個人的には、一番お気に入りのキャラクターです。
都内の工業地帯に店舗を構える、小さな自動車整備工場のガレージには、深夜まで明かりが灯っていた。
内藤自動車の屋号を持つこの整備工場は、一見すると普通の整備工場なのだが、首都高の走り屋にとっては知る人ぞ知る名チューナーが店を構えているのだ。
店主である内藤健二は、かつては著名なロータリーショップでメカニックとして腕を磨き、GTマシンのメンテナンスやショップのデモカーの製作になどに携わっていた。その後、独立し店を構えて今に至る。
そして、内藤は“追撃のテイルガンナー”の異名を持ち、十三鬼将の中でも四天王と謳われる実力者。首都高の走り屋の中でも著名な走り屋だ。十三鬼将結成以前から真紅のFC3Sで首都高を攻め、GT-Rやスープラ、FD3S等と言ったマシンと互角に渡り合ってきた。
そんな内藤の愛機は、今現在はリフトに乗せられている。しかし、エンジンルームは空っぽだ。
「……あんたも好きねぇ」
呆れた様子で呟いたのは、緒方明子。彼女も十三鬼将の四天王と謳われ、内藤とは良きライバルとして長年に渡って走り続けてきた間柄だ。
街道でのバトルに備え、内藤は準備に余念がない為、店舗にまで冷やかしに来ているようだ。
「……まぁな。首都高と街道じゃ、求めれるエンジンが違うんでな。街道用に作り直してるんだよ」
自慢げに語る内藤の足元には、三枚に下ろされた13Bエンジンのサイドハウジングとローターハウジングが転がっていた。
「……一から作ってるの?」
「おう。前はパワーが出るようにブリッジポートだったが、今度は中速重視のサイドポート仕様にする。それと、ローターハウジングは20B用を使ってたんだが、FDの13B-REWの奴に変えるんだ」
「……何が違うの?」
自慢げに語る内藤に、緒方は聞いた。
「排気ポートのでかさが違うんだぜ。20B用だと排気ポートがでかい分、パワーも上がるが低速トルクが細くなる。
13B-REWの方がポート径が一回り小さい分、中速トルクを太らせるんでな。FCの13B-T用が一番排気ポート径が小さいから低速トルクは出るが、ピークパワーが落ちそうだったからFD用を選んだ。
あと、ローターもFD用の圧縮比9.0の奴を組み合わせる。ブーストはそこまで上げれねぇが、レスポンスは上がるからな。こっちのローターを使う事にした」
内藤のウンチクを聞く間に、緒方は顔を顰めていた。
「……私たちの中で仕様変更する奴はいたとしても、エンジンまで組み替えてるのは、アンタくらいよ」
「褒めてるのか?」
「皮肉よ……」
憎まれ口を叩きあえる程度の仲。お互いの事はよく分かってるのだ。
そして、不意に緒方から会話を切り出した。
「……ねぇ、内藤?」
「何だよ? 結婚でもしてくれんのか?
まーお互い良い年だし……」
内藤がセリフを言い終える前に、緒方がバコーンと頭を引っ叩いた。
「いってぇな……」
「……世界中の男の中で、アンタしか相手が居なかったら、独身を選ぶわ」
「可愛いジョークじゃねぇかよ……」
ブーをたれながら、内藤は再び作業を開始する。
「……内藤。
アンタ、何時まで首都高を走るの?」
「………………」
緒方の言葉に内藤は、何も答えなかった。それでも、緒方は話を続ける。
「私さ……。今の仕事で、フランスに行く事になったのよ。
すぐって訳じゃないけど……来年にはパリに移る予定よ」
「……ってことは、首都高……下りるのか?」
内藤の言葉に、緒方は頷いた。
「…………そうか」
「でも、すぐって訳じゃないわ……。
……年内で卒業かしらね」
緒方の答えに、内藤は言った。
「……来週、俺は日光でバトルする。そいつを、見に来てくれねぇか?」
「……良いわよ」
緒方は快諾した。そして、内藤は断言した。
「花道飾る景気付けにしてやるぜ」
そこには、自信に満ちた内藤の姿があった。
日光いろは坂。開通初期の日光には、ヘアピンコーナーが四十八個あり、いろは四十八音に例えてヘアピンの一つ一つに音に対する文字の看板が立っている。
このいろは坂も、走り屋黎明期の頃から著名な峠と知られ、多くの走り屋達の憧れの峠であった。
このいろは坂が、街道サーキットとして生まれ変わるのも、ある意味必然だったのかもしれない。
そして、関東でも屈指の難コースで鍛えられた走り屋達のレベルは、極めて高いと言う事も忘れてはならない。
キングダムトゥエルブのランエボ使い、伊達元就は“根絶の騎馬”と言う異名を持つ。
そして、彼は元々日光で腕を磨いた後、各地の街道で名を上げた走り屋だった。
(まさか、こんな形でここに戻ってくるとはな……)
頂上のパーキングから、九十九(つづら)折りの日光の峠を見下ろすと、今までとはまた違った光景に見えてくる様だった。
「……久しぶりにお前の走りを拝めるなんてな」
後ろからの声に振り返ると、伊達にとっては懐かしい人物がそこに立っていた。
「岡本……。何年かぶりだな」
その男の名は、岡本弘幸。“グローバルウィナー”の異名持つ、日光のスラッシャーだ。
「ああ。噂は色々聞いてるぜ」
旧友の元気な姿に、岡本は懐かしさを噛み締めていた。
「しっかし、伊達はホントにランエボマニアだな……」
「それはお互い様だろう。岡本だってドイツ車マニアで、長い事ベンツのエボⅡだったじゃねぇか。なんでまた、アウディのRS6にしたんだ?」
