北海道で唯一トップギアに入るロングストレートからのブレーキングは、グラベルの路面と相まって、攻略難易度は恐ろしく高い。
(ここのセクターのブレーキングはシビアになる……。
問題は、奴がどう仕掛けてくるか……)
ミラーに写り込むインプレッサのヘッドライトを見て、覇魔餓鬼は次の一手を模索する。
対して、岩崎は。
(ストレート勝負になったら勝ち目は無いしな……ブレーキングで飛び込まない手はないぜ!!)
真っ向からのブレーキング勝負を狙う。
ストレート後に緩い左コーナーを抜け、高速の右コーナーの直後に左の低速コーナーと続く。
横Gがかかりながらのブレーキングとなる為、むやみに強いブレーキングでは進入で挙動を乱してしまう。加えて、無理な突っ込みでは理想的なライン取りをトレースする事は不可能となる。
覇魔餓鬼は可能な限り直線的なラインで進入し、セオリー通りのラインでブレーキングを試みる。挙動の乱れを抑えつつ、ブロックラインも通れるという最善の手段だ。
コーナーの特性上、無理な進入は厳禁なのだが。
(……ここで勝負だぜ!!)
岩崎は、乾坤一擲のブレーキングでS2000にアウトから並びかける。
(アウトから並ばれただと!?)
覇魔餓鬼は、岩崎の無謀な突っ込みに我が目を疑う。
しかし、さすがにオーバースピード過ぎた為、インプレッサのテールがブレイクし、左コーナー進入で直ドリ状態に陥る。
「……馬鹿め!! そのままお約束のコースアウトだ!!」
挙動の乱れたインプレッサをミラーで見つつ、覇魔餓鬼は罵った。
「……んのヤロ!!」
しかし、岩崎は諦めない。
ステアリングを少しだけインに切り足して、シフトダウン。そこからアクセルを全開まで踏み込む。
ヨーイングを、スピン方向に発生させノーズの向きを変える。そこから、四輪をホイールスピンさせつつも、リアに荷重を乗せてトラクションを稼ぐ事に成功。
コーナーで真横を向きながら立ち上がるインプレッサ。驚異的なリカバリーでコースアウトは免れたが、S2000との差は再び開いていた。
(ちょっと突っ込み過ぎたか……)
実際には、ちょっと所ではないほど突っ込み過ぎている。
(自爆したと思ったがな……。
まぁ、いい。このままテールを拝んでろ!!)
再び開いた差を見て、覇魔餓鬼は逃げの姿勢に入る。
(しくったけど……まだ追いつける!!)
岩崎はS2000のテールランプを睨みつける。
二台の攻防を間近で見ていた四人。
「……あんな突っ込み方で、良くコースに残れたな」
佐竹は、呆然とテールランプの残像を見つめた。
「リカバーしてたけど、差は開いてるね……」
竹中は、少し残念そうに呟く。
「ここでのミスは手痛いな……」
相馬の一言に、内藤は頷く。
「だが……ここで終わるようなタマじゃねぇ」
自分に言い聞かせるように、内藤はそう言葉を続けた。
二つのヘアピンを抜けると、ここからは短いストレートを挟んで中速コーナーが連続する。
(……いくぜ!!)
気合を入れなおし、岩崎は愛機に鞭を打つ。
左の中速コーナーを全開でかっ飛んでいく、迅帝のインプレッサ。
(近づてくる……だと!?)
