エースコンバットGLT -World's last gate- 作:チビサイファー
「なんで私達が正規軍と前線に行かないといけないの?」
早朝のブリーフィングルームにて、ユーリは不服そうな顔でイシイ司令官に言い放った。上官、言い換えれば雇い主である彼女に対しても、敵意を混じらせたその目を向ける。
事の発端は数十分前、作戦会議にて反政府軍の攻撃部隊のリストにチトとユーリのルーンヌイ・スヴィエートの名前が連なっていたのだ。
本来基地防空任務を任されているチトとユーリからしたら疑問でしかなかったし、迎撃任務から離れるということは基地の警備が手薄になることも意味している。つい先日も留守中に基地を襲撃された二人にとってそれは快く承諾できるものではなかった。
「私だってそれくらい理解している。君たちがスクランブルした場合の敵機撃破率87%、他の奴らの40%前後と比べたら圧倒的だ」
「だったらなんで……」
「理由はもちろんある」
問いかけるチトにイシイは机の上に1枚の写真を置いて答える。二人はその写真を覗き込む。写っているのは一機の戦闘機。政府軍の機体が撮影した一枚だ。
「ちーちゃん、これ!」
「ああ……」
二人は、その機体をまるで家族のように知っていた。
大型の主翼、下方に伸びる水平尾翼。艦上戦闘機の新しい歴史を築いた老兵、F-4 ファントムⅡ戦闘機。
「最近、反政府側の航空隊に紛れている機体だ。年代物のF-4型戦闘機。原型機はもう50年も前に飛んだ代物だが、交戦した政府軍の航空隊は、このF-4によって半数撃墜させられた」
「半数!?」
チトが驚嘆する。今や電子制御され、レーダーに映らない戦闘機が多数飛ぶ現代の空戦で、半世紀も前の機体が半数の戦闘機を撃墜したのだ。レーシングカーで例えるなら、50年前の車両が最新型の車両をぶっちぎりで追い抜くような物だ。
「こちら側の機体は、型落ち品とはいえ決して古い機体ではないし、練度もそれなりに高い部隊だった。その半分がこの一機に落とされた。そんな芸当ができそうなパイロット。君たちなら思いつくだろう?」
「……おじいさん」
チトはあの日のことを思い浮かべる。おじいさんが行方不明になった日の朝。いつものように出撃する彼を見送ったときの光景は、今でもはっきりとこびり付いてる。
そう、おじいさんの乗っていた機体こそ、このF-4シリーズなのだ。
「もちろん、彼と決まったわけではない。だが可能性も完全に無いとは言い切れない。真意を確かめるには、君たちが行くのが一番だ。遅かれ早かれこの噂は君たちの耳にも入るだろうし、なら早いほうが良いだろうと思って正規軍側に通達しておいた」
チトはもう一度写真を見る。はっきりと写ってないし、カラーリングは黒。おじいさんの物は緑がかった機体だったから同一人物、同一機体とは思えない。
だが。
「ユー、どうする?」
「行こう」
即答したユーリの目は既に戦闘モードだった。聞くまでもなかったか。チトは軽く息を吐く。
「だよな」
「おじいさんだったら、飛べばきっと分かる」
もちろん、それはチトも同じ意見だ。こくりと頷き、チトはイシイに向き直る。
「というわけだ、イシイ」
「ありがたい。改めて作戦実行時間は一三〇〇。反政府軍建設中の基地を制圧する陸上部隊の護衛だ。詳しい概要は機上で追って連絡する。この基地のことは気にするな。いざとなれば、私も出る。以上だ、解散」
*
『ルーンヌイ、空中給油完了。ディスコネクト』
基地を飛び立って数時間。空中給油を受けたチトとユーリが駆るF-14Dは、空中給油プロープから離れ、機体をバンク(傾けて)させて後方気流に揉まれないように離れていく。気流に巻き込まれない安全圏にまでたどり着いて、ユーリはほうと息を吐いた。
