余談ですが、アリストにスープラの6速ミッションとサイドブレーキを移植するのは、かなり高額になるそうです(^_^;)
赤城のピットエリアに設備されたモニターに映し出される、二台の2JZ搭載マシン。
栗原は、両雄がコーナーを駆け抜けていく様子を食い入るように見つめていた。
「栗原さん、案外あのアリスト頑張ってますね」
取り巻きの一人の問い掛けに対して、栗原の首は横に動いていた。
「そう見えるのは、恐らくあの鶴岡が抑えてるだけだ。
その証拠に、区間タイムはレコードタイムよりも3秒近く落ちてる」
「……本当だ」
「確かに、アリストの野郎も決して遅くは無いが……このペースでは間違いなくリアタイヤが最後まで持たない」
「……って事は、どういうことですか?」
取り巻きの察しの悪さに、栗原は小さくため息を吐き出した。
「鶴岡は、単にアリストのペースが落ちるのを待っているだけだ。
あえて後ろを走っているのも、抜いた方が相手に与える屈辱感も大きいからな。確実に抜けるタイミングを見計らってる。
随分と、したたかな男だぜ……」
そう語った栗原は、モニターから視線を一度も離さなかった。
スープラとアリスト。どちらも2JZ-GTEと言う日本を代表するエンジンを搭載する、トヨタの主力戦艦だった車両である。
双方は、駆動系や足回りにはある程度の互換性もある為、アリストはスープラのセダン版と言われている。
しかし、肝心要のベースシャーシに関しては、アリストはセダンのクラウンマジェスタがベースであり、スープラはクーペであるZ30系ソアラの設計をベースとしている部分に、大きな差が生まれる。
アリストは2800mmとかなりのロングホイールベースであり、車重も1700kgを超えるヘビー級のボディを持つ。従って、低速コーナーの続く街道の様なコースは苦手としている。
そして、スープラのホイールベースは2550mmと、同世代のスポーツカーの中でも短い部類に入る為、1500kgとGT-R並みの車重を誇る割に、軽快なハンドリングを見せるのだ。
言い換えれば、スポーツカーとセダンのコンポーネンツの差が、丸々と現れているのだ。
佐々木は、ミラーで後ろを見る回数が増えていく。
(……ったく、抜ける癖にあえて抜きに来ないってか? 嫌なヤローだ……)
スタートしてから、鶴岡のスープラのノーズは、アリストのテールをロックオンしたまま変わらない。
(……もうすぐ中盤に入っていく。ここから、勾配が強くなっていく上に低速コーナーが続きます。
もう、アリストのリアタイヤは限界でしょうね……)
ジリジリと鶴岡は、佐々木を追い詰めていく。
鶴岡のスープラは、パワーは重視せず足回りと軽量化に力を注いだチューニングを施してある。
元々、低回転からトルクを発揮する2JZのツインターボエンジン。鶴岡のそれは、吸排気の変更とブーストアップで380馬力程度なのだが、全回転域のどこからでも加速していくフラットな特性を持つ。
その素性を生かすべく、軽量化に力を入れて旋回性能を強化。さらに足回りの強化と細かなセッティングで、FRの泣き所のトラクションを向上。
(……街道でランエボやインプレッサに負けないスープラ作り上げる事が、僕の目標なんだ。
首都高仕様のアリストなんかに、負ける訳が無いんだ!!)
まさに、街道スペシャルと言えるマシンに変貌を遂げていた。
中盤セクションのヘアピンの立ち上がりで、アリストはカウンターステアを当て始めていた。
(……コーナーじゃ逆立ちしたって敵わねーし、リアやべぇな……)
もはや、重量級のマシンで攻めるには、リアタイヤの限界を迎えていた。タイヤトレッドは発熱し、内圧もかなり高くなっているだろう。
佐々木のアリストは、首都高で勝ち続ける為に650馬力オーバーと言うハイパワーを絞り出している。しかし、あえて4ドアセダンにこだわる姿勢から軽量化は一切していない上で、ボディも補強している。その為、ノーマル以上に車重が増加してしまっている。
湾岸線の様に完全に最高速に割り切ってしまえば、重量増はさほど負担にはならない。むしろ、車重の重さが高速域での安定感に一役買う為、軽量化しない事がデメリットばかりを生み出す訳ではない。
しかし、街道の様な低速域では、加速でもコーナーリングでも、タイヤの負担を考えても、車重が重い事は足枷でしかない。
ここまでテールを突っつき回していた鶴岡は、アリストの限界を見定めていた。
(……そろそろ、仕掛けるタイミングですね!!)
佐々木のペースがこれ以上上がらない事を察知して、ここで勝負を仕掛けた。
「……来やがったな!!」
しかし佐々木も、首都高のバトル巧者。奥の手を一つだけ用意していたのだ。
右へアピンの進入で、アリストは大きくテールスライドし、挙動を乱した。
(……タイヤがバーストしたのか!?)
これまで見せない動きに、鶴岡は目を見開く。
(いや……違う!!)
しかし、アリストはコース内に踏みとどまって、大きなカウンターステアをキープ。
そして、強大なエンジンパワーに任せて、リアタイヤを空転させて立ち上がる。大きな白煙を巻き上げながら、続くコーナーまでドリフト状態をコントロール。
立ち上がりは、ハイパワーでホイールスピンを誘発させて、コース内を真っ白に染めてしまう。
(……こうすりゃ、前が見えねーだろ!!)
佐々木の起死回生の一手。
それは、ハイパワーFRの特権である、ド派手なドリフトだ。
深いドリフトアングルでラインを塞ぎながら、猛然と白煙を巻き上げる重戦車。
(ま、前が見えない!!)