S2000と一度は開いた距離を、コーナー一つ抜けるごとにジリジリと差を詰めていく。
その気迫の走りは、バトル相手の覇魔餓鬼どころか、北海道に詰め寄ったギャラリー達をも圧倒している。
それは、十三鬼将の面々も、キングダムトゥエルブの一員も同じだった。
「なんなんだ……あのコーナーリングは?」
魚住は、自然に腕に鳥肌が立つのが分かった。
「フルスロットルのゼロカウンター……。あんな技そうそうお目にかかれないぞ……」
兼山は目を見開いて、呆然とするしかできない。
「ダートの上とは思えないスピードだ……。あんな攻め方、D1でもありえねぇぜ」
“ライオネル”永友も、圧倒されてしまう。
「……あんたドリフト野郎として、迅帝の走りをどう見る?」
魚住は、永友にあえて聞いた。
「イカれてるぜ……」
「……走り屋の世界じゃ、それは誉め言葉だけどな」
そうとしか答えれない永友に、兼山はそう突っ込んだ。
「間違いないな……」
魚住は同意するように頷いた。
残りのコーナーは幾つも無い。
(……追いついてやるぜ!!)
スタートからここまで、全力でプッシュし続けてきた岩崎。
(……クソが!!
何故……引き離せないんだ!!)
その限界以上の走りが、覇魔餓鬼を追い込んでいく。
最終区間に入る二台。
十三鬼将の三人娘は、この区間でギャラリーをしている。
「……追いついてる」
川越は、駆け抜けていく二台の差を見極める。S2000との差を、インプレッサはコンマ数秒まで追い上げているのはよく分かった。
「だけど……もう抜けそうなコーナーは無いわよ?」
黒江は、不安げな表情を見せている。
「……勝負は、ゴールまでわからないでしょ。
岩崎は……間違いなく最終コーナーで勝負に出るわ」
緒方は、確信があるかのように告げた。
「岩崎は……S2000を抜けるんですか?」
黒江は思わず、緒方に聞く。
「抜けるわ……きっと。あいつは……抜くのよ」
そう断言した。
ここまでバトルを繰り広げてきた両者も、ついに最終コーナーを残すのみだ。
「……この最終コーナーで勝負は決まるのね」
相乃沢は、遠くから近付いて来るエキゾーストノートに耳を澄ました。
「…………そうだな」
同じく最終コーナーに陣取る君嶋は、一言だけ答えた。
「だけど……直角に近い右コーナーに続いて、中速の左コーナー。道幅も狭いこの区間で、抜けるとは思えないわ……」
相乃沢は、そう結論付けたが。
「……本当にそう思うか?」
しかし、君嶋は意を唱えた。
「だけど、普通に二台で並べるギリギリの道幅しか無い上に、イン側は土手になってて、アウト側には壁があるのよ?
ちょっとラインを被せれば、ブロックは出来るわ……」
コースのレイアウト上、オーバーテイクは不可能だと相乃沢は断言した。
「……普通の走り屋なら、ここで抜くのは不可能だ。
ただな……岩崎は普通じゃない。それは確かだ……」
君嶋は、不気味な含み笑いを作っていた。
ここまで先行してきた覇魔餓鬼。
(この二つを抑えてしまえば、ゴールだ……。
狭い最終コーナーで、抜ける訳が無い!!)
少しでもドルフトアングルを付けてしまえば、並走する事は不可能と踏んで、一つ目の右コーナーでは、フェイントモーションを使い進入。きっちりとブロックラインを通りながら、浅いドリフトアングルをキープ。S2000を巧みにコントロールする。
追走する岩崎。
(……いやらしいライン通りやがって)
当然、S2000の動きをつぶさに観察していた。
(だったら……!!)
しかし、岩崎は一つしかない筈のラインを、丸で見ていなかった。
長く曲がり込む最終の左コーナー。
ここでも覇魔餓鬼は、絶妙のドリフトアングルをキープして飛び込む。
進入時に、一瞬だけミラーを見た時。
「……居ないっ!?」
ミラーから、インプレッサのヘッドライトは消えていた。
(だが……エンジン音は聞こえるぞ!?
……お前……何処を走ってるんだ!?)
サイドウインドウ越しに、イン側を見た瞬間。
インプレッサは、土手をバンクの様に使って、S2000のインに飛び込んでいた。
岩崎は一つ目の右コーナーを真っ直ぐに立ち上がって、スピードを乗せたまま土手を突っ切っているのだ。
(喰らえ……必殺溝落とし!!)
