志賀草津と言えば、草津温泉と言う有名な観光スポットがある。それに加え、草津高原を一望できる志賀高原ルートも、著名なツーリングスポットであった。
この志賀高原ルートは、一昨年から街道サーキットとして生まれ変わった。見晴らしの良い街道をひとっ走りして、草津温泉でその疲れを癒すのが、走り屋達の新しいトレンドである。この志賀草津街道サーキットは、全国的に見て特に人気のある街道サーキットだ。
今宵、十三鬼将とキングダムトゥエルブがバトルする事も有り、志賀草津は異様な熱気と、最高のボルテージに包まれていた。
バトル見届け人の、一人を除いて。
「……気に入らねぇ」
この志賀草津のスラッシャーを務める、“三日月”こと城長明は、憮然とした表情で呟き、二人の走り屋を見ているだけ。
この城長は、スカイラインマニアである。しかし、GT-Rでは無くあえてFRで直列6気筒のスカイラインにほれ込んでいる。
十三鬼将の“ミッドナイトローズ”こと川越清美はGTO使い。つまり4WDのターボマシン。
キングダムトゥエルブの“キングチャリオット”と異名を取る桐谷義経の愛機は、M35型のステージア。つまり、V6に生まれ変わった以降の日産車。
平たく言えば、城長にとってムシの好かないマシン同士が、志賀草津でバトルを行うのである。
もっとも、その虫の好かないM35ステージアに、自分のレコードタイムに肩を並べるタイムを叩き出されてる分、尚更に機嫌が悪かった。
それでも、志賀草津のバトルは始まるのである。
互いのバトル相手を、睨みつける様に視線を交差させる。
「……へぇー。貴方がキングダムトゥエルブの走り屋なのね?
てっきり、キャンプにでも来てる車かと思ったわ」
不敵に挑発する川越。ワゴンボディのステージアが相手なので、油断が有るのか。
「ふん……舐めるなよ。
女の尻を追っかける趣味は無いんでな……」
対する桐谷も、煽るような言葉を返した。
「そんな重たい車で、私に着いてこれるかしらね?」
「貴様の車にだけは、言われる筋合いは無いな」
売り言葉に買い言葉。双方のボルテージは上がる一方だ。
「……勝負よ」
「望むところだ……」
二台のマシンが、スタートラインに向かう時。
(……見極めさせてもらおうか。その実力をな)
別の鋭い視線が、二人を見ていた事を、バトル当事者とギャラリーは気が付いていなかった。
GTOとステージア。街道には不似合いなマシンが、グリッドに整列。
「どっちが勝つんだ?」
「想像がつかねーよ……。どっちも、峠を攻めるクルマに見えねーし……」
「でも、あのステージアは城長さんの持ってるレコードと互角のタイムを出しているらしいぜ?」
「だけど、十三鬼将の奴らも相当に速いって話だ……」
「あー……。こりゃ分からねーな」
騒めくギャラリーをよそに、二基のV6エンジンのエキゾーストノートが高鳴る。
点灯したレッドシグナル。そして、ブラックアウト。
エキゾーストノートと、スキール音が草津高原に響いた。二台の重戦車による、ダウンヒルバトルが始まった。
その時だった。
「……あ、あれは!?」
その二台を追走するように、一台の黒いマシンがスタートラインを駆け抜けていった。
スタートで先手を取った川越。4WDのGTOだけに、スタートで負ける訳にはいかない。
(……?
もう一台来てるわね)
ミラーに映るヘッドライトが、もう一つ増えている事に気が付いた。
それは、桐谷も同じだった。
(あれは……R34?
スラッシャーの城長か!!)
そう。スラッシャーの城長は、このバトルを見極める為に、バトル乱入を決行したのであった。
(……悪く思うなよ。
この志賀草津の走り屋として……アンタらのバトルを黙ってみている気は無いんだよ!!)
そこには、志賀草津の主としての意地があった。
まさか三つ巴のバトルになるなど、ギャラリーもバトル当事者ですら思いもしなかった展開だ。
(まぁ……良いわ。まとめてぶっちぎればいい話よ!!)
