エースコンバットGLT -World's last gate- 作:チビサイファー
―本日は取材の合意、誠にありがとうございます―
いやぁ、僕が知ってることも限られていますが、それでもよろしければお答えしますよ。それにしても記者が記者にインタビューされるのって、変な感じですね。
―あの戦争から10年たった今、「彼女たち」の事を知る人物はごくわずかです。あなたは取材中、会ったのでしょう。是非その事をお聞きしたい―
こんな僕のお話であれば喜んでお答えします。あれは雪の降る寒い日でしたね。当時は某雑誌の記者として働いていました。しかし社内での僕は嫌われものなので、地上の交通網も整備されていない辺境の土地に行けと命じられました。まったく大した給料も出ないのにそんな場所にいけと言われ、しかも手当てもあってないようなものです。悪態吐きましたね。
まぁ、結果として「彼女たち」の事を追い続けて、そうして今は贅沢な暮らしが出来るようになりました。今の僕ならたっぷりと取材料をお支払いできるんですが……。
―つまり、あなたも行方を掴めていないと―
はい。戦争が終わる最後の日です。彼女たちは帰ってきませんでした。
―亡くなったのでしょうか?―
それは分かりかねます。生きていたら、きっと今頃強く生きていることでしょう。今の世の中では、彼女たちを探し出して連絡を取ることも難しいのですが。
―彼女たちに初めて出会ったときの事を教えていただけますか?―
あれは取材対象の基地……エリア66に向かっていたときです。輸送機に乗っていたんですが、あと三十分もすれば着くというのに、突然にUターンしたんです。なんでも基地が空襲を受けてるとかで。
たまったものじゃない、こっちにまで飛び火したらどうするんだと僕を派遣した上司を恨みましたね。窓の外を見てみるのですが、基地はまだ遠くて見えません。しかしその時でした。
僕たちの輸送機の直ぐ側を、猛烈な速さで飛び抜ける一機の戦闘機を見たんです。
そう、彼女たちです。あの尾翼に描かれた奇妙な生物が十字に巻き付くエンブレム。その姿を、今でもはっきりと覚えています。
*
北緯020度、東経239度。とある小国の山岳地帯。
平地とはまるでかけ離れた険しい山岳地帯は雪に包まれ、雪化粧をしているはずなのに凶悪さを感じる威圧感を放っていた。
そんな切り立った山々に囲まれる形でその基地は存在している。その名はエリア66。某国が保有している傭兵中心で組まれた空軍基地。
大国から独立したこの国は、当初こそ軍隊もあってないような物で、平和な新国家誕生を祝っていた。決して裕福とは言えないが、不自由もない、行楽地にはもってこいの土地であった。
そんな国家が、軍事力を早急に集めなければならない事態が起きたのである。
独立から数年後、国内で軍事転用が可能な新素材の資源が発見された。その資源量は豊富とされており、それを巡って保守派と改革派が激突、改革派は反政府組織となり、内戦が勃発した。
内戦は当初こそ投石や火炎瓶だった。しかし、次第に乗用車を改造した装甲車が現れ、その鎮圧のために戦車や戦闘ヘリが導入され、挙げ句には軍が完全に分離。国家は早急に軍備の増強を迫られた。
それに目をつけた諸外国が、その軍事資源欲しさに政府軍、反政府軍に味方する者が続々と現れた。おかげで両陣営は軍備の増強に困ることはなく、あっという間に途上国にしては過剰すぎるほどの兵器たちが輸入された。
しかし、武器はあったとしても経験を持った兵力が無に等しかった。独立したばかりであったために、教育が全く追いつかないのだ。よって早急な教育、そして戦力が必要になった。
このエリア66こそ、外国人傭兵部隊の最前線基地、兼教導基地という、最重要空軍基地なのだ。
故に、この基地には腕利きのパイロットたちが集まる、さながらハリネズミのような防御を誇る基地である。
雪山故の悪天候、あってないような地上道路は地上兵力を拒み、山中にレーダー網を敷き詰めてハエ一匹通すことも許さないような、まさに難攻不落の空軍基地であった。
そう。
