GDインプレッサだと、実は初期の丸目が一番好きです。
箱根のスターティンググリッドに向かう、スープラとインプレッサ。
それを見つめる十三鬼将の面々達。何せ今夜の箱根峠には、十三鬼将の約半数が集まっているのだ。もっとも、各街道サーキットの中で、箱根が一番都心に近いという理由も有るのだが。
「……なんでまた、うちの面々が箱根に集結してるんだ?」
先着で来ていた魚住は、真っ先に問いただす。
「…………ああ。簡単な理由だ」
少し疲れた様子の内藤がそう答え、目線で合図する。
すると、兼山と佐々木は、それぞれの愛機のトランクを開いた。そこには、目一杯まで積まれる、足回りや駆動系、冷却系にタイヤなどの様々な部品が入っていた。
「……こりゃ、スープラのスペアパーツか?」
魚住の言葉に対し、内藤は頷いて肯定した。
「……一昨日、いつもの所に集まっただろ? 魚住は仕事で来てねぇか……。
そっから今の今まで、あいつの70を仕上げてたんだぜ……」
「……おまえ、たった三日で仕様変更してたのか?」
魚住は驚きを隠せない。
「おう……。つっても、出来上がったのが今日の昼でよ。そっから東名突っ走りながら燃調いじって、厚木道路で足回りセッティングして、今箱根に着いたんだよ。
さすがに、寝てねぇからしんどいぜ……」
短時間で街道仕様にマシンスペックを変更するのは、並大抵の事ではない。十三鬼将のチーフメカニックと言える内藤と言えど、相当無理をしたに違いない。
「だから、十三鬼将のトヨタ乗りが集合してる訳か……」
魚住は感心半分、呆れ半分と言った心情だった。
「……来る時は、前哨戦並みだったぜ。緒方の姐さん、滅茶苦茶飛ばすもんだからよ……」
佐々木の顔には、疲労の色が見て取れた。
「ですが……車の仕上がりは間違いなく決まってますよ」
少し笑みを見せる内田。
「緒方さんも仕様変更するのか迷ってたみてぇだけど、ギリギリで決めたって。
内藤さんに言われたから、俺らも手伝ってた訳……」
兼山はそう事情を伝えると、魚住は納得が出来たようだ。
「自分もスープラの修理をほったらかして、こっちをやるとは思ってなかったけど……」
竹中は苦笑いしながら言う。
「……ご苦労だったな」
魚住が労いの言葉をかけた時。
インプレッサとスープラのエキゾーストノートが高鳴っていた。
二台が整列すると、ギャラリー達の歓声が沸き上がる。
そして、レッドシグナルが……ブラックアウト。
タイヤを鳴かせて、互いのマシンがアスファルトを蹴りだした時。
ギャラリーの歓声は、どよめきに変わっていた。
先行したのは、なんとFRのスープラだった。しかし、インプレッサはぴったりとテールに張り付いている
(……わざと先行させようって考えね)
緒方はミラーを見て、そう勘繰った。
当然ながら、スタート地点で全員がその様子を見ていた。
「インプレッサが後追いになったぜ……」
ギャラリー同様に、兼山驚きを隠せない。
「……どうやら、あのドライバーは随分と頭が切れるようだね」
そう観察したのは竹中だ。
「ええ。後追いの方が、精神的なプレッシャーは減りますからね……」
内田は、その意見に追従した。
「だが……姐さんもそう簡単にプレッシャーの負けるタイプじゃねぇだろ?」
佐々木はそう言った。この期に及んでは、十三鬼将の四天王を信じるしかない。
「……さて。どうなるかね」
この状況下でも、魚住は落ち着いた様子であった。
「…………」
内藤は無言のまま、スタートしていった二台のエキゾーストノートに耳を澄ませていた。
中速の2コーナーを、テールトゥノーズで駆け抜ける二台。
(……70スープラ。かつて国産最速だったと言っても、それは十何年も前の話だ。
ポテンシャルは、インプレッサの方が断然上なんだ……)
後追いでじっくりと獲物を見定める劔は、愛機に絶対の自信を持って居た。
インプレッサがGDB型にモデルチェンジしたのは、2000年末の事だった。
しかし、GDBのデビュー当初の評価は、決して高い評価では無かった。
安全面の問題から肥大化かつ重くなったボディは、それまでのGC8型に比べて安定性は増したものの、軽快さという部分は薄れていた。また、安定志向のセッティングからアンダーステアの強い傾向にあり、それまでのインプレッサを求めていたファンの期待を、裏切る結果になってしまった。
しかし、GD系のインプレッサも先代GC系と同様に、アブライトモデルごとに大きく進化しているのだ。
GD系は主に、前期型の丸目、中期型の涙目、後期型の鷹目の通称で呼ばれている。
そして、劔の選んだのは中期型の涙目。アブライトではC型に当たるモデルだ。
もちろん、フェイスリフトで精悍な顔付きになっただけではない。完全等長のエキマニやボディ剛性の向上、足回りのセッティングの見直し等多岐に渡る。が、何よりのトピックは、それまでのDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)にオートモードが加わった事だ。
それまでは手動で、前後の駆動配分を制御していた為、ジムカーナやダートラ等では特に高い威力を発揮していた。
しかし、オートモードでは自動で駆動配分を制御してくれる為、ドライバーがドライビングに集中できるようになったのだ。
2002年に、スカイラインGT-R、RX-7、スープラ、シルビアの生産が中止になって以降。国産スポーツカーを引っ張ってきた一角、GDB型インプレッサの実力は並みではない。
(……その古いマシンで、どこまで楽しませてくれるのかな?)