川越は、お構いなしにフルスロットル。その巨体で、志賀高原を攻め立てる。
低速のヘアピンが迫りくる。フルブレーキングできっちりと減速し、舵を入れる。クリッピングポイントを通り、アウト目一杯までラインを使い立ち上がる。お手本の様なコーナリングで、ヘアピンをクリアする。
そして、ミラーで後ろとの差を見ると。
(……追いつかれてる)
その差は、確実に縮まっていた。
いくらGTOがコーナーリングが苦手なシャシーレイアウトのマシンだとしても、ステージア相手にコーナーで追いつかれている。
(……認めたくないけど、あんな舐めた格好でもコーナリングは私の方が負けてるわ)
その事実を、川越は受け入れるしかなかった。
そして、最後方の城長も。
(……速え。ちょっとでも油断したら、置いてかれるぜ)
そのコーナリングには度肝を抜かれるしかなかった。
したり顔でGTOのテールランプを見つめる桐谷。
(……FMパッケージレイアウトの威力を思い知りな)
キングチャリオット。街道の伏兵が、ミッドナイトローズと三日月に牙を向く。
M35ステージアは2001年に発売され、日産の新世代シャシーであるFR-Lプラットフォームを持つ。これはV35スカイラインやZ33フェアレディZ等と、共通のシャシーを採用している。
したがって、エンジンや足回り等のパーツは同一の物となる。
このV6エンジンを採用した“FMパッケージ”は、それまで伝統であった直列6気筒エンジンを捨てた事も有り、それまでのスカイラインファンからの評価は著しくなく、雑誌などでも賛否は別れた。
しかしだ。
このシャシーは伝統を捨てた事により、それまでのスカイラインにとっての、足枷が取り払われた事実も忘れてはいけない。
(V6は気に入らねぇが……重量バランスはやっぱ優れてやがる)
ER34を駆る城長でも、それは認めざる得なかった。
V6エンジンのステージアの重量バランスは、フロント51に対しリア49と、極めて理想的なバランスを持つ。対してR34スカイラインは56対44と、長く重くエンジンの高さがある直6エンジンを積む故に、フロントヘビーな重量バランスとなってしまっている。
GTOに至っては、同じV6だが横置きに加え4WDとなり、60対40とかなりフロントヘビーなレイアウトとなってしまう。
ステーションワゴンでありながらも、並みのスポーツカーよりも優れたシャシーバランスを持つM35ステージアで、あえて街道を走る桐谷はまさに街道の伏兵だ。
その桐谷が選んだのは、M35ステージアの中で唯一マニュアルミッションを持つ、アクシス350Sと言う限定モデルだ。
もちろん、マニュアルが搭載されているだけでは無くFRだという事。他にも、エンジンや駆動系に関してはZ33フェアレディZと同一のコンポーネンツを持つため、パーツを流用する事でチューンナップを可能とする。
桐谷のそれは、元々NAのVQ35をボルトオンターボ化し、重い車体を引っ張れるパワーを得た。もちろん、それを支える足回りも当然強化。特に重い車重を止める為のブレーキは、Z33用のブレンボキャリパーを流用する。
見た目はワゴンだが、中身はスポーツカー並み。これが桐谷のこだわりだった。
ステージアが、そのスタイルに似合わない浅いアングルのドリフトを決めて、コーナーを駆け抜ける。
(……ワゴンだと思ってる舐めてる連中をぶっちぎる。こんなに面白いことは無いんだぜ)
それが桐谷のこだわり。彼は、元々はドリフト派だった事にそのルーツがあるのだ。
元来ドリフト野郎は、速く走る事よりも目立つ走りをする事を重点に置く。その中で、手っ取り早く目立つ方法の一つが、意外性のある車でドリフトを決める事にある。
例えば、TE71系のカローラは、エンジンや足回り、駆動系に至るまでAE86とパーツの互換性がある為、珍しい中でも極めてドリ車を作り易いマシンであった。その為、あえてTE71系を選ぶ走り屋も多かった。
他にも、A31セフィーロ、C33ローレルは、ドリフト発展期に一世を風靡したドリフトベースのマシンになる。こちらも、S13系やR32系のパーツを流用する事で、極めてドリ車を作り易い車両だ。今でこそ、普通にドリ車として候補に挙げられるものの、当初はマイナー車で珍しかったのである。
そして、そんな桐谷が当初駆っていたのは、W34のステージアだった。W34系ステージアはR33スカイラインとシャシーを共通する為、殆どスカイラインワゴンと呼べる車両だ。当然ながら、意外性があって峠で珍しいマシンでありながら、スカイラインと同様に、マシンを製作しやすい面があった。
その例として挙げるとすれば、W34ステージア“260RS”が恰好のケースとなるだろう。オーテックバージョンとも呼ばれる260RSは、中身さえそっくりR33GT-Rとなる為、ワゴンでありながらサーキット走行も軽くこなせるポテンシャルを持っていた怪物ワゴンであった。まさしくメーカーの出したチューンドカーと言える代物だ。
もっとも、車両価格が高い事に加え、当時の桐谷はドリフト派だったため、FRの25RSを選んでいたのだが。
それでも、RB25DETエンジンとFRのシャシーを持つ、34ステージアのスポーツグレードに当たる。当然ドリ車を作るには、もってこいのマシンだった。
ただし、W34でドリフトしていた桐谷だけに、そのマシンのフロントヘビーさには手を焼いていた経験がある。
元々R34は重量が有るが、ステージアはそれに輪をかけて重く、そしてフロントヘビーだ。つまり、R34スカイラインの弱点を、そっくりそのまま引き継いでしまっていた。
目立つことは出来たとしても、W34で速く走るには、限界が見えていた。
そして、新たにあえてマイナーなM35ステージアを選んだ。それ、見事に大当たりだった。
理想的な重量配分を持つシャシーは、高い旋回性能を生み出しながら“とにかく目立つ”事が出来る。元ドリ野郎の桐谷にとって、理想的なマシンであったのだ。
(……GTOもR34も、スポーツカーだ。
でも、俺にとっちゃ……いい獲物だぜ!!)
ステージアが、コーナーを抜ける度にGTOとの差を詰めていく。ここまで逃げてきた川越との差が、ついに無くなった。
キングチャリオット。街道の伏兵が、そのポテンシャルを発揮した。
(……屈辱ね。あんなマシンに追いつかれるなんて……)
ミラーに映るヘッドライトに、川越の表情は苦々しく歪める。
しかし、今以上にペースを上げるのは、難しい事も分かっている。
(……どうしようかしらね)
と、心の内で嘆くが、決して彼女も諦めている訳では無い。
「……アイツを倒すまで、私は負ける訳にはいかないのよ」
川越清美。ミッドナイトローズと呼ばれる首都高の走り屋。
彼女が十三鬼将に加わっている理由には、彼女にとっての意地がそこにあった。
今回はまさかの三つ巴です。
ちなみにミッドナイトローズは元十二覇聖ですが、kaido本編では十三鬼将に加わってます。