反政府軍が、レーダー網のごく僅かな穴を見つけるまでは。
*
エリア66は蜂の巣を突いたような大騒ぎだった。レーダー網を掻い潜ってきた反政府軍の戦闘爆撃部隊が押し寄せ、あちこちで爆発と怒号が巻き上がる。
そのどさくさをかいくぐり、どうにか防空に上がれたのは数機程度だった。それ以外の機体は格納庫や駐機場ごと焼き払われ、愛機を失ったパイロットたちが予備の機体がないかと揉めているが、その予備すら鉄屑に変えられてしまっていく。
「いいから混線している無線をどうにかしろ! このままだと旗信号と光信号で通信するハメになるぞ、敵は何機だと聞いている!」
『こちらタンゴ1! かなりいる、6……いや、7機!』
『タンゴ1、違う! お前の後ろに2機居るぞ、回避しろ! ブレイクブレイク!』
『敵機数、9か!? いや、わからん、まて攻撃機は何処だ、第二波は居るのか!?』
管制塔もパニック状態ながらも、どうにか状況を把握しようと奮闘する。だが、情報を仕入れようとするたびに基地の何処かが吹き飛び、そのかくにんのための情報伝達で無線が更にパンクしそうになるのが現状だった。
「またやられた、何処だ!?」
「7番ハンガー! だめだ、機体の燃料に引火したら燃料タンクが危ないかもしれないぞ!」
「ここも時間の問題かもしれない、全員退避を!」
「落ち着け」
混乱する管制塔内部に、凛とした声が響き、一瞬で内部が静まり返る。
「イシイ司令!」
「無線機を貸せ」
エリア66総司令、イシイ司令官だった。
管制官からマイクを受け取ると、イシイはまるで爆撃が起きていないかのように冷静な声で呼びかけた。
「イシイだ。上空にいるパイロットたちへ継ぐ。私から直々の司令だ、よく聞け。お前たちにたった今から任務を与える」
管制塔のすぐ横に機銃が撃ち込まれ、ガラスが数枚吹き飛ぶ。しかし、イシイは全く気にせず言葉を続ける。
「目についた敵を片端から叩き落とせ。それくらいならできるだろう。敵はそんなに多くないぞ。だから給料分の仕事はしろ。以上だ」
そう言ってイシイはマイクを切り、適当に空いていた椅子に座り込む。
「あの、司令……敵機は私が見た限りでは、少ない数とは言いにくいと思うのですが……」
「千里の道も一歩から、という言葉を知っているか。どんなに長い道のりも、一歩ずつ進めばどうにかなる、みたいな言葉だ。だからどうにかなるだろう」
「そんな無茶な……」
「それよりも出張中のあの二人はどうした。まだ戻ってこないのか?」
「あ、はい。ルーンヌイは現在、空母88で補給作業中です。大至急帰投し、防空任務に当たれと先程打診しました」
「全力飛行で15分か。それまで持たせろ。生き残った防空部隊を集結させ、滑走路の半分は守れ」
「はい、はい!」
ぎぃ、と椅子に体重をかけ、イシイはほうと息をつく。全く、この基地のレーダー網は完璧だと言った上層部になんて言ってやろうかと思う。いっそもう少しばかり、修理費の水増しができたりすればいいだろうと思いながら、メガネを持ち上げた。
*
『……エレベーターリフトアップ!』
航空母艦88。そのブリッジ前方の機体格納庫をつなぐエレベーターがごうん、と持ち上がる。そこに乗るのは今まさに飛び立とうとする鉄の鳥の姿。その操縦席から見える灰色の視界が広がっていき、眼の前に飛行甲板が現れる。
『ルーンヌイ、エリア66からの緊急発進要請だ。敵機多数、被害甚大。どうやらレーダー網を突っ切られたようだ。1番デッキより緊急発進せよ』
ぱち、ぱち、ぱち、とコックピット内のスイッチを入れ、機体の各部をチェックする。誘導員が手信号で合図。エンジンの回転数確認、推力レバースロットルレバーを前に入れ、前輪が機体の推力で少し沈み、ブレーキ解除。すぐさまレバーをMINに戻し、地上滑走タキシング開始。右ラダーペダルを踏み込んで発艦カタパルトへと機体を導く。
『ルーンヌイ、エリア66からの続報。制空権はほぼ奪われて、数機ほどが戦闘中。格納庫と滑走路に被弾多数、長くは持たないかもしれない。よって燃料を入れている暇はない。増槽タンクに積み込んだ燃料で急行してくれ。そのかわりミサイルはたんまり積んだぞ。私からのプレゼントだ』