「久々にやるとめっちゃ難しいね」
「三回目で成功したんだから上々だろう。それよりもお前が隊列を組めるかが心配だよ」
そう言いながらチトは右前方に見える正規軍の航空部隊の編隊を見る。まだ練度は低いとはいえ、規律で整えられた集団組織の部隊だ。基本単独で任務を行うチトとユーリとは違い、集団での行動に特化したエリートだ。それを証明するように、三角形の編隊を乱さずに飛んでいた。
前後左右のみならず、上下にも気を配る三次元への配慮は相当な集中力を使う。それを数時間も行えるのだ。フラフラするのが好きなユーリだったら、五分と持たないかも知れない。
『こちら空中管制機ラッキースター。ルーンヌイ・スヴィエート、貴機はウィスキーチームの左後方へと位置してください。間もなく作戦エリアへと侵入します』
無線機から、可愛らしい少女を思わせる声。今回の作戦指揮担当のAWACS(早期警戒管制機)、ラッキースターのオペレーターだった。
「この国女性の兵士多くない?」
「人員が足りないし、直接戦闘に関わらないのなら女性でもほしいんだろうよ」
「そしたら私達めっちゃ戦ってるよね」
「あれはあれ、それはそれだ」
『ラッキースターよりルーンヌイへ、私語は慎んでください。これより作戦の内容を再度通達します』
やれやれ、正規軍はやはりお硬いな。ユーリは嘆息して機体の相対速度を調整し、指定されたポジションへと隊列を組む。
作戦の内容は以下の通りである。反政府軍が密林に紛れて新しい前線基地を建設中。既に仮説滑走路は完成し、建設資材を搬入する輸送機が行き来しているらしい。
ただ、建設中と言っても既に戦闘機、対空砲火は配備されているとのこと。そこで今回の作戦は敵基地へと空爆。対空砲火、及び地上戦力を削ぎ落とした後、進軍してくる味方地上部隊の上空援護を行う。
『これより各部隊の展開について再確認を行います。作戦開始時刻と同時にルーンヌイが最大戦速で基地上空へ奇襲、突破口を切り開いてください。その後ブルーセクション、イエローセクションは基地施設へと攻撃、ウィスキーチームはその護衛をお願いします』
「要は切り込み隊長ってこと? いいねぇ」
によによとユーリは少し嬉しそうである。こいつは忙しいくらいが楽しいと思える人間だからなとチトは作戦報告書を収納ボックスへ直し、レーダー画面と火器管制システムを再チェックする。
「言い換えれば囮ってことだけどな。上手いことひきつけて、尚且被弾するなよ。壊したらケッチンにまた殴られる」
「そう言われても攻撃の方に出るの初めてだし、どうなるかわからないよ」
「まぁ、そうだな」
今までは盾の役目をしていたチトとユーリだ。迎撃と攻撃では勝手が全く違う。迎撃は短期決戦、攻撃は場合によっては長く続きかねないし、そもそも空中給油を行うほどの長距離移動作戦を行う事もなかった。
「でもまぁ、やることは変わらないだろうよ。目についた敵を落としていけ。それで良い」
「あいよー」
チトは時計を見る。作戦開始時刻までもう少しだ。レーダーレンジON。各種武装の最終安全装置解除。AWACSとのデータリンクよし。目標、敵仮設空軍基地。ユーリがヘルメットのバイザーを下ろした。戦闘開始の合図だ。
『作戦空域へ突入。作戦開始まで3、2……今。コンバットオープン、全機交戦を許可します!』
その言葉と同時に、ユーリはスロットルレバーを最前方へ押し込み、アフターバーナーON。ぐんっ、と体がシートに押し付けられ、機体の速度が跳ね上がる。アフターバーナーとは、とても簡単に説明するなら燃料を直接爆発させて得る推進力である。故に、その加速力はジェット旅客機などのエンジンの比ではない。
