R32GT-R対GTOだと、往年のN1耐久を思い出します。
90年代前半を席巻した二台の4WDマシンは、当然ながらロケットスタートを決める。
1コーナーまでの加速勝負は互いに譲らない。そして、最初のブレーキング勝負を制したのは。
(……何っ!?)
冨津は驚きを隠せなかった。
何と、GT-Rよりも重たい筈のGTOが、ブレーキングで前に出たのだ。この結果に、表六甲のギャラリー達は、驚愕するしかなかった。
(……GTOの潜在能力を、貴様は知らないだろう)
先頭を取った魚住は、得意げな表情を浮かべた。
90年代を代表する4WDスポーツカーの二台。R32GT-RとZ15型GTOは、意外と共通点が多い。
共に280馬力自主規制の時代に生まれた、オンロードを意識した4WDである事。当時最先端のハイテク装備を、充実させていた事。そして、メーカーの生み出したフラッグシップスポーツマシンである事。
双方の開発者が、ライバルとして意識していた事は想像に難くない。
しかし、その末路は余りにも対照的だったと言わざる得ない。
名車として称えらえ、Gr-A、N1耐久と、ツーリングカーレースに金字塔を打ち立てたR32GT-R。その系譜は、後に続くR33、R34と続き、その名声を確固たるものにした。
一方のGTOは販売面も苦戦していたが、同時期に参戦していたN1耐久レースでは“打倒GT-R”を掲げながらも、ついにGT-Rに土を付ける事が出来なかった。その後はランサーエボリューションの台頭により、マイナー車としての道を歩む事になってしまった、悲運の名車なのである。
GT-R。特にR32にほれ込む冨津としては、そんなGTOに負ける事はプライドが許さなかった。
(……GTOになんぞに負けたら、俺は笑い者だぜ!!)
テールトゥノーズに持ち込んで、GTOを煽りまくる。
しかし、魚住は全く動じない。その巨体で、狭い表六甲を攻め立てる。
(R32は確かに良い車だぜ……でもな。
打倒GT-Rを掲げる奴が多い事を、忘れたらいかんぜ!!)
魚住は、愛機に鞭を存分に振るった。
GTOは、ランサーエボリューション並みに細かくモデルごとに進化している事を、知る人は少ない。
90年から販売されたリトラクタブルヘッドライトが特徴の初期型は、92年から住友製の対抗ピストンのブレーキキャリパーと、国産車初の50タイヤと17インチホイールを採用し、その巨体を支えた。
93年のビッグマイナーでフェイスリフトを受けて、プロジェクター二灯ヘッドライトに変わった中期型と呼ばれる。ゲドラグ製6速と45扁平の17インチタイヤにグレードアップ。
96年の後期型では、エアロ類のリニューアルと、これも国産初の18インチの40扁平のタイヤで武装。
そして、最終型と呼ばれる98年モデルは、再びフェイスリフトとエアロの変更を受け、非常に大きなリアスポイラーが特徴的であった。
その中で、GTOの最強と謳われるのがツインターボMRだ。装備類の簡略化で、若干の軽量化を施し、三菱最強のバッジネームのMRを譲り受けたのモデルだ。
そのMRには、N1耐久でGT-Rを倒すべく、AP製の6ポットキャリパーをオプション設定されると言う破格の装備を得る事が出来たのである。
魚住は、これまで四台のGTOを乗り継いできたGTOマニアで、三菱車の愛好家の中でも名の知れた男だ。
その魚住が選んだのは、当然ながら最終型のツインターボMRである。
(……俺が首都高を走り始めた頃。GTOを選んだ時は、周りの仲間は皆辞めた方が良いと言っていた。
“GTOでGT-Rには勝てない”とか“せめてRX-7かスープラにしといた方が身の為”だと口を揃えたさ。
だが……俺は首都高で勝てるGTOを作り上げてきたんだ!!)