「ラウンデルのじいちゃんありがとー。大切に使うからねー」
と、前席に座っているパイロットがブリッジに向けて手を振る。ヘルメットからちらりと覗く金髪が、海面に反射する光に映えて美しい目の音色を奏でる。
「そう言ってすぐぶっ放すくせに」
後席から、火器管制装置のチェックをしている後席支援者フライトオフィサーの声。鏡越しに彼女を見ると、深い深い黒色をした瞳が計器を見たまま、その思考は前席に向けていた。
「ミサイルはすぐに撃つものだよちーちゃん。機体は軽くなる、いっぺんに撃てばかっこいい。だから撃たないともったいないでしょ?」
「ユーはぶっ放してすぐ接近するんだから危ないんだよ。超長距離から一方的に攻撃、そうして全機の撃墜が現代の空戦だぞ。一番安全で確実なんだから大事に使え」
「でも敵の数が多かったら意味ないじゃん。ミサイル撃ち尽くしたら最後に頼れるのは格闘戦だよ」
ユーと呼ばれたパイロットは、機体の向きを変え終わると、収納していた主翼を展開する。彼女の名前はユーリ。エリア66第6航空師団所属、コールサイン「ルーンヌイ・スヴィエート」のパイロットである。
「だからってこっちがレーダー管制で確実なロックオンをする前に撃つのやめろって言ってるだろ」
ちーちゃんと呼ばれた彼女の相棒は、目を細く、じっとりとした目で前席の鏡を睨む。彼女の名はチト。同じく第6航空師団所属、コールサイン、ルーンヌイ・スヴィエートのフライトオフィサーだ
「我慢出来ないもん」
「てめぇ、降りたら殴ってやる」
「まだ家があればね。それにさ。格闘戦はおじいさんが教えてくれた基礎中の基礎だよ」
左前方に離陸準備を終えた味方機が居る。尾翼にバニーマークを背負っている機体だ。チトは「私達もあんな可愛いエンブレムがいいんだけど……なんで私達の機体は、十字架に変な生き物が巻き付いているんだ」と頭の中でぼやく。ユーリに聞いたら「『ヌイ』って言いそうな顔してるでしょ?」と言ってのけた。自分たちのコールサインがルーンヌイだからって、そんなのでいいのかと思ったが、ユーリが変える気がないので諦めていた。
「……でも、時代も変わりつつあるんだ。それに対応しないと、おじいさんを探す前に死ぬぞ」
「頑張って生きるよー。あ、基地の私達の車両無事かな」
「あ、そうだぞ! お前早く上がれ、一機でも多く叩き落とせ!」
「あーい」
酸素マスクを装着し、カタパルトへ機体を滑り込ませる。誘導員が停止の合図。ブレーキを掛けて機体停止。眼の前に蒸気カタパルトの煙が、風に煽らえてもうもうと揺れている。
フレイトデッキクルーが機体の前輪とカタパルトを接続させ、機体が沈み込む。航空母艦から発艦する戦闘機の直前の体勢、「ニーリング」だ。
「動翼チェック」
「エルロン、エレベーター、よし。ラダー、よし。エンジン回転数よし。ユー、いつでも行ける」
「あいよー」
すべてのチェックを終え、ユーリは目を見据える。目が変わった。チトはこの瞬間、戦闘が始まるのだと自覚させられる。さぁ行こう。チトも酸素マスクを着用する。
『蒸気圧力上昇……80、70、90、グリーンゾーン』
『OKです! 圧力正常、前輪とシャトルの接続確認よし、バリアー上げろ!』
機体後方、エンジンの排熱から甲板を守るバリアーがせり上がる。
『ルーンヌイ、発艦を許可する。グッドラック!』
サムズアップ、ユーリが手で合図を送り、発進させよの信号。それからフライトデッキクルーが手を振り下ろす。カタパルト始動、直後機体が蒸気圧力で打ち出される。2.7秒で時速300キロに達し、強烈なGが体を襲う。この気持ち悪さは、何回経験しても慣れないものだった。
機体が甲板から離れ、操縦桿を引いて上昇。大きな大きな主翼がしなる。車輪格納、左旋回。目標、エリア66。
『ルーンヌイ、高度制限を解除。貴機の幸運を祈る!』
二つのエンジンが火を拭いて舞い上がる。その身軽さは、まるで猫のようにすばやく、そして猫にしては大きすぎる図体をしていた。さしずめ、まるまる太った「ドラ猫」と呼ぶにふさわしいだろう。
