迅帝と街道プレジデントの因縁が明らかになります。
スターティンググリッドに整列した二台。
S2000とインプレッサのエキゾーストノートが、サーキット中に呼応する。ギャラリーのみならず、関係者達も皆注目している。
会場のボルテージが上がる中、鴻上と堀井は至極冷静に両雄を見つめていた。
「……いよいよ始まるねー。
だけど、覇魔餓鬼さんは随分とあの迅帝に、何か色々因縁でもありそうだね」
鴻上に言われ、堀井はゆっくりと口を開く。
「そう……ね。
“街道プレジデント”が、かつての“エモーショナルキング”だった事は貴方も知っているでしょう?」
「ええ。かつて、第一いろは坂をホームとして、ダウンヒルで無敵を誇ったS2000。その乗り手である覇魔餓鬼さんは、各街道コースの下りレコードを次々と塗り替えて、街道で最高の称号を得ていたんすよね?
ただ……二年前に、ある走り屋に敗れてからその姿をくらました……」
「その走り屋……。
二年前に“街道プレジデント”を打ち負かしたのが、岩崎君。“迅帝”だったのよ……」
―――――二年前。
いろは坂は、かつて第一いろは坂と、第二いろは坂の二つに分かれ、異なるレイアウトの街道サーキットを持っていた。
特に第一いろは坂は、第二いろは坂以上に道幅が狭く、タイトなヘアピンが連続する。
この第一いろは坂をホームとし、各街道サーキットで無敵を誇っていた“街道プレジデント”。
しかし、この日。
街道で最速を誇るイエローのS2000が、蒼いインプレッサの後塵を拝している光景を目の当りにしていた。
(……あの覇魔餓鬼さんが、このいろは坂で追いつけないドライバーが居るなんて、信じられないわ……)
このバトルを見届ける堀井は、中継モニターから目を離せないでいた。
NAの後輪駆動と言うレイアウトに拘り、ダウンヒルであらゆるハイパワーマシンを喰ってきた覇魔餓鬼。
だが、今回のバトルに限っては勝手が違っていた。
(……この俺が追いつけないだと!?)
先行するインプレッサのテールは、覇魔餓鬼をあざ笑うかのように逃げていく。
(……何者なんだ、このインプレッサは!!)
全開でいろは坂を攻め立てるが、全く追いつかない。
その姿。
覇魔餓鬼の視界には、丸で悪魔の様にも見えていた。
バトルは、そのままインプレッサが逃げ切って勝利。街道最速を誇る覇魔餓鬼に、黒星を付ける事になった。
バトル後、対峙する双方。
「……このいろは坂で、俺が追いつけない走り屋が現れるとは思わなかった。
貴様……一体何者だ?」
覇魔餓鬼は、インプレッサのドライバーに問い詰めた。
「何者って言われてもな……。
まあ、気晴らしに走りに来た観光目的の走り屋って所かな」
そのドライバーは、飄々とした様子で答えた。
「……名は何と言う?」
「岩崎基矢。アンタは?」
「俺は覇魔餓鬼だ。
貴様の名、よく覚えておくぞ……」
「忘れていいぜ。じゃ、俺は温泉でゆっくり休むからな」
そう伝え、岩崎はその場を後にした。
その後、覇魔餓鬼が岩崎の正体。
瞬く間に首都高最速に上り詰めた走り屋“迅帝”だと知る事に、時間はかからなかった。
―――
「……そりゃ、覇魔餓鬼さんがあの“迅帝”にこだわるわけっすね」
鴻上は納得した様子で、グリッドに着いているインプレッサを見つめる。
「だけど……岩崎君が速いのは分かるわよね?」
堀井の言葉に、鴻上の首は縦に動いた。
「わかるっすよ……。あのドライバーは……半端じゃないっすわ」
街道の王たる“エモーショナルキング”は、ある種の匂いを感じ取っていた。
ギャラリー達のボルテージの上がる中、大将のマシンを見る十三鬼将の面々の反応は様々だ。
「四駆にツインチャージ仕様とか、あんなS2000有りかよ……」
モンスター仕様のS2000を見ながら、大塚は言葉を吐き捨てた。S2000オーナーとしては、ボルトオンターボだけならまだしも、AWD化は反則にしか見えなかった。
「……それだけではありませんよ。
今、積車で運ばれてきたという事は、岩崎君はあのインプレッサに乗るのも初めてで、このコースを走るのも多分初めて……」
内田がそう解説を付け加える。
「……ぶっつけ本番で、街道のトップとバトルとか無茶苦茶だろ。
勝負になんのか?」
桐山も、不安を隠しきれない様だ。
対する、キングダムトゥエルブは何を思うか。
「……あのインプレッサ。相当いじってるな。しかも、あのインプは並みのマシンじゃないぜ」
インプレッサにはうるさい“グラディエーター”根府川は、岩崎のマシンを見て呟いた。
「そうなのか?
