阿蘇のバトルも、いよいよ決着です。
クサラとNSXがテールトゥノーズをキープしたまま、中間地点を通過した。
既に射程圏内に捉えられている相乃沢は、しきりにミラーで君嶋の出方を覗いみてしまう。
(インを少しでも開けたら、きっと刺される……)
ロックオンされた状態で、先行にかかる重圧はとてつも無く重いものだった。
相乃沢は、インに飛び込ませないようブロックラインをキープしてブレーキング。
(……つまらん技で抵抗するつもりか?)
クサラのライン取りを見て、君嶋はすかさずアウトラインからレイトブレーキングを仕掛ける。
(……嘘!?)
コーナー進入で、NSXのノーズを滑り込ませる。ミッドシップマシンのコーナーリング性能をいかんなく発揮させて、一気に並びにかかる。
(……でも立ち上がり加速なら!!)
相乃沢がフルスロットルをくれると、再びクサラが前に出る。立ち上がり加速だけは、WRCマシンの威力を炸裂させる。続くヘアピン進入では、もう一度ブロックラインを通り君嶋を牽制。
しかし、またもアウトラインからNSXがノーズを突っ込ませて、サイドバイサイドに持ち込む。
(……アウトから抜ける訳がないじゃない!!)
立ち上がり加速に、絶対の自信を持つ相乃沢。立ち上がり加速の苦しいインベタのラインでも、NSXに後れを取る訳が無い。再度リードを奪い返した。
リプレイを見ているかのような展開に、ギャラリー達の歓声は鳴りやまない。だが、君嶋は相手を確実に追い詰めていた。
コーナリングに優れたNSXに加え、高度なドライビングテクニックを持つ君嶋をもってしても、WRCマシンをアウト側からオーバーテイクする事は不可能に等しい。
では、何故アウトからブレーキング勝負を再三仕掛けているのか。
(……リズムが確実に狂ってるぜ)
君嶋の最大の狙いは、それだった。
左の複合コーナーが迫りくる。相乃沢は、またもインを閉めるブロックラインを通りながら、レイトブレーキング。
そして、君嶋もアウトから並びかける。が、またまた立ち上がりでリードされる。全く同じ展開の攻防が続く。
(……レイトブレーキングは、そうそう多用するもんじゃない。急激な荷重移動を起こすって事は、それだけマシンの挙動を乱すって事だからな……。
タイヤが食い付く内はまだ良いが……タレ出した瞬間に同じ走りは出来ないぜ!!)
君嶋は、そこまで展開を読んでいたのだ。
再三アウトからプレッシャーを与えられる間に、相乃沢はレイトブレーキングを多用せざる負えなくなっていた。
しかも、ブロックラインを使い続けるという事は、レコードラインを外れているという事になる。それだけ分、タイムを落としている上に、タイヤへの負担を増やしている。
相乃沢は、まんまと君嶋の術中に嵌められていたのだ。
追い込まれた相乃沢は、完全に自分を見失っていた。
(……とにかく抑えなきゃ!!)
それしか考えられなくなり、本来の走りを出来ないまま、ブロックを続ける。その重圧に追い詰められ、綱渡りの様な精神状態のドライビングが続き、相乃沢の集中力は限界に達していた。
いよいよ、バトルも終盤に差し掛かる。
(……ここさえしのげば、パッシングポイントはもう無いわ!!)
残りの距離を把握し、相乃沢は気合を入れなおす。短いストレートを挟み、右の中速コーナーを抜けるとヘアピンが連続する低速セクションになる。
コーナーが連続する区間は、NSXの方が有利となる。だからこそ、何が何でも前に出す訳には行かないと考えていた。
(……あと少し抑えれば)
ストレートを駆け抜け、中速コーナーが迫り来る。
クサラは再びブロックラインを通り、フルブレーキング。
丁寧にクリッピングポイントを舐め、相乃沢はミラーを見た。
(……NSXが居ない!?)
今の今まで、ルームミラーに反射していたヘッドライトが消えているのだ。
(まさか……)
相乃沢は、咄嗟に左ウインドウに視線を向けた時。
(……隣に居る!?)
再び、アウトからサイドバイサイドに持ち込まれていた。
並走のままコーナーを駆け抜ける。イン側はクサラが死守しているが、NSXの方もコーナーリングスピードを殺さないラインをキープ出来る。
大外から君嶋のNSXがクサラを仕留めにかかった。
(抜かれる訳には……いかない!!)
中速コーナーを立ち上がり、今度は左のヘアピンへのアプローチ。NSXとクサラが並んだまま、ブレーキング勝負。
(……お願い!!)
相乃沢は、限界のレイトブレーキングを仕掛けた。
しかしだ。
(……バカが!! 突っ張りすぎだぜ!!)
NSX以上にブレーキングを我慢した相乃沢を見て、君嶋は心の中で罵った。
限界を超えたレイトブレーキングは、大きな荷重移動を引き起こす。フロントに大きく荷重が移るという事は、必然的にリアの荷重が抜けてしまう。
「……ッ!?」
極端なノーズダイブを起こしたクサラは、ステアリングに応じて急激なヨーイングを引き起こしていた。加えて、リア荷重が抜けていた為に、大きくテールが流れ出してしまう。
(……ヤバい!!)