劔のインプレッサがスープラを煽りたおす。
ミラー目一杯に映るインプレッサのヘッドライトに、緒方は苦々しく表情を歪める。
(……レディーファーストで先行させた訳でも無いようね)
そんなジョークが脳裏を掠った。
(……逃げ切りはきっと難しいでしょうけどね。だけど……このスープラでここまでやってきたのよ)
その瞬間、緒方はある人物の姿が思い浮かんでいた。
(そうよね……内藤)
スープラは4速へシフトアップ。しかし、すぐに3速へシフトダウンし、右の中速コーナーを攻める。
A70スープラのデビューは1985年で、インプレッサよりも15年も古くなる。
当時の最高峰の技術を盛り込んだといっても、ボディ剛性もコーナリング性能も現代の水準で見れば劣っている事は明白だ。
しかしである。70スープラも、かつての国産最速マシン。そして、往年の谷田部最高速時代から現代の湾岸最高速まで、長きに渡りチューニングベースとして戦い続けてきた戦闘機なのだ。
(……私にも意地はあるのよ!!)
そのスープラにほれ込んでいるからこそ、緒方は負けたくないのだ。
パーキングスペースのモニターが、二台のバトルを中継する。
「……煽られてんな」
佐々木はつい口走った。
「GDのインプレッサと70スープラじゃ、基本性能が違い過ぎるからな……」
竹中は客観的に分析しているように告げる。
「……」
他の十三鬼将の面々も、今はモニターを食い入るように見つめるしか出来ない。
「……緒方さんのスープラは、街道仕様に仕上げたんだろ?」
魚住がそう聞くと、内藤はコクリと頷いた。
「ああ。前は完全な最高速仕様だったからな。街道どころか環状線だって走りにくいんじゃ、勝ち目はねぇからよ。
タービンはワンサイズ小さいT51Sにして、カムも256に変えてる。コンピューターも中速重視にセッティングし直した。
足もバネを柔らかくして、アライメントもコーナリングを意識した仕様にしてる……」
「それを三日で作るとか、無茶苦茶だな……」
魚住は感心しきりだが、内藤の表情は固いまま。それは決して寝不足と疲労によるものではない。
「だからこそ……どこでどうなるか、俺も分からん。ぶっつけ本番で、緒方は走ってるんだからよ」
内藤はそう言った。三日で作り上げ、来る途中でセッティングしてきたという事は、何時トラブルが起こるのか。そして、操作に不具合が生じるのか。丸きり分からない状態なのだ。
「……つまり、万が一の為のスペアパーツって訳か」
「ああ。ただな……」
「……ただ?」
「緒方がそこまでセッティングを変えてまで、バトルに挑む所は今まで見た事がねぇんだ。旧型の70でどこまでやれるかって拘りが、あいつにもあるからな。俺達もそうだろ?」
内藤の言葉に、魚住は無言で頷いた。
「だからこそ、勝たせてやりてぇ……」
内藤の言葉には、祈る気持ちも含まれているのか。魚住はそう思えてならなかった。
二台がピッタリとくっついたまま、箱根を下っていく。しかし、展開としては後追いの劔が遥かに有利と言える。
(……引き離せないわね)
ピッタリと喰らいつくインプレッサに、緒方は何を思うか。
後ろから離れず付いていけるという事は、相手よりも速いと言う事実に他ならない。
(……その旧型じゃ、ここら辺が限界なんじゃないかな?)
劔はニヤリとした笑みを作っていた。
劔のGDBインプレッサの最大の武器は、トラクション、加速力、コーナリング等、街道で速く走る為の要素が、高次元でバランス良くまとまっている事だ。
劔のインプレッサ自体、それ程ハードなチューニングをしている訳では無い。元々の素性を生かす様に、トータルバランスを第一に考えたチューニングを施している。従って、只でも街道での戦闘力の高いインプレッサにとっては、鬼に金棒となるのだ。
(……では仕留めますか!!)
ここまで後ろを追ってきたインプレッサが、その牙を向ける。
中盤の連続へアピンが迫る。劔はインへ牽制を入れる。
(ブレーキで刺そうとしても、そうはいかないわよ!!)
それを見た緒方は、インを閉めてブロックする。
(……狙い通り!!)
インプレッサの牽制は、おとりだった。
インから一気にアウトにはらませて、フェイントモーション気味にヘアピンに飛び込んでいく。
(……アウトから!?)
大外から並びかけるインプレッサ。サイドバイサイドでヘアピンに突っ込む。
インベタのラインで、スープラは半車身リードを奪っているが、立ち上がりではアクセルを踏めない。
(……立ち上がりならこっちの物!!)
対してインプレッサは、自慢の旋回性能とトラクションをいかんなく発揮し、スープラを一気にまくる。
続くヘアピンでは、劔がインをキープしたままだ。レイトブレーキングで、ついにオーバーテイクを決めた。
(やられたわ……)
ついにインプレッサのテールランプを拝まされる緒方。
長い走り屋生活の中でも、ここまで鮮やかに抜かれたのは初めてだった。
(……屈辱ね)
しかし、その目に諦めの色は無い。
(まだ……バトルは終わって無いのよ!!)
長年連れ添ってきた愛機にフルスロットルをくれる。
さてさて、バトルの決着は次回にて。
お楽しみに!