丸目のインプレッサは、涙目に比べて曲がらないって話だが……」
“キングチャリオット”桐谷はそう聞きだす。
「GDBの初期型は、確かにアンダーが強いマシンだよ。
ただ……丸目のスぺCだけは、歴代のインプの中でも別格の一台だぜ……」
「丸目……スぺC?」
根府川はマジな目つきで答えたが、桐谷は今一つピンと来ていないままだった。
スタートライン。
岩崎自身、セカンドカーであるインプレッサのステアリングを握るのは久しぶり。しかも、仕様変更後にいきなりグラベルを走る。
かなり条件は悪い分、師である藤巻も不安をぬぐえない。
「……仕様はオーダー通りに仕上げてる。だが、条件的には相当悪いな。
お前さんの才能もテクニックは認めるが、今回ばかりは勝ち目は大分薄いぞ?」
「ま、そこは何とかしてみるぜ。
伊達にさ……元首都高最速の“パープルメテオ”の弟子じゃねぇからな」
岩崎はニヤリと笑って見せる。
「言うじゃねぇか……。
……行ってこい!!」
藤巻と岩崎は、ハイタッチを交わした。
レッドシグナルが光る。
F20C改ツインチャージ仕様が雄たけびを上げ、FJ20も図太い咆哮を放つ。固唾を飲むギャラリー達は、一斉に静まり返っていた。
そして、ブラックアウト。
お互いAWDとは言え、低ミュー路でのクラッチミートはシビアだ。必要以上にパワーをかければトラクションが不足し、四輪でホイールスピンを始めてしまう。
先手を取ったのは、軽量かつハイパワーに仕上げたS2000だ。そして、2速からの加速で、インプレッサを一気に引き離す。
(……速ぁっ!?)
幾多のバトルを勝ち続けてきた岩崎でさえ、思わず目を見開く。
(こっちも400近くは出る筈だけど……こりゃヤバいな)
S2000の想像以上の怪物ぶりは、岩崎の誤算だった。
3速にシフトアップしても、S2000の加速はとどまる事を知らない。
(……インプレッサの最大の武器は、四駆ターボのトラクションと加速力……。
ならば……それ以上のマシンを作り、かつその性能を使い切るだけだ!!)
覇魔餓鬼は、積年の恨みを晴らすかの様に、フルスロットルをくれる。
一気にリードを奪って、ファーストコーナーへ飛び込む。
緩く左、右と続く高速コーナーで、巧みに左足ブレーキを使いながらコーナーを駆け抜ける。
丸でターマックかと思う程の速度とライン取りで、軽やかに駆け抜けていく。
(……あそこまで速いんだったら)
岩崎も覚悟を決めて、ファーストコーナーへ。
(……120パーのプッシュしかねぇ!!)
ノーブレーキで突っ込む。
アクセルベタ踏みのまま、暴れる挙動をステアリングのみでねじ伏せる。高速コーナーを、最短のラインでかっ飛んでいった。
ファーストコーナーで陣っていた、“王国の劔”鶴岡と“ブラッドハウンド”佐々木。
双方の駆け抜けていく速度に、どちらも度肝を抜かれていた。
「……信じられない速度ですね。とても、ダートの上とは思えませんよ」
鶴岡の声は、少し上ずっていた。
「あの覇魔餓鬼も速いが……岩崎はそれ以上だぜ。あいつは……やっぱりアホだ」
佐々木は、そう評した。
「……君は、どっちが勝つべきだと思いますか?」
「さあな。ただ……走り屋を低レベルだと罵った、覇魔餓鬼に勝ってほしくはねぇよ」
鶴岡の問いに、佐々木はそう答えた。
「……僕もそう思ってますよ。僕も“走り屋”のはしくれですから……」
そう答えた鶴岡の表情は複雑そうだと。佐々木はそう感じていた。
緩く長く左に曲がり込む区間。普通に走るなら何も考える必要が無いのだが、グラベルかつ、バトルスピードであれば、その左コーナーは恐怖心を植え付けさせる。
覇魔餓鬼はミラーで、インプレッサとの距離を測る。
(まだ食い下がるか……忌々しい奴め!!)
僅かにアクセルコントロールしつつ、ベストラインを舐めていく。
グラベルに置るベストラインは、サーキットや舗装路とは大きく異なる。
サーキットならもっとも速度を乗せられる、アウトインアウトを基本とする。しかし、グラベルの場合は路面状態が一定とはならない為、最もフラットに走れるラインがベストとなる。したがって、走るマシンの数だけ路面が抉れる分、ベストラインはタイヤ一本の単位で刻々と変化していくのだ。
ラリーにおいてのマシンメイキング、及びセッティングに関しては、特に加速力と安定性に比重を置く。その最大の理由は、ラインのミスやドライビングのミスを、素早くリカバー出来る事に他ならない。
低ミュー路ではミスが起きやすいのは勿論だが、決まった走行ラインが変化する分、操作には懐の深さが求められる。
覇魔餓鬼のS2000も排気量アップに加えて、低速側はスーパーチャージャーでトルクを稼ぎだし、高速側はターボチャージャーで引っ張ることによって、全域で大幅な加速力を生み出すエンジンに仕上げている。
これは、往年のグループBラリーに置いて、最強にして最速と言われた“ランチアデルタS4”のエンジンと同じ作りをしているのだ。
全回転域で高ブーストがかかるエンジンならば、大排気量のNA並みのアクセルレスポンスを、僅か2400ccで生み出す事を可能にするのだ。
右のブラインドコーナーも、完璧なラインでクリアするS2000。
一瞬だけ、ミラーから追走してくるヘッドライトの光が消えた。
(……もうミラーには映る事は無い)
そう思い、再びミラーを見ると。
「……バカな!?」
未だに、ミラーから光は消えていない。インプレッサは、まだ後方で食い下がっているのだ。
(マシン性能で追いつかねぇんなら……ギリギリまでコーナーで稼ぐしか手はねぇ!!)
岩崎はここまで続いてきた連続の高速コーナーを、ほぼ全開で駆け抜けてきているのだ。
迅帝の本気が、この北海道で炸裂する。
自分で考えて思ってたけど、S2000をここまで改造したらいくらかかるんでしょうね?
感想、及び車談義など、お気軽にご意見お待ちしてます(笑)。