加えてF-14Dの迎撃戦闘能力も相まって、その加速力は現代の最新鋭機にも引けを取らない速度になる。だから強烈な重力がチトの体をシートに押し込んだ。思えば初めてこれを経験したときは、マスクの中に吐き出してしまったから最悪だったなとふと思い出す。
主翼収納、上から見ると矢のようにシャープな形状になったトムキャットは、降下の勢いも交えて一直線に敵基地へ向かう。既に敵のレーダーは自分たちを補足されているだろう。だから攻撃が来る前に、少しでも多くの敵を叩かなければならない。
雲を突き抜け、地上が目に入る。地面を埋め尽くす密林。その中にぽっかりできた開けた土地。目標の仮設基地だ。
「ターゲットインサイト(目標視認)、エンゲージ(交戦開始)」
冷たく言い放つユーリ。殺意が高めだ。自分たちの本来の目的を思い出せば無理も無いだろう。
チトはレーダーにスクランブル発進する敵戦闘機の影を捉える。レーダー照射、ロックオン。燃料タンクパージ、身軽になったドラ猫が獲物に飛びかかる。
「ルーンヌイ、フォックス3(レーダーミサイル発射)!」
ミサイル発射。六本のミサイルが機体から自由落下、直後燃料点火。白煙が尾を引いて離陸したばかりの敵戦闘機の背中に突き刺さる。
基地を低空で通過。対空砲火が上がっていたが、音速を超えて飛び込んだルーンヌイを敵は捉えられない。砲塔が回転を終える頃にはドラ猫は急上昇していた。
しかし、コックピットに響くのはミサイルアラートの洗礼である。チトが後方を確認すると自分たちから放ったものではないミサイルの白煙が迫っていた。
「ブレイク!(回避)」
チトの声とともにユーリは右旋回。主翼の先端から雲が伸び、美しい弧を空に描く。続けざまに半回転、急降下。ビリビリと機体が震え、強烈な重力がチトとユーリを襲う。
急激な機動についていけなかったミサイルたちが虚空へと消えていく。右にやや傾けながら緩旋回、チトは首を回して周囲の状況を確認する。
「ユー、7時方向に敵機!」
何処からか飛んできた敵が今まさに二人を襲おうとしていた。ユーリも後方を確認して急上昇。敵はそれに食らいついてくる。
ジジジ、と的にレーダー照射を受けている警報が鳴る。回避運動、左急旋回。再び強烈なGが二人を襲う。
ユーリは首を捻る。直ぐ側にやや厚めの雲を見つけた。とっさに操縦桿を引いて急上昇。雲の中へと飛び込むと、キャノピーの外が真っ白になった。
追いかけてきている敵も恐らく雲に入っただろう。マーカーで捉えられてはいるから、ピッタリと食いついてくる。しかし、雲で視界を塞がれた今、自分たちがどの方向に向いているか、どんな姿勢になっているのかはこれで分からないはずだ。
一度機首を下げて、降下するように見せかける。敵が食らいついてくるのを確認すると急上昇。予想とは違う動きをされたため、敵は反応が一歩遅れる。そう、それで良い。
そのまま宙返りのループ運動。首はしっかりと敵機のマーカーに向ける。自分たちを見失った敵機が緩旋回をしている。恐らく見失った自分たちを探しているのだ。確かにそうしたほうが敵を探しやすいが、戦闘中のその行動は無防備な背後を晒す事を意味している。ほんの数秒にも満たない時間だったが、ユーリはその瞬間を見逃さない。
熱源ミサイル選択、ロックオン。敵が驚いて右に逃げようとするがもう遅い。すかさずトリガーを引き、ミサイルが発射される。それと同時に、雲の外へと飛び出す。
チトの目が敵を追いかける。自分たちの放ったミサイルが飛翔し、近接信管作動、起爆。敵戦闘機に破片が降り注ぎ、あらゆるライフラインを破壊していき、燃料タンクを突き破る。その中で火花が起きて。
爆散。脱出する暇もなかっただろう。火達磨になった敵機はばらばらになりながら塵になっていく。
「グッキル!」
