貧乏なので、大人しく家で執筆したいと思います(^_^;)
ブラッドハウンドが勝利を上げた、同じ夜。
赤城から遠く西に離れた“裏六甲”は、関西でも屈指の猛者が集まる、街道サーキットである。
かつての走り屋黎明期の頃から、関西でも一、二を争うハイレベルなスポットだった過去が有る分、西日本の街道の走り屋達の中心地と言っても過言ではない。
深夜。山頂のパーキングスペースに停車する三台のマシンと四人の走り屋達に、ギャラリーの視線が注がれていた。
裏六甲のスラッシャーである“メタルウィザード”の天童雅也が駆る、NA2NSXタイプS。
キングダムトゥエルブ第三の刺客“グラディエーター”こと、根府川吉宗の愛機GC8インプレッサWRX-RA・STIバージョンⅢ。
そして、十三鬼将の“ユウウツな天使”の異名を持つ、黒江世津子のマシンS15シルビアスペックR。
いずれも、名の知れ渡ったビッグネームの走り屋達だ。
「……よう来てくれはったな。俺が、ここのスラッシャーを張っとる、天童ゆーもんや。
今夜のバトルの立会人やらせてもらうで」
天童のあいさつに、黒江は何も反応しない。それどころか、興味なさそうにスマートフォンを弄っているありさまだ。
付き添いで来ている、川越は黒江を肘で突っついた。
「ちょっと……あんたも何か答えなさいよ」
そう言われて、黒江は視線をやっと前に向ける。
「……私の相手は?」
そう呟いて、周囲を見渡す。
「あんたの相手はこの俺だぜ」
「ふーん……」
根府川がそう名乗るが、黒江は実に興味なさそうで、再びスマホに視線を戻す有様だ。
(舐めとんのかこのアマ……)
根府川の眉間に縦皴が出来ていた。
(何とかならないのかしらこの子……)
川越も肩を竦めてお手上げと言った様子だ。
(見た目はメッチャ好みやねんけど、こりゃ性格があかんで……)
立会人の天童でさえ、呆れ果ててしまう。
すると、黒江はスマートフォンをスリープモードに落として、根府川と視線を交える。
「さ……始めましょ」
先ほどの気怠そうな雰囲気を一変させ、マジな目つきを見せるユウウツな天使は、戦闘モードに入っていた。
「……上等」
もっとも、根府川は裏六甲に来てから、ずっと戦闘モードだったに違いない。
頂上のスタートラインに並んだ、ソリッドホワイトのインプレッサとパールホワイトのシルビア。90年代後半を代表する、5ナンバーの2リッタースポーツカーである。
比較的コンパクトなボディに加え、ターボエンジン搭載車。故に、多くの走り屋達に愛されるマシンである。
レッドシグナルが光ると、水平対向のEJ20と直列4気筒のSR20のエキゾーストノートが、六甲の山々に木霊する。
そして、シグナルブラックアウト。スキール音とゴムの焦げた匂いを残して、二台のマシンが裏六甲の街道を駆け下りていく。
ヘッドライトの残像を見つめながら、天童はポツリと呟いた。
「……さーて。どないなるかな」
それが聞こえたようで、川越は一言告げた。
「あの子は……速いわよ」
その言葉に、天童は何も答えなかった。
裏六甲は、各地の街道サーキットの中でも特にトリッキーかつテクニカルなレイアウトをしている。
特に下りではタイヤやブレーキにかかる負担は大きく、裏六甲で速く走るにはトータルバランスに優れたチューニングが必須なのだ。
先手を取ったのは、当然インプレッサだ。1200キロ台の軽量なボディを持ち、尚且つ4WDの優れたトラクションを誇る。スタートダッシュでシルビアに引けを取る訳にはいかないのだ。
(……まずは先行だ。このまま、逃げ切ってやる!!)
根府川は先行逃げ切りを狙い、インプレッサに鞭をくれる。
追うは黒江。
「……まってなさい」
不気味に呟くと、ファーストコーナーからギリギリのレイトブレーキングで応戦する。
一気にインプレッサのテールに喰らいつく。が、立ち上がりでの加速で再び離される。
(……だから四駆は嫌いなのよ)
一気に遠ざかるテールランプに、黒江は思わず舌打ちを出していた。
(シルビア如きに……負けてたまるか!!)
