S2000とインプレッサの差は約一秒半。パワーの劣るマシンで、この差を埋める事は並大抵の事では不可能だ。
ギャラリーの大半は、そう思っていたに違いない。
右、左と、中速のコーナーが連続するセクションに、双方が突っ込んでくる。このコーナーは極めて速度が乗っている分、北海道の中でも特に鬼門とされる。
“根絶の騎馬”伊達と“1stKINGDOM”古屋が、二台の動向を見守る。
「やはり、奴が前か……」
先行するS2000を見て、伊達は苦々しく口を開く。
覇魔餓鬼はセオリー通りに減速し、アンダーを嫌いフェイントモーションを使って進入。
ラリー特有のテクニックを使い、モンスターマシンをねじ伏せる。
「見事なものだ。かつて、街道を制していたテクニックは並みじゃない……」
古谷はそう評した。
そして、少しでも差を詰めたい岩崎は。
(イン側の路肩をカットすりゃ……)
一つ目の右コーナーに、あからさまにオーバースピードで飛び込んでくる。
「あいつ……あのスピードで突っ込んでくるのか!?」
その速度に伊達は、思わず逃げる体制を作った。
「そんな……曲がり切れる訳が無い!?」
古谷も同様に、大クラッシュするインプレッサが頭に浮かぶ。
しかしインプレッサは、一つ目の右コーナーのイン側の路肩を飛び越える。
(……もう一丁!!)
しかも、そのまま真っ直ぐに、二つ目の左コーナーもイン側の路肩も飛び越えて立ち上がって見せた。
連続するコーナーの、インのそのまたインを、一直線のラインでぶち抜ける荒業でクリアしていく。
無茶苦茶な走りだが、インプレッサの通過速度は、明らかにS2000を上回っていた。
「何だよ、今の走り方は……?」
岩崎の見せたその気合に、古谷は呆気に取られるしかできない。
「あんな走り方じゃ、何時クラッシュしてもおかしくない……。
完全にキレてやがる……」
伊達は、背筋が凍るような錯覚に陥っていた。
この二つのコーナーで、S2000とインプレッサの差が一気に縮まる。
覇魔餓鬼は、当然その事に気が付いた。
(……バカな!?)
ミラーに反射するインプレッサのヘッドライトが、明らかに大きく映り込んでいる。
(……こっちはベストラインでクリアしてるにも関わらず、何故ここまで追い上げられているんだ!?)
覇魔餓鬼の中に、初めて焦りが生まれていた。
緩い右の高速コーナーを抜けると、北海道で最も長いロングストレートになる。
“無敗のエンブレム”劔は、二台の距離が一層接近している事を見逃さなかった。
「やっぱり、あのインプレッサは只者じゃないね」
「そりゃ……十三鬼将の大物だしな」
共に見物する、“戦矛の鉄槌”富津は、冷静に答える。
「やっぱり、ダートならGT-Rよりはインプレッサをえらぶよなぁ……」
冨津は、少し残念そうだった。やはりGT-R使いだけに、首都高最速を誇るGT-Rの姿を、拝みたかったのだろう。
「確かに、グラベルならインプレッサの方が有利だよ。
だけど……それだけじゃ無い。あのインプレッサは、歴代でも屈指のスパルタンモデルである、“丸目スぺC”をベースにしてるのさ」
劔が応えると、S2000とインプレッサが、ストレートをカッ飛んでいった。
「……そんなにすごいのか? あのインプレッサは?
確かに速いが……」
冨津の疑問に、劔は解説を始める。
「GDB自体、デビュー当初の評価はかなり低かったね。
大きく重くなったボディに加えて、安定方向に振ったステアリング特性で、アンダーステアを誘発しやすい。
GC8よりは確かに速くなったけど、同時期のAWDマシン……ランサーエボリューションⅦや、R34スカイラインGT-Rには敵わなかった。
その結果、ファンの評価は著しくなかった……。R33GT-Rもそんな感じだったよね?」
劔の回答に、冨津はコクリと頷いた。
「そんな中で、起死回生とも言えるモデルを投入した。
それが“WRX-RA・STIバージョンスペックC”になるんだ」
「……標準のGT-RとVスペック位に違うのか?」
「いや……そんなレベルじゃ無いね。
標準よりも装備類を削る軽量化に、足回りやボディの徹底的な補強等で、ノーマルモデルより遥かにスパルタンに仕上げた仕様となったんだ。
その結果、後塵を拝していたランエボⅦやR34GT-Rに、勝るとも劣らない性能を持ち合わせたんだ」
自信がほれ込むインプレッサの事を語る、劔の口は滑らかだ。
「……ベースマシン的には決して劣っちゃいない訳か」
冨津は感心したように呟く。
「ええ。もっとも……あのS2000もかなりのモンスターだからね……。
このバトルが、このまま終わるかどうか……」
しかし、劔は一抹の不安を払拭できないでいた。
ロングストレートを抜けると、ここからは低速コーナーが連続する区間に入る。
平均速度の高い北海道では、この速度の落ちる区間は、オーバーテイクの仕掛けられる唯一のセクターと言っても過言ではない。
「……あの覇魔餓鬼さんが、まさか走り屋を排除するのが目的なんてよ。
何がキングダムトゥエルブだよ……」
“禁断のハールバート”佐竹は、やるせない気持ちを隠せないでいる。
「今更ウダウダ言ってもしかたねぇだろ。今は、バトルが終わるのを待つしかねぇさ」
佐竹の師でもある“鋼の琥珀石”相馬はなだめる様に声をかけた。
