の際中に、何かを見付けて……それを取ろうとして、凍結した床で足を滑らせたのまでは覚えている。なるほど、その直後か。
「今まで聞いたことのない音がしてちーちゃんが動かなくなったから……すごくびっくりしたよ。息はしていたからひとまずの安心はしたけど」
「そうか……」
そのあたりで私はようやく気づいた。今、私はユーリにおんぶされている。道理で声も近いし、心地よい揺れが体を包んでいるわけだ。
「……ごめん、重いよね」
「え、なにが?」
「なにがって……おんぶまでしなくていいのに」
「んー、でも車両まで戻らないと毛布とか無いしね。とりあえず一旦戻るよ。それにちーちゃん軽いし、全然平気。そのままで大丈夫だからね」
なんて頼もしいんだろうか。夢で見たユーリは、あんなに泣き虫で、私の後ろについてきてばっかりだったのに。
「それにさ。いつかお返ししなきゃなって思ってたし」
「え……」
「ほら。小さい頃、私が歩けなくなって、ちーちゃんがおんぶして運ぼうとしてくれたじゃん」
「お前……覚えてたのか」
「まあね。だから、あの時の恩返し」
えへへー、と言いながらユーは歩みを進める。ってか、リュック背負った私をさらに背負っている。その上、銃を引っ掛けたリュックを前に掛けて運んでいるぞこいつ。何をどうしたらこんな怪力になるんだか。
「……私の方がお姉さんだったのになぁ」
「え、なにかいった?」
「…………なんでもない。あとは任せた」
「あいよー」
鼻歌交じりでユーは歩みを進めていく。本当に余裕でいっぱいだな。ちょっと悔しくて寂しい。
でも、それ以上にそんな頼もしくなったお前が居てくれるおかげで、私は毎日助けられているんだ。
だから。
「……ゆー。ありがと」
ユーリに聞こえないように、吐息のような声で私は大切な相棒に感謝した。
了