しかし、根府川にも意地があった。
GC8インプレッサは軽量コンパクトな4WDマシンの代名詞と言える存在で、WRCでも長きに渡り活躍した。同時期にデビューしたランサーエボリューションとは、良きライバルとして切磋琢磨しあい、より性能を高めていった事は誰もが知る所だ。
インプレッサの最大の武器は軽量コンパクトな事だけではなく、水平対向という低重心なエンジンレイアウトが生み出すマシンバランスの良さにある。
本来のFFベースの場合、直列エンジンでは室内空間を確保する為に、横置きのレイアウトを選択する場合がほとんどだ。しかし、コンパクトで低重心の水平対向エンジンの場合は、より低く短く搭載する事が可能になり、室内スペースを犠牲にすることなく縦置きのレイアウトを選択する事が出来るのだ。
そのコンポーネンツは、スバル1000に始まり、レオーネ、レガシィ等、スバルを支えてきた車種から、代々受け継がれてきた。熟成の進んだそのシャシーは、それまで4WDの苦手としていたコーナーリング性能を克服。 一躍、国産最強クラスと同等の戦闘力を手に入れたのだ。
軽快なフットワークを見せながら、ツイスティーな裏六甲のコーナーをクリアしていく根府川のインプレッサ。
(……こういうツールドコルスを彷彿させる峠コースは、インプレッサが最も得意とするコースだ。テールスライドしか特技の無いFR車等恐れるに足らん!!)
GC8インプレッサは8年間生産される間、毎年モデル改良が行われており、その度に“アブライトモデル”いう記号で呼ばれている。GC8のそれはA型からG型まであり、根府川の選んだモデルはD型のWRX-RAのSTIバージョン。
インプレッサの中でも、もっともじゃじゃ馬的な性格を持ち、初めて国内自主規制の280馬力に到達したモデルだ。かの新井敏弘が“乗りこなせば一番速い”と言わしめたモデルなのだ。
もちろん、WRCで戦う為に生まれたマシンだけあり、そのマシン特性は峠にベストマッチなのだが、当然ながら根府川は峠での戦闘力を上げる為のチューニングを施している。
元々軽量なボディを更に軽量化。そして、GDBインプレッサのブレンボキャリパーを流用しストッピングパワーを確保。GC8の泣き所であるミッションの弱さは、これもGDB用の6速ミッションを流用して、強度とギア比の適正化を施している。
元々パワーに不満の無いEJ20だけに、パワー面はブーストアップ程度。むしろ、冷却類と補器類の強化を施して、耐久性と扱いやすさ重視したエンジンに仕上げた。加えて、足回りの強化で、元々素性の良いハンドリングに磨きをかける。
これこそ、トータルバランスの取れた、峠最強と言えるパッケージング。それに加え、根府川と言うインプレッサのスペシャリストが操る事で、街道で無敵の実力を誇るのだ。
根府川のインプレッサを追走する事は、ユウウツな天使であっても簡単な事では無かった。
(……坂本のバカ。こんなに速いなんて、聞いてないわよ……)
内心で不満を漏らすが、黒江も詳しく話を聞かず帰ってしまった訳なのだが。
(こっちも、目一杯で走らなきゃ……離されるわ)
立ち上がりでのトラクションに勝ち目が無い分、黒江はギリギリのブレーキングでインプレッサに食い下がる。
S15シルビアのチューニングと言えば、真っ先にD1GP等に代表されるコンテスト系ドリフト仕様を多く浮かべる人も多いだろう。しかし、S13、S14、S15のシルビアは三代に渡り、ドリフトのみならず、ゼロヨン、タイムアタック、最高速、草レース、そしてカスタム等、あらゆる場面でベース車として活躍してきた。
もっとも、同世代の手頃なFR車が、少なかったという理由も有るのだが。
理由はさておき、あらゆる種類のチューニングソースがあるという事。これこそが、シルビア最大の特色であり、武器であるのだ。
黒江自身、三世代のシルビアを乗り継いできたシルビアマイスターだけに、シルビアの長所も短所も分かり切っている。
(……S15こそ、最高のシルビアなの。あんな、インプレッサに負ける訳にはいかないのよ!!)
だからこそ、負けたくないのだ。
裏六甲も中盤のエリアに差し掛かる。
(……ここは、インベタだ)
根府川はそう判断。大きく曲がり込む左コーナーで、インプレッサがブロックラインを通る。
(そういう手なら……アウトからよ!!)
その動きを見て、黒江はアウトから大外刈りで勝負をかける。
二台が並列して、コーナーを駆け抜ける。
(アウトから、抜ける訳が無い!!)
しかし、根府川は抜かれない自信があった。
ブレーキングから正確なヒールアンドトゥを使い2速へシフトダウン。そして、左足ブレーキを巧みに使い、フロント荷重を抜かずクリッピングポイントを舐めて立ち上がる。
(……ここは3速キープよ!!)
一方の黒江は、3速のままインプレッサと並らんで立ち上がる。
2台サイドバイサイドの加速。一瞬インプレッサがノーズを前に出すが、シフトアップの瞬間に、一気にシルビアが追い上げる。
(……くそ。伸びは向こうが上か?)