「……パーツが高い分にはまだ良いんだがな。流石に部品が出てこねぇんだよ」
「……間違いねえや」
岡本は、改めて伊達の愛機、ダークグリーンのランサーエボリューションに視線を移した。
「……今度のは、エボ9か?」
「いいや。8のMRだ」
「……ランエボはシリーズが多すぎて、区別がつかねーわ」
「まぁ、見た目に大差は無いからな。だが……中身は別モンだ」
「その様子だと、十三鬼将も敵じゃ無さそうだな」
岡本はそう言うが、伊達の顔付きは強張る。
「そう思いたいが、あちらさんとここまでの戦況は五分だ。おまけに、今まで戦ってきた奴ら全員が口を揃えて強敵だったと言い張ってる。
おまけに……俺の相手は四天王って謳われる実力者だ。日光は俺に取っちゃ庭も同然だが、油断はできねぇ」
そう語った伊達に、驕りは無い。
(確かに、十三鬼将は噂以上の強敵だ……。
しかし……伊達が日光だけを走り続けてたとしたら、今スラッシャーになっているのはこいつだ……)
岡本には、“根絶の騎馬”の敗北する事は考えられなかった。
週末の日光は、夕暮れから大渋滞となっていた。立ち並ぶ車の車種は、温泉街に観光に来た車とはかけ離れている。
コンパクトカーやスポーツカー、セダンなどジャンルは様々なのだが、並ぶ車の殆どが何かしらのカスタムを施しており、ナンバーも各地のナンバープレートを背負っている。
今夜、十三鬼将とキングダムトゥエルブがバトルすると言う話は、ネット上のみならず口コミでも広まり、早い時間から日光に押しかけているのだ。
その渋滞に巻き込まれている、一台のレンタカーのフィットには、三人の走り屋が相乗りしていたのである。
「……すげぇ渋滞だな」
レンタカーのハンドルを持つ大塚は、諦めた様にぼやいた。
「ここまで噂が広がるなんてな……」
助手席の坂本は、背伸びしながら答える。
「…………」
そして、後部座席に陣取る緒方は、何も答えず外の景色を眺めていた。
(……なんで、緒方の姐さんは急に日光に連れてけ何て言いだしたんだ?)
坂本は小声で大塚に聞く。
(さあな。ただ、緒方さんと内藤さんは、長い事競い合ってきたライバルだ。だからこそ、内藤さんのバトルを見たいんじゃねぇかな……)
聞かれない様に、ヒソヒソと答えた大塚。しかし、その真意を知る訳が無い。
「……ねぇ?」
後部座席から不意に声を掛けられ、二人は肩をビクリとさせる。
「……な、何でしょう?」
坂本は上ずった声で、返事を返した。
「日光……いい景色よね」
「……あ、はい」
緒方の一言は検討違いな物で、坂本はポーカンとするしかなかった。
「……あのよ。話は変わるんだけどよ」
大塚は空気を変えるように、言葉を出した。
「……?」
「今日のバトルは、俺は結構な山場だと思ってる。ここまでの戦況は五分だし、十三鬼将(俺ら)は四天王の二人目ってカードを切るじゃねえか」
「……それがどうしたんだよ?」
大塚の言葉に、坂本は今一つピンと来ていない。
「……“街道プレジデント”がそろそろ姿を現してもいい頃なんじゃねぇか?」
「そういや……そうだったな。今までのバトルで、誰も姿を見ていねぇんだよな」
大塚の言い分に、坂本は納得した様に追従した。
「もちろん、お忍びで来てた可能性も有る。だから、今日は直接バトルのギャラリーに出向いた訳よ。
緒方さんが来るのは、予想外だったけど……」
大塚はそう言った。
「そう言ってもな……。このギャラリーの中で、見つけられるのか?」
しかし、坂本の意見ももっともだ。
「……わからん。ただ、やるだけの事をやってみようぜ。
今度のキングダムトゥエルブの刺客“根絶の騎馬”を張り込めば、見つけられるかもしれねぇ」
大塚はそう読んでいた。
(内藤……勝ちなさいよ)
その中で、緒方は戦友への想いを心の中で憚らせていた。
空に浮かぶ半月が、夜の日光を照らしていた。
頂上のパーキングスペースで対峙する、両雄。交錯するその視線は、鋭く研ぎ澄まされていた。
「……あんたが、十三鬼将の走り屋だな?」
「おう。そうだぜ」
険しい表情で睨みつける伊達。やや対照的に、目つきこそ鋭いものの、口元に笑みを見せて、何処かに余裕を見せる内藤だ。
「……あんた達の実力はよく聞いてる。俺は相手が旧型のFCだからと言って、手は抜かねぇ。それだけは、覚悟しておけよ」
伊達の宣戦布告を受けても、内藤の表情が変わる気配は無い。
「……そいつはどうも」
「随分と余裕だな。俺のランエボに勝てると思ってんのか?」
「……勝負ってのは、蓋を開けなきゃわからねぇもんだぜ。
俺のセブンには、トラコンもABSもありゃしねぇ。ランエボみてぇに、気が利く装備は付いてねぇさ。でもな……」
「……?」
「……俺はこのセブン一台で、18の頃から走り続けてきてんだ。それがどういう意味なのか……教えてやるぜ」
「……上等だ」
内藤の見せる微笑は、決してハッタリではないと。伊達は確信した。
日光のダウンヒル。スターティンググリッドに並ぶ、CT9AランサーエボリューションⅧMRとFC3SRX-7。
それぞれの主張の強いエキゾーストノートが吠えた時、日光の山間に響き渡った。
運命のレッドシグナルが点灯した。
余談ですが、キャラクター像自体は、首都高のシンデレラシリーズからのキャリーオーバーになってます。