峠物のバトル描写は、実はあんまり書いた事がありません……。
伝統の丸二灯のテールランプが、あざ笑うかのように坂本のRX-7に立ちはだかる。コーナーの突っ込みでは、オカマを掘りそうな勢いで喰らいつくが、立ち上がりでは一気に引き離されてしまう。
(……綺麗に乗りやがるなぁ!!)
坂本は焦りを感じていた。
再三プレッシャーをかけるように、コーナーでインを狙うものの、一向にラインが開く気配は無い。
(全然動じねーな。こいつ、思ったより手強いわ……)
古谷は、ストリートのGT-R使いとして、完全にマシンを乗りこなしていた。
(確かに、RX-7は手強いマシンの一台だ……。
だが……コーナーの進入さえ抑えてしまえば、こっちが立ち上がりで引き離せる!!)
古谷の作戦は、コーナーの進入を完全にブロックして、RX-7の最大の武器である回頭性を封じ込める事だ。
(……こっちがハードブレーキングは控えても、この道幅じゃ並べないだろう!!)
当然、ブレーキにも気を使い極端なハードブレーキングは使わず、ブロックラインをキープする。
街道のようなテクニカルなコースで、ハイレベルなブロックを使われてしまえば、相当マシンに差が無ければ抜く事はおろか、進入で並ぶことさえも不可能だ。
(完全に、向こうの手にハマっちまったな……)
坂本は苦々しく舌打ちを出してしまう。
GT-Rにラインを塞がれて、RX-7はクリッピングポイントで必要以上に減速を強いられていた。更に立ち上がりでは、トラクションに勝るGT-Rに差を広げられる。
これこそ、コーナーで稼ぎたい坂本にとって、最悪のパターンに陥ってしまっているのだ。
(……さて、どうやって仕留めるかな)
古谷の徹底したブロックを掻い潜らない限り、勝ち目はない。坂本は、思考をフル回転させる。
対して、古谷はミラーを見ながら、RX-7の動きを細かく観察していた。
(……これはバトルだからな。例え相手がこちらより何秒も速いとしても、抜けない限り勝ち目は無い……)
徹底的にラインを譲らず、GT-Rに並ぶことさえ許さない古谷のドライビング。一見するとラフとも感じ取れるのだが、これも正当なるバトルテクニック。正々堂々バトルした所で、負けては何の価値も無いのだ。
(街道に的を絞ったこのRに、勝てるものか!!)
古谷のR34GT-R自体、それ程のハイパワーにしている訳ではない。
N1タービンとカム、ガスケットの変更で精々450馬力程度。その気になれば、700馬力を常用できるポテンシャルを誇る、RB26としてはかなり控えめと言える。
とは言え、鋭いレスポンスを見せるエンジンに加えファイナルのローギアード化によって、GT-Rの武器でもある加速力を一層強力にしている。
しかし、古谷がそれ以上にこだわったのは、ブレーキと軽量化だ。第二世代のGT-Rは、重くて速いマシンの代名詞と言える。代々アキレス腱と言われる部分を、徹底的に強化する事で弱点を克服。
街道でも、国産最強の名に恥じない性能を得ているのだ。
一方の坂本のFD3SRX-7は、イエローにオールペンしてあるが、かつて“白いカリスマ”と呼ばれた、舘渡の乗っていたマシンだ。
とは言っても、エンジン自体は耐久性を考慮して、TO4Eタービンとサイドポート加工に止めて、全回転域で乗りやすい430馬力と言うスペックだ。
しかし、ロータリーの弱点と言われる、エンジンの熱対策。他にもボディ補強や軽量化に加えブレーキや足回りに至るまで、舘渡が徹底的に煮詰めたマシン。その仕上がりは絶品で、異次元のコーナリングスピードと懐の深いコントロール性を持ち合わせていた。
故に、環状線では無敵のマシンに仕上がっているのだ。
そのマシンと、坂本のテクニックを持ってしても、古谷は想像を超える強敵だったのだ。
二台が接近戦を演じたまま、後半エリアに突入していく。
(……そろそろ、勾配がきつくなるテクニカルセクションになるな)
古谷が唯一気がかりにしているのは、玉城が予想した通りの最終から二つ手前の右コーナーだった。
(あのコーナーだけは、道幅が広い分ラインの自由度が高い。ましてや、ああいう中速コーナーでは、RX-7の回頭性が存分に生かせるからな……。
あのコーナーまでに、ブレーキとタイヤに余力を残しておけば……立ち上がりでスクランブルブーストをかけて引き離せる!!)
古谷の思い描いたシナリオは、完璧な物だった。
相手が、十三鬼将でなければ。
坂本はここまで、ただジッと後ろを走ってきた訳ではない。
(確かにこいつは、GT-Rを完璧に乗りこなしてるし、バトルテクニックも相当なもんだぜ……。
でもよ……全てセオリー通りで、バトルに通用すると思うなよ!!)
裏切りのジャックナイフが、ついに勝負をかける。
榛名で最も長いストレート。後には、スピードの落ちる左、右と続く連続のヘアピン。通称、五連ヘアピンだ。
(仕掛けるのは……このストレート後だ!!)
GT-Rのスリップストリームに付くRX-7。
(……インは譲らんぞ!!)
古谷は教科書で習った様な、厳しいブロックラインでインを開けない。
そして、ブレーキング。
(そこが狙いだよ!!)