EJ20に劣らない加速を見せるSR20DETに、根府川は顔を苦々しく歪めた。
SR20に代表されるSR系のエンジンは、日産のエンジンの中でも多くの車種に搭載される。言わば、大衆車向けのエンジンと言える立場にある。
アルミ製ブロックを採用したコンパクトで軽量なエンジンという事に加え、部品点数が少なく内部までチューニングしやすいと言う、大衆エンジンならではのメリットもある。
往年のTSレースを戦った、110系サニー等に搭載されたA12型エンジン。80年代のゼロヨンや最高速ステージを荒らしまわったL28型エンジン。これらも同様に、大衆向けのエンジン故に数多く出回り、数多くのチューナー達がベースエンジンとしてチューニングを進めていったのだ。
黒江のシルビアのSR20DETは、排気量を2、2リッター化しカムのプロフィールもよりパワー重視の物に変更。しかし、ボールベアリングタービンとECUのセッティングを中速域で力を発揮するようにした。
元々SR20はアルミブロックを採用する為、ハイブーストで高回転まで回すとエンジンブローを招くリスクが、鋳鉄のブロックを持つエンジンよりも遥かに大きいのである。
その為、ピークパワーは450馬力だがトルクは50キロ以上をマークするという、広いパワーバンドを持つエンジンに仕上げたのだ。
だからこそ、一つ高いギアを選択したままコーナリングスピードをキープ出来る。
インプレッサとシルビア。互角の加速のまま、続く左のヘアピンのブレーキング勝負に備える。
(ブレーキングなら……私に分があるわよ!!)
黒江は、ここまでブレーキングで差を詰める走りを見せているだけに、絶対的に自信を持っていた。
そして、2台は同時にブレーキングを開始。
(……奥の手は、こういう時の為にあるんだぜ!!)
インプレッサのノーズが一瞬アウトに向き、直後に思いっきりインに切り込んでいく。
そして、先にコーナーに飛び込んだのは、根府川のインプレッサだった。
「……嘘でしょ!?」
ブレーキング争いに負けた黒江は、我が目を疑った。
根府川の使ったのは、フェイントモーションと言うラリー特有のテクニックだ。
一度コーナーとは逆方向にノーズを向けてから、コーナーに進入するもの。振り子の原理を利用して、意図的に大きなヨーモーメントを起こしオーバーステアを誘発させる技。
旧来のアンダーステアの強い4WD車で、アンダーステアを封じる為に使われる高等テクニックだ。
これは低ミュー路などで良く使われる他に、ドリフトの進入技の一つに数えられる。
アウトから、突っ込み勝負を制した根府川のインプレッサは、立ち上がりのトラクションで再び前に躍り出た。
(くそっ!! ブレーキング勝負なら負けない筈だったのに!!)
黒江は思いがけず、左手でハンドルを叩いてしまう。
(……あんまり多用すると、ブレーキとタイヤが持たないからな。こういう技はここ一番で使うもんだぜ)
対照的に、根府川は得意げに笑みを作っていた。
二台はテールトゥノーズのまま、裏六甲のダウンヒルを駆け抜ける。
そして、ゴールラインまでインプレッサは前を譲る事無く駆け抜けたのだった。
激闘を繰り広げ、ギャラリーも大半が帰路についた。しかし、根府川と天童はふもとのパーキングスペースに佇んでいた。
「……ええモン見せてもろうたで」
天童はそう言って、根府川を称えた。
「……確かに勝ったがな。だが……こっちもギリギリで勝てただけ。勝負は時の運って奴だ」
根府川は、頭上の空を見上げながら言った。
「そない、謙遜せんでもええやんか」
そう答えながら、天童は根府川の肩に、ポン、と手を乗せた。
「……っ!?」
その瞬間、ある事に気が付いた。
(コイツ……こない冷たい汗を……)
根府川が、如何に強いプレッシャーの中で戦っていたかを、初めて理解した。
黒江のS15は、新名神高速を名古屋方面に走っていた。もう少しで、京都と三重の県境だ。
ステアリングを握るのは、付き添いの川越。オーナーの黒江は、よほどバトルで疲れたのか。高速に乗ってから、助手席を倒して横になったままだ。
(……よっぽど、負けたのが応えたのかしらね。一言もしゃべらないわ……)
オーディオから適当な音楽を流しながら、川越は東京を目指す。
「……ムカつく」
黒江は、ポツリと呟いた。その一言に、全てが集約されていると。川越はそう思えてならなかった。
キングダムトゥエルブが十三鬼将に一矢報いのであった。
バトル結果はバラしてましたが、内容はいかがでしょうか?
個人的には、インプレッサはGC8がヤンチャっぽくて好きですね( ̄▽ ̄)
ご意見、ご感想、車談義など、お待ちしてます( ̄▽ ̄)