その機体の名はF-14Dスーパートムキャット。ドラ猫と呼ばれたその機体は、猫の名に全く似つかわしくない咆哮を上げながら、空の彼方へと消えていった。
*
エリア66の制空権はほぼ変わらず奪われたままだったが、基地を攻撃する爆撃部隊の掃討は完了しつつあり、対空戦闘の指揮系統が完了。どうにか落ち着きを取り戻しつつあった。
一機、また一機と攻撃機を撃墜。動きの遅い対地攻撃用の攻撃機は、またたく間に数を減らしていた。
「よし、敵攻撃部隊、ほぼ全滅しました! これより制空権の奪還に入ります!」
希望が見えてきたと管制塔内部に活力が戻る。それは喜ばしいことだが、イシイはどうも引っ掛かっていた。さて、ここを叩くならもっと戦力を多くしてくればいいものを、どうもパンチがひとつ足りない、確かに被害甚大だが、それでも要請すれば基地の稼働率に8割は守れる計算だ。なにかおかしい。
実際イシイのその疑問は当たっていた。敵の本来の目的は、基地内レーダー施設の破壊。そして。
「まて! 近距離レーダーに反応、機影多数、数6!」
「なんだ、なぜ気づかなかった!?」
「長距離レーダーが破壊され、中継施設と予備が破壊されています! 今使えるのは離着陸用の近距離レーダーだけです!」
「対空戦闘、急げ! くそ、おそらく爆撃機だ!」
「航空隊、爆撃機の迎撃に……」
「更にレーダーに反応! 早い……敵の増援です!」
その声と敵の増援が来るのはほぼ同時だった。数は三、戦闘機部隊。三角形の編隊を乱れずに組み、急上昇。
「なるほど……本命はそれか」
イシイは椅子から立ち上がり、空を見上げる。一般的な制空迷彩とは違う、派手なカラーリング。敵のエース部隊だ。
「各機散開しろ! 敵エースと後方から爆撃機部隊だ。お前らを封じ込めてここを灰にするつもりだぞ。1機でもいい、爆撃機を叩き落とせ!」
イシイはマイクの回線を切り替え、耐爆地下格納庫へと無線を入れる。
「私の機体の準備をしてくれ。いざとなれば出る。ルーンヌイが帰ってくるまで持たないかもしれないのを覚悟しておけ」
敵エース部隊の参入で盛り返しかけていた66側の勢いが一気に落ちた。1機、2機が接近する爆撃機部隊へ迎撃に行こうとするも、まるで背後に目があるかのように敵が進路を妨害してくる。ならば撃墜するまでと数機が食らいつくも、背後に回り込まれてそれどころではなくなる。
緊急発進で武装を最低限にしか積んでいない66側戦闘機部隊は苦戦を強いられた。ミサイルを切らした機体がほとんどだ。
そうなると、残ったのは機関銃のみとなる。機関銃の射程距離はせいぜい1キロ前後のため、射程が数十キロから数百キロのミサイルと比べ物にならないのだから、接近するしか方法がないのだ。
敵はすべて想定していたのだ。第一波の攻撃部隊で攻撃、早い段階で迎撃機を離陸させないようにする。仮に第一波攻撃部隊が全滅しても、残っているのは弾切れの近い戦闘機。レーダー施設を破壊してしまえば、本命の爆撃機部隊の接近は用意になるのだ。
イシイは管制塔から続く専用通路を通り抜け、自身の専用機へと向かう。
さて、自分が上る頃には更地が出来上がっているのだろうか。そうなったらそのまま司令部にでも飛んで機体ごと殴り込みをかけてやろうかと思う。いや、このところ働きっぱなしだったから空爆で死んだことにして、そのまま南国に飛んでバカンスを楽しむのもいいだろう。ならいっそ更地になっちまえ。そう思った直後だった。
爆発の衝撃が走る。基地がまた被害を受けたのだろうか? いや違う。イシイはとっさに時計の分針を確認する。
「間に合ったか」
その時計の針は。
15分の経過を示していた。
「バカンスは当分お預けだな」
イシイはくくく、と自嘲気味に笑った。
*
「居たぞ、やっぱり本命が居た!」
チトはレーダーに映った機影を興奮した様子で見つめていた。戦闘の状況は上空にて通達されたユーリは、すぐさま本体が居ると察知し、侵入ルートを割り出して追いつくことに成功した。
「ちーちゃん、レーダー照射!」