魚住の全てが、このGTOに詰まっているのだ。
6G72エンジンはV6のツインターボで、三菱らしく低速からの図太いトルクを発生させる。その特性を生かすべく、3,1リットルにボアアップしてカムもハイリフトの物に変更。ガスケットもメタル製にし、大容量タービンで存分にブーストをかけられる様にスケールアップ。他にも、ワンオフサージタンクにパイピング類の強化等、最高出力700馬力を絞り出すフルチューン仕様なのだ。
当然、超重量級のボディを限界までシェイプアップし、300キロ以上の軽量化を施して戦闘力を増大させている。
GTOはコーナーを立ち上がり、鬼のようなトルクで、強烈な加速力でGT-Rさえも置き去りにする。
(何て加速力だ……。
だけど……それ以上に、何故あの重たいGTOで、そこまで突っ込めるんだ!?)
その走りに、冨津は度肝を抜かれるしかなく、必死で喰らいついていく。
(……GTOを甘く見てると、大怪我するぜ)
魚住は、その愛機に自信を持っていた。
GTOの場合、同じ4WDのGT-Rと比べ、最も異なるのがシャシーのレイアウトである。
FRベースのGT-Rは縦置きのエンジンレイアウトだが、GTOはディアマンテというFFセダンのシャーシをベースに開発している。その為、V6エンジンは横置きにマウントされている。
それに加え、フロントにトランスファーを置くため、極めてフロントヘビーな重量バランスとなってしまっている。
そうなれば、極めてコーナーリングが苦手なシャシーレイアウトになる筈である。
しかし、GTOのホイールベースは2470ミリと、同世代のFD3S、80スープラ、NSX等と比較しても、一番ショートホイールベースなのである。
それに加え、前後の駆動配分はフロントが30パーセント対リア70パーセントと、極めてリア寄りの駆動配分をしている。これは、GC8インプレッサのドライバーズコントロールセンターデフを、最もリア寄りにしても35対65となる事から、如何にリア寄りのバランスになっているかが分かるだろう。
その為、魚住はフロントに機械式LSDを組み込みアンダーステアを対策。更に、フロントヘビーを支えられる様に、足回りも徹底的に強化し、セッティングを煮詰めた。
曲がらないと言われるマシンを、曲げるチューニングを極めた。
これこそが、四天王と呼ばれる最強のGTOのマシンメイキングなのだ。
街道でもその力を発揮するGT-Rとて、このGTOを抜くのは並大抵の事ではない。
(……くそったれ。これが十三鬼将の実力って奴なのか!?)
追走するGT-Rだが、追いかけるだけで目一杯の状態だった。冨津は、焦りの色を隠せない。
しかし、そのペースの速さがとてつもない事を、中間地点の計測タイムが物語っていた。
「……なんちゅうタイムや」
そのぺースは、レコードよりも1秒近く速いタイムをマークしている。
スラッシャーの飛鳥は、モニターに表示されたタイムに驚愕させられるしかなかった。
「ホンマかいな……。あいつ等狂っとるんか?」
天童も、思わず口走ってしまう。
「……しかも、単独や無くてバトル中やで。
競り合っとる最中でレコードのペースで走っとる訳や。尋常じゃあれへん……」
六甲山、双方のスラッシャーが身震いするほどだった。
それが何を意味するのか。今宵集まったギャラリー達も、よく理解していた。
壁の様に立ちはだかるGTOのテールランプを、冨津は睨みつける。
(……古谷。お前の言ってた通り……。いや……それ以上だ)
冨津は、幼い頃に見たGr-AのGT-Rに憧れていた。免許取得後に腕を磨き、地元に敵が居なくなる頃には、ついに夢であったR32GT-Rを手に入れた。
そして、街道のGT-R使いとして各地に名を馳せてきたのだ。
キングダムトゥエルブの中で、R34を駆る“1stKINGDOM”古屋小鉄とは良きライバルであり、共にGT-Rを愛する同士でもあった。
その冨津のR32GT-Rは、極めて王道と言えるチューニング内容だ。
ギャレット製のニスモ581BBタービン、通称ルマンタービンをツイン装着。ガスケット交換にハイカムでパワーを引き上げて、全回転域でパワーを使える530馬力と首都高仕様のマシンに引けを取らない。
そこに、クロスミッションとファイナル変更を施し、その加速力はキングダムトゥエルブの中でも一、二を争う程。
当然、その加速力を止める為のブレーキも当然強化。足回りも、街道で戦う為に何度もトライアンドエラーを繰り返して煮詰めてきた。むろん、ボディの補強と軽量化も怠らなず、戦闘力を大幅に引き上げたスペックを持つ。
キングオブチューニングカーであるGT-R。それは、街道でも王者となる使命を果すべく製作された、冨津の魂の一台なのだ。
その冨津は、GT-Rに乗り換えて以来、初めて先行を許した挙句、喰らいつく事に必死になっている。
(……俺もまだまだって事なのか? それとも、あいつが異常に速いのか? 教えてくれ……GT-R!!)