しかし、このポイントでギャラリーしているのは、キングダムトゥエルブの師弟コンビだけではない。
「……やっぱ、相馬らもここでみてるか」
相馬と古い知り合いでもある内藤。
「パッシングポイントとなるなら、やっぱり低速区間のエリアになるからね」
そして、相馬と碓氷で激闘を演じた竹中も、ここでの見物を決めていた。
「アンタたちもここを選んだか……」
相馬はそう言いながら、チラリと目を向ける。
「まぁな。
んで……相馬は、このバトルをどう見るよ?」
「そうだな……。
スペックだけなら、確実にあのS2000が有利なのは間違いないが……」
内藤の質問に対し、相馬は思わせぶりに答えた。
「四駆に改造した上に、ツインチャージャー……。
エンジンの搭載位置が違うけど、丸でランチアデルタS4を思い起させるよ。そんなバケモノに、インプレッサで勝てるとは……」
竹中は不安げな表情を作っている。
「いくら迅帝が速いって言っても……そんなバケモノに太刀打ちできる訳が無いじゃん」
佐竹も、ほぼ同意見だった。
その意見を聞き入れた上で、相馬はこう付け加えた。
「ただ……そのバケモノスペックに車体が追いついてるかは疑問だがな」
その言葉に、内藤はニヤリと笑う。
「車体が追いついてる……?」
佐竹は思わず聞き返した。
「……スペックだけなら、多分5~600馬力は軽く出てるだろうな。しかも、四駆に改造してるなら、ダートのトラクションも悪くねぇだろう。
ただ……S2000のシャシーじゃ、明らかにオーバースペックになっちまうな」
内藤は断言した。
「……そこまでチューニングしてるなら、ボディ補強とかもしっかりしてるだろうし、エアロも変えてたけど?」
竹中は、そう聞き返した。
「いや……そういう次元の問題じゃねぇな。
確かに、S2000は素性の良い車だぜ。車体のバランスも優れてる。ただし、元々の基本設計は2リッターのNAエンジンで走る事を前提に設計してるんだ。
単純にパワーを上げたりとか、足回りを強化するとか……。そういうチュー二ングをする以上、元々のバランスを崩すって事はまぬがれねぇ」
「バランスを……?」
「……崩す?」
内藤の言葉に、竹中と佐竹は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「……むやみにパワーを上げれば、トラクションは得られない。軽い車体に、デカすぎるブレーキじゃ、バネ下重量は重くなりすぎてハンドリングは悪化する。
車の何か一つの部品を変えれば、その代償に何処かの性能は落ちてしまう。そういう事だぜ」
相馬はそう追従した。
「そういうこった。
あのS2000みてぇに、パワーやトラクションを桁違いに上げて、それに耐えられるだけのボディ補強する。
だが、元々が2リッターのマシンで受け止められるパワーの許容範囲を、軽く超えちまってる。
そうなると、あのマシンは恐ろしく乗りにくいマシンになっちまう。恐らく、限界付近の特性は、極端にピーキーになってるだろうぜ」
内藤はそう言い切る。
「……確かに、ランチアデルタS4もそうだ。
恐ろしく速いマシンだけど、乗りこなせる人間は“ヘンリ・トイヴォネン”しか居ないと言われていた。
だけど……そのトイヴォネンも、ツールドコルスで散ってしまった……」
そう語った竹中の表情は、グッと引き締まる。
「……モンスターマシンだからこそ、こういう低速の区間では苦戦する。
だから、ここでバトルを見極めるって訳か……」
佐竹は納得した様に言う。
「ただ……それだけじゃないって、内藤は言いたそうだぜ?」
相馬は見透かしたように聞く。
「まぁ……な」
内藤は一呼吸置いてから、再び口を開く。
「……岩崎が、何で短期間で首都高のトップに上り詰めたか……わかるか?」
そう言われ、竹中は少し考え込んだ。
「……ハイパワーマシンをねじ伏せるドライビングテクニックは勿論だけど、最高速度域で踏み切れる度胸もある。
だけど……俺達と、決定的に違う点が分からない」
竹中が何とかひねり出した答えには、決定打が足りていなかった。
「……スラロームの見切りが、あいつは抜群に上手い。それに加えて、その一瞬の判断で一切迷わねぇ。それに尽きるな」
竹中だけでなく、佐竹も相馬も、内藤の言葉に自然に耳を傾ける。
「どこでどう動くか分からねぇアザーカーの群れの中でも、自分のマシンを通せるラインを一瞬で見極めてる。
一般車を上手く使って、相手の前に出る。口で言うのは簡単だが、実行するには並大抵の事じゃ無理だぜ。それこそ、10年以上首都高を走ってる俺でもな。
それこそ、あの見切りの方は“天性のモン”だろうな」
内藤は断言した。
「でも……アザーカーの無い街道サーキットで、その天性の才能は役に立つのか?」
竹中が、間髪入れないで聞き返す。
「間違いなく、立つな。
後追いなら……相手のブロックを掻い潜って、オーバーテイクできるラインを見つけ出せるぜ。
こういう、ラインの交錯するセクターで……アイツは勝負に出る」
その言葉に、一同はハッとなる。
「“迅(はや)さ”の“皇帝”……迅帝の異名は飾りじゃねえ」
内藤の予言は、的中するのか。
バトルはいよいよ終盤へ……。
迅帝の異名の由来を考えてみました。
似合ってます?
いよいよ、次回にて決着です!!
感想、ご意見、車談義等、お待ちしてます。