溝どころか車体自体を落としている訳だが、ついに最後の最後でインを奪ったインプレッサ。
(……インは貰ったぜ!!)
バンク形状の土手を利用している分、岩崎はアクセルを踏み込んでいける。すなわち、覇魔餓鬼よりも遥かに速い速度での、コーナーリングを成立させたのだ。
「……そこはコースじゃないだろ!!」
覇魔餓鬼は思わず罵ったが、岩崎に聞こえる訳が無い。
そのまま、飛び跳ねながら立ち上がる。フィニッシュライン直前で、ついにインプレッサのテールランプを拝ませたのだ。
「……おっ……しゃあ!!」
ゴールを駆け抜けた時、岩崎は左拳を突き上げた。
最後の最後での逆転劇には、北海道のギャラリー達を熱狂させたのだ。
「……なんたる……不覚だ」
そして、オーバーテイクされた覇魔餓鬼は、ガックリと肩を落とすしかなかった。
パーキングスペースで、激闘を終えた両雄。その顔つきは、対極的と言わざる負えない。
「……くそ。一度とならず、二度も屈辱を味あわされるとは……」
リベンジのならなかった覇魔餓鬼は、悔しさで顔を歪ませる。
「……アンタは、一個だけ勘違いしてるぜ」
岩崎は厳しい顔で言い放つ。
「…………勘違いだと?」
覇魔餓鬼は、その言葉に不服のようだ。
「……モータースポーツはハイレベルで、走り屋は低レベルって言ったろ?」
「……そうだ」
「確かにそうかもしれねぇが……それにはレギュレーションとルールが成立してる前提で成り立ってる。
そういう制約があるから、テクニックが問われる“スポーツ”になる。
でもな……走り屋ってのは最低限のマナーさえ守れば、勝つ為のルールしか守らない、どんな手段も許される“喧嘩”になるんだぜ」
「喧嘩……だと?」
「ああ。だからこそインカットもするし、路肩だって平気で走るぜ。走れる部分は、全部コースだ。
だから、最後だってインに飛び込めたんだよ」
「…………」
「……ま、結局は速い奴が偉いってのは、“モータースポーツ”でも“走り屋”でも変わらねーけどな」
そう言い放った岩崎は、少し満足気だった。
「一つ聞かせろ……。
貴様と俺の差は……何処にあるんだ?」
覇魔餓鬼は、絞り出す様な声で問う。
「……さあな。
ただ、並みの走り屋と、トップレベルの走り屋に差が有るとすりゃ……“スピード”への執着心だろうな。
十三鬼将(俺ら)は、スピードの中でしか生きていけねぇ人間だからよ」
そう告げた時。
岩崎は、笑みを見せていた。
「……そうか」
ぽつりと呟き、覇魔餓鬼は天を仰いだ。
岩崎は振り返ると、そこには十三鬼将の面々が岩崎を出迎えた。
「さて……バトルも終わったし、何か食いに行こうぜ?」
岩崎がそう告げる。
「お、いいね」
「バーカ。こんな遅い時間に空いてるとこあるかよ」
「なら、ススキノで飲もうぜ。飲み屋なら空いてるだろ?」
「大分遠いわよ……。着いた頃には朝だから、閉店してるでしょ」
「なら……朝キャバはどうよ」
「……バカじゃないの」
各自で好き勝手な事を言い合う。
十三鬼将は本来チームではない。だが、一旦バトルとなれば無類の強さを発揮する。個人技こそ最大のチームプレイ。
これが、十三鬼将の強さの秘密かもしれない。
「キングダムトゥエルブは……解散だ。後は……好きにしろ……」
覇魔餓鬼は、吹っ切れた様にそう告げた。
「そうですか……。
……貴方は、これからどうするつもりですか?」
相乃沢に聞かれ、覇魔餓鬼はこう答えた。
「もう一度……自分の走りを見つめなおす。それだけだ……」
覇魔餓鬼の一言に、誰も何も答えなかった。