ユーリが叫ぶ。それと同時に安全装置解除。爆撃機が基地の爆撃コースに乗るまであと数分。チトは長距離用レーダー誘導ミサイルの発射をするために、機体一機ずつに確実なロックオンを仕掛ける。
「ちーちゃん、早く!」
「もう少し待て!」
「だめ、間に合わない! 撃つよ!」
「あと一びょ……あ、こら!」
ユーリは間に合わないと判断。操縦桿のトリガーを引き、機体の腹と主翼付け根に搭載された6発の長距離ミサイルを発射する。切り離された6つミサイルが白煙を吐き出し、一斉に目標へ群がっていく。チトは悪態をつくが、その間もなくユーリは機体を降下させて重力を使った加速に入る。
白煙が扇状に広がっていく。チトは仕方なくレーダー画面を見る。到達まで3、2、1……着弾!
前方で5つの火球が生まれた。撃墜5機、レーダーから影が消える。だが、あと一機が飛んでいる。長距離ミサイルはもうない。敵の爆弾投下ポイントまであと一分。
だが、ユーリは既に次の手を打っていた。
「タンクパージ!」
その声と同時に、機体下部に搭載された増槽燃料タンクを切り離し、極限まで機体を軽くする。F-14Dは超音速戦闘を想定された戦闘機である。その特徴は強力な馬力を持つ二基のエンジン、そして速度によって適切な角度を維持する可変翼。速度が上がれば主翼を後退させ空気抵抗を減らし、音の二倍で飛ぶことができる。
今ユーリはひたすらに速さを求めていた。機体を音速の更に向こうへ誘うべく、そのドラ猫は空気を、音を、敵をすべて切り裂く。
その速度、時速にして2000キロを軽々と超える。
「ぐっ、こ、の……!」
強烈なGが二人を襲う。操縦に集中しているユーリは何も感じていないが、比較的負担の少ないレーダー士官をしているチトにしてみれば強烈だった。
眼前に爆撃機を捉える。ミサイル切り替え、短距離射程の熱源レーダーミサイル。
ロックオンマーカー表示、シーカーダイアモンドが音を立てて爆撃機に重なる。目標補足ロック・オン。
「コォォ――」
ユーリが息を吸い、止める。迷いはなかった。ミサイル発射、それと同時にほんの少し上昇。チトが窓を見下ろすと、爆撃機を追い抜いた。直後、ミサイル命中。ギリギリだった。あと少し遅ければ爆弾が投下されていた。
腹に大量の爆弾を抱えたまま、爆撃機は火だるまになって落ちていく。直後、爆弾が誘爆。派手な炎が上がり、破片が飛び散る。
「あれは基地にもいくつか落ちるぞ……」
「多分ばれないって。それより次だよ、ちーちゃん火器管制は任せるよ」
「ったく、結局これかよ」
すぐさまユーリは目標を切り替え、目の前に居た敵エースの一機に狙いを定める。だが音の二倍で突っ込んできたため、勢いがありすぎてミサイルのロックオンが間に合わない。すぐにモード切替、機関砲を選択。照準とターゲットマーカーが重なった直後に0.2秒トリガーを引く。刹那、交錯。
バックミラーにはよたよたと降下していく敵機。コックピットを撃ち抜いたのだ。それを下から奇襲に来た味方が仕留める。
『ルーンヌイだ、あいつらが帰ってきたぞ!』
「いえーい、みんなただいま―」
『くそ、いいとこ取りかよ! だが助かった、雑魚は任せろ!』
「面倒なのは私達に押し付けか、よかったなユー、人気者で」
「いいんじゃない別に。二人で居れば、最強でしょ?」
「……そうだな」
チトはマスクの下に笑みを浮かべる。ああ、ミラー越しに見られなくてよかったなと少し思う。
「さっさと終わらせるぞ、七時方向!」
後ろに食らいついてきた敵エースを察知し、チトは声を上げる。ユーリは急上昇。音速の勢いが残る機体で上昇すれば、その勢いはロケット並みである。先まで旋回戦闘をしていた敵機には、速度が残っていないのは明白だった。
反転。太陽を背にして今度は急降下。距離は十分、ミサイル選択。ユーリは勢いの乗った一撃をお見舞いしようとトリガーに指をかける。
チトはその刹那の度に思考を巡らせ、次の一手を探し続ける。もう一機の位置が知りたい。レーダー確認前方には今狙ってる敵機。いやまて、もう一機が後ろにいる。だがミラーにはなにも写っていない。ああくそ、これは!