スープラのヘッドライトが照らすのは、白い煙の壁のみ。視界を遮られ、鶴岡はアクセルを踏めない。
(こんな、バカげた手段を使うなんて……)
鶴岡は度肝を抜かれるしかなかった。
一見、ヤケになった様にも感じる佐々木の作戦だが、アリストと言う重量マシン故に正攻法では勝ち目がない。仮に前に出てブロックした所で、タイヤが消耗してしまえば狙ったラインはトレース出来ない。
だからこそ、あえて派手で深いアングルのドリフトでラインをブロック。更にタイヤスモークで煙幕を張って、後追いの視界を遮ると言う作戦を組み立てたのだ。
(……こんな走り方を追いかけた事がない)
何よりも鶴岡は、完全なグリップ派。これまでの走り屋人生の中で、ドリフト走行の後ろを走った事が無かった。
佐々木は、アクセルべた踏みで赤城道路の、直線部分もコーナーも流しっぱなしでクリアしていく。赤城のドリフト野郎のお株を奪うその走りで、鶴岡を翻弄させる。
(……俺らは、速い走りだけじゃねー。魅せる走りも出来るんだぜ!!)
その派手な走りに、無数のギャラリー達は圧倒された。
後方を追走する鶴岡だが、前が見えない上に、先行するアリストのドリフト走行に惑わされて、リズムを組み立てられない。
(クソ……こんな手を使ってくるなんて……)
想定外の事に、鶴岡はなす術が無かった。
ブラッドハウンドのアリストは、タイヤスモークを途切れさせる事無く、赤城のゴールラインを駆け抜けていった。
「……オッケーィ!!」
佐々木は、コクピットの中で左腕でガッツポーズを作った。
まさかの展開に、赤城のギャラリー達は、どよめきにも似た歓声に包まれていた。
パーキングスペースに停車し、戦い終えた二台が対峙する。
「……まさか、あんな作戦を使ってくるなんてね……」
鶴岡の顔つきからは、悔しさがにじみ出ていた。それは、佐々木の戦略に対するものなのか。あるいは、想定外の事に対応しきれなかった、自分への不甲斐なさなのか。
「……言ったろ? ハンデを付けた事を死ぬまで後悔するってな」
そう言った佐々木は、煙草をくわえて勝利の一服を味わった。
「……FRにこだわって街道を走ってきた僕が、同じ駆動方式の車に負けたのは初めてですよ……」
「……あんたさ。FRにこだわる割に、ドリフトしねーのか?」
「しませんよ。遅くなるだけですし……」
「その割には、抜けなかったじゃねーか」
「…………」
佐々木の言葉に、鶴岡は何も答えられない。
「ま、ドリフトが遅くなるなんざ、俺だって重々承知してる。
……だけどな。派手なドリフトこそFRの特権だ。あんたがドリフトするかしないかともかく、ああいう走りは覚えといて損はないぜ?
タイヤが終わっちまったけど、理屈抜きに面白れーしな」
「……嫌味ですか?」
「別に、そんなんじゃねーよ。俺の考え方だ。
少なくとも、あんたが俺に勝てなかったのは、腕や車の差じゃねー」
「…………だとしたら、その差は何ですか?」
鶴岡の問いに、佐々木は煙草をくわえた口元をニヤリとさせてから、こう答えた。
「……場数の差だ。
少なくとも、俺はあのアリストに拘って、首都高を走ってきた。例え相手がどんなマシンでもな。
スポーツカーもスーパーカーも、ぶっちぎってきたんだよ。俺達はな……」
佐々木の言葉に、鶴岡は吹っ切れた様に呟いた。
「……次に走る時は、負けませんしハンデも与えません。
今日の負けは……僕の驕りが敗因ですから……」
榛名に続き、ブラッドハウンドが勝ち星を挙げる。十三鬼将が立て続けに勝利を収めた。
赤城山から最寄りのコンビニエンスストア。
(……あのセブンは)
帰路についた佐々木に見えたのは、駐車場に止まる坂本のFD3Sだった。
駐車場に飛び込むと、アリストの姿に気が付いたようで、坂本も車から降りてきた。
「……よー。わざわざここまで来てんのは、出番が終わって暇だからか?」
「まあな。お前の負ける様を見届けにな」
佐々木は右ウインドーを下げながら悪口を叩くと、坂本も減らず口で返す。
「……ま、何とか勝ったみたいだし、サーティンデビルスの面目は保ったんって訳だ」
坂本はそう言いつつスマートフォンで、走り屋系掲示板のあるスレッドを見せた。
そこに書かれたタイトルは“十三鬼将vs王宮十二氏 赤城の勝負は十三鬼将が勝った!!”と記載されている。
「ふん、ラクショー……って言いたいとこだが、今回はツキが回ってきただけだ」
そう呟く佐々木。その顔には疲労感が浮き出ていた。
「……勝ちは勝ちだろ」
坂本はそう言いながら、右手をスッと上げた。
「ふん……」
鼻を鳴らしてから、佐々木も同じように右手を上げる。
そして、パン、とハイタッチを交わした。
「……そういや、裏六甲で黒江もバトルしてるんだったっけな」
佐々木は思い出したように口走った。
「そうだったな。まぁ……アイツならそう簡単には負けねぇと思うけどな……」
坂本もそう同調してから、スマートフォンで再び走り屋系掲示板のホームページを開いた。
「……結果、出てるか?」
佐々木に急かされるが、坂本は無言のままスマホの画面を見て固まっていた。
「どうなんだよ?」
「…………黒江、負けたってよ」
「……マジ!?」
“ユウウツな天使”が敗北したという一報。
キングダムトゥエルブの反撃が始まった。
次回は、皆さんも苦戦したであろう(?)ユウウツな天使の登場です。
首都高バトルの中でも、人気のあるライバルですが……。
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