表六甲の主に対し、眼中に無いとまで言い切った十三鬼将。しかし、現実は苦戦を強いられしまった。
冨津に取って、初めて味わう屈辱。己の全てを出して追いつけない、壁にぶち当たった瞬間だった。
魚住がリードを奪ったまま、表六甲の最終区間に突入する。
(……残りコーナーは、もう幾つも無い)
しかし、魚住の顔つきに油断は無い。まだ、ミラーにGT-Rのヘッドライトが見えているのだが、その差は約三車身。
(……生憎だが、俺が相手なのが悪かったな!!)
ゴールまで残り僅かでも、相手に一切の隙を見せない。
これこそが、首都高で最速最強と謳われている“四天王”たる所以なのだ。
ゴールラインを駆け抜けたGTOは、一度もリードを許さなかった。そして、表六甲のレコードタイムを塗り替えるというおまけをつける。
十三鬼将の底力を見せた魚住。まさに完勝だった。この圧勝劇は、表六甲の走り屋達を熱狂の渦に巻き込んだのであった。
バトルを終え、マシンを降りた冨津と魚住。双方の表情は、まったく対照的であった。
「……あんた、何者なんだ?」
冨津は、魚住に問いただした。
「何者って言われてもな……。
“走り屋”と答えるしかないな」
魚住は、淡々と答えた。
「……俺は、GT-Rに拘って今まで街道を走り続けてきた。
GT-Rで……R32で、ランエボやインプにも勝ってきたんだ。そりゃ、負けた事だってある。
だけど、バトル中に一度も差を詰められなかった事なんて、一度だって無かったんだ。
まして……GTOを相手に追いつけなかった……。
何故……あんたは、そんなに速いんだ?」
絞り出すように冨津は問いただすと、魚住はゆっくりと答えた。
「……あんたには悪いが、俺よりも速い奴はまだまだ居るぜ。
特に……首都高何かにはな。そいつに、何時かテールランプを見せつけたいから、腕も磨くし、マシンのチューニングも進める。それ以外、何も無いぜ。
バトルに負ける事で、別に命を失う訳じゃないし、金を取られる訳でも無い。だから、負けたら腕を磨いて、次に勝てばいいと思ってるだけだ。
それと、GT-Rに拘るアンタに、一個だけアドバイスを送るぜ」
「……?」
「GT-Rは良い車だ。皆が憧れるし、チューニングすればするだけ速くなる。
間違いなく“王者”のマシンだ。
でもな……だからこそ、俺達は打倒GT-Rのために、対策を怠らないんだ」
その言葉に、冨津はハッとなった。
「それこそ、首都高にはGT-Rに拘る奴はゴロゴロしてる。人生全てをGT-Rに捧げてる奴も珍しくは無い。
そいつ等と、違う車で張り合うのは、並大抵の事じゃない。だからこそ“打倒GT-R”を掲げる事に意義があるんだ」
魚住は、ニヤリと笑った時。冨津は、自然と天を仰ぐしかなかった。
十三鬼将“ダイングスター”は、四天王の貫録を見せる勝利を見せた。
裏六甲の勝敗が決したのと同じ頃。
東へ遠く離れた志賀草津では、もう一つのバトルの舞台が整い、異様なボルテージに包まれているのであった。
三菱の速さのフラッグシップはランエボでも、存在のフラッグシップはGTOです!!
次回は志賀草津のバトルです。