「ユー!」
その叫びでユーリは攻撃を中断し、左急旋回。直後、自分たちのすぐ右側を機関砲の雨が降り注ぐ。間一髪だった。後ろを見ると、雲の中からもう一機が飛び出した。
「私達の動きを読んでる、あいつが隊長機だ!」
二人が急上昇している間、隊長機は降下してくることを読み、雲の中に隠れて待っていたのだ。二人が自分より低い高度に来た瞬間、背後に回り込んで機銃掃射。ミサイルを撃たなかったのはロックオンの警報で察知されないためだ。
「ユー、あいつはお前と気が合いそうだぞ」
「気が合うのはちーちゃんだけで十分だよ、っと!」
ロックオンアラート。今度は右急旋回。振り切ろうと機体を揺らす。だが、向こうのほうが少し早かった。
「ミサイル接近ミサイルアラート、回避!」
耳障りな警報が機内に鳴り響く。この音は熱源ロックオンだ。すぐさま熱源用デコイ、「フレア」を放出する。
接近しているミサイルは燃えるフレアに惑わされ、方向転換。虚空へと消えていき、回避成功。しかし安堵する暇は無かった。
「っ!」
ユーリは殺気を感じ、急降下する。すぐ真上を、さっきまで追いかけていたもう一機のエース機が襲いかかってきた。
チトがその行き先を追うが、急上昇して雲の中に消える。典型的な一撃離脱だ。
事実上の二対一、ユーリのマスクの中に溜まる汗を舐めずりする。
一機に追いかけられ、もう一気には一撃離脱の戦法でいたぶられる。正直どうしようもない状態だ。まな板の上の鯛とはこのことだ。
敵エースの連携は完璧だった。完璧すぎた。まるで曲芸飛行のように美しく、大胆で、そして確実だった。このまま逃げ続けても、僅かな被弾、そして披露が蓄積されて破滅へと連れて行かれるだろう。
しかしユーリはマスクの中でニヤリと笑みを浮かべる。昂っているのだ。死はすぐそこに迫っている。だがユーリは楽しくて仕方がなかった。この大空での命のやり取りは、人類が経験できる最高の極限状態を経験することになる。
ユーリは、その空戦が。
「へへ……生きてるって、感じするね!」
たまらなく好きだった。
ユーリは高速飛行形態で折り込まれていた主翼の作動レバーを引き、主翼を展開する。高速域でそんなことをすれば間違いなく主翼は折れる。しかし、ユーリが行った繰り返しの旋回で、速度こそ早い方であったが、二人の乗るF-14Dはギリギリ主翼が耐えられるだけの速度まで減速していた。
ただし、あくまでギリギリだ。少しでも機体にかかる負荷が増えれば、折れるのだ。
「ユー、このバカ!」
よって、チトはユーリがどれだけ危険なことをしたのか理解し、怒鳴る。が、もう遅い。できることなら操縦を奪いたいほどであったが、F-14Dの後席はあくまで火器管制、レーダーの担当及び支援。操縦はできないのだ。
常識破りの急制動でF-14Dは一気に減速する。敵は驚いた。このまま増速して逃げに徹するだろうと読んでいたのに、敵は急減速をしてきたのだ。
そうだ。完璧というものは、その先に何があるのかを見越して初めて完成するのだ。それは一種の過信でもある。故に、その先が自分の考えていたものと違っていれば、完璧は簡単に、砂のように崩れ去る。
勢いが乗った敵は二人の乗ったF-14Dを追い越してしまった。ユーリの目の前に、敵機エンジンの排気口。ガンモード選択、発射。20mmの鉛玉が無防備な翼を食いちぎり、バランスを失った敵戦闘機は歪なダンスを踊って砕け散る。
「来るぞ!」
チトの警告でユーリは機体を持ち上げる。上昇し、反転してきたもう一機が飛びかかってきた。隊長機を撃墜されたことに激怒しているのか、動きが単調すぎてあくびが出そうだった。