チトが目視で戦果を確認する。合計撃墜数六、大半が無防備な離陸中の機体とはいえ、大戦果である。戦闘時間はおよそ二分。実のところ、空戦というものは二分もあれば終わる一瞬の出来事である。いかに敵を先に発見し、いかに素早く撃破するか。まさに見敵必殺、サーチアンドデストロイ。チトは初めて実戦で奇襲を行ったが、合格点に違いなだろうと思う。
後続の正規軍の航空隊が敵基地上空へと飛び込み、空爆を開始。上昇したルーンヌイは、基地上空で円を描くように飛行し、敵基地の占領まで上空援護に徹することにする。
空爆を行った正規軍の手際はよく、着実に敵の反撃手段を破壊し、その抵抗力を削ぎ落としていく。続けて地上部隊が交戦、混乱に包まれている反政府軍はあっという間に最終防衛ラインまで押し込まれていった。
「……なんか、あっけないね」
機体をバンクさせ、敵仮設基地を見下ろしながらユーリがいう。チトもそれには同感だった。迎撃任務がメインの彼女たちとはいえ、流石にこの手応えのなさはとても不可解だった。まるで、あまりこの基地が重要ではないような雰囲気だ。
「確かにここに基地を作っていたのは予想外だったけど、大して政府軍の施設に近いわけでもないし、首都に近い訳でもない。航空戦力が増えたから、基地を増設したっていうのならまぁ納得は行くが……それだったら、完全可動に入るまで厳重な防空網を作って守るはずだ」
しかし、それがまるで無い。立地としては陸路も作れるし、輸送機が離着陸できるだけの滑走路だってある。外国からの援助だって受けているのだから、機材や人員もなくはないはずだ。
「ユー、警戒は怠るなよ。流石に引っかかる」
「ラッキースターに報告するべき?」
「……いや、私達が感じてるってことは、他の誰かも感じているはずだ。あくまで予感、にしかならないから言う必要もないと思う。変な勘で現場を混乱させるくらいなら、黙っておいたほうが良い。目は光らせとけよ」
そう言ってチトはレーダー画面を確認する。味方を示す青いマークが多数。ほぼ完全に敵基地を包囲している。制圧すれば、ここを政府軍の新たなる基地として使うことができるだろう。
と、その時だった。
チトの目に、赤い何かが目に入る。基地の方からだ。やたら赤いな、何だあれは? 戦闘中に見ることのない赤いなにか。その大きさは今でこそビー玉くらいの大きさだったが、チトは冷静にそれを目で分析し、理解した瞬間。自分の脳は誤作動をしているのではないかと疑った。
それは、巨大な火の玉。ありったけの爆薬に点火して生まれる爆炎だった。
「ユー!」
チトが声を発したと同時に、衝撃波が空中にまで及んでトムキャットを揺らした。直後、機内を無数の警報が鳴り響き、無線機のスピーカーがノイズで満たされる。何だこれは、ECM(電波妨害)? チトはレーダーを確認すると、ホワイトアウトを起こして使い物にならなくなっていた。
しかしなにかおかしい。見ると機体の電気系統の一部が機能しておらず、エンジンの片方が推力低下していた。ただの電波妨害ならレーダーに支障が出るが、機体の操縦に支障が出ることはない。そんなものが実用されていたら、戦争のパワーバランスは狂う。
「ちーちゃん、何が起きたの!?」
「わかんない! でも無線もレーダーも操縦系統もいくつかだめになってる!」
ユーリはとっさに操縦桿を傾ける。動きは鈍いが、操縦系統が完全に死んだわけではないようだ。機体を落ち着かせ、どうにか水平飛行に移す。
チトは機能しなくなった無線、電気系統、どれを復旧させるか思考する。まずは機体の安定した飛行を取り戻すために電気系統が最優先だと感じ、頭に叩き込んだバックアップの手順をユーリに伝える。片方のエンジンはまだ生きているし、予備の操縦系統も生きているから直ちに墜落することはない。だが、この状況下で奇襲されれば間違いなく落とされる。一刻も早く、ただの飛行機に成り下がったドラ猫を戦闘機に戻すのだ。