坂本はアウト側から、オーバースピードで突っ込んできた。明らかに無謀とも言えるブレーキング。
GT-Rの左ミラーに反射した、RX-7のヘッドライト。
「バカか!! そのスピードで突っ込んだら、崖から真っ逆さまだぞ!?」
古谷は、思わず罵った。
しかし、坂本はある狙いがあった。
(並びさえすりゃ……)
4速から3速にシフトダウン。そこで、使ったのは。
「……いったれー!!」
左手で、サイドブレーキを思いっきり引き上げた。
RX-7のリアタイヤがロックして、テールが一気に滑り出す。これは、パフォーマンス系ドリフトのテクニック、ロングサイドドリフトだ。
そのまま、テールを路肩に突っ込ませながら、ドリフト状態をキープ。深くなるドリフトアングルを、絶妙なカウンターステアでマシンをコントロール。FRP製のリアバンパーを粉々に破壊しながらも、アウト側からサイドバイサイドに持ち込む。
二台が並走したまま、右へアピンに飛び込んだ。
サイドブレーキを下ろし、3速から2速にシフトダウン。しかし、13Bはパワーバンドに入っていない。アクセルを踏んでも、回転は上がってこない。
(……頼む!!)
一瞬の判断で、坂本はクラッチを蹴っ飛ばす。
(……吹けろ!!)
もう一度蹴っ飛ばす。
「吹けろー!!」
更にもう一発、クラッチを蹴り上げた。
13Bは坂本の左足に答える様に、パワーバンドにのってリアタイヤが白煙を巻き上げだした。
(アウトから……直ドリだと!?)
古谷は、わが目を疑うしかなかった。アウトから突っ込んできたRX-7の、リトラクタブルヘッドライトが左前に見えている。相手のノーズが、前に出ているのだ。
(しかもコイツ……外を塞ぎやがった!!)
GT-Rは、アウト側のラインを潰されて、道幅を有効に使えない。
立ち上がりでアクセルを踏めず、GT-R自慢の加速力もアテーサETSのトラクションも生かせない。
カウンターを当てながら、立ち上がるRX-7は、次のヘアピンでインをキープ。ブレーキングで完全に前に出て、ついにGT-Rにテールランプを拝ませた。
「……どーよ!!」
坂本は、コクピットで吠えた。恐らく無意識に声を張り上げたに違いない。
対して古谷は、RX-7のテールランプを初めて拝む。
(バンパー吹き飛ばしてでも抜きに来るとはな……)
正しく捨て身の攻撃。それは、脱落したリアバンパーが物語っていた。
「何て野郎だ……」
坂本の根性に、舌を巻くしかなかった。
……そして。
「来たぞー!!」
「……FDが前だ!!」
「GT-Rが負けたぞー!!」
テンションが最高潮に達したギャラリー達が、個々に叫んでいた。
先にフィニッシュラインを超えたのは、坂本のFDだった。
勝ったのは、十三鬼将“裏切りのジャックナイフ”。この事実は、榛名に衝撃をもたらしたのだ。
山頂のスタートラインで、その一報を聞いた玉城。
「……そうか。俺の読みは外れてたか」
そう言いながら、玉城は煙草を一本取りだして、流れる動作で火を点ける。
「ロングストレート後の五連へアピンの一個目で、アウトからぶち抜くなんて展開……想像できねーよな……」
誰に言う訳でも無く、自分に言い聞かせる様に呟いた。
ふもとのパーキングスペースで、戦い終えた両者が再び対峙した。
「あーあ。リアバンパーはオシャカになっちまったか……」
坂本はそう言いながらも、その表情には満足感が現れていた。
対照的に、古谷は釈然としない様で、憮然とした面持ちだった。
「……一つ聞かせてくれ。
俺のRを抜いた時……なぜアンタは、ブレーキング勝負じゃなくて、ロングサイドなんて技を使ったんだ?
あんな技……スピードの勝負では、遅くなるだけのパフォーマンスじゃないのか?」
古谷の疑問に、坂本は一呼吸置いてから答えた。
「そりゃドリフトは遅くなるさ。まして、パフォーマンス系のドリフトならなおさらな。
でもよ……ドリフトが何で遅いのかわかるか?」
「……そりゃ、立ち上がりでタイヤが空転してトラクションがロスになるから、加速も悪くなるしストレートも伸びなくなるからに決まってるだろ」
「そういうこった。
ドリフトが遅くなるのは、立ち上がりで大きなロスが出来るからな。
だけどな……コーナーの進入からクリッピングまでだけなら、ドリフトの方が速いんだよ」
「……!?」
坂本の言葉に、古谷は衝撃を受けた。
「あんたは、確かに速い。ストリートのGT-R乗りとしちゃ、抜群のテクニックを持ってるし、GT-Rの事を良く理解してる。
立ち上がりからの加速は、マジで嫌になるくらい速い。おまけに、ブレーキとタイヤがきつくなる事を読んで、しっかりセーブしながら走ってた。
そこまでされちゃ、最終の二個手前の右コーナーで勝負しても、抜ける気がしなかったぜ」
坂本は淡々と述べ続ける。
「アンタは、どれかって言えば正統派のドライバーだ。バトル慣れもしてるしな。
だから、アンタの意表を突く奇策が必要だったって訳よ」
「そのための、直ドリって訳か……」
古谷の一言に、坂本の首は縦に動いた。
「パフォーマンス系のドリフトなら、結構な速度で突っ込んでもスピードを殺す事も可能だし、アウトからでも並べれば……GT-Rの加速力を封じ込められるしな」
坂本がそこまで伝えると、古谷はフッと笑みをみせた。
「……負けたぜ。あんたにはな……」
そこには、すっきりとした表情を見せる、1stKINGDOMの姿があった。
十三鬼将、まずは幸先の良い一勝を挙げた。
ドリフトの描写は、真面目に難しいですね……。
だけど、峠はやっぱりドリフトでしょう!!
速いドリフトも良いけど、派手なドリフトも大好きです。
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