(ちーちゃんでも落とせそうだな)
ロックオン。ミサイル発射ボタン。しかし、計器が「距離が近い、破片が飛び散るぞ」と警報を鳴らす。ユーリは更にトリガーを長押しし、強制発射。発射されたミサイルはすぐさま敵機の鼻先に向かって飛ぶ。もうすぐそこだ。パイロットの顔が見えそうだ。
その距離ならユーリは敵が何を考えているのかすぐに分かる。熱くなりすぎたと悟ったのだろう。体が強ばるのが見える。でも、もう遅い。ユーリが瞬きしようとまぶたを動かしたその直後に、敵機の真ん中をミサイルが貫いた。
*
ルーンヌイ、チトとユーリが敵エースの最後の一機を撃墜してから戦闘は決定的になった。残った敵機は敗走し、追撃戦が繰り広げられた。襲撃した敵を追い詰めていく味方たち。一瞬二人もそれに参加しようかと考えたが、燃料がギリギリだったため、早めの帰投となった。
そうして上空を飛び回る戦闘機の音が少なくなった頃。機体を格納庫に入れ、一仕事終えたと機体の翼の下でスポーツドリンクを飲んでいたユーリに待っていたのは。
「こぉぉぉおのおおお!! ユーリ!!」
整備兵の少女が発する怒号だった。見てくれがまるで子どもで、チトよりも一回り小さい少女。黒いおかっぱ頭に大核の印象とは裏腹にはっきりと意思の強い瞳が印象的な少女、通称「ケッチン」だ。
「わわ、なになにケッチン」
「なになにじゃないよ、あの主翼の付け根、なにしたの!? いやいい、言わなくてもわかる。でも一応、君の口からボクの耳に聞かせてくれるかな?」
「んー、高速域で主翼開いた」
「でしょうね!! あれ危ないんだって知ってるよね、一歩間違えたら空中分解なんだよ!?」
「まぁ、ああしないと助からなかったので」
「空中分解しても助からないっての! F-14シリーズの主翼周りは、並大抵の戦闘機なんかよりも頑丈だって知ってるよね?」
「墜落しても残ってるくらいだからね」
「そ れ が! 亀裂が入るレベルで損傷してるんだよ! あとあの被弾箇所は何、なんであんなに穴空いていたりエンジンの中に敵戦闘機の破片入ってるの!?」
「あ、至近距離で強制的にミサイル撃ったわ」
「それだよアホぉ!! パーツの取り寄せにエンジンの取り寄せ、修理、一番大変なのは主翼周りのユニットまるごと交換だよ、オーバーホールだよ、そしたら一ヶ月は飛べないよ、あんたこれ本当にどうするの!」
「んー、お金払うから修理おまかせするね」
「世の中金が全てだと思うなぁ!!」
やいのやいのとやり取りをする二人。そこへ年季の入ったケッテンクラートに乗ったチトがやってきた。
「ユー、こいつ無事だったぞ……って、あー……ケッチン、やっぱり怒るよな」
「チト! ほんとなんで止めなかったの!?」
「止めても無駄だし、止める間もなかったよ」
「知ってた!」
「知ってたなら聞かなくていいんじゃない?」
けろりと言ってのけるユーリ。しかし小さな整備士はギロリとユーリの方に向き直る。
「ユーのせいだよ、もう、バカ!! 修理手伝って!」
「めんどいので、さらば!」
「逃げるな、こらーー!」
ケッチンの怒りをひょいとかわし、ケッテンクラートの荷台に乗ったユーリはチトに出発を促す。
「ほらほらちーちゃん、逃げようよー」
「あとでどやされても知らないからな」
チトはアクセルを捻り出発。ケッチンはそれはもう蒸気機関車のように煙を吹き出しながら声を上げていたが、それも次第に遠くに消えていった。
*
トトトトト、と一定のリズムでエンジン音が響く。チトとユーリは基地内をぐるりと散策する。