相乃沢は、咄嗟にフルブレーキングを試み、四輪のタイヤを一瞬フルロックさせた。
「…………!!」
クサラの極端な挙動を、君嶋はよく見極めていた。
スピンモードになった動きを察知し、180度回転した一瞬を判断して、紙一重でクサラの脇を擦り抜けてみせた。
かすりもしないまま、NSXは悠々と阿蘇を走り続ける。
対して、クサラは更にもう180度回転してから止まってしまうのであった。
完全にストップしたクサラの周囲から、タイヤスモークが立ち上った。
(私は完全に追い込まれてた…………完敗だわ)
相乃沢は、がっくりとうなだれるしかなかった。
阿蘇の夜空に、C32Bの甲高いエキゾーストが木霊し続ける。それは、まぎれも無く勝利の咆哮だったに違いない。
「……そうか」
バトル結果を見て、雑司ヶ谷は少し複雑な胸中だった。
(……皮肉なもんだぜ。
普段はロータスエキシージに、相乃沢は乗ってる。そしてバトルに勝つために、クサラWRカーを持ち込んだ。
にも関わらず、同じミッドシップのNAマシンである、NSXに負けてしまうなんてな。
勝つ為の選択肢が裏目に出た……そう思えてならないぜ)
雑司ヶ谷は、阿蘇の山々を遠い目で見つめていた。
麓のパーキングスペースで、明暗のくっきり分かれた両者が、再び対峙する。
「……私の完敗ね」
相乃沢の表情からは、悔しさと自身の不甲斐なさがにじみ出ていた。
対照的に、君嶋はポーカーフェイスを保っている。
「……あんたは、ストリートを走る鉄則を知ってるか?」
唐突に、君嶋はそう切り出した。
「鉄則……?」
「……ああ」
少し相乃沢は、考える素振りをみせた。
そして、出した答えは。
「……マージンのコントロールかしらね。
エスケープゾーンの無いストリートコースだったら、ワンミスが即クラッシュに繋がるもの……」
相乃沢の回答を聞き、君嶋はこう答えた。
「……つまらん答えだな」
そう言われ、相乃沢の表情はムッとしたが、構う事無く君嶋は口を開く。
「確かに、マージンやリスクのコントロールは必要だ。だが、リスクを冒さずしてバトルに勝つ事は出来ないぜ。
まして、パワーの劣るマシンで戦うのならな」
「……だったら、貴方の答えを聞かせてもらおうかしら」
相乃沢に問われ、君嶋の出した結論は。
「……迷わない事だぜ」
「迷わない……?」
戸惑いを見せる相乃沢。
「一瞬の迷いが、瞬時の判断を鈍らせるからな。だから、最初に聞いただろう?
そのマシンと死ねるか……ってな」
「…………確かに、貴方はそう言ったわね」
「……俺はコイツとなら、心中しても構わない。そのつもりで走ってる」
君嶋の言葉に、相乃沢はぐうの音も出せない。
「……勝ちを狙うあまりに、コースに有利なマシンを借りるのも手段の一つだろう。
だがな……。
そうまでして走る事が、俺には楽しいと思えないぜ」
「…………」
「……自分のほれ込んだマシンで、走る事。それが“走り屋”の有るべき姿だと俺は思うぜ」
そう告げて、君嶋は振り返った。
(……私が敵う相手じゃなかったわ。格が違い過ぎるもの……)
相乃沢に見えるその後姿が、とてつもなく大きな姿に見えていた。
“夢見の生霊”が首都高トップの貫録を見せつける勝利。これで、双方の戦績は五分となった。
「お疲れ。良い走りだったわよ」
そう労う緒方。
「……WRCマシンを相手にしながら手玉に取るとは、見事な物だな」
魚住は感心しきりだ。
「お疲れさん。あー……頭いてえ」
内藤は、まだ酒が抜けていないようだ。
「さすがだわ~。伊達にベテランじゃないねぇ~」
岩崎も、賛辞を贈る程だった。
「お前らも見に来てたか……」
しかし、仲間の出迎えにも君嶋の反応は淡々としていた。
「つれないねー。はるばる応援にきたってのによ」
つまらなさそうな反応に、岩崎はついつい口を尖らせていた。
「……人の応援をしている余裕があるのか?
あとはお前の出番だけだぞ?」
君嶋にそう告げられると、岩崎はニヤリと不敵な笑みを見せる。
「大丈夫だぜ。
これでも、裏で色々動き回ってたし……色々と秘策は仕込んであるさ」
「……だと良いんだがな」
君嶋の反応は至極冷めていた。
(……本当に大丈夫かしらね?)
呆れ交じりで、緒方は岩崎を見つめる。
(……この男の策は当てにならんからな)
魚住も、半信半疑といったところだ。
(……また気持ち悪くなってきたぜ)
絶賛悪酔い中の内藤は、そっちで頭が一杯だった。
「……いよいよ真打登場だぜ」
そう呟いた岩崎の顔には、自信が漲っていた。
残るバトルはあと一つ。最終決戦へのお膳立ては整っていた。
某所。
とある男が、阿蘇のバトル結果をパソコンで見ていた。
(……WRCマシンを持ち込みながら敗北するとはな。所詮は……走り屋でしかないという事か……)
しかし、男は冷静であった。
「まあ、いいさ……。
俺の標的は“迅帝”……岩崎基矢。奴さえ撃墜できればな……」
あえて口に出した時、その表情には恨み辛みが浮き出ていた。
「俺様の“S2000”で……アイツに味あわされた屈辱を、倍にして返してやるぜ……」
残るバトルは最終曲面へ……。
次回は、もっと早く投稿できるように頑張ります。
次回より、最終決戦です。お楽しみに!!