「エンジン始動!」
最低限の手順を踏み、ユーリがエンジンの再始動を試みる。タービンの回転数が徐々に上がり、やがて安定域に達する。よし、エンジンは生き返った。
そこで初めてチトは、敵仮設基地の方に目を向ける。
「な、何だよこれ……」
基地があった場所を見て二人は驚愕した。黒煙が風に流され、徐々に地上が浮かび上がる。その先に、さっきまで基地があった場所に巨大なクレーターが生まれているではないか。
「自爆したっていうのか!?」
だが、それにしたって規模が違いすぎる。建造物の密集体を、跡形もなく吹き飛ばしたのだ。
「ちーちゃん、これってなんなの……?」
「わからない……自爆にしたってここまでする必要はないと思う。地上部隊への捨て身の反撃としても、過剰すぎる。こんな量の爆薬を自爆に使うくらいなら、爆弾を爆撃機の載せたほうがよっぽど有意義だ」
ユーリが旋回し、基地に近付こうとする。すると再び警報が鳴り、エンジンの回転数が徐々に低下する。その瞬間チトは感づいた。
「ユー、機体を敵基地からできるだけ遠くに持っていけ」
「え、なんで?」
「いいから! あの基地に近づいていると影響を受けるかも知れない」
「わかった」
一度基地から離れるコースを取り、高度を回復しながらチトは様子を伺う。すると、電気系統のトラブルが嘘のように回復し、機体の操縦系統が復活する。それと同時にホワイトアウトしていたレーダー画面も復活、無線もノイズは多いが聞こえるようになってきた。
「やっぱりあの爆発が原因みたいだ」
「どうして爆発で機体がトラブル起こすの? 核でもないのに」
「わからない。今は情報が錯綜している。あの爆発じゃ、基地の制圧に入った部隊は全滅だろう」
ユーリは機体が影響を受けない距離で、敵基地を中心に周回飛行に入る。無線のノイズが少しずつ回復し、現状が見えてくる。
地上部隊の大半はほぼ壊滅。後方にて待機していた一部部隊が生き残っているが、戦闘能力は皆無。空中管制機からは待機を命じられている。
航空部隊は空爆のために飛び込んだ一派が爆発に巻き込まれていくつか墜落。爆発に巻き込まれたため、生存は絶望的だろうと、機首に搭載されたTCXカメラで敵基地をモニターしながらチトは思考する。
「にしても、操縦系統に影響が出る爆発って嫌だね」
「ああ。もしかしたら新兵器かも知れないし、あるいはそれに類似したものを隠そうとしたのかも知れない」
そんな重要なものがあるのだろうかとチトは思考する。そして、簡単に思い立つものがあった。
「ヴェスパニア鉱石か」
「カナザワと話してたあれ?」
「うん。証拠はないけど、理由にはなると思う。もしかしたらここは鉱石の採掘ができる場所で、資金にするか兵器に転用するかしようとしたのかも知れない」
しかし、資金にするのなら海外に売り飛ばすことになる。そんなことすれば、最強の兵器を手に入れた同然の海外は、反政府軍側の支援を断ち切るかも知れない。よってその可能性は排除だ。
では兵器に転用? しかしこれも考えにくい。この国にはまだヴェスパニア鉱石を兵器に転用する技術は持ち合わせていないからだ。
(一体何をするつもりだったんだろうか)
チトが思考を巡らせた、その時だった。機内をロックオンアラートが包み込み、チトの背筋が凍った。
「ブレイク!」
チトが回避を叫ぶのと、ユーリがとっさに右急旋回させるのと、ロックオンアラートがミサイルアラートに変貌するのは同時だった。チトはとっさにチャフ散布。ばらまかれた熱源が、ミサイルを惑わして回避に成功する。
「どこから!?」
チトは後ろを見る。熱源ミサイルは近距離で撃つものだ。なら近くに撃ったやつが居る。この混乱に乗じて接近されたに違いない。