「……けっこうやられちゃったね」
不意にユーリがつぶやく。チトは運転しながら「ああ」と返事をする。潰れた格納庫、炭になった戦闘機の残骸、穴の空いた滑走路、まだ煙がくすぶっている対空車両。鼻に慣れない匂いがこびり付く。
「灰にされるよりかはマシだっただろうよ。まさか敵が超低空を飛行してレーダー突破するなんてなかなか思わないし」
調査の結果、突破されたレーダーの隙間は、本当に超低空を飛ばなければならない箇所を通過しなければならず、調査隊が向かったところ道中で墜落した戦闘機の残骸がいくつか転がっていたそうだ。
「おじいさんが帰ってくるまで、ここを無くす訳にはいかないからな」
「……そだね」
おじいさん。二人がまだ物心付く前に路頭に迷っていたところを救い、育てた彼女たちの育ての親だ。
もともとエリア66でパイロットをしており、二人はその後ずっとこの基地で暮らし、育ってきた。だからこの辺境の地にあるエリア66こそ、チトとユーリの家なのだ。
チトが運転しているこのケッテンクラートも、おじいさんの所有していた品だった。趣味でこの車両に乗ることを好んでいたおじいさんは、任務がない日はこれに三人で乗って基地を走り回ったものだ。
やがて二人が成長していくに連れ、ユーリがパイロットに興味を持ち始めた。最初は複雑そうなおじいさんだったが、ユーリの強い希望でから指導を始めた。それに続く形でチトも戦い方を覚えていった。
そんなあるときだった。
任務に赴いたおじいさんが、行方不明になった。
もういくらか成長し、自立も近い歳の二人だったが、そのショックは大きいものだった。行方不明になった空域も不明、残骸も見つからず、手がかりは一切なし。上層部は見つからない以上、死亡扱いとして処理をした。
しかし。チトとユーリは信じなかった。遺体や残骸が見つからない以上、死んだとは限らない。この目でそれを確かめるまでは、絶対に信じたくなかった。
だから二人はは決意した。早く飛行機に乗れるようになって、おじいさんを探しに行こう、と。
「その前に、この戦争を終わらせないとだけどな」
「いつになったら終わるのやら。もうどれくらい戦争してるっけ」
「十年くらいじゃないか」
「そうかー、もうそんなになるのか」
二人が戦闘機に乗れるようになった頃には、もう戦争は始まっていた。飛行訓練過程を終えた二人は、すぐさまエリア66の防空任務に就くことになり、今日までそれを全うしてきた。
「いつの間にか私達が撃墜王だもんね」
「先輩たちも、結構減っちゃったしな。明日は我が身だよ、きっと」
「それはないよ。だって」
くるりと体の向きを変え、ユーリはチトと同じく前を見る。そして上を見上げると、満天の星空が見下ろしていた。
「私達、二人で最強だもん」
「……そうだな」
「だからさ、早く終わらせておじいさん探しに行こうね」
「ああ」
*
その時僕はやっとの思いで輸送機から降り立って、凝り固まった体をほぐすついでに基地の写真を撮ってまわってたんですよ。その時に、聞き慣れないエンジン音がして滑走路の方を見たんです。
そしたら年代物の半装軌車が走ってたんですよ。ええ、驚きました。作業をしているようにも見えなかったので、パイロットたちの道楽かなと思ってさり気なく撮ったんです。それがこれですね。
ここ。半装軌車の上に乗る二人の影が見えますか? そうです。
彼女が、「彼女たち」が、後にこの内戦を集結させ、世界が終末の入り口へ飛び込むのを阻止し讃えられるべき少女たちです。
続