右に、左に首を回す。その間にユーリは奇襲を受けないように機体を揺らす。その時、チトはふと思い立って真上を見上げた。
「直上!」
チトの叫んだ直後、黒い影が交錯した。太陽を背にして飛び込んだ敵は、自分たちの腹の下に潜り込み、腹を狙おうと上昇してくる。ユーリはアフターバーナーを点火させて急上昇、振り切ろうとする。
「ちーちゃん相手は!?」
ユーリの叫びにチトは後ろを見る。黒い機体が、自分たちの背後に迫っていた。
だがそれ以上に、チトとユーリは未だかつて無いプレッシャーを感じていた。まだミサイル攻撃を受けて10秒と経過していない。しかし分かる。何もしてないのに感じるこの重圧。背中がぞわぞわして気持ち悪い。その殺気の強さ、二人はそれだけでほぼ確信した。
そして、チトは見た。自分たちを追う敵機の正体。黒い、F-4ファントム戦闘機。
「ファントム!」
チトが叫ぶ。ユーリは左急旋回、振り切るために雲に飛び込む。キャノピーの外が再び真っ白になる。チトは敵のマーカーを見失わないように追いかけ続ける。ユーリが急降下、すると見せかけてそのまま半回転、急上昇。雲から飛び出る。
しかし敵はユーリの機動を読んでいた。むしろ先回りする形になり、機銃掃射を受ける。とっさに機体をロールさせて回避。
「ちーちゃん、無線!」
ユーリが叫ぶ。チトははっとして無線の周波数を調整し、オープン回線を開く。
「おじいさん! おじいさんなの!? 私、チトです!」
背後に付かれ、機銃掃射。キャノピーの側を20mm機関砲がかすめる音。しかしユーリはラダーペダルを踏んで舵を切り、鼻先をずらして着弾地点を誤魔化す。
「ユーも、ユーリもいる! おじいさんなの、返事をして!」
ユーリ、バレルロール。螺旋状に機体を回転させて減速。敵F-4が追い越し、背後を奪うことに成功する。
「違うなら違うって言って! あなたは誰なんですか!?」
ロックオンを仕掛けるユーリ。答えなければこちらが撃つぞと無言の警告を込め、トリガーに指をかける。全周波数の回線だ、聞こえているはずだ。
直後、ロックオンが突然解除される。見れば二人の機体は通信障害が起きている基地の爆心地上空を飛行していた。なんてことだ、ここに誘い込んでロックオンを無理やり解除された! ユーが失態に気づき、行動が遅れる。そして意識を前に戻した時、既に敵機は消えていた。そしてもう一度、自分の失態を察した。
「っ!?」
チトとユーリが真上を見ると、黒いファントムが背面で飛行し、二人の真上を陣取っていた。やがて機体を反転させて、完全に背後を奪う。その距離、戦闘機一機分もない。
この間二秒もなかった。本当に一瞬だった。だが、コンマの世界で勝敗が決る空戦で、一秒以上もある隙はあまりにも大きすぎた。
二人の額に汗が流れる暇もなかった。固唾をのむ時間ですらなかった。その一瞬は、あまりにも長く、命の終わりを突きつける。それは二人が初めて敗北を意味した瞬間だった。
しかし。
黒いファントムは、確実に二人を仕留められたであろう時間背後にいながら、ゆっくりと上昇していく。ロックオンアラートも消え、まるで満足したかのように上空へ消えていき、やがて反転。戦闘空域から離脱していく。
チトとユーリはその機影をゆっくり見ることしかできなかった。やがてF-4がレーダーロスト。周囲は驚くほど静かになり、あまりにも美しすぎる青空が広がっていた。
「……ねぇちーちゃん」
先に口を開いたのはユーリだった。チトは黙って、ユーリの言葉を待った。
「私達……見逃されたの?」
「……たぶんな」
ヘルメットのバイザーを上げ、チトは酸素マスクを外す。それ以上、二人は言葉を発することはなかった。全身を汗が包み込み、気づくと手が震えている。初めて味わった敗北の味は、あまりにも苦く。
「……おじいさんなのか、分からなかったね」
「…………ああ」
あまりにも、甲斐性無しで、情けなかった。
*
チトとユーリが帰投したと聞いたカナザワは、書き上がった記事を見てもらおうと格納庫へと足を向ける。既に機体は格納庫へと入れられ、ケッチンが唸りながら機体を見つめていた。
「やぁ、二人は戻ったのかい?」
「ん、ああ。戻ったよ。でも何も言わずに宿舎に戻っていった」
「あれ。そうなのかい? 記事が書き上がったから二人に見てもらおうと思っていたんだけどなぁ」
「見た感じ今はやめておいたほうが良いよ。チトはともかく、ユーリがすごいピリピリしてる」
「珍しいね。そんな表に感情を出さないように見えるけど」
そう言いながらカナザワはF-14Dを見上げる。特に損傷もない、まるで戦闘を行っていないかのような状態だった。
「被弾しなかったっていうより、何もできなかった、の方が正しいかもね」
「それってどういう?」
「女の子にはデリケートな事があるから散策しないことだよ。それよりも記事って私が見ちゃダメかい?」
「いや、参考人はそこそこにいたほうが良いからね」
カナザワはメッセンジャーバッグから原稿記事と数枚の写真っを取り出す。どれどれとケッチンはその記事を読み耽ることにした。
*
そんなカナザワの記事の対象にされた当事者二人は、部屋の中で終始無言だった。慣れない長距離飛行もあって、機体から降りたあとはパイロットスーツとヘルメットを適当に脱ぎ捨て、だらしなく自室のベッドの上で寝転ぶだけだった。
「……何もできなかった」
先に沈黙を破ったのはユーリだった。チトは布団を抱きしめながらああ、と返事する。
「すごく、強かった」
「ああ」
「後ろを取ったときも、こっちが有利なのにまるでそんな気がしなかった。自分の考えてること全部バレてる気がして」
「……おじいさんなら、それができるかも知れない」
チトの言葉が部屋に溶けて、ユーリは体を起こす。
「ちーちゃん、もやもやする。すっごい」
「私もだよ」
「おじいさんなのかな。」
「わからない。でも」
チトも体を起こし、ユーリと向き合う。
「おじいさんじゃないっていう確証も、ない」
「……行くしか無いよね」
「うん。これからは忙しくなるぞ」
チトが言う。
「それくらいのほうが退屈しなくてもいいよね」
ユーリが答える。なら、問題ない。
おじいさんを待つのはもう終わりだ。今度は、こっちから探しに行く。
恐らく、二人の答えはあの戦闘が終わったときから決まっていただろう。
幼い頃、三人で取った唯一とも言える家族写真を見つめながら、チトとユーリは自分たちの戦いに新たなる変化が訪れることに覚悟を決めた。
続
キャラクター紹介
チト
エリア66所属のF-14Dのレーダー迎撃士官。本能で機体を飛ばすユーリの手綱兼2つ目の目として飛ぶ。
ユーリ
戦闘機を飛ばす、寝る人
ケッチン
エリア66の整備士。チトとユーリのF-14Dの整備を多く担当している。ビジュアルはよよはちさんの擬人化ケッテンクラートのケッチン「」から。チトと似たような性格をしていて尚且つチトより手が出やすい。ユーリが機体を壊そうものならスパナが飛んでくる。
カナザワ
月刊誌ムーンウォーターの記者。パワハラに近い仕事命令でエリア66に訪れ、チトとユーリの軌跡を追うことになる。
イシイ
エリア66の総司令。基本何をしているかわからないが、腕は確か。時には自身も戦闘機を駆って戦うが、チトとユーリがべらぼう仕事をこなすため、このところ飛んでいない。
おじいさん
孤児だったチトとユーリを育て、戦闘機乗りの技術を教えた人。哨戒任務に